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「あっ、ああっ、ああああぁっ! 痛いっ、胸がっ、千切れっ……きゃあああああああぁっ!」
 ぎりぎり、ぎりぎりぎりっと、二本の鉄の棒で乳房の根元を上下から挟みこまれ、締め付けられている女が苦痛の叫びを上げる。頑丈そうな鋼鉄製の椅子にがっちりと手足、更には胴体までベルトで固定されているから、彼女が自由に動かせるのは首から上と手首、足首から先ぐらいのものだ。
「緩めてっ、胸が、千切れちゃうっ、ひいいいいぃっ!」
「緩めて欲しければ、質問に答えろ。貴様の仲間は、どこにいる? アジトの場所を吐けば、楽になれるんだぞ」
 まだ二十歳前後の若い女が苦痛に泣き叫ぶ無残な姿を目の当たりにしながら、軍服をまとった青年は顔色一つ変えるでもなくそう問いかける。女が拒絶の言葉を口にすると、彼は無言のまま二本の鉄の棒を繋ぐ螺子へと手を伸ばし、更に女の乳房をきつく締め上げた。
「ひぎいいいいぃっ! 千切れっ、千切れちゃうっ、ひぎゃあああああああぁっ!」
 根元をぎりぎりと締め上げられ、搾り出された乳房は針で突けば破裂しそうなほどパンパンに張り詰め、青白い静脈を浮かび上がらせてすらいる。身体の中でももっとも敏感な部分の一つである場所を容赦なく責め立てられ、女は大きく目を見開き、激しく首を振りたてて絶叫を上げる。
「痛いか? だが、喋らなければ苦痛はもっと大きくなる。こんな風にな」
「ウッギャアアアアアア~~~~ッ!?」
 薄く笑いを浮かべながら男ががしっと張り詰めた女の乳房を鷲掴みにする。極限まで張り詰め、それこそ息を吹きかけられただけでも痛みを感じるほどの乳房を乱暴に掴まれた女の口から断末魔じみた絶叫があがった。
「ギャッ、ギャッ、ギャアアアアアァッ!! ヒガッ、ギャッ、ギャウウウウゥッ!!」
 男が更に手に力を籠める。狂ったように頭を振りたて、零れ落ちんばかりに目を見開いて濁った絶叫を上げる女。
「さあ、喋れ。これ以上、酷い目に遭いたくなければな」
 声を荒らげることなく、淡々とした口調で男がそう言う。全身の神経が痛みだけに支配されているような錯覚を覚えるほどの激痛を味わいながら、女が最後の気力を振り絞って絶叫した。
「いやっ、喋らないっ」
「そうか」
 小さくそう呟くと男は手に力を籠め、更に上下左右に女の乳房を揺り動かす。胸で弾けた激痛に、女がとめどなく絶叫を迸らせた。
「ギャッ、ギャウッ、ヤベッ、ガアアアァッ、ウギャッ、グギャギャッ、ガギャッ、ギャウウゥッ、ウギャアアアアァッ、ジヌウウゥッ、ジンジャウウゥッ!!」
「胸が無くなったぐらいで死にはしない。意地を張ったところで、苦痛が長引くだけだ」
 そう言いつつ、男は更に乱暴に女の乳房を揺さぶる。単に揺さぶるだけでなく、捻るような動作も加えると、女の気力もとうとう限界に達した。
「ウッギャアアアアアアア~~~~~!! ヒギャアアアアアアァァ~~~~ッ!! ヒャベッ、ヒャベルッ、ヒャベルカラッ、ギャアアアアアアアアアァ~~~~ッ!!」
 ぼろぼろと涙をこぼして絶叫を上げる女から、男が必要な情報を聞き出していく。それが終わると、啜り泣きを漏らす女をそのままに放置して、男は部屋から出て行った。
「お疲れ様です、大神少尉」
「ん。俺は報告書を仕上げてくるから、後を頼む」
「はい」
 廊下に出たところで待っていた華蓮へと指示を出し、大神が軽く首を鳴らす。と、そこへ、小走りに一人の男が駆け寄ってきた。
「おっと、いたいた。大神、悪い、ちょっと頼みがあるんだが」
「相馬少尉?」
 屈託のない笑みを浮かべる相手へと、大神がやや警戒するような表情を浮かべる。同じ緋号部隊に所属する隊員同士だが、あまりいい印象のある相手ではない。別に仲が悪いというわけでもないのだが、面倒ごとを持ち込まれることが多いのだ。
「なんでしょうか?」
「いや、たいしたことじゃねぇんだ。お前さんの持ってる丸太、一つこっちにまわしてもらえねぇかと思ってよ」
「は? 丸太を、ですか?」
 怪訝そうな声を上げる大神。苦笑を浮かべ、相馬が肩をすくめた。
「ちょっと、やりすぎちまってな。二日連続で壊したもんだから、保管所の爺さんがへそを曲げちまって、『お前さんには当分回さん!』、だってよ。やんなっちまうよなぁ」
「はぁ、それは……」
 困ったような表情を浮かべて大神が相手の顔を見やる。確かに、丸太の使用目的の一つにはどの程度の拷問を加えると生命に関わるか調べる、というのも含まれるから、実験の最中に丸太が壊れることもある。だが、それはあくまでもそう言うのを調べるのを目的とした実験の場合であって、そう簡単に使い潰してしまっていいものではない。なんといっても、丸太の数には限りがあるのだ。
「申し訳ありませんが、自分も余裕があるわけではないので……」
「そういわずによ、何とか頼むよ。壊さないように気をつけるからさ。な? こっちも、丸太がないんじゃ実験のしようがないわけだし、困るんだよ」
 両手を顔の前で合わせ、大神を拝むようにしながら相馬がなおも食い下がる。頭を掻き、大神が溜息をついた。
「それは分かりますが、自分も実験中の丸太をよそにまわすわけにはいきませんし」
「あ、なら、実験中じゃない丸太ならかまわないだろ? な?」
「は、はぁ。しかし、実験に使うために丸太は確保するものですから。実験に使っていない丸太なんて、自分の手元にはありませんが」
 大神の言葉に、相馬が一瞬目を丸くする。
「へ? 何、お前、もしかして自分用に登録してある丸太、全部実験に使ってるの?」
「ええ、まぁ、自分の場合は」
「うーん、真面目な奴だとは思ってたが、そこまで筋金入りとはなぁ」
 本気で感心したような相馬の言葉に、大神が曖昧な笑みを浮かべる。実際には、自分の楽しみのために丸太を使うことも黙認されているから、大神のように所有丸太すべてを実験に使っているというのは珍しい。
「んー、じゃあ、お前が新しく丸太を取ってきて、それを俺が貸してもらう、ってのは……?」
「残念ながら、限度数いっぱいまで登録済みです」
「げっ。マジで? 限度数いっぱいまで登録してて、しかも全部実験用?」
「はぁ」
「むむむ……。あっ、そうだ、お前、今、尋問終えたんだよな? ここにいるってことは」
 短く唸った相馬が、不意に何かを思いついたように顔を輝かせる。意表を突かれた大神が、こくんと頷いた。
「ええ、まぁ」
「なら、そいつを使わせてくれよ。もう終わってんだろ?」
「うーん、確かに、身体を大きく傷つけるような拷問はしていませんから、即座に使えなくはないですが……頭のほうが壊れる可能性が」
「いいじゃねぇか。どうせ尋問は終わってるんだし、壊れちまってもさして問題はないって。な?」
 ためらうような大神の言葉に、相馬がにこやかに笑いながらそう言う。さすがに憮然とした表情を浮かべ、大神が相手の顔を睨んだ。
「今回の尋問は、外部依頼です。原則として、尋問を終えた被疑者は依頼部隊に返還する事になっているというのは、少尉もご存知のはずですが?」
「んなの、尋問中に壊れちまったってことに書類上しとけば済む話じゃねーか」
「しかしですね……」
 軽く肩をすくめてあっさりと言い放つ相馬へとなおも抗弁しかけた大神が、不意に表情を強張らせると慌てて敬礼をする。不審そうな表情を浮かべた相馬も、背後を振り返ると慌ててそれに倣った。
「ああ、堅苦しいことは無用だよ。大神少尉、尋問のほうは、どうなったかね?」
 敬礼する二人の部下に軽く苦笑を浮かべ、緋号部隊隊長、竹中少将がそう問いかける。一応敬礼は止めたものの、固い口調で大神がその問いに答える。
「はっ。つい先ほど、無事終了いたしました。報告書は、これより作成に取り掛かるところであります」
「そうか。一仕事終えたばかりですまないんだが、これから少し出張に出てもらえないかな?」
「出張、で、ありますか?」
「ああ。ちょっとしたトラブルがあってね。現地で、ヴァイツェッカー中尉とも合流してもらうことになる」
 軽く肩をすくめながらの竹中の言葉に、大神が緊張した表情を浮かべる。独逸からこちらへと新兵器を輸送してくるという話が持ち上がり、ヴァイはその受け入れのために先日から軍令部のほうへと出向いている。その彼と現地で合流、ということは、ことがその新兵器の輸送に関わっているのは明白だった。
