二月十日 雪

 今日は、領主様の発案で氷の彫像を作ることになりました。氷の彫像、と言っても、氷の塊を削って像を作ると言うのではなく、生きた人間を雪の降る野外に放置し、凍りつかせると言うものです。何でも、暇潰しに読んでいた本の中にそういったものが出てきたので、興味をもたれたと言うことなんですが……。
 それは、まぁ、領主様が残酷な人だと言うのはよく知っていますし、ご自分の楽しみのために屋敷のメイドや側室を利用すると言うのは今更珍しいことではないんですけど……それでもいっぺんに十人以上の人間を殺してしまったと言うのは、ちょっと珍しいと思います。年が明けた直後に、旅芸人の一座の人たちをまとめて焼き殺したこともありましたけど、あれはあくまで相手の苦しむ姿を見たい、と言ういつもの趣味がたまたまこの街にやってきた人たちに向けられたせいですし……。
 今回の氷の彫像の場合、出来上がりに興味の大部分があったらしくて、出来上がるまでの相手の苦しむ姿にはそれほど執着を持っていなかったように私には思えます。何しろ、途中で席を立ってしまわれたんですから。まぁ、どうしても寒い屋外でやらなければいけない拷問というか処刑ですから、途中で寒さが堪えただけなのかもしれませんけど。

「ミレニア、今日は生きた人間を使って作る氷の彫像とかいうものを作ってみようかと思うのだが、どう思う?」
 書庫から出てきた領主に唐突にそう問いかけられ、ミレニアが数度瞬きをする。
「氷の彫像、ですか?」
「ああ、そうだ。今何か面白い資料(もの)がないかと書庫を漁っておったのだがな。子供向けの童話の本の中にそんなものが出ておったので、実際に作れるものなのかどうか、やってみたくなってな」
「では……領主様の、お望みのままに」
 笑いながらそう言う領主に、すっと視線を下げてミレニアが応じる。満面に笑みを浮かべて領主が頷いた。
「そうか、賛成してくれるか。では、材料に使う者を集めるとしよう。そうだな、十人もいれば充分であろうかな」
「十人、ですか?」
「不服か? まぁ、お前がそう思うなら、もっと人数を増やしてもよいが……」
 軽く小首をかしげるミレニアの姿に、やや慌てたように領主がそう言葉を続ける。ゆっくりと首を振るとミレニアは無表情に答えた。
「いえ、不服と言うわけでは。それで、どのような方法で?」
「ん、ああ……何、単純な話だ。今日のように雪の降る寒い夜、裸の人間を屋外に放置する。後は水でも浴びせておけば自然と凍り付いて氷の彫像の出来上がり、というわけだ」
「そう、ですか。それほど上手くいくかどうかは分かりませんが……。それで、誰を使うのです?」
 ゆっくりと首を振りながらのミレニアの問いかけに、領主がやや不安そうな表情を浮かべる。
「側室の誰かと、それに付けたメイドたちを使おうと思ったのだが……ミレニア? 何か、不満か?」
「いえ」
「そ、そうか、ならばよいが……。では、私は準備をするよう命じてくる。準備が整ったら誰かを呼びに行かせるから、温かい格好をして待っていろ」
「はい」
 言葉少なに答え、頭を下げるミレニア。ややばつの悪そうな表情を浮かべて頭を掻くと、領主は執事や下男たちに準備を命じるべく自らの執務室のほうへと足を向けた。

 夜になって風が強くなり、降りしきる雪もその強さを増してちょっとした吹雪と呼べそうな天候になっている。そんな悪天候の中、屋敷の裏庭に急遽風除けのために板を張り巡らした一角が作られ、暖を取るための火鉢や椅子、酒の類が運び込まれる。白く煙る視界の中で下男たちが積もった雪に穴を掘る姿がまるで亡者のような印象で垣間見える。
「うあ、あ、あああ……」
 がちがちと歯を鳴らし、床の上にひざまづいた女性が小刻みに身体を震わせる。その震えの元がこれから訪れる死への恐怖なのか、それとも周囲の寒さなのかは今ひとつ判別しがたい。まぁ、おそらくは両方なのだろうが。
「くくくっ、寒いか? レベッカ」
「うあ、あ、お許し、を……領主様」
