五月三十日 曇り


 領主様に命じられて、私は地下で拷問をすることになってしまいました。まだ地下に来るように命じられたのはほんの数回だけですけれど、例え一度きりだとしても私が他の誰かを傷つけ、苦しめたことには変わりありません。そして、私によって傷つけられたり苦しめられたりした人達から私が憎まれるのは、当然のことだと思います。
 それは、もちろん、私が望んでしたことではありません。領主様に命じられ、仕方なしにしたことです。けれど、そんなことは、私に拷問された人にとっては何の関係もないことなのでしょう。恨むなら、拷問をするように命じた領主様のことを恨むべきだとは思いますが、領主様に向かって文句など言えるはずがありません。そんなことをして殺されるのは私は嫌ですし、他の人だってそうでしょう。
 拷問を受けて恨みを抱かないのはまず無理でしょうし、かといって拷問をするように命じた領主様を恨むわけにもいかないとなると、どうしても拷問をされた人達の恨みは私に集中することになります。それはどうしようもないことだとは思いますし、そういう恨みを直接私に乱暴することで晴らしたくなる気持ちもわかります。
 だから、今日私が他の人から乱暴されたのは、まぁ、仕方のないことです。私が直接あの人を拷問したわけではないですけど、この前私が酷い目にあわせてしまった人の友達だったらしいですから。親しい友達が傷つけられれば怒るのは当然のことですものね。もちろん、だからといって乱暴されて嬉しいはずもありませんけど、私が--命令されてのこととはいえ--他人を拷問したのは確かですから、仕方がありません。きっと、神様の罰があたったということなのでしょう。少なくとも、理不尽なことをされたという感覚は、私にはありません。
 ただ……一つ心配なのは、私を乱暴したあの人がどうなるか、ということです。領主様に側室に選ばれた人たちが、自分に割り振られたメイドを折檻するのは一応構わないということになっています。側室に選ばれた人は--自分で選んだ道だとはいえ--いつかは酷い拷問を受けて死ぬことが確定しているわけですから、つい近くにいる人にあたってしまうのも仕方ありません。側室に志願した人たちが自分の生命と引き換えにしてまで望んだものは、自分のやりたいことを好きなようにやれる生活なわけですから、出来る範囲でその望みを叶えてあげるべきだと私は思います。まぁ、だからといって、積極的に折檻されたいと思うわけでもないですけど、私の場合はもっと積極的に恨まれる理由があるわけですから、ある程度のことは仕方ありません。
 ですから、側室のあの人がメイドの私に乱暴するのはある意味当然の権利とも言えます。少なくとも、私がそのことを恨みに思ったりするのは完全に逆恨みというものでしょう。あの人は私が領主様に告げ口をして仕返しするんじゃないかと思ってたみたいですけど、私にはその意思はありませんでした。まぁ、結局、責められているうちに気を失ってしまったので、このことは領主様の耳に入ってしまったんですけど。
 このことを知った領主様が、どういう反応を示すかは、まだ分かりません。私が目を覚ましたのはついさっきのことで、領主様と顔を合わせてはいませんから。まぁ、メイドを折檻したぐらいで殺すようなことはないと思うんですけど……あの方は拷問を行う理由を探しているようなところがあるので、これを口実にして拷問をやる可能性は結構高いような気がします。そして、多分、そうなったら彼女を拷問にかけるのは私の仕事になるでしょう。また罪もない人を苦しめなければならないのかと思うと、気が重くなります。私が拷問をしないように頼んだところで、領主様が聞き入れてくれるとは到底思えませんし……仕方がないことなんでしょうけど。

「っ!」