「まぁ、面倒な仕事な上に急な話ではあるが、行ってもらえるかね?」
「はっ。了解いたしました」
 敬礼して答える大神へと苦笑を向けながら、世間話でもするかのような気楽な口調で竹中が言葉を続ける。
「正直、私は新兵器などというものにそれほど過大な期待を抱いてはいないのだがね。お偉方たちはひどく気にかけているようだ。大山鳴動して鼠一匹、ということになるかもしれんが、まぁ、よろしく頼む。詳しい資料は後で用意させておくから、そちらの報告書が仕上がったら一応目を通しておいてくれ」
「はっ……」
 お気楽、とさえいえそうな竹中の態度にやや引っかかるものを感じながら、大神はそれ以上の追求はせずに素直に頷いた。竹中が去っていくのを困惑した表情で見送る相馬へと軽く一礼し、自らに与えられた部屋へと向かう。自室に戻った彼が簡素な机に腰を下ろし、定型の報告書に必要事項を記入し終えると、ちょうどタイミングを計っていたかのように扉がノックされた。
「どうぞ」
「失礼します。竹中少将より、資料を預かってきました」
 扉を開け、室内へと足を踏み入れた華蓮へと軽く頷き、書き終えたばかりの書類を差し出す大神。左手でそれを受け取りながら、小脇に抱えていたファイルを差し出して華蓮が軽く一礼する。
「報告書は、提出してまいります。何か御用がありましたら、お呼びください」
「ああ」
「では」
 部屋から出て行く華蓮の後姿を見送り、大神が軽く頭を振って気持ちを切り替える。本来であれば、今回の尋問が終わった後は数日間の休暇のはずだったのだが、幸か不幸か大神はそのことに関して拘りを持つような性格ではない。だが、資料としてまとめられた書類に一通り目を通した大神は、ふうっと大きく溜息をつくと眉をしかめて頭をがりがりと掻いた。
「どこが、『ちょっとしたトラブル』なんだ?」
 資料の内容は簡潔だった。要するに、輸送機が何らかの原因で墜落し、輸送されていた新型兵器の試作機が現場には残されていなかった、というものだ。報告書にはその他にもその新型兵器の設計思想やら運用した場合の効果なども記されていたが、技術畑とは縁のない大神にとってはそういった情報は何の役にも立たない。
 肝心の輸送機の墜落の原因に関しても、事故なのかそれとも故意なのか、故意だとしたら事前に何らかの破壊工作が行われていたためなのか、それとも何者かによって撃墜されたのか、現在のところ一切不明としか書かれていない。まぁ、事故が起こった直後の報告書ということを考慮すればそれも仕方のないことかもしれないが、これでは何の役にも立たないことに変わりはない。
「ともかく、現地に行ってみないことには何も始まらない、か……」
 物憂げにそう呟くと、溜息をひとつついて大神は立ち上がった。

 山奥に、人目を避けるようにひっそりと開いた洞窟。一見しただけでは何の変哲もないごく普通の自然洞窟に見えるその洞窟は、しかし実際には人の手が加えられていた。大きく湾曲し、入り口からでは視界が通らないその先には、人工的に四角く切り開かれたかなり大きな空間が広がっている。そこに置かれているのは多くの武器弾薬、食料に燃料などだ。
「さて、それじゃ、質問に答えてもらおうかねぇ?」
 その部屋--むしろ、倉庫という形容のほうが正しいか--に隣接した、こちらは通常サイズの部屋で、二十七か八ほどの女が口元に厭らしい笑みを浮かべてそう問いかける。彼女の視線の先、問いかけられたのは、全裸に向かれて天井から伸びた鎖に両腕を捕らえられたドイツ人女性だった。年は二十三か四、といったところか。肩の辺りで金髪を切りそろえ、青い瞳に強い意志の光を浮かべて相手のことを睨み付けている。
「あの蜘蛛の化け物みたいなのは、いったい何なんだい? 聞いた話じゃ、あんたらが開発した新兵器らしいけど」
 たどたどしいドイツ語を操る女へと、両手を頭上に引き上げられて裸身を覆うことさえ許されない状態のドイツ人女性が無言で応じる。ふんっと小さく鼻を鳴らすと、女は背後に控える男達の方へと視線を向けた。
「お前たち、この女をちょいといたぶってやんな。素直に喋れるようにねぇ」
 ねちっこい口調でそう命じる女に、へへっと下卑た笑いを浮かべて二人の男が前へと進み出る。彼らが手にしているものを目にし、ドイツ人女性の表情にさっと恐怖が走った。太い棍棒に、幾重にも有刺鉄線が巻きつけられている。彼らがこれから何をするつもりなのか、説明など不要だった。
「話すことなど、何もありませんっ」
 叫ぶ女性の前後へと、下卑た笑いを浮かべた男たちが足を進める。彼女の正面に立った男が、短く息を吐きながらバットを振るように有刺鉄線の巻かれた棍棒を振るった。
「うぐううううぅぅっ!?」
 どすっと重い衝撃とともに、激痛が腹部で弾ける。大きく目を見開いて身体を前のめりにした彼女の背中へと、背後に立つ男が棍棒を叩き付けた。
「ひぎゃあああああああああああぁぁぁっ!?」
 ばっと背中から血飛沫を上げ、背中をのけぞらせて女性が絶叫を上げる。のけぞったことで突き出される格好になった彼女の腹へと、再び前に立つ男が棍棒を叩き込んだ。
「げぶううううぅぅっ!?」
 再び腹部を襲う衝撃と痛みに、身体を二つに折って苦悶の声を上げる女性。棍棒に巻かれた有刺鉄線の鋭い棘が白い肌を無残に引き裂き、鮮血で染める。息を詰まらせ、喘ぐ彼女の背中へと、更に棍棒が振り下ろされた。
「うぎゃああああああああああああぁぁぁっ!!」
 肌が裂け、肉が弾ける激痛に絶叫を上げる女性。くっくっくと喉を鳴らしながら懇望を手にした男たちが血まみれになって喘ぐ女性へと問いかける。
「どうだ? 喋る気になったか?」
「何も……何も、喋ることなどありませんっ」
 男たちの言葉は中国語、女性の言葉はドイツ語だから互いに相手が何を言ってるかは分からない。分からないが、こういう場合であれば相手が何を言っているのか、雰囲気だけでも十分分かる。
「そうかい、喋る気はねぇってわけだ。なら、もっといたぶってやるよっ」
 そう言い放ち、下卑た笑いを浮かべながら男たちは女性の身体を乱打し始めた。
「ぎゃうっ! ぐぎゃっ! ひぎゃああっ! げぶううっ! うぎゃあぁっ! がっ! ぎゃうううぅっ!」
 身体を前後から棍棒で乱打される女性の口からひっきりなしに絶叫があふれる。肌が裂け、あふれ出した鮮血が彼女の全身を真っ赤に染める。
「おらっ、とっとと喋っちまいなっ」
 ぼろぼろと涙をこぼしながら激痛に身悶える女性の右足へと、前に立つ男が手加減なしに棍棒を叩きつけた。べきっという嫌な音と共に、彼女の足がありえない方向に曲がった。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァッ!!」
 凄絶な絶叫を上げ、顔をのけぞらせた女性が白目を剥いてがっくりと悶絶する。くくっと低く笑うと、背後の男が怒鳴りながら棍棒を頭上へと引き上げられた女性の左腕へと叩きつけた。
「寝てるんじゃねぇっ!」
「ギッ!? ギイヤアアアアアアアアアアア~~~~ッ!?!?」
 腕の骨を叩き折られた女性が、びくんっと身体を痙攣させて意識を取り戻す。あまりの激痛に半狂乱になって身をよじる彼女へと、ニヤニヤと笑いながら様子を眺めていた女が嘲りを隠そうともせずに問いかけた。
「喋っちまいな。そうすりゃ、楽になれるんだよ」
「な、に、も……喋る、こと、など、ありません……」
「強情な奴だねぇ。おい、お前たち。まだ痛めつけてほしいそうだ。存分に、いたぶってやんな」
 息も絶え絶えになりながら、それでも喋ろうとしない女性。呆れたような女の言葉を受け、男たちがへへっと笑いながら頷いた。
「そうらっ!」
「イッギャアアアアアアアアアアアアァアァアァアァアァアァアァアァッ!!」
 前に立つ男が、ゴルフのスイングのような感じで下から女性の股間を力いっぱい棍棒で打ち据える。グチャッと敏感な部分を叩き潰され、濁った絶叫を上げて女性が背筋を反り返らせた。激痛に激しく身悶えながら獣のような叫び声を上げる女性の肩へと、背後から棍棒が振り下ろされる。
 メキィッ……!