 風下の側の一面を除き、周囲を覆った板張りの急場ごしらえの小屋の中で椅子に座り、ワインの満たされたグラスを傾けながら領主が嬲るような口調で問いかける。一糸まとわぬ全裸にされ、雪と風とにさらされている女性ががくがくと頷いた。上手く回らない舌で哀願の声を漏らす女性のことを、楽しげな笑いを浮かべて領主が見やる。
「今更、無駄なことはやめるのだな。お前はこれから、そこで凍りつき氷の彫像となるのだ。嬉しいであろう? 無残に姿にならず、きれいな姿のまま死んでいけるのだからな」
「ああぁ……」
 絶望の溜息を漏らし、女性がうなだれる。彼女の背後に集められた、十人あまりの若い娘たちも、同様に恐怖と絶望の表情を浮かべてうなだれている。
「さて、しかしこれだけ寒いとあまり時間はかけたくないな。さっさとはじめるとしようか」
 ぶるっとひとつ身体を震わせ、領主が苦笑混じりにそう呟く。穴を掘っていた下男たちが無言のまま震える女性たちの下へと歩み寄り、ぐいっと引き起こした。一斉に、悲痛な悲鳴が上がり始める。
「いやっ、いやああぁっ!」「離してっ、死にたくないっ」「ひいいいぃっ」
 恐怖に叫ぶ女性たちが下男たちの手によって穴のほうへと連れて行かれる。そこで木製の足枷をはめられ、穴の中へと立たされる女性たち。穴の深さは膝ぐらいまでといったところか。どさどさと雪が穴の中へと落とし込まれていき、女性たちは思い思いの方向を向いた状態で膝の辺りまで雪に埋められる。パンパンとスコップで雪を叩き固め、更に水を振りまいて雪を凍らせて女性たちが足を開き膝を伸ばした状態から足を動かせなくしてしまう。
「倒れるでないぞ? 倒れたものには、鞭が与えられるからな」
 ワインのグラスを傾けながら、領主が笑う。風を遮断され、足元の火鉢から暖を取れる領主やミレニアはともかく、吹雪の中にいるものたちはたまらない。冷え切った肌に吹き付ける風が雪をぶつけ、切られるような鋭い痛みが走る。下男たちはまだ毛皮のコートを身に着けているからましだが、全裸の女性たちにとっては既に充分拷問と呼べるほどの苦痛だ。
「ほれ、腕を身体に付けるな。腕を伸ばし、ポーズを取るのだ。あまりみっともない格好をしていると、やはり鞭がいくぞ?」
 更に笑いながら領主が命じる。もちろん、簡単に従えるような命令ではない。寒さから少しでも身を守ろうと背を丸め、自分の身体を抱くように腕を回して震えている女性たちの姿を見やり、ミレニアが無言のまますっと吹雪の中へと歩み出た。近くにいた若いメイドの娘の下へと歩み寄り、無造作に右手にしたバラ鞭を振るう。
「ひぎゃあああああああああぁぁっ!?!?」
 威力の低いバラ鞭ではあるが、冷たく冷え切った身体を打ち据えられるのはかなりの苦痛なのかメイドが絶叫を上げて背を反り返らせる。無表情にその姿を見つめ、ぼそっと呟くようにミレニアが問いかけた。
「領主様の命令が、聞こえませんでしたか?」
「うあ、あ、あうう、許し、て……」
「従えないのであれば」
 すっとミレニアの右手が上がる。ヒイイィッと甲高い悲鳴を漏らし、少女は身体を覆っていた腕を懸命にもぎ離し、左手を下へ、右手を前へとそれぞれ伸ばす。小さく頷くと、ミレニアはぐるりと足元を固められて震える全裸の女性たちのことを見回した。
「あなたたちは、どうするんです?」
「ひいっ」「あ、ああっ」「ううぅっ」
 淡々としたミレニアの問いかけに、それぞれ掠れた恐怖の声を漏らして女性たちが思い思いのポーズを取る。がたがたと震える女性たちの姿をゆっくりと見回し、その中に混じっていた未だ身体を腕で覆って震えている若いメイドのほうへとミレニアが足を進める。無言のまま振るわれた鞭が、彼女の丸めた背中を打ち据える。
「きひいいいぃっ!?」
 身体を跳ねさせたメイドが泣きながら腕を伸ばす。首を捻じ曲げ、すがるような視線を自分へと向けるメイドのことを無表情に見返し、ミレニアがきびすを返す。自分の横へと戻ってきたミレニアへと、領主が気遣うような視線を向けた。
「寒かったであろう? 何も、お前が自分で鞭を使わずともよかったのに。必要があれば下男にでも命じればことは済むのだから、無理はせんでもよいのだぞ」
「寒いのは、それほど苦になりませんから。必要があれば、私が」
「そ、そうか?」
 右手に鞭を握ったままのミレニアの姿を見やり、曖昧に領主が頷く。一つ首を振ると、気を取り直したように領主は下男たちへと命じた。
「では、水を浴びせよ」
 領主の命令に、下男たちがのろのろと桶を手に取る。彼らにとっても、この作業は気が進まないものなのだろう。とはいえ領主の命令に公然と逆らうほどの度胸は誰にもない。バルボアが率先して動いたこともあり、嫌そうな表情を浮かべながら下男たちが恐怖と寒さとでがたがたと震えている女性たちの裸体へと桶の中の水を浴びせる。
「ひぎゃあああああああああああああぁぁぁっ!!」
「ぎひいいいいいいいぃっ! 熱いっ、熱いいぃっ!!」
「うぎゃああああああああ~~~~~~っ!!」
 女性たちの絶叫が響く。桶の中の水には、周囲に積もる雪をたっぷりと放り込んである。凍る寸前の温度の、雪混じりの水を肌にかけられたのだからたまったものではない。絶叫を上げて身体をくねらせ、腕を振り回す女性たちの姿をワインのグラスを傾けながら楽しげに領主が見やる。
「……流石に、ポーズは崩れますね」
「ん? ああ……」
 ぼそっとしたミレニアの呟きに、領主がやや意表を突かれたように頷く。もちろん、こんな目にあって一定のポーズをとり続けることなど、身体をよほどきつく拘束されていない限り不可能だ。領主にしたところで、女たちが水を浴びせられてじっと身体を動かさずにいられるとは思っていない。
「ひいっ、ひいいぃっ、許して、死ぬうぅ……」
「あ、あ、あ、あ、あ、あ……」
 裸身に雪や氷の破片をへばりつかせ、息も絶え絶えといった風情で女性たちが呻く。無言のままミレニアが立ち上がり、身体を丸めて呻いている女性の一人へと歩み寄った。無造作に振るわれたバラ鞭が彼女の身体から雪や氷の破片を弾き飛ばしつつ肌を打ち据える。
「ぎひゃあああああああああああぁぁっ!?」
「もう、領主様の命令を、忘れたんですか?」
「うあぁっ、あぁっ、あううぅっ」
 恐怖と痛み、寒さとで半ばパニックを起こしているのか、ろれつの回らない叫びを上げて鞭打たれた女性がギクシャクとした動きで腕を伸ばしポーズを取る。それを確認し、ゆっくりとほかの女性たちを見回すミレニア。恐怖に顔を引きつらせ、ギクシャクとポーズを取る女性たち。にこりともせずに全員がそれぞれポーズをとったのを確認すると、ミレニアは再び領主の横へと戻っていった。がちがちと歯を鳴らしながら、その後姿を女性たちが見送る。
「今ポーズを取らせても、水をかければまたもとの木阿弥ではないか?」
「そう、ですね」
「まぁ、そうなったらまた鞭打ってポーズをとらせるまでのことか」
 苦笑混じりの領主の言葉に、ミレニアが無言で頷く。ばしゃり、と、女性たちの裸身に雪混じりの冷水が浴びせかけられ、ひとしきり女性たちの絶叫が響き渡った。
「ひぎゃあああああああああぁぁっ!!」
「ぐあああああああああああぁぁっ!!」
「じぬっ、じぬううぅっ!」
 浴びせられる冷水の一部は冷たい風を受けて凍りつく。だが、激しく身悶える女性たちの身体からそれらの氷の破片はほとんどが零れ落ちてしまう。
「ふぅむ、これは、相当時間がかかりそうだな……」
「まぁ、そうでしょうね」
 領主の言葉に、そっけなくミレニアが頷いた。水を浴びせられた瞬間、あまりの苦痛に耐え切れなくなったかのように激しく身悶え、ポーズを崩した女性たちだが、鞭で打たれるのが嫌なのか懸命に再び手を伸ばしてポーズを取ろうとしている。手にしていたバラ鞭を膝の上に置き、ミレニアもワインのグラスを手に取った。領主がそこに真紅の液体を満たすのを黙って見つめつつ、ミレニアが小さく首を振る。
「うぎゃああああああああああああぁあっ!!」
 ばしゃり、と、頭から水を浴びせられ、女性たちが絶叫する。体温と共に体力も奪われているのか、身悶える動きは先ほどまでと比べると幾分弱々しい。照明としてあちこちに立てられている松明の炎の光を反射し、女性たちの裸身の上できらきらといくらかの氷が光る。
「ひが、あ、ああ……」「ぐひいいぃ……」
 息も絶え絶えとなって呻く女性たち。その姿を眺めながら、領主とミレニアが風や雪から守られ、暖を取りながらワインを傾ける。ばしゃりと水が女性たちの身体に振り掛けられ、苦痛と恐怖に満ちた絶叫が周囲に響く。

「……まだ、凍らんのか」
 一時間あまりも、そんな行為が繰り返されただろうか。流石に退屈そうな表情になって領主が呟き、ぶるっと身体を震わせた。軽く首をかしげ、ミレニアが領主のほうに視線を向けた。
「少し、寒いですか?」
「うむ。これほど時間をかけてもまだ出来上がらんとはな。これでは、風邪を引いてしまうわ」
「では、部屋に戻りましょうか」
「そうだな……。バルボア」
 ミレニアの言葉に僅かに考え込むような表情を浮かべると、領主がバルボアを呼ぶ。やってきた下男へと領主は軽く肩をすくめて命じた。
「我々は部屋に戻るが、お前たちは作業を続けるように。後で酒を届けさせる。あのものたちが全て凍りつくまで、作業を続けよ」
 領主の言葉にバルボアが無言のまま頷く。水を浴びせられた女性たちが上げる、絶叫とも呻きともつかない声を聞きながら、領主は立ち上がった。
「では、後を任せる。ミレニア、行くとしようか」
「……はい」
 僅かに視線を身悶える女性たちのほうへと向けて沈黙を挟み、ミレニアが頷いて立ち上がる。小さく首を振ると、バルボアも女性たちに水を浴びせる下男たちの輪に戻っていった。

 領主の寝室。豪奢なベットの上に腰掛けた領主が、目を細めてミレニアのことを見やる。するっと衣服を足元に落とし、華奢な裸身をあらわにしたミレニアが無言のままベットに歩み寄った。すぐ目の前までやってきたミレニアの腕を掴んでベットの上に引きづり倒すと、その上にのしかかるように覆いかぶさる。
 ……ヒイイィィ……アァァ……キヒイイィィ……。
 風に混じり、悲痛な女性の叫びが室内に届く。その声を楽しむように低く笑うと、ひんやりとしたミレニアの首筋へと領主が舌を這わせる。
「んっ……」
 微かに声を上げ、僅かにミレニアが身をよじる。ほんの小さな反応だが、実のところ、そんな小さな反応でもミレニアがベットの上で見せるのは珍しい。不感症、といってしまうとみもふたもないが、ミレニアがベットの上で何か反応を見せることは少なく、行為の最初から最後まで声一つ上げずただ横たわっているだけ、というのがむしろ普通だ。そんなミレニアが反応を見せたのがよほど嬉しいのか、ますます領主が丹念にミレニアの身体を愛撫していく。一方、ミレニアのほうはベットの上に手足を投げ出し横たわったまま、何もしようとはしない。二人の立場を考えれば、奉仕するのは当然彼女であるべきはずなのだが……。
 ……キャアァァァ……ヒイイィィィ……。
 風に乗って届く、掠れた小さな悲鳴。だが、はっきりと苦痛と恐怖を感じさせる悲痛な叫びだ。領主の舌がミレニアの乳首の辺りを丹念にくすぐり、ぴくっとミレニアの身体が僅かに跳ねる。そんな僅かな反応を何とかもっと引き出そうと、領主が恭しいとさえいえそうなほど丹念な愛撫を繰り返す。
「今日は、感じておるのか?」
「……はい」
 微かに頬を染め、領主の問いかけにミレニアが頷く。もっとも、その声にはやはりほとんど感情が含まれてはいない。自分の上で懸命に愛撫を繰り返す領主のことを、どうでもよさそうなまなざしでただぼんやりと眺めているだけ、といった感じで、到底今の状況を楽しんでいるようには見えない。それでも、ミレニアが僅かとはいえ反応を見せていることに喜びを感じているのか、嬉しげな笑みを浮かべて領主がまるで下僕のような恭しさで熱のこもった愛撫を続ける。
 ミレニアは意識しておらず、また気づいてもおそらくいないのだろうが、拷問を行った日は彼女が領主の行為に反応する確率が上がる。あくまでも確率が上がると言うだけで、拷問を行えば確実に反応を見せる、というわけでもないのだが、それは領主に連日のように拷問を行わせる充分すぎる理由だった……。
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