六月十五日 晴


 今日は、特にこれといった出来事のなかった日でした。もっとも、毎日のように事件が起こるというのでは、私も疲れてしまいますし、それ以前にそんなに毎日いろんな問題が発生するということは上の人間に問題があるということですから、何も起こらないに越したことはないんですけれど。
 そういえば、今日、仕事中にプラムがお茶の誘いに来てくれました。最初は一緒にお茶をするのもいいかな、と思ったのですけれど、仕事が結構溜まっていましたし、ソフィーヤも一緒だということで遠慮しました。折角の楽しいお茶の時間なのに、私が同席したのでは息が詰まってしまうでしょうからね。プラムはともかく、ソフィーヤは私と一緒にお茶を飲みたくはないでしょうし。少し残念だったんですけど、仕方ありません。私は、彼女に嫌われるだけのことをしているのですから……。

 あるのどかな昼下がり。領主の館のとある一室を掃除しているメイド達の間に、一種異様ともいえる緊張感が高まっていた。別に、貴重品の置かれている部屋ではない。もちろん、調度類は掃除をしているメイドたちから見れば到底手の届かないような高価なものではあるが、この屋敷に多くある普段は使われていない応接室のひとつだ。仕事の内容そのものは、鼻歌混じりにやれるというわけではないにしろごく普通のもので、緊張しなければならないようなものではない。
 彼女たちの間に緊張を走らせている原因は、共に掃除をしている一人のメイドの存在だった。名前は、ソフィーヤ。今年の春からこの屋敷に勤め始めた、新人のメイドである。極端に無口な性格で、自発的に口を開くことは稀。話しかけられたりして答える時も、ぼそぼそと小声で、途切れ途切れにしか言葉を発しない、一言で言えば暗い少女である。
 しかし、そんな彼女のことを、どうやら領主が気に入っているらしい、ということが、つい先日発覚した。その暗い性格が原因で、虐めを受けていた彼女は領主に泣きつき、その結果として虐めを行っていたメイドが拷問を受けるという事態に発展したのだ。拷問を受けたメイドはその後階段の柱に縛り付けられた状態で晒し者となり、その後治療を受けたもののまだ意識を取り戻していない。もっとも、そのメイドのことを好きにしても良いという許可を、領主自らソフィーヤに与えているのだから、意識を取り戻したところでまた酷い目に遭って殺されるだけではないか、いっそこのまま意識が戻らないほうが幸せなのではないか、などとも囁かれている。
 そんなソフィーヤと一緒に仕事をする羽目になったメイドたちは、不幸としか言いようがない。ただでさえこの屋敷で働くのは命がけなのだ。何しろ、この屋敷の主人、ブラッデンブルグ侯爵家の女当主であるミレニアは、拷問が趣味なのである。若い娘を身の毛もよだつような拷問にかけ、惨殺することが何よりも好きだという冷酷非情な主人の元で働くのは神経をすり減らす。些細な失敗を咎められ、惨殺されたメイドも数多くいると噂されている。実際、ソフィーヤに対して虐めを行っていたメイドは拷問を受け、ソフィーヤと同室で彼女が虐められていた事を知りながら黙っていた別のメイドもミレニアの手によって拷問・処刑されている。こんな状態では、ソフィーヤの機嫌を損ねれば次に殺されるのは自分だ、と、他のメイドたちがそう考えてしまっても無理はないだろう。
 と、不意にこんこんっと扉が軽くノックされる。びくっと一瞬メイドたちが身をすくめ、顔を見合わせた。
「だ、誰!?」
 思わず声をひっくり返らせたメイドが、喉を抑えて後悔の表情を浮かべる。がちゃっと音を立てて扉が開き、ひょいっと小柄な少女がそこから顔を覗かせた。幼さの残る容貌の少女の登場に、メイド達の間で緊張が更に高まる。人懐っこそうな笑顔を浮かべた、この無害そうな少女の名はプラム。彼女もまた、ミレニアのお気に入りの一人だ。当然、迂闊に近寄れる相手ではない。自分の命が惜しくないなら、話は別だが。
 そんなメイド達の反応を気にも留めず、プラムがきょろきょろと視線を動かし、すぐにお目当ての人物を見つける。他のメイドたちが動きを止める中、我関せずといった風情で黙々とはたきを動かしていたソフィーヤへと向け、プラムが声をかけた。
「あ、いたいた。ソフィーヤ、一緒にお茶しません?」
「……掃除の、途中です」
 屈託のない笑顔を浮かべるプラムへと、流石に手は止めたものの取り付く島もない調子でソフィーヤが応じる。他のメイドたちがざわっと動揺する中、プラムはひょいっと軽く肩をすくめて見せた。
「でも、これだけ人数いますし、別にあなた一人抜けても平気でしょ? ミレニア様も一緒だし、お茶しましょうよ、ね?」
「領主、様が……ですか。……けれど、仕事が」
 プラムの言葉にソフィーヤが視線を他のメイドたちへと向ける。一瞬怯えた表情を浮かばせ、メイドたちが互いに顔を見合わせた。互いに視線で嫌な役目を押し付け合い、結局一番年長のメイドが貧乏籤を引かされる形になっておずおずと口を開く。
