六月四日 晴

 今日、私が領主様の後を継いでから初めて、お屋敷の使用人に死者が出ました。領主様が殺す予定で集めた人たちを拷問したり殺したり、というようなことはこの二ヶ月の間、私の日課のようなものになってしまっていますけど、そうでない人から犠牲者が出てしまったのは残念です。
 でも、使用人同士の恋愛は、禁止されていることですからしかたありません。別に、このお屋敷だけでなく、どこへ行ってもそうです。まぁ、普通のところでは殺したりはしないで、解雇するぐらいで済ませるんでしょうけれど。領主様が、死を以って報いると決めたことはあの人たちも知っていることですし、それを承知の上での恋愛だったみたいですから、しかたがないといえばしかたがないんです。
 そう言えば、今日はその二人の処分をしなくちゃいけなくなったから、いつも手伝いをしてもらってるクリシーヌさんだけじゃなくてプラムにも手伝いをしてもらいました。本当は、プラムみたいな優しい子に手伝わせるのは気がひけたんですけど、本人も手伝いたいって言ってましたし。もっとも、そう言いながらも凄く怯えていましたから、よっぽどのことがない限り巻き込むのは止めた方がいいだろうな、と、そう思いましたね。

「ね、ねぇ、メリエル、まずいよ、ここって北館だろ? 立ち入り禁止だって……」
 不安そうな表情で、まだそばかすの残る少年が前を行く少女の服の袖を引っ張る。袖を引っ張られた少女の方は、はぁっと小さく溜め息をついて肩越しに少年のことを振りかえった。
「馬鹿ね、マルジュ。立ち入り禁止だからいいんじゃない。人が来るようなところじゃまずいでしょ?」
「そ、そりゃそうかもしれないけど……」
「こないだ、庭掃除をしてる時に偶然気付いたんだけど、この館の窓、一つ鍵が壊れてるのよ。そこから中に入って、二階に上がっちゃえば普段は人のこないところだもの、誰かに見られる心配もしなくて済むわ。そうでしょ?」
 東西南北、空から見れば十字架型に配置された四つの館。領主のミレニアやほとんどの使用人が暮らすのは一番大きな南館で、東館は領地や鉱山などの運営を任された専門家たちが使用している。西館は、人数の関係から現在は使用されていないが別に立ち入り禁止と言うわけでもなく、ここの掃除もメイドの仕事の一つだ。
 唯一、四つの館の中で一番小さな北館のみが、ミレニア自身の命令で立ち入り禁止になっている。ミレニアはその理由を説明しようとはしなかったし、誰もわざわざ余計なことを尋ねて彼女の機嫌を損ねたいとは思わないから、誰もその理由を知らない。まぁ、ミレニアの側近、と、そう目されている二人のメイド--クリシーヌとプラム--はその理由を知っている、とも噂されているが。
「み、見つかったら、殺されちゃうんじゃないかなぁ……」
「見つからなけりゃいいのよ。もうっ、何よ、さっきからうじうじと。男の子でしょ!? しゃきっとしなさい、しゃきっと!」
 おどおどと周囲を見回すマルジュのことを叱りつけ、メリエルが木製の窓に手をかける。ギイッと微かに軋んだ音をたて、内側へと開いた窓からメリエルは館の中へと入り込んだ。
「ほら、アタシはもう入ったわよ? マルジュもさっさときなさいよ。そんなとこでぐずぐずしてて、本当に誰かに見つかっちゃったりしたらまずいんだから」
「う、うん……」
 相手の勢いに押しきられるように頼りなく頷いて、マルジュも窓から館の中へと入り込む。窓を元どおり閉めてしまうと陽光が遮られ、室内はかなり暗くなってしまった。それでも、一応は窓の隙間から入り込んでくる光で物の判別ぐらいはつく。
「応接室、かな……?」
「多分ね。ここ二ヶ月くらいは閉めきってあったらしいけど、意外とホコリっぽくはないわね。調度も豪華だし、あそこに飾ってある絵なんて結構高そうなんだけどな。何で閉めきっちゃったのかしら? もったいないわよね」
 きょろきょろと室内を見回すマルジュへと軽く肩をすくめてみせ、メリエルがさっさと扉に向かう。慌ててその後を追うマルジュのことを肩ごしに振りかえりながら、メリエルは悪戯っぽい笑いを浮かべた。
「その辺に無造作にかけてある絵とか、売れば一生とは言わないまでも結構長く遊んで暮らせるんじゃない?」
「や、やめてよ、メリエル。冗談にしてもあんまり面白くないよ、それ」
「あら、アタシは本気で言ってるんだけど?」