 乱暴に突き飛ばされ、ミレニアの華奢な身体が埃の積もった床の上に倒れこむ。この屋敷はかなり広く、使われていない物置など探そうと思えばいくらでもあるのだ。乱雑に物の詰め込まれた物置の床に倒れこんだミレニアが、しかし、表情を変えるでもなく扉のほうに視線を投げかける。
「あら、ずいぶんと余裕じゃないの。それとも、怖くて声も出ないのかしら?」
 扉の前に立つ三人の女たち。メイド姿の二人を背後に従え、豪奢なドレスをまとった女が侮蔑の笑みを浮かべつつミレニアに向かってそう言う。領主に側室として使えているだけあって美しい容姿であることは確かだが、浮かべている表情には高慢そうな印象が強い。背後にメイドの二人を引きつれて自分も物置の中に入ると、彼女は腰に手を当ててミレニアのことをじろりと睨みつけた。彼女の背後でメイドたちが扉を閉め、蝋燭に火をつける。
「あなた、領主様にちょっと気に入られてるからって、ずいぶんと好き勝手してるそうじゃない?」
「……」
「へぇ、だんまり? けどね、私は知ってるのよ。あなたが地下で何をしてるのかを、ね。
 可哀想に、ウェンディはあなたに酷い目にあわされたせいでまだ寝込んでるわ。『痛い、痛い』って呻きながらね。あんな酷いことが出来るなんて、あなた、まともな人間の心ってもんを持ってないの?」
「……」
「ちょっと、何とかいいなさいよっ」
 自分の言葉に何の反応も見せず、ただ無表情に沈黙を守るミレニアの態度に、苛立ったように女が声を荒らげる。ゆっくりと立ちあがりながらミレニアは彼女の瞳を正面から見つめた。感情の浮かばない瞳に見つめられ、僅かに女の表情に狼狽の色が浮かぶ。
「な、何よ!?」
「……何が、したいんです?」
「え?」
「……私を、どう、したいんです?」
 淡々とした口調からも、少しも変化しない表情からも、ミレニアの内心を伺うことは出来ない。顔立ちそのものがかなり整っているだけに、表情のないことが却って人間離れした不気味さを漂わせているように相対する女には思えた。
「こ、この……っ」
 年下の少女に気圧されたことが悔しいのか、唐突に女がミレニアへと平手を放つ。避けようともしないミレニアの頬で景気のよい音が響き、呆気ないほど簡単にミレニアが倒れこむ。
「あ、あなた、自分の立場が分かってるの!?」
「はい。どうぞ、お好きなように」
「こ、この……っ!!」
 自分の恫喝を込めた言葉にあっさりと頷かれ、女が頬をかっと赤くする。どすっと彼女の蹴りが横向きに倒れたミレニアの腹に深々とめり込み、ミレニアの口から微かに苦鳴が漏れる。蹴られた勢いでごろんと仰向けになったミレニアの胸の辺りを女はげしっと踏み付け、更に踏み躙った。だが、僅かに眉をしかめ、小さな呻きを漏らすだけでミレニアは全く抵抗しようとしない。その態度がますます癇に障ったのか、女は表情を憎々しげに歪めて倒れたミレニアの胸といわず腹といわずげしげしと踏み付けまくる。
「う、ぐ……ぐぅ」
 掠れた小さな呻きをミレニアが漏らす。だが、だらんと広げられた両腕で身体を庇うでもなく、身をよじってかわそうとするでもなく、おとなしく女に蹴られるがままになっている。僅かに眉をしかめている以外はほとんど表情すら変えず、ミレニアはただ自分の暴行を加える女のことを見上げていた。
「こ、のっ!」
「ぐっ……!」
 抵抗のそぶりすら見せず、無言のまま自分を見つめているミレニアの姿に、馬鹿にされているとでも感じたのか、女がミレニアの鳩尾の辺りを踵で強く踏む。苦しげな息を吐き出し、顔を歪めたミレニアが僅かに口を動かした。
「私が、憎い、ですか?」
「ふん……」
 ミレニアの問いかけに小さく鼻を鳴らし、女が背後を振りかえる。
「あなたたち。この女の足を押さえて開かせなさい」
 女の言葉に、一瞬メイドたちが顔を見合わせる。だが、元々逆らう権利など与えられてはいないのだ。彼女の命令に逆らえば、自分たちがどんな目にあわされるか知れたものではない。済まなさそうな表情を浮かべた二人のメイドが自分の足首を掴み、左右に割り開くのをミレニアはただ黙って静かに見つめている。
