ガオホワイトの受難



―夕暮れのオレンジ色に包まれる森の中。
「正義」と「悪」・・・それぞれの宿命を帯びた二人の戦士が対峙していた。

「ほう、5人まとめてかかってきたと思えば、貴様1人か?―やれやれ、この俺もなめられたものだ」
オルグきっての実力派戦士・ロウキが目の前の「敵」を一瞥する。
ロウキの前に立っているのはガオレンジャーの紅一点―<<いや白一点というべきか>>―ガオホワイトこと大河冴であった。
長い黒髪に美貌の片鱗が伺える童顔、小柄で華奢な体躯の16才―戦士とは程遠いイメージであるが、実は武術の達人であった。
「女を虐める趣味はないが、憎っくきガオレンジャーの1人・・・まずは貴様から血祭りにあげてやるとするか」
「それはこっちのセリフよ。奪われた宝珠は絶対に返してもらうわ!!」
「ククク・・・口だけは達者だな」
「うるさいわねっ・・・ガオアクセス!!」冴が、懐からGフォンを取り出す。気合いの入った掛け声とともに冴の小柄な身体が眩い光に包まれ、たちまちのうちに純白の強化服に包まれる。「麗しの白虎・ガオホワイト・・・ロウキ、覚悟!!」
ガオホワイトが四つんばいになって身構える。両手の鋭利な爪をロウキの方に向け地を這うような―ホワイトタイガーを模した独特の構えだ。
「フン、返り討ちにしてくれる」
「ハッ!!」四つんばいままでロウキの方に駆け寄るガオホワイト。驚異的なスピードで一瞬のうちに間を詰めると、ロウキの顔面目掛けて2度、3度と爪を立てた。「トウッ!!ヤアッ!!」
だがロウキはまったく抵抗する様子を見せない。ガオホワイトの為すがままといった様相である。
「よーし、とどめよ。タイガーバトン!!」
右手に握り締めたバトンが、ロウキの脳天に打撃を与える。バキバキ!!―会心の手応えだ。
(よしっ、いける!)
ガオホワイトは一瞬勝利を確信した―が、それは本当に「一瞬」に過ぎなかったのだ。

「フハハ―その程度か・・・ガオホワイト」
「!?」
ガオホワイトの目の前のロウキには傷一つついていない。あれだけ攻撃を加え、あげくにタイガーバトンの渾身の一撃をくらったのに・・・
「そんな・・・タイガーバトンをまともにくらったのに!?」
「この程度で俺に勝てるとでも思ったか?」
と言うや否やロウキは左腕でガオホワイトの右手首を掴んで、捻り上げた。ギリギリギリ・・・関節が軋む。万力のような凄い力だ。
握られたタイガーバトンが地面に落ちる。
「痛ッ!!」マスクの下の冴の顔が苦痛に歪む。「は、放して・・放せ!!」
ロウキはそんな声には一顧だにせずに、右手で足元に落ちたタイガーバトンを拾った。
「チャチな武器だ―俺にとってはこんなものはオモチャに過ぎん。だが・・・」
と呟くや否や、ガオホワイトの腹部目掛けて強烈な一撃を加えた。
バキ!!
「キャア!!」
ガオホワイトが悲鳴をあげる。強化服から灰色の硝煙を上げる。ロウキが手を放すと、ガオホワイトはもんどり打って倒れた。
「なるほど・・・ザコ相手には使える武器のようだな」
「!?・・・ウゥ・・・」一瞬何が起こったのか分からないという仕草を見せたガオホワイトがよろよろと立ち上がろうとする。その脇腹には、はっきりと黒い焦げ目がついている。
ようやく身を起こそうとしたガオホワイトの即頭部にすかさずロウキの蹴りが飛ぶ。
「グウッ!!」
ガオホワイトの頭が大きく横に振られ、またその場に倒れ伏す。純白の強化服が泥土に塗れる。倒れざまにロウキはガオホワイトの頭を踏みつける。
ミシミシ・・・ロウキの体重をもろに受けて、ガオホワイトのマスクが軋む音が響く。
「アァッ!!」
たまらずガオホワイトが声を上げる。両手でロウキの足を払いのけようとするが、巨体はピクリともしない。
ホワイトタイガーをモチーフにした、白いマスクのところどころに小さなひび割れが生じはじめる。このままではマスクを完全に破壊するのは時間の問題―最後には冴の頭蓋骨すら砕かれてしまうだろう。
「ウウウゥゥゥ・・・アァァァァァ!!」
「ククク他愛のない―ガオレンジャーとはいっても所詮小娘だな。もう終わりか?」
ロウキの声はあくまでも冷静だ。
「ウッ・・・だ、誰が・・・ガオの戦士が・・・このくらいの攻撃で・・・負けるものですか!!」
「面白い、そうこなくては、いたぶり甲斐がないというものよ」
と言うと、ロウキはガオホワイトの頭から足を離す。
強烈な痛みからしばし解放されたガオホワイトだが、既にひどくダメージを負ってしまっており、すぐに立ち上がることなどできない。
そんなことを見越したかのように、ロウキはゆっくりとした仕草で、腰に挿した魔笛を取り出した。ところどころに穴があいた独特のデザインの笛である。ロウキはその穴の一つに手持ちの宝珠を差し込んだ。「魔獣召喚!!」

―怪しい笛の音が辺りに響き渡ると、オレンジ色の空が急に薄暗くなる。
それと時を同じくして、轟音とともに、ロウキに足蹴にされて倒れているガオホワイトの真下の地面がムクムクと盛り上がりはじめた。
「な・・・!?」違和感にガオホワイトが息を呑む。
ロウキは魔笛を振り上げて叫ぶ。「出でよ!!」
そして次の瞬間!!
ゴゴゴゴゴゴゴ!!・・・ブシュ!!

「ギャァァァァァァァァァァァ!!」
戦場にガオホワイトの絶叫がこだまする。
あっと言う間の出来事だった。
盛り上がった大地から伸びた1本の巨大な刃が、ガオホワイトの右胸を貫いていた。
「アァァァァァッ、クゥゥ!ウワワワワワァァァァア!!」
地中から伸びた刃は、ガオホワイトの背中の左側を斜めに突き刺し、右胸のもっとも膨らんだ部分を貫通させていた。
傷口からは先ほどよりもさらに激しく噴煙を上げている。
「どうだ、俺の魔獣の威力は?」
「ああああああぁぁぁぁぁぁぁ・・・・!!」
”痛い”などという生易しいものではない。この世のものとは思えない苦痛にガオホワイトは全身をガクガクと痙攣させる。
生身の身体であれば、間違いなくこの一撃で息絶えていたことだろう。
だがガオの宝珠のパワーを帯びた強化服は、装着者・大河冴の生命を確実に保護する。
そのため、意識を失うことすら許されず、想像を絶する痛覚だけが冴を襲っていたのは、まさに皮肉としか言い様がない。
ガオホワイトの腹部を貫いていた刃は、全長1メートル、太さ10センチはあろうかという巨大なもので、鋭く尖った先端は象牙色に輝いていた。
刃というよりは、むしろ動物の牙に見えた。
「ウゥゥゥ・・・」ガオホワイトがうめき声を上げる。仰向けの体勢で横たわるその眼前には自らの腹部を貫く牙がはっきりと視界に入っている。
そして、その巨大な牙には、明らかに見覚えがあった。「こ・・・・これは・・・」
「やっと気づいたか」ロウキが、あざ笑うように言う。「見覚えがあるだろ?そう、コイツは貴様から奪い取った・・・」
「が、ガオエレファント・・・ウソ!!・・・アァァァァァァ!!」
傷口からはドクドクと鮮血が流れ始めていた。細い首筋、腰、太股のあたりまでがみるみるうちに真っ赤に染まる。
失血と絶望感で、ガオホワイトのマスク越しの冴の顔が真っ青になる。
「あぁぁぁぁぁぁ!!痛っ、イタイぃぃぃぃぃぃ!!・・・ウウウウウゥゥゥ・・・」
「ハハハ、無様だなガオホワイト。取り返しに来た宝珠に逆にやられるとは。よーしガオエレファント、もっとだ」
ロウキの声に呼応するかのように地中から長い鼻が伸び、ガオホワイトの首に巻きついた。
「グハッ!!ゲホゲホ!!・・・ゲハァァァァァァァァァッ!!」
ガオホワイトのマスクの下で冴は嘔吐を繰り返した。そして先ほどのマスクの亀裂から微量ではあるが嘔吐物が漏れ始めていた。
巨大な鼻は、ものすごい勢いでガオホワイトの細い首を容赦なく締め付ける。胸には牙が貫通している。かつての「戦友」に対してこれほどまでに残虐な行為をするガオエレファントはもはや完全にロウキの「魔獣」にされてしまっていた。
「苦しめ!もっと苦しめ!!憎っくきガオレンジャーめ。千年の恨みとくと思い知るがいい!!」
だが、両手両足ともに力が入らない。さすがにガオの力をもってしてもこれほどのダメージには対応しきれない。徐々に―ゆっくりと、意識が薄れていく。
(こんな、こんな・・・ところで・・・死・・・ぬのかな・・・あたし・・・)
それもいいかもしれない―冴はそんな風に思い始めていた。この痛み、苦しさから解放されるのなら。体力はもちろんのこと、既に戦士としての気力さえ失われつつあった。苦痛が急速に薄れていくの感覚に、冴はある種の心地よささえ感じていた。

だが・・・悪夢はまだ終わらない。

「ククク。安心しろ、急所は外したから死ぬことはない」
ガオホワイトの「気持ち」を見透かしたかのようにロウキが言う。その口調は一貫して冷徹で感情の昂ぶりは微塵も感じさせない。「この程度では、俺の恨み、まだまだ分かるまい。たっぷりとその身体に思い知らせて、それから約束どおり血祭りに上げてやるとするか・・・魔獣退散!!」
ロウキが叫ぶとともに、ガオホワイトを貫いていた巨大な牙、そして首をしめていた鼻が一瞬のうちに消滅する。そして、隆起していた大地も何事も無かったかのように平らになり、もとの静寂な森林に戻っていた。

「ハァ、ハァ、、ハァ、、、ハァ・・・」
あとには、変身が解けたガオホワイト・大河冴が仰向けに横たわっていた。
左胸から血を流し、乱れた長い黒髪の奥からも出血が見られる―黒のジャケットにミニスカートといういでたちは、いたるところがボロボロに破けている。血と涙が混じってグシャグシャになった顔は蒼白。もはや気力・体力ともに限界にしか見えない。

ロウキがゆっくりと冴に近づく。
「いや!」冴の表情に怯えの色が浮かぶ。「こ、来ないで!」
が、ロウキから逃げる体力など残っているはずも無い。手を左右に振って抵抗の構えを見せるのが精一杯であった。
「―情けない」ロウキが首を振る。「それでも―この俺を千年も封印した―ガオレンジャーか」
ロウキは冴の胸倉を掴んで、無理矢理立ち上がらせる。
「ゴホ・・・ゴホゴホ・・・」
冴が苦しげに嗚咽する。
「牙を抜かれた白虎―もはやそんなものに興味は無い。他のガオレンジャーどもの居場所を教えろ。そうすれば命だけは助けてやる」
「・・・」
「フン、恐ろしくて声も出ないか」
「・・・」
「―なるほど、まだ戦士の誇りは残ってる、そういうわけか?」
左手でさえの胸倉を掴んだままの体勢で、ロウキが右手に剣を握る。剣といっても刃渡り20センチ程度の短刀であった。それをゆっくりと冴の顔に近づける。
「ウ・・・ア・・・」
冴が恐怖に目を見開く。
「わかるだろ?素直に喋ったほうが身のためだ」ロウキが短刀で冴の頬を撫でる仕草を見せる。「鼻と口を繋げてやろうか?それとも耳でも削ぎ落としてやれば喋る気になるかな―もう一度だけ聞く。ガオレンジャーの基地は?」
「い・・・や・・・」
「いい度胸だ」
ロウキの右手が動く。
ブチブチブチッ!!
「キャァァァァァァァ・・・ああああああアアァァァァァァ・・・・」
冴が絶叫する。
ロウキの剣の刃の部分には、白いブヨブヨとした塊が刺さっていた。
そして、その傍らには冴が苦悶の表情を浮かべて、赤い色の涙を流していた―冴の左眼が夥しい血で真っ赤に染まっていた。「ァああァァァァ・・・目が、・・・・目が見えないぃぃぃ・・・・ぁぁぁぁあぁ・・・!!」
「とりあえず一番目立つところから刺してやったまでさ。つまらん意地を張るからだ」
ロウキは自らの剣先の白い塊―大河冴の眼球―を弄ぶように撫でる。その口調はあくまでも冷静。「どうする、ガオホワイト?もうひとつの目も潰してもらいたいか?」
「アァァァァ・・・め、目・・・私の目がぁぁ・・・・いやぁぁぁぁぁ!!」
隻眼にされたことはかなりのショックだった。錯乱状態の冴が両手で顔を覆う。
「そんなにこんなもんが欲しいのか。じゃ返してやるぜ」ロウキが剣先に刺さった冴の血まみれの眼球を手に取ると、冴の口の中に押し込んだ。
「グゥ・・・ゲホゲホゲホ・・・」
塩辛いような苦いような異様な味が冴の口の中で広がる。
「どうだ、自分の目玉の味は?なかなか食べる機会はないぜ」
「アァァァ・・・ウワワワァァァ!!」
激痛と、屈辱と、異様な食感と、恐怖・・・いろいろなものが入り混じって、両手で顔を覆ったまま冴はヒック、ヒックと嗚咽した。
「そろそろ喋る気になったか?」
「・・・」冴の嗚咽は止まらない。
またロウキの右手が動く。
ブシュッ!!鈍い音が響く。
「ギャァァァァァァッ!!」
冴の右の掌から先が切り離され、ゴトリと冴の足の上に落ちる。頚動脈が切れ、手首からはドクドクと血が噴出し、足の上の掌にポトリポトリとしたたり落ちる。なんとも異様な光景だ。
「★※◎△・・・・!!」血だらけになった冴の表情がこの上なく引きつり、残った右眼が大きく見開かれる。「ギィヤアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」
「くははははは、いい声だぜガオホワイト。苦しめ、のた打ち回って叫べ!」
「痛い・・・痛いよぉぉぉ!!助けて・・・だずげでぇぇぇぇぇ・・・」
「助けて?笑わせるな!俺の千年間の屈辱、そんな生ぬるいものではないわ。もっとだ」
ロウキの顔色が変わる。
「イヤァァァァ・・・お願い!!やめてぇぇぇぇ」
冴の中で何かが音を立てて崩れた。抗えぬ恐怖心が彼女を虜にしていた。「い、言うから・・・全部・・・話すから・・・だから、命だけは・・・おねがい」


そこにはもはや、「麗しの白虎」は存在せず、ただ怯えるだけの16才の瀕死の少女しかいなかった。


【Gao-White In Trouble】
Written by KEI