一月十八日 曇り


 昨年は、私にとってはいろいろと環境が変わった年でした。今年はどんな年になるのかな、と、漠然と考えながら普通の生活を送ってきていたんですけど、昨日になってちょっと大きな事件が起きてしまいました。
 私が領主として統治している--まぁ、実際には実務は専門の人たちに任せていて、私の仕事は書類にサインをすることぐらいなんですが--土地の中に、ドヌーブという小さな村があります。この街から街道を三日ほど行った所にある村なんですけど、そこに魔女が現れたらしいんです。まぁ、魔女が現れること自体はそれほど珍しいことでもないんですけど、今回はその魔女によって村人のほぼ全員が信仰を捨て、魔女になってしまったらしくて……。
 報せを受けた教会の人たちは大慌てで神殿騎士団を派遣し、結局ドヌーブ村の魔女たちを全て殺すか捕らえるかしました。もちろん魔女は例外なく火刑に処すと決まってはいますけど、審問を経て魔女であると認めさせた上でなければ処刑を行うわけにはいきません。
 ですから、当然捕らえられた人たちの審問を行うことになるんですけど、この街の教会の設備だけではとても全員の審問を行うことは出来ない、だから、このお屋敷の地下を魔女の審問に使わせて欲しい、という依頼が教会の方から来たんです。
 確かに、男の人たちは戦闘で大体殺されてしまったとはいえ、審問を行わねばならない捕らえられた魔女の数は四十九人。その全てを教会で審問にかけるのは大変だとは思います。だから場所を提供することは承諾したんですけど、そうしたら次に審問そのものも私たちで行って欲しい、と言われてしまって……。
 別に私は、人を殺すことや拷問にかけることを好きなわけではありません。罪を犯した人たちを裁くために必要な場合とか、本人が拷問にかけられることを希望している場合とかだったらかまわないんですけど、無実の人間を拷問にかけるのはやっぱり嫌です。公言するわけにはいきませんけど、私は神様を信じていませんし、悪魔や魔女の存在も信じていません。だから、『魔女だから』という理由で誰かを拷問にかけるような事は、出来ればしたくないんです。
 でも、だからといって断るわけにもいきません。領主の立場としては魔女の烙印を押された人たちを助けるわけにはいかないからです。今ではもう、誰かを拷問にかけるのは私の日課になってしまっていますけど、これからしばらくの間は無実の人たちを苦しめ、最後は生きたまま焼き殺さねばならないかと思うと少し気が重くなります。