「ここは、私たちだけでも大丈夫だから……領主様のお相手をするのも、大切なことだし……」
「ほら、この人たちもああ言ってるし、ね、ソフィーヤ、行きましょ?」
「そう……ですね。では……後は、お願い……します」
 メイドの言葉にプラムが畳み掛けるようにソフィーヤを促し、気が進まなさそうな様子を見せながらもソフィーヤも押し切られて頷く。他のメイドたちに軽く頭を下げると、ソフィーヤはさっさと歩き出したプラムに続いて部屋を出た。
「あなたの……場合は……わざと……なんでしょうね」
 廊下を歩くプラムの後を追いながら、ぼそぼそとソフィーヤが問いかける。軽く小首をかしげ、頬に指先を当ててプラムが小さく唸った。
「んん~? まぁ、わざとだと思ってもらってもかまいませんけど。別に、それが目的ってわけでもないですよ。お茶に誘いたいなって思ったのは本当ですし、メインの目的はそっちですもん。
 まぁ、ああいうことをすればあなたが一層孤立するかな、と思ったのに、あえてやったわけですから責められても文句は言えませんけどね」
「そう、ですか……」
 歩きを止めないまま、首だけを捻って苦笑を浮かべるプラムへと、ソフィーヤが僅かに考え込むようなそぶりを見せる。そんなソフィーヤへと、軽く眉をしかめてプラムが問いかけた。
「気を悪くしました?」
「交換、条件と……言うわけではありませんが……ひとつ、お願いを……聞いてもらえ……ますか?」
「お願い? いいですよ、私に出来ることなら、ですけどね」
 真面目な表情で言うソフィーヤへと、屈託のない笑顔を浮かべてプラムがあっさりと頷く。あまりにあっさりと頷かれたせいで却って躊躇いが生まれたのか、ソフィーヤが目を伏せた。
「私の……質問に……答えて……もらいたい……のですが」
「質問? まぁ、知ってることなら何でも応えますけど? ていうか、そもそも、お茶に誘った時点であれこれお喋りしましょってことですし」
 苦笑を浮かべながらのプラムの言葉に、ソフィーヤが微かに拳を握り、勇気を振り絞るように顔を上げた。
「あなたは……何故…領主様の、ことが……好きなんですか?」
「何でって言われても、好きなものは好きだから、ってことになっちゃいますけどね。
 うーん、そうですね、ミレニア様のどこが好きかって言うことなら、一生懸命頑張ってるところが可愛いとか、すぐ落ち込んじゃうところが母性本能くすぐられるとか、寂しがりやさんだから守ってあげたくなるとか、ですかね。年上の人相手に使う言葉じゃないですけど」
 くすくすと笑いながら、ごく当たり前のことのようにプラムがそう言う。だが、いつも表情一つ変えることなく、口調を変えることも滅多にないミレニアの姿と、プラムの彼女への評価が頭の中で上手く噛み合わず、ソフィーヤは首をかしげた。
「そう……ですか?」
「ミレニア様の特技は、他人に誤解されることですから。近くでよーっく見てれば、分かるんですけどね。あの人って本当は寂しがりやの可愛い人ですよ?」
 軽く肩をすくめながらプラムがそう言い、丁度辿り着いた自室の扉を開ける。
「じゃ、ミレニア様呼んできますから。中で待っててくださいね」
 屈託のない笑顔を浮かべながら、一方的にそう言うとプラムが身を翻す。強引な、ともいえそうなその行動だが、不思議とソフィーヤはプラムに対して反感を抱かなかった。人徳、というものかもしれない。
「寂しがりや、ですか……」
 プラムの言葉を反芻しながら、ソフィーヤがプラムの私室へと足を踏み入れる。本人の印象とは異なり、プラムの私室は他のメイドの部屋とほとんど変わらなかった。私物などもほとんどない。ミレニアに気に入られている彼女の立場を考えれば、もっと贅を凝らした部屋にすることも、あるいは本人が好きそうな可愛い小物やぬいぐるみなどで部屋を埋め尽くすことも可能なはずなのに、である。
「近くで、見てれば、ですか……」
 小さく呟いてソフィーヤが首を振る。確かに、人の本質というものは近くに寄らなければ分からないものだ。しかし、誰からも恐れられている領主に好き好んで近づくという理由が分からない。少なくとも自分は、積極的に領主に関わろうとしたわけではないし、むしろ可能な限り避けてきたのだから。自分の生命をあっさりと奪える相手、それも酷く残酷で気難しいと噂されている相手に近づきたいと思う人間などそうはいないはずだ。
 もちろん、何らかの打算があれば、話は別だ。ミレニアはこの屋敷における絶対権力者。彼女に媚を売り、気に入られれば自分の地位も強化される。そう考えて近づいた、という可能性も考えられなくはない。だが、プラムがそういうことを考えるようにはどうしても思えなかった。
