FILE:3


*尋問結果報告書は部隊長竹中龍一少将の命により破棄*
「へぇ、まだ十六か。秘密組織の長とか言うから、中年すぎぐらいを想像してたんだけどな。代変わりしたばかりとかなのかい?」
 ぱらぱらっと手渡された今回の尋問対象者の情報を記した数枚の資料をめくりながら大神がそう呟く。彼の呟きを受けた華蓮が、小さく頷いた。
「二年ほど前、先代の頭首・洪紅花は病死、その後を娘である彼女が継ぎました。その段階で、いったんは紅蛇鬼児に対する注意度は丙に下がりました。しかし、昨年再び乙度に戻っています」
「ふぅん……子供が後を継いだことで注意を払う必要なし、と、いったんは判断されたけどやっぱりそれなりに注意をしておくべきだ、と、評価が変わったわけだ」
「はい。当時の彼女はまだ十四歳。幼すぎることから内部での分裂や弱体化が予想されたのですが、現実にはむしろ周辺への影響力は増してすらいます。それが、彼女の年齢に似合わぬ卓越した才能の結果なのか、幹部たちが一致団結した結果なのか、あるいは他に何か要因があるかまでは不明ですが」
 いったんそこで言葉を切ると、堅苦しい口調のままで華蓮は言葉を続けた。
「いずれにせよ、彼女の尋問を行えばその辺りの事情も判明すると思われます。なお、今回の尋問は竹中少将閣下の命により、大神少尉に全て委任されます。私も同席しますが、今回の職務はあくまでも尋問の補佐を行うのみに留まりますので、尋問方法などは御自由にお考えください」
「え? 俺がやるのかい?」
 ふんふんと頷きながら華蓮の言葉を聞いていた大神が、資料から目を上げてびっくりしたようにそう言う。はい、と、意図的に表情を消して華蓮は頷いた。僅かにためらってから、口を開く。
「自信が、ありませんか?」
「いや、まぁ、その……確実に自白を引き出す自信があるかといわれれば、ないとしか答えられないけど……いいのかい? 俺なんかが担当で。結構、重要そうな尋問だと思うんだけど」
 ぽりぽりと左手の人差し指でこめかみの辺りを掻きながら大神が華蓮にそう尋ねた。淡々とした口調で、華蓮がその疑問に応じる。
「別に今回に限った話ではありませんが、自白を得ることが出来ずに殺してしまわない限り、尋問は失敗とはみなされません。既に何度も実験を繰り返してきた大神少尉にとっては、尋問終了時に対象者を生かしておくことはそれほど困難なことではないと考えますが」
「まぁ、それは大丈夫、だと思うけど……」
「では、尋問計画の立案をお願いします。それに従って、こちらで必要な器材は用意させますので」
 すっと立案書を差し出して華蓮がそう言う。立案書を受け取った大神が、軽く苦笑を浮かべた。
「何だか、士官学校時代の試験を思い出すな。採点されてる気分だ」
 机の方に向き直りながらの彼の呟きに、すっと華蓮は目を反らしただけで何も答えようとはしなかった。

 コンクリートが剥き出しの小さな部屋。部屋の中に有るのは、天井からぶら下がった照明用の裸電球と中央の床に直接固定された金属製の頑丈そうな椅子、そして火鉢が二つとそれだけしかない。真っ赤に炭がおこっている火鉢の中には、それぞれ五本ずつの錐が突き立てられていた。
 部屋の中に居る人物は、一人。部屋の中央に置かれた椅子に手足を皮のベルトで固定された、黒髪の少女である。全裸に剥かれた裸身は細く、乳房も小振りで、まだ未成熟な印象があるもののかなりの美少女だ。濡れたような黒い瞳がきょろきょろと落ち着きなく動き、恐怖と不安に真っ赤な唇が細かく震えている。
 がちゃり、と、音を立てて彼女の正面の鉄の扉が開き、びくっと少女は身体を震わせた。軍服をまとった男と少女が部屋の中に入ってくる。恐怖にがたがたと震えている彼女へと、男の方が低い声で問いかけた。
「洪麗花、だな?」
「は、はい……」
