六月十日 晴れ

 生贄の娘として集められた人たちは、基本的に既に死ぬことが確定している人たちです。私が強制的に集めているわけではありませんから、自発的に死ぬと分かっていて志願してきた人たちではありますけど、だからといって死ぬことが怖くないというわけではありません。人間なら誰でも死ぬのは怖いものですし、いくら頭で覚悟を決めていても実際に拷問されれば泣いて許しを乞うのが普通の反応でしょう。実際、今まで拷問してきた生贄の娘の人たちは、みんなそうして来ました。もうお金は返すから、許してくれ、助けてくれと、泣きながら哀願してきたものです。
 ですから、今拷問しているミネルバさんのように、私のことを罵倒せず、むしろ感謝の言葉を口にするというのは、非常に珍しいと言えるでしょう。私が、生贄の娘を受け取る代価として出したお金のおかげで、他の家族が死なずに済む。だから感謝している、というのですけれど……正直、困っています。
 私は、別に、感謝されるようなことはしていません。彼女の家族を救うことになったとしても、それは結果としてそうなると言うだけのことです。それも、自分の生命を捨てた彼女自身が救うのであって、私が救う訳ではありません。私が彼女の生命に値段をつけ、彼女は自分の家族を救うために自分の生命を売った、ただそれだけのことです。私は、無償で彼女の家族を助けるわけではありません。彼女が私に感謝する必要なんて、まるでないんです。
 それに、百歩譲って、私が彼女の生命を買う気にならなければ、彼女は家族もろともに死ぬしかなかった。だから私は彼女にとっての恩人だ、という論法を成立させたとしても、私が彼女を拷問にかける理由にはなりません。
 全てのお金に困っている人たちを助けることは出来ない、だから、自分の生命と引き換えにしてもいいという人だけを選んで救うのだとしても、そこに拷問を加える必要性はありません。仮に、救う人の選別の段階で、単に命を捨てるだけの覚悟では人数が増えすぎるから不充分、そこに更に拷問を受けても構わないという覚悟までしている必要があると条件をつけたとしても、実際に拷問を行う必要まではないのですから。
 私は、他の人から拷問好きだと思われています。その私が、拷問にかけて殺すためと公言して人を集め、その人間を殺せば、他の人たちは(実際には拷問をしていなくても)私が拷問したものと思うでしょう。それだけで、充分なはずです。生贄の娘として集められた人たちは、生きてこの屋敷を出ることはありません。彼女たちに何が起きたのかは、他の人には想像することしか出来ない。ならば、実際に拷問を行う必要はありません。にも拘らず、拷問を行うとすれば、それは、私がそれを望んでいるから、ということになります。
 私は、拷問が楽しいことだとは、思っていません。むしろ、やらずに済めばそれに越したことはない、と思っています。そんな私が、自ら望んで、する必要のない拷問を行うというのは、矛盾した話です。お前は拷問するのが好きではないと口では言いつつ、本心では拷問がしたくてたまらないんだろう、と、そう言われてもおかしくないでしょう。
 しかも、領主の地位にある私は、自分が望むのであれば大抵の我侭は通すことが出来ます。他の人間から、命令を受ける必要のない立場です。極端な話、明日から生贄の娘に対する拷問を止めることも、それどころか今生きている人間を生かしたまま家に帰すことも、その気になれば出来るのです。もちろん、そんなことをすれば、あちこちから私に対する不満が出てくることでしょう。しかし、私が、その声に耳を貸さなければならない、ということはないのです。私が決めたことに、何か文句があるのか、と、強行することだって出来ます。
 だから、本当はこんなことはしたくないのだけれど命令されて仕方なくやっている、あるいは、一度始めてしまったことだから今更止めることはできない、などという言い訳は出来ません。生贄の娘を集めることも、彼女たちを拷問にかけて殺すことも、全て私が自分で選び、決めたことということになります。
 一応、生贄の娘は領主様が望んで始めたことだから、あの人が望んでいたような形で進めたい、というのが拷問を行う理由なのですけれど。それはただの建前だろう、といわれれば上手く反論できる自信はありません。そもそも、領主様を殺したのは、紛れもなく私なのですし。そんな私が、領主様のためだから、というのは、偽善でしかないと言われれば、返す言葉がありません。それに、例え始めたのが領主様だとしても、続けると決めたのは私です。止めようと思えば止められることを、あえて続けているのですから、口ではあれこれいっても本心では楽しんでいるから続けているのだろう、と言われても仕方ありません。
 生贄の娘に対する拷問は、私が楽しむために行われる拷問なんだから、と、拷問している最中は出来るだけ笑顔でいようと努力しているけれど、なかなか上手く笑えない、というのが、私が心から楽しんでいるわけではないという傍証になる気もしますけれど、それを他の人が信じてくれるかどうかは別問題ですし。

 薄暗い地下拷問室。そこに、苦しげな女の呻きが響く。逆海老型に吊られた全裸の女。全身にびっしょりと玉のような汗を浮かべ、はあはあと荒い息を吐く彼女の身体に、真っ赤に焼けた鉄の棒が押し当てられた。
 じゅうううううううううううぅぅっ!