 それとも、最初から好意を持っていて、傍にいたいと考えたのか。だが、ミレニアの関する噂で好意を抱くようになる理由になりそうなものなど、少なくとも自分には思いつかない。
 ぼんやりと佇むソフィーヤの耳に、やがて小さな足音が届く。とりとめもなく広がった思考を現実に引き戻し、ソフィーヤは開かれたままの扉のほうに視線を向けた。キャスターの上にポットとカップ、クッキーの盛られた皿を載せてプラムが姿を現す。
「残念、ミレニア様、お仕事が忙しいんですって。もうっ、アルベルトさんったら余計な仕事入れすぎ。わざわざミレニア様の手を煩わせることなんて、ないのに」
 頬をぷうっと膨らませてそう言い、プラムがソフィーヤにすまなさそうな表情を向けた。
「ごめんね、ソフィーヤ。ミレニア様来れなくなっちゃったけど、いいかな?」
「別に……かまいません」
「そう、良かった。あ、その辺、適当に座ってて。今、お茶入れるから」
「ええ……。あの……ひとつ、いいですか……?」
 プラムに勧められた椅子へと腰を下ろしながら、ソフィーヤがためらいがちに口を開く。紅茶のポットにお湯を注ぎながら、プラムが苦笑を浮かべた。
「いいですよ、何です?」
「あなたは……領主様のことを……その……最初から……好きだったんですか?」
「うーん、好きだった、って言うか、好きになることに決めていた、が正しいかな、私の場合は。ミレニア様は私の生命の恩人ですし。最初から傍に居ようって思ってこのお屋敷に来て、傍で見てたらもっと好きになっちゃった、というのが一番事実には近い、かな?」
 お湯を注いだポットを保温用の布で包み、蒸らしながらプラムがそう言って笑う。自分と向かい合う位置に腰を下ろしたプラムへと、ソフィーヤが軽く首をかしげながら問いかけた。
「生命の、恩人……ですか?」
「ええ。ほら、去年の冬って、凄く寒くて大雪が降ったじゃないですか。あの時私、質の悪い風邪を引いちゃって。このままじゃ死んじゃう、っていうような状態になっちゃったんですよ。
 それで、シスターが領主様にお金を貸してくれるように頼みに行ったんですけど、最初は断られたんだそうです。けど、ミレニア様が口添えをしてくれたおかげで、お金を借りられて、私も無事助かったんですよね。だから、ミレニア様は私の生命の恩人なんです」
「シスター……ですか? 両親……ではなく?」
「あ、私、捨て子ですから。教会で育てられたんです。教会っていっても、私以外にも十人近く捨てられてた子を引き取ってましたから、孤児院みたいな感じになっちゃってましたけど」
 屈託のない笑顔のまま、プラムがそう言う。すまなさそうな表情になり、ソフィーヤが目を伏せた。
「ごめん……なさい。余計な……事を……聞いて……」
「いいんですよぉ、別に私、気にしてませんもん。まぁ、小さな頃はずいぶん捨て子だって他の子供たちに虐められましたけど、シスターは優しくていい人でしたし、家族みたいに育ってきた人たちがいっぱい居ますから。私、別に自分が不幸だなんて思ってませんもん」
 本当にそう思っているのか、それともソフィーヤに気を遣わせまいと無理をしているのかを他人に読み取らせない、屈託のない笑みを浮かべてプラムがそう言う。視線を伏せたソフィーヤへと、プラムが軽く首をかしげながら問いかけた。
「そういえば、ソフィーヤの家族ってどんな人たちなんですか? 別に、無理に聞こうとは思いませんから、話したくないなら言わなくてもいいですけど」
「私の……父は……ごく普通の……猟師です」
「へえ、猟師さんなんだ。もしかして、ソフィーヤが人と話すの苦手なの、そのせいだったりするのかな? 親と一緒に子供の頃から山の中で暮らしてたから、とか?」
「……そう、かも……しれません。幼馴染……とかは……居ませんでしたから……」
「うーん、やっぱり、そう言うのって慣れですからねぇ。あ、そろそろいいかな?」
 ソフィーヤの言葉にうんうんと頷くと、プラムが紅茶のポットを手に取る。慣れた手つきでカップへと紅茶を注ぐプラムのことをじっと見つめながら、ソフィーヤがゆっくりと言葉を続けた。
「そして……母は……魔女でした」
「魔女!?」
 不吉な単語に、流石に驚いた声を上げるプラム。視線を伏せたまま、ソフィーヤが訥々と言葉を続ける。
「本当に……悪魔と交わって……居たのか……それとも……そう疑いを……かけられただけなのか……それは、分かりません。けれど……去年の夏に……魔女として……火刑に処されたのは……事実、です」
「そっかぁ……大変だったんだね」
 視線を伏せたままのソフィーヤの告白に、プラムが少々あっさりとしていすぎでは、と思えるような口調で応じると湯気を立てる紅茶のカップをソフィーヤの前に置く。少し意外そうに目を見張り、ソフィーヤが顔を上げた。
「変わった……反応、ですね……」
