九月二十三日 曇り


 今日は、プラムちゃんに怒られてしまいました。まあ、私の場合、彼女に小言を言われるぐらいのことはしょっちゅうなんですけど、いつもは『もお、しょうがないなぁ』って感じの軽い小言なのに、今日は本気で怒らせてしまったみたいです。彼女が本気で怒る所なんて想像していなかったので、ちょっとびっくりしてしまいました。もちろん、彼女の言葉はとても嬉しかったんですけど。
 でも、彼女はひとつ勘違いをしています。世の中には、幸せになる資格のない人だっているんです。たとえ産まれてきた時は愛される資格、幸せになる資格を持っていたとしても、生きていくうちにそういったものをなくしてしまう人間は、確かにいるんです。
 ……私は、彼女のことをどうするべきなんでしょうか? 私個人の希望を言えば、もちろん彼女にはずっと私の側に居て欲しいです。そして、彼女も、私の側に居たいと言ってくれています。けれど、それは、彼女のためにはならないでしょう。私の周りにあるものは、血と苦痛、恐怖と絶望、そして死。そんなものばかりです。そんな世界が、プラムちゃんにふさわしいとは到底思えません。
 それに、私は、好意を持った人間と次々に殺してしまった前科があります。私に好意をもたれるというのは、恐らく、その人にとって凄い不幸なことでしょう。だとしたら、これ以上彼女のことを好きにならないうちに、彼女を遠ざけるべきかもしれません。ううん、彼女のことを思うなら、そうするべきなんです。けれど……。

「いやああぁっ! 怖いっ、怖いよぉっ!!」
 全裸のまま後ろ手に縛られた傷だらけの少女が、拷問部屋に連れ込まれた途端甲高い悲鳴をあげる。部屋の中央に置かれた器具を目にしての反応だ。
 その器具は、断頭台に少し似ている。高く組まれた櫓の上部に鈍く光る重そうな大きな鉄の刃が吊るされており、その下に拘束用のかせが置かれているという基本的な構造はほぼ同じだ。違うのは、そのかせが首と手首を拘束するための三つ穴のものではなく、手首用のものより一周りほど大きいぐらいの大きさの穴が二つ開いたものであるということ、そしてそのかせの取りつけられた位置が立った人間のちょうど胸の辺りにあるということだ。
「こ、殺すの!? 私のこと、殺す気なの!?」
「あらあら、何を今更怯えてるの? あなたは最初から、殺されると分かっててここに来たんでしょう?」
 恐怖に表情をこわばらせる少女に向かい、楽しそうな笑みを浮かべてクリシーヌがそう声をかける。ひいっと息を飲む少女の耳に、淡々としたミレニアの声が届いた。
「今日は、まだ殺しません」
「ほ、本当に!? 本当に、私、殺されないの!?」
「今日は、ね。うふふ……でも、喜ぶのは早いと思うわよ? この三日間でずいぶんと酷い目にあわされたとあなたは思ってるんでしょうけど、昨日までのはほんの序の口。その証拠に、あなたはまだ五体満足でしょう?
 今日から三日かけて、あなたのことを壊していくの。すぐにあなたは後悔するわ。痛みを感じる身体で生まれてきたことをね。そして、お願いだから早く殺してって、泣き叫ぶのよ。うふふ……あなたは、どんな声で泣いてくれるのかしらねぇ?」
 目を細め、少女の耳元に口を近づけてクリシーヌがそうささやきかける。さっと顔を青ざめさせ、がたがたと身体を震わせ始めた少女の身体を、クリシーヌの指示を受けた下男のトムスが抱え上げた。
「ひいっ!? いやっ、いやいやいやああぁっ!! お願いっ、許してっ! お家に帰してぇっ!!」
 じたばたと足を暴れさせ、少女が泣き叫ぶ。だが、彼女の悲痛な叫びも、ここに居る三人の心を動かすことは出来ない。まぁ、クリシーヌにとっては恐怖や苦痛に泣き叫ぶ犠牲者の悲鳴は天上の音楽に等しいらしく、楽しそうな笑みを浮かべているのだが。
「ほら、おとなしくして」
「いやっ、いやっ、いやあああぁっ! やめてっ、やめてよおっ! うあああぁっ!?」
 もがく少女のことを笑いを浮かべて眺めながら、クリシーヌが上下に分かれる構造のかせの上の方をいったん外す。櫓の前に立たされた少女の背をトムスがぐっと押し、胸を突き出させる。巨乳というほどではないにしろ、結構なボリュームの有る二つのふくらみが突き出され、残されたかせの穴へと乗せられる。膨らみの頂点にある突起を指で強くつまみ、乳房自体を引っ張るようにしながらクリシーヌはかせを降ろした。二つのふくらみが、根元の部分をかせにくわえこまれ、絞り出されるような感じでパンパンに膨らむ。穴の直径は彼女の胸の大きさよりもかなり小さく、かなり強く乳房が締め上げられている。独立した拷問器具で乳房締め器という物があるが、それを使われているのと大差ない状態だ。そして、そうやって絞り出された乳房の上には鈍く光る刃が吊るされている。そう、断頭台ならぬ断乳台というわけだ。ちなみにこれはクリシーヌが自分で考案したもので、ミレニアに進言して特注した器具である。
「痛いっ! 痛い痛い痛いっ! 胸っ、胸が、ちぎれるぅっ!」
 乳房を絞り出される激痛に、少女が大きく目を見開いて身体を揺さぶる。もっとも、そんなことをしてもがっちりとかせにくわえこまれた乳房が解放される筈もなく、かえって引き千切られそうな激痛を味わうばかりなのだが。
「トムス。足を持ち上げなさい」
「うあ」
 しばらくかせに胸を絞り出され、激痛に泣き叫ぶ少女の顔を楽しげに眺めていたクリシーヌが、さも当然といった感じでトムスに指示を出す。不明瞭な発音で頷くと、トムスはじだんだを踏む少女の両足首をそれぞれ掴み、ぐいっと持ち上げた。
「きゃあああああああああああ----っ!? ヒギッ、ギッ、ギャアアアアアアアアァッ!! 胸がっ、千切れるうぅぅぅっ!!」
「うふふっ、ふふっ。痛いでしょうねぇ。自分の体重が、まともに胸にかかってるんですもの。さあ、これからが本番よ。
 あなたにはこれから、このロープをくわえてもらうわ。ロープの先は、あの刃に繋がっている。今は、もう一本のロープで支えているけど、そのロープは切ってしまうの。だから、あなたがくわえたロープを離せば刃が落ちて……ふふっ、どうなるかは言わなくても分かるわよね? そう、あなたの胸を切り落とすのよ」
 大きく目を見開き、絶叫を上げる少女の前髪を掴み、自分の方に向かせるとクリシーヌが楽しそうにルールを説明する。だが、激痛のあまり混乱した頭ではなかなか言われていることが理解できないのか、少女は悲鳴をあげるばかりで口の前に差し出されたロープをくわえようとはしない。最初はそんな少女の反応も面白がっていたクリシーヌだが、いつまでたっても状況が進展しないのでやがてうんざりしたような表情を浮かべた。
「しょうがないわねぇ。トムス、いったん、足を離して」
「うあ」
「ひ、ひいいいぃ……」
 クリシーヌの言葉にトムスが手を離し、少女の足が床に突く。掠れた悲鳴を漏らし、少女が大きく肩を上下させた。もちろん、今でも締め上げられた乳房は激痛を感じているのだが、さっきまでのそこに体重が掛かった状態よりはましだ。
「少しは人の話を聞けるかしら? もう一度言うけど、あなたはこのロープをしっかりくわえているだけでいいの。もしもロープを離したら、あなたの胸はあの刃によって切り落とされる。単純でしょう?」
「ひ、あ、ああっ、そ、そんな、の、無理よ……うううっ」
 多少は慣れてきたのか、それとも痛みが強すぎて麻痺してきたのか、それは判然としないが、とりあえず苦しげに呻く程度の反応を交えて少女が抗議の声を上げる。
「無理? どうして?」
「だって、そんなの、くうっ、あ、うぅ、い、いつまでも、くわえてる、なんて、うううっ、無理に、決まってる、もの……くうあぁっ」
「永遠に、とは言いません。その蝋燭が燃え尽きるまで、です」
 少女の苦しげな言葉に、今まで無表情にただ眺めていただけのミレニアが、淡々とそう告げる。くすっと口元に笑みをひらめかせ、クリシーヌがミレニアの言葉を補足した。
「そうね、大体、一時間といったところかしら? まぁ、短い時間ではないけど、ともかくその間耐えつづければ胸を切り落とすのは勘弁してあげるわ。別に、嫌ならいいのよ? 問答無用でこのロープを切って、あなたの胸を切り落としても私はかまわないんだから」
「ひっ!?」
 腰の剣を抜き、ロープに当てるクリシーヌの動きに少女が息を飲む。
「どうするの? くわえて一時間耐えられるかどうか賭けてみる? それとも、問答無用で胸を切り落とされた方がいいの?」
「嫌ぁっ! やめてっ、やめてぇっ! くわえますっ、くわえればいいんでしょう!? うああぁっ!」
 わざとらしく剣を動かし、ロープをたわめるクリシーヌ。その程度でロープを切るのは不可能--剣というのは実はそれほど切れ味が良くないのだ--なのだが、少女の側にしてみればそんなことは分からない。胸を刃で切り落とされる光景が脳裏に浮かび、考えるまもなくロープをくわえることを承諾してしまう。叫ぶ時に激しく身をよじってしまったせいで乳房に激痛が走り、悲鳴を上げた少女のことをクリシーヌがいやらしい笑みを浮かべて眺める。彼女にしてみれば、耐え切れる筈もないのに空しい希望にすがって無駄な努力をする少女の姿をみたいのだから、少女の反応は好都合だ。もしも少女があくまでもロープをくわえることを拒んだとしたら、それ以上の強要は出来ない。拷問の内容を決める権限をかなりの部分、いやほぼ全てまで委ねられているとはいえ、あくまでもミレニアの意思が最優先されることには変わりないのだ。
「そう、それじゃ、くわえてもらおうかしら?」
「む、むぐっ」
「ふふふ……じゃあ、頑張ってね」
「うぐううぅっ……!」
 少女の口にロープをくわえさせ、彼女がしっかりとロープを噛み締めたことを確認してから刃を支えるロープを切る。ずしっと刃の重量が口に掛かり、苦しげな呻きを少女が漏らす。
「そう、その調子よ。頑張って噛み締めてることね。さもないと、この胸がぽろりと落ちちゃうんだから。
 トムス。足を持ちあげて」
「うあ」
「うぐうううううぅぅぅっ!? むぐっ、ぐっ、ぐううううううぅっ!!」
 楽しそうな笑顔を浮かべて少女に呼びかけると、クリシーヌはトムスへと足を持ちあげるように命じた。トムスは命令に逆らうようなことは考えもしない。言われるがままに少女の足首を掴み、ぐいっと持ちあげる。途端に両胸に再び体重が掛かり、少女の口からくぐもった絶叫があふれた。
「うふっ、うふふっ。いい表情よ。さあ、もっといい表情を見せてもらおうかしら」
 楽しげな、というよりは、むしろ恍惚としたと形容した方がよさそうな表情を浮かべ、クリシーヌが燭台を手に取る。ゆらゆらと揺れる蝋燭の炎が、すうっと少女のひくひくと痙攣する腹の辺りを撫でた。
「うぐううううぅっ!?」
「あらあら、悲鳴を上げたりしたら、胸が落ちちゃうわよ? 頑張りなさい」
「うっ、うぐっ、うぐぐっ、むぐう……うぐううううううううぅっ!!」
 クリシーヌの言葉に、懸命にロープを噛み締めたまま少女が何やらくぐもった抗議の声を上げる。くすくすと笑いながら、クリシーヌは更に燭台を少女の太股の辺りへと動かした。蝋燭の炎が、じりじりと少女の太股を焼く。くぐもった悲鳴を上げて身体を跳ねさせる少女の反応を楽しむように、ゆっくりとクリシーヌが燭台を動かす。
「うぐううううぅっ!! むぐうううううぅっ!! むぐっ、むぐううううううううぅっ!!」
「そうそう、その調子よ。頑張ってロープを噛んでることね」
「ぐぐぐ……むぐううううぅっ!! むぐっ、うぐううううううぅっ!!」
 足の付け根から膝の辺りまでをゆっくりとあぶり、クリシーヌが反対の足の膝の辺りに燭台を動かす。くぐもった悲鳴を上げつづけながらもロープを離そうとはしない少女に、励ましとも揶揄ともつかない声をかけると、今度は逆に足の付け根の方へとゆっくりと燭台を動かしていく。びくっ、びくっと少女の身体が跳ね、くぐもった叫びが噛み締められた唇の間から漏れる。
「ふふっ、頑張るわね。頑張る子は好きよ? うふふっ、でも、ここをあぶられたら、どうなるのかしらねぇ? まだ悲鳴を上げずに頑張れるかしら? 楽しみだわ」
「うぐぐぐぐっ、むぐっ、むぐううぅっ! むぐっ、むぐっ、むぐうううぅっ!!」
 クリシーヌがどこに炎を当てようとしているのか悟ったのだろう、恐怖に目を見開いて少女が激しく身体をくねらせ、くぐもった叫びを上げる。身体をくねらせることでよりいっそうの激痛が胸に走っている筈だが、それよりも恐怖の方が強いらしい。しかし、そんな少女の必死な反応も、むしろクリシーヌを楽しませる結果にしかならない。
「さあ、いくわよ。頑張って耐えてご覧なさい」
「うぐうううううううぅっ!! むぐっ、ぐっ、ぐぐぐぐぐううぅっ!! ぎゃああぁっ、熱いいぃっ、グギャアアアアアアアアアアアア----ッ!!!」
 楽しそうなクリシーヌの宣言と共に、蝋燭の炎が少女の薄い茂みに覆われた秘所へと伸びる。チリチリと陰毛が焼け縮れ、敏感な部分を容赦なく炎が焼く。少女がその激痛に悲鳴を噛み殺せたのは、ごく短い時間だった。くぐもった絶叫がわずかな時間漏れたかと思うと、その口から秘所をあぶられることによる悲痛な絶叫があふれ、更にその絶叫に覆い被さるように刃の落ちる鈍い音、そして、両胸をすっぱりと切り落とされたことによる凄絶な絶叫が響き渡る。少女の身体は胸と足首とで宙に吊られていたわけだが、その一方の胸を切り落とされたことで支えを失い、自らが胸から噴き出させた鮮血の溜まる床の上へと少女の上体が湿った音を立てて落ちる。
「キャアアアアアアァッ、アアッ、アアアアアアアアアアアアアァッ!! 胸がっ、私の胸がアァッ!!」
 床の上に落ちた刃は支えるものがないためすぐに横に倒れ、少女の視界に無残な二つの肉塊が飛び込んでくる。胸を切り落とされた激痛もさることながら、自分の身体から離れた二つの乳房を目の当たりにしたショックで少女の口から悲痛な絶叫があふれた。
「返してっ、私の胸を返して!! あっ、ああっ、酷い、酷いよ、こんなの、嫌ぁ……返してっ! お願いだから、私の胸を返してよぉっ!!」
 ぼろぼろと涙をこぼしながら、血まみれになった少女が上体を起こして悲痛な叫びを上げる。その少女の叫びを薄く口元に笑みを浮かべて聞いていたクリシーヌだが、次の少女の叫びには流石に表情をこわばらせた。
「悪魔! あなたたちは悪魔よ! 人間じゃないっ、悪魔よぉっ!」
「黙りなさいっ!」
 鋭い声で叫び、クリシーヌがげしっと少女の顔を蹴り飛ばす。悲鳴を上げて転がった少女の顔をぐりぐりと踏みにじるクリシーヌに向け、淡々とした口調でミレニアが呼びかけた。
「クリシーヌ。まずは、止血を。彼女をどう責めるかは、あなたの自由ですが、殺すことのないように」
「は、はい、御主人様。申し訳ありません、取り乱しまして……」
「手当を済ませたら、牢に戻しておくように。あせらなくても、まだ時間はあります」
 最後まで表情を変えることなく椅子から立ち上がったミレニアに、クリシーヌは深々と頭を下げた。

「ミレニア様、何かありました? この辺、元気が落ちてますよ?」
 着替えのために部屋に戻ってきたミレニアを出迎えたプラムが、怪訝そうな表情を浮かべてひょいっとミレニアの前髪の辺りに手を伸ばす。無表情にプラムの顔を見返すと、ミレニアは軽く首を傾げた。
「そう、ですか?」
「そうですよぉ。絶対、落ち込んでますってば。何があったんです?」
「思い当たることは、何もないんですけどね。あなたの、気のせいじゃないですか?」
 ミレニアの言葉に、プラムが珍しく険のある目つきでミレニアのことを見つめた。
「ミレニア様、私のこと、馬鹿にしてます? そりゃ、確かにミレニア様の表情は読みにくいですよ? けど、ずーっと一緒に居れば、ミレニア様が喜んでるのか悲しんでるのかぐらい、分かるようになりますってば」
「と言われても、本当に心当たりはないんですよ。別に、取り立てて変わったことがあったわけでもありませんし、落ち込んでいるという自覚もありませんから」
「もうっ!」
 ぷうっとプラムが頬を膨らませる。左手を口元に動かし、軽く人差し指の第二関節の辺りに歯を立てると、ミレニアは僅かにためらうような間を置いた。珍しいミレニアの態度に、プラムが怪訝そうな表情を浮かべる。
「ミレニア様?」
「プラムは、私のことを、どう思ってますか?」
「はあ?」
 唐突な問いに、プラムが目を丸くする。すっと視線を彼女から外しつつ、ミレニアが淡々と問いを続けた。
「私のことが、怖いですか?」
「まっさか。私がミレニア様のこと、怖がる筈ないじゃないですか。だって私はミレニア様のこと大好きですもん」
「大、好き……?」
 あっけらかんとしたプラムの答えに、ほんの微かにミレニアが目を見開く。よほど注意深いものでなければ見逃してしまうだろうというほどの微かな動きだ。しかし、プラムはそれに気付いたらしく、こちらははっきりと分かるほど大きく目を見開く。
「って、何でそこで驚くんですか!? もうっ、いきなり変なこと聞いてきたかと思ったら、そこで驚くし。信じられないですよぉ、そっちの方が。もしかしてミレニア様、今までずっと私のこと誤解してたんですか? あ~、もうっ、ミレニア様ってば鈍すぎですっ」
 じだんだを踏みそうな勢いのプラムの言葉に、ミレニアが小さく首を振る。
「私には、誰かに好きになってもらう資格は、ありませんから」
「ミレニア様っ!」
 プラムの叫びに続いて、ぱあんという乾いた音が響く。叩かれた頬を押さえようともせず、ミレニアは無表情にプラムの顔を見つめた。
「プラム?」
「何でそんなこと言うんです!? 誰だって、愛される資格は持ってるんです! ううん、そもそも、誰かを愛したり愛されたりするのに資格なんて要らないんですよ! 誰かを愛して、愛されて、それで幸せにならなくっちゃいけないんです!」
 興奮のためか顔を真っ赤にしてプラムが叫ぶ。ふっと僅かに目を伏せ、ミレニアが小さく首を振った。
「私には、幸せになる権利なんて、ありません。血にまみれたこの手では、もう……」
「ミレニア様っ!」
 再び、乾いた平手打ちの音が響く。僅かに伸び上がるようにしてミレニアの襟元を掴むと、プラムが怒りを込めてミレニアのことをにらみつけた。
「いいかげんにしてくださいっ! 愛される資格がないだとか、幸せになる権利がないだとか、そんなこと、絶対に言っちゃ駄目です!」
「プラム。私は、多くの人の幸せを、生命を、奪っているんです。今までも、そしてこれからも。
 そんな私が、幸せになることなんて、誰が許すと言うんです?」
「私が許しますっ! 例え世界中の人が、ううん、世界そのものがミレニア様のことを否定したとしても、私があなたのことを愛してあげます!」
 プラムの叫びに、ミレニアが微かに唇を震わせる。伏せていた目を上げ、正面からプラムの瞳を覗き込む。
「では、あなたは、死ぬことになります。私の手にかかって」
「いいですよ。ミレニア様にだったら、殺されても」
 臆することなくミレニアの瞳を見返し、プラムがそう言う。しばらく二つの瞳が互いに見つめ合い……先に目を逸らしたのは、ミレニアの方だった。
「……プラム。今日は、もう、さがってください」
「ミレニア様!」
「お願い、ですから。しばらく、一人にしてください。ごめんなさい……」
 弱々しく揺れるミレニアの言葉に、プラムが小さく溜め息をつく。
「分かりました。でも、ミレニア様。私、嘘は一つも言ってませんから」
「……ええ」
 ミレニアが小さく頷き、軽く一礼してプラムが部屋から出ていく。とすっとベットに腰を降ろし、そのまま仰向けに転がりながらミレニアが右手をすっと天井の方に伸ばし、手を広げる。しばらくそうやって自分の広げた手を見つめていたミレニアが、ぎゅっと手を握ると小さく呟いた。
「どうして……?」
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