「うあああああああ----っ!」
「ひいいいぃぃっ! やめてえぇぇっ! 身体、が、ちぎれるぅっ!」
「キャアッ! ヒッ! ヒイッ! 痛いっ! もう許してぇっ! ヒイイイィッ!」
 ゆっくりと地下の通路を歩くミレニアの耳に、様々な悲鳴が飛び込んでくる。滑車を使った吊るし落しにかけられている二十代前半の女性の上げるうめきにも似た悲鳴、ラックで身体を上下に引き伸ばされている四十過ぎの太った女性の絶叫、イバラ鞭によって全身を朱に染めた十代前半の少女の悲痛な叫び……。
 魔女の審問を行うそれぞれの部屋の扉は開け放たれ、様々な悲鳴が響き渡る。それぞれの部屋には審問にかけられている魔女以外にも二、三人ほどの魔女たちが審問の順番待ちをさせられているが、どの顔も真っ青に青ざめ、恐怖にこわばっていた。目の前で誰かが拷問されているのを見せられ、次はお前の番だぞ、と、そう脅されるだけでも十分な恐怖をもたらすというのに、他の部屋からも苦痛の叫びが届けられるのだから恐怖は何倍にも膨れ上がる。
「いやはや、噂には聞いていましたが、素晴らしい設備ですな。ありとあらゆる拷問のための道具がここにはそろっている。我が教会の設備など、領主様のお持ちになっているものの足元にも及びますまい」
 追称するような笑みを浮かべ、僧服をまとった痩せた男が前を歩くミレニアの背中に向かってそう言う。もっとも、彼の笑みもどこかこわばっており、頬には汗が伝っていた。魔女に審問を何度も経験している司祭といえども、常人ならば耳を覆いたくなるような悲鳴が周囲を満たしているこの状況はこたえるらしい。彼の言葉には答えず、無言のままミレニアがゆっくりとした足取りで魔女の審問の行われている部屋の前を通り過ぎていく。
 魔女たちの審問を行っているのは、この屋敷に仕えるメイドや下男たちである。当然ながら、拷問の訓練など受けてなどいない、誰かを自分が拷問にかけることなど想像したこともないようなごく普通の人々ばかりだ。そんな人々に拷問を--それも、普通の人間ではなく魔女への拷問を--させるというのはかなり酷な話である。魔女とは即ち、悪魔と契約を交わして様々な災厄をもたらす存在。神の力が強く作用する教会の中ではその力を振るうことが叶わないが、それ以外の場所であれば他人に害を為したり悪魔そのものを呼び出すことが出来るのだと信じられている。そんな相手を拷問にかけたりすれば、どんな呪いが降りかかるか知れたものではない。
 実際、この屋敷で魔女たちの審問を行うと聞いた時、屋敷に仕える人々はほとんどが顔色を変えた。魔女をこの屋敷に大量に連れ込み、審問を行うというだけでもとんでもない話だというのに、その審問すらも教会から派遣された専門家が行うのではなく、この屋敷の使用人が行わなければならないのだと聞かされた時は、パニックが起こりかけたほどである。
 一応、魔女の魔力を封印するために全ての魔女の額に烙印を押すことと、審問に用いる部屋に教会から持ち出した聖印を置いた上で司祭の手によって場を清めることが取り決められたが、だからといって直接拷問を行わねばならない人々の心が慰められるわけでもない。とはいえ、正面からミレニアに向かって抗議できる人間などそうはいない。魔女の呪いも恐ろしいが、それ以上にミレニアの怒りを買う方が恐ろしい、というわけだ。ミレニアによって選ばれた人々はあるいは恐怖し、またあるいは絶望しながらも、拷問をする羽目に陥ったのである……。

「ぎゃああああああああぁっ! ぎっ、ギャッ、ギャビイイイィッ!!」
 ロバにまたがらされ、がたがたと揺さぶられている女が濁った絶叫を上げる。ロバに乗せられてからずいぶんと時間が立つのか、既に半ば白目を剥きかけ、口の端には白い泡を浮かべている。腰の辺りまである髪は一つに束ねられ、天井から吊るされたロープに結び付けられていた。おかげでうなだれることも出来ず、ぼろぼろと涙をこぼしながら泣き叫んでいる。ロバを揺さぶっているのはこの屋敷に使えている下男の一人だが、ぎゅっと目を閉じ、歯を食い縛って何かに耐えるような表情を浮かべていた。
「ギイッヤアアアアアアァッ! ヒイイイイィッ! ギャアアアアアアアアアァッ!!」
 がたがたっ、がたがたっとロバが揺すられるたびに女の口から凄絶な絶叫があふれ出す。無残に引き裂かれた股間から鮮血があふれ出し、ロバの側面を真っ赤に染め上げ、床に滴って血溜りを作る。
「やべっ、やべてっ、もう許してっ! ギャアアアアアアアァッ!」
 女が絶叫し、哀願する。しかし、意識を失うまで彼女はロバの上から降りることは許されない。ロバを揺さぶっている下男にも、この部屋に連れてこられた他の魔女たちの縄を握っている下男にも、拷問を中断する権利は与えられていないのだ。彼らに与えられた命令は、とにかく気を失うまでロバで責めつづけ、気を失ったら次の魔女をロバに乗せよ、というものなのだから。