「グギャアアアアアアアアア~~~~~ッ!!」
 肩甲骨を砕かれた女性の上げる凄絶な絶叫。その叫びも消えきらないうちに、前に立つ男が横殴りに女性の乳房へと棍棒を叩きつける。
「ヒギャアアアアアアアァァッ! ガッ、ガアアアアアアアアァアッッ!!」
 二つの膨らみが、棍棒に巻かれた有刺鉄線によって石榴のように弾ける。口から泡を吹いて崩れ落ちかける女性に、気絶することなど許さないとでもいうのか、背後に立つ男が棍棒を叩きつけた。尻を打たれ跳ね上がるように身体を震わせる女性。棍棒を尻肉へと押し付けたままぐりっと男が捻り、肉を有刺鉄線が引き裂く。
「ギイイイイイィィッ! アッ、ガッァアアアアアアアァァッ!! ジヌ、ジンジャウウゥッ……ッ!」
「死にたくなけりゃ、質問に答えな」
「喋る、こと、など……ヒギャアアアアアアアアアアアアァァッ!!」
 棍棒が女性の足へと叩きつけられ、おかしな方向に足が捻じ曲がる。絶叫を上げて身をよじる女性の胸を、腹を、背中を、尻を、有刺鉄線の巻かれた棍棒が容赦なく打ちのめす。
「ガアァッ! ゲウゥッ! オゴオォッ! ギヒイィッ! ヒギャアァッ! ギャアアァッ! グゲエエェッ!」
 容赦のない連撃に、既に手足の骨を砕かれ、立つことも出来ずに鎖に吊られている女性の身体が揺れる。濁った悲痛な絶叫を上げて身悶える女性が、激痛に意識を失ってうなだれても男たちの手は止まらない。気絶したなら痛みで叩き起こせばいいとばかりに、容赦のない一撃が女性の身体を襲い、びくんっと身体を跳ねさせて女性が凄絶な絶叫を上げる。
「ウゲェッ! ゲブウゥッ! グギャアアアアァアッ! ヒギイイイイィッ! ジヌゥ……イギャアアアアアアアアアアアァァッ!!」
 足元に大きな血溜りを作り、女性が絶叫を上げて身悶える。だが、次第にその動きが緩慢になっていき、ついにはがっくりとうなだれたまま打たれても何の反応も見せなくなった。
「完全に、気絶しちまったかい?」
 軽く肩をすくめながらの女の言葉に、棍棒を振るっていた男たちの一人が女性の髪を掴んで顔を上げさせる。だが、彼女の口元の辺りへと手をやった男は、ぎょっとしたように目を剥いた。
首領(おかしら)、こいつ……息してませんぜ!」
「何だって!? ……ちっ、くたばっちまったか。軍人だなんていっても、思ったよりやわなもんだねぇ。ま、死んじまったもんはしょうがない。あの連中の基地のそばにでも、放り出しておきな。いい見せしめになるだろうさ」
 部下の報告を受けた女首領は一瞬目を見開いたものの、さして残念そうでもない口調でそう言った。度重なる棍棒責めに全身をずたずたにされた無残な女性の死体へと、侮蔑の視線を向ける。
「もっと、いたぶってやるつもりだったんだがねぇ……」

 竹中少将からの命令を大神が受けてから、二日後の昼前。輸送機が墜落したという場所を管轄する第335部隊の司令部へと大神は到着した。兵員輸送用のトラックから飛び降り、硬くなった身体をほぐそうと軽く伸びをした大神が、司令部の建物から出てきた人影を視界に捉えてぎょっとした表情を浮かべる。
「ヴァイ? ずいぶんと、早い到着ですね」
「そっちが遅いんだろう。状況を説明する。こっちへ来い」
 苛立ちを隠そうともせずにそう言い放つヴァイツェッカーの態度に、内心首を傾げつつ大神が素直にその後に従う。彼の副官として同行してきた華蓮が、大神の背後へとすっと影のように従いながら怪訝そうな表情で呟いた。
「確か、あの人が出向いていた軍令部からだと、ここまで来るのに三日はかかるはずなんですが……」
「まぁ、昼夜問わずで全力移動すれば、不可能でもないだろうが……ずいぶんと危険な真似なのも確かだな」
 華蓮の呟きに、囁くようにそう応じる大神。いくらこの辺りが日本軍の占領下にあるとはいえ、その支配に抵抗する勢力が完全に排除されたというわけではない。武装抵抗勢力も大小取り混ぜてまだ存在しているし、馬賊と呼ばれる盗賊集団の存在もある。
「何をしている? 無駄話をしている時間など、ないぞ!」
「はっ、はいっ」
 怒りのこもったヴァイの言葉に、思わずぴんと背筋を伸ばす大神であった。
「輸送機だが、撃墜されたものと見てほぼ間違いないようだ。近隣の住民から、空へと火が飛んでいくのを見た、という証言が得られたからな」
 司令部の廊下を足早に進むヴァイが、面白くもなさそうにそう言う。ふむ、と、小さく頷いて大神が口を開いた。
「空へと火が、ですか。地対空推進誘導弾、ですか?」
「ああ。そう見るのが妥当だろう。さらに、現場に残された死体のうち二つからは、銃で撃たれた跡も見つかっている。
 そして、唯一現場では死体が発見されなかった乗員が、今朝、死体で発見された。このすぐそばで、な」
「それはまた……」
 わざわざいったん連れ去った人間を、ここのそばに死体にして放り出していくのは挑発されているようで気分がよくない。だが、それ以上にヴァイの口調の中に不穏なものを感じ取って、大神が曖昧に言葉を濁す。とある扉の前で足を止めたヴァイが、無造作に扉を開き大神へと視線で部屋の中を指し示した。
「……遺体は、そこに安置してある」
「拝見します」
 軽く頭を下げて部屋の中に足を踏み入れ、質素な台の上に被せられていた白い布をめくる大神。一瞬、げっという小さな声が彼の口から漏れ、眉がしかめられた。
「……ヴァイ、一言言っておいてほしかったですね、これは」
「無残な死体など、見慣れているだろう?」
「それにしたって、心構えというものが……」
 憮然とした表情でそう言いながら、大神が傍にこようとした華蓮を手で制し、再び遺体に布を被せる。野犬の類に食われたのか、あちこちで骨を露出させたかなり無残な姿だった。更にその死体に刻まれた無数の傷跡から、ひどい拷問--あるいは、単なる暴行かもしれないが--を受けたことが伺える。自分でも任務の最中に無残な死体を作ることがあるが、それでもあまり見ていて気分のいいものではない。
「彼女の名前は、マチルダ。今回輸送されていた兵器の、開発を担当していた」
「……お知り合い、ですか?」
「次の大きな作戦が終わったら、結婚する予定だった」
 目を閉じ、淡々とした口調でそう言うヴァイに、大神が言葉を失う。
「それは……」
「大神。彼女の遺体を見て、何か分かったことはあるか?」
「え?」
「どんなことでもいい、何か、手がかりになるようなことはないか?」
「そう、ですね……」
 目を閉じたまま、懸命に冷静さを保とうとしているような態度で問いかけてくるヴァイへと、大神が痛ましげな視線を向ける。だが、ここで自分が彼に同情したところで何の役にも立たないのだから、と、自分に言い聞かせて大神は脳裏にさっき見た無残な死体を思い浮かべた。
「その前に、いくつか質問をさせていただいてもよろしいですか?」
「俺に、答えられることならな」
「では……まず第一に、彼女は意志が強いほうだったか、それとも弱いほうだったかを教えてください」
 大神の問いかけに、ふうっとヴァイは大きく息を吐いた。
「かなり、頑固な性格だったな。一度こうと決めたことは、何があってもやりぬくタイプだ」
「では、第二に、輸送機の積荷の中でなくなっていたものは?」