「メリエルってば、もう……。領主様の噂は、聞いてるんでしょ? 冷酷非情、残忍無比。罪を犯した相手は例え子供でも残酷に嬲り殺すって言うじゃないか。お屋敷の絵を盗んだりしたら、酷い目にあわされるに決まってるんだから……」
 本気で怯えた表情でマルジュがそう言い、ふんっと面白くなさそうにメリエルが鼻を鳴らす。廊下を曲がり、玄関ホールに出たメリエルがホールの中央にある物に気付いて首を傾げた。
「何だろ、これ……? 墓石、かな?」
「何でこんな所に墓石なんかがあるのさ。……って、あ、本当に墓石だ。墓碑銘もあるよ。えっと、『クリスチーナここに眠る』? そっけないね。普通は、前後にいろいろ書いてあるものだけど」
 墓石の正面に回り、表面に浮き彫りにされた墓碑銘を読みあげてマルジュが首を傾げる。そっけなく一行で記された文の上の辺りに指を伸ばし、メリエルが眉をしかめた。
「削り取ったような跡があるわね。二行分ぐらい、かな? 最初の一行は、まぁ、生没年月日だろうけど、二行目は何だろ?」
「ね、ねぇ、メリエルぅ。やっぱり帰ろうよ。ここが閉鎖されてるのって、もしかしたらこのお墓と関係あるんじゃないの?」
「この館全体を墓所に見立てて? ま、だとしても気にすることないでしょ。幽霊なんて気にしてたら、このお屋敷じゃ暮らせないもの」
 軽く肩をすくめてそう言い、メリエルはそれっきり墓石からは興味を失ったように二階へと続く階段へと足を向けた。その後に従いながら、マルジュが恐る恐るという感じで声をかける。
「でも、このお墓、新しいよ。閉鎖されてて人がこないからってここを選んだんでしょ? でも、このお墓の手入れとかしに、領主様が来るかもしれないじゃないか。危ないよ、やっぱり」
「臆病ねぇ、マルジュは。大体あの女は、旦那さんのお墓だって作ったっきり行ってないっていう話じゃない。墓参りして死者を悼むようなまともな神経なんて、持ってやしないわよ」
「メ、メリエルってば、そんなこと言ったのがバレたら……!」
「聞いてるのはあなただけでしょ、マルジュ。それとも何? あなた、アタシのことあの女に売るつもり?」
 肩ごしに振りかえり、階段のせいで相手を見下ろすような格好でメリエルがそう問いかける。慌てて首を左右に振るマルジュへと小さく笑いかけると、メリエルは二階に並ぶ部屋の扉の一つを無造作に押し開いた。
「ん、ちょっとホコリっぽいけど、ベットとかもちゃんとしてるわね」
 そう呟きながら部屋の中に足を踏みいれたメリエルが、ベットをパンパンっと叩いてホコリを払い、部屋の入り口に立っているマルジュへと手招きする。
「ほらぁ、早くいらっしゃいよ。久しぶりに、楽しみましょ?」
「う、うん……」
 服の襟に手をかけて悪戯っぽく笑うメリエルへとぎこちなく頷き、マルジュが部屋に入って後ろ手に扉を閉める。さっさと服を脱いで裸身をあらわにしたメリエルが、マルジュの服のボタンに手をかけながら小さく笑った。
「あなたがあの女の愛人の一人になった、って、そう聞いた時はびっくりしたわよ?」
「あ、愛人って、そんなんじゃ、ないよ。単に子供を作る義務が有るからって、男を集めてるだけだもん、あの人は。一日おきに順番に男の人を呼んでいるけど、楽しんでるって風じゃないからね、全然」
「ふぅん? あなたが下手なだけじゃなくて?」
 相手の服を全部脱がせ、首に手を回して一緒にベットの上に倒れ込みながらくすくすと笑ってメリエルがそう問いかける。流石にむっとしたような表情を浮かべ、マルジュはメリエルの上に覆い被さった。
「そんなこと言うのかい? それじゃ、僕の腕、見せてあげるよ」

「……誰か、ここに来たみたい、ですね」
 玄関の扉の鍵を開け、北館の中に足を踏みいれたミレニアがぼそっとそう呟く。彼女の背後に従うメイド姿の女性、クリシーヌが眉をしかめて視線を床に向けた。よっぽど注意しなければ分からないほど薄く、床のホコリの上に足跡がついている。
「クリシーヌ、お願いしますね」
「はい、御主人様」
