六月十二日 晴



 このお屋敷では、ずいぶんとたくさんの人たちが働いています。そして、多くの人が集まっている以上、どうしても人間関係がこじれることもあります。本当は、上に立つ人、つまりは私が指導力を発揮してそういった不満を上手く調整できればいいんでしょうけど……人付き合いの苦手な私では役者不足もいいところですから。
 まぁ、それが深刻な事態に発展しなければ様子を見ていてもいいんですけど……今日は、ちょっと微妙でした。ひょんなことから苛められているらしい人を発見したんですけど、本人に聞いてもそのことに関しては口をつぐんでいるので詳しい事情がわからないんです。事情を話してくれれば対応もできるのですけど、事情が分からないまま私が手を出すとかえって事態を悪化させそうな気がするのでちょっと困っています。もっとも、私に事情を話した場合、関係者が皆殺しにされるのでは、と、彼女は思ったのかもしれませんが……。
 実際、彼女にそう思われても仕方のないことを私はやっています。本人から話が聞けないのなら、同室の人に、と思ってそちらからも話を聞くことにしたんですけど……どうも、このところいろいろあったせいか神経がささくれだっているらしくて、腹立ち紛れに彼女を折檻してしまいました。ちょっと、反省しないといけませんね。いくら彼女の態度が気に入らなかったとはいえ、それを理由にひどい目に合わせる権利は……周りの人はあるといってますけど、それでもやっぱり私にはありませんから。
 がちゃん、と、何かが割れる音が響く。特に何か目的があるわけでもなく、ふらふらと屋敷の中を歩き回っていたミレニアが、その音を耳にして足を止めた。普段であれば彼女の背後にはクリシーヌが付き従っているのだが、今日はミレニアが一人になりたいからと言って、渋る彼女を強引に部屋に置き去りにしている。
 音の発生源は、すぐそばの扉の向こう。軽く小首を傾げるとミレニアはその扉を開いた。
「あっ……! りょ、領主様!?」
 床にかがみこんでいた、赤毛のメイドが驚愕に目を見開いて立ち上がる。少し離れた場所で箒を手にして立っていたもう一人のメイド、こちらは黒髪を長く伸ばした少女が僅かに目を見開き、小さく唇を動かす。
「一体、何が? ……ああ」
 問い掛けつつ、視線を床に向けてミレニアが小さく呟く。床の上には、割れて散乱した壷の破片が散らばっている。掃除の最中に、誤って壷を落とし割ってしまった、と、そんな感じの状況だ。
「割って、しまいましたか……」
 別段、特に感慨もなくミレニアが呟く。特に咎めるつもりもなしに呟いたミレニアの言葉を、しかし、赤毛のメイドはそうは受け取らなかったらしい。狼狽の表情を浮かべて、もう一人の方に視線を向ける。
「ほ、ほら、ソフィーヤ。早く謝りなさい」
「え……?」
 赤毛のメイドの言葉に、黒髪のメイドが小さく怪訝そうな声を上げる。彼女の反応に苛立つように、赤毛のメイドが声を張り上げる。
「壷を割ったのは、あなたでしょう!? ほら、早く謝りなさいっ」
「……」
 ソフィーヤと呼ばれた黒髪のメイド少女が、僅かに視線を伏せて沈黙する。一度瞬きをすると、ミレニアは赤毛のメイドの方へと問い掛けた。
「ソフィーヤと……あなたは?」
「あ、あ、申し遅れました、イグレーヌと申します。あ、あの、領主様、壷を割ったのは……」
「あなたではなく、ソフィーヤ」
「は、はいっ、そうですっ」
 ミレニアの淡々とした言葉に、イグレーヌが顔を輝かせる。すっと視線を無言のままのソフィーヤへと移し、ミレニアが淡々と問い掛けた。