「ぐあああああああああああああああああああああああああああああぁぁっ!」
 かっと目を見開き、女が噛まされたギャグの隙間から絶叫をあふれさせる。肉の焦げる嫌な臭い。押し当てられる焼けた鉄の棒から逃れようともがく動きが、逆海老型に吊られた手足の関節を軋ませる。
「がっ、あっ、ぐがが……」
 鉄の棒が身体から離され、上げていた頭をがっくりとうなだれさせて咳き込むように女が呻く。無表情にそれを見やったミレニアが、感情を含まない淡々とした口調で問いかけた。
「辛いですか?」
「ふ、ぐ、う……」
 弱々しい呻きを漏らしながら、微かに女が頷く。既にいくつもの火傷の跡が彼女の身体にはある。この拷問を始めてから、かなりの時間が経過していた。おそらく、逆海老に吊られた全身が悲鳴を上げていることだろう。
「やめてほしいですか?」
 淡々とした口調で、ミレニアが問いかける。即座に、吊られた女が首を横に振った。焼けた鉄の棒を手にしたクリシーヌが、呆れたように肩をすくめて見せる。
「そんなに続けて欲しいの? なら、望みはかなえてあげるわ。ほぉら」
「うぐああああああああああああああああああああぁぁぁっ!」
 焼けた鉄の棒が、女の太腿の辺りに押し当てられる。肉の焼ける臭い、うっすらと上がる白煙。びくんと弾かれたように頭を上げ、女が悲鳴を上げて身悶える。楽しげな笑みを浮かべながら、ぐりぐりとクリシーヌが焼けた鉄の棒を押し付ける。
「ほらほら、御主人様を楽しませたいんでしょう? もっと、派手に踊りなさい」
「うぐうううううううううううううううううううううぅぅっ!」
 ギャグを噛まされた口から絶叫を搾り出しつつ、女がもがく。彼女を吊り上げる鎖がガチャガチャと鳴り、手首や足首をくわえ込んだ鉄の枷と皮膚が擦れて血を流す。
「御主人様に感謝しているんでしょう? なら、御主人様に楽しんでもらえるよう、もっともっと苦しみなさい」
「ぐううううううううううううああああああああああああああああああああぁぁっ!」
 小振りな乳房に、焼けた鉄の棒が押し当てられる。灼熱の痛みに、女がかっと目を見開き、激しく身悶える。その姿を、ミレニアは無表情に見つめている。女の乳房から鉄の棒を離したクリシーヌが、がっくりとうなだれた女の髪を掴んでミレニアのほうへと向けた。
「ほら、御主人様が退屈されているわよ?」
「う、あ……ほうひ、わへ、ありま、ひぇん……」
 ギャグを噛まされた口から、不明瞭になった謝罪の言葉が漏れる。僅かに、口元を笑みの形に歪め、ミレニアが小さく首を振った。
「構いません。……クリシーヌ」
「はい、御主人様」
 ミレニアの言葉に恭しく一礼し、クリシーヌが腰の物入れから糸と錘のついた釣り針を取り出した。左手で女の乳首を引き伸ばし、そこに無造作に針を突き刺す。
「あぐうぅっ!」
 苦痛の声を漏らす女。楽しげに笑いながら、クリシーヌは同じものをもう一つ取り出し、反対の乳首に突き刺す。
「ぐあああああああぁっ!」
 敏感な乳首を貫通される痛みに、女が悲鳴を上げて身をよじる。逆海老に釣られた身体がぎしぎしと軋み、乳首を貫通した針から伸びる糸の先に吊るされた錘が揺れた。さほど重いものではないようだが、錘の揺れは糸を通じて乳首を貫通する針に伝わり、傷をえぐるように広げる。動けば痛みが増し、その増した痛みがまた自然に身体を動かす。
「くうううっっ、うあぁっ」
「ふふふっ、痛いでしょうね。けど、ここは、もっと痛いわよ?」
 ギャグの隙間から苦鳴を漏らす女へと、嘲笑を向けてクリシーヌが彼女の股間へと手を伸ばす。敏感な肉芽を指で捕らえられ、女の身体がびくっと震えた。だらだらと脂汗を流す女へと、淡々とした口調でミレニアが問いかける。
「やめてほしいですか?」
「う、くうぅ」
 首を縦にも横にも振らず、躊躇うような呻きを女が漏らす。くすくすと笑いながら、クリシーヌが彼女の肉芽を指で弄りつつ口を開いた。