 ミレニアの言葉に恭しく頷き、クリシーヌが館の中に足を踏みいれる。メイド服とはふつりあいな腰の剣の柄に軽く手を置き、視線を床に向けて足跡を辿る。彼女は傭兵として各地を流れていた父親に育てられたせいで、並の人間よりもよほど巧みに剣を使う。そんな彼女がこの屋敷でメイドなどをやっているのは、彼女自身性癖のせいだ。先代の領主と同じく、彼女もまた拷問好きで、誰も積極的になろうとしなかったミレニア付きのメイドに自分から志願したのだ。そのせいで、ミレニアの護衛にして腹心、と、周囲からはそう目されている。ちなみに年齢的には二十四の彼女の方がミレニアよりも年長だが、ミレニアは領主で彼女はメイドだから名前は呼び捨てだ。最初は、ミレニアの方ではさん付けで呼んでいたのだが。
「ごめんなさいね、クリスさん。少し、どたばたしますけど……」
 墓石の前に足を進めたミレニアが、聞き取れないほど微かにそう呟く。その間に、クリシーヌがすばやく階段を登り、メリエルとマルジュが居る部屋の前に移動している。彼女が扉に耳を当てると、中からは微かに男女の喘ぎ声と会話が聞こえてきた。
「あ、んっ。ね、マルジュ。あなた、あの女、殺してみない?」
「えっ!?」
「あっ、駄目よ、やめないでっ。んっ、だから、ねっ、あの女に、次に呼ばれた時にね、首でも締めて殺しちゃいなさいよ。それで、適当に宝石とか盗んで、二人で逃げましょ? 一生遊んで暮らせるぐらいの宝石とか、ここなら簡単に手に入るし……」
「け、けど……」
「やっ、んっ、やめないでってば。ほらぁ……」
 中で交わされている会話にすっと目を細め、クリシーヌが一気に部屋の扉を押し開く。身体を重ねた二人の男女がぎょっとして動きを止めるのに物も言わずに部屋の中に乱入し、女の身体に覆い被さっている男の首筋に手刀を見舞う。声も立てずに失神した男の身体の下から、恐怖に表情を引きつらせて身体を抜く女の腹へと拳を放ち、気絶させるとクリシーヌはメイド服の腰の後ろに括りつけてあったロープで手早く二人を縛り上げた。
「御主人様。どうやら使用人たちが密会していたようです。しかも、御主人様の殺害を計画しておりました。気絶させ、縛り上げてありますが……」
「……そう」
 階段の上から報告するクリシーヌを見上げもせず、墓石の前に膝まずいたままで無表情にミレニアがそう呟く。
「二人は、地下に。私も後で行きます。……それと、プラムを呼んでおいてください」
「承知しました、御主人様」
 地下、という言葉ににいっと唇を歪め、クリシーヌは恭しく一礼した。

「いやああぁっ、やだっ、やめてっ、拷問しないでっ」
 陰鬱な空気の立ち込める、屋敷の地下。そこの淀んだ空気をメリエルの上げる甲高い悲鳴が揺らした。まだ拷問は行われておらず、全裸のまま縛り上げられてミレニアの目の前に引き出されただけなのだが、その表情は恐怖のために紙のように白くなり、がたがたと全身が震えている。
「使用人同士の恋愛は、禁止する。それは、知っていた筈ですね?」
「いやあぁっ、許してっ、許してくださいっ。拷問されるのは嫌あぁぁっ」
「……クリシーヌ」
 涙で顔をべちょべちょにして泣きわめくメリエルから視線を外し、ミレニアが無表情に呼びかける。ちなみに、地下を訪れる時の常としてミレニアは血のシミのついたメイド服を身に付けている。
「はい、御主人様」
「彼女は、あなたに任せます。私は、彼に罰を与えますから」
「ひっ……!」
 ミレニアの無表情な視線を受け、声も出せずにがたがたと震えていたマルジュが小さく悲鳴を上げる。僅かに目を見開いて、クリシーヌがミレニアへと問い返した。
「私が、ですか?」
「不服ですか?」
「い、いえ、そのようなことは……。それで、どのようにすれば?」
「任せます、と、そう言った筈ですが」
 淡々とそう言い、ミレニアがすっと足を進めてマルジュの前に立つ。形容しがたいミレニアの雰囲気に完全に飲まれ、既に半分気絶しているような状態になっているマルジュの肩に手をかけ、ミレニアは彼のことを引き起こした。
「プラム。私一人では手が足りないので、手伝ってもらえますか?」
「う、うん」
 ふらふらと、操られているようなおぼつかない足どりで部屋の中央にある台の方へとマルジュを向かわせながら、ミレニアがもう一人のメイド、プラムへと声をかけた。少し怯えたような表情で、プラムが頷く。まだ十代前半の、純真そうな女の子だ。底抜けに明るい性格で、普段はミレニアの前に出ても萎縮するようなことはないのだが、流石にこの場所の雰囲気もあって元気がない。
「そちらも、手が足りないようなら適当に人を使ってもらってかまいませんから」
「はい、承知しました、御主人様。私の好きなようにやってもかまわないのですね?」