「あぶっ、ごぼぼっ、ぶはぁっ! げほげほっ、おぶうぅっ!? がぼぼぼぼぼ……」
 傾斜した台に寝かされ、牛の角をくり貫いて作った漏斗を口に押し込まれて水を注がれている十歳ぐらいの男の子が身体を波打たせてもがいている。その隣では見事な白髪になった老婆が同じように水を飲まされているが、こちらはかっと目を見開いたままびくっ、びくっと時折身体を痙攣させる以外は反応を見せていない。泣きそうな表情を浮かべて、メイドの少女たちが魔女の口に水を注いでいる。
「水責め、ですか。ふむ、教会ではやっておりませんが、効果的な責めではありますな。とはいえ、まだ初日ですからな、口を割るには至らないでしょうが……」
 水責めの場合、犠牲者が絶叫することはない。もちろん、他の部屋から響く悲鳴や絶叫はここに居てもはっきりと聞こえてくるのだが、それでも他の部屋の前よりは多少音量が小さくなる。おかげで一息つけたのか、司祭が額の汗を拭いながらそう小さく呟いた。彼がこの屋敷を訪れている本来の理由は、魔女たちの審問を行うためである。魔女であるかどうかの判定を行うためには、いくつもの質問をしてその回答を得なければならないのだが、魔女と直接会話するのは誘惑される危険をはらんでいるし、そもそも神学上の専門知識がなければ正確な判定は出来ない。だから彼がこうして巡回をしているわけだが、それは裏を返せば彼が居ない場所でどんなに哀願をした所で無駄だということだ。
 司祭を案内している筈のミレニアは、司祭の呟きに反応しようとはせず、ゆっくりとした足取りのまま歩きつづけている。一瞬足を止めかけた司祭も、それにつられるように部屋の前を後にした。これで、この部屋の魔女たちも、気を失うまで延々と苦しみつづけなければならなくなったわけである。

「グギャアアアアアアアァッ! ギ、ぎひいいいぃぃ……」
 背中に真っ赤に焼けた鉄の棒を押し当てられた老人が、がっくりと首を折って口からよだれの糸を垂れ流す。下男が嫌そうに表情をしかめながら別の鉄の棒を老人の背中に押し当てると、弾かれたように頭を上げ、老人が絶叫を放った。開かれた扉の前を、室内に視線を向けさえしないミレニアと、一応視線を向けはしたものの足を止めようとはしない司祭が通り過ぎていく。

「きゃああああああああぁっ! やべてっ、じんじゃううぅっ! ぎゃああああああああぁっ!!」
 審問椅子に座らされ、鋭い針の生えた木の棒を万力仕掛けでギリッ、ギリッと腕や胸に食い込まされていく二十歳前後の女の絶叫が響く。薄笑いを浮かべながら万力のハンドルを回すのは、クリシーヌだ。どの部屋の前を行きすぎる時も視線を前に向けたままだったミレニアが一瞬彼女の方へと視線を飛ばしたが、クリシーヌは気付かなかったようだ。ミレニアの方も声をかけるでもなく、足も止めずに部屋の前を行きすぎる。

