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 どんよりと曇った空の下、即席に立てられた木の柱に縛りつけられた男女の恐怖と不安に満ちた声が響く。総勢三十人といった所だろうか、男と女が2対1ぐらいの割合で、三分の一ほどは全裸、三分の一ほどは普通の衣服、そして残る三分の一が野戦服姿である。
「準備、完了しました!」
 双眼鏡でその様子を眺めていた大神の下へ、彼よりも年のいった兵士が一人駆けよって来てそう報告する。小さく頷くと、左手で双眼鏡を目に当てたまま大神は軽く右手を上げた。
「では、試験を開始する。焼夷榴散弾、発射」
 淡々とそう告げて大神が右手を振り降ろす。ばすっと言う、意外と軽い音と共に迫撃砲から打ち出された弾頭が放物線を描くように飛んでいき、ぱっと空中で弾けた。炎と鋭利な鉄片が、柱に縛りつけられて避けることも出来ない犠牲者たちの上に雨のように振り注ぐ。犠牲者たちの上げる絶叫が風に乗って響き、燃え上がる炎の音がそれに混じる。双眼鏡ごしに、あるいは身体を鋭利な鉄片で引き裂かれ、あるいは振り注ぐ炎に身体を燃やされ、断末魔の絶叫を上げる犠牲者たちの姿を眺めながら大神は軽く爪先でとんとんと地面を叩いた。
 燃え上がった炎が消えるのを待って数人の兵士が『実験場』に駆けより、柱に縛りつけられた犠牲者たちの生死を確認していく。双眼鏡で見た限りでは、大多数は即死、残るものも瀕死の重傷を負っているのは間違いないようだが。
「報告! 甲種、全壊十。乙種、全壊九。丙種、全壊七であります! 残るものも損傷著しく、戦闘行動は不可能!」
「御苦労。撤収する」
「はっ!」
 駆けよって来た兵士の報告に小さく頷き返す大神。敬礼を返して再び駆けていく兵士の後ろ姿を見送りながら、小さく溜め息をついて大神は髪を掻きまわした。
「どうなさいました?」
「ん? ああ、華蓮か。いや、固定標的を相手にした実験でどんなに有効でも、いざ実戦で使うとなるとどうかな、と思っただけだよ」
「そうですね……まるっきり役に立たないということは、ないと思いますけど」
「製造に金も手間も掛かるからな、こいつは。割にあうかどうかは、微妙な所だよ。
 ところで、この後の予定はどうなってる?」
 軽く肩をすくめながらそう大神が問いかける。ぱらりと小脇に挟んでいたファイルをめくりながら、華蓮がその問いに応じた。
「昼食前に、独逸からお客さんがやってくるそうなので、まずはその出迎えですね。この部隊の視察と研修を兼ねて、ということらしいですけど」
「え? 視察、はともかく、研修ってのは?」
「尋問の、というより、拷問のやり方を学びに来る、ということですが?」
 大神の問いかけに、逆に華蓮の方が不思議そうにそう問い返す。苦笑を浮かべて大神が軽く手を振った。
「いや、そういう意味じゃなくて。竹中閣下からは、研修なんて話、聞いてないんだけど」
「ああ、じゃあ、言い忘れてたんですね、きっと。意外と、あの人ってそういうこと多いですから。指導担当、この書類だと少尉になってますから、よろしくお願いしますね」
 事もなげにそう言う華蓮に、少し泡を食ったような表情を大神が浮かべる。
「指導、たって、俺だってまだ素人に毛が生えたようなもんだぞ?」
「別にかまわないんじゃないですか? 普段から真面目に実験や尋問をやってるのが評価されたんでしょう」
「うーん……まぁ、命令には従うけどさ」
 釈然としない表情で首をひねっている大神のことを見つめ、くすっと華蓮が笑った。

「ドイツ軍、第七特務部隊所属、ヴァイツェッカーだ。よろしく頼む」
 兵員輸送用のトラックで訪れた二十代前半の青年が、トラックから降りるなり不愛想にそう言う。短く刈り込んだ銀髪を左手で掻きまわしながら、トラックの荷台から両脇をドイツ人兵士に抱えられて降りてきた女のほうにちらりと視線を向け、彼が言葉を続ける。
「あの女は、本国でテロを行った集団の一人だ。ここで尋問を行う予定になっているんだが、話は通っているか?」
「うかがっております、ヴァイツェッカー……ええと?」
「階級は中尉だ。が、ヴァイでいい。俺は、そっちを何と呼べばいい?」
 軽く頭を下げながらの華蓮の言葉に面倒そうに言葉を返し、視線を大神の方に向けてヴァイと名乗った青年がそう問いかける。
「帝国陸軍少尉、大神志狼です。大神と呼んでください」
「了解した。では、大神。早速ですまないが尋問を始めてもらいたい。この女の仲間が次に何かしでかす前に、壊滅させてしまいたいからな」
「はっ。あの、ところで、日本語お上手ですね」
「日本人とのハーフだからな。言うまでもないとは思うが、あの女も日本人だ。尋問を行う際、言語の問題はないはずだ」
 ヴァイの言葉に、大神が視線を女の方に向ける。背中ぐらいまである長い黒髪の、気の強そうな女だ。後ろ手に手錠をかけられ、ギャグを噛まされている。既に尋問が行われたのか、それとも捕縛される時に殴られたのかは分からないが、左頬の辺りに大きなあざが見えた。
「では、こちらへ。御案内します」
 軽く頭を下げて華蓮が先に立って歩き出す。彼女の先導にしたがって大神たちはいくつかある実験室の一つに向かった。
 彼らが入った部屋の中央には鉄製のベットが置かれ、既に数人の兵士たちが待機していた。敬礼をする兵士たちに大神が軽く手を上げて答える。ヴァイと共に来たドイツ兵士たちから女の身柄を預かると、兵士たちは彼女の衣服を引き裂くようにして剥ぎ取り、ベットの上に手足を広げる格好で拘束した。もちろん、ギャグを噛まされた口から不明瞭な叫びを上げて女が抵抗を見せるが、無駄なあがきでしかない。
 両手両足を皮のベルトで拘束された女が、不明瞭な叫びを上げて身体をくねらせ、何とか逃れようともがく。兵士の一人が注射器を取り出し、叫び声を上げて女が更にもがく。だが、兵士たちによって身体を押さえ込まれ、身動きができなくなったところで針が彼女の左腕に突き立てられた。注射器の中の薬液が彼女の身体に注入され、がくっと彼女の身体から力が抜ける。目を見開いたまま、弱々しく顔を左右に揺らす女の秘所へと、兵士たちは壁から伸びた電気のコードを伸ばし、先端の電極クリップで秘所の肉を挟み込む。
 薄く笑いを浮かべながら、兵士の一人が壁のレバーに手をかけた。がくんと彼がレバーを倒すと、電流を流された女の身体が弾かれたように弓なりに反りかえる。
「う……あ……あ……ぅ……ぁ……あ」
 ぶるぶると身体を震わせながら、掠れた呻きを女が上げる。着痩せするたちなのか、意外と大きな乳房がふるふると震え、全身がじっとりと汗ばむ。
「筋弛緩剤を投与し、秘所に電流を流します。薬の効果で全身の筋肉が弛緩し、アソコの締まりもなくなりますが、そこに通電すると秘肉が痙攣を起こしていい具合になるんですよ」
 大神が淡々とした口調でそう説明する。眉をしかめるヴァイが見守る中、レバーが戻されて通電が終わり、どさっとベットの上に身体を横たえた女が荒い息を吐く。かちゃかちゃとベルトを外し始める兵士たちのことを不快そうに眺め、ヴァイが大神に問いかけた。
「犯すのか?」
「ええ。気の強い女の場合、まったく抵抗できずに陵辱されるとそれだけで抵抗心を失うことも多いので、それなりに有効な手段なんですよ」
 軽く肩をすくめて大神がそう言う。その間にもズボンを降ろした兵士の一人がベットの上に上がり、ひくひくと身体を痙攣させている女の上に覆い被さった。ギャグに塞がれた口から弱々しい呻きを漏らしている女の中へと無造作に挿入する。
「むうぅ--っ。むうっ、ううぁっ」
「へへっ、すげえぜ。びくびくしてらぁ」
「むうううぅ--っ!」
 筋弛緩剤の効力により、まったく抵抗できない状態で陵辱される女が悔しさに涙を流してくぐもった呻きを上げる。ちっと舌打ちを漏らすとヴァイは大神のことをにらみつけた。
「ここではいつも、こんなことをしてるのか?」
「趣味にあいませんか? まぁ、正直、これで落ちるような女じゃないとは自分も思いますが。兵士たちの慰労も兼ねてますし、やって見ても損はないですから。
 そちらが参加しないのであれば、今のうちに施設の案内をしますよ。参加されるのであれば、それでもかまいませんが」
「案内してもらおう。正直、見ていて不愉快だ」
 吐き捨てるようにそう言うヴァイのことを、苦笑混じりに大神が見つめる。彼自身、ここに来て最初にこれを見た時は似たようなことを感じたものだ。部屋の扉を開けながら、大神は華蓮の方に視線を向けた。
「では、御案内します。華蓮、後を頼む。終わったら、刺吊りの準備をしておいてくれ」
「はい、少尉」
「むううぅ--っ、むうっ、むうあぁ--っ」
 なすすべもなく陵辱される女の、悔しげな呻きが室内に響く。それを背中で聞きながら、大神は部屋を後にした。

 施設の中を一渡り案内し、昼食まで終えた大神たちが実験室に戻ってくる。その間、ずっと兵士たちの陵辱の対象となっていた女は半分放心したようにうつろな視線を天井に向けてベットに横たわっていた。手のベルトは外され、再び背中で手錠をかけられている。
「さて、では尋問を始める」
 大神の言葉に、ふいっと女が顔を背ける。ギャグは既に外されているが、無言のままだ。その反応を予想していたのか、気にした風もなく大神が視線を華蓮の方に送る。小さく頷いた華蓮が部屋の隅に置かれた有刺鉄線の束を手に取り、兵士に手渡した。受け取った兵士がベットの上に横たわる女のもとに歩みより、他の兵士たちが彼女が暴れられないように押さえ込む。
「ぎっ!? いやあああああああぁっ!」
 乳房を掴まれ、ぐるっとその根元に有刺鉄線を巻きつけられた女が悲鳴を上げた。有刺鉄線の刺が容赦なく女の柔肌を破り、乳房に食い込む。ぐいぐいと有刺鉄線を引っ張り、乳房を絞り出すように二重に巻きつけると反対の乳房に兵士が手を伸ばす。
「やめっ、やめてっ、ぎゃああああああぁっ! 痛いっ、痛いっ!!」
 ぐるっ、ぐるっと反対の乳房にも有刺鉄線が二巻きされ、引き絞られる。鉄の刺が乳房に食い込み、赤い鮮血を滴らせる。顔を振り立て、ビクンビクンと腰を突き上げるように身体をのたうたせるが、がっしりと身体を押さえつけられていては逃れようがない。
「痛いっ、痛い痛い痛いっ!! やめてっ、痛いっ、きゃああああああぁっ!」
 悲鳴を上げて身体をのたうたせる女の乳房に、更に有刺鉄線が巻きつく。8の字を描くように左右の乳房に有刺鉄線を巻きつけると、交差する部分にぐるっと有刺鉄線を巻いて引っ張る。根元の部分から絞り出されたようになっている乳房はパンパンに膨れ、有刺鉄線が肌に食い込んで何本もの鮮血の糸が彼女の身体を彩っている。
「質問に答えれば、すぐに外してやる。答えなければ、それでお前の身体を吊り上げる。どうする?」
「うっ、うう……だ、誰が、言うもんですかっ」
「そうか。では、吊らせてもらおう」
 激痛に涙をにじませながら、自分をにらみつけてくる女へと淡々とそう告げ、大神が合図を送る。華蓮が壁のレバーを操作すると天井からじゃらじゃらと鎖を鳴らしながらフックが降りてきて、更に乳房を8の字に二巻きした有刺鉄線がそのフックに結び付けられた。激痛に喘いでいる女の顔をちらっと見やり、大神が右手を上げる。
「ギギャアアアアァッ! ギャッ! ギヒャアアアアアァッ!!」
 じゃらじゃらと鎖が巻き上げられ、女の上体が浮かぶ。彼女の体重が掛かった乳房へと更に有刺鉄線が食い込み、ばばっと鮮血が飛び散った。絶叫を上げて激しく頭を振る女の身体がぐんぐんと持ち上げられていく。普通のロープをきつく食い込ませて吊るすだけでもとんでもない激痛が走るというのに、彼女の乳房に巻きつけられたのは鋭い刺の生えた有刺鉄線なのだ。
「ウギャアアアアアアアァッ!! ギャッ、ヂギレッ、グギャアアアアアアァッ!!」
 髪を振り乱し、絶叫を上げつづける女の身体がどんどんと持ち上がっていく。足のベルトが外され、下に車輪の付いたベットが移動させられて完全に彼女の身体が宙に浮いた。じたばたと足をもがかせ、足場を求めるが、むなしく宙を蹴るばかりでかえって痛みを増している。
 半狂乱になって絶叫を上げる女の足が、人の胸の辺りまで来た辺りで華蓮がレバーを戻し、上昇を止める。髪を振り乱し、目を大きく見開き、口から絶叫と唾とを撒き散らして女が足をばたつかせ、苦悶に身をよじる。
「さて、素直に話す気にはなったか?」
「イヤアアアアァッ! ジャベラナイッ! ギャアアアアアアァッ! 痛いいぃぃっ!!」
「ふむ、これは、なかなか強情ですね」
 絶叫を続けながらも自白を拒む女を眺め、軽く大神が肩をすくめる。憮然とした表情でヴァイが頷いた。
「そうだな。本国での取り調べでは、名前ぐらいしかしゃべらなかったと聞いている。リョウコ、とかいったかな、確か」
「リョウコ……どういう字を書くんです?」
「知らん。興味もないがな。俺が知りたいのは、奴等のアジトと人数、そして次に狙う場所だけだ」
 激しかった足のばたつきが徐々にゆっくりになり、それにつれて絶叫も呻きに近くなってきた女の方に視線を向けたままヴァイがそう言う。
「それより、大丈夫なのか? 力尽きかけているんじゃないのか? 死なれては元も子もないんだぞ」
「ああ、この程度で死にはしませんよ。単に、痛みに慣れてきただけでしょう。こういう激しい痛みは、慣れるというか、麻痺するというか、ある程度連続して感じると平気になってしまいやすいですから」
 不安そうな表情を浮かべて問いかけるヴァイに、こともなげにそう応じるとぱちんと大神は指を鳴らした。有刺鉄線によって吊り上げられ、呻いている女の身体へと四人の兵士たちが取りつく。彼らは女の足や腰にしがみつくように腕を回すと、いっせいに床を蹴って彼女の身体にぶら下がった。
「ギャギャギャギャギャッ!! グギャアアアアアアアアアァッ!!」
 断末魔じみた濁った絶叫を上げ、弾かれたように女が顔をのけぞらす。ぶちぶちぶちっと肉の引き裂かれる音が響き、彼女の乳房が二つとも根本からむしり取られた。ヴァイの連れてきた兵士たちが思わず顔を背け、上半身を流れる血で真っ赤に染めた女の身体が床の上にどさっと落ちて芋虫のようにのたうちまわる。その身体を兵士たちが踏みつけ、髪や肩を掴んであおむきに床の上に押さえ込むと、華蓮が加熱した鉄板を無造作に無残な二つの傷に押し当てた。
「ギャアアアアアアアアアアアァッ!!」
 じゅううっという肉の焼ける音と臭い、うっすらと上がる白煙、そして女の絶叫。断ち切られたかのようにぷつっとその絶叫が途切れ、女が白目を剥く。
「いつものように、強心剤と栄養剤を投与しておけ。余興はこんな物で充分だろう。次は尋問室に移して、本格的に尋問する」
「はい、少尉」
 無造作に大神が指示を出し、華蓮が頷く。僅かに動揺の表情を浮かべて、ヴァイが大神の肩を掴んだ。
「余興とはどういうことだ?」
「いや、わざわざ遠くからいらっしゃった方たちに、退屈な尋問をお見せするのは申し訳ないと思ったんで、最初は派手なものをお見せしたんですよ。
 実際問題として、本格的な尋問っていう奴は、時間をかけてじわじわと相手の精神力を削っていくものですから、どうしても二、三日程度は掛かるんです。さっきのそちらの言葉じゃないですが、殺してしまっては元も子もない訳ですからね。それに、地味で見ていて楽しいものでもないですし。
 そもそも、こういう派手な、激痛を与える種類の拷問という奴は、手っ取り早く自白を得られる可能性も高い代わりに、殺してしまう可能性も高いですから、あまり連続してやる訳にも行かないんです。かといって間に体力を回復させるために休みを入れるとなると、かえって地道な尋問より時間がかかってしまうことが多くて、実はあんまり効率は良くないんですよね。まぁ、これであっさり自白してもらえれば話は早いかな、とも思いましたけど、そううまくは行かなかったみたいですね」
 軽く肩をすくめて大神がそう言う。気絶した女に慣れた手付きで薬を注射する兵士たちのことを呆然としたように眺めながら、ヴァイは曖昧に頷いた。

「ううっ、あっ、くっ、うあっ、ああうっ、くっ、あっ、はっ、ううっ」
 鉄製の椅子に座らされた女が、苦しげな呻きを漏らしながら頭を振り立てる。彼女は現在、手首、足首、腹とベルトを巻かれ、椅子に拘束されている。当然全裸で、肩、腕、太股、ふくらはぎの八ヶ所には吸盤型の電極が、そして秘所にはクリップ型の電極がそれぞれ取りつけられ、そこから電流が彼女の身体に流されている。
 電流といっても、それほど強力なものではない。感電死はおろか、失神するにも程遠いレベルだ。しかし、無視することが出来るほど弱くもない。結果、彼女は苦しげな呻きをあげながら、延々と五十時間以上に渡って電流による苦痛を味わいつづけている。しかも、電流によって与えられる苦痛のせいで眠ることも出来ず、彼女は一睡もしていない。全身を包み込む苦痛と強烈な睡魔に、意識が朦朧としていた。一応、時折電流が止められ、水分の補給やら強心剤の投与やらを受けているおかげで彼女の生命は繋ぎとめられているが、今の彼女にとって生命と苦痛とはほぼ同義語だった。
「名前は?」
 淡々と、彼女の前に置かれた椅子に座った兵士が問いかける。既に思考力が無くなりかけた彼女の頭にその問いがしみこみ、朦朧とした意識のまま答えを唇がつむぐ。
「ううあっ、あうっ、りょーこ、くうぁっ、りょーこよっ、くううぅっ」
「年齢は?」
「くうっ、あっ、はっ、ううっ、にじゅうっ、あうっ、ああっ、にぃっ、ああっ」
「出身は?」
「ううっ、くっ、あっ、とうきょう、ああっ、くっ、うっ、とうきょうよっ、くうあっ」
 全身にびっしょりと汗を浮かべ、濃いくまを目の下に刻んだ女が電流の苦痛に身体を揺らしながらろれつの回らない口調で質問に答える。
「名前は?」
「りょーこ、りょーこリョーコりょうこ、くうあっ、あっ、くっ、ううぅっ、うあっ、リョうコよぉっ、うああっ」
「年齢は?」
 兵士が淡々と質問を繰り返す。名前、年齢、出身地、再び名前と、同じ問いを淡々と何度も繰り返しているのだ。質問そのものに、意味はない。単純な問いと単純な答え、その無意味な問答を延々と繰り返すことで対象の思考力を奪うのが目的なのだ。兵士の方はある程度の時間がたったら交代するから、疲労はそれほどしない。しかし、やられる女の方は交代も休息も出来ず、無意味な作業を延々と繰り返さなければならない。単純で無意味な作業を繰り返しつづけることにより、思考は単調になり、やがて完全に思考力が失われる。しかも彼女は眠ることも出来ないのだから、それでまともな思考力を維持することなど出来る筈もない。
「初めて男に抱かれたのは?」
 するっと、淡々とした口調のまま兵士が別の問いを混ぜる。ううっ、うううっという苦しげな呻きがしばらく女の口から漏れていたが、さほど待つこともなく言葉があふれてきた。
「あっ、くっ、じゅう、くっあ、よん、さいっ、ううっ、くっ、あっ、はっ、ううぅぁっ」
「相手は?」
「ううっ、うっ、あ、くうぅっ、と、とう、ううっ、あっ、とうさんっ、がっ、くううぅっ、あ、うぁっ」
「おいおい、最初が父親かよ……」
「くっ、あっ、うっ、そう、よっ、ううっ、あのばん、ううっ、とうさん、が、くううぅっ」
 呆れたような兵士の呟きに、既に思考力がほとんど無くなり、質問に対する答えを垂れ流す人形のような状態になっている女が電流による苦痛に呻きながらその時のことを告白し始める。思わず身を乗り出した兵士の背後でがちゃっと音を立てて扉が開き、弾かれたように兵士が椅子から飛び上がって敬礼する。
「何をやってるんだ? まったく……」
「も、申し訳ありませんっ!」
 なおも告白を続けている女の言葉を耳にした大神が苦笑混じりに問い掛け、兵士が顔を蒼白にする。ひらひらっと手を振ると大神は肩をすくめた。
「まあいい。その様子だと、仕込みはうまく行ったようだな」
「はっ」
「下がっていいぞ。
 さて、ヴァイ。質問を」
「あ、ああ。お前たちのアジトはどこにある?」
 兵士を追い払った大神の言葉に、ヴァイが女に向かって問いを発する。
「うっ、あうっ、くっ、あ、あじと? くううぅっ、あっ、あじと、はっ、Bの41ばんがいっ、くううっ、あっ、はい、あっ、あうっ、びるの、くうっ、ちかっ、あっ、ああうっ」
 流されつづける電流のため、途切れ途切れに女が答える。眉をしかめてヴァイが次の問いを発した。
「仲間の数は?」
「うっ、ううっ、くうぅあっ、もう、じゅうにん、ああっ、ぐらい、くうっ、しか、っ、いないっ、うああっ」
「意外と小さいな……次に、何をするつもりだった?」
「くううぅっ、うあっ、あっ、くっ、ぱレぇど、ああっ、ねら、ウ、うううぅっ、あっ、ひトらー、を、くうううっ、ころす、あっ、ああっ、くううぅぁっ」
 びくっ、びくっと身体を痙攣させながら、女が問いに対する答えを垂れ流す。ちっと舌打ちをするとヴァイは大神に視線を向けた。
「無線を借りられるか?」
「もちろんです。質問は、もういいんですか?」
「必要なことは聞いた! その女は、そっちで始末してくれ」
 そう言うなり、部屋を飛び出していくヴァイの後ろ姿を見送り、大神が軽く肩をすくめる。
「始末、と言っても、もう頭壊れかけてるしなぁ。まぁ、丸太にはなるか」
 電流を切り、うつろに笑っている女のことを見やって大神は小さく頭を振った。
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