「ええ」
「ひいいいぃっ。イヤッ、許してっ、お願いっ」
 クリシーヌに縄の端を掴まれ、引き起こされたメリエルが激しく身をよじり、泣きわめく。薄く笑いながら彼女のことを別の部屋へと連れていくクリシーヌのことをちらりと無表情に眺め、ミレニアはマルジュのことを台の上に寝転ばせた。
「プラム。ベルトで手足を固定するのを手伝ってください」
「あ、う、うん……」
 おずおずとプラムが台に歩みより、縄をかけられたままのマルジュの両足首をそれぞれ台から生えた皮製のベルトで固定する。されるがままになっているマルジュの唇が小さく動き、掠れた言葉が漏れた。
「りょ、領主様、お許しを……」
「使用人同士の恋愛は禁止。更に、未婚の男女が肉体の関係を持つことは姦通罪に当たります。どちらにせよ、死を以って報いられる罪です」
「こ、殺されるのは、覚悟しています。で、ですが、せめて一思いに……!」
「領主様は、死の前に最大限の苦痛を、と、そうおっしゃっていましたから。残念ですけれど、その要望には答えられません」
 無表情に、淡々と、ミレニアがそう告げる。プラムの手によって両足首が固定されたのを確認すると、ミレニアはマルジュの身体を縛る縄をほどき、腕を掴んだ。突然生存本能が目覚めたのか、マルジュが激しく身をよじる。
「嫌だぁぁっ。殺されるのは、嫌だっ。助けてっ! 誰か、助けてっ!」
「プラム。私が腕を押さえますから、ベルトで固定を」
 横に広げる形で右腕を伸ばさせつつ、ミレニアがそう言う。マルジュが振りまわす左腕が彼女の頭や肩に当たり、整えられた髪を乱した。腕を掴む彼女の腕を外そうと、マルジュの左手が伸ばされ、ミレニアの手の甲を引っ掻く。爪で肌が破れ、血をにじませるがミレニアは表情一つ変えない。
 暴れるマルジュの右腕をプラムが苦労しながら固定すると、ミレニアはマルジュの左腕を掴んだ。激しく身体をのたうたせ、抵抗するマルジュの腕を横に伸ばし、台に押さえつける。プラムがそちらの腕もベルトで固定したのを確認すると、ミレニアは手の甲ににじむ血をぺろりと舐め取った。
「御苦労様、プラム」
「い、いえ……あ、でも、ミレニア様。怪我、しちゃったんですか……?」
「かすり傷ですから」
 こともなげにそう応じ、部屋の隅に設置された石造りの箱へとミレニアは足を進めた。中に満たされた真っ赤に焼けた石炭と、そこに突き立てられてやはり真っ赤に熱せられた焼きゴテに視線を向け、乱れた髪を無造作に撫でつける。
「頭を動かせないように、押さえておいてくださいね」
 焼きゴテを抜き取り、台の方に戻りながらミレニアがそう言う。素直に頷いて、じたばたともがくマルジュの頭をプラムが押さえつけた。
「嫌だっ、嫌だ嫌だ嫌だっ。やめてくれっ!」
「髪の毛を、手に絡めるようにした方がいいかもしれませんね」
「そ、そう、ですか?」
「あなたの手に、焼き印を押してしまうかもしれませんから」
 自分の言葉に思わず絶句したプラムに軽く視線を向け、ミレニアが小さく首を傾げる。
「どうしました?」
「あ、何でもないです。えっと、これで、いいですか?」
 言われた通りにマルジュの髪に手を絡め、プラムがそう問いかける。髪を強く引かれたマルジュが目に涙を浮かべて身体をのたうたせるのを無表情に眺め、ミレニアは無造作に手にした焼きゴテを彼の額へと押し当てた。
「ギャアアアアアアアアアアアアァッ!」
 じゅうううっという肉の焼ける音、そして微かな白煙が上がり嫌な臭いが立ち込める。目を見開いて絶叫するマルジュから、思わず、といった感じでプラムが顔を背けた。焼きゴテをマルジュの額から外し、ミレニアが醜い火傷の跡へとそっと指を伸ばす。
「姦通の罪を犯した人間は、焼き印を押されるんですよね」
「う、あ……あう。も、もう、許して……」
 ツウっと文字の形の火傷の跡をなぞるように指をはわせ、小さくミレニアが呟く。口の端からよだれを流して弱々しく哀願の声を上げるマルジュへと、ミレニアは無表情に一瞥を向けた。
「プラム。これ、戻しておいてください」
「う、うん……」
「胸にも、同じように焼き印を押してもいいんですけど、文字の種類が足りないんですよね。だから、他のやり方でやらせてもらいます」
