皮剥ぎ


「よぉ、マヤちゃん。昨日はよく眠れたかい?」
 にやにやと楽しげな笑いを浮かべた東城が床の上に転がされたマヤのことを見下ろしながらそう尋ねる。拘束衣を着せられ、抵抗力を完全に奪われたマヤはせめてもの抵抗の証としてぎっと東城のことをにらみつけた。
「あなたが直接来るなんて、珍しいわね。……おかげで、気分は最悪だけど」
「そりゃ残念。何しろ、樹璃先生はマヤちゃんのせいであんなことになっちまったし、有栖川の旦那には別の用事を頼んでるもんでね。
 さて、楽しい尋問の時間だ。さっさと素直になっちまったらどうだい?」
 マヤの殺気を込めた視線を平然と受けとめ、東城が笑う。ぎゅっと唇を噛み締め、ますます険悪な視線を向けてくるマヤの姿に、くくっと喉を鳴らすと東城はマヤの身体を抱え上げ、キャスターの上にどさっと放り出した。
「強情を張るのも結構だがね、マヤちゃん。俺の休暇もそろそろ終わりなんだ。時間に余裕もないことだし、今回の拷問は厳しいぜ? さっさと吐いて、楽になっちまったらどうだい?」
「あなたのいいなりになるぐらいなら、死んだ方がましよっ」
「おやおや、嫌われたもんだ。ま、その態度がどこまでもつことやら」
 マヤの向ける敵意を意にも介さず、東城が笑う。ぎゅっと唇を噛み締め、マヤはふんっと顔を背けた。

 マヤが連れ込まれたのは、コンクリートが剥き出しの殺風景な部屋だった。中に控えていた無表情な二人の女兵士たちがマヤの拘束衣を脱がせ、人間の頭ぐらいの高さに吊るされた棒に彼女の両腕を広げて括りつける。足がなえていてまともに立っていることも難しいマヤの身体が広げた両腕で吊るされ、Yの字になる。更にマヤの足もとに二人の女兵士たちは屈み込み、左右から彼女の足を抱え込んだ。上体をよじるぐらいしか出来なくなったマヤの前ににやにやと笑いながら東城が歩みより、懐からナイフを取り出して彼女の顔の前にかざす。
「今までは、あんまり派手に出血するような責めは外してきたんだがね。時間もないことだし、今日はマヤちゃんの全身に皮を剥ぎ取ってやるよ。さて、どこまで耐えられるかな?」
「ふ、ふん。そんなちっぽけなナイフで、私の全身に皮を剥ぐですって? 随分とご苦労なことね。やりたければ、好きにすればいいわ。でも、私は何もしゃべらないっ。殺されたってね!」
「くくくっ、威勢がいいねぇ。ま、確かにちっぽけなナイフだが、こいつは刃に単原子加工がしてあってね。マヤちゃんの柔肌を切り裂くなんて造作もないのさ。ま、論より証拠、実際にその身で味わってみるのが一番だろうなぁ」
 笑いながら東城がマヤの右胸、無数の乳首が生やされた異形の乳房へと手を伸ばし、乱立する乳首の一つを指先でつまむ。そのままぐっと乳首を引っ張ると、乳輪の部分がぷくっと盛り上がり、それ自体が小型の乳房のようにも見える乳首の根元へと無造作にナイフを走らせた。熱したナイフでバターを切るように、何の抵抗もなくナイフが肌と肉とを切り裂く。
「うっ、うああああぁっ!」
 眉を寄せ、額に油汗をにじませてマヤが顔をのけぞらせる。乱立する乳首の全てが、本来の乳首と同等かそれ以上の鋭敏さを持っているのだ。乳首を切り落とされる激痛に喘ぐマヤの姿を薄く笑いながら眺め、東城が別の乳首をつまみ上げる。
「ひっ、ひいいいいいぃっ!」
 すぱっと二つ目の乳首が切り落とされる。悲鳴を上げて上体をくねらせるマヤ。あふれた血が糸を引き、彼女の身体の上を伝っていく。三つ目の乳首を摘まみ上げ、東城が軽く肩をすくめてみせた。
「マヤちゃんは、幸せだよなぁ。普通の女じゃ、乳首を切り落とされる痛みは最高でも二回しか味わえないんだぜ? マヤちゃんはこの痛みを十回以上も堪能出来るんだからなぁ」
「そ、そんなこと、嬉しいはずないでしょっ。くうううぅっ」
 東城の軽口に叫び返したマヤが、乳首をぐいっと捻られて苦痛の呻きを漏らす。にやにやと笑いながら東城がマヤの乳首を容赦なくギリギリと捻り上げ、もう一度肩をすくめてみせる。
「何を言ってるんだい? マヤちゃん。普通の人間には出来ない経験をするって言うのは、何であれいいことだろ? 大体、この痛みを味わいたくなけりゃ、素直に俺の質問に答えりゃいいんだからな。マヤちゃんが好きで味わってる痛みなんだぜ、こいつはよっ」