「ああっ、熱いっ、ひいっ、あっ、あっ、ああああ---っ! 熱いっ、やめてっ、お願いぃっ!」
「やめてっ、その子は魔女なんかじゃないのっ! 魔女は私なのよっ! 娘を許してっ! 責めるなら、私を責めてちょうだいっ! あああぁっ!」
 十字架にかけられ、束ねた蝋燭の炎で脇の下やまだ膨らんでいない胸の辺りをあぶられる幼女の悲鳴と、それに重なって響く幼女の母の悲痛な叫び。表情を歪め、蝋燭の炎を幼女の身体から離したメイド姿の少女の視線が、丁度扉の前を行きすぎるミレニアへと止まる。はっと表情をこわばらせ、ぎゅっと唇を強く噛み締めてメイドの少女が幼女の股間の辺りへと蝋燭の炎を近づけた。甲高い幼女の絶叫と、悲痛な母親の叫びが重なる。
「ふむ、一応、質問をさせてもらいますか」
「どうぞ」
 司祭の呟きに、部屋の前を通り過ぎていたミレニアが扉の辺りまで戻ってくる。部屋の中に入ってきた司祭の姿に、母親が僅かに恐怖の表情を浮かべ、蝋燭を手にしたメイドの少女はほっとしたような表情になった。蝋燭の炎で散々身体をあぶられ、ぐったりとしている幼女の前に立つと司祭が重々しい口調で問いかけた。
「お前は、魔女であることを認めるか?」
「え……? え?」
「司祭様! その子は魔女なんかじゃありません! 魔女は私です! どうか、火あぶりにするのは私だけにしてください……!」
 きょとんとした表情を浮かべた幼女の呟きに、母親の悲痛な叫びが重なる。わずらわしげな一瞥を母親の方に向けると、そっけなく司祭は言い放った。
「今は、この者の審問を行っている。お前の審問は、後程行う。黙っているがいい」
「そんな……! 司祭様、お願いですっ、御慈悲を! その子は、魔女なんかじゃないんですっ!」
「お前は悪魔と交わった。そうだな? その時、どのような体位で悪魔と交わったのだ?」
 母親の叫びを完全に無視して司祭が幼女に問いかける。わけが分からないと言う表情を浮かべて、幼女が司祭の言葉を繰り返した。そもそも、性体験どころか、セックスという行為の存在自体知らない可能性が高い幼女に、体位に関する質問など答えられる筈もないのだ。
「え? た、たいい、って、何……?」
「ふむ、ごまかすのか。よかろう、ならば責めを続けるまでだ。おい、もっとその聖なる炎で魔女の身体をあぶってやれ」
「お願いっ! やめてぇっ! その子は何も知らないんですっ! 私はっ! 魔女でいいですからっ! お願いっ、その子は許してあげてぇっ!」
 司祭の言葉に母親が悲痛な叫びを上げ、蝋燭を手にしたメイドの少女も表情をこわばらせる。司祭が入ってきた時にこれでもうこんなことを続けずに済むのだ、と、ほっとしていただけに、司祭に続行を命じられたショックが大きいのだ。
「続けていてください。司祭様、次の部屋へ」
 泣き叫ぶ母親と呆然としている幼女、平然としている司祭の間に視線を言ったりきたりさせていたメイドの少女に、部屋の外からミレニアが静かに命じる。泣きそうな表情になってメイドの少女が蝋燭の炎を幼女の身体に這わせ、再び幼女の口から甲高い悲鳴があふれ出した。
 
「ぐえ、ぐ、ぐええぇぇ……。ぐるじい、緩め、て、ぐび、が、じまっでるぅ……。ぐ、ぐ、ぐうえええぇ……」
 ガロットで首を締め上げられた少年が、顔を青黒く染めて呻く。ガロットのハンドルを回しているのは目を閉じ、細かく身体を震わせている小柄なメイドの少女だ。
「お願い、もう何も言わないで。聞きたくない、悲鳴なんか、聞きたくないの。黙って、お願い、黙ってよ」
 ぶつぶつと呟きながら、少女がハンドルを回す。本来、ガロットは首を締めては緩め、緩めては締める、と言うことを何度もくり返し、窒息する寸前の苦しさと恐怖とを幾度となく味合わせることで対象者から自白を引き出す器具である。この少女にもその使い方の説明はされている筈なのだが、彼女はうわごとのような呟きを漏らしながらひたすら締め上げる咆哮にハンドルを回しつづけている。
「ぐ、え、え……ぇ……ぇ……」
 ハンドルが回されていくに連れて少年の悲鳴が掠れて消えていき、やがてゴキンという骨の砕ける嫌な音が響いた。青黒く染まり、膨れ上がった舌をだらりと口から垂らして少年の頭が前のめりに垂れ下がる。
「あは、あはははは、あはは……死んじゃった? あはは、死んじゃったの? あはは、あは、ははははは……死んじゃった、殺しちゃった、あはははは……」
 うつろな笑い声がメイドの少女の口からあふれ、焦点の失われた瞳を宙にさまよわせながらその場にへたりこむ。メイド服の股間の辺りに黒いシミが広がり、微かに白い湯気が上がる。
「すいません。彼女には、後で罰を与えておきます」
 僅かに足を止め、部屋の方に視線を向けたミレニアが淡々とそう呟く。魔女の審問に限らず、罪人に対して拷問を行う時に対象者を死に至らしめることは禁止されているが、そもそも年若い娘にこの環境下で拷問を行わせている事自体あまりに酷なのだ。自分の手で誰かを死に至らしめたショックで発狂してしまった少女に更に罰を加えるというミレニアの言葉に、額に浮かんだ汗を拭いながら司祭が応じる。
「あ、いや、魔女の審問に事故はつきものですから……どうか、寛大な御処置を」
「そう、ですか? では、そのように」
 無表情にそう応じ、再びミレニアが足を進める。うつろに笑いつづける少女の方を痛ましそうに見やり、司祭がその後に続いた。