 メイド服の懐からナイフを取り出し、ミレニアがマルジュへと向かってそう言う。額に焼きつけられた焼き印の痛みに弱々しく呻いていたマルジュが、ぎょっとしたように目を見開いた。
「や、やめてよっ。な、何をする気なの……!?」
「別に、複雑なことをする気はありませんけど。単に文字を刻んで、皮を剥がす。それだけです」
「や、やめて! お願い、もうやめてっ!」
「……あなただけを、特別扱いするわけにもいきませんから」
「やだっ。やめ……う、うわああああああぁっ!」
 ぎりぎりぎりっと、薄い胸板にナイフの刃を走らされたマルジュが悲鳴を上げる。アルファベットの形に刻みを入れながら、無表情にミレニアが首を傾げた。
「やっぱり、動かれると線が歪みますね。プラム、彼の身体、押さえてもらえますか?」
「あ、う、うん……」
「やめてっ、痛いっ、痛いっ! うわあああっ、やめてよっ! 痛いっ! お願い、やめてっ!」
「下手に動くと、傷が深くなりますよ」
 淡々とそう言いながら、馬のりになるような格好でミレニアが文字を刻む。文字、といっても、一本の線で刻むのではなく、太い線で欠かれた文字を想定してその周囲を切り抜いていくような感じだ。だらだらと流れる血を時折手で払いつつ、ミレニアが文字を刻み込んでいく。姦淫、というスペルを胸の上に数行に分けて刻み込まれ、マルジュが悲鳴を上げて身体をのたうたせる。
「うわあああああぁっ。痛いっ、やめてっ、ぎゃああああぁっ。痛いっ、許してっ、もうやめてっ、痛いいぃっ!」
「う……」
 押さえて、といわれてしかたなくマルジュの肩を押さえ込んでいたプラムが目を閉じて顔を背ける。ちらり、と、そちらに僅かに視線を向けてミレニアが口を開いた。
「怖い、ですか? プラム」
「う、うん」
「手を汚すのは私ですから、あなたが罪を背負うことはありません。でも、どうしても怖くてしかたないなら、部屋に戻っていてもいいですよ」
 そう言いながら、ミレニアが視線を落としてマルジュの胸に刻まれたいびつな文字の形の傷へと手を伸ばす。ぺりぺりぺりっと皮膚を剥がされ、マルジュが濁った絶叫を上げた。
「うぎゃあああぁっ! やべでえっ!」
 目を剥き、ビクンビクンと身体を震わせるマルジュ。ぎゅっと唇を噛み締め、プラムが顔を背ける。無表情に出来たばかりの傷に塩をミレニアが擦り込み、更なる絶叫をマルジュに上げさせる。
「いだいいぃっ! やべっ、やべでっ、ぎゃあああああぁっ!」
 あふれる血で胸の辺りを真っ赤に染め、マルジュが絶叫する。その悲鳴や身悶えをまったく気にせずに、ミレニアは次の文字へと指を移し、ぺりぺりぺりっと皮を剥ぎ取った。悲鳴を上げて激しくマルジュが身体をのたうたせ、彼に馬のりになっているミレニアの身体も大きくゆすぶられるが、気にした風もなく新たに出来た傷へとミレニアが塩を擦り込む。
「びぎゃああぁっ! ぎゃっ、やべでぇっ。一思いにごろじでぇっ! ぐぎゃあああああぁっ!!」
 激痛に泣きわめくマルジュ。淡々と、皮を剥いでは塩を擦り込むということを繰り返すミレニア。肉の露出した傷が次々と作られ、室内にマルジュの濁った悲鳴が響き渡る。最初はそれでも彼の肩を押さえ込んでいたプラムだが、苦痛に形相を歪め、絶叫を上げつづけるマルジュの姿に耐えられなくなったのか両手で耳を覆い、ぎゅっと目を閉じて顔を背けた。
「プラム? ここに居たくないのなら、無理に居なくてもいいですよ。もう、後は私一人でも大丈夫ですから」
 いったん手をとめ、ミレニアがプラムへとそう呼びかける。僅かにためらうような表情でプラムがミレニアの方に視線を向けるが、その時には既にミレニアの視線はマルジュの血まみれの胸へと落ちていた。彼女の指が動き、はあっ、はあっと息を荒らげて激痛に耐えていたマルジュの胸の皮が無造作に引き剥がされる。
「ぎゃああああああっ!」
「ひっ」
 あがったマルジュの絶叫にプラムが小さく息を飲む。激しく頭を左右に振り立てるマルジュの胸の傷へと塩を擦り込み、更なる絶叫を上げさせながらミレニアが淡々と言葉を続けた。
「拷問の場に居あわせて、怯えるのは普通の反応ですからね。別に、それを責めるつもりは有りませんから」
「もうっ、やべでぇっ。グギャアアッ、ぎゃっ、ギャアアアアァッ!」
 言葉を続けながらも動くミレニアの手に、皮を剥がされたマルジュの口から絶叫があふれる。彼の胸からあふれる血は既に台の上にも広がり、当然ながらミレニアの両手も真っ赤に濡れている。