「きゃあああああああああぁっ!」
 すぱっと、千切り取られるのではないかと思うほど捻り上げられた乳首を根元から切り落とされ、マヤが甲高い悲鳴を上げる。くくくっと楽しそうな笑いを漏らし、四つ目、五つ目の乳首を無造作に摘まんではナイフを走らせる東城。ナイフが乳首を切り落とすたびにマヤの口から悲痛な悲鳴があふれ、鮮やかな切り口からは鮮血があふれて彼女の白い肌の上を伝う。
「きゃあああああぁっ! ひいいいいいぃっ! 嫌ああああぁっ! やめてっ、一思いにっ、殺してぇっ! キャアアアアアアァッ!」
 すぱっ、すぱっと、マヤの乳房の上に乱立する乳首が次々に切り落とされていく。身をよじり、目を見開いて悲痛な叫びを上げつづけるマヤ。ぼろぼろと涙が彼女の目からこぼれ、頬を伝う。しかし、彼女の苦悶する姿を楽しそうに見やりながら、東城は手を休めることなくマヤの胸から乳首を削ぎ落としていった。彼の足下には鮮血にまみれた乳首がいくつも転がり、マヤの右胸は鮮血で真っ赤に濡れててらてらと光っている。
「うっ、ううぅ……あうぅ……」
「ほうら、これで化け物じみたマヤちゃんの胸も、普通の人並みになったじゃないか。感謝の言葉の一つぐらい、聞かせてくれても罰は当たらんと思うがね?」
 普通の女性の乳首がある辺りの乳首を一つだけ残し、その他の乳首を全て切り落とし終えた東城がそう言って笑う。心臓が脈打つたびにズキンズキンと激しく響く乳房の傷の痛みに、がっくりとうなだれて喘いでいたマヤがのろのろと顔を上げ、ぺっと東城の顔めがけて唾を吐いた。もっとも、その反応を予想していたのか、東城はあっさりと吐きかけられた唾をかわしてしまったのだが。
「素直じゃないねぇ。じゃ、この乳首も切り落としちまおうか」
「か、勝手にすれば!? どんな拷問にかけられたって、私は、あなたの思い通りになんかならないんだからっ!」
「そうかい? それじゃ、遠慮なく」
「き、きゃああああああああぁっ!」
 すぱっと、最後に残された乳首をナイフが切り落とす。顔をのけぞらせて悲鳴を上げるマヤのことを楽しそうに笑いながら眺め、東城は左手を一切の突起物が無くなった血まみれのマヤの乳房へと伸ばした。
「奇麗な半球になったじゃないか。これはこれで、面白い眺めだな」
「いっ、痛いっ! やめてっ、触らないでっ、イヤッ、イヤアアアアアアアァッ!!」
 血まみれのマヤの乳房を東城が左手で握り、こねくりまわす。無数に刻まれた傷の痛みが一気に弾け、マヤが悲鳴を上げて身体をくねらせる。そんな彼女の動きを楽しむようにしばらくマヤの胸を弄んでいた東城だが、しばらくそうやって散々マヤに悲鳴を上げさせると目標をだらんと垂れ下がった左の乳房へと移した。
「さぁて、こっちは、どうするかな。輪切りにしても面白そうだが、ま、今日は皮剥ぎをするって言ったしな」
 そう呟きながら東城は左手でマヤの左の乳首を摘まみ、ぐいっと引っ張る。くううぅっと苦痛の呻きを漏らすマヤにはかまわず、乳首の側の肌にナイフの刃を触れさせると、東城は一気にすうっと胸の根もとの辺りまでナイフを動かした。かんなをかけるようにしゅるしゅるしゅるっとマヤの胸の皮膚が剥ぎ取られる。マヤの口から悲痛な悲鳴があふれ、ビクンビクンと身体が痙攣した。
「キャアアアアアアアアアアアア-----ッ!!」
「くっくっく、あいかわらず、いい声で鳴くねぇ、マヤちゃんは。ほうら、もう一度だ」
「いっ、いやっ、やめてっ、お願いっ!」
 乳房の右横の辺りにナイフの刃を当てられ、マヤが表情を引きつらせて哀願の声を上げる。ほう、と、小さく声を上げて東城がマヤの顔を見つめた。
「どうしたんだい? マヤちゃん。この程度でねを上げるなんてマヤちゃんらしくないじゃないか。ま、別に俺としては、マヤちゃんが素直になってくれるにこしたことはないんだがね。やめてってのは、素直に俺の質問に答えるってことかい?」
「そ、それは……出来ないわ」
 東城の言葉に言い淀むマヤ。唇の端をくっとつり上げると、無造作に東城はナイフを滑らせた。
「キャアアアアアアアアア----ッ!」
