十二月二十八日 曇り

 今日は、領主様とゲームをすることになってしまいました。もちろん、私は領主様の正妻という立場にありますから、これまでにもカードやボードゲームのお相手を務めたことは何度もあります。
 また、領主様の場合、拷問の場にゲームを持ち込むことも時折あります。例えば、身体に焼けた鉄の棒を刺していって何本目で犠牲者が死ぬかを賭ける、とか、乳房吊り器を用いた状態で足に錘を吊るしていき、何個目の錘で乳房が千切れるかを賭ける、などといったものです。私としては、普通に拷問をするだけでも憂鬱なのに、そこに賭けを持ち込むというのはどうしても好きにはなれないので、正直そういうのは気が重くなるのですけれど……まぁ、だからといってそんな賭けには付き合いたくありません、といえるものでもありませんし。
 今日やったゲームは、ダーツの変形です。普通のダーツは、木の的を狙って小さな矢を投げ、当たった場所の点数の合計を競うものですが、今日行われたダーツでは的となるのが人間でした。ただ、普段と違っているのは、領主様が自分からこのゲームを考案し、犠牲者を選んだのではなく、苦痛を受ける側の人間が自分からこのゲームを提案した、ということです。領主様が退屈されていて、何か目新しいゲームはないか、とそう尋ねられたのに対して、たまたまその場に居合わせた私付きのメイドの女の子が考えたゲームなのですが……自ら望んだこととはいえ、身体にダーツの矢が突き刺さるのはやはり辛いらしくて。悲鳴を上げてもがく彼女の姿を見るのは、無実の人間を拷問しているようで気が重かったです。もちろん、領主様を楽しませるためのゲームなのですから、私にとって楽しいかどうかは問題ではないのですが。
 それは、確かに彼女もメイドの一人である以上、領主様を楽しませることは仕事の一つです。また、自分の苦痛を省みず、領主様に献身するというのは、誉められこそすれ決して非難の対象となる行為ではありません。少なくとも私には、真似の出来ないことです。そういう意味では、彼女のことを凄いと思いますし、尊敬もしますけれど……このゲームをどうやら領主様は気に入ってしまったようなので、無関係な他の人たちが的役を強制させられないか、心配です。いくらこのお屋敷では拷問が日常と隣りあわせだとは言っても、日常の中にまで拷問まがいのゲームが入り込んでくるというのは、やっぱり多くの人にとっては不幸なことでしょうから。そうなると決まったものではありませんけど、もしそうなったらその原因を作った彼女のことを少し恨んでしまうかもしれません。もちろん、一番の原因は、領主様が何か目新しいゲームはないか、とそう尋ねてきたときにすぐに答えられなかった私にあるわけですから、彼女を恨むのは筋違いというものですけれど。
 出来れば、領主様が嫌がる人間を強制的に的に仕立て、このゲームをやろうと言い出さないでくれればいいな、とそう思います。もしそうなってしまったら、私にはそれをとめることは出来ないのですから……。

 ミレニアに与えられた質素な私室。メイド時代から一貫して使い続けている部屋だ。もちろん、領主はミレニアのためにもっと豪華な部屋を用意させようとしたのだが、その必要はないとミレニアの側で断ったのである。雇われ拷問人であるクリスと同室、というのも変わっていない。もっとも、彼女は今朝早くから拷問道具の手入れのためと称して地下に籠もっており、今は部屋にはいない。
「ふぅ……」
 小さく溜息を漏らし、ベットに腰掛けたミレニアが足元で丸くなって眠るミミの髪を撫でる。特に何の意図もなく、あえて言うなら退屈だからと漏らした溜息だが、その溜息にびくっと部屋の隅に控えていたメイドの少女が身体を震わせた。
 彼女は、正妻となったミレニアの身の回りの世話をするために領主から与えられたメイドの一人だ。側室となった者は皆当然のように自分に割り当てられたメイドを顎で使うものだが、ミレニアはそういったことはしない。こき使われることがないのだから幸せな身分ではないか、と思う者も居るだろう。だが、他人に顎で使われるのが嬉しいわけはもちろんないが、ミレニアのように一人ぼんやりされているのも仕える側としては困るものだ。