「ううん、大丈夫です、ミレニア様。ちゃんとあたし、お手伝いします」
「そう、ですか。それでは、そこの棚からペンチを持ってきてください。挟む部分が、ワニの形をしている奴です」
 マルジュの胸に塩を塗り込みながら、淡々とミレニアがそう命じる。頷いて棚に向かったプラムの背後で、マルジュのあげる絶叫がまた響き渡り、一瞬彼女の足を止めさせた。ぎゅっと目を閉じて小さく頭を振り、プラムが言われた通り棚からワニのペンチを持ってくる。
「これ、ですよね?」
「ええ。少し、待っててくださいね。この一文字で終わりですから」
 そう言いながら最後の文字の分の皮をべりべりっと勢いよく引き剥がすと、ミレニアは無造作に塩を傷に擦り込んだ。絶叫と身悶えを繰り返すマルジュの胸へと視線を向け、ミレニアが軽く首を傾げる。
「血まみれで、文字が読み取れませんね。まぁ、血は後で洗えばいいんですけど」
「ぎ、い……あ、もう、やめて……痛い、よ……許して……」
「プラム、ペンチを」
 弱々しく呻くマルジュの声を無視して、ミレニアがプラムに呼びかける。彼女の手からペンチを受け取ったミレニアは大の字の形に台に固定されたマルジュの足の間に屈み込んだ。痛みと恐怖で萎縮している彼のぺニスを左手でつまみ上げ、無造作に右手に握ったペンチで挟み込む。
「ぎゃっ! がっ! 痛いっ! やめてっ! 千切れるゥッ!!」
「千切り取るための道具ですから、これは」
「グギャアアアァッ! ギャビッ! ビギャギャッガッ!! ヤベデェッ! ギャギギャアアァッ!!」
 みしみしっ、みしみしっと、ペンチに挟み込まれたぺニスが押し潰されていく。ギザギザが刻み込まれたペンチで男の身体の中では最も敏感な部分を容赦なく挟まれたマルジュが目を剥き、ビクンビクンと身体を跳ねさせながら獣じみた絶叫を上げた。この痛みに比べれば、さっきまで味わっていた皮を剥がされ、塩を擦り込まれる痛みなど痛みのうちにも入らないのではないか、と、そう思うほどの激痛が全身を駆け巡る。
「ヂギレルウウゥッ! ヂギレジャウッ! ギャビャアアアアアアアアアアアアァッ!!!」
 両手でペンチの柄を掴み、ぎゅっと握りながらミレニアが手首をひねる。断末魔じみた絶叫を上げてマルジュが身体を弓なりに逸らせた。ぶちっと根元からぺニスが千切り取られ、マルジュが白目を剥いて口から大量の泡を吹き出す。凄惨さに思わず顔を覆ったプラムへと、ミレニアが淡々とした口調で呼びかけた。
「そこの水を、彼にかけてください。気を失った状態で責めてもしかたありませんから」
「ま、まだ、これ以上何かするの!?」
「睾丸が、二つ残っていますからね」
 淡々としたミレニアの言葉にプラムが絶句する。無表情なミレニアの一瞥を受けた彼女が小さく唇を震わせて水桶を運び、僅かに顔を背けながら気絶したマルジュの顔へと水を浴びせた。うっと小さく呻いて彼が薄く目を開いたのを確認したのかしないのか、無造作に血まみれになった睾丸を手で掴み、ミレニアがワニのペンチのギザギザになった間に挟み込む。
「ギッ!? ギャッ、ヤベッ、イダイイィッ、ヤベデッ、グギャアアアァッ!! ギャベダジャベビュギャグギャ……」
 睾丸を挟まれたマルジュが濁った絶叫をあげ、激しく頭を振り立てる。ミレニアが手に力を込める毎にその悲鳴は高まり、ついには分けの分からない濁音だらけの絶叫に変わっていく。目を剥き、舌を口から突き出してビクンビクンと身体を痙攣させるマルジュの姿にプラムが顔を背けるが、ミレニアは無表情にマルジュの苦悶を見つめながら更に手に力を込めていく。
「ビャギャギャギャビゲビャアアアアアアァッ!!」
 ついに圧力に耐えきれなくなった睾丸がぐしゃっと漬れ、根元から袋もろとも引き千切られる。わけの分からない絶叫を上げてマルジュが泡を吹きだした。白目を剥き、ひくっ、ひくっと、断末魔の痙攣のような動きを見せる彼の残った睾丸へと、ミレニアは無造作に手を伸ばした。
「痛みでも、目は覚めるかしら?」
 小さくそう呟いて、ミレニアがマルジュの唯一残された睾丸をワニのペンチで挟み込んだ。棒と袋の片方とを千切り取られたマルジュの股間からはおびただしく出血し、彼女のまとう服の膝の辺りから下を真っ赤に染め上げているが、ミレニアは気にしたような様子すら見せない。
「バギャッ! ギャギャギャギャギャギャギャッ!」