「輸送中だった新兵器の入った大型のコンテナが、爆破されている。爆薬が大量だったのか、それとも高性能なものだったのかまでは分からないが、木っ端微塵だ。
 それから、新兵器の設計図および運用用の資料が無くなっている。墜落時に紛失した可能性を完全には否定できないが、おそらく持ち去られたものと見て間違いないだろう」
「では最後に、念のために確認を。周囲に襲撃者が残した痕跡は残されていない、ですね?」
「ああ。ここの部隊が、かなり広範囲に展開して捜索を続けているが、今のところ手がかりはなしだ。部隊長は一両日中には見つけて見せると豪語していたが、どこまで当てに出来るかな」
 ヴァイの言葉に大神が軽く苦笑を浮かべて小さく首を振る。
「それに関しては、当てにさせてもらうしかないわけですが。しかし、状況が不自然ですね」
「不自然?」
「輸送機が墜落してから彼女が死ぬまで、それほど時間はなかったはずです。せいぜい、一日かそこらでしょう。にもかかわらず彼女の遺体は酷く損傷していた。尋問の専門家の仕業でないことはすぐ分かります。
 手早く情報を引き出した後に怨恨から私刑を加えた可能性も考えましたが、ヴァイの証言によれば彼女は意思が強いほうだったそうですからね。一日に満たない時間で意志の強い人間から自白を引き出すのは、絶対に不可能とは言いませんが至難の業です。このことから、相手は訓練された集団ではない、と推測できます。
 また、周囲に痕跡を残さずに襲撃を終えていることから、周囲に詳しい人間、つまり現地の武装集団である可能性が高いと思われます。」
「当たり前の結論だな。その程度の推測なら、こちらでもとうにつけている」
 一瞬侮蔑とも落胆ともつかない表情を浮かべたヴァイへと表面上はまったく動揺を見せずに大神が言葉を続ける。
「しかし、だとすると、彼らはどこから対空砲を手に入れたのか? また、なぜわざわざコンテナを爆破したのか、という疑問が残ります」
「対空砲は、どこかからの横流し品だろう? 敗走した中国軍が遺棄した物を拾ったか、もしくは開戦前に軍部から流出した旧式のものを使ったのか……。コンテナにしたところで、大型のコンテナを運ぶ手段がなかったか、もしくは痕跡を残さず運ぶのは不可能と判断したかといったところではないのか?」
「対空砲は、そう考えることも出来ますね。ですが、コンテナは木っ端微塵に爆破されていたといいましたね? 少量の高性能火薬を用いたか、大量の通常火薬を用いたか、どちらにしても普通はそれほどの火薬類を持ち歩きはしませんよ。最初から、コンテナの破壊が目的だったと考えるほうが自然です」
「だが……!」
「そう、そうなると当然次の疑問が浮かびます。なぜ彼らは新兵器が輸送されることを知っていたのか? というね」
「彼らは現地の武装集団だが、今回の襲撃に関してはどこか別の国から情報と火器の供給を受け、その指示に従ってのものである、と、そう仰りたいのですか? 大神少尉」
 ぎゅっと眉をしかめて華蓮がそう問いかける。軽く肩をすくめて大神が頷いた。
「その可能性は高いと思う。ヴァイ、調査の中に無線の傍受は含まれていますか?」
「い、いや……」
「では、ここの部隊長に依頼するとしましょう。もっとも、もう手遅れかもしれませんが」
 そう言ってさっさと部屋から出て行く大神の後を、慌てて華蓮とヴァイが追った。

「ふむ、なるほど。君の意見は分かった。だが、あくまでも推測に過ぎんな」
 現地部隊の隊長を務める四十歳前後の男が、大神の進言を聞き終えて不機嫌そうにそう言う。
「君たちは防諜と言う任務についているせいか、どうも何でも敵国の謀略に繋げて考える癖がついているようだな。まぁ、君の意見は意見として聞いておくが……ここの指揮権は私にあるというのは、忘れてもらっては困るぞ?」
「それは、十分承知しております」
 部隊長の発言にかっとなりかけたヴァイを素早く手と目線で制し、そつなく大神が応じる。ふんっと鼻を鳴らした部隊長が、面倒くさそうに手を振った。
「まぁ、無線傍受の件は、検討しよう。こちらとしても、手がかりがほしいことには変わりがない。で、用はそれだけかね?」
「はい。失礼します」
 ぎりっと奥歯を噛み締めているヴァイの背中を軽く押し、退室するよう促しながら大神が頭を下げる。もう一度鼻を鳴らすと、部屋から出て行く大神の背中へと部隊長が侮蔑のこもった口調で言葉を投げかけた。
「しかし、緋号はいいご身分だな。戦場に出るのに女連れとはな」
「仰る意味が分かりかねますが……? 彼女は、自分の副官です。貴官も、副官はお持ちでしょう?」
「副官、か。ふん。別に構わんが、隊の風紀を乱すような行為は慎みたまえ。まぁ、ただの副官だというのなら、言うまでもないことだろうがね」
 いやらしい笑いを浮かべてそう言う部隊長へと、大神が無言で頭を下げて退室する。廊下に出た彼へと、ヴァイが不機嫌そうな表情で食って掛かった。
「何だ、あいつは!? 不愉快極まりないぞ!」
「まぁ、人間が集団になれば、派閥というのはどうしても出来るものですし。一応、現地部隊ということで、不慣れな自分たちが動くよりは地の利もあるでしょうし、ここで無理にこちらに指揮権を移すよりは任せておいたほうがいい結果になると思いますよ。流石に、捕捉仕切れずに相手に逃げられるほど間抜けな真似はしないでしょうし」
 苦笑を浮かべながら、大神がいなすような感じでそう言う。しかし、と、なおも食って掛かるヴァイへと、大神は宥めるように両手を広げてみせた。
「気持ちは分かりますが、ヴァイ。現状で自分たちに出来ることはありません。待つのも軍人としての任務のひとつですよ?」
「くっ……!」
「しかし、少尉。彼の態度からして、あまり楽観視は出来ないかと思いますが? 何も動かずにいれば、むざむざと大魚を取り逃がすことにも……」
 眉をしかめて控えめにそう進言する華蓮へと視線を向け、大神が軽く肩をすくめる。
「それは彼の失点で、こちらの落ち度じゃないからな。まぁ、それは冗談としても、具体的に何か出来ることはあるかい? せいぜい、こちらでも無線の傍受をするぐらいだろう?」
「それは……まぁ」
「焦らず、向こうの動きを待つさ。今は、こちらに選択権がある状況じゃあ、ない。ここで無理に動いたところで、状況を悪くするだけだ」
 きっぱりと言い切る大神へと、ヴァイと華蓮が不安そうな表情を浮かべる。そんな二人へと苦笑を向け、大神は与えられた自室のほうへと歩き始めた。

「ああ、予定通りだ。問題はない」
 無線機に向かい、女がやや拙い英語でそう言う。片頬に凄みのある笑みを浮かべ、彼女は言葉を続けた。
「あんたには感謝している。あの連中に、一泡吹かせることが出来た。あたしはそれで満足だ」
『……例のものは?』
「予定通り処分した。後は、あたしら自身の処分だけさ」
『すまない。そちらに割く人員は、我々にはないのだ。本来であれば……』
「あんたが気に病む必要はないさ。言ったろ? 感謝してるって。何も出来ずにいるよりは、死ぬと分かっていても派手なことをしたい。これは、あたしらにとってもいい話だったんだよ」
『そう、か……。だが……』