「んー……不幸自慢とか、互いの傷を舐めあうとかって、不毛だから嫌いなんですよね。ソフィーヤが謝ってほしいと思ってるなら話は別だけど、そう言うつもりで話したわけじゃなさそうだったし。親が魔女だろうが悪魔だろうが、ソフィーヤはソフィーヤだし」
 紅茶のカップを口元に運びながら、プラムが視線をまっすぐにソフィーヤに向けてそう言う。くすっと口元に小さな笑みを浮かべると、ソフィーヤは軽く頭を下げて紅茶のカップを手に取った。
「私も……謝って……欲しくは……なかったですから」
「そう? ならいいんだけど。あ、紅茶、お砂糖要るならありますからね」
「ええ。……家族と、いえば……領主様の……御両親は……どうされて、いるんです……?」
 話の流れで何気なく口にした、といった感じのソフィーヤの言葉に、プラムがぎゅっと眉をしかめた。
「ミレニア様の、両親……。うーん、まぁ、ソフィーヤなら、話しちゃっても問題ないかな。別に口止めされてるわけでもないし」
「何か……問題が……?」
 唸るプラムへと、困惑の表情を浮かべてソフィーヤが問いかける。ふうっと溜息を一つつくと、プラムがカップを皿に戻した。
「私も、そんなに詳しいことを知ってるわけじゃありませんけど。このお屋敷に、ミレニア様の両親が居ないって言うのは、変ですよね? 普通に考えれば、両親もここに呼んで、一緒に暮らしたいと思うもんじゃないですか」
「ええ……」
「以前私も、気になってミレニア様に聞いたことがるんですよね。そうしたら、ミレニア様、なんて答えたと思います?」
「……両親とは……仲が悪いから……ですか?」
「近いですけど、ちょっと違います。ミレニア様、両親から憎まれてるんですって」
「憎まれて……親から……ですか?」
「ええ。私もびっくりして、結構しつこく聞いたんで少し話してくれたんですけど……そもそもミレニア様の本当のお母さんって、ミレニア様を産んだ時に亡くなっちゃってるんだそうです。
 子供を産む時に母親が死んじゃうっていうのは、時々聞く話ですけど、ミレニア様のお母さんの場合、とっても元気な人だったらしくて。身体が弱い人の場合は、生命と引き換えになるかもってある程度覚悟を決めて、それでもやっぱり産みたいって思って産むわけですけど、なまじ元気な人だっただけに周りの人たちにとっても完全に予想外だったらしいんですよね。
 で、ミレニア様のお父さんって言うのが、これまたとっても奥さんのこと愛してる人で、奥さんが死んじゃってかなりショックを受けたみたいなんですよね。ミレニア様から聞いた話ですけど、子供の頃は良く、父親から『お前なんて生まれてこなければ良かったのに』、とか、『お前が妻を殺したんだ』とかって、言われてたそうです。まぁ、それだけ奥さんのこと愛していたってことなのかもしれませんけど……子供のほうから見れば、たまったものじゃありませんよね」
「……そう、ですね……」
「しかも、男手一つで赤ちゃん育てるのって大変でしょう? 周りの人たちに半分強制されるような形で、後妻を貰ったそうなんですけど……この後妻の人って、実は他に好きな人が居たらしくて。何でよりにもよってそんな人を、って思いますけど、ミレニア様のお父さんって結構はぶりのいい商人らしくて、その辺でいろいろと大人の思惑が絡んでるらしいんですけどね。
 でも、そんな経緯で結婚した人たちが仲良くなれるわけもなくって、この人もミレニア様には辛く当たったそうです。まぁ、継母っていうのはそういうもの、っていっちゃえばそうなんですけど……ミレニア様から見れば、物心付いたときには既に居た人、ですからね。実の母親だと思ってた人から『お前なんて私の娘じゃない』って言われちゃうのはきついですよねぇ。『お前が生まれなければ、私は好きな人と一緒になれたのに。お前なんて生まれてこなければ良かったんだ』とか言われたことも、何度もあるそうです」
「それは……」
「しかも、何だかんだいってやることはやってたのか、この二人の間に子供が出来て。両親の愛情なんて、それまでも殆んど貰えてなかったのが完全に(そっち)にとられちゃって。ミレニア様はそれでも一生懸命両親に好かれようとしたし、妹とも仲良くしようと努力したんですけど……」
「駄目だった……と?」
「いっそ、完全に駄目だったら、かえって良かったのかもしれませんけど。妹とは、仲良くなれたそうなんです。けど、それが原因で……妹を殺す羽目になった、と。それで、完全に両親からは憎まれることになったんだって、ミレニア様は言ってました。自分は、あの人たちの愛する娘を殺したのだから、憎まれるのも無理はないって……」
 ふうっと溜息をついてプラムが紅茶を口に含む。無言のまま視線を伏せるソフィーヤへと、プラムは淡々とした口調で言葉を続けた。