「あなたが、割ったのですか?」
「……はい」
 うつむいたまま、か細い蚊の鳴くような声でソフィーヤがそう答える。そう、と、小さく呟くとミレニアは視線をイグレーヌのほうへと戻した。
「あなたは、さがって構いません。他にも、仕事はあるでしょう?」
「は、はい、失礼します」
 そそくさと礼をすると、イグレーヌが足早に部屋から出て行く。無言のまま、ミレニアは床の上に散らばる壷の破片の方へと足を進めた。
「そばにいたのは、彼女の方ですけど。……本当に、あなたが割ったんですか?」
「……はい」
 さっきまでイグレーヌが立っていた辺りまで足を進め、問い掛けるミレニア。相変わらず俯いたまま、蚊の鳴くような声でソフィーヤが答える。そう、と、小さく呟いたきり沈黙するミレニア。そのまましばらく、二人とも口を開かず、部屋の中に奇妙な静寂が満ちる。
「……罰は、お受けします」
 しばらくの間続いた静寂を、掠れたソフィーヤの声が打ち破った。俯いたままのソフィーヤへと視線を向け、ミレニアが小さく呟く。
「罰?」
「……はい」
「そう……」
 すっと、視線を床の上の破片へと向け、ミレニアが再び黙りこむ。またしばらく沈黙が続き、ややあってからようやくソフィーヤが俯いていた顔を上げて口を開く。
「どのような……罰でも」
「この場にいたのは、二人ですが……」
「……割ったのは、私です」
 視線を床に向けたままのミレニアの呟きに、顔を横に背けるようにしながらソフィーヤが応じる。微かに首を左右に振ると、ミレニアは視線をソフィーヤへと向けた。
「服を……脱いで」
「……はい」
 ミレニアの言葉に、ソフィーヤが小さな声で頷く。微かに震えながらも、意外とあっさりとメイド服を脱ぎ捨て、ソフィーヤはほっそりとした裸身を曝した。
 無表情に、ミレニアがソフィーヤの身体を見やる。無数のというと大袈裟だが、結構な数の青痣が彼女の全身には刻みこまれていた。普通に生活していて、そんな痣がつくはずはない。明らかに人為的なものだ。
「それ、は……?」
「……領主様が、お気になさることは、ありません」
 ミレニアの問いに、自分の身体を抱きかかえるようにしながらソフィーヤがそう応じる。ほんの僅かに無言を挟み、ミレニアは重ねて問い掛けた。
「誰かに、苛められているんですか?」
「……いえ。どうか……お気になさらずに」
「……そう」
 互いに、微妙に間を置くような喋り方をするうえに小さな声なので、部屋の中に奇妙な静寂が満ちる。無音ではないが、ピンと緊張感が張り詰めるような、そんな静けさだ。
「……話したく、ないと?」
「……はい」
「そう……」
 逸らしていた視線をソフィーヤがミレニアへと向け、逆にミレニアが視線を足元に落とす。
「私には、話せない、と」
「…………はい」
 ミレニアの言葉に身体を震わせ、長めの間を置きながらも、ソフィーヤがはっきりと答える。相変わらず蚊の鳴くような小さな声で、だが。
「……そう、ですか」
「……はい。申し訳……ありません」
「それが、あなたの選択なら……かまいません」
 そう言って、ミレニアがソフィーヤのほうへと足を進める。一瞬びくっと身体を震わせ、ソフィーヤが後ずさりかけた。だが、すぐに覚悟を決めたのか、その場に踏みとどまって正面からミレニアの顔を見つめる。
 無言のままミレニアが手を差し出し、一瞬戸惑いの表情を見せたソフィーヤが、ふと気がついたような表情になって手に持っていた箒をミレニアに手渡した。
「壁に、手を」
「……はい」
 ミレニアの言葉に素直に頷いてソフィーヤが背を向け、壁に手をつく。ぎゅっと歯を食いしばった彼女の背に、ミレニアがぱしっと軽く箒の柄を当てた。