「う、あ、あ、ああっ、あああっ、ああああああ----っ!」
 親指締めで指を締め上げられている少女が髪を振り乱して悲鳴を上げる。いかにも頭の悪そうな巨体の下男が無造作にネジを巻いていき、泣き叫ぶ少女の指を更に締め上げていく。親指締め、という名称ではあるが、今使われているものは実際には五本の指全てを同時に挟み込むことが出来るサイズのもので、少女は二つの親指締めによって両手の指全てを締め上げられている。
「痛いっ! やめて、もう許して! 何でも言います! 何でも言いますから、お願いっ、もう許してぇっ! きゃああああああぁっ! 私は魔女です! 認めます! 認めますからっ! イヤアアアアアアアアアアアァッ!」
「ふむ、ここは、初日から魔女であるとの自白を得られるかもしれませんな」
 前を行くミレニアにそう声をかけ、司祭が部屋の中に足を踏みいれる。激痛に半狂乱になって髪を振り乱していた少女が司祭の姿に気付いてすがるような叫びを上げた。
「ああっ! 司祭様っ! 全て認めます。認めますからっ、これ、緩めてっ! お願いですっ!」
「では、私の質問に答えてもらおう。お前は、魔女なのだな?」
「は、はいっ! 私は魔女ですっ! 認めますっ! 認めますからっ、緩めてっ!」
「では、サバトにも出席したのだな?」
「しゅ、出席しましたぁっ! ああっ、全てあなたのおっしゃる通りですっ! ですからっ、お願いっ、これを緩めてぇっ!」
 新たに締め上げられることはないものの、骨が砕けんばかりにきつく指を締め上げられた状態に置かれていることには変わりがない。激痛にぼろぼろと涙をこぼし、少女が懸命に叫ぶ。ふむ、と、顎の辺りに手を当てて司祭が更に問いかける。
「では、そのサバトに現れた悪魔の名は?」
「え? あ、悪魔の名前……? し、知りません。あっ、い、イヤアアアアアアアアァッ! 痛いっ! 指っ、指がっ、キャアアアアアアァッ!」
 司祭が軽く手を振り、下男が親指締めのネジを回す。ますます激しくなった痛みに絶叫を上げ、少女が髪を振り乱して身悶える。
「この期に及んで隠しだてをするとは強情な奴だ。では、サバトではどのような儀式を行ったのだ?」
「ああっ、分かりませんっ、ヒイイイイィッ、アアッ、キャアアアアアァッ! お願いですっ、もう締めないでっ! お願いっ、緩めてっ! イヤアアアアアァッ! 何でも言いますっ! 言いますからっ! アアッ、イヤアァッ! ギイヤアアアアァッ! 何を、何を話せというんですか!? ああっ、痛いっ、何でも言いますっ、ですからっ! アアアアアアァッ! お願いですっ! 何といえば、満足してくれるんですか? 教えてくだされば、私はそのとおりに……グギャアギャアアアアアアァッ!」
 ギリッ、ギリッと指を締め上げられて少女が半狂乱になって泣き叫ぶ。その間にも締め上げはますますきつくなり、ついにはベキボキッと嫌な音がして少女の指が全て砕かれてしまった。がっくりと首を折って気絶した少女の姿にふんっと鼻を鳴らし、司祭が部屋の外からその光景を無表情に眺めていたミレニアの元へと戻ってくる。
「まぁ、これで口を割るとは期待していませんでしたが……強情な奴です。素直に白状していれば、これ以上痛い目にあうこともないでしょうに」
「……次へ、行きます」
 司祭の言葉に淡々とそう応じ、ミレニアが再び歩き始める。

「ぐぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃあああああああああぁっ!」
「痛い痛い痛い痛い痛い! ちぎれちゃうよぉっ!」
 乳房裂き器を胸にはめられ吊り下げられた少女が、男性器に縄を結び付けられ吊り下げられた少年が、激痛に泣きわめき、身悶える。少女の方は辛うじて爪先が床につくかどうかという高さにまで既に引き上げられており、少年はまだ上半身が床についている状態だ。少年を吊るしている方の下男が目を閉じて巻き上げ機のハンドルを回すと、少年の下半身が更に引き上げられ、頭が辛うじて床につくかどうかという体勢になる。少年の口からあふれる叫びが、隣で少女が上げているのと同じ意味をなさない絶叫に変わった。
 一瞬顔を見合わせ、二人の下男が更にハンドルを回す。少年と少女、二人の身体が完全に宙に浮いた。激痛にじたばたと足が暴れ、その動きが更に苦痛を増す。獣じみた絶叫を上げる二人の身体が更に高く吊るし上げられていき、少女の身体には何本もの血の赤い筋が伝っていく。男性器と睾丸とをまとめて縛り上げられた少年の身体からは血は流れないが、味わっている苦痛は似たようなものだろう。
「ヒギャギャギャギャギャ! グギャ--アアァッ!! じぬ、じんじゃううぅっ!」
「ヤベッ、ビャアアアアアァッ! グギャ--アアァッ!! ビギャガアアアァッ!」
 じたばたと暴れる少女の足が一つにまとめられ、縄で石が吊るされる。少年の後ろ手に縛られた腕に更に縄が巻かれ、石が吊るされる。二人の口から更なる絶叫があふれ出し、苦悶に身体が揺れる。
「ウゥギャアアアアアアアアアァッ!!!」
「グベギャアアアアアアアアアァッ!!!」
 更に、一抱えはある石が追加される。二人の口から絶叫があふれ、それから後はもう激痛のあまり声にならないのか口をぱくぱく開け閉めするだけになる。かっと見開いたまなじりが裂け、血の涙が二人の顔を伝う。
 三個目の石が吊るされると、ついに耐えきれなくなったのか少女の乳房と少年の男性器が根元からむしり取られた。後ろ手に縛られた二人の身体が床に落ち、無残な傷口から鮮血をどくどくとあふれさせながら床の上を転がりまわり、のたうちまわる。二人の上げる悲痛な絶叫が響き渡った。