「ミレニア様の場合、他の人から自分へ向けられている感情を読み取るのが凄い苦手で、よく勘違いしますからね。最初にミレニア様から自分は両親に憎まれているから、と聞かされた時は、いつもの勘違いじゃないかな、って思ったんですけど……妹を殺した、というのは事実らしいですし、ミレニア様を産んだときにお母さんが亡くなった、というのも事実らしいです。どっちも、ミレニア様には責任のないことなんですけどね、もちろん」
「母親の……死は……そうだとしても。……妹を……殺したと……いうのは……領主様の……責任では……?」
「それは、私も話を聞いただけですから、絶対かどうかは分かりませんけど、ミレニア様にはどうしようもないことだったんだと思います。多分、前の領主様が、妹さんのこと拷問して殺したいって思っちゃったんじゃないかな、と私は思ってるんですけどね。そうなると、立場的にミレニア様には反対できませんもん。
 って、まぁ、ソフィーヤだったら、その状況でも反対しそうだから、あなたがミレニア様が悪いっていう気持ちも分からなくはないですけど……普通は、自分の命は惜しいものですから」
 プラムの言葉に、ソフィーヤが手にしたカップに視線を落とす。
「私が……言いたいのは……そういうことではなくて……領主様が……自分の意思で……妹を……」
「それはないです、絶対!」
 ソフィーヤの言葉を遮り、プラムが声を張り上げる。びくっと一瞬身をすくめたソフィーヤに、すまなさそうな表情を浮かべてプラムが首を振った。
「大声出してごめんなさい。けど、ミレニア様が妹さんを殺すことを望んでいたって言うことはないです、絶対。それはありえません」
「何故……断言できるんです? 口では……何とでも……言えます。本当は……妹のことを……憎み……状況を利用した……その可能性だって……あると思いますが?」
「理由は、ミレニア様の性格です。あの人は、例え自分が不利になることであっても、嘘をついたりはしません。あの人が助けたいけど助けられなかった、と言ってるなら、それは本当にそうなんです。それに、誤解されてますけど、ミレニア様は拷問するのは嫌いな人ですもん。そんなミレニア様が、自分の意思で妹を拷問するなんてありえません」
 意地の悪いソフィーヤの質問に、きっぱりとプラムがそう断言する。微かに目を見張り、ソフィーヤが首をかしげた。
「拷問が、嫌い……まさか」
「本当ですよ。もしミレニア様が拷問を楽しんでるんだとしたら、自分が拷問して殺した相手に罪悪感なんて抱いたりしないし、ましてやそのことで毎晩のように悪夢を見たりしないでしょう?」
「あの人が……悪夢を見るとしたら……単に呪われて……居るだけだと……思いますけど。それに……あの人が……殺した相手に……罪悪感を抱くなど……信じられません」
「でも、事実です」
 きっぱりと言い切ったプラムのことを、ソフィーヤがじっと見つめる。ややあって、ためらうようにソフィーヤが口を開いた。
「もし仮に……そうだとしたら……何故あの人は……やりたくもない拷問を……するんです? 嫌ならば……やらなければいい……のに」
「嫌なことをやらないで、好きなことだけやって生きていけたらいいんですけどね。嫌なことでもやらなければいけない、ってこと、世の中には多いですよ?
 特に、ミレニア様の場合、自分の意志を通すより他の人の意思を優先する傾向がありますから。私なんか見てて、歯がゆくなるぐらい我侭言わないですからね。しかも、ミレニア様の傍に居る人って、私を除くとみんなミレニア様に拷問させたいって思ってる人たちですから。ミレニア様って、別に自分の意志がなくって他人に流されやすい性格ってわけじゃないですけど、自分の意志を殺して他の人の言うことに従うのに慣れちゃってるから困るんですよ。おまけに、真面目な上に頭が固いから、一度決まったことを動かそうとしないですしね」
「……」
 プラムの言葉に、一瞬何か言いたげにソフィーヤが唇を動かしかける。だが、プラムが更に言葉を続けようとしているのを見て取ったのか、結局何も言わずにじっと彼女はプラムの顔を見つめた。
「ミレニア様にとっては、拷問するのって自分の楽しみのためとか権利じゃなくって、義務で仕事、何ですよねぇ。一番いい例が、ほら、『生贄の娘』ですよ。あれって、一見ミレニア様が楽しむためのもの、みたく見えちゃいますけど、実際には嫌々やってることなんですよね。って言っても、ソフィーヤは信じてくれないでしょうけど」
「確かに……信じられません」
「でも、本当のことですよ? 私は、いつもミレニア様の着替えを手伝っているから分かるんですけど、いつもミレニア様、『生贄の娘』の拷問が終わった後は辛そうな表情してますもん。まぁ、あの人の場合、辛そうな表情してても外からは分かりにくいんですけどね」
 一瞬苦笑を浮かべると、すぐに真顔に戻ってプラムが言葉を続ける。
「それで、一回私、ミレニア様に言ってみたんです。そんなに辛いなら、もう止めたらどうかって。その時のミレニア様の答えは、『それでは、不公平でしょう?』だったんですけど」