「別にあたしらは、強制されてやってるわけじゃない。そっちが気にする必要は、本当にないんだよ。最後に一暴れして、華々しく散るさ。あんたらのことを連中にゲロするような真似は絶対しないから、安心しておくれ」
『……君たちが、もし我々のことを喋ったとしても、恨みはしない。他の者の意見は知らないが、少なくとも私は君たちを捨て駒も同然に使ってしまったことに心を痛めているのだから』
「ふふっ、ありがとよ。けど、あたしは、自分が利用されただなんて思っちゃいない。むしろ、こっちがそちらを利用したと思ってるんだ。あの連中に村を焼かれ家族を殺された恨みを晴らすために必要な物を、あんたらから受け取るって形でね。だから、あたしらが死んでも気に病む必要はないさ。あんたらが声をかけてくれなかったら、あたしらはきっとろくに装備もない状態で無謀な突撃を仕掛けて犬死してたはずなんだから」
『……すまない』
「いいって。それじゃ、もう切るよ? これが、最後の通信だ」
『ああ。こういっては何だが……健闘を祈る』
「あははっ。それじゃ」
 ぶつっと通信機の電源を落とし、女は周囲に控える部下たちのほうへと振り返った。部下、といっても、実態は苦楽を共にした仲間、同志といったほうが近い。通信の内容をかいつまんで話すと、彼女は片頬に笑みを浮かべて宣言した。
「これからあたしは、山狩りのために展開してる連中の部隊に奇襲をかける。けど、こいつは強制じゃない。ついてきたい奴だけ、ついておいで。はっきり言って、生きて帰れる可能性はゼロだからね」
「いまさら、水臭いですぜ、お頭。この期に及んでびびっちまうような奴はいやしませんって。なぁ?」
「まったくでさ。それに、俺たちだってあの連中に一泡吹かせてやりたいって気持ちは一緒ですぜ。一人でかっこつけていいとこもってこうだなんて、いくらお頭だって許されねぇ。どこまでだって、お供しやすよ」
 これから死地に赴こうというのに、悲壮さをまったく感じさせない様子で部下の男たちが口々にそう言う。ふっと口元に苦笑を浮かべると、女は肩をすくめた。
「まったく、どいつもこいつも……。それじゃ、お前たち、いくよっ!」
「おおぉっ!」
 女の号令に、男たちが装備を手にして喚声を上げる。彼らが手にしているのは、軍の正式装備を比べても遜色のない最新鋭のものだ。
「死ぬにしても、一人でも多く地獄に引きずり込んでやらないとねぇ……」
 死を覚悟した者のみが浮かべえる、壮絶な笑みを浮かべて女はそう呟いた。

「くっくっく、なかなかの名演技でしたな。あれならあの連中、感激して死ぬまで戦うことでしょう」
 それなりに金のかかった調度類の並ぶ部屋で、揶揄するように青年がそう呟く。彼の言葉を受けた年配の男性が、軽く肩をすくめた。
「ああいった連中は、単純だからな。ちょっと策を弄するだけで思ったとおりに行動してくれる。しかし、慣れない英語を使うのは緊張したよ。向こうはこちらを英国人だと信じているわけだからな」
 こきこきと軽く首を鳴らしながら、流暢なドイツ語で男性がそう応じ、椅子に腰を下ろした。
「まったく、ジークの奴も余計なことをしてくれる。今は同盟を結んでいるとはいえ、いずれは日本ともやりあうことになる。そんな相手に我が軍でもやっと実用化に成功したばかりの新兵器の情報を流すなど、言語道断だ」
「まぁ、今回の輸送が失敗したことで、しばらくは奴もおとなしくしているしかないでしょう。気がかりなのは、時間がなかったために少々計画が雑なことですが……」
「問題ない。あの連中は我々が英国の人間だと信じて疑っていない。例え口を割らされたとしても、捜査の手は見当違いのほうにいくだけだ。疑似餌もかなりばら撒いてあるしな」
「そうですな。しかし、あの連中、どの程度持ちますかね?」
「一応、かなり持つように感激させておいたが、さて……噂に聞く緋号とやらの拷問の実力はいかに、といったところかな」
 くくくっと低く笑いながら男性がそう言い、彼の前にコーヒーを置きながら青年が軽く首をかしげる。
「緋号といえば、確か大佐の息子さんが出向していたはずですが?」
「ああ、そうだ。今回の件にも、おそらく関わってくるだろうが、さて、不肖の息子はどこまでやれるかな。その報告が届くのも、楽しみだよ」
「今回の輸送任務には、確か、彼の婚約者が同行していたように記憶しておりますが……?」
 青年の言葉に、男性がコーヒーに口をつけながら眉をしかめる。ガチャンと大きな音を立ててカップを皿に戻すと、男性は青年のことを睨み付けた。
「あれは勝手に馬鹿がのぼせ上がっただけのことだ。私はあんな女を息子の婚約者などとは認めておらん!」
「はっ! 失礼いたしました」
「そもそも、あの女の祖母はユダヤ人だ。我が家にそんな汚らわしい血を入れるわけにはいかん」
 忌々しげにそう呟く上官のことを、やや皮肉っぽい目つきで青年は見やった。血統にこだわるというのなら、日本人を妻とした自分はどうなのか、とでもいいたげに。
「……なんだね、何か、いいたいことでもあるのかね?」
「いいえ、別に」
「ふん……」
 不機嫌そうに鼻を鳴らす上官のことを、青年は皮肉っぽい目つきで眺めていた……。

「少尉、先ほど、ごく僅かですが無線の反応がありました。残念ながら、発信元および発信先の確定は出来ませんでしたが、いかがしますか?」
 日も完全に沈み、夜の闇が窓の外を覆う時刻。与えられた自室でごろんとベットに横たわっていた大神の元を華蓮が訪れ、そう報告する。ふむ、と、小さく呟くと軽く反動をつけて大神はベットの上に身を起こした。
「どうも、嫌な予感がするな。内容の傍受は? それも駄目だったのか?」
「最後、と、祈る、という単語が拾えました。なお、使用言語は英語です」
「英語? 相手は、英国人ということか?」
 流石に意表を突かれた表情になった大神へと、淡々と華蓮が応じる。
「使用言語が英語だったのは、事実です。ですが、英語を使用するだけならば教育を受けた人間であれば他国人でも可能ですので、断言はいたしません。辛うじて聞き取れる状態で傍受できたのが単語のみですので、訛りからの判断も出来ませんでしたので」
「ま、まぁ、それはそうか。しかし……と、そんなことを考えている場合じゃないな。華蓮、総員に甲種、いや、乙種装備にて待機するよう伝達してくれ」
「了解しました。それと、現地部隊への連絡は、いかがいたしましょうか?」
「……一応、伝えてはおくべきだろうな。無線の傍受技術に関しては、こちらが上だ。向こうが傍受し損ねている可能性は考えられる。それはこちらから伝えておくから、華蓮は兵たちに伝達を」
「はい、少尉」
 軽く一礼して部屋から出て行く華蓮の背を見送り、大神が軽く苦笑を浮かべる。
「さて、あの御仁、こっちの言うことを素直に聞いてくれるかな?」

「……なるほど。我々のような無能な連中に、任せるわけにはいかないというわけか」
 大神が無線を傍受した件を現地部隊の隊長へと告げると、こめかみの辺りに青筋を浮かべて隊長が低い声を出した。思わず苦笑しそうになるのを押し隠し、真面目な表情で大神が首を横に振って見せる。
「いえ、無線の傍受は運の要素も強いですし、念のために行った処置です。決して、そちらでは傍受は無理だろうとの判断で下した命令ではありません。
 また、こちらで傍受した内容をお伝えしたのは、万が一の事態に備えてです。おそらく事後確認にしかならないだろうとは思いましたが」
 言外に、もちろんそちらでも無線は傍受していて既に対策も立ててありますよね、という意味を込めた大神の台詞に、隊長が微かに狼狽の気配を見せた。それを隠そうとしているのか、殊更に傲慢な口調になって隊長が胸を張る。
「心配性だな、貴官も。無論、不審な無線を傍受した段階で捜索に当たっている各部隊へは警戒するよう通達してある。貴官らの出番は、連中を捕らえた後だ。それまでは余計なことをせず、おとなしく待機していろ」
「承知しております。ただ、友軍に協力するのも軍人としての義務。我々もそちらの命令があり次第出撃する準備は整えておきます。指揮権はそちらにありますので、どうぞご遠慮なくお使いください」
 隊長の頬に浮かんだ狼狽の汗に気づかぬ風を装い、大神がそう告げる。むっとしたような表情になって隊長が鼻を鳴らした。
「ふん、そちらの手など借りずとも、我々だけで十分だ。第一、無抵抗な捕虜を相手にばかりしている貴官らを実戦の場に出したところで、役に立つとも思えん」
「お言葉ですが、我々も素人ではありません。緋号の主任務は防諜ですが、敵と交戦中に情報収集のために捕虜を確保するための訓練も受けております。そのための装備もありますし、このような場合ではむしろこちらのほうが慣れた状況かと思いますが」
 侮蔑のこもった隊長の言葉に、淡々とした口調で大神が応じる。ごほん、と咳払いをすると隊長はくるりと大神に背を向けた。
「ともかく、この件は私が指揮する。貴官は余計なことを考えず、出番を待っておればいい。分かったな」
「承知しております。相手を殺さず生け捕りにするというのは困難な任務ですが、貴官らであれば最低でも相手の半数以上を生かしたまま捕らえられるであろうこと、自分は疑っておりません。貴重な情報源となる相手を、むやみに殺してしまうような無様な真似はなさらないと信じておりますので」
 今までの淡々とした口調とは一転、毒のある口調になって隊長の背中に向けてそう言うと、大神は相手の返事も待たずにさっさと部屋から出て行った。扉を閉め、ふうっと大きく息を吐く。
「あ~あ、やっちゃったな。俺もまだ青いってことか」
 ぼりぼりと頭を掻くと大神は自室へと向かった……。

 その夜行われた武装集団との戦闘で、現地部隊は多大な損害を被ることになる。互いの装備がほぼ同等である以上、敵の殲滅を目的とした戦闘であれば数に勝るほうが圧倒的に優位だ。だが、相手を殺さずに生け捕りにせよという制約が課せられたために思い切った攻撃が出来ず、逆に相手は死を恐れることなく突撃してくる。山狩りのために部隊が分散していたこと、隊長からの移動の指示が後手に回り同士討ちなどの混乱が生じたこともあり、百名近い死傷者を出したのである。

「やれやれ、これなら、無線の傍受の件は黙っておいて、奇襲をさせたほうが却って被害は少なかったかな?」
「そうですね、せっかくの捕獲用の装備も、結局使わずじまいでしたから。それでも、十名以上の捕虜を得られたのは大きな収穫です。最悪の場合、全員が死亡していた可能性もありますから」
 翌朝、凄惨な戦闘が終わり、一段落がついたとの連絡を華蓮から受け、大神が眠気覚ましのコーヒーを飲みながらぼやいた。彼の言葉に軽く頷き返し、華蓮が淡々とした口調でそう指摘する。ふうっと溜息をつき、大神はカップを皿に戻した。
「まぁ、それはそうなんだけど。うーん、まぁ、出てしまった被害は仕方ない、か」
「問題は、この被害によって現地部隊内に態度を硬化させている者が多数いるということのほうだと思います。気持ちは分からなくもないですが、情報を引き出す前に彼らに危害を加えられる可能性もありますので」
「かといって、緋号の本部に彼らを連行してから取調べを始めるんじゃ、後手に回る可能性もある。結局、輸送機内で発見されなかった資料は持ってなかったんだろう?」
「はい。撃墜時に散逸した可能性、および既に処分されている可能性もありますが……」
「黒幕の元に送るべく、どこかに保管してある可能性もある、と。せっかくの新兵器の資料を敵に渡す可能性がある以上、調査の必要はあるんだよな。やれやれ、手っ取り早く情報を引き出すしかないか」
 もう一度溜息をついて大神はカップに残ったコーヒーを飲み干した。手っ取り早く情報を引き出すと口で言うのは簡単だが、強い信念を持ち、死を恐れない相手にそれをするのはかなり難しい。とはいえ、やらなければならないことである以上、全力を尽くすまでだ、と、自分に言い聞かせつつ大神は立ち上がった。
「華蓮、準備を」
「はい、少尉」

 捕虜の尋問に用いるために提供された部屋の中で、大神が部下たちへと指示を出し拷問の準備をさせる。壁際に腕を組んで立ち、その様子をじっと黙って見詰めているのはヴァイだが、大神の副官である華蓮の姿はこの場にはない。天井に頑丈なフックが取り付けられ、巻き上げ機から伸びた鎖をそこに通す。鎖の先に別の二本の鎖を取り付け、そのそれぞれの先端を肩幅よりもやや長いぐらいの棒につなぐ。
「尋問対象者を、連行いたしました。入室許可を願います」
「ああ、入れ」
 扉がノックされ、男の声が響く。無造作に大神が許可を与えると、扉が開いて後ろ手に拘束された一人の女が左右の腕を男たちに掴まれ部屋の中へと連れてこられた。憎々しげに表情を歪める女のことを見やり、淡々とした口調で大神が問いかけた。
「これから、お前の尋問を行う。まずは、名前を聞かせてもらおうか」
「あんたらなんかに、名乗る名前はないよっ。喋ることなんて何もない、さっさと殺しなっ!」
「威勢がいいな。だが、これでも俺は専門家だ。情報を聞きだす前に相手を死なせるような、単純な失敗はしない。あくまでも喋りたくないというのなら、死んだほうがよっぽどましだという目に遭ってもらうことになる」
「この、外道がっ!」
 憎悪をこめて叫ぶ女へと向け、大神が軽く顎をしゃくる。二人の兵士たちが彼女の元に歩み寄り、無言のままで腰の後ろの鞘から軍用ナイフを抜いた。怯む様子もなく自分たちを睨み付ける女の服を掴み、無造作に切り裂いていく。
「くそっ、くそっ、くそぉっ! 離せっ、離しやがれっ!」
 口汚く罵りながら女が身をよじるが、背後から二人の男にがっしりと掴まれていては無駄な足掻きだ。さほど時間をかけず、下着まで全部切り裂かれて一糸まとわぬ全裸にされてしまう。戦闘で負傷したのか、左の太腿の辺りに包帯が巻かれており、赤黒く染まっている。
「これが、何だか分かるか?」
 全裸に剥かれ、床の上に押さえ込まれた女の鼻先へと有刺鉄線の束を放り出して大神がそう問いかける。ふんっと反抗的な態度で鼻を鳴らし、沈黙を守る女。彼女のそんな反応は予測済みだったのか、特に気にした様子もなく大神が言葉を続けた。
「有刺鉄線だ。本来は、立ち入り禁止の場所の周りに張り巡らすものだが、紐状をしているからこれで何かを縛ることも出来る」
「縛る……? まっ、まさかっ!?」
 ぎょっと目を剥いた女へと、大神が薄く笑いを浮かべて見せた。
「その様子では、理解できたようだな。そう、これからお前の身体をこれで縛り上げる」