 怯えきった口調で少女ががくがくと頷く。ふんっと小さく鼻を鳴らすと男は事務的な口調で言葉を続けた。
「私は帝国陸軍少尉、大神志狼だ。これより機密漏洩及び国家反逆罪の容疑で君の尋問を行う。天ヶ崎曹長、参考人をここに」
 男の言葉に、びしっと敬礼を返して軍服姿の少女がいったん部屋の外に出ていき、すぐに一人の女性を伴って戻ってきた。片目をえぐり取られ、髪もばさばさで一歩歩くたびにアウっとかクウッとかいう苦鳴を上げている。ちらり、と、その女へと視線を向けるとすぐに麗花の方に視線を戻し、低い声で大神が問いかけた。
「この女に命じて、この部隊内の機密文書を持ち出させようとしたな? 何のために、そんなことをさせた?」
「し、知りません! 私は、そんなことをさせてなんかいません! 本当です、信じてください!」
 大神の問いに、身を乗り出すようにして麗花が叫ぶ。紅蛇鬼児は表向きは日本人を相手にした娼館と言うことになっており、その支配人としての必要性から麗花は日本語が堪能だった。華蓮が通訳として間に入らなくても、大神と意思の疎通が可能なのだ。もっとも、それを喜ぶ気には、あまりなれないだろうが。
「彼女は、お前の命令でやった、と、そう言っていたが? そうだな?」
「ハ、ハイ……ソウデス」
 大神に視線を向けられ、怯えたように視線を逸らして華蓮に腕を掴まれた女が蚊の泣くような声でそう答える。目を見開き、麗花は激しく首を左右に振った。
「嘘よ! 私、本当に何も知りません! 皇軍に対して反逆する意図など、少しも持っていません! きちんと調べてくだされば、すぐに分かることです!」
「無論、取り調べは行う。そのために、君をここに招待したのだからな。天ヶ崎曹長、彼女はもういい。部屋に戻したまえ」
「了解しました、少尉殿」
 大神の言葉に敬礼を返し、華蓮が部屋から女と共に出ていく。怯えた表情を浮かべる麗花へと、火鉢から引き抜いた錐を見せながら冷酷そうな笑いを大神が浮かべた。
「では、取り調べを開始しよう。黙秘、虚偽の自白は、しない方が身のためだぞ」
「ひいぃっ」
 真っ赤に焼けた錐を見せられ、華蓮が引きつった悲鳴を上げる。がたがたと全身を震わせ、大きく目を見開いて椅子の肘掛けを握り締める華蓮の元へと、ことさらにゆっくりと歩み寄った大神が真っ赤に焼けた錐を彼女の目の前にかざす。
「彼女に命令して、この部隊の内情を探ろうとしたな?」
「し、知らなっ……ギッ、アッ!」
 大神の言葉に首を横に振った麗花がびくんと身体を痙攣させて頭をのけぞらせた。切れ切れになった悲鳴が形のいい唇から飛び出す。くるんと手の中で回転させ、麗花の太股へと突き立てた錐を更にぐりぐりと捻るようにしながら大神が深く突き刺していく。ぶすぶすと白い煙が焼けた錐を突き立てられた傷口から立ち登り、肉の焼ける臭いが微かに漂った。
「アッ、ギイィッ、ギアッ、アヅ、熱いいぃっ! あっ、ガッ、アアアアアアアアアァッ!」
 根元近くまで錐を刺し込まれた麗花が濁った悲鳴を上げて激しく頭を振り立てる。ぼろぼろと涙を流して身悶える麗花の前髪を掴んで自分の方に顔を向けさせると、大神が低い声で問いかけた。
「素直に、質問に答える気にはなったか?」
「あ、あぎ……わ、私は何も、し、知りません。本当です……」
「そう、か。強情な奴だな」
 乱暴に麗花の頭を突き離すと大神が二本目の錐を火鉢から抜いた。最初とは別の足の太股に、ぐさりと真っ赤に焼けた錐を突き刺す。
「ガッ……! アッ、ギ……ひ、ひいいいいいいぃぃっ!」
 錐を突き立てられた瞬間にびくんっと大きく身体を震わせ、麗花が苦痛の短い叫びを上げる。灼熱感と痛みとが強烈に走り、息が詰まる。ぐりぐりと錐をねじ込まれ、びくんびくんっと身体を震わせて途切れ途切れの悲鳴を上げていた麗花が、大神が錐から手を離して僅かに時間を置くと悲痛な長く尾を引く悲鳴を上げた。皮肉なことに、肉と共に神経を焼かれて痛みが多少麻痺したせいで悲鳴を上げるだけの余裕が出来たものらしい。ぶすぶすと白い煙が錐で作られた小さく深い傷から上がっている。傷口を焼き焦がされるせいで、出血はほとんどない。
「何のために、この部隊の内情を探ろうとした?」
「う、あ……し、知りません。私は、何も……」
 がっくりとうなだれ、はぁはぁと荒い息を吐く麗花の前髪を掴んで大神が問いかけ、涙目になって麗花が自分の無罪を訴えかける。ふんっと鼻を鳴らすと、大神が火鉢から錐を引き抜いた。
「いつまで、強情が張れるかな?」
「いっ、痛っ、いやっ、やめてくださいっ。あ、ああ……」
 まだ幼い膨らみの頂点、右胸の乳首を指でつままれてぐいっと引かれた麗花が苦痛の声を上げて首を左右に振る。麗花の訴えを無視して、引っ張られた乳房へと大神は錐を突き刺した。
「ギアッ!! アッ、ギッ、ギギッ……ガッ、ハッ……アギィッ!」
 急所を焼けた錐で貫かれ、こぼれ落ちんばかりに目を見開き、麗花が途切れ途切れの絶叫を上げて身体を震わせる。錐を捻るようにして乳房へと深く刺し込むと、大神はいったん錐を引き抜いた。太股に刺した二本の錐も引き抜き、火鉢に戻す。小さな、しかし深い三つの傷は焼かれて炭化し、うっすらと白い煙を上げて肉の焼ける臭いを漂わせていた。
 大神が三本の使用済みの錐を火鉢に戻すのとほぼ同時に、鉄の扉が開いて華蓮が戻ってくる。彼女が手にしている小さな木箱のようなものに視線を向け、大神が小さく頷く。華蓮から木箱を受け取ると、大神は中から五寸釘を一本取り出した。真っ赤なものが大量に付着したそれを麗花の目の前にかざす。
「唐辛子と塩と味噌とを練りあわせたものに漬け込んである。傷に突き立てられれば、酷くしみるぞ」
「ひっ……いっ、いやっ、やめてっ、やめてくださいっ。お願いです、私を許してっ! これ以上、酷いことをしないで……!」
 首を激しく左右に振り立て、麗花が哀願の叫びを上げる。ゆっくりと太股の傷にその釘の先端を近づけていきながら、大神がにこりともせずに口を開いた。
「質問に答えるならば、苦痛を味あわずに済む」
「私は無実です! 本当です、信じてくださいっ……! あっ、ああっ、い、いや……やめて……やめて……やめギャウゥッ!!」
 ゆっくりと傷に近づく釘を恐怖に目を見開いて凝視し、弱々しく首を振りながら哀願の声を上げていた麗花。哀願の言葉が悲鳴によって掻き消され、その悲鳴もあまりの痛みに途中で途切れてぱくぱくと酸欠の金魚のように口を開け閉めする。身体を硬直させたまま小刻みにぶるぶると激しく痙攣させる麗花のことを冷ややかに大神は眺めた。
 かはっ、かはっと息を吐いていた麗花が身体を折って激しく咳き込む。涙を流しながら弱々しく顔を上げた麗花が、ぼやけた視界の中に赤い釘をみいだしてひっと息を飲んだ。
「いっ、いやあぁっ、やめてっ、死んじゃうっ。あ、お、お願いっ、もう、もう許し……ガッ、アッ!」
 反対の太股に傷にも釘を押し込まれ、ビクンビクンと身体を跳ねさせて麗花が途切れ途切れの絶叫を上げる。背後に控える華蓮へと木箱を渡すと大神は火鉢から焼けた錐を抜き出した。
「傷はいくらでも作れる。釘も足りなくなればすぐに次を用意させよう。質問に答えない限り、お前の苦痛が終わることは絶対にない」
 感情の篭らない大神の言葉に、かえって恐怖をそそられたのか、がっくりとうなだれて荒い息を吐いていた麗花が恐怖の表情を浮かべて顔を上げた。
「わ、私は、本当に何も知らないんです。知っていることがあれば、何でも言います。でも、何を答えればいいのか分からないのに、答えることなんて……ギャウッ!」
 釘を打ち込まれ、ズキンズキンと激しく痛む太股。そこに新たな錐を突き立てられて麗花が悲鳴を上げる。ぐりぐりと錐を肉にねじ込みながら、大神が語気を強めた。
「この部隊の内情を探ろうとする、その理由だ!」