 ましてやミレニアは領主の寵愛を一身に受ける正妻であり、彼女の意向一つで容易くメイドの生命など左右できる立場にある。迂闊に機嫌を損ねていい相手では決してないのだから、気を抜くことなど出来るはずがない。しかも、気を利かせたつもりで、例えば飲み物をお持ちしましょうか、とか、退屈でしたら何かゲームでもなさったらどうですか、などと進言しても、返って来る返事は大抵の場合そっけない拒絶なのだ。自分から何か働きかけることも出来ず、一方相手から何か言われれば即応できるよう常に身構え続けなければならないというのは、心身に予想以上の消耗を強いられる。
 また、そんな立場的な理屈を抜きにしても、この無表情な少女と同じ部屋に居続ける、という行為そのものがかなりの精神的負担になるというのも事実だった。形容しがたい存在感--あるいは威圧感--が少女にはあり、無視することも直視することも難しいのだ。人によっては、人間以外の存在、例えば神や悪魔と呼ばれる存在と共に居るような錯覚に囚われることすらあるという。
「あ、あの、何か御用事でしょうか……?」
 ミレニアの溜息に、何か自分が彼女の機嫌を損ねるようなことをしてしまったのでは、と、震えながら必死にメイドの少女が問いかける。ミミの方へと向けていた視線をすっと上げ、ミレニアが少女の顔を正面から見つめた。感情の籠もらないまなざしを受け、危うく上げかけた悲鳴を少女が懸命に飲み込む。
「いえ、別に」
「そ、そうですか」
 そっけないミレニアの返答に、少女が視線をそらす。その少女の態度から何を感じたのか、ミレニアがぐるりと部屋の中を見回した。びくびくと怯えた素振りを見せる少女が声を殺して見守る中、部屋の中を一周したミレニアの視線が自らの靴へと落ち、止まった。
「靴が、汚れていますね」
 ぼそり、と、ミレニアがそう呟く。ゆっくりと視線を上げ、ミレニアは震える少女へと静かに命じた。
「綺麗にしてください」
「は、はいっ、ただいまっ」
 ミレニアの言葉に、声を上ずらせ少女が応じる。軽く右足を上げたミレニアの足元にひざまづくと、少女はためらいなく舌をミレニアの靴へと這わせた。まだ一ヶ月もたっていないが、ミレニアが自らの元を訪れて宝石の付いた装身具を献上した側室に、更なる忠誠の証として靴を舐めさせた、という逸話は、側室やメイド達の間に瞬く間に伝わっている。その逸話を耳にして、傲慢だと思った者も居るだろう。だが、ミレニアに向かって面と向かって非難できるものなど居ない。例え内心でそう思っていたとしても、いざミレニアの前に出て、その瞳に見つめられると逆らう気力が失せてしまうのだ。靴を舐めることで彼女の怒りを買わずに済むのであれば、いくらでも舐めようという気にさせられてしまうのである。ミレニアの元を訪れて贈り物をすることもせず、ミレニアの側からの訪問を受けても毅然として靴舐めを拒否した側室の一人が、翌日から一週間に渡って凄惨な拷問を受け、責め殺されたとあれば尚更だ。
「んむ、ぴちゃ、ぴちゃ、んむぅ」
 そんなわけで、メイドの少女が丹念にミレニアの靴を舐めるのはむしろ当然のことといえる。僅かに汚れの付着した靴の表面はもちろん、靴裏にまで舌を這わせるメイドの少女のことを、無表情にミレニアが見下ろす。
「最近、私の靴を舐める人が多いですけど……」
 ぼそり、と、感情の籠もらない口調でミレニアがそう呟く。びくっと身体を震わせ、顔を上げた少女へと淡々とミレニアが問いかけた。
「そんなことをして、何か意味でもあるんですか?」
「ひっ!? あ、あの、私は奥様に喜んでいただこうと……」
「こんなことで?」
 必死の訴えに、感情の籠もらない返答で応じられて少女がさっと血の気を引かせる。今更、この程度のことで私が喜ぶとでも? そう言われたような気がして震える少女が、何とか凍りついた舌を動かして弁明しようとしたその瞬間、こんこんっと軽いノックの音が響いた。すっと視線を扉のほうに移し、ミレニアが問いかける。