 みしっと、挟み込まれた睾丸が軋み、激痛によって無理矢理意識を覚醒させられたマルジュが泡と共に絶叫を口から吐き出す。上半身を血まみれにし、股間から大量の血を吹き出させ、口からは泡を吹き、半ば白目を剥いて激痛に身悶える彼の姿は常人なら思わず目を背けたくなるような凄惨なもので、実際プラムは両手で耳を覆ってその場にしゃがみ込み、堅く目を閉じてしまっている。だが、ミレニアの顔には何の表情も浮かんではいない。
「目は、覚めたみたいですね」
「ビャガギャアッ! ギャベビビャギャッ! ブグゲギャガアアアアアアァッ!」
「領主様だったら、もっとゆっくり、とかおっしゃるんでしょうけど……ああ、でも、あの人の場合は、男を相手の責めには興味を示さないでしょうね、最初から」
 僅かに首を振りながらそう呟くと、ミレニアが一気に手に力を込める。睾丸を潰され、袋もろともにむしり取られたマルジュが絶叫を放ち、大量の泡で鼻から下を覆いながら気絶した。気絶しても尚ビクンビクンと跳ねつづけている彼の股間の傷に手を当てながら、ミレニアが軽く首を傾げる。
「止血は、しておかないと……プラム? さっき使った焼きゴテを、取ってきてもらえますか?」
「うっ、ううう……」
 顔面を蒼白にし、口元を手で覆ったプラムがよろよろと立ち上がって小さく頷く。彼女が持ってきた焼きゴテを無造作に血をあふれさせている股間の傷へとミレニアは押し当てた。じゅううううっと激しく白煙が上がり、傷を焼き焦がされる痛みにマルジュがびくんっと身体を跳ねさせて意識を取り戻す。
「やべでぇ……びとおぼいに、ごろじでぇ……」
「死にたい、んですか? そう……ですか」
 掠れた、聞き取りにくいマルジュの声に、ミレニアが小さくそう呟く。いったん台の上に放り出されていたナイフを手に取ると、ミレニアはつうっとマルジュの胸から腹にかけて刃を走らせた。
「ひゃ、ぎゃ……? え?」
 今までに味わった痛みがあまりに強すぎ、痛覚が飽和状態になってしまっているのか、一瞬何が起きたのか分からないというようにマルジュが視線を宙にさまよわせる。一直線に走った傷へとミレニアが手をかけ、左右に押し開くとマルジュの朦朧としていた目に光が戻り、震えていた唇が大きく開かれて絶叫があふれ出した。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアァァッ!! ヤベデッ、ジヌウゥッ!」
「殺して、欲しいんでしょう? もう、楽になりたいんでしょう?」
「痛いイダイ痛イィ! ヤベデェッ! ジヌッ! ジンジャウウゥッ! グギャアアアアアアアアァッ!」
 露出した内臓をミレニアの手でかき分けられ、マルジュが口から血泡を吹いて絶叫する。胃の下の辺りでぶつっとナイフで腸を切断すると、血を滴らせるそれをミレニアはマルジュの身体の中から引っ張り出した。ますます大きな絶叫を上げて身体を震わせるマルジュに背を向け、ゆっくりとミレニアが腸を手に持ったまま台から遠ざかっていく。ずる、ずるっとその歩みに合わせるようにマルジュの体内からも腸が引きずり出されていき、激しく頭を振り立てながらマルジュが絶叫する。
「ベギャアアアアアアァッ! ジヌゥッ! グギャアアアアアアアアアァッ! ゴロジデェッ! アベベベベベベベベベ! ビドオボイニ! アギャギャギャギャッ! ゴロジデェッ! ブギャアアアアアアアアアアアアァッ!」
 マルジュのあげる絶叫を背中で聞きながら、ミレニアが壁まで歩みを進める。壁から生えたフックに手にしていた腸の先端を引っ掻けると、ミレニアはいったんマルジュの元へと戻っていった。ひくひくと身体を痙攣させ、酸欠の金魚のようにぱくぱくと口を開け閉めしているマルジュの腹の傷へと再び手を突っ込み、半分程度引っ張り出されていた腸を掴む。びくんっと身体を痙攣させたマルジュの腸を握ったまま、ミレニアは今度は別の方向へと歩き始めた。
「ベベベベベベベベベベッ! イダイイィッ! グギャギャギャギャギャギャッ! ジヌウウッ! ヒギャアアアアアアアアアァッ! ゴロジデグレエェッ! ブギャビャビャギャアアアアアアァッ!!」
