鮮血の日記帳(5/17ファナは実は関西人バージョン)

作:園田大造

今日は、お屋敷で働いているメイドの人が一人、倒れてしまいました。着付け役の人だったんですけど、やっぱりあれって神経を擦り減らす役割なんでしょうね。私は、特に着るものにこだわりがありませんし、あまりそういうことに関するセンスも良くないみたいですから、着付け役の人が選んだ服や装飾品に文句を付けるようなことはしません。けど、他のお屋敷とかでは、着付け役の選んだ服や装飾品が気に入らないと殴ったり罵ったりする人が多いらしいんですよね。そういうところで働いている人は、私なんかを相手にしている人よりもずっと、神経を擦り減らすことになって大変なんだろうなぁって思いました。
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「……どうぞ」
「し、失礼、します」
うっわぁ、起きとるやないか。え、えらいことになってしもうた。ノックに返事が返ってきた さかい起こさにゃならんよりはましやと思うたら、ちゃんど夜着姿でベッドに腰かけ仕事なんかやりおるわ、この御領主様。そりゃあ朝たたき起こされて機嫌の良いもんはおらへんやろうけど、このご主人は早くても遅くてもまずいんやで。大体まだ二十歳のうちより年下なのに、何なんやこのプレッシャー。しかもこの御領主、怒っとるんやら悪いのようやらわからへん。わからへん言うたらぎょうさんな人殺すけど、これが機嫌がええ時殺すんやら悪くて殺すんやらわからへんやなんて、全く難儀な御領主様やで。そやからまずいなんてもんやない。へたすりゃこっちが殺されてしまうんやで。全く朝御領主を起こすのに命懸けやなんて因果な商売やで、ほんま。おっとそれどころやない。仕事や仕事。
「も、申し訳ありません。遅くなりました」
 ほんまに朝の支度で命懸けやなんて洒落にならへんがな。とにかく頭をさげて仕事をせんと、ぼやぼやしとったらほんま殺されるんや。ありゃあ御領主様立ち上がりおった。早く着せぇってことやな、これは。とは言え何着せるんや。こんなもん?うっわぁ考えとったら額に汗でてきたで。衣装ダンスったってあるのは黒ばっかりや。他の色のも有るけど黒が多いって事は黒が好きって事や。なら黒着せとこ、黒。

 うっわぁ、うっわぁ御領主様うちの方を見よるで。うち、ただ御領主様の夜着を脱がせてドレスに着替えさせよる、ただそれだけやのに。気に入ったら気に入った、気にいらんならいらんって…、言うわけないわなこの御領主様が。ましてうちが初めてやから多少の不始末も大目に見る…訳だってないわな。ありゃ、さっき何や目の前にひょろひょろの襤褸着た爺さんうっすらちらつきよった。ひょっとして死んだ婆さんから聞いた死神やろか、縁起でもない。御領主様まだこっち見よる、ほんま変わり者やでこの御領主様。ただの変わり者ならええけど、やたら人殺すってのがこまるんや。あかん、紐を結ぶ指が震えとる。こんな事で殺されることも有るんやって話やから、ほんまに命懸けや。ようようすんだ、さあ姿見、姿見、と。やっぱここはおべんちゃらの一つもいうとかなあかんやろな。
「い、いかがでしょう? とても、お似合いでございますが」
ありゃあ、何も言わへん。
「……そう、ですか?」
ひっ、いいおった。と思うたらこれやがな。何もわからへん。でもさっきのは聞こえへんかったやろな。この御領主、怯える相手をいたぶるのが好きやって、うちらメイド仲間ではえらい評判やからなぁ。でもほんま、気にいらんかったら事やで。
「お、お気に、召しませんか?」
「……別に。あなたがこれでいいと思うなら、それでいいのでしょう」
 気に入っとったらこんな事言わへんわ、普通。えらいこっちゃ、えらいこっちゃ。わぁっ視線を逸らしとる。怒っとるんやろか。歯の根ががたがた言い始めたで。あやまらな。とにかくあやまらな。
「も、申し訳ありません。す、すぐに、別の服を用意しますので……」
「……そう」
 わあっ、わあっ、また見とる。見とるけど、そやけど何もわからん。何考えとるんやろ、この御領主様。まさかうちを殺そうなんて…うちはまだ死にとうないで。桑原、桑原、この御領主様、こっちがこわがっとると思われてもいかんやなんて、全く因果なご主人様や。とにかく何着せたろか。黒が多いってことはやっぱ黒好きなんやろ、な。同じって訳にはいかんさかい、こっちの装飾が地味でシンプルな作りの奴にしとこ。これがだめやったら、冗談なしに殺されるで。うっわぁまた見よるで。何考えながら見とるんや、冗談抜きで胃が痛うなってきおったがな。
「こ、これでしたら、どうでしょうか……?」
「……また、黒なんですね」
「く、黒は、お嫌いでしたか……!?」
「……別に。ただ、いつも、黒い服ばかり選ぶんですよね。そんなに、私に似合いますか?」
 ひええっ、うわぁ、ひええっ、気にいっとらんわ。絶対に気にいっとらんわ。なら何で衣装ダンスは黒ばっかなんや。それで殺されるかもわからんこっちの身にもなってみい。えらいこっちゃで。ほんま顔面蒼白やで。えらいこっちゃで。
「も、申し訳ありません。別の色を用意いたします……!」
「……そう、ですか」
 うわっ、溜め息なんかつきおった。どないしょ。どないしたらええんや。えらいこっちゃ、えらいこっちゃ。黒以外ったって衣装ダンスの中は真っ黒けのけやないか。他の色たって何にしたらええんやろ。どない考えても黒や。大体着とるのはいつも黒やがな。でも本人は嫌やというとる。いうとらんかも知れへんけど、言うたも同然やがな。白やろか。赤?水色?何着せても気に入られん気がしてきたわ。そや、御領主様、何着せたら似合うんやろ?黒、黒、黒。あかん、頭ん中、闇夜にカラスで黒ばっかりや。黒以外のもの着とる御領主の姿やなんて想像もでけへん。それより早よせんなほんまに殺されるで。胃がますます痛うなってきたで。早うせなうち殺されるんや、うっわぁ、うわぁ。
「……まだ、決まらないんですか?」
「いっ、いえっ」
 声がひっくりかえってもうた。ええい、これや。何かわからんが手にもっとるこれや。あっりゃあ、これは…。ええい死んだ気になるしかあらへん。
「こ、これなど、いかがでしょうか? お、お似合いだと、思うのですが……」
「血の色、ですか。目立たなくて、いいかもしれませんね」
 ひゃあっ、何ぬかすんや、この御領主様。うわわっ、笑いおった。ちびっとやけど確かに笑いおった。こいつこれ着てうちを殺す気や。拷問して殺す気や。死んだ気なったいうて、それでほんまに殺されたら洒落にならへんがな。ありゃ悲鳴が漏れてもうた。聞こえたで、絶対、聞こえてもうた。さがらな、あやまらな。とにかくあやまらな。ひええっ、足がふらついて背中がタンスに当たってもうた。こんなんどんな阿呆でもうちが怯えとるのが分かってしまうやないか。そして絶対御領主は役立たずのうちを…ひええっ…ひえええっ。
「お許しをっ、領主様、どうぞお許しをっ。こ、殺さないで……っ!」
何ぬかすんや、うちは。このご領主様相手じゃ殺してくれっていってるようなもんやないか。だからっちゅうて何言うたらええねん?あかん、さっきの死神が手招きしとる幻が見えてもた。こら死神あっち行き。まだうち、そっちに行く気はあらへんのや。
「……服を、早く決めてもらえますか? その服に、するんですか?」
「いっ、いえっ、もう少し、もう少しだけお待ちくださいっ」
どないしょ、どないしょ。これが最後のチャンスやで。次の服が気に入ってもらえへんかったら…いやや、そんなんいやや。顔だけやのうて全身汗まみれや。そりゃ殺されるかわからへんのやから、汗くらいかくで。これで殺されるかもわからんこっちの身にもなって見い。でも選ばなあかん。とにかく選ばな。うわぁ胃がますます痛うなってきた。吐き気もしてきたで。ここで吐いたらほんまに一家皆殺しや。ありゃあ、さっきの死神の幻が段々はっきりしてきたで。ええい、そや、これとこれや。清楚な印象の白いドレスとかわいらしい印象の水色のドレスや。後は向うにえらばしてこまそ。
「こ、この白の服は、いかがでしょうか? そ、それとも、こちらの水色の方がよろしいですか? どちらも、領主様によく似合うと思うのですが……」
「……ファナ」
「はっ、はいぃっ!?」
 な、何で名前をよぶんや。ありゃりゃ声が裏返ってもうた。それどころやない。首を左右に振っとる。うちの方を見詰めとるやないか。まっすぐ見詰めとる。本気で穴空くほど見とる。
「私は、あなたの着せ替え人形ではないんですよ?」
「いっ、いえっ、そのようなことは、まったく考えてもおりませんっ!」
「そう。……もう、この服でかまいません。さがっていいですよ」
「は、はい……」
 


最悪やがな。
どないしょ、これ怒っとるがな。それもえらい怒っとるで。うち、絶対に殺されるんや。とにかくこの部屋からは出てかな。あかん、足が雲踏んどる様や。うち、どこ歩いとるんやろ。あああ、こんなことなら去年の年期明けの時に家に帰っとけば…あかんわ。そしたら家族の生活やわくちゃや。大体こんなしけた処に碌な勤め口もあらへんし…。
 で、でもうちが殺されてもうたら家族はどうなるんや? ここ以外碌な勤め口もないさかいに妹がここに来て、やっぱ妹も殺されてまうのやろか?
 ああ、いやや。そんなんいやや。けどなんぼいややって言うたかて、後で呼ばれて地下に連れてかれて、拷問されるんや。拷問され泣きわめいて嬲り殺しにされるんや。どないしょ、どないしょ。ひええっ、うわわ、ほんまどないしたらええんや。あああ、碌でもない想像が頭ん中渦巻きよる。この御領主、捕まえたもんに無茶するって評判なんや。うちかてここん来る前、処刑って囚人に無茶苦茶すんの見てたわなぁ。あれ、これからうちが受けるんやろな。けど、元はと言えば御領主様を朝起こして着がえやる、それだけやで。考えて見りゃあほらしゅうてあほらしゅうて…、あかん、そんなこと考えたかてちっともおもろうないわ。何の慰めにもならへん。あれうちが受けるんやと思うと全身が恐怖でがたがたやがな。目の前くらくらしてきたわ。まったく胃がどえろう痛うて吐き気がするで。
「ど、どうしたの、あなた? 顔が、真っ青よ?」
 前から歩いてきたメイド、何か聞いてきおった。何驚いとるんや、こいつ。
「殺されちゃう、殺されちゃうのよ……」
あかんなぁ、こっちかて殺される身や。気の利いたこと言おうと思うても、こんなしょうもないことしかよう答えへん。うわぁ、吐き気がする。何や熱い物が胸元に駆け上がってきたで、こんな所で戻したらあの御領主様…、ええい、どうせ殺される身や。戻したれ、戻したれ。ひええっ、これって血やないか。それもこんなに仰山。こいつ何わめいてんのやろ。あれま、さっきの死神が目の前で手招きしよる。まぁええわ。拷問されて嬲り殺されるよりなんぼか増しやろ。すぐそっちに行くさかいに待っとれや…。