「どなたです?」
「おお、私だ、ミレニア。入ってもよいか?」
「……どうぞ」
 すっとベットから立ち上がり、扉の方に向き直りながらミレニアが扉の外へとそう応じる。自分も立ち上がり、一歩下がりながらメイドの少女は血の気の失せた顔を扉のほうに向けた。がちゃりと音を立てて扉が開き、領主が部屋の中へと入ってくる。
「何か、御用でしょうか?」
「いや、退屈をもてあましてしまってな。ミレニアがよければ何かゲームの相手でもしてもらおうと思ったのだが、どうかな?」
「ゲーム、ですか。分かりました、何のゲームを?」
 ミレニアの言葉に、苦笑を浮かべて領主が肩をすくめる。
「それが問題でな。大抵のカードやボードゲームはやり尽くしてしまった感があるしな。何かこう、目新しいゲームがあれば、と思うのだが、何かいいアイデアはないか?」
「目新しいゲーム、ですか……」
 領主の言葉に、ミレニアが顎に指を当てて考え込む。しばらくそうやって居たミレニアが、ふと視線を壁際まで下がって震えているメイドの少女のほうへと向けた。ひっと小さく声を上げ、よろめいて壁に背をぶつける少女へと、淡々とした口調で問いかける。
「あなたには、何かいいアイデアがありますか?」
「あ、あの、その……」
 当然の問いかけに即座にいいアイデアが出せるわけもなく、少女が口ごもる。軽く溜息をつき、無表情にミレニアが首を振った。
「ありませんか。では、仕方がないですね」
「お、お待ちくださいっ」
 ミレニアの言葉に、少女が悲鳴じみた声を上げる。このまま何もアイデアを出せなければ、領主とミレニアの『暇潰し』のために自分は拷問され、殺されてしまう。そんな恐怖に駆られ、ろくに考えもまとめないままともかく何か言わなければ、とばかりに少女が口を開く。
「ダーツなどは、如何でしょうか?」
「ダーツ? まぁ、確かにしばらくやっては居ないが、さして目新しいものではないし、それほど楽しいものでもないだろう」
 つまらなさそうに領主がそう言う。もちろん、少女のほうも特に考えがあってダーツと口にしたわけではない。単に、視界の隅に壁にかけられたダーツの的が映ったから、ついそう口にしてしまっただけのことだ。だが、だからといってここで領主の気を引くことが出来なければ自分に待つのは拷問の果ての死のみ、と、そう思っている少女は何とか領主の気を引こうと懸命に頭をめぐらせる。
「い、いえ、ただのダーツではないのです。その……的を、普通でないものに、そう、的を人間にしたダーツというのは如何でしょうか。これならば、木の的を用いるより、楽しめると思うのですが」
「ほう?」
 少女の発言に、領主が興味を惹かれたような表情を浮かべる。その反応にほっと一息つきかけた少女の耳に、淡々としたミレニアの言葉が飛び込んでくる。
「人間を的に、ですか。それで、誰がその的になるのです?」
 じっと自分を見つめているミレニアの瞳。半ば金縛りにあったような状態で、凍りつきそうな舌を少女が懸命に動かそうとする。だが、彼女が口を開くより早く、淡々とミレニアが言葉を続けた。
「買い集めた奴隷、あるいは側室の誰かですか?」
「も、もちろん、その的は私がやります」
 内心ではとんでもないことを言っていると自覚しながら、少女が半ば叫ぶようにそう言う。ダーツと口にしたのも、その的に人間を用いたらどうかと言ったのも、深く考えてのことではない。ただ勢いに任せての言葉だ。もちろん、自分がその的になる、などというつもりなどさらさらなかった。だが、ミレニアが自分の事をじっと見つめている。そして、その瞳が言っている。当然、その的になるのはお前だ、と。
「私は、奥様と領主様にお仕えするメイドです。お二人に喜んでいただくのは、私の務め。そして、私の喜びでもございますから」
 もうこうなった以上、少しでも二人の心証を良くするしかないとばかりに、少女はそう言い放った。くくくっと低く笑い、領主がミレニアのほうへと視線を向ける。