「不公平……ですか?」
 訝しげに呟くソフィーヤに、プラムがひとつ頷く。
「変な答えですよね。それで私、考えてみたんですけど、そもそも『生贄の娘』ってどういう人たちだと思います?」
「それは……領主様が……拷問を楽しむために……集めた人たち……でしょう?」
「まぁ、そういう名目で集めてはいますけど。でも、ミレニア様が無理やり集めてるわけじゃないんですよ? そもそもこの布告を出したのはミレニア様じゃなくって前の領主様ですけど、ともかくあの人たちはあくまでも自発的に志願した人たちなんですから」
「それは……そうかもしれませんけど……でも……」
 プラムの言葉に、弱々しくソフィーヤが反論しかける。だが、みなまで言わせずにプラムが言葉を続けた。
「言い方は悪いですけど、あの人たちはお金に目が眩んで惨殺される運命を選んだ人たちです。もっと綺麗な言い方をすれば、自分の生命を犠牲にしてでもお金が必要だった、とも言えますけどね。
 例えば、ミレニア様が『もう生贄の娘は要らないから、無傷で家族の元に返します。その代わり、代価として払ったお金は返してもらいます』って言ったら、困っちゃう人って大勢出てくるとは思いませんか?」
「それは……そうでしょうけど……」
「かといって、『生贄の娘は無傷で返します。お金も返さないでいいです』とも言えませんよね。既に殺されちゃった『生贄の娘』の家族は、それじゃうちの娘は殺され損か、ってことになっちゃいますし、『生贄の娘』を出さなかった家の人たちも、それならうちの娘も出しておけばよかった、ってことになるわけですから。
 だから、ミレニア様としては、一度始めてしまった以上は最後までやらなくちゃいけない、ってことになるわけですよ。本人が好む好まざるに関わらず、ね」
 プラムの言葉に、ソフィーヤが視線を落とす。
「それは……確かに……そうかもしれません。けれど……それは……あくまでも……あなたの見方、です」
「……ソフィーヤは、やっぱり、ミレニア様は拷問が大好きな殺人鬼だと思うの?」
 ソフィーヤの弱々しい言葉に、プラムが悲しげな表情を浮かべてそう問いかける。視線を落としたまま、ソフィーヤが僅かに表情を歪めた。
「私は……あの人の傍に……いたわけでは……ないから……。正直……あなたの見方に……賛成できない……部分が多いです。それは……私の偏見……かもしれないし……逆に……あなたの身びいき……かもしれない。あなたは……自分で……領主様のことを……最初から好きだったと……言っていたのだから」
「まぁ、確かに、私は自分でもミレニア様には甘いなぁ、って思うこと多いですけどね。極端な話、あの人が幸せならそれでいいって部分、確かにありますし」
「だから……」
 と、ソフィーヤの言葉を遮るように、こんこんっと軽いノックの音が響いた。びくっとソフィーヤが身をすくめて口を閉ざし、一瞬険のある視線をプラムが扉の方に向ける。
「はい、どなた?」
「御歓談中、失礼いたします」
 プラムの言葉にすっと扉が開き、扉の外で執事のアルベルトが恭しく頭を下げる。不機嫌そうな表情を浮かべ、プラムが椅子から立ち上がった。
「何か、御用ですか?」
「侯爵様より、プラム様とソフィーヤ様に差し入れを届けるよう、申し付かっております。料理長に焼かせたケーキでございますが、如何でしょうか?」
 不機嫌そうなプラムの言葉に、あくまでも恭しい態度を崩さずアルベルトがそう言う。ますます不機嫌そうな表情になってプラムが溜息をついた。
「差し入れ、ですか。ミレニア様がここに来てくれたほうがよっぽど嬉しいんですけどね」
「残念ながら、あの方にその類の心配りを求めるのは、少々酷かと存じますが」
「まぁ、それはそうですね。もっとも、主が気づかないことを指摘して補佐するのも執事の務めだと思いますけど。まあ、無能な老人にそんな気配りを求めるのは、少々酷どころの話じゃないですしね」
 きつい口調でそう言い放つプラムのことを、驚いたようにソフィーヤが見上げる。表面上は何の動揺も見せず、にこやかな笑顔を浮かべたままでアルベルトは首を小さく横に振った。
「これは心外な仰りようですな、プラム様。無論、わたくしめは一息ついてきては如何かと、進言しましたとも。自らは仕事を続け、こちらには差し入れのみで済ませるとの決断は、侯爵様のされたものです。そうである以上、わたくしめから重ねて進言するのは返って失礼に当たるというもので御座いましょう?」
 アルベルトの言葉に、小さく、だがはっきりと他者からも分かる舌打ちをプラムが立てる。
「そうですか。では、ミレニア様によろしく伝えておいてください。御用がお済でしたら、どうぞお引取りを」
「はい、ではわたくしめはこれにて。どうぞ、ごゆっくりご歓談くださいませ」
 素っ気ないプラムの言葉に、にこやかな笑顔のまま恭しく一礼するとアルベルトがケーキを載せたキャスターを部屋の中に入れ、扉を閉じる。キャスターの上に乗ったケーキをテーブルの上に移すと再びプラムが舌打ちをした。
「あの……いいんですか……アルベルトさんに……あんなことを……言って」
「ああ、大丈夫です。元々、嫌いあってる仲ですから。今更ですもん」
 不安そうなソフィーヤの言葉にあっさりと答えると、彼女に向かって話しかけているともただの独り言ともつかない口調でプラムが言葉を続けた。
「何が、『プラム様』なんだか。敬ってもないくせに、慇懃無礼だったらないですよね。まぁ、私に対してだけならともかく、あの人の場合、ミレニア様のことも見下してるし。腹が立つったらないですよ、ほんと」
「慇懃無礼……ですか……?」
「あの人、自分以外の人間は全部道具だと思ってるタイプの人ですよ、絶対。そりゃ、立場的にはあの人のほうが私みたいなメイドより上ですけど、仮にも執事なら主であるミレニア様のことは敬うのが当然だと思いません? あの人、平民出だからってミレニア様のこと馬鹿にしてるから腹が立つんですよねぇ。私、あの人のこと嫌いです」
 ぷうっと頬を膨らませるプラムの子供っぽい仕草に、微かにソフィーヤが苦笑を浮かべる。だが、すぐにその苦笑を消すとソフィーヤはプラムへと問いかけた。
「あなたは……比較的……誰とでも……仲良くなれる……人だと……思ってました。けど、もしかして……実は……結構好き嫌い……激しいほうですか?」
「んん~~? そうですよ? 好きな人はとことん好きだし、嫌いな人はとことん嫌いになっちゃうタイプですね。 思ったことはすぐに口にしちゃうから、敵を作ることも多いです。まぁ、見た目のせいで得してますけど、私の場合は」
「そう、ですか……」
「あ、でも、ソフィーヤのことは好きですよ?」
 あっさりと口にしたプラムの言葉に、ソフィーヤが微かに目を見張る。ややためらうように、ソフィーヤが視線を伏せた。
「それは……私があなたの……いえ、領主様の……役に立つから……ですか?」
「ええ」
 ソフィーヤの言葉にプラムが即答する。くすっと口元に笑みを浮かべると、ソフィーヤが視線を上げた。
「面白い、……人、ですね。普通は……否定する……場面だと……思いますけど」
「だってソフィーヤ鋭いし、否定しても仕方ないでしょう? 私は駆け引き苦手だし、好意を持ってる人に駆け引きしたくもないし、手の内は全部さらして真っ向勝負するしかないじゃないですか」
「もしもあなたが……誤魔化そうとしたなら……あなたの頼みを……聞く気には……なれなかったでしょうね。
 では……私も……正直に……言いますけど……私は、やっぱり……領主様のことを……好きにはなれないし……許せません」
 まっすぐにプラムの瞳を見つめ、ソフィーヤが訥々とそう言う。ぎゅっと眉をしかめたプラムへと、更にソフィーヤが言葉を続ける。
「けれど……あなたが望むなら……あの人の傍に……居てもいい、とは……思います。あなたの言葉が……真実かどうかを……確かめるためにも」
「ソフィーヤ?」
「保証は……しません。正直……自分があの人のことを……好きになれるとは……思えませんから。だから……あなたが望むように……私と領主様が……友達になるというのは……難しいと……思います。領主様が……私の言葉に……耳を傾けるかどうかも……分かりませんから……抑止力としても……期待はできない……でしょう。
 こんな……答えでは……あなたは……満足できないでしょうが……私に出来る……精一杯の……答えです」
 ソフィーヤの言葉に、プラムが勢いよく首を振る。
「ううん、充分です。けど、無理はしないでくださいね。私も、出来るだけフォローはしますけど、どこまで庇いきれるかは分かりませんから」
「ええ……私も……進んで死にたいと……思っているわけでは……ありませんから」
 微笑んでカップに口をつけるソフィーヤのことを、プラムが嬉しそうに見つめる。カップから口を離したソフィーヤが、軽く首をかしげた。
「そういえば……領主様は……同性愛者だ、と……噂で聞きましたけど……?」
 ソフィーヤの言葉に、プラムが口にした紅茶を吹き出し、むせる。
「ごほっ、げほげほげほっ。な、な、な、何をいきなり!?」
「いえ……単に……思いついた……だけ、ですけど。違うん……ですか?」
「違いますよぉ! もうっ、そんな噂、流れてるんですか?」
「ええ……。あなたのことも……領主様の……寵愛を……受けている、と……」
「うっわぁ、信じらんない。根も葉もない噂ですからね、それ。誰だろ、そんな馬鹿げた噂流したの」
 憤慨するプラムのことを、ソフィーヤが静かに見つめる。
「噂の……元は……分かりません。けれど……領主様に関しては……他にも……噂はあります。あなたが……知っているかどうかは……分かりませんが」
「どんな噂です? わざわざ言うってことは、拷問好きとか殺人鬼とか、ってのじゃないですよね?」
「……さっきの噂とは……正反対の……噂です」
「さっきの、っていうと、同性愛者とかっていうあれですよね。それの反対、というと……男好き?」
「……はい。色情狂……だと……」
 ソフィーヤの言葉に、一瞬絶句してプラムが天井を仰ぐ。
「ミレニア様のどこをどう見たらそういう発想が出てくるのかな~?」
「けれど……あの人は……複数の男に……一日おきに……夜伽を……させていますから」
「ええ? だってあれって、単純に子供作るの目的でしょう? ミレニア様、別にあれ、楽しいからってやってるわけじゃないですよ? 少なくとも、私が見てる限りじゃ、少しも気持ちよさそうじゃないですし」
 あっけらかんとしたプラムの言葉に、ソフィーヤが微かに目を見開く。
「見ている……? あの……それは?」
「あ。えっと、誤解しないでくださいね。警護のために隣の部屋との間に扉と覗き穴つけてるってだけですから。別に私に覗く趣味があるとか、逆にミレニア様が見られながらするのが好きだとかっていうんじゃないです。本当に、警護のために必要な処置ってことで……」
「顔、赤いですよ……?」
「ううぅ~、ソフィーヤってば意地悪ぅ」
 パタパタと手を振りながら懸命に主張するプラムへと、ぼそりとソフィーヤが告げ、拗ねたようにプラムが口を尖らせる。くすっと笑うとソフィーヤが軽く肩をすくめた。
「すいません……」
「あ~、びっくりした。けど、そんな噂があるだなんて知らなかったなぁ。ありがとうね、ソフィーヤ、教えてくれて」
「いえ……。……そういえば、領主様の側近、といえば……あなたと……クリシーヌさん……ですが……彼女は……どういう……人なんです?」
 ソフィーヤの問いかけに、プラムが眉をしかめる。
「ん~、あんまり好きじゃないです、正直。アルベルトさんよりはましですけど。あの人って、まぁ、実に分かりやすい人ですよね。拷問するのが好きで、権力も好きで、だからミレニア様に取り入ろうとしてるっていう。ミレニア様のこと利用してるっていう点では好きになれませんけど、ミレニア様のほうでもそれは分かってて、役に立つから傍に置いてるって感じだからまぁいいかな、と思ってます。好きにはなれませんけど」
「そう、なんですか……?」
「ミレニア様って、他人の思惑とか感情読み取るの凄い苦手ですけど、その原因って本人の思い込みですからねぇ。自分は相手から嫌われているはずだ、っていう前提で考えるからすぐに勘違いしちゃうんですよ。まぁ、だから、逆にいうと自分のことを好きじゃない人の考えてることは、比較的良く分かる、っていう部分はあります。特に、クリシーヌさんの場合は分かり易いですしね」
 苦笑を浮かべつつ肩をすくめるプラムに、ソフィーヤが怪訝そうな視線を向けた。
「そのことを……領主様には……?」
「言いましたよ。けど、ミレニア様の場合、自分が嫌われる、あるいは憎まれるのは当然だ、っていう認識の仕方してますから。私は何度もミレニア様のこと好きですよ、って言ってるんですけど、どうも信じてくれてないみたいだし。まぁ、信じたくない、って感じなんで気長にいこうと思ってるんですけどね」
「気長に……ですか」
「どうも、ミレニア様の場合トラウマがあるらしくて。時には荒療治が必要になることもありますけど、たいていは時間をかけてくしかないものですから。そのトラウマの原因が、妹さんの件なのか、それとも他の件なのかは、私にも分かりませんけど」
 少し、寂しそうな笑顔になってプラムがそう呟く。口ごもったソフィーヤに向けて笑顔を見せると、プラムは軽く肩をすくめた。
「あ、そうだ。ミレニア様に関して、一つだけ、注意しておきますね。ミレニア様の寝室のクローゼット、一番下の段に入ってる包みだけは、手を触れちゃ駄目です。理由は分かりませんけど、以前手を触れたとき凄い怒られましたから」
「包み、ですか……?」
「中身は、よく分かんないです。ちらっと見えたのは、血で汚れたメイド服だったんですけど……何でそんなもの、大事にしまってあるか私にも分かりません。理由を聞いても、珍しくミレニア様態度硬くて教えてくれないですし。ともかく、大事なものらしいから触らないほうがいいですよ」
「そう……ですね。分かりました……覚えて、おきます」
「ええ、そうしてください。……あ、もう、お湯冷めちゃいましたね。新しいの貰ってきますから、ちょっと待っててくださいね」
 そういって席を立ち、パタパタと駆けていくプラムのことを見送りながら、ソフィーヤが小さく溜息をついた。
「彼女を……悲しませたくは……ないですね。もっとも……あの人の……傍に居て……いつまで生命が……あるかは疑問……ですけど……」
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