「あなたは御主人様に感謝しているんだったわよね。そして、その恩に報いるため、御主人様に存分に楽しんでもらいたい。自分でそう言ったんだもの、止めてくれだなんて、言えないわよねぇ?」
 嫌味な口調でそう言うクリシーヌへと、無表情にミレニアが一瞥を向ける。が、彼女が口を開くより先に、女が震える声で言葉を発した。
「ひゃひて、くらひゃい」
「あら、刺して欲しいの? 凄く痛いわよ? それでも、刺してほしいのね?」
 くすくすと笑いながらクリシーヌが問いかけ、震えながらこくんと女が頷く。ふふっと小さく笑うと、クリシーヌは無造作に敏感な肉芽へと針を貫通させた。
「あがあああああああああぁぁっ! があぁっ、あがっ、がああああああぁぁっ!」
 びくびくと身体を痙攣させつつ、強烈な痛みに女が絶叫する。楽しそうに笑いながら、クリシーヌががっくりとうなだれた女の髪を掴んで強引に仰向かせる。痛みのためか朦朧とした視線が宙を彷徨い、微かな笑みを浮かべているミレニアの顔で止まった。ああぁ、と、どこか安堵の溜息にも似た声を女が上げる。くすくすと笑いながらクリシーヌが女の顔を覗き込んだ。
「よかったわね、御主人様に喜んでもらえて。けど、まだこれからが本番よ? あなたには、まだまだ苦しんでもらうんだからね」
「ひゃ、ひゃい……」
 恐怖と苦痛に震えながら、女が頷く。燃える石炭の中に突っ込まれ、充分に加熱された鉄の棒を手に取ると、無造作にクリシーヌは女の身体に押し付けた。
 じゅううううううううぅぅ……!
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああぁぁっ!」
 灼熱の痛みに、絶叫を上げて女が身悶える。左手で前髪をかきあげ、ミレニアは椅子に腰を下ろした。女の尻の辺りにクリシーヌが焼けた鉄の棒を押し付ける。
「あがっ、がががっ、あがああああああああああぁっっ!」
 かっと目を見開き、絶叫を上げる。押し当てられる鉄棒から逃れようと、おそらくは本能的に身体が動き、逆海老に吊られた手足を軋ませる。錘付きの釣り針で貫かれた乳首と肉芽の傷も、身悶える動きによってえぐられ、広がる。
「ふふっ、熱い? 苦しい? でも、あなたが望んだことですものね。ほぉら」
「うぎゃああぁっ! あががっ、がああぁっ! ぐがあああああっ! ぎゃあぁああああぁぁっ!」
 じゅっ、じゅっ、じゅっと、クリシーヌが次々に女の身体のあちこちに焼けた鉄棒を触れさせていく。その度に悲鳴を上げ、女が狂ったように身悶える。その様子を、ミレニアは椅子に腰掛けたまま、無表情に見やっている。クリシーヌは女の身体に鉄棒を押し当てることに熱中しており、視線をミレニアのほうに向けることはない。また、女のほうも、続けざまに与えられる苦痛に身悶えるばかりで、到底冷静にミレニアの様子を伺う事は出来ない。だから、膝の上で握られた彼女の拳が、関節が白くなるほどきつく握り締められていることに、気付くものはいない。
「がああああああああぁぁっ! あ、が、あぁ……」
 絶叫を上げて身体を震わせる女の目が、くるんと反転し、白目を剥く。くぐもった呻きを漏らしてがっくりとうなだれた女のことを、クリシーヌが乱暴に小突いた。
「あら、気を失ったの。まだまだ、これからが楽しいところなのに。
 御主人様、どうなさいますか? 無理矢理、起こして続けましょうか?」
「そう、ですね……」
 続けたくてたまらなさそうな笑みを浮かべて問いかけてくるクリシーヌへと、無表情に小さく応じて、ミレニアが椅子から立ち上がる。意識を失っている女の鼻の下に指をやり、まだ息が安定していることを確かめると、ミレニアが小さく頷いた。
「気付け薬を」
「はい、御主人様」
 嬉々として棚から気付け薬を取り出し、布にしみこませるクリシーヌのことを、無表情にミレニアが見つめる。そんな視線を向けられていることに気付いていないのか、クリシーヌがさっさと気絶している女の口と鼻に気付け薬のたっぷりとしみこんだ布を押し当てた。びくんっと身体を震わせ、咳き込むようにして女が薄く目を開ける。