「ヒイッ! い、痛い、お願い、やめて……許して。ヒイイッ!」
 両腕で吊られ、辛うじて爪先が床に触れるかどうか、という体勢になった若い女が髪を振り乱して哀願の声を上げる。彼女の身体には百近い数の針が突き立てられ、血の玉をきらめかせながら松明の明かりを反射していた。下男が銀で出来た針の先端を蝋燭の炎であぶり、ぶすりと女の乳房へと針を突き立てる。
「ヒイィッ! 痛いっ、お願いっ、もう許してっ!」
 女が顔をのけぞらせて悲鳴を上げ、ぼろぼろと涙をこぼしながら哀願の声を上げる。いったん目を閉じ、ふうっと息を吐き出すと下男が新たな針を手にとった。
 魔女の身体には、悪魔との契約の証が有るとされる。一般的にはほくろやあざといった形でそれは残されるとされているが、悪魔によっては目に見えない形で残す場合も有る。ただ、いずれにしてもその悪魔との契約の証のある部分は痛みを感じないため、針を突き刺すことで探し出すことが出来るとされていた。
「ヒイイイイィッ! 痛いいぃっ! やめてっ、許してぇっ!」
 既に全身に散らばるほくろやあざの全てに針を突き立てられ、そういった目印になるようなものがない部分にも針を次々と刺されている女が、悲鳴をあげて身をよじる。全身に突き立てられた針を血が伝い、明かりを反射して光る。普通であれば一本の針をあちこちに刺しては抜きを繰り返すものだが、今は魔女の魔力を封じる意見合いも込めて聖なる金属である銀の針を、教会で聖別した蝋燭の炎であぶってから突き立てそのままにしてあるのだ。その結果、女の身体には長い針が乱立し、針ネズミのような状態になっている。
「印は、見つかったかね?」
「いえ、それが……」
 扉の辺りから声をかけてきた司祭に、下男が首を振ってそう応じる。ふむ、と、小さく呟くと司祭は視線を女の股間の茂みの辺りに向けた。
「時には、女のものの中に印を残す場合も有る。そこの中も調べてみるのだ」
「いやああああぁっ! お願いですっ、私は魔女なんかじゃありませんっ! 信じてくださいっ! そんな所に針を刺されたら、私、死んじゃいますっ!」
 司祭の言葉に女が悲鳴を上げる。はぁ、と、曖昧な返事を返して下男が屈み込み、女の秘所に指を伸ばした。女の秘所の茂みをかき分け、割れ目を指で押し広げると言うのは普通の状況であれば男にとって嬉しい状態、なのだが、この状態では到底楽しめはしない。
「イヤッ、いやいやいやあぁっ! やめてっ、お願いっ、いや……やめて……クヒイイイイイイィッ!!」
 身をよじって女が悲鳴を上げるが、吊るされた状態では身体の自由はないに等しい。割り開かれた秘所の中へと針が伸び、敏感な粘膜にぶすりと突き刺さる。怪鳥のような悲鳴を上げて女が顔をのけぞらせ、足が宙を掻く。
「一本だけでは分からんな。続けるのだ」
「は、はあ……」
「後で、また来ます。それまでは続けていてください」
 司祭の言葉に、曖昧に頷く下男へと更にミレニアが言葉をかける。今度はぎこちなく頷くと、下男は次の針を手に取り、女の秘所の中へと突き立てた。女の絶叫が響く部屋を後にして、更にミレニアと司祭は足を進める。

「うああああっ、うあっ、あうああっ、うああああぁっ!」
 椅子に座らされ、金属の輪で額を締め上げられているのは四十代の女だ。強烈な締め上げに頭の骨が変形し、目玉が半ば飛び出してしまっている。今はもう締め上げは行われていないが、その代わりとでもいうのか下男が女の正面に回り、指で彼女の額を締め上げている金属の輪を弾いている。指で弾かれるたびに頭が粉々になったのではないかと思うほどの激痛が走り、女の口から不明瞭な叫びがあふれた。
「うあうっ、うあっ、うあああああっ! ああうっ、うあっ、ううううああああっ!」
「やめてっ! お母さんは、三年前に病気をして以来口がきけなくなっちゃったの! しゃべりたくてもしゃべれないのよっ!」
 縛り上げられ、床の上に座らされた少女が叫ぶ。しかし、表情を歪めながらも下男には指で弾くことをやめようとはしない。女が気絶してくれれば次の相手--つまりは、今叫んでいる少女だが--に責めの対象を移すことが出来るが、それまでは何といわれようと続けるしかないのだ。命令に逆らえば、今度は彼自身が拷問される羽目になりかねないのだから。
「ふむ、この部屋は、どうですかな?」
 と、そんな声と共に司祭が部屋にやってくる。はっとそちらに視線を向けた少女のことを無視して女の前に歩み出ると、司祭が女へと問いかける。
「お前は、魔女であると認めるか?」
「あう、あうあうあうあ」
 頭を締め上げられているために頷くことは出来ないものの、必死の表情で女が訴えかける。ふん、と、小さく鼻を鳴らすと司祭は彼女に背を向けた。
「口がきけないふりか。魔女がよく使う手だな。かまわん、続けろ」
「そんな! ふりなんかじゃないっ! お母さんは、病気で本当に口が……!」
 愕然とした表情で訴えかける少女を無視して司祭が部屋から出ていく。下男に向かって続けるように指示を出すと、ミレニアは次の部屋へと歩き始めた……。