「なかなか、殊勝な心がけではないか。この者を的にしたダーツ遊びというのも面白そうだと思うが、ミレニアはどう思う?」
「……異存はありません」
「そうか、では、早速準備をさせるとしよう」
 満面に笑みを浮かべ、そう言う領主へとミレニアは無言で頭を下げた。

 薄暗い地下の拷問部屋。初めて足を踏み入れたその場所の陰鬱な雰囲気に、メイドの少女ががちがちと歯を鳴らす。既に服を脱ぎ全裸になるように命じられ、寒さに震えているというのもあるだろうが、壁や床にべっとりと染み付いた血の痕、壁からぶら下げられた拘束用の鎖や鞭、壁際に置かれた審問椅子など、普通の神経をした人間であればどれも恐怖と嫌悪を呼び起こすものばかりなのだから、彼女が怯え震えるのも無理もない。
「さて、では始めるとするか。手を広げろ」
「は、はい……」
 領主の言葉に声を震わせ、少女が両腕を広げる。架空の十字架に磔にされたような体勢になった少女へと、無造作に領主がダーツの矢を投じた。
「ひいいいいいぃっ!」
 ぐさり、と、矢が少女の乳房へと突き刺さる。激痛に目を見開き、顔をのけぞらせる少女。くくくっと低く笑い、場所を譲る領主と入れ替わりミレニアがダーツの矢を構える。
「あまり、得意ではないのですが」
 ぼそりとそう呟いてミレニアが矢を投じる。最初から狙ったのか、それとも狙った場所とは違う場所に飛んだのか、ダーツの矢が少女の太腿に突き刺さった。乳房に刺さった時よりは小さいものの、それでも皮膚と肉とを破って矢が食い込む痛みに少女が悲鳴を上げる。
「あぐぅっ! う、うぅ……」
「くくく……生きた的というのも、面白いな」
 苦痛に身をよじる少女の姿を見つつ、領主が笑う。無言のまま場所を譲るミレニアと入れ替わり、彼は手にした矢を投げた。やはり狙いは乳房だったが、今度は狙いが逸れたのか、投げられたダーツの矢は少女の肩の辺りに突き刺さる。
「うあぁっ。ひ、ひいぃぃ……」
 ダーツの矢は小さなものだが、それでも普通の針よりは太く痛みも結構ある。それに、重心が後ろのほうにあるから、根元近くまで突き刺さった矢が時間と共に垂れていき、傷口を抉られるような形になる。血の筋を身体に引かせ、少女が苦痛の呻きを漏らした。
「う、ううぅ……い、痛い。くううぅ……きゃあああああああぁぁっ!」
 呻く少女へとミレニアが無表情に矢を投じ、それが乳房に突き刺さる。悲鳴を上げて顔をのけぞらせる少女のことを、相変わらず表情一つ変えずに見つめるとミレニアはぼそりと呟いた。
「辛い、ですか?」
「は、はい、辛いです」
 ぽろぽろと涙を流しながら、少女が頷く。もしかしたら、と、そう期待したのだろうが、ミレニアはただ静かに少女のことを見つめながらゆっくりと首を振る。
「そうですか。けれど、自分で言い出したことです」
「う、ううぅ……」
 すすり泣く少女の姿に楽しげな笑みを浮かべながら、領主がダーツの矢を手の中で弄びながら前に出る。場所を譲ってすっと下がるミレニアへと、領主は笑いながら呼びかけた。
「なかなか、いい声で鳴くな、この娘は。ミレニアも楽しいだろう?」
「……いえ、私は、あまり」
 ゆっくりと首を振りながら否定するミレニアの言葉に、矢を投げようと腕を上げた領主が僅かに驚いたように動きを止めた。
「ふむ、ミレニアは、楽しんではおらんのか? 私としては、この娘が泣き叫び悶える姿は面白い見世物だと思うが……」
「領主様が楽しまれているのであれば、問題はございません。私は、少し彼女の泣き叫ぶ姿が気に入りませんが」
「おやおや、この程度の泣き叫び方ではお前には物足りないか。では、もっと派手に泣き叫ぶよう、努力するとしよう。いや、むしろ、もっと手っ取り早く鞭なり焼き鏝なりを使うほうが良いかな?」
 苦笑を浮かべながらそう言う領主。その言葉に、はっと目を見開いて少女が悲鳴を上げた。
「お、お許しをっ! 拷問だけは、拷問だけはどうかお許しをっ!」
「別に、物足りないというわけではありません。むしろ、逆です。ただ、領主様が楽しんでおられるなら、私が口を出すようなことではございません」