「げほっ、ごほげほげほっ」
「目が覚めた? あなたにはまだまだ苦しんでもらうつもりなの。ゆっくり寝ていられると思ったら、大間違いよ」
 いかにも楽しげに笑いながらそう告げるクリシーヌに、さっと女が絶望の表情を浮かべる。が、その視線が、クリシーヌの背後から無表情に自分のことを見つめているミレニアへと止まると、覚悟を決めたような表情に変わる。ぎゅっと噛まされたギャグを強く噛み締め、小さく頷く女へと、ミレニアが薄く笑みを向けた。
「今から、あなたの顔を焼きます」
「っ……!?」
 淡々とした口調で告げられた言葉に、女が息を呑む。顔を焼かれるというのは、苦痛云々以前に女性としては耐え難いことだろう。例え死ぬにしても、せめて顔だけは綺麗に、というのが女心というものだ。
「クリシーヌ、棒をこちらに」
「あ、はい、かしこまりました、御主人様」
 ミレニアの言葉に、一瞬残念そうな表情を浮かべたクリシーヌが、すぐに従順に頷いて先端が赤く焼けた鉄の棒を手渡す。すっと、焼けた先端部分を女の顔のすぐ傍に突き出し、ミレニアが淡々とした口調で告げた。
「自分で、顔を押し当てなさい」
「っ……!?」
 棒から放たれる熱気に、おそらく本能的に顔を背けた女が、ミレニアの言葉に愕然としたように目を見開く。唇を笑みの形に歪め、けれど目は少しも笑っていないミレニアが、淡々とした口調で言葉を続けた。
「あなたは、私に感謝している、と、そう言いましたね。それが本心ならば、行動で示しなさい」
「う、うぅ、ふぐぅ……」
 だらだらと脂汗を流しながら、女が呻く。首を曲げ、顔の傍に差し出された鉄棒に顔を近づけようとしては、熱気に思わず、といった感じで離すという事を、数度繰り返す。
「どうしたの? 御主人様の命令に、従えないというの?」
「ううぅ、ふぐ、あ……」
 揶揄するようなクリシーヌの言葉に、女が呻く。意思と本能がせめぎあい、更に数度、焼けた鉄の棒に顔を近づけては離す、ということを繰り返す。だが、ついに覚悟を決めたのか、ぎゅっと目を閉じると女は大きく首を曲げて自らの頬を焼けた鉄の棒に押し付けた。
「ぎゃあっ!」
 鉄棒に顔が触れていたのは、ほんの一瞬。焼けるような痛みに、悲鳴を上げて女が顔を背ける。赤黒く焼け爛れた一本の筋が、彼女の顔に刻み込まれていた。傷としては、大したことはない。だが、場所が場所だけに、ひどく無残な印象を与える傷だ。
「もう一度」
「ううぅっ……!?」
「もう一度、です」
 だが、無慈悲に、淡々とした口調でミレニアが再び顔を押し付けるよう命じる。愕然と目を見開く女へと、無表情に、ミレニアが命令を繰り返す。くぐもった呻きを漏らしながら、再び女が首を曲げ、自らの顔を焼く。
「ぎゃあああああっ!」
 今度も、鉄棒に顔が触れていた時間は、ごく短い。それでも、先ほどよりは一呼吸か二呼吸、長い時間自らの顔を焼き続けた女が、顔を背けると精も根も尽き果てたように荒い息を吐く。無残な傷を刻まれた女の顔を無表情に見やりつつ、ぼそり、と、ミレニアが言葉を放つ。
「もう一度」
「っっ……!?」
「もう一度、です」
「ううぅっ、ううぅっ、ううぅ……」
 自らの顔を焼くというのは多大な精神力を消費するのか、ぼろぼろと涙を流しながら女が呻く。無表情にその顔を見やりながら、ミレニアが問いかけた。
「私が、憎いですか?」
「ううぅ」
 女が、弱々しく首を振る。ぎゅっと、左手をきつく握り締め、淡々とした口調でミレニアが言葉を続けた。
「ならば、もう一度です」
「ぐううぅ」
 女が呻く。ぎゅっと目を閉じ、がたがたと身体を震わせながら、首を捻じ曲げる。
「ぎゃあああああああああああああああぁぁっ! あがっ、がっ、ぐがああああああああああああぁぁっ!」