 そのまま更に数度、ぱし、ぱしっと軽い打撃音が響く。最初は歯を食いしばり、衝撃に備えていたソフィーヤの表情に、微かに困惑の色が浮かんだ。もっとも、彼女もミレニアほどではないにしろ表情に乏しいタイプらしく、表面に現れた変化はそれはごく微かなものだったが。
「……こちらを、向いてください」
「……はい」
 更に何度かソフィーヤの背や尻を箒の柄で打つと、ミレニアが淡々とそう告げる。どれもごく軽い打撃で、痛みはほとんどない。今度ははっきりと困惑の表情を浮かべてソフィーヤが頷き、ミレニアの方に向き直る。表情一つ変えずにミレニアが箒の柄でソフィーヤの薄い乳房を打ち据えた。
「何故、ですか……?」
 明らかに手加減していると分かる、軽い打撃。掠れた声で問い掛けるソフィーヤに、ミレニアは無言で応じた。そのまま更に数度、胸や腹、太股といった辺りへと箒の柄を当てるが、どれもごく軽い。痛みが皆無というわけではもちろんないが、彼女が想像していたような激痛とは程遠い。
「……終わり、です」
 更に何度かソフィーヤの身体を打ったところで、ぼそっとミレニアがそう言う。一度も本気で打たれなかったソフィーヤが、かえって困惑した表情と口調で呟いた。
「……これで……終わり?」
「何か、不満でも?」
「……いえ」
「……後片付けは、きちんとしておいてください」
「……はい」
 淡々とした口調で告げるミレニアに、ソフィーヤが頭を下げる。そのまま無言でくるりと背を向けて部屋から出ていったミレニアを見送り、ソフィーヤはぼそっと呟いた。
「……殺されると、思ったのに。……それとも、安心させておいて……あとで殺すつもり……なの?」

「あ、あの、お呼びだそうですが……何の御用でしょうか?」
 昼食を取り終えた後の、ミレニアの執務室。呼び出しを受けたイグレーヌが、最初から顔面蒼白にしてそう問い掛ける。書類に視線を落とし、さらさらと末尾にサインを書き入れたミレニアが静かに顔を上げた。
「あなたは、ソフィーヤと同室でしたね」
「は、はい。彼女が、何か……?」
「彼女が、苛められている件ですが……」
 ミレニアの言葉に、イグレーヌがはっきりと表情を強張らせる。
「わ、私では、ありませんっ!」
「……」
「彼女が、何を言ったかは存じませんが……私は、彼女を苛めたりしていませんっ」
「……そう」
 イグレーヌの叫びに、ミレニアが小さく呟いて視線を手元に落とす。一瞬、ほっとした表情を浮かべたイグレーヌだが、ミレニアがゆっくりと立ちあがったのを見て再び表情を強張らせた。
「先ほど、壷を割った時も、あなたは自分は悪くない、と、そう言ってましたね」
「そ、それは……」
 淡々としたミレニアの口調の中にヒヤッとするものを感じ、イグレーヌが怯えた表情を浮かべて口ごもる。半ば独り言のように、ミレニアは言葉を続けた。
「他人に罪を着せてでも助かりたい、というのは、分からなくもないですが……」
「りょ、領主様、誤解ですっ。壷を割ったのは本当にソフィーヤですし、私は誓って彼女を苛めたりしておりませんっ。私はただ、真実を述べているだけで、保身のために偽りを述べるような真似は……っ」
 致しておりません、と、そう言いかけたイグレーヌの言葉が、途中で消える。無表情に彼女のことを見つめるミレニアのせいだ。恐怖に言葉を喉で詰まらせたイグレーヌのことを見つめながら、ゆっくりとミレニアが動き出す。
「彼女の身体の痣のことは、当然、知っていましたね、あなたは」
「は、はい、それは、まぁ……」