「いやはや……」
 地下で審問を受けている魔女たちの見回りを終え、教会に戻る道すがら口元を手で覆って司祭が小さく呟く。大槌で手足の骨を打ち砕かれている者も居た。鋸で腕を切り落とされている者も居た。猫の爪で肉と皮とを削ぎ取られ真っ赤な服を着ているような姿になった者も居た。今でもまだ、耳の中に悲痛な絶叫が残っている。
「あのような光景を見て、顔色一つ変えないとは……恐ろしいお方だ」
 ぶるるっと小さく身震いすると、司祭は次の見回りを誰に変わってもらおうか、と、思索を巡らせ始めた。三日後の再訪を約しては来たが、もう一度あの地下に降りる気にはとてもなれない。あんな光景を延々と見せられるぐらいなら、殺された方がましだとさえ思う。
 もちろん、魔女たちの審問は当然続けなければならないが、そのやり方はミレニアにも伝えてある。職務だからと懸命に恐怖心を押さえていた自分よりも、むしろ彼女の方が適任かもしれない。

「ミレニア様? お疲れ、ですか?」
 ミレニアの自室へとお茶を運んできたプラムが軽く首を傾げてそう問いかける。床の上にかがみこみ、手足を切断された幼女の剥製の髪を撫でていたミレニアが、僅かに顔を上げてプラムの顔を見つめる。
「どうして、そう思うんです?」
「だって、表情が暗いんですもの。やっぱり、このお話、受けない方が良かったんじゃないですか? 何だか、ミレニア様、辛そうに見えます」
 テーブルの上のカップに紅茶を注ぎつつ、プラムがそう言う。すっと、僅かに目を細めてプラムのことをミレニアが見つめる。この屋敷の人間の中で、これをやられて平静を保てるのはプラムぐらいなものだろう。動揺するぐらいならまだましなほうで、その場にへたりこんでしまう者も珍しくないのだ。
「ミレニア様は、もっと笑ったり泣いたりしてみせた方がいいですよ。表情が乏しいせいで、無用の誤解を招きまくってるんですもん。って、何だか私、同じことばっかり言ってますけど」
 小さく苦笑を浮かべて、プラムが一礼すると部屋から出ていく。再び視線を剥製の方に落として、ミレニアが小さく呟いた。
「あの時、私の心は凍りついてしまったから……」

(後日譯)
 ドヌーブ村で捕らえられた魔女たちの審問は半月に及んだ。過酷な審問に耐えきれず命を落とした者を除く三十一人の火刑は、街の中央広場で行われることとなった。これだけの数を火刑に処すために広場には大きな鉄の牢が作られ、その中に薪と藁とが山と詰まれた。牢の中に三十一人の魔女たちを閉じ込め、火を放ってまとめて焼き殺そうというのである。
 女子供を主とする魔女たちが全裸で牢の中に追い立てられる。街の住民や、噂を聞きつけてやってきた人々の見守る中、牢の中へと火が放たれる。
「ひいいいぃっ、いやっ、死にたくないっ! きゃあああああぁっ!」
 炎に囲まれた女性の悲痛な叫びが。
「うわっ、うわあああぁっ! 誰かっ、誰か助けてくれぇっ!」
 炎に追い立てられ、牢を構成する鉄の棒を握り締めた少年の絶叫が。
「えーん、ママァッ、熱い、熱いようっ!」
 炎から逃れようとでたらめに動きまわる人々によって母親とはぐれた幼い子供の泣き声が。
 ぱちぱちと薪が燃える音に混ざって広場に響く。炎と煙は徐々にその勢いを強めていき、牢の中に閉じ込められた人間たちの身体へも燃え移っていく。
「ああっ、どうして!? どうして私たちがこんな目に……キャアアアアァッ!」
 目に涙を浮かべて叫ぶ少女が、でたらめに動きまわる人の波に突き飛ばされるような格好で火勢の強い辺りに倒れ込んでしまい、絶叫を上げて転げまわる。
 揺れる炎と湧き上がる煙の中に、生きながら焼かれていく人々の姿が垣間見える。炎の海となった牢の中でもがき苦しみながら人間が焼かれていく。
 『魔女』たちの上げる断末魔の絶叫と、観衆の上げる歓喜の声が街を揺るがす。その熱狂の中、高い位置に作られた自分の席で、ミレニアは静かにその光景を見守っていた。いつものように、何の表情も浮かべずに……。
TOPへ
この作品の感想は?: