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実験報告書:第参四七壱号
使用マルタ男マルタ547
使用実験室第六実験室
実験者大神志狼
実験内容通電実験
実験結果2000V通電一回目で甲種破損。廃棄。

 地下に作られた、室内射撃練習場。そこに続けざまの銃声が轟く。一息に一ダースの弾丸を撃ち終えた大神が目の前の台に愛用の拳銃を置いて振り返った。
「何だ、華蓮か」
「訓練中、お邪魔します」
 ぺこりと頭を下げる少女に向かい、大神は苦笑を浮かべて肩をすくめてみせた。
「いや、かまわないさ。どうも今日は調子が悪くてね。二発外したところさ」
「二発……?」
 的の方へと視線を向け、華蓮が怪訝そうに眉をしかめる。人型の標的の胴体に描かれたいくつもの同心円。その中央に一つ、少し中央から外れた二番目の円の中に二つ、合わせて三つの着弾の跡が有る。
「あの、『外した』というのは、中央を、ですか?」
「え? そりゃそうだけど……?」
 呆れたような華蓮の問いかけに、大神が怪訝そうな表情を浮かべた。はぁ、と、溜め息をついて華蓮が小さく首を振る。的の中心に正確に十二発中十発当てられるというだけでもとんでもない技量なのに、彼にとってはそれでも不本意な結果らしい。普通の兵士にとっては的の内側に当たればそれで命中だし、今のような続け様の連射では何発かは的に当たらない弾も出る筈なのに、である。
「……とりあえず、これにサインをお願いします。女マルタ234の廃棄に関する書類ですけれど、後は少尉のサインさえ頂けば終わりですから」
「あれ? 俺、この前の実験の時に壊した記憶はないんだけど……?」
 華蓮のさしだした紙とペンとを受け取りながら、大神が首を傾げる。ええ、と、あっさり頷いて華蓮が言葉を続けた。
「まだ生きてはいますが、実験によって出来た傷が膿み、毒素が全身に回ったらしくて。次の実験には耐えられないだろう、との判断が軍医の方からでましたので廃棄処分になりました。
 それと、新規にマルタが入荷しましたので、女マルタ234の代わりに実験用に使うマルタを選んでおいてください。こちらがそのリストです」
 小脇に抱えたバインダーから一枚の紙を抜き出し、華蓮が差し出す。さらさらっと書類にサインをした大神が彼女と交換するような形でそれを手渡した。女マルタ234、本名を、李明鈴という。
「ええっと、あれ、ロシア人ばかりだね。珍しいんじゃないか?」
 ずらずらっと並んだ名前と性別、年齢、国籍、更に今後使用されることになるマルタとしての番号を見やって大神が僅かに首を傾げる。通常、マルタに使用されるのは中国人や朝鮮人で、ロシア人がマルタとして使用されるのは珍しい部類に入る。
「以前発覚した、例のロシア人部隊です。昨日、捕獲作戦を実施しましたから。まぁ、作戦といっても、脅した洪麗花に彼らを呼び寄せさせただけですけど」
「ああ、あれか。……結局、どういう形で決着をつけたんだい?」
「閣下が内密にロシア側に連絡を取ったところ、現在の段階では日露不可侵条約に基づきいかなる形でも我が軍に対しての軍事行動は行っていない、故に、こちらの領土内で露軍が行動していることはありえない。そちらの法に基づき対処されたし、とのことです。
 まぁ、トカゲの尻尾切りのようなものでしょうね。独軍との戦線が膠着している以上、露軍としても開戦をするわけにはいかないでしょうから。閣下も、この件でそれ以上突っ込むつもりはないようなので、通常のマルタとして使用、最終的には廃棄ということになるかと思います」
「なるほど、ね。部隊長はセルゲイ大佐、か。これ、もらってもいいかな?」
 とんとんっとリストの一番上に書かれた名前を指で叩きながら、大神がそう尋ねる。ええ、と、頷きながら、華蓮が微かに首を傾げた。
「でも、いいんですか? 一応、女性兵士も一人だけですけど居ますが」
「……なぁ、俺って、そんなに女をいたぶるのが好きそうに見えるのか?」
 華蓮の言葉に、わずかな沈黙を挟んで情けなさそうに大神がそう問い返す。小さく苦笑を浮かべると、華蓮は肩をすくめた。
「そういうわけでは、ありませんけれど」
「じゃあ、どういう意味だよ?」
「いえ、別に。ただ、こういう状況だと、女の方に人気が集まるのが普通ですからね。女が居ない時は、見た目のいい若い男から順番に選ばれていって、こういうおじさんタイプは最後まで残るものですから」
「拷問も任務だろ。個人の趣味は関係ないと思うけど?」
「少尉は、真面目なんですね」
 うふふっと、華蓮に笑われて大神が憮然としたような表情を浮かべる。くすくすと笑いながら、華蓮が言葉を続けた。
「それで、どうなさいます? 早速今日から実験を始めますか? それとも、後日に?」
「今日から始めるよ。第六実験室は、使えるかい?」
「第六……分かりました、準備をさせておきます。でも、あそこを使うということは、今日一日で使い潰すおつもりなんですか?」
「ああ。まずい、かな?」
「別に、今回の入荷は予定外の入荷ですし、次の入荷予定日も近いですから問題はありません。そうですね、今日一日で使い潰すんだったら、人気のないおじさんの方がかえって都合がいいかもしれませんね。それでは、準備の方はこちらで進めておきますから」
 軽く肩をすくめてそう言い、きびすを返そうとする華蓮の背中に向かって、大神がふと思いついたように声をかけた。
「あっと、そうだ、華蓮。君、ロシア語は話せたっけ?」
「いえ、まだ話せません。虜囚を尋問するわけではありませんし、言葉が分からなくてもそれほど不自由はないと思いますが」
「まぁ、別に尋問はしなくてもかまわないって言うのは分かるんだけどね。貧乏症って言うのかなぁ、せっかくそれなりの偉いさんを捕まえたんだから、聞き出せる情報は聞いておきたいかな、と思って。
 ロシア語の分かる通訳、用意できるようなら用意しといてくれないか? 無理にとは言わないけど」
「分かりました。実験室の手配やマルタの移動などの準備には三十分ぐらいはかかるでしょうから、その間に覚えておきます」
 こともなげにそう言って頷く華蓮の顔を、びっくりしたように大神が見つめる。
「覚えておきます、って、ロシア語を?」
「私は『砂の耳』ですから。しばらく相手の話しているのを聞いていれば、日常会話ぐらいなら不自由なく出来るようになるんです。まぁ、こんな変な能力があるおかげで年のわりには重宝されてるんですけどね」
「へぇ……何千万人かに一人とかいう割合でそういう人間が居るって話は聞いてたけど、華蓮がそうだったんだ。凄いな」
「完全に生まれつきの特殊能力ですから、あんまり自慢できるようなものでもないです。『砂の耳』なんて持ってない人でも、頑張って勉強すれば複数の言語を操ることは出来るわけですしね。少尉の射撃みたいな、訓練の結果得た能力の方がずっと凄いと私は思いますけど。
 まぁ、ともかく、実験室とマルタの準備はしておきます。適当に頃合を見計らって来てください」
 素直に感嘆の声を上げる大神に、憮然とするのと苦笑するのとを微妙に混ぜた表情で応じ、華蓮が話を切り替える。ああ、と、頷く大神に一礼すると華蓮は地下射撃訓練場を出ていった。台の上に置いた拳銃を手に取り、弾倉を入れ変えて大神が的へと構える。射撃音が連続して響き、的の中央に一つの穴が開いた。

 男マルタ547。本名はセルゲイ・ウラジオール。ロシア軍の大佐で年齢は47。2m近い巨漢で、口の周りをびっしりと堅い髭が覆っている。鋼鉄製の椅子に座らされ、手首と足首、胴体をベルトで固定された姿の相手を見やって大神は薄く笑いを浮かべた。
「この施設は、我が軍の重要機密である。それに対しての諜報活動は、国家機密法によって禁止されている。銃殺刑に処せられたくなければ、俺の質問に素直に答えることだな」
「貴様……捕虜に対して虐待を加えるとは、それでも軍人か! 国際法に基づく、正当な扱いを要求する!」
 大神の言葉に対し、セルゲイが怒鳴る。正確には、華蓮が二人の間には入って同時通訳をしているのだが。巨体に見合った音量の怒声に、僅かに耳を押さえるようなそぶりをしつつ大神が更に薄く笑った。
「捕虜、だと? 捕虜というのは、戦闘行為の結果捕らえられたもののことだ。こそこそと機密を探る姑息な諜報員に、名誉ある捕虜と同じ扱いをするとでも思っているのか?」
「姑息、だと……?」
 ギリリッと奥歯を噛み締め、セルゲイが大神のことをにらみつける。すうっと息を吸い込むと、さっきよりも更に大きな声でセルゲイは怒鳴った。
「人体実験を繰り返すような、非人道的な行為を行う貴様らに嘲笑される覚えはないわ!!」
「……少し、自分の立場を分からせる必要があるようだな。華蓮」
 顔をしかめ、壁に背中を預けて腕を組みながら大神が華蓮へと呼びかける。小さく頷いて、華蓮は電極のついた金属のバンドをセルゲイの額に巻きつけた。罵声をあげながら、セルゲイが巨体を揺らして抵抗するが、がっちりと拘束された状態では無駄なあがきだ。
 彼の左の足首にも電極付きの金属ベルトを巻きつけると、華蓮は壁のレバーに手をかけた。ちらりと大神に視線を向け、彼が頷くのを確認してからレバーを降ろす。
「ぐわああああああああああああああぁっ!!」
 椅子に拘束された巨体を硬直させ、セルゲイが悲鳴を上げる。ぶるぶるぶるっと全身を痙攣させるセルゲイの姿を二対の視線が冷ややかに眺め、観察する。三十秒程度の時間が過ぎたところで軽く大神が片手を上げ、華蓮がレバーを戻した。
「ぐ、あ、は……」
「まずはこて調べの、250Vの電流だ。少しは、自分の立場というものが理解できたか?」
「き、貴様……このような非道な振る舞い、軍人としての誇りをどこかに置き忘れたか!?」
 通電のショックにはあはあと息を荒らげつつ、セルゲイが大神のことをにらんで罵声を浴びせる。左手を顎の辺りに当て、大神が小さく呟いた。
「ふむ、まだ不足か」
「ぐわあああああああああああああああぁっ!!」
 ぱちん、と、大神が指を鳴らし、華蓮がレバーを押し下げる。額と足首と、二ヶ所に巻かれた電極から全身を電流が貫き、拘束する革ベルトを引き千切らんばかりの勢いで激しくセルゲイが身体を震わせた。大きく目を見開き、ぶるぶるぶるっと頭を振り立てる。
「あ、ぐ、あ……ぐぅ……」
「さて、まずは最初の質問だが。貴様たち以外に、この部隊のことを探っている人間はいるのか?」
「な、舐めるなよ、若造がっ。このセルゲイ・ウラジオールが、苦痛や恐怖に負けて口を割るとでも思っているのかっ!」
 電流が切れ、がっくりとうつむいて喘ぐセルゲイへと、大神が淡々とした口調で問いかける。一度小さく頭を振って意識をはっきりさせると、セルゲイが昂然と顔を上げて大神のことをにらみつけ、怒声を浴びせる。くくくっと低く笑うと、大神は軽く肩をすくめた。
「華蓮。彼はこの程度では物足りないそうだ。電圧を上げてやれ。倍にな」
「はい。電圧を、二倍にします」
 まずは日本語で、続けてロシア語でそう言うと、華蓮がレバーの横についているダイヤルを回す。華蓮の言葉にぎゅっと唇を噛み締めたセルゲイの全身を、今度は500Vの電流が貫いた。身体が跳ね、激しく痙攣する。脳裏に赤い光が明滅し、つんっとした刺激が鼻の奥に広がった。
「ぐぎゃあああああああああああああああああぁっ!!」
 絶叫を上げ、拘束された身体を痙攣させて身悶えるセルゲイの姿を30秒ほど薄く笑って眺め、大神が片手を上げる。レバーを華蓮が降ろし、通電から解放されたセルゲイががっくりと首を折って大きく肩を上下させる。満面に大粒の汗が浮かび、ぽたぽたと滴って彼の身につけている貫頭衣風の厚手の白い服に黒いしみを広げた。
「どうだ? 強烈だろう、500Vの電流は」
「こ、この、外道、が……。じ、地獄に、落ちろ……!」
 顔を上げるのも辛いのか、うつむいたままでセルゲイが喘ぎ喘ぎ言葉を紡ぐ。華蓮の同時通訳を受けて大神がふんっと鼻を鳴らした。ぱちん、と、彼の指が鳴らされる。
「ぐぎゃあああああああああああああああああぁっ!!」
 再度の、500V通電。弾かれたようにうなだれていた顔が上がり、大きく目を見開いてセルゲイが激しく全身を痙攣させる。ミシッ、ミシッと彼を拘束する革ベルトが軋み、床に固定された鋼鉄製の椅子も激しくゆすぶられて軋んだ音を立てる。
「あぎ、ぎ……殺、せ……わしは、何も、しゃべらんぞ……」
 30秒間の電流地獄から解放されたセルゲイが、うつむいたまま呻くようにそう言う。低く笑い、壁から背を離した大神が彼のもとに歩み寄ってもじゃもじゃ頭を掴み、強引にあおむかせた。
「お前は口を割るさ。この緋号部隊に捕らえられ、最後まで黙秘を続けられた奴は居ない。百人のうち百人から情報を聞き出すのが緋号部隊だ。もっとも、そのうち九十九人は死ぬがな」
 大神の台詞に、僅かに華蓮が苦笑を浮かべる。これは竹中が考えた標語だが、この言葉には続きが有る。本当は、尋問成功率と死亡率は逆だ、と。
 冗談混じりの標語だが、それほど実態とかけ離れているわけでもない。実際、筋金入りの諜報員でもこの部隊の過酷な拷問を受ければ高確率で自白する。百人中九十九人とまではいかないまでも、九十人くらいからは自白を引き出している筈だ。そして、死亡率100%の方は、紛れもない事実である。
「さあ、質問に答えてもらおうか。貴様ら以外に、この部隊のことを嗅ぎまわっている連中はいるのか?」
「殺せ、若造……。わしは、何も、しゃべらんぞ……!」
「強情な奴だな」
 突き離すようにセルゲイの頭を押しやると、大神はポケットから取り出したチューブの中身を掌に絞り出した。ぬるっとした液体をセルゲイの口の周りを覆う髭へと塗りつける。
「な、何を、する気だ……?」
 ぬるぬるとした感触に、セルゲイが僅かに瞳に動揺を浮かべる。くくっと低く笑うと、大神は手をハンカチで拭き、ポケットにチューブをしまって代わりにマッチ箱を取り出す。
「今塗ったのは、油だ。自慢の髭を、燃やしてやろうか?」
「ぐ……! 舐めるなよ、たとえ殺されても、わしは何もしゃべらんというのが分からんのか!?」
「いずれ、何でもしゃべる、許してくれと哀願するようになるさ」
 そう言いながらしゅっとマッチをすると、三角形の炎をことさらにゆっくりと大神はセルゲイの髭に近づけた。恐怖と緊張に目を見開いて近づいてくる炎を見つめるセルゲイ。ぬらぬらと光る髭に炎が触れた瞬間、爆発的に彼の顔の下半分が燃え上がった。
「グギャアアアアアァッ! ギャギャギャギャギャギャギャッ!!」
 顔の下半分を炎で包み込まれ、絶叫を上げて激しくセルゲイが頭を振り立てる。塗られた油の調合は高熱を発して短時間に燃え尽きるようなもので、炎に彼の顔が包み込まれたのはごく短時間だった。おかげで髭以外の部分に対する被害はほとんどないといってもいいぐらいなのだが、それでも鼻から下は無残に焼けただれている。
「ひゃ、ぎゃ、ひゃ……」
 唇も焼かれ、腫れ上がり引きつっている。うまく動かない口から唾液の糸を流しつつ、不明瞭な声を上げるセルゲイの前髪を掴んで大神が笑った。
「どうだ? そろそろ、質問に答える気には、なったか?」
「殺ひぇ……しゃべらんひょ……」
「華蓮!」
 セルゲイの髪から手を離し、大神が鋭く叫ぶ。華蓮が小さく頷いてレバーを降ろし、セルゲイの全身に500Vの電流を駆け巡らせた。
「ぐぎゃあああああああああああああああああぁっ!!」
 身体を硬直させ、ぶるぶると痙攣させながらセルゲイが絶叫する。ぐるんとその目が反転し、白目を剥くのを見て大神が片手を上げる。電流が切られ、気絶したセルゲイの鼻の下にアンモニアの小瓶が当てられて彼の意識を取り戻させた。
「どうだ? まだ、電流を味わいたいか?」
「この、外道が……呪われよ! 地獄に落ち、永遠の苦しみを味わうがいいっ!」
 電流のショックで絶叫し、焼けただれた唇が何ヶ所かで裂けて血を滴らせている。だが、かえってそのせいで唇の引きつりが消えたのか、意外と明瞭な言葉でセルゲイが大神に罵声を浴びせた。くくくっと低く笑って大神が肩をすくめる。
「ほう、まだそんな口が聞けるのか。元気なのはいいことだ。その分、こちらも楽しめる」
「こ、この、鬼畜が……!」
「華蓮、もうしばらく、電気ショックを楽しんでもらえ」
「ぐぎゃあああああああああああああああああぁっ!!」
 セルゲイが拘束された椅子に背を向け、机の方に歩みよりながら大神が華蓮に指示を出す。500Vの電気ショックに絶叫するセルゲイの声を背中で聞きながら、大神は机の上に紙を広げ、銃を抜く。銃から取り出した弾丸を分解し、火薬を紙の上に出す。
 大神がその作業を続ける間にも、華蓮は電気を流しては切る、ということを繰り返してセルゲイに絶叫を上げさせている。五回目か六回目の絶叫が止まったところで、大神は軽く片手を上げて華蓮に電気ショックを中断させた。はっ、はっと息を荒らげているセルゲイの前髪を掴んであおむかせると、にやっと笑う。
「さて、この火薬を爪の間に詰め込んで、火を付けたらどうなると思う?」
「うぐぐぐぐ……。き、貴様には、軍人としての誇りはないのか!? 抵抗できない相手をいたぶるなどと……!」
「華蓮、少し、手を貸してくれ」
 憎悪のこもったセルゲイの視線を平然と受けとめ、大神が華蓮に声をかける。レバーの元を離れて椅子に歩み寄った華蓮が、セルゲイの手を掴んで指を広げさせた。セルゲイの方でもそうはさせじと抵抗するのだが、度重なる電気ショックの影響かうまく指に力が入らない。華蓮が無理矢理広げるまでもないぐらいだ。広げられた指の爪と肉との間に大神が火薬を詰め込んでいく。セルゲイが身体をのたうたせ、罵声をあげるが、華蓮が通訳しないから大神には意味が通じない。まぁ、口調や態度から何を言っているのか推測するのは容易だが。
 両手の指、十本全てに火薬が詰め込まれると、しゅっと大神がマッチをすった。三角形の炎をセルゲイの前にかざしてみせ、薄く笑う。
「火を付ければ爪や肉が吹き飛ぶ。それが嫌なら、素直に話せ」
「馬鹿にするなっ! 誇り高き軍人たるこのわしが、肉体の苦痛になど屈するものか!」
「ふん、馬鹿をみるぞ」
 セルゲイの言葉に小さく鼻を鳴らし、大神が彼の指に炎を近づける。
「ギャウッ!!」
 びくんっと顔をのけぞらせてセルゲイが悲鳴を上げる。ぽんっという軽い爆発音と共に火を近づけられた右手人差し指の先端が弾け、血まみれの爪が吹き飛ばされて床に転がる。火薬の量が少ないから、指先が大きく吹き飛んで欠ける、というようなことにはならない。だがそれでも、爪のあった辺りの肉はぐしゃぐしゃに弾けてしまっている。
「ぎ、あ、ぎひぃ……」
「いちいち尋ねるのも面倒だな。やめて欲しくなったらそう言いな」
 軸の辺りまで燃え始めたマッチを床に捨てて踏みにじると、新たなマッチをすって大神がそう言う。そして、彼はひょいひょいひょいっといった感じで次々に指先に炎を触れさせて行った。
「ギャウッ!! ビャッ!! ギャウンッ!! グギャッ!!」
 ぽんっ、ぽんっ、ぽんっと次々にセルゲイの右手の指先で爆発が起き、その度に肉片や血まみれの爪やらが床に飛ぶ。びくんびくんっと身体を跳ねさせ、セルゲイが短く濁った悲鳴を上げた。
「左手も、同じことをされたいか?」
「ぐぐぐ……こ、こんなことを続けても、無駄だっ! さっさと殺せ!」
「無駄かどうかは、こちらで判断することだ」
 全身をびっしょりと汗で濡らし、息を荒らげながら叫ぶセルゲイへと、そう応じて大神が三本目のマッチをする。炎が今度は左手の指先に近づけられた。
「ギャウァッ!!」
 爪と肉との間で起きる爆発が、爪を吹き飛ばし、肉を弾けさせる。激痛に顔をのけぞらせ、叫びを上げた途端に次の指でも爆発が起き、その痛みを感じたと思ったらまた次の指が弾ける。
「ビャウッ!! グギャッ!! ウギャウッ!! ギヤアァッ!!」
 濁った悲鳴を上げ、セルゲイが身体をはねさせる。十本の指先全てを弾けさせると、大神は腰に収めてあった銃を抜き、その銃把をがしっとセルゲイの右手の甲に叩きつけた。
「ガッ!!」
「指で不足なら、手を使い物にならなくしてやろうか?」
「グアアァッ!!」
 薄く笑いながら再び大神が銃把でセルゲイの甲を殴りつける。びしっと、骨に亀裂が入り、セルゲイが口を大きく開けて絶叫した。そこに更に銃把の一撃を加え、手の骨を砕く。
「うぐうぐぐ……ぐ、は……ころ、せ……!」
「まだ、左手が残ってるだろうが?」
「わしは何もしゃべらんぞっ! グアァッ!」
「強情を張るだけ、損だぞ。わざわざ忠告してやる義理も、ないんだがなっ」
 ガシッ、ガシッとセルゲイの左手の甲に何度も銃把を振り降ろし、骨を砕く。苦痛の呻きを漏らすセルゲイへと、大神は軽く肩をすくめてみせた。
「いいかげん飽きているかもしれないが、素直になれないならしかたがないな」
「ぐ、無駄だと……グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアァッ!!」
 大神の言葉に、言い返そうとしたところで全身に電気を流されてセルゲイが絶叫する。彼が口の端に泡を浮かべて苦悶する姿を眺めながら、大神が小さく首を振った。
「この程度じゃ、まだまだ不足かい?」
「うぐ、あ……な、舐めるなと、何度も、言った筈だ……!」
「確かに、こんな子供だましじゃ無意味か」
 通電が終わり、大きく肩を上下させているセルゲイのことを眺めながらそう呟くと、大神は華蓮に向かって合図した。レバーの横のメモリが、更に回される。
「更に倍の、1000Vだ。こいつには、耐えられるかな?」
「な、舐めるなよ……例え殺されても、わしは何もしゃべらん」
「みんな、そう言うんだよ。そして結局耐え切れなくなる」
「黙れ! わしは……ウギャヒャアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァッ!!」
 がくん、と、セルゲイの言葉を遮るようにレバーが倒され、セルゲイの全身を1000Vの電流が容赦なく貫く。こぼれ落ちんばかりに目を見開き、ベルトを引き千切らんばかりに身体を浮き上がらせ、セルゲイが絶叫を上げて身体を痙攣させる。
「ぎゃひいいぃぃ……ひ、ぎゃ、ひゃ……」
 通電が終わり、どさりと腰を落としてセルゲイがか細い息を吐く。すうっと息を吸った途端、がくんと再びレバーが倒された。
「ブバアアッ!!」
 肺の中に吸い込んだ息が、電気ショックを浴びて収縮した筋肉によって押し出され、喉や口の中で大きな音を鳴らす。耳を覆い、顔をしかめた大神が見守る中、舌を口から突き出し、ぶるぶると激しく身体を痙攣させてセルゲイが絶叫している。
「華蓮、タイミングを間違えたな」
「すいません」
「まぁ、いい。次は間違えるなよ?」
「はい」
 セルゲイの苦悶と絶叫を半ば無視するように、大神と華蓮が言葉を交わす。華蓮がレバーを戻し、通電から解放されたセルゲイがどさっと椅子に腰を落として荒い息を吐き、呻くという何度もくりかえされた光景が展開される。
「強烈だろう? 1000Vの電流は。素直になれば、こんな苦しみは味あわずに済むんだぞ?」
「あぎ……ひや、あ……うああ……」
 意識が朦朧として、大神の言葉がよく聞こえていないのか、うわごとのような声を漏らして弱々しく頭を振るだけでセルゲイは答えない。軽く肩をすくめると、大神は華蓮に視線を向けた。頷き返して華蓮がレバーを倒す。
「ウビギャアアアアアアアアアアアアァァァァッ!!!」
 電気が流されている間の絶叫と痙攣。電気が切られた後の喘ぎ。何度も繰り返された光景が、また繰り返される。
「答える気になったら、すぐに言え。死んでから後悔は出来ないんだからな」
「ブベビャアアアアアアアアアアアアアアアアアァァッ!!」
「あまり強情を張ると、本当に死ぬ。別に、お前の部下からでも情報は手に入れられるんだからな」
「グギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャアアアアアアァッ!!」
「強情だな……」
「ギャギギャアアアアアアアアアアアアアアアアァァァッ!!」
「まぁ、いい。苦しみたいなら好きにしろ」
「ギャギヒイイイイイイイイイイイイィッ!!」
 淡々とした大神の言葉と、セルゲイの絶叫が交互に室内に繰り返される。1000Vの通電が十回を越えたところで、大神は更に電圧を上げさせた。1500Vの通電を、更に十回繰り返す。口から飛び出した舌が青黒くなり、白目を剥いて泡を吹いてもおかまいなしだ。この頃になると、もう大神の方でも彼から何か情報を引き出す、という『おまけ』のことは頭から追い払い、何ボルトの電流を何回流すと人は死ぬのか、という実験の方に関心を移している。
「……2000Vでの最大回数は、何回だっけ?」
「8回、というのが最高だった筈ですが」
「記録の更新、出来ると思うかい?」
「見てる限りだと、無理そうですけど……まぁ、やってみないと分かりませんが」
「そうだね。まぁ、やるだけやってみようか」
 1500V通電の後半から、セルゲイの絶叫をBGMにそんな会話が大神と華蓮の間に交わされる。1500Vでの十回の通電を受け、既に息も絶え絶えになっているセルゲイの前髪を掴んであおむかせると、大神は薄く笑った。
「まだ電圧を上げて欲しいのか? 素直に話せば、生命だけは助けてやるが」
「ごろぜ……ごろぜぇっ……」
「ふんっ。華蓮、2000Vだ」
 大神が乱暴にセルゲイの頭を突き離し、華蓮がメモリを回す。そして、2000Vの電流がセルゲイの全身を貫いた。
「ベギャアアアアアアアアァァァ……!!」
 絶叫の語尾が、掠れて消える。電流を浴びつづけて身体を痙攣させつつ、声をあげなくなったセルゲイの姿を眺めて大神が肩をすくめた。
「記録更新どころの騒ぎじゃ、なかったな」
「まぁ、2000Vに達する前に死ぬ人も多いんですから。ここまで持ってくれれば充分でしょう」
 息絶えて後も、電流によって身体を痙攣させているセルゲイのことを眺めて、華蓮も肩をすくめてみせた。
「さて、と。後は報告書か。華蓮、後始末、頼む。部屋で報告書を書いてるから」
「はい。あ、それと、明日以降に使うマルタの選定もやっておいてくださいね」
「了解」
 んーと軽くのびをしながら、軽い口調で大神はそう応じた。電流が切られ、口から青黒く変色し膨れ上がった舌を覗かせたセルゲイの死体が、恨めしそうな視線を宙に投げかけていた……。
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