 焼けた鉄棒に顔を押し当てたまま、女が絶叫する。逆海老型に宙に吊られた身体は、固定されているわけではないから身悶えれば自然と身体が回る。全精神力を振り絞り、身悶えようとする身体の動きを抑えなければ、自然と顔から鉄棒が離れるだろう。そもそも、僅かに首を曲げるだけで苦痛から逃れられると分かっていて、それで苦痛を受け続けるのは並大抵の努力で出来ることではない。
 すっと、ミレニアが鉄棒を引く。鉄棒から解放された女が、ぜえぜえと荒い息を吐きながらすすり泣くのを見やり、ミレニアがくるりと背を向けた。
「……今日は、ここまでです」
「はい、御主人様。では、後始末は私がしておきますので」
「お願いします」
 クリシーヌへと鉄棒を渡し、ミレニアは拷問部屋から出て行った。きつく、左手を握り締めたまま。それを見送り、くすりと口元に笑みを浮かべるとクリシーヌがすすり泣く女からギャグを外す。
「うっ、うぅっ、ああぁぁっ」
「ふふっ、なかなか頑張るじゃない。その調子で、最後まで頑張りなさいな。途中で挫ければどうなるか、分かっているんでしょう?」
「ううッ、か、家族は、家族は助けて。お願いです、私は何でもします、どうなっても構いません。だから、家族には……」
「だから、それはあなたの頑張り次第よ。自分の言葉には、責任を取ることね。あなたは、御主人様に感謝しているんでしょう? ふふっ、感謝していた、かしらね?」
「う、ううぅ……」
 悔しげに女がすすり泣く。くすくすと笑いながら、クリシーヌが女の身体に刻まれた火傷の跡に指を這わせた。
「あぐぐぐぐうぅっ」
「あなたは死ぬ瞬間まで、御主人様の楽しみに奉仕するのよ。もし少しでも抵抗すれば、あなたを殺して、あなたの家族に後を引き継いでもらうからね」
「わ、分かって、います……あがあぁっ!」
 クリシーヌの爪が、火傷の跡をえぐる。悲鳴を上げて身体を震わせる女のことを、くすくすと笑いながらクリシーヌはなおもいたぶり続けた……。

「おや、今日はもう終わりですかな、侯爵様」
「ええ」
 自室へと向かう廊下で、向こうから歩いてきたアルベルトに声をかけられる。普段と変わらぬ温和な笑みを浮かべているアルベルトに、無表情にミレニアは頷いて見せた。そのまま、すれ違おうとしたミレニアへと、軽く小首をかしげてアルベルトが問いかける。
「今回の生贄の娘、如何ですかな?」
「如何、とは?」
「自ら生贄の娘として志願しておきながら、侯爵様に対して失礼な言動を取る者が今までは多かったと聞いておりましたが、今回の生贄の娘は今までの者とは異なり自分の立場をよくわきまえているとか。侯爵様に置かれましては、さぞやお楽しみになられているかと思っておりましたが、これまでの者と比べて特に時間が伸びている様子もございません。抵抗せずに従順な相手では、責めても面白くないと思われているのでは、と、少々気になりましたもので」
「そう、ですか」
 アルベルトの言葉に、短くそう答えるとミレニアは左手で前髪をかきあげた。
「その心配は、不要です」
「左様でございますか? それでしたら、よろしいのですが」
「ええ。生贄の娘に関して、あなたが気を回す必要は、ありません」
「左様でございますか。しかし、あの者たちは侯爵様を楽しませるために買った者たちでございます。商品に不備がないかどうかを確かめ、不備があるようでしたら良い物と取り替えるのは当然のことでございますし、それは執事としての勤めのうちかと」
「不要だと、言っています」
 アルベルトの言葉に対し、素っ気無くミレニアがそう告げる。軽く一礼したアルベルトへと、ミレニアは更に言葉を続けた。
「生贄の娘が、どのような態度をとろうと、構いません。従順であろうと、反抗的であろうと、やることは同じです」
「左様でございますか。確かに、同じような反応ばかりでは飽きるというもの。余計な気を回したようでございます。どうか、お許しください」
「構いません」
 深々と一礼するアルベルトに向かい、無表情にミレニアは応じた……。
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