 机を回りこみ、イグレーヌのほうへと足を進めながら、淡々とした口調で問い掛けるミレニア。同室である以上、着替えの際などに当然互いの裸は見ているのだから、イグレーヌとしても否定は出来ない。表情を引きつらせながら曖昧に頷くイグレーヌへと、ミレニアは静かな口調で更に問いかける。
「彼女が、苛められていることを、あなたは知っていた。違いますか?」
「そ、それは……」
「知っていて黙っていたならば……あなたも同罪です」
 静かに、決定的な言葉を告げるミレニア。ひっと掠れた悲鳴を上げ、イグレーヌがその場にへたり込んだ。恐怖に大きく目を見開き、がたがたと全身を震わせる彼女へと、ミレニアがすっと手を伸ばす。髪を掴まれたイグレーヌが、掠れた声を上げるのを無視し、ミレニアは淡々と言葉を続けた。
「あなたには、罰を与えます。……ついてきなさい」
「お、お許しを、お許しを、領主様……」
 がたがたと震えながら、掠れた声で哀願の声を上げるイグレーヌ。無表情に彼女を見やり、ミレニアは掴んでいた髪を離した。そのまま扉へと足を向け、自ら扉を開く。
「……ついて来い、と、そう言いましたが」
「あ、ああぁ……」
 廊下へと出たところでミレニアが肩越しにイグレーヌを振りかえり、静かに告げる。絶望の呻きを漏らし、イグレーヌはふらふらと立ちあがった。先に立って歩くミレニアの後を、夢遊病者のような覚束ない足取りでふらふらと追う。
「あれ? ミレニア様、どこへ行くんです? お茶、用意してきたんですけど?」
 無言のまま廊下を進むミレニアへと、向こうから両手にトレイを持ってやってきたプラムが怪訝そうな声を上げる。微かに首を傾げ、ミレニアがプラムの顔を見返した。
「ごめんなさい。今から、地下へ行きますから……折角ですけど、お茶は片付けておいてください」
「地下、ですかぁ?」
 ぎゅっと眉をしかめ、プラムがひょいっとミレニアの背後を覗きこむ。顔面蒼白、半死人のような表情を浮かべているイグレーヌの姿をそこに見とめ、プラムが溜息をついた。
「まぁ……事情はよくわかりませんけど、ミレニア様が怒ってるのは確かみたいですね。だったら私は止めませんけど……その格好で地下に行くんですか? ミレニア様。着替えるんなら、私がお手伝いしますけど?」
「いえ、このままで構いません」
「そうですか? まぁ、いいですけど」
 あっさりとそう言い、プラムが軽く頭を下げる。軽く頷き返し、ミレニアが再び歩き始めた。ふらふらとその後に従い歩き出したイグレーヌが、廊下の端に避けたプラムの方へとすがるような視線を向ける。
「ね、ねぇ、あなた」
「無理ですよ。ミレニア様、珍しく本当に怒ってますもん。まぁ、着替えないってことは、殺すつもりはないと思いますけど」
「そ、そんな……」
「イグレーヌ」
 素っ気無いプラムの言葉に思わず足を止めたイグレーヌへと、ミレニアが短く呼びかける。あぁ、と、絶望の吐息を漏らし、再びふらふらとイグレーヌが歩き出す。それを見送りながら、プラムが小さく溜息をついた。
「このところ、ミレニア様、苛々してたからなぁ。でも、ほんと、一体何があったんだろ?」

「まずは、その石を、そこに運んでください」
 屋敷の地下に作られた、無数の拷問部屋の一つ。天井に滑車が作られ、壁際の大きな巻き上げ機から伸びた鎖がその滑車を通して垂れ下がっている吊るし責め用の部屋へとイグレーヌを連れ込むと、ミレニアは静かにそう命じた。壁際に置かれた一抱えもある大きく重い石を、イグレーヌが顔面蒼白になって運ぶ。これから自分の拷問に使われる石を運ばされるというのは、酷い精神的苦痛だが、もちろん逆らうことなど出来ない。
 四つの石をイグレーヌが苦労しながら運ぶ間、ミレニアは腕ほどの太さがある鉄製の棒を用意し、その両端から伸びた鎖を天井から垂れ下がった鎖とフックでつないだ。鉄の棒が床と平行になって吊り下げられ、揺れる。ぐっと両手で棒を掴んで体重をかけ、しっかりとはまっていることを確認するとミレニアはイグレーヌの方へと視線を向けた。最後の石をよろよろと運んでくるイグレーヌ。彼女の表情には強い恐怖と絶望の色が刻みこまれている。
「ここに座って」
「は、はい……」
 恐怖に震えながらも、イグレーヌが従順に頷く。逆らえば、殺される。ミレニアの感情を含まない声音がそんな思いを抱かせ、逆らえないのだ。
「それに、足をかけて」
「は、はい……」
 言われるがままに揺れる鉄の棒に足をかけるイグレーヌ。ぐっと左右に彼女の足を割り開くと、ミレニアはロープで彼女の脛と太股をまとめて縛った。膝の裏で鉄の棒を挟みこむような格好になったイグレーヌの足首へと、石に巻いたロープ縛り付ける。
「腕を、後ろに」
「は、はい……」
 後ろに回したイグレーヌの両手首を、ミレニアがロープで縛る。更に残った二つの石を一まとめにロープで縛り上げ、それをイグレーヌの手首とつなぐ。がたがたと震えているイグレーヌのもとを離れ、巻き上げ機の元へと足を進めると、ミレニアは静かに拷問の開始を告げた。
「では、始めます」
「あ、あぁ……」
 絶望の呻きを漏らすイグレーヌ。ミレニアが巻き上げ器のハンドルを回すにつれ、ゆっくりと彼女の膝の裏にかけられた鉄棒が持ちあがっていく。ゆっくりと、だが確実に鉄の棒はあがっていき、イグレーヌは恐怖に表情を引きつらせながら爪先立ちになり、背中で身体を支えて腰を浮かす。しかし、それでも鉄棒が持ちあがりつづける以上、いつまでも身体を床に着けてはいられない。やがてつま先が床から離れ、イグレーヌの眉間にぎゅっとしわが寄った。
「ああっ、いやっ、怖いっ、怖いっ」
 このまま鉄棒が持ちあがっていけばどうなるのか。それを完全に理解しているわけではないのかも知れないが、恐怖に駆られてイグレーヌが叫ぶ。だが、巻き上げ機のハンドルを回すミレニアの表情に変化はなく、鉄棒はゆっくりとだが確実に引き上げられていく。
「あっ、ああっ、ああああぁっ!? 痛いっ、膝がっ、痛いっ、きゃああああぁっ!」
 左右の足首に巻かれたロープ、その先に繋がれた石が、宙に浮く。途端、鉄の棒を挟みこむ膝に激痛が走り、イグレーヌが苦痛の叫びを上げた。自らの体重と石の重みとが膝に激痛を走らせる。
「痛いっ、領主様っ、もうお許しをっ」
「まだ、これからです」
 激しく左右に首を振るイグレーヌへと、淡々とした口調で告げてミレニアはなおもハンドルを回す。ジャラジャラと鎖が鳴り、鉄棒が引き上げられ、イグレーヌの頭が床から離れる。膝の裏で腕ほどの太さがある鉄棒を挟みこむ体勢で逆さに吊られたイグレーヌが、悲鳴を上げて身をよじる。
「ああっ、あっ、あああぁっ! 腕っ、がっ、ああアァッ!!」
 腕に結ばれた石も床から離れ、完全にイグレーヌが逆さ吊りになる。背中側に回された腕が捻られ、骨が砕けそうな激痛が走る。ますます増した重みに、膝が悲鳴を上げる。
「ヒギイイイィッ! 腕ぇっ、足ぃっ、ウギャアアアアアアァッ!!」
 ジャラジャラ……ジャラジャラ……なおも鎖は巻き上げられていく。ゆらゆらと身体が揺れるたび、全身に耐え難い激痛が走るのか、大きく目を見開いたイグレーヌが絶叫する。
「痛い、ですか?」
 巻き上げ機にストッパーをかけ、逆さに吊られたイグレーヌの目の前まで足を進めたミレニアが、静かな口調でそう問い掛ける。スカートは完全にまくれあがって股間の茂みを露わにし、上着の裾もめくれてひくひくと痙攣する腹や乳房の一部が露出するという、かなりあられもない格好になったイグレーヌが、懸命に頷いて見せる。
「痛いっ、痛い痛い痛いっ、痛いですっ、領主様っ。身体が……千切れる……っ!」
「そう……」
 小さく呟き、ちょうど自分の視線の高さにあるイグレーヌの腹へとミレニアが手を当てた。そのまま、トンっと軽く押す。
「フギャア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァッ!?」
 身体を揺さぶられ、膝、肩、そして全身に激痛が走る。こぼれおちんばかりに目を見開き、口の端に泡を浮かべてイグレーヌが絶叫した。
「苦しい、ですか?」
「ぐ、るじ、い……でず……」
 ミレニアの問いに、全身を痙攣させながらイグレーヌが掠れた声で応じる。
「そう……」
「イッギャア゛ア゛ア゛ア゛~~~ッ!!」
 再び身体をつかれて絶叫するイグレーヌ。ギシッ、ギシッと全身が軋む。
「ジ、ヌ……ウギャアアアアアアァッ……腕ぇッ……ヒギャアアアアアァッ……身体ぁッ、がっ、千切れるぅぅッ」
 泡を吹いて身体を痙攣させ、断末魔じみた絶叫を上げつづけるイグレーヌ。トンッ、トンっと時折軽く彼女の身体を押し、更なる苦痛を与えながら無表情にミレニアはその叫びを聞いている。
「ア゛、ガッ、ア゛ア゛ッ……フギャヴッ……グギハア゛ア゛ア゛……」
 搾り出すような悲痛な絶叫。苦痛に身をよじった拍子に、肩にかかる負荷が限界を超えたのか、ゴキッという鈍い音が響いた。更なる絶叫を上げるイグレーヌの姿を無表情に見つめ、ミレニアが軽く彼女の腹をつく。
「ギッ、ヒイイイィィッ!! イ゛ア゛ァッ! アガアアアアァァッ……ッ!」
 濁った絶叫を際限なく上げ、身悶えるイグレーヌ。身体をよじればその動きが更なる苦痛を生むと分かっていても、強すぎる痛みはじっとしていることを許さない。
 無表情に、黙々とミレニアはイグレーヌの身体を前後に揺すって激痛を与え続ける。限度を超えて与えられる激痛に、イグレーヌの全身に細波のような痙攣が走り、大きく見開かれた目からは徐々に焦点が消えていく。
「揺さぶるだけというのも、面白みに欠けますね」
 しばらくそうやってイグレーヌを嬲っていたミレニアだが、ふと思いついたように小さく呟くと、すっと彼女に背中を向けて棚の方へと足を進めた。びくんっと大きくイグレーヌの身体が跳ね、股間から小便が緩やかな弧を描いて吹き出す。棚から太い蝋燭を二本取り出したミレニアが、振り返って微かに首を傾げる。
「漏らしましたか……まぁ、いいですけど」
「ヒガ、ア゛……グヴグア゛……イ゛ギイイィ……ア゛ア゛ア゛……」
 全身を包む激痛に、濁った悲鳴を上げながら身をよじるイグレーヌ。蝋燭の一本に火を点けると、ミレニアは背伸びをするようにしてイグレーヌの秘所へと蝋燭を埋め込んだ。しばらく時間が過ぎると溶けた蝋がイグレーヌの動きによってこぼれ、彼女の太股や秘所へと滴り始めた。そのことによる新たな苦痛がイグレーヌの意思によらず身体を動かし、過剰な負担のかかる膝や肩に更なる激痛を走らせる。
「ウギャアァッ! ヒグッ、ガッ、ア゛ア゛ッ、イ゛ガア゛ア゛ア゛ッ!!」
「順番、逆でしたね」
 小さく呟き、ミレニアが懐から短剣を取り出す。軽く首を傾げ、僅かに迷うような間を置くと、ミレニアは身悶えるイグレーヌの上着に手を伸ばした。びびっ、びびびっと布地を刃で切り裂いていく。イグレーヌのびくんっと身体が震え、降り注ぐ蝋がミレニアの左手の甲を直撃した。だが、それでもミレニアは表情一つ変えずに布地を切り裂いていき、イグレーヌの胸を完全に露出させる。
「イギャアアァッ、ア゛ア゛ッ、グギャアア゛アァッ!!」
 火を点けた蝋燭で、ミレニアがイグレーヌの胸を炙る。既に過剰なまでに加えられていた苦痛に、なおも苦痛が上乗せされ、イグレーヌが絶叫を上げて身悶える。身体を痙攣させ、泡を吹いて濁った絶叫を上げつづけるイグレーヌのことを、無表情にミレニアは見つめていた。

「ひゃ、は……ふひゃあ……あひゃはは……」
 虚ろな視線を宙にさ迷わせ、小さな笑い声を上げるイグレーヌ。既に蝋燭は燃え尽き、股間の辺りは真っ赤な蝋で完全に覆われてしまっている。とんっとミレニアが軽く彼女の腹をつくが、引きつった声を上げて身体を痙攣させるだけで、もはや大きな反応を見せようとはしない。
 と、扉が小さくノックされた。視線をそちらへと向けるミレニアの耳へと、扉越しに声が届く。
「お楽しみのところ、お邪魔いたします。侯爵様、夕食の準備が整っておりますが、いかがいたしましょうか?」
「夕食……?」
 こくんと首を傾げ、ミレニアが小さく呟く。イグレーヌを呼び出したのは、昼食を取り終えてからまだ間もない時間帯だったはずだ。
「もう、そんな時間ですか?」
 扉を開け、向こうにいた初老の執事へとミレニアがそう問いかけた。執事が小さく頷き、深々と頭を下げる。
「はい。どうやら、侯爵様におかれましては、時を忘れてお楽しみだったご様子。それを邪魔いたしますのは私としても心苦しいのですが……いかがいたしましょうか?」
「別に、楽しんでいたわけでは、ないんですが……」
 小さくそう呟き、ミレニアが視線を逆さ吊りになったイグレーヌへと向ける。
「分かりました、今、行きます」
「左様でございますか。ところで、侯爵様。この者は、いかがいたしましょう? 夕食後、あるいは明日以降にも、お使いになられますかな?」
「……いえ、彼女には、もう、充分罰を与えましたから」
「承知いたしました。では、このゴミは、わたくしめが始末をつけておきます」
 丁寧な口調で、さらりと執事が酷い発言をする。無表情に執事の顔を見つめ、ミレニアが僅かに沈黙した。
「……ゴミ?」
「見たところ、手足が既に使い物にならなくなっている様子。メイドとしての仕事は、もう出来ないでしょう。侯爵様のお楽しみ用として保管しておくにしましても、気の違った者を責めてもあまり面白くはございませんし……何の役にも立たない者を、生かしておく必要もないのではないかと」
 にこりともせず、あくまでも真面目な口調で執事がそう言う。すっと視線を逆さ吊りになっているイグレーヌの方へと向け、ミレニアが僅かに視線を伏せる。
「……少し、やりすぎましたか」
「はて……侯爵様がメイドを折檻するのに、やり過ぎと言うことはございませんでしょう。使用人は主人に奉仕するのが勤め。侯爵様のお楽しみのためであれば、生命を含めて全てを差し出すのが当然のことでございますゆえ」
「……そう」
 あくまでも真面目な執事の言葉に、ミレニアが短く答えて俯く。僅かにそのまま沈黙すると、ミレニアは視線を上げた。
「私の楽しみのためならば、あなたも、生命を捧げますか?」
「はて、わたくしめのような老体がお役に立てますかどうか。無論、侯爵様がお望みとあれば、この老体を捧げるに否はございませんが」
「そう、ですか」
 自分の問いに、軽く苦笑を浮かべて応じる老執事へとミレニアは小さく首を振った。無表情に彼の顔を見つめる。
「後始末を、お願いします」
「はい、承知いたしました、侯爵様」

「うーん、私、失敗しちゃったかなぁ?」
 夕食を取り終え、自らの執務室に戻ってきたミレニアへと紅茶を振舞いながらプラムが軽く首をかしげる。すっと無言のまま視線を彼女へと向けたミレニアへと、プラムは意外と真面目な表情になって問いかけた。
「ミレニア様、今、後悔してますよね?」
「……何を、ですか?」
「もちろん、彼女、え~と、イグレーヌさん、でしたっけ? 彼女を拷問した件についてですよぉ」
「……何故、私が、後悔するんです?」
「うーん、何となくミレニア様が落ち込んでるんじゃないかなぁ、って、そう思っただけなんですけど。だから、別にミレニア様が落ち込んでないんなら、それはもちろん私の勘違いってことでいいんですけど」
 ひょいっと軽く肩をすくめ、軽い口調でそう言うプラム。対照的に、ミレニアの方は視線を手の中のカップへと落とした。
「……それで、何を、失敗したんです?」
「え? ああ、だから、ミレニア様が後悔してるんだったら、あの時止めるべきだったかなぁ、って。ミレニア様が怒ってるのは分かりましたし、やりたいと思ってるなら止めることもないかなってあの時は思ったんですけどね」
「私が、怒っていたから、あなたは私を止めなかった……?」
「やりたいことを我慢するのはよくないですもん。ミレニア様が拷問したいなぁって、自分から思ったなら私は止めませんよ。もっとも、それで後で後悔するようなら、たとえどんなに怒り狂ってても止めますけどね」
 あっさりとした口調でそう言うプラムに、ミレニアが沈黙する。怪訝そうな表情を浮かべたプラムが、ひょいっとミレニアの顔を覗き込んだ。
「ミレニア様? どうしました?」
「……私が、あなたを拷問したいと言ったら、どうします?」
「ええ~~? どうしたんですか、ミレニア様、いきなり」
「答えて、ください」
 ますます怪訝そうな表情を浮かべるプラムへと、ミレニアが押し殺した口調で返答を促す。ふっと笑いを消してプラムが姿勢を正した。
「後で絶対に後悔しないって、そう、ミレニア様が断言できるなら、いいですよ、されても。私はメイドですもん。ミレニア様が本心から私を拷問したいって思うんなら、逆らいません。ミレニア様には、メイドを自分の好きなように扱う権利がありますからね。拷問しようが、殺そうが、それがミレニア様の望みなら、私は止めませんし抵抗もしません。
 けど、後で後悔するかもしれないって、ほんの僅かでも思ってるんだったら、絶対にさせません。拷問されたり、殺されたりするのが嫌なわけじゃないですよ? 私を、ううん、他の人でもそうですけど、拷問したり殺したりして、ミレニア様が後で落ち込むのは絶対に嫌ですから。そんなことになったら、死んでも死にきれませんもん」
「そう、ですか……」
 プラムの言葉に、ミレニアが僅かに口元を歪めた。泣いているような、笑っているような、そんな微妙な表情を浮かべるミレニアのことを、真摯な表情でプラムが見つめる。
「ミレニア様。ミレニア様は、何も、悪いことなんかしてません。誰もミレニア様を責めたりしません。だから、元気を出してくださいね」
「ええ。……ありがとう」
 プラムの言葉に、視線を伏せたままでミレニアが答える。そんな彼女のことを、プラムが心配そうに見つめていた……。
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