「ギッ! ガッ、アッ! アギギッ! 熱っ! 熱っ! あああっ! 知りませんっ! 知らないんですっ!」
 途切れ途切れに叫ぶ麗花の太股へとぶすぶすと白い煙を上げ、肉の焼ける臭いを漂わせつつ小さく深い傷が刻み込まれる。錐を引き抜くと、大神は唐辛子などにまみれた五寸釘をその傷にぶすりと突き刺した。麗花の上げる短い絶叫が空気を震わせ、床に固定された鉄製の椅子がギシギシと軋む。
 使った錐は火鉢に戻し、別の真っ赤に焼けた錐を手に取ると今度は大神は狙いを腕に変えた。逆手に握られた錐が、ぶすりと麗花の腕に突き立てられる。口から唾と共に悲鳴の断片を吐き出し、麗花が目を見開いたまま激しく身悶えた。錐が引き抜かれ、灼熱の痛みに喘ぐ麗花へと今度は五寸釘で傷をえぐられ、焼かれた傷へと唐辛子や塩、味噌などを擦り込まれる激痛が襲いかかる。
「アガッ! ガッ……ギッ……アグッ! ガッ、ハッ……! アッ……ギャッ!」
 傷からの出血もほとんどなく、赤いものにまみれた釘が肌の上に頭を覗かせているだけだから見た目の無残さはあまりない。しかし、深く刻まれた傷は心臓が脈打つたびに爆弾が弾けたような激痛を放つ。激痛にしゃべることもままならず喘ぐ麗花の反対の腕にも錐と五寸釘の洗礼が加えられ、麗花は激しく頭を振り立てながら叫んだ。
「アギイッ、じらな、ギッ、アギッ、じらないいぃっ! 許してッ! ガッ、ハッ、アアッ、もう許してぇっ!」
「虚偽の自白は、認めない」
 再び太股に焼けた錐を突き立てながら大神が静かにそう言う。短く途切れる絶叫を上げ、目を見開き、激しく身体を震わせる麗花。肉の焼ける臭いが微かに立ち込める中、五寸釘が傷へと刺し込まれ、更なる痛みを麗花に味合わせる。びくんっびくんっと身体を痙攣させて声にならない悲鳴を麗花が上げた。
「ガッハッ……! あぎぎっ……! 助け……許し……知らな……い」
 弱々しい呟きと共にのけぞらせていた頭をがっくりと前に倒して麗花が気を失う。軽く首を傾げると、大神が華蓮の方に視線を向けた。
「どう思う? 彼女は何かを隠しているような気がするんだけど……」
「尋問の担当者は、少尉ですから。継続も中断も、少尉の判断のままに」
 そっけない口調でそう応じながら、僅かに華蓮が眉をしかめた。気を失うまでの経過を見ると、麗花は何も知らないという判断を大神が下す可能性が高いと思っていたのだ。例えば、組織の幹部の誰かが独走しただけで彼女自身はこの件に関知していない、というような可能性も考えられるし、その仮定は結構説得力のある仮定だろう。
 実際、彼女ははめられたわけだから、彼女から何か情報を引き出せるとは華蓮は思っていない。まぁ、かといって彼女に同情するようなこともないから、大神が続行の判断を下せば反対するつもりもないが。
「そっか、じゃあ、続けよう。勘だけどね、彼女は何か大きな秘密を隠してるような気がするんだ」
「御随意に」
 大神の言葉に、そっけなく頷いて華蓮が内心で呟く。まぁ、積極的に拷問を行うようになったのはいい傾向かしら、と。そんな華蓮のことを、僅かに不安そうな表情で大神が見つめる。
「何か?」
「あ、いや、俺、何か失敗してる? 何だか機嫌が悪そうなんだけど……」
「そんなことはないですよ。ただ少尉が結構冷酷にことを進めているから、びっくりしてるだけです」
 大神の言葉に小さく首を横に振って華蓮がそう応じる。これは、本心でもあった。のほほんとしてる、というと言葉は悪いが、基本的に善良な性格をしている彼が麗花に対しては冷酷な尋問官として振る舞っているのに少なからず驚かされたのは事実だ。苦笑を浮かべ、大神が後頭部に手をやった。
「演技だよ。あ、でも、それなりに効果はあったみたいだね」
「演技、だったんですか?」
「内心ではね、早く自白してくれ~って祈ってた。こういう女の子が苦痛に泣き叫んだり身悶えたりするのは、任務と分かっててもちょっと、ね。
 ああ、いや、もちろん任務に私情は挟まないさ。帝国軍人として、当然のことだろ?」
 華蓮がすっと目を細めたのに気付いて大神が慌ててそう言う。小さく頷くと、華蓮は大神のことを促した。
「再開するなら、どうぞ」
「あ、ああ。さて……」
 アンモニアの小瓶を気絶した麗花の鼻の下に近づけて大神が麗花に意識を取り戻させる。んっと小さく呻いて目を開いた麗花が、震える声で大神へと訴えかけた。
「わ、私は、本当に何も知らないんです。あの女の人に会ったこともありません。本当です。こんなことをされて、嘘なんて付ける筈ないじゃないですか……」
「それはこちらで判断することだ。大体、まだ本格的な尋問は行っていない。今までのものはほんの前座のようなものだ。ある程度意思の強い者なら、嘘をつくのは容易だろう」
「ぜ、前座……!?」
 低い淡々とした大神の言葉に、麗花がさっと表情を青ざめさせる。乳房にぽつんと刻み込まれた錐の傷を親指の腹でぐりぐりっと押し潰すようにしながら、大神が小さく笑った。
「腕や足の傷など、ここの傷に比べれば小さな痛みだということは、さっき経験済みだろう? 乳房に十を越える穴を開け、釘を打ち込む。時には、あまりの痛みに発狂することもある。
 それでも、意思の強いものは口を閉ざしつづけることがあるが、その場合は焼けた錐を以って手足の爪を剥ぐ。ギザギザの刻まれた板の上に正座させ石をつむ石抱き責め、尖った木馬にまたがらせる木馬責め、全身に電気を流す電気責めなど、この責めを耐え抜いたなら更に過酷な責めを用意させてもいい。そういう意味では、今日の責めそのものが全体の前座とも言えなくもないな」
 淡々とした大神の言葉に、見ていて可哀想になるぐらいはっきりと麗花の表情が青ざめ、唇が震えた。顔は完全に血の毛が失せてほとんど紙のように白くなり、がちがちがちっと奥歯が激しくぶつかりあっている。
「素直に話した方が身のためだということが、これで分かったろう? さあ、誰の命令でこの部隊の内情を探っている? 大体の見当はついているが、はっきりとお前の口から聞かせてもらいたい」
 がしっと左手で麗花の前髪を掴んだ大神がそう言う。ただのはったりだが、効果はあったようだ。麗花がはっと目を見開いた。弱々しく視線を逸らして呟く。
「い、言えません……」
「ふむ、少しは素直になったな。『知らない』ではなく『言えない』に変わったか。
 だが、まだ完全に素直になるには釘の数が足りないらしいな」
 そう言いながら大神が華蓮が手にした木箱から釘をつまみ上げ、麗花の乳房の傷に突き刺した。ガアッ! と、咆哮するような短い叫びを上げて麗花が頭をのけぞらせ、こぼれ落ちんばかりに目を見開いてがくがくと全身を痙攣させる。今までに手足に打ち込まれた釘の痛み全てを合わせたようなとんでもない激痛が、胸で弾けて全身を駆け巡る。
 激痛に身体を震わせる麗花の姿を見ながら、華蓮は急速に頭を回転させた。大神が『誰に命令されたのか』という問いを発した時は苦笑しかけたが、麗花の反応を見る限りではその問いは核心を突いたようだ。ヒョウタンから駒、ではないが、麗花の背後に何者かがいるらしい。
 予想外の事態に直面して、華蓮は少なからず悩んだ。このまま大神に任せておいてもいいものかどうか。元々、成果を期待していない拷問だからということで任されたのだ。しかし、今のところ、大神の尋問はうまく行きそうな気配を見せている。
 今しばらく静観するべきか、と、華蓮は一応の決断を下し、大神に視線を向けた。彼女の内心の思考の動きを知らない大神が、冷酷そうな口調で麗花に声をかけている。
「胸を穴だらけにされるのは嫌だろう? だが、強情を張るのではしかたがないな」
「ギッ! ギギッ! ギギガッ! ガギガッ! ガッ! ハッ、ギッ! ギグギギギ……!」
 大神の言葉も耳に入っていないのか、短い絶叫を上げて身体を痙攣させる麗花。火鉢の中で真っ赤に焼かれた錐が反対の乳房に突き立てられ、更に加わった激痛に叫ぶことも出来ずに麗花が口を開閉させる。白い煙を上げて肉を焼く錐を引き抜くと、大神は出来たばかりの乳房の傷に容赦なく唐辛子などにまみれた五寸釘を突き刺した。白目を剥きかけ、口から泡を吹いて麗花が身悶える。
 いたいけな少女が激痛に翻弄され、身悶え、泡を吹く。びくんっと一度大きく身体を震わせ、再び失神した麗花の鼻の下にアンモニアの小瓶を近づけて、大神は無理矢理意識を覚醒させた。失神することも許されずに無理矢理現実に引き戻された麗花が、涙で顔をべとべとにして身悶える。
「誰に命令された?」
「私です! 私が全部考えました。悪いのは私だけです。お願いです、もう殺してくださいっ!」
 大神の問いに、麗花が絶叫する。小さく首を振ると、大神が新しい錐を手に取った。
「何度も言ったな、虚偽の自白は認めない、と。誰に命令された?」
「ギャッ! ガッ、ハッ……! ウ、アッ! げほげほげほ……っ」
 乳房に焼けた錐を突き刺され、麗花が短い絶叫を上げて身体を震わせる。叫ぶために吐き出した息と吸い込もうとした息とがぶつかりあい、激しく咳き込む麗花へと大神は冷ややかな視線を向けた。錐を更に深く突き込み、引き抜いて黒く焼け焦げたその傷跡に五寸釘を突き刺す。傷をえぐられ、唐辛子やら塩やら味噌やらを擦り込まれた麗花が声もなく身悶えた。
 毛細血管が破裂したのか目を血走らせ、激痛に翻弄されながら切れ切れに麗花が自分がやった、殺してくれと叫びつづける。大神はその言葉に耳を貸そうとはせず、焼けた錐を乳房に突き刺し、引き抜き、五寸釘を打ち込むという作業を淡々と続ける。胸から全身へと駆け抜ける痛みに激しく身悶え、時折口から泡を吹いて悶絶するが、すぐに鼻の下にアンモニアの小瓶を近づけられて意識を覚醒させられる。いたいけな少女が激痛に喘ぎ、涙を流し、身悶え、切れ切れの絶叫を放つ。
 麗花の精神の防壁を破壊するための拷問は、二時間以上に渡った。途中で足りなくなった釘を補充すること二回。失神した回数は数知れず。左右の胸にそれぞれ三十本近い釘を植え込まれ、乳房全体が釘の頭で覆われてしまったような観がある。両手の爪は全て爪と肉との間に焼けた錐を突き込まれ、剥がされて肉の色を露出させている。
「誰に命令された?」
「う、あ……ロ、ロシア、の……セルゲイ、大佐……もう、やめて……許して……」
 大神の問いに、口からよだれを垂れ流し、不安定に頭を揺らしながら麗花がそう呻くように呟く。ぼんやりと霞がかかったようにその瞳は焦点を定めていない。
「露軍の……? しかし、日露不可侵条約が……」
 華蓮が、不審そうにそう呟く。小さく首を左右に振ると大神が唸った。
「現場の判断を越えるな。竹中少将閣下に報告、その指示に従うとしよう」
「はい」
 大神の言葉に頷きながら、華蓮は彼に対する評価を今までよりも一段階高くすることにした。人間としては善良さは大きな美点だが、自分たちのような任務につくものにとってはむしろ欠点になるし、真面目さも融通のきかなさに繋がる、と、今まではあまり高くは評価していなかったのだが。
 正直な話、連続して二時間以上の拷問を行い、自白を引き出すことに成功するとは思わなかった。軍人として任務のためなら私情は殺す、と、口で言うのは簡単だが実行するのは意外と難しいことだ。単一の苦痛系拷問を長時間に渡って続けるというのは融通のきかなさの証明かもしれないが、ともかく今回は成功した。今後も通用するとは限らないし、場合によっては致命的な事態を引き起こすことになるかもしれないから今回の買いかぶるのは危険だが。
 内心の複雑な思いを隠そうとするかのように、華蓮は頭を下げた。
TOPへ
この作品の感想は?: