四月十五日 晴


 領主様が集めた『生贄の娘』たちのうち、今日、最初の一人が死にました。ああ、死にました、という言い方は変ですね。私が、殺したんですから。
 集まった『生贄の娘』は結局二十六人だったので、不公平にならないよう一週間に一人殺すことにしました。もっとも、その一週間にどういう拷問をするかとか、どういうふうに殺すかは全員違う形にするつもりですから、期間だけをそろえてこれで公平だから、というのも少し変な話なんですけれど。かといって、全員に同じ拷問をして、同じ殺し方をするのは領主様の考えとは違うことになってしまいますし……どうするのが一番いいのか、私には分かりません。
 もちろん、『生贄の娘』として志願してきた人たちは、酷い拷問をされて、最後は惨殺されるって分かってて、それでもお金目当てに志願してきた人たちなんだから情けをかけることなんてない、という考え方があるのも分かっています。多分、領主様ならそう考えるでしょうね。それで、その時の気分の赴くままに一人を延々といたぶりつづけたり、何人かをまとめて処刑したりするんでしょうけど……私は、拷問が好きなわけではありませんから、そういうやり方をするのは難しいです。
 自分の楽しみのためでもなく、罪を裁くためでもなく、私は拷問や処刑を行っています。今までも、そして、多分これからも。何故? と、そう聞かれると、自分でも答えようがないのですが……。

「う、あ……お、お願いです……もう、もうこれ以上痛いこと、しないで……いっそ、一思いに、殺して……」
 壁から生えた短い鎖に両腕を捕らえられ、Yの字型にぶら下がるような格好になった若い女が掠れた声で哀願する。彼女の名前はティト。年齢は二十歳。自慢だった栗色の髪は、無残なまでにバサバサに乱れ、胸の辺りを乱雑に覆い隠している。僅かに上げた顔はかつては整っていたのだろうが、顔の右半面が無残に焼けただれているために非常に醜い印象になっている。全身には無数の鞭跡と火傷の跡が刻まれ、鎖に捕らえられた両手の全ての指は骨を砕かれ、肉を潰されてでたらめな方向にねじ曲がっていた。鎖にぶら下がるような格好になっているのも道理で、彼女の両足は膝から下が骨を砕かれてぐにゃぐにゃに折れ曲がっている。すぐ下の床の上に糞尿が溜まっている所を見ると、何日か前から壁に繋がれっぱなしらしい。
 彼女は、何か罪を犯し、捕らえられたわけではない。また、過酷な拷問を受けているといわれてまっさきに思いつく魔女でもない。
 彼女は莫大な報酬と引替えに、いわば『買われて』きたのだ。単なる楽しみのためだけに拷問され、最後は殺されるという『生贄の娘』として。当然、彼女も拷問を受ける覚悟も死ぬ覚悟も決めてこの屋敷へとやってきたのだが、その覚悟が甘かったということを拷問開始初日に嫌というほど思い知らされた。与えられる苦痛に泣きわめき、身悶え、絶叫し、懸命に哀願を繰り返すこと一週間。表情一つ変えるでもなく、淡々と拷問を繰り返す相手への恐怖は既に心を一杯にしている。
「お願い……もう、殺して……殺してください。これ以上、酷い目にあうのは、嫌……」
「元々、今日は殺す予定ですから」
 弱々しい哀願の言葉に、感情を感じさせない口調でメイド服をまとった少女がそう応じる。知らない人間が見れば驚くだろうが、彼女が一週間に渡ってティトを責め苛んできた当人であり、同時にこの屋敷の主、この辺り一体を収める領主でもあるのだ。
「本当、ですか……? ミレニア、様、もう、楽になれるんですか……?」
「さあ? 死ぬまでは、相当に苦しいと思いますけど」
 死への恐怖と、もうこれ以上苦しまずに済むという安堵とが入り混じった複雑な表情で呟くティトに、ミレニアが軽く首を傾げながらそう応じ、小さなナイフを手にとってティトの元へと歩み寄る。無表情に近づいてくるミレニアのことを目を見開いて凝視し、ティトが僅かに唇を震わせた。
「ミ、ミレニア様、どうか、御慈悲を……。もう、私は充分苦しみました。これ以上、酷いことは……」
「あなたが、自分で選んだことです」
 静かにそう告げ、ミレニアがゆっくりと左手を伸ばす。恐怖に震える乳房へとぴたりと掌を当て、僅かに目を細めていくつもの鞭や火傷の跡の残るティトの腹を見つめる。あ、あ、と、掠れた、喉に引っ掛かるような声を上げ、ティトが震えた。軽く触れているだけで、握ってすらいないのに、ミレニアの手に触れられただけで全身が金縛りに合ったように動かなくなる。
「ミ、ミレニ……」
「運が良ければ、すぐに死ねます」
 僅かとも、永劫とも思える沈黙。全身の力を振り絞るようにして名前を呼びかけたティトの声に、淡々としたミレニアの言葉が被さる。すいっと、何の前触れもなしにミレニアの右手が動き、すっぱりとティトの腹を横一文字に切り裂いた。
「ひ、あ、あ……あああぁっ!」
「運が、悪かったみたいですね。
 ……こんなに奇麗に切れるとは、自分でも思ってなかったんですけど」
 信じられないというように目を見開き、自分の腹にぱっくりと開いた傷を凝視するティト。掠れた呻きを上げて見つめる傷から、どぼっと内臓があふれ出す。ぬらぬらと光るそれを見た瞬間、今までどこか遠い所に合った痛みが急に彼女の脳に届いた。悲鳴を上げて顔をのけぞらせるティトへと淡々と告げ、後半は独り言のような感じになってミレニアが小さく首を傾げる。
「あっ、ああっ、くううあっ」
 イヤイヤをするように首を左右に振り立てながら、ティトが苦悶に顔を歪める。ポケットから小さな鍵を取り出し、ミレニアはティトの右手首を捕らえる鉄の輪を外した。自由になった右手で懸命に腹の傷を押さえ、あふれ出した内臓を中へ押し戻そうとティトがあがく。指を全てへし折られた手でそれをするのはかなりの苦痛が伴う筈で、実際、ティトの表情はますます苦悶に歪み、額に汗が浮かぶ。
「あう、あ、ああっ、くううぅっ、あっ、ぐうううぅっ」
 真一文字に大きく切り裂かれた傷は、片手で覆えるほど小さくない。右手で内臓を押し戻そうとすると、押さえ切れない部分から別の内臓があふれ出す。苦悶に身をよじり、左手一本でぶら下がった体勢でゆらゆらと揺れながらティトが苦しげな呻きを漏らす。
 ティトが身をよじる度にゆらゆらと揺れる左手首を拘束する輪へとミレニアが手を伸ばし、多少苦労しながら鍵を差し込んで輪を外す。びちゃっと、湿った音を立ててティトの身体が床に落ちた。床に溜まっていた自ら垂れ流した糞尿と血にまみれ、ティトが苦悶に身をよじる。
「ぎ、あ、ぐ……ぐううぅっ、あ、あぐううぅぅっ」
 落下の衝撃で大量に腹の傷から内臓が飛び出し、床の上に広がる。両手で懸命に飛び出した内臓をかき集め、腹の中へと押し戻そうとしながらティトが苦しげに呻く。床の上に溜まった糞尿をも一緒に腹の中に取り込む形になり、腹の痛みがますます酷くなった。
「あ、ぐ、う、うぅぅっ、苦、苦しいぃぃ。た、助け、て、あぐうううぅぅっ」
「腹の傷は、死に切るまでに時間が掛かるそうです。大体、半日くらいは苦しみつづけるらしいですね」
「ひ、ぎ、い。くるし、い。あぐううぅっ、い、痛い……あ、ぐうううぅっ、ぎ、い……」
 床の上でのたうちながら、ティトが苦しげな呻きと共に助けを求める。彼女の哀願に淡々と応じるとミレニアは彼女に背を向け、壁際に置かれた椅子に腰を降ろした。腹を両手で押さえ、あふれ出そうとする内臓を懸命に押し戻しながらティトが苦悶の声を上げ、弱々しく足を動かして床の上をミレニアの方へと這いずる。
「助けて……母さん……母さん……痛い、の、苦しい、の、あぐううぅぅっ」
「……」
「あぐっ、ぐ、ぐうううぅっ。た、助け、ぐぐぐ……ぎいいぃぃっ」
 弱々しく呻きながら床の上を這いずるティト。てらてらと光る血の筋が床の上に引かれ、両手の間から内臓があふれる。苦悶の声を上げて身をよじり、ぼろぼろと涙を流すティトの姿を無言のままミレニアは眺めていた。
「お、お腹が、焼けそう……うぐぐぐぐ、あ、あぐううぅっ。死、死んじゃう……あぐううぅっ」
「苦しみ抜いて死ぬ。それは、最初から分かっていた筈です」
「お、お願い、苦しいの、痛いの、ぐぐっ。こ、殺して、一思いに、殺してぇっ! あ、ぐ、ぐぐぅっ、うぐぐぐぐ……」
 殺してと叫んだ途端、どぼっと内臓が腹の傷からあふれ出す。苦悶の呻きを上げ、床の上でのたうつティトを無表情に眺め、ミレニアは壁際に置かれた椅子の上に置かれた本を手に取り、椅子に腰を降ろす。しおりを挟んであったページをぱらりと開き、ミレニアはそこに書かれた文章へと視線を落とした。
『内臓を引きずり出すというのは、比較的良く見られる処刑である。この処刑の場合、犠牲者の命を奪うのは腹を裂かれ、内臓を引きずり出される痛みである。多くの場合、裂いた腹から腸を取り出し、その一端を切り取ってウィンチに繋ぐ。後はウィンチを回し、腸を巻き取っていくのである。
 ウィンチを巻かれるたびに犠牲者は絶叫を上げ、身体をのたうたせて苦しむ。絶命するまでの時間は様々だが、大抵は腹の中身が半分程度引きずり出された辺りで痛みによってショック死する。しかし、私が訪れたある街での処刑では腹の中身をすべて引きずり出されてもなお生きている男が居た。この処刑自体はありふれたものでは有るが、特筆すべき事例としてこの時の様子を記しておくことにする。
(中略)
 なお、先にも述べたようにこの処刑の場合犠牲者は内臓を引きずり出される痛みによってショック死する。そのため、単に腹を裂いただけで放置した場合、犠牲者はなかなか死ぬことが出来ない。最終的にはもちろん出血によって死ぬ事になるのだが、それまでには長い時間が掛かるという。私も流石にそういう殺し方をする所を見たことはないのだが、噂に寄れば半日程度は延々と苦しみ抜くという』
 サー・ディルバーグの手記。この屋敷の地下書庫に収められた本の中の一冊である。地下書庫には魔女たちへの鉄槌、異端審問官への助言などといった魔女狩りに関するもの、聖書や殉教者列伝、更にはそれらを描いた宗教画集などといった宗教的なもの、様々な時代の法律書、更にはグリム兄弟の童話集や異郷の神話といった地方の伝承、説話を集めたものまで、雑多に本が取りそろえられている。一見無秩序に集められたそれらの本に共通するのは、全てが拷問に関する記述が有るということだ。代々の領主によって収集されたそれらの本は並ぶもののないほどの質と量を誇っている。もっとも、整理がされているとは言いがたいのだが。
「あ、う、あ……うぐぐぐ……ミ、ミレニア、様……」
 床の上を這い、苦しげな呻きをあげながらティトがミレニアの名を呼ぶ。ちらり、と、視線を彼女に向けると、ミレニアは軽く頭を振って椅子から立ち上がった。片手で椅子を持ち上げ、部屋の隅に運ぶとその上に本を置く。移動するミレニアの後を追うように、苦悶に顔を歪めて這いずるティト。動かすたびに砕かれた足に激痛が走り、床の上を引きずられる内臓が傷つく。激痛に身をよじり、血の筋を引きながら、それでも懸命に助けを求めてティトが床の上を這いずる。
「苦、苦し、い……あぐぐぐぅ。こ、殺して、ください。お願い、もう、一思いに、楽に……ぐぐうぅっ」
「楽に死なせるつもりはない、と、そう言った筈ですが」
 悲痛な哀願を繰り返すティトに、無表情にそう応じるとミレニアが床に直接腰を降ろし、壁に背を預ける。軽く膝を抱え込むような体勢で座り込んだ彼女の方へと、ずる、ずるっとティトが苦痛に呻きながら移動していく。引き裂かれた腹から内臓と血とをあふれさせ、苦悶の表情を浮かべてゆっくりと近寄ってくるティトのことを、ミレニアは無表情にただ眺めている。
「た、助け、て……もう、これ以上、苦しいのは、嫌……お願い、ころしてぇ……」
 かなりの時間をかけて、ミレニアの元へとたどり着いたティトが哀願の声を上げて腕を伸ばす。ミレニアの膝へとティトの腕が掛かり、半ば伸しかかるような感じでティトが身体をミレニアの上へと引き上げる。腹の傷から内臓があふれ、鮮血がミレニアのスカートを真っ赤に染める。軽く溜め息をつくと、ミレニアは無造作にティトの腹からはみだしている腸へと手を伸ばした。
「ギャアアアアアアアアァッ!?」
 ずるずるっと、内臓を勢いよく腹から引き出され、絶叫を上げてティトが身体をのけぞらせる。背中から床へと倒れ込み、目を見開いて口をぱくぱくと開け閉めするティト。無表情に、ミレニアが更に内臓を引きずり出す。
「グギャアアアアアアアアァァッ!! 痛い、痛い痛い痛いぃぃっ! ヤベデェェッ!!」
「……そう」
 腹から内臓を引きずり出される激痛に、床の上で身体をのたうたせてティトが絶叫する。僅かに目を伏せて小さく呟くと、ミレニアは掴んでいた腸を離した。ヒギッ、ヒギッと途切れ途切れの声を上げ、ティトが身体を痙攣させる。
「あなたも、運がないですね。今の痛みで死ねれば、楽になれたんですけど」
「あ、ぐ、ぐぐっ、ぎ、あ、ひいぃ……うぐぐぐ、ぐぐっ、あぐううぅっ」
「このまま続けてもいいんですけど……まぁ、やめて欲しいというなら、無理に続けることもないでしょう」
「う、あ、あ……た、助けて、くれる、の……?」
 苦痛にのたうっていたティトの耳にミレニアの呟きが届き、僅かに希望を込めてティトが問いかける。しかし、ミレニアは軽く首を傾げただけで無言だ。更に言葉を続けようとしたティトの口からごぼっと黒っぽい血があふれる。
「ぎ、いっ。あ、あが、は……苦、苦しい……! お、お願い、もう、許してぇっ。あぐぐぐぐっ」
 荒い息を吐きながら哀願するティト。しかし、ミレニアは無言で彼女のことを眺めているだけで何も応えない。床の上でのたうちまわり、もがき苦しむティトの姿を、表情一つ変えずにミレニアはただ眺めているだけだ。
「うあっ、あっ、あぐううぅ、あ、ぎいいぃっ。死ぬ、死んじゃうよぉ……お母さん、助けて……ぐぐぐぐぐっ」
「う、ぐぐぐ、も、もう、充分、苦しんだでしょう? ぐうっ、あ、あぐぐ……うぶうぅっ、げほっ、ごほごほごほっ。あ、あああぁぁっ」
「こ、殺すなら、早く殺して……ぐううぅっ。あ、ぐ、ごぶっ、げほげほげほっ……こ、こんな、苦しいのは、もう、嫌なの……ぐぐぐあぁっ」
「い、嫌、死にたくない……ぐぐぐっ、た、助けて……うぐぐぐぐぐっ」
 仰向けに寝転がったまま、両手で懸命に腹からあふれ出した内臓を戻そうとあがくティト。激痛に表情を歪め、身体をのたうたせ、時折血を吐きながら哀願を繰り返す。彼女の周りには大きな血の池が出来上がり、その端はミレニアの座っている辺りにまで広がっている。あふれ出した内臓が床の上に広がり、周囲にむっとした血と臓物の臭いが立ち込める。腹を裂かれた女が自らの血と内臓にまみれて床の上でのたうっているという、普通の人間であれば思わず目を背けたくなるような凄惨な光景を、ミレニアは無言・無表情でただ眺めている。
 そして……そのまま三時間が過ぎた。

「……どうしても、楽になりたいのなら」
 三時間というのは、苦しみもがいているティトにとっては永遠にも等しく感じられただろうが、現実でもかなり長い時間だ。その間、一言もしゃべることなく、ほとんど身動きすらせずにただティトの苦悶する様子を眺めていたミレニアが、唐突に口を開く。
「自分で、内臓を引きずり出すことです」
「そ、そんな……の、出来る筈が……あぐぐぐぐっ」
「出来なければ、今までと同じくらいの時間更に苦しむだけのこと。別に、私はどちらでもかまいません」
 淡々とそう告げ、再びミレニアが沈黙する。何の表情も浮かべていない彼女の顔を一瞬まじまじとティトが見つめた。苦痛のためにぼんやりと幕が掛かっていた瞳に、ぎらりと異様な光が宿る。
「そ、そう。いいわ、あなたの望み通り、死んであげる。けど……わたし一人じゃ死なないわ。あなたも、殺してやる……っ!」
「……その身体では、私を殺すのは無理だと思いますけど」
 軽く首を傾げるミレニアのことを、異様な光の宿った目でにらみつつティトがゆっくりと身体を起こす。狂気の笑みが口元に浮かんでいた。
「わ、私が死んだら、怨霊となってあなたに取り憑いてやる。そ、そうよ、あなたのことを、呪い殺してやるんだから……!」
「呪い、ですか……」
「ギッ、ギャッ、グギャアアアアアアアアアアアアァァァッ!!」
 小さく呟いたミレニアの声をかき消すような、凄絶な絶叫がティトの口からあふれる。指を砕かれた手では内臓を掴むことが出来ない。だから、彼女は両手を腹の傷から中へと突っ込み、ぐりぐりと動かして自らの腕に内臓を絡みつかせたのだ。自らやったこととはいえとんでもない激痛が走る。
「わ、私の呪い、受けるがいい!! グギャアアアアアアアアア-----ッ!!」
 凄絶な絶叫と共にティトが両腕を引き抜き、自らの腹から内臓を引きずり出して頭上高くもつれ合う内臓の塊を掲げる。憎悪と苦痛によって歪んだ顔は悪鬼の如く、気の弱い人間なら見ただけで気を失ってしまいかねない代物に変貌している。しかし、ミレニアは静かに彼女のことを見つめているだけで、何のリアクションも起こそうとはしない。
 渾身の力を込めてティトはミレニアへと自らの内臓を投げ付けた。投げつけられた血まみれの臓物を、しかしミレニアは避けようともしない。元々、二人の距離など手を伸ばせば届く程度しかなく、避けようがない距離ではあったのだが、腕で顔を覆うことすらしないものだから、べちゃっ、と、湿った音を立ててもつれ合った腸やら胃やらがミレニアの頭や顔にまともに叩きつけられる。頭から臓物を浴びた無残な姿となったミレニアの膝の上へと、ふらりとティトが倒れ込んだ。
「私を呪いながら死んでいったのは、あなたで五人目です。……殺した人の数を考えると、もっといてもいいようなものですけど」
 自分の膝の上に倒れ込み、更にごろんと転がってこちらへと顔を向けたティトへと静かにミレニアがそう呟く。軽く首を傾げた拍子にずるりと彼女の頭から内臓のいくつかが滑り落ち、肩や胸に引っ掛かる。全身血まみれになった自分の姿を気にした風もなく、ミレニアはティトの身体に手を伸ばし、抱き寄せた。
「う、あ、あ……呪われなさい、血まみれの、魔女よ……。
 あ、あなたは、私の味わったのと同じ、いいえ、何倍、何十倍もの苦しみを味わって死ぬ。そして、その魂は煉獄へと落とされ、永遠に責め苛まれる……!」
 断末魔の痙攣に囚われ、蚊の泣くような声で呪いの言葉を吐くティト。彼女の震える唇へと顔を寄せるミレニア。呪いの言葉を吐き終えたティトの口から、ごぼっと鮮血が吐き出され、すぐ側にあったミレニアの顔を直撃する。数度瞬きをすると、ミレニアは骸と化したティトの身体を膝の上に横たえ、軽くその髪を撫でた。
「おかしな、人ですね。呪うと言っていたのに、最後は私を祝福していくなんて」
 微かに口元に笑みを浮かべ、ミレニアは血と臓物とにまみれたままティトの髪を撫でつづけていた……。
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