 その場に土下座して必死に許しを請う少女へと無表情な一瞥を向け、淡々とした口調でミレニアがそう言う。ふむ? と軽く首をかしげ、領主が考え込むような表情を浮かべた。
「なるほど……確かに言われてみれば、少々泣き喚き方が大袈裟でわざとらしい感じはするな。演技してあげる悲鳴は興を削ぐ、というのももっともな話だ。おい、お前!」
 一人で勝手に納得して頷くと、領主がメイドの少女へと向かって呼びかける。ひっと息を呑む少女へと、領主は真面目な表情で命じた。
「これから、悲鳴を上げてはならん。悲鳴を上げれば、そのたびに鞭打ちを加える。分かったな?」
「そ、そんな……領主様、それに奥様! 私は決してわざと悲鳴を上げているわけでは……!」
 愕然とした表情になって少女がそう訴える。事実、彼女は別に、領主やミレニアを楽しませようと大袈裟に悲鳴を上げていたわけではない。痛みの感じ方には個人差があり、同じ傷を受けてもその痛みの大きさは様々だ。たまたま、少女が痛みを感じやすい体質だった、というだけの話である。だが、もちろん、そんな訴えに耳を貸す領主ではない。
「言い訳はいらん。さあ、さっさと立って的になれ。我々を楽しませるのは、お前の勤めで喜びなのだろう?」
「そ、それは、確かにその通りなのですが……」
「では、愚図愚図するな。鞭打ちを受けたくなければ、悲鳴を上げなければいいだけの話だ。こんな小さなダーツの矢が刺さったところで、大袈裟に悲鳴を上げるほどの痛みではあるまい? まぁ、自ら進んで鞭打ちを受け、我々を楽しませたいというなら好きなだけ悲鳴を上げるがいい。
 それとも、ダーツはやめにして、問答無用で鞭打ちを受けるか? どちらでもかまわんのだぞ?」
 嬲るような笑みを浮かべて領主がそう言い、あぁ、と絶望の吐息を漏らして少女がよろよろと立ち上がる。ぎゅっと唇を噛み締めて両腕を広げる少女へと、領主がダーツの矢を投げる。狙いが逸れて腹へと矢が刺さった。
「う、ぐうぅっ」
 びくっと身体を震わせ、押し殺した呻きを漏らす少女。くくっと低く笑い、領主がミレニアのほうに視線を向けた。
「さて、今の判定はどうする? 悲鳴を上げたか上げなかったか?」
「上げなかった、で、よろしいかと」
 淡々とした口調でそう応じるミレニア。領主と場所を入れ替わると、ぎゅっと唇を噛み締め、大きく目を見開いて自分の事を凝視している少女へと無造作に矢を投じる。
「んぐうううぅぅっ!」
 ぐさりと矢が乳房に突き刺さり、唇を噛み締めたまま少女が顔をのけぞらせる。あふれそうになる悲鳴を抑えようと、血が滲むほど強く唇を噛み締め悶える少女の姿を、ミレニアが無表情に見やる。
「そういえば、悲鳴を上げたら鞭打ち、とのことですが」
「うん?」
「何回ほど、鞭打つおつもりです?」
 視線を少女のほうに向けたまま、淡々と問いかけるミレニアに領主が軽く肩をすくめた。
「そうだな……特には決めてなかったが、五十ぐらいでどうだ?」
 領主の言葉に、ただでさえ大きく見開いていた目を更に見開き、少女が身体を震わせる。鞭打ち五十回、といえばそれは戯れや折檻の域を超え、もう完全に刑罰として行われるレベルである。使う鞭の種類や打つ場所にもよるだろうが、下手をすれば生命に関わりかねない。
「そ、そんな……!? お許しをっ、どうかお許しをぉっ!!」
「鞭が嫌なら、悲鳴を上げなければ済む事です」
 哀願の悲鳴を上げる少女へと、冷たくそう言い放ちミレニアが場所を領主に譲る。領主が笑いながら矢を構えるのを見て取り、慌てて少女が唇を噛み締めた。無造作に投じられた矢が、少女の腹に突き刺さる。
「あぐううぅぅっ」
「ふむ、少し狙いが狂ったか。まぁ、まだ矢はある。そう慌てることもあるまい」
 押し殺した呻きを漏らす少女の姿を見やりつつ領主が笑う。その言葉に無言で応じ、ミレニアが領主と場所を入れ替わって矢を構えた。無表情に痛みと恐怖に震える少女のことを見つめると、矢を投じる。再び腹の辺りに矢が突き刺さり、少女が身体を震わせた。
「んぐううぅぅ」
「さて、どこまで頑張れるかな? 私としては、最後の矢で悲鳴を上げる、という展開が一番だが……」
「お、お許しを……鞭は、鞭はお許しを」
「鞭が嫌なら、頑張って悲鳴を上げずにいることだ。そら」
 領主の言葉に哀願の声を上げる少女。だがその哀願をにべもなく切り捨て、領主が矢を投じる。更に哀願しようと口を開きかけていた少女が慌てて口を閉じた。今度は狙い通り乳房に矢が突き刺さり、少女が大きく顔をのけぞらせてくぐもった悲鳴を上げる。
「ふぐうううううううぅぅっ! う、うぅ、痛い、痛いぃ……許して、くださいぃ。もう、許して……」
 うわごとのように慈悲を請う少女。身体に突き刺さった矢がずきずきとした痛みを放つ。すすり泣く少女のことを、しかし無表情に見やるとミレニアが無造作に矢を構えた。慌てて唇を噛み締め、苦痛に備える少女。彼女が体勢を整えたのを確認し、ミレニアが矢を投じる。
「ん、ぐううううううっ!」
 ぐさりと乳房に突き刺さった矢の痛みに、少女がくぐもった声を上げて身悶える。別に身体を拘束されているわけではないから、矢から身をかわす事自体は可能だ。だが、無論、そんなことをすれば二人の機嫌を損ね、たちまち捕らえられて責め殺されることになる。こうなると逆に、身体を拘束されておらずかわそうと思えばかわせる状況、というのは辛い。反射的に逃げようとする身体を自分の意志で押しとどめ、苦痛をもたらす矢をあえてその身で受けなければならないのだから。
「さて、これで半分か。残り半分、どこまで耐えられるかな?」
 傍らに置いた小さな机の上に目をやって領主が笑う。手に取ったダーツの矢を弄ぶ領主の姿に、少女が絶望の色を濃くした。
「お願いです、もう耐えられません。どうか、お許しを……」
「今更泣き言を言うな。自分で言い出したことだろうが」
「う、うぅぅ」
「もう、耐えられないというのなら」
 淡々とした口調でミレニアが口を開く。一瞬希望の光を瞳に浮かべた少女が、続いて発せられたミレニアの言葉に一転して絶望の表情を浮かべた。
「次の矢で悲鳴を上げることです。そうすれば、すぐに終わりますから」
「そ、そんな……」
「最後まで耐え切ることが出来ないなら、結果は同じです」
 絶望の表情を浮かべる少女へと、淡々と無表情にミレニアがそう告げる。がちがちと歯を鳴らしながら、それでも懸命に少女が哀願の声を上げる。
「お、お許しください、奥様。これ以上の痛みには耐えられません。もう、痛い思いはしたくないんです。どうか、どうかご慈悲を……」
「そう、ですか」
 少女の哀願に無表情に応じると、軽くミレニアが首をかしげた。
「どうしても、痛い目に遭うのが嫌だというのなら、いっそ一思いに死にますか?」
「ひいっ!?」
 大真面目なミレニアの言葉に、少女が悲鳴を上げてその場にへたり込む。恐怖のあまり失禁した少女へと領主が楽しげな笑い声をかけた。
「はっはっは、ミレニアは本気だぞ? うん、どうする? こんな目に遭うぐらいなら、死んだほうがましかな?」
「お、お許しをっ。どうか、生命ばかりは……!」
「別に、無理に殺すつもりも、ありませんが」
 土下座して必死に哀願する少女へと、淡々とした口調でミレニアがそう応じる。恐る恐る顔を上げた少女のことを、ミレニアは無表情に見つめ問いかけた。
「それで、どうするんです? このまま続けますか? それとも?」
「つ、続けますっ。どうか、どうかこのままダーツをお楽しみくださいっ。私は、お二人のために喜んで的を勤めさせていただきますっ」
 慌ててそう言い、少女が立ち上がって両腕を広げる。もし少しでも嫌がる素振りを見せれば殺される、とばかりに、少女は言葉を続けた。
「私が嫌がる素振りを見せたほうがお二人には楽しんでいただけるかと思い、下らぬ演技をしました。どうか、ご存分に私の身体に矢を突き刺し、お楽しみください。お二人が満足されるまで、十本でも二十本でも、遠慮なく矢をお投げくださいませっ」
「そう、ですか」
 少女の必死の叫びにも眉一つ動かすことなく、淡々とそう呟いてミレニアが視線を領主のほうに向ける。楽しげな笑いを口元に浮かべ、領主が矢を手にして進み出た。
「では、お前の望みどおり、楽しませてもらおう。つまらん演技は興を削ぐからな、くれぐれも気をつけることだ」
「は、はい。……んぐうううううぅっ!」
 投じられた矢が少女の胸に突き刺さる。びくんっと身体を跳ねさせ、少女がくぐもった悲鳴を上げた……。

「う、うあ、うああ……」
 掠れた声を漏らし、少女が足をふらつかせる。それぞれ十本の矢を投じ終えた領主は、そのままゲームの続行を命じ、今は二周目も終わりに近づいている。一セットで二十本。それが二回で、四十近いダーツの矢が少女の身体へと投じられていた。もちろんその中には身体を外した矢もあり、またいったんは突き刺さったものの抜け落ちて足元に転がった矢もあるが、それでも三十本ほどの矢が少女の身体に林立していた。その大半は、無論少女の両乳房に集中しており、びっしりと並んでいる。
「なかなか頑張るな。さて、ミレニア。そろそろこやつに悲鳴を上げさせ、鞭打ちに移りたいものだが」
「そう、ですか。しかし、私はあまり得意ではありませんから」
 領主の笑いを含んだ言葉に、ミレニアが無表情にそう応じる。そして、そのまま無造作に矢を投じた。彼女が最初どこを狙っていたのかは分からない。だが、投じられた矢は少女の下腹部の茂みへと吸い込まれ、少女が悲鳴を上げて顔をのけぞらせた。狙って当たるものではないから偶然なのだろうが、ダーツの矢が少女の肉芽を直撃したらしい。
「ひいいいいいいぃっ!? ひいっ、ひいいいいいいいいぃっ!」
 甲高い悲鳴を上げ、少女が両手を股間に伸ばして突き刺さった矢を抜き取る。なおも治まらない激痛に床の上を転げ回る少女へと、領主が笑い声を上げた。
「あっはっはっはっは、ずいぶんと粘ったが、やっと悲鳴を上げおったか。では、約束どおり、鞭打ち五十だ」
「う、うあっ、うああああぁぁっ!?」
 痛みと恐怖に舌がもつれるのか、少女が言葉にならない悲鳴を上げる。そんな少女の反応に、ますます楽しげな笑みを領主が浮かべる。
「それとも、まさか今更鞭は嫌だ、などと抜かすのではなかろうな?」
「い、いえっ、いいえっ、いいえっ! 鞭はかまいませんっ。ただ、どうか生命ばかりは……!」
 ぼろぼろと涙を流しながら少女がそう叫ぶ。もちろん鞭も受けたくはないが、既にそんなことを言える状況ではない。ここで下手に逆らって殺されるよりは素直に鞭を受けたほうがまだましだ。
 泣き叫ぶ少女には目もくれず、ミレニアが壁にかけられていた皮鞭を手にとる。彼女が軽く鞭を振り、空気を切る音と床を叩く音を立てると、少女が悲鳴を上げてミレニアのほうへと視線を向けた。
「まだ、不慣れですから、手加減は出来ません」
「ひいっ!?」
 淡々としたミレニアの言葉に、少女が息を呑む。
「お許しを、どうか、どうか生命ばかりは……!」
「殺すつもりはありませんが、手加減が出来ないのも事実ですから」
 がばっと土下座して必死に訴えかける少女へと、表情一つ変えずにミレニアがそう言う。再びミレニアが鞭を振るい、床を打った。顔のすぐ傍で響いた乾いた音に、少女が悲鳴を上げ、弾かれたように身体を起こした。だが、腰が抜けているのかそのままぺたりとへたり込む。
「ひ、ひぃ、あ、ぁあぁ……」
「立ってください。そして、祈りなさい。生き残れるように、と」
 意味をなさない声を上げ、失禁する少女へと淡々とミレニアがそう告げる。だが、その言葉に少女は答えなかった。恐怖が耐えられる限界を超えたのか、ぐるんと白目を剥いてその場に倒れこんでしまう。
「おやおや、恐怖のあまり失神したか。ミレニア、少し脅かしすぎたようだな。まぁ、なかなか楽しめたことだし、もう終わりにするとしよう」
「……はい、領主様」
 苦笑を浮かべてそう言う領主へと、ミレニアは無表情に頭を下げた……。
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