 再び腹から内臓を引っ張り出されていくことになったマルジュが濁った絶叫を上げる。腸につられて他の内臓も引っ張り出され、台や彼自身の身体の上にべちゃりと広がっている。むっとするような血の臭気が立ち込め、耐えきれなくなったのかプラムがその場に膝をついて激しく嘔吐を始めた。一瞬そちらへと視線を向けたものの、歩みを止めようとはせずにミレニアはさっきとは別の壁へと足を進め、そこから生えたフックに手にした腸を引っ掻けた。血にまみれた腸が、一辺の欠けた三角形のように空中に張り巡らされたことになる。こふっ、こふっと血の混じった咳をしながら、断末魔の喘ぎを見せているマルジュの元へと戻り、ほとんどからっぽになった腹の中に視線を戻してミレニアが小さく首を傾げた。
「もう一回分、は、足りないですね。もうちょっと、小さな三角形にしないと無理ですか」
 返り血を大量に浴び、顔にも血のしぶきが散った凄惨な姿で無表情にミレニアはそう呟いた。嘔吐を続けているプラムの方へと視線を向け、淡々とした口調で呼びかける。
「大丈夫ですか? プラム」
「ご、ごめんなさい、ミレニア様。大丈夫、です」
 青い顔で立ち上がり、プラムが無理矢理笑顔を作る。空中に張り巡らされた血まみれの内臓に、表情をこわばらせ、再びしゃがみ込んだ彼女の元へと足を進めつつミレニアが軽く首を傾げた。
「大丈夫じゃ、なさそうですね。部屋に戻って休みなさい」
「け、けど……」
「もう、終わりましたから。手伝い、ありがとうございますね、プラム」
 淡々とそう言うと、ミレニアはさっさとプラムに背を向けて扉へと向かう。慌てて立ち上がり、その後を追ったプラムの耳に、苦しげなマルジュの呻きが微かに届いた……。

「……そう、そんなことをしたんですか」
 自分の部屋に戻り、返り血を落として服を着替えたミレニアがクリシーヌからの報告を受けてそう呟く。
「あ、あの、お気に召さなかったでしょうか、御主人様」
 やや動揺したように、クリシーヌがそう問いかける。彼女がやったのは、小型のギロチン台に犠牲者であるメリエルを固定、ギロチンの刃を支える紐を彼女の手に握らせた上で責めを加える、というものだった。最初は、館で働く下男を五人呼び集め、四つんばいに近い状態になったメリエルのことを前後から犯させた。五人全員の相手を出来たら生命は助けてやる、という条件を出しておいて、だ。秘所だけでなく口や肛門まで次々に、時には同時に犯されて息も絶え絶えになりながら、それでもロープを握り締めていたメリエルに、更に鞭や蝋燭での乳房あぶり、秘所あぶりなどを加えて散々悲鳴を上げさせ、最後は剣でロープを断ち切って彼女の首を落としたのだ。
 五人の相手をすれば助かる、と、そう思っていたのに約束を反故にされた時のメリエルの怒りと絶望の表情。更に、約束を反故にされてもう助からないと分かっていながら、それでも死の恐怖からは逃れられず、懸命にロープを握り締めていた彼女の悲鳴と哀願。自分が剣を抜き、ロープを断ち切ってから刃がメリエルの首を落とすまでのごく短い時間に彼女が見せた絶望と恐怖。それらを楽しげに語り終えたところでミレニアの不満そうな--といっても、表情や口調はいつもとまったく変化はないのだが--反応にであってクリシーヌは背筋に冷たい汗を感じた。
「あなたにやり方は任せる、と、そう言いましたから。別に、責めるつもりは、ありませんけれど。
 ……ただ、条件を出して助けると約束をしたのならば、条件を満たした相手は助けるようにしてください。これからは」
「はっ。しかし、彼女は御主人様を殺す計画を……」
「クリシーヌ」
 相手の言葉を途中で遮ってミレニアが名前を呼ぶ。口を閉ざしたクリシーヌへと無表情に視線を向け、ミレニアが言葉を続けた。
「私を殺そうと考えたことが死の理由になるとしたら、この屋敷で生きていられる人間はそう多くはないでしょう。実際に行動したのならばともかく、計画を立てただけでとがめるつもりは私にはありません。
 ……いずれにせよ、死んでしまった人間を生き返らせることは出来ませんから。下がっていいですよ」
「はい、御主人様」
 恭しく一礼して、部屋から出ていったクリシーヌのことを見送り、ミレニアは自分の左手の人差し指、第二関節の辺りに歯を当てた。
「楽しみのために、人を殺せるんですね、彼女も」
 小さくそう呟くと、ミレニアは椅子の背もたれに体重を預けて目を閉じた。
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