「可愛げのない娘だこと。泣きながら哀願の一つでもすれば、許してやってもよかったのに」
 無抵抗のミレニアの足が大きく割り開かれ、その間に足を進めた女が片頬に引きつったような笑いを浮かべてそう言う。しかし、相変わらずミレニアからの反応はない。無言・無表情のままで、哀願の声を上げることも恐怖に顔を引きつらせることもない。ちっと一つ舌打ちをすると、女が靴のつま先でミレニアのスカートを捲り上げ、下着を身に着けていない彼女の股間を露にする。
「あなた、もう男は知っているの?」
「……いいえ」
「へぇ、そう。まぁ、それも当然ね。あなたみたいな女、抱きたいと思う物好きな男なんているはずもないからねぇ」
「そう、ですね」
 思いっきり侮蔑的な口調と言葉でそう言う女に、あっさりとミレニアが同意する。ちっと再び舌打ちをすると、女は靴のつま先をいきなりミレニアの秘所へとねじ込んだ。
「う、ぐぅ……」
 ぎゅっと眉間に皺を寄せ、ミレニアが呻き声を漏らす。ぐりぐりっとつま先を更に秘所へとねじ込みながら、女が笑い声を上げた。
「うふふふふ……痛いでしょう? やめて欲しいでしょう?」
「それで、あなたの気が済むのなら、どうぞご自由に」
 女の問いかけに、僅かに顔を歪めながらではあったが淡々とした口調でミレニアがそう応じる。ぎりりっと奥歯を噛み締め、女が雑多に積まれた物の中から古ぼけたモップを掴み取った。ミレニアの秘所からつま先を抜くと、モップの柄を遠慮会釈なしに彼女のそこへと突き入れる。
「うぐっ、あっ、あああぁっ」
 ミレニアの口から苦しげな声が溢れる。びくんっと背中が一回反り返り、モップの柄をねじ込まれた股間の裂け目からは赤い鮮血が溢れ出す。
「あらあら、純潔を捧げる相手がこんなものとはねぇ。可哀想だけど、あなたが悪いのよ?」
「っ、う、あ……」
 眼の端に微かに涙を浮かべつつ、ミレニアが苦しげに呻く。薄く笑いを浮かべながら、女は更にモップの絵を奥へと押し込んでいった。みしみしっと軋んだ音を立てながらまだ男を知らないミレニアの秘所が押し広げられていく。
「ぐっ、あっ、あぐうぅ。く、ううぅ」
「ほら、どうしたの? 叫んでみなさい。泣きながら、哀願して御覧なさいな。許してくださいってね」
 苦しげな呻きを漏らすものの、それ以上の声を上げないミレニアの姿に、苛立った様子を見せて女がそう呼びかける。破瓜の痛みは、愛する男が相手であっても耐え難いほどのものだ。ましてや何の愛撫もなく、モップの柄を強引にねじ込まれたのだから、普通であれば痛みに泣き叫んでいてもおかしくない。なのに、ミレニアは苦しげに呻くばかりで一向に悲鳴を上げる気配がないのだ。
「ほらっ、ほらっ!」
「あぐううぅっ。う、うぐ、ぐうううぅっ」
 半ば意地になったように、女が乱暴にモップを動かす。ミレニアの口から苦しげな声が溢れ、顔が苦痛に歪む。だが、女が期待するような状態からは程遠い。ミレニアの口から溢れる声は押さえきれない呻きといった程度で絶叫とは程遠いし、苦痛に表情を歪めているとはいえ自分のことを見つめる瞳には相変わらず感情が浮かんでいない。
「ちっ。あなたたち、この女の服を脱がせなさいっ!」
 ずぶりとミレニアの秘所からモップの柄を引き抜き、女がミレニアの足を掴む二人のメイドに金切り声で命じる。 狂気に冒されたような女の行動に言葉をなくしていたメイドたちが顔を見合わせた。
「……っ。かまいません」
 乱暴に引き抜かれたモップの柄に僅かに顔をしかめつつ、静かな口調でそう告げるとミレニアはゆっくりと上体を起こした。自分の股間から溢れた赤い血へとちらりと一瞥を向けると、表情を変えることなく自分の服へと手をかける。
「あなたたちも、命令には従わなければならないんでしょう? 恨むつもりは、ありませんから」
 淡々とした口調でそう言いながら、ミレニアが自分で服を脱ぐ。ほっそりとした裸身を露にしながら、静かにミレニアは女の顔を見上げた。
「それで、次は、何をするんです?」
「こ、このっ、馬鹿にしてっ!」
 冷静なミレニアとは対照的に、顔を真っ赤にして女が声を上ずらせる。積まれた木箱の上に置かれていた燭台を手に取ると、女はミレニアの胸の上でそれを傾けた。蝋燭から溶けた蝋が滴り落ち、ミレニアの胸の上にぱっと飛び散る。
「うっ、くっ……」
 肌を焼く熱さに、ミレニアが僅かに声を上げる。ふんっと小さく鼻を鳴らすと、更に低い位置に燭台を下ろして女がぽたぽたと蝋の雨をミレニアへと降らせはじめた。
「っ、くっ、あっ、つ、うぅっ」
 滴り落ちる蝋の熱さにぴくっ、ぴくっと身体を小さく震わせ、微かな声を上げるミレニア。白い肌の上に白い蝋が滴るのだから、それほど見た目に変化はない。だが、溶けた蝋の持つ熱はじりじりと彼女の肌を炙り、更にすぐには固まることなく肌の上を流れてより広い範囲に熱さと痛みを与えているはずだ。
「どう? 熱いでしょう?」
「は、い」
「やめて欲しい?」
「……どちらでも、あなたのいいように」
 女の問いに、僅かに顔をしかめつつも平然とした口調でミレニアがそう応じる。ぎりりっと女が奥歯を噛み締め、空いている左手を伸ばしてミレニアの前髪をがしっと掴む。
「へぇ、そう。なら、あなたのそのきれいな顔を焼いてあげるわ。私のやりたいようにやってもいいんでしょう!?」
「ギ、ギネヴィア様、それは……!」
 女の言葉に、ミレニアが反応するよりも早くメイドの一人が慌てた声を上げる。ぎろり、と、女に睨まれたそのメイドの少女が僅かにひるんだ隙をつくような感じで、淡々としたミレニアの言葉が響いた。
「私は、かまいません。ですが、そうすると、あなたにとってまずいことになるかもしれません」
 あまりにも淡々とした、他人事のような口調だけに、その言葉の意味を女が理解するまで僅かに間があいた。そして、理解した女の顔が憎々しげに歪む。
「領主様に告げ口しようっていうわけね。ふん、自分には何の力もないくせに、領主様の名前を出せば私が恐れ入るとでも思っているの? たかがメイドの分際で、生意気な娘ね」
「……まぁ、どちらにせよ、死ぬことには変わりないですし。どうぞ、好きなようにしてください」
「こ、このっ!」
 自分の言葉に対し、僅かに唇の端を上げるようにしてミレニアが笑う。その笑みを自分に対する嘲笑だと解釈した女が、逆上気味の声を上げてミレニアの腹へと蹴りを叩きこんだ。ぐふっと、呻きとも空気が押し出された音ともつかない声を上げてミレニアが顔をしかめる。
「いい気にならないことね。あなたはただのメイドに過ぎないのよ!? そして、側室の私には、不始末をしでかしたメイドを折檻する権利があるの。あなたがいくら領主様に告げ口したところで、それを私が咎められることはないのよ」
「告げ口する気は、最初からないですけど。顔の傷は、目立ちますから」
 勝ち誇ったような女の言葉に、相変わらず淡々とミレニアが応じる。ちっと舌打ちをした女へと、彼女付きのメイドの一人が哀願するような声で訴えかけた。
「ギネヴィア様、彼女の言うとおりです。顔を焼けば、折檻では済みません。領主様の御不興を買うようなことになれば……きゃあっ」
 訴えかけるメイドの頬を、いきなりギネヴィアが張り飛ばす。悲鳴を上げて倒れこんだメイドのことを睨みつけ、女は右手に持ったままの燭台を彼女の上にかざすと軽く傾けた。両腕で顔を庇い、メイドの少女が甲高い悲鳴を上げる。蝋が落ちたのは服の上で、当然熱さも大して感じなかったはずだが、それでも蝋をたらされるのは恐怖なのか少女が泣きそうな声で謝罪の言葉を口にする。
「ひいいいぃっ。お許しをっ、お許しくださいっ」
「私に指図するんじゃないのっ。立場をわきまえなさいっ」
「はっ、はいっ、申し訳ありませんっ」
「憎いのは、私じゃないんですか? まぁ、あなたが何をしようと、私には関係のないことですけど」
 床に転がって悲鳴を上げる少女とそれを憎々しげに睨みつける女、そしておろおろとしているもう一人の少女を等分に見やり、他人事のような淡々とした口調でミレニアがそういう。きっと、気の弱いものなら思わずすくんでしまいそうな険悪な視線を女がミレニアのほうに向けるが、睨まれた当人は平然とした様子で眉一つ動かさない。
「私に何をしようと自由ですけど、八当たりはやめたほうがいいと思いますよ」
「うるさいっ!」
 怒号と共にまた女の蹴りが飛び、腹の辺りを蹴られたミレニアが小さく呻いて床に転がる。だが、相変わらずその表情はほとんど変わらない。
 女にしてみれば計算違いもいいところだろう。自分に責められ、暴力を振るわれた相手が怯え、泣きながら哀願する光景を想像していたというのに、現実には相手は平然とした態度を崩さないばかりか逆に自分を嘲笑するようなそぶりすら見せている。自分の手から主導権が離れていることを感じ、しかもそれを認めることが出来ないのだから彼女の苛立ちは激しくなるばかりだ。
「このっ、このぉっ!」
 げしっ、げしっと女が何度もミレニアの身体を蹴り飛ばす。蹴られた瞬間、僅かに眉をしかめ、小さく呻きを漏らすものの、ミレニアの反応はそれ以上のものにはならない。白い肌の上に青黒い痣がいくつも刻まれていくが、ミレニアは自分へと暴行を加える女のことをただ静かに見つめているだけだ。
 やがて、女の息が荒くなってくる。力任せに蹴られつづけたミレニアのほうも、全身に痣を刻まれた結構無残な姿になっているのだが、表情が平然としているせいで凄惨なイメージはない。女の顔に焦燥の色が濃く浮き出ていることを考えると、どちらが責めているのか分からないといった状況だ。
「……終わり、ですか?」
「ま、まだよっ。これからが本番なんだから」
「そう、ですか。まぁ、いいですけど」
 ミレニアの言葉は、あくまでも他人事のような冷静さ--あるいは冷淡さに満ちている。くっと唇を噛み締めた女が、視線を怯えたような表情を浮かべている二人のメイドへと向けた。
「あなたたちっ! あなたたちも手伝いなさいっ。その辺に、棒が転がっているでしょう? この女が泣きわめくまで殴っておやりっ!」
「えっ、ええっ!?」
 少女たちの声から悲鳴にも似た声が漏れる。彼女たちのことをじろりと睨みつけた女が、唐突に立ちあがったミレニアにぎょっとしたような表情を浮かべた。
「な、何っ?」
「二人で殴るなら、立っていたほうがやりやすいでしょう?」
 動揺をあらわにした女の問いかけに、対照的に感情を感じさせない口調でそう応じると、ミレニアは積み上げられた木箱へと背中を預けた。
「本当は、身体を固定できる物があればいいんですけど」
「あ、あなたっ、何を考えてるのっ!?」
「近いうちに死ぬ人の願いは、出来る限り叶えてあげたいですから」
「くっ……だから、領主様に告げ口しても無駄だっていってるでしょう!?」
「告げ口なんてしません。……さあ、どうぞ」
 金切り声を上げる女に淡々と応じると、ミレニアは視線を戸惑いの表情を浮かべている二人のメイドへと向け、促すように呼びかける。
「で、でも……」
「かまいません。命令されたことには、従わなければなりませんから」
「いいからおやりっ。この生意気な娘が泣き喚いて許しを乞うまで、思いっきり殴ってやるのよ!」
 ミレニアと女、双方に促され、目いっぱい気の進まなさそうな表情を浮かべて二人のメイドがミレニアの前にたち、棒を振る。だが、やはりためらいがあるのか威力はさほどなく、ミレニアの表情には何の変化も現れない。声一つ上げないミレニアの姿に、女が金切り声を上げる。
「もっと強く! あなたたちが折檻を受けたいの!?」
「あなたたちを恨んだりしませんから」
「う、ううう……」
 女の叫びと、淡々としたミレニアの言葉。その双方を受けてメイドたちが半ば泣き顔になって棒を振る。ビシッ、バシッと、肉を打つ鈍い音が響いた。
「っ、く……うぅ」
 棒が身体に当たるたび、小さな声がミレニアの口から漏れる。だが、それでもなお、ミレニアは何事もないかのように平静を保ちつづけていた。そんな彼女の態度に、最初は遠慮がちだったメイドたちの棒打ちが、次第に強いものに変わっていく。この相手を泣き叫ばせてみたいという暗い思いが幾分含まれているのは否定しないが、大部分を占めているのは暴行を受けているにもかかわらず平然としている相手に対する恐怖だ。
「このっ、このっ」「えぇいいっ!」
「うっ、ぐっ……ぐうぅっ。あぐっ、う、うぐうっ」
 既にさんざん女に蹴られ、大量に痣の刻み込まれていたミレニアの肌……その上に、さらに痣が刻まれていく。整った容貌を苦痛に歪め、ミレニアが小さく呻く。だが、そのまなざしに相手を恨む色はなく、小さな呻きを上げる口から哀願の声が溢れることもない。半ば意地になったようにメイドたちが振るう棒が彼女の胸を、腹を、太股を、次々に強く打ち据え、鈍い音と共に新たな痣を刻み込んでいく。

「あ、ぐううぅぅ……」
 ……どれくらいの時間がたったのだろうか。延々と棒で打たれつづけていたミレニアの口から掠れた呻きが漏れ、膝から力が抜ける。唐突に崩れ落ちた彼女の頭部に咄嗟に止めきれなかった棒が辺り、がつっと言う鈍い音と共に赤い血が流れた。床の上に崩れ落ちたミレニアへと、棒を放り出して二人のメイドが慌てて駆け寄る。
「……死んだ、の?」
 流石に声を掠れさせ、女が問い掛ける。ごろんとミレニアの身体を仰向けにし、呼吸や脈を確かめていたメイドの一人が、顔を真っ青にしながらもゆっくり首を振った。
「だ、大丈夫、です。息は、しています……とりあえず」
「そ、そう……」
「医者に、見せないと……」
「え、ええ……そう、よね。けど……」
 顔を真っ青にしているメイドの言葉に、曖昧に頷きながら女が口篭もる。医者に見せるとなれば、当然そのことは領主の耳にも入る。ミレニアは何の問題もないといったし、それは本心でもあるのだが、ここまでやる予定は最初はなかった。少し脅して痛い目にあわせてやれば、すぐに泣きながら許しを乞うて来ると思っていたのだ。冷静になってみれば、身体に無数の痣を刻み込まれ、所々から血を流して気を失っている少女の姿は酷く痛々しい。普通の折檻の範囲を大きく逸脱しているのは間違いない。そして、そのことを領主に咎められたとしたら……。
『……まぁ、どちらにせよ、死ぬことには変わりないですし』
 ミレニアの言葉が脳裏によみがえる。ぶるっと全身を大きく震わせ、女は気絶しているミレニアのほうに視線を向けた。
「いっそ、殺してしまおうかしら……?」
「ギネヴィア様っ!?」
 ポツリと漏れた呟きに、メイドの一人が驚愕の声を上げる。他人を痛めつけるだけでも充分過ぎるほど気がひける行為だ。まして、殺すなどというのは生半可ではない抵抗がある。
「いけませんっ! そんなこと……!」
「そうですよっ。人を殺すなんて……!」
「け、けど、これがばれたら、私は領主様に……」
 殺される、という言葉は、声にはならなかった。側室に志願した時点で死ぬことはわかっていたが、それはあくまでもまだ先の話として、だ。目前に死を待つことになったときの心構えは出来ていない。
「今ならまだ、罰を受けるだけですむと思います。けど、彼女を殺してしまったら……確実に殺されますよ!?」
「そ、そう、ね……」
 半ば以上悲鳴じみたメイドの叫びに、女が顔を真っ青にしつつ動揺をあらわにした震える声でそう呟く。意識を失い、ぐったりとしているミレニアのことを見下ろすと、彼女は自分の肩を抱くようにして身を震わせた。
「か、彼女を、運んで頂戴。医者に診せるのよ」
「は、はい……」
 怯えた表情を浮かべつつ、二人のメイドたちは華奢なミレニアの身体を抱え上げた……。
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