「くっ……! 勝手にしなっ。何をされたって、あたしは何も喋らないからねっ!」
「そうか。始めろ」
「ぐっ、ああああああぁぁっ!」
 大神の指示に女の上体を兵士たちが引き起こし、長い有刺鉄線の中央を女の鎖骨のつなぎ目の辺りに押し付ける。そして互いに交差させるように女の身体へとぐるぐると有刺鉄線を巻きつけていく。鋭い棘に肌を引き裂かれ、女の上体に何本もの血の筋が出来る。苦痛の声を上げて身をよじる女のことを冷ややかに見つめる大神。腕ごと胸を何重にも巻いた有刺鉄線が腹を通り、それぞれの足へと巻きつけられる。胴体部分はバツの字状に、足は螺旋状に巻かれた有刺鉄線。足首から伸びた有刺鉄線の残りの部分を天井のフックを経由した鎖の先端の棒にそれぞれ固定すると、兵士たちは大神のほうに向けて頷いて見せた。はぁ、はぁ、はぁっと息を荒らげて全身を苛む痛みに耐えている女の下へと大神が歩み寄り、無造作に蹴飛ばす。
「ぐあああああぁぁっ! あ、あぎいいぃっ」
 ごろごろっと床の上を転がり、女が苦痛の叫びを上げる。口元に笑みを浮かべ、大神は軽く左手を上げた。一人今までの準備に加わらず、壁際で映像送信装置を操作していた兵士が頷いて装置のスイッチを入れた。準備完了です、というその兵士の言葉を受け、大神は兵士の一人に巻き上げ機を動かすよう指示を下す。
「がっ、がああああああああぁぁっ! ぐあっ、あがあああああぁぁっ!」
 ジャラジャラと鎖が巻き上げられ、両足を割り開かれた体勢で女の身体が逆さ吊りになる。自らの体重によってより一層有刺鉄線が身体に食い込み、女が絶叫を上げる。兵士から竹刀を受け取ると、逆さになって身悶える女の腹を大神は軽く突いた。女の身体が大きく揺れ、更に棘が彼女の全身を抉る。
「ぎっ、いいいいぃぃっ!」
「痛いか? だが、この程度はまだ序の口だ。お前が意地を張れば張るほど、痛みは大きくなる。お前がその苦痛から逃れるには、素直に質問に答えるしかない」
「こ、のっ、鬼日本人がっ。だ、れがっ、貴様、なぞに……ぐああああああああぁぁっ!!」
 憎悪の籠もったまなざしを向けて自白を拒否する女の腹を大神が突く。全身を引き裂かれる激痛に絶叫し、身悶える女の姿を見やって大神が薄く笑った。
「喋りたくなければ、喋りたくなるまで痛めつけるだけのことだ。水槽を」
「はっ」
「ぐ、あ、あ……何、を……? ぎゃあああああああああぁぁっ!!」
 大神の指示に兵士たちが壁際に置かれた大きな車輪つきの水槽を逆さに吊られた女の下へと移動させる。不審そうな声を上げた女の腹を再び大神が竹刀で突き、身体を揺すって有刺鉄線を女の肉へと食い込ませた。痛みに絶叫する女へと、大神が冷たい声をかける。
「お前は、こちらの質問に答えればいい。質問する権利など、お前にはない」
「く、そっ。ああ、そうかいっ、なら好きなだけあたしをいたぶればいい。けど、殺されたって、何もしゃべりゃしないよっ!」
「くくく……殺されても、か。いずれ、お願いですから殺してくださいと、そう哀願するようになる。言った筈だ、死んだほうがましだという目に遭わせてやる、と。降ろせ」
 大神の言葉と同時に巻き上げ機が操作され、女の身体が水槽に満たされた水の中へと沈む。そのとたん彼女の全身に火で焼かれているような激痛が走り、激しい絶叫があふれた。
「ひぎゃぁっ、がっ、ぐうぎゃああああああああああああぁぁっ!!」
「有刺鉄線で全身を引き裂かれた状態で、濃い塩水につけられたんだ。その痛み、尋常ではあるまい?」
「ごあっ、ぎがぎゃうがああああぁっ、ぐうぎゃああああああああああぁぁっ! えぶっ、ごぶっ、ぐごごごごご……!!」
 大神の言葉もおそらくは耳に入っていない状態で、激しく女が身悶える。だがどれほど激しく身悶えようと、吊るされた状態で水に漬けられているのでは逃れる術はない。更に、完全に水の下に頭が沈んでいるため、息を吸おうとしても口や鼻に入ってくるのは空気ではなく水だ。息を止めることも出来ずに絶叫を続けた女はすぐに肺の中の空気を全て吐き出してしまい、強烈な窒息の苦しみを味わう羽目になった。無論、身悶えるたびに身体に食い込んだ有刺鉄線によって皮膚と肉とを抉られ、痛みは増す。濃い塩水が無数の傷に酷くしみ、全身を炎で包まれているような痛みと熱さをもたらす。三重の苦しみに、女が気も狂わんばかりに身体をのたうたせた。
「よし、あげろ」
 女の動きが緩慢になり、全身に痙攣が走るころになってようやく大神がそう命じ、女の身体が水槽から引き上げられる。半分意識を失っているのか、ぐったりとした女のみぞおちの辺りを大神は竹刀で強く突いた。
「ぐぶっ! げほっ、げほげほげほっ……う、ああ……?」
「まだ、目が覚めていないようだな」
 激しく咳き込み、うつろな視線を中にさまよわせる女の姿を見やり、大神が軽く右手を上げる。じゃらじゃらじゃらっと勢いよく鎖が引き上げられ、その勢いで吊られた女の身体に有刺鉄線が食い込んだ。
「ぎゃうっ!? ぐ、あああああぁぁっ!」
「目は覚めたか? では、質問だ。お前たちの背後にいるのはどこの誰か、奪った資料はどこへやったのか、洗いざらい話してもらおう」
「しゃ、べる、ことなん、て……ない、ね……ぐああああああぁぁっ!」
 苦痛に全身に脂汗を浮かべ、息も絶え絶えになりながら女が吐き捨てるように拒絶の言葉をつむぐ。大神がすっと右手を下に振り下ろし、巻き上げ機のロックをはずされた女の身体が勢いよく落下した。水面すれすれでロックがかけられ、がくんと急停止するがその衝撃でまた巻きつけられた有刺鉄線が深く肉に食い込む。苦痛の叫びを上げて身をよじる女へと大神が問いかけた。
「また、塩水に漬けられたいか? 素直に喋れば、痛い目に遭わずに済む」
「あたしらの村を焼き……家族を殺し……あたしを慰み者にした……貴様らに、喋る、ことなど……何もないっ」
 全身を責め苛む激痛に切れ切れになりながら、女が憎悪のこもった声を上げる。ふんっと鼻を鳴らし、大神が合図を送った。女の身体が塩水につけられ、水中で発するがゆえにくぐもった凄絶な絶叫が響き渡った……。

 部屋の中に凄絶な女の絶叫が響く。絶叫の源は、壁際に置かれたテレビだ。椅子に縛り付けられ、その映像を見せられている男たちの表情に濃く苦悩の色が浮かんでいる。男たちの大半は見るに耐えないといった感じで目を硬く閉じているが、椅子に縛り付けられているため耳を塞ぐことは出来ない。そして、なまじ目を閉じているが故に苦痛に満ちた絶叫がより大きく聞こえてしまう。
『ぐあああああああああぁぁっ! ぎあっ、ぎゃっ、ぎゃあああああああああああぁぁっ!!』
「お、お頭……っ!」
「誰でもかまいません。こちらの望む情報を話してくれれば、即座に彼女の拷問は中止します。誰か、喋る気になった人はいますか?」
 映像の中で女が凄絶な絶叫を上げ、声を震わせてその映像を見させられている男の一人が呻く。淡々とした口調で華蓮がそう問いかけるが、それに応じる声はない。別に落胆した様子も見せず、華蓮は映像のほうへと視線を戻した。半ば失神した状態で水から引き上げられた女の身体を大神が竹刀で小突き、意識を取り戻させる。鎖が上下し、女の身体に有刺鉄線を食い込ませ、苦痛を増す。絶叫を上げて身悶える女の無残な姿を、表情一つ変えずに見つめる華蓮。そんな彼女とは対照的に、まるで自分が責め立てられているかのように表情を歪め、男たちが固く歯を食いしばる。

「なかなか、強情だな。仕方ない、次の段階に移るとしよう。それほど痛めつけられるのがお望みなら、応えてやる」
「う、ぐ、あ……これ、以上、何を……ぐああああああぁぁっ!」
 更に何度か水に女の身体を漬けた大神が、軽く肩をすくめてそう告げる。流石に僅かに表情に恐怖を覗かせた女が問いかけるが、大神は無造作に竹刀の先端で女の身体を突き、揺さぶった。
「質問する権利はお前にはないといったはずだが? まぁ、いい、特別に教えてやろう」
「く、そっ、が……」
「これからこれをお前の女の穴に突っ込んで電流を流す。電圧はさほど高くないが、場所が場所だからな。地獄の苦しみを味わえるぞ」
 コードの付いた金属柱を軽くかざして見せながら、大神が口元を歪める。一瞬大きく目を見開いた女が、ぎりっと奥歯を噛み締めた。
「な、何を、されたって……話すことなんて、ないねっ」
「いつまで、そんな口を叩けるかな?」
 女の叫びに薄く口元に笑みを浮かべてそう応じ、大神が合図を送る。鎖が鳴り、女の身体が水槽の中へと沈められた。全身を包む激痛と熱さに水の中で絶叫を上げて女がのたうちまわる。そこに歩み寄った大神が、巻きつけられた有刺鉄線に触れないように注意しつつ、割り開かれた女の股間へと金属柱を埋め込んだ。強引な挿入に痛みがあったはずだが、女は常に絶叫を上げ続けているからどれが強引に秘所を貫かれたことによる叫びなのかは判断できない。
「ヴァイ、あなたがやりますか?」
「いいのか……?」
 金属柱を根元まで無理やり押し込み、簡単には抜けなくなったことを確認すると大神は部下に合図を送って女の身体を水から引き上げる。窒息の苦しみからはとりあえず解放された女が激しく咳き込む姿を視界の隅に捉えつつ、大神はヴァイへとそう問いかけた。壁に背中を預け、無言で拷問の様子を見詰めていたヴァイが、大神の言葉に僅かに目を丸くする。
「ショック死を起こすほど高い電圧ではありませんし、危険な状況になればこちらから主電源を落とせますから。あなたにとっては恨みのある相手ですし、よろしければどうぞ」
「そうか……では、甘えさせてもらおう」
 壁から背を離したヴァイへと、兵士の一人が操作用のコントローラーを手渡す。無造作に電圧調整用のつまみを最大まで回すと、ヴァイは逆さに吊られた女のことを睨みながらスイッチを入れた。
「ウギャアアアアアアアアアアアアァァァッ!?!?」
 弓なりに背をのけぞらせ、大きく目を見開いて女が絶叫を上げる。敏感な秘所に加えられた電撃は、とんでもない激痛となって彼女の全身を駆け巡った。筋肉が痙攣し、彼女の意思を無視して全身がめちゃくちゃに暴れる。その動きが全身に巻きつけられた有刺鉄線を更に深く肉に食い込ませ、連鎖的に全身に激痛が走る。
「ギャアアッ! ウギャアアアアァァッ! ギャアアアアアアアアアアァァァッ!!」
 あまりに激痛に脳裏が真っ白になり、意識が途絶える。だが、激しすぎる苦痛は、彼女にゆっくりと気絶していることすら許さない。意識が途切れた次の瞬間には、激痛によって無理やり覚醒させられてしまう。
「ギエエエエエエエエェェッ! ウギャギャギャギャッ、グギャアアアアアアアアァァッ!!!」
 断末魔じみた濁った絶叫を上げ、女がのたうちまわる。カチッとスイッチを切ると、ヴァイが憎悪のこもったまなざしを女へと向けた。
「痛いか? 苦しいか? だが、マチルダが味わった苦しみのお返し……この程度で済むとは思うなよ」
「ぐ、が、あ……あぎ……ギヒイイイイイイイィィッ!!」
 掠れた声を漏らす女の身体が、再度の通電によって跳ねる。苦痛の叫びを上げる女のことを睨みつけながら、ヴァイがカチカチとスイッチのオン・オフを繰り返す。
「ギャンッ! ウギャアッ! ギャウッ! イギャァッ! ギャアアッ! グギャッ! ギャウウゥッ!」
 びくん、びくんと全身を跳ねさせ、女が断続的な悲鳴を上げる。じっとその姿を睨みつけながら、ヴァイが薄く苦笑を浮かべている大神のほうへと声をかけた。
「大神、このまま、水に沈められるか?」
「それは、まぁ、お望みとあれば。やりますか?」
「では、頼む」
 カチ、カチと、スイッチを操りながらヴァイがそう言い、大神が軽く手を上げて部下に合図を送る。鎖が鳴り、女の身体が水へと沈んだ。同時に、ヴァイがスイッチをオンにしたまま放置する。
 有刺鉄線に肌と肉とを抉られる痛み。引き裂かれた傷を濃い塩水で洗われる痛み。水に漬けられ息の出来ない苦しみ。敏感な秘所から流される電流の痛み。
 四つの責め苦が、女を襲う。獣じみた、といったら獣のほうが気を悪くしそうな濁った滅茶苦茶な絶叫を上げ、女の裸身が赤く染まった水の中でのたうった。死すら甘美に思えるほどの、壮絶な苦痛。

「やめてくれっ! 何でも喋るッ! 喋るからっ!」
 別室で、女の拷問の光景を見させられていた男たちの一人が、ついに溜まりかねたというように叫んだ。彼と同じく、苦悶の表情を浮かべていた他の男たちの間から、非難と制止の声が上がる。
「やめろ、金!」
「喋るんじゃないっ! お頭の言葉、忘れたのか!?」
 画面の中で女がのたうち、文字に表せないような絶叫を上げる。ぎゅっと拳を握り締め、金と呼ばれた男が搾り出すように叫んだ。
「お頭がこんな目に遭ってるのを、ただ黙って見てろって言うのか!? 俺には、そんなことは出来ねえ!」
「そ、それは……」
「話してくれれば、彼女は助けます。でも、ここでは他の人たちが五月蝿いですね。他の部屋に移りましょうか」
 淡々とした口調で華蓮がそう言い、部屋の中の兵士たちへと視線で指示を送る。椅子に拘束された男の肩に手をかけ、兵士たちがロープを解き始めた。
「ま、待ってくれ、先にお頭を……!」
「あなたの尋問が、先です。彼女を助けたいなら、素直に全部喋ることですね」
 縋るような男の言葉をあっさりと切り捨て、華蓮がそう言う。画面の中で、再び壮絶な絶叫が響いた……。

「少尉、尋問が終了しました。残念ながら、敵の詳しい身元は不明です。英国人であるのは、確かなようですが。
 それと、輸送機内から持ち去られた資料は、発信機付きの通信筒に入れ、川から流した、と。下流で協力者が回収する手はずになっていたようです」
「そう、か。回収は、難しいか?」
「一応、要請はして見ますが……難しいかと」
「仕方ないな。ヴァイ。いったん、中止しましょう。このまま責め殺してしまうより、本部に戻って治療を加えつつ時間をかけて尋問を行ったほうがいいと思いますが」
 華蓮の報告を受けた大神が、ヴァイのほうに振り返りながらそう告げる。一瞬ためらうそぶりを見せたヴァイへと、大神は苦笑を見せた。
「全ての情報を聞きだした後は、あなたの好きに出来るように取り計らいますから」
「……分かった」
 しぶしぶ、といった感じではあったが、頷いてヴァイがスイッチを切る。女の絶叫が途絶え、既に限界を超えて痛めつけられていた女はそのまま意識を失った……。
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