「ゆっくり考えてくれてかまわないんだぜ、俺としては。ま、この痛みを味わいながら、素直になるかどうか決めてくれや。どうせ、本番は有栖川が道具を持ってきてからだからな。こいつはほんの前座みたいなもんだ」
 悲鳴を上げて背筋を弓なりにそらせるマヤへとそう言いながら、東城が乳房の下側にナイフを当て、すうっと滑らせる。三度、乳房の皮を剥ぎ取られて悲鳴を上げて身悶えるマヤ。薄く笑いながらナイフを左手に持ち変え、右手でマヤの乳首を摘まむと東城は乳房の左側にナイフを当てて滑らせる。
「キャアアアアアアアアア----ッ! ひっ、ひぎ、ひぃぃ……」
 乳房の上下左右の皮を剥ぎ取られ、がっくりとうなだれて喘ぐマヤ。唇の端からよだれがつうっと糸を引く。無事な部分と無残に皮を剥ぎ取られた部分とが均等に交互に並ぶマヤの左の乳房。しかし、無事な部分も皮を剥ぎ取られた部分からあふれ出す鮮血のために真っ赤に染まり、一本の真っ赤な筒のような状態になってしまっている。軽く小首を傾げながら、東城はナイフを乳首の根元に当て、無造作にすぱっと乳首を切り落とした。
「ギャウゥッ! うっ、うあ、うぅ……あ、ひぃぃ……」
「しっかし、有栖川は何をもたもたしてるんだ? 前座が長すぎるのも考えもんだぜ?」
「ギィッヤアアアアアアアァッ!!」
 呟きながら乳首を切り落とされたマヤの乳房を掴み、指二本ほどの長さで先端を切り落とす東城。びちゃっと重い音を立てて切り落とされた肉塊が床に落ち、マヤが絶叫を上げて激しく頭を振り立てる。皮を半分剥がされた乳房を掴まれているのも痛いし、先端部分を切り落とされるのは当然ながらもっと痛い。すぱっ、すぱっとまるで野菜でも切るかのようにマヤの乳房を先端から削ぎ切りにしつつ、東城が苦笑を浮かべて肩をすくめる。
「ま、この前座もなかなか楽しいが」
「ギャウッ! ヒギャッ! ィギャアッ!」
 ナイフが振るわれるたびに短い絶叫を上げてマヤが身体を震わせる。だらんと垂れ下がった乳房は、まだたっぷりと長さを残しているが、普通のサイズの乳房であればそろそろ削ぎ落とす部分が無くなるであろう頃になってやっと部屋の扉が開き、白衣の青年、有栖川シンが姿を現した。
「どうも、遅くなりまして」
「まったく、何をやってたんだ? あんまり遅いから、ほら、マヤちゃんが半分気を失ってるじゃないか」
「はぁ……」
 東城の言葉に、有栖川が茫洋とした視線をがっくりとうなだれ、ひくひくと身体を痙攣させているマヤの方に向ける。
「すいません、忘れ物をしたことに気付いて、取りに帰っていたもので」
「忘れ物?」
「ええ」
 東城の怪訝そうな問いかけに、有栖川が背後の『道具』の台座の部分から一抱え程のケースを手に取った。内部に満たされた液体の中にゆらゆらと髪の毛がたゆたい、その合間から目を閉じた女性の顔が見える。切断された、彼の姉、樹璃の首のホルマリン漬けだ。
「そいつは、皮肉のつもりかい? ええ? 有栖川さんよぉ」
 流石にむっとしたような表情を浮かべて東城がそう問いかける。彼の姉を殺したのは自分だし、その首をホルマリン漬けにして彼に渡したのも自分だ。しかし、こうやって目の前に持ってこられて気分のいいものではない。しかし、東城の悪意をどう受けとめたのかは分からないが、有栖川は静かに首を横に振った。
「いえ、別に。ただ、姉さんにも、この場に立ち会う権利はあるかと思いまして。姉さんは、随分と彼女のことを気にかけていましたからね。インスペクター殿が不愉快だと言うのであれば、これは持って帰りますが」
「ふん。ま、いい。好きにしな。
 それより、そいつはきちんと動くんだろうな?」
 不愉快そうな表情のまま、東城が視線で有栖川の背後の『道具』を指し示して問いかける。
「はぁ。急ぎ仕事でしたけど、この程度の細工であれば何とか」
「なら、いい。準備してくれ」
 東城の言葉に、有栖川がキャスター付きのそれを押してきたコーポの兵士の方を振りかえって指示を出す。キャスター付きの台車から支柱が二本生え、その二本の支柱の間には円柱の上下の端に三角錐をくっつけたような形の鉄製の檻が横倒しになって渡されている。檻の中央の円柱型をした部分の太さは、中に人間が身体をまっすぐにして寝転んだ時にやや隙間が出来る程度、長さはやはり中に人間が寝転ぶと首から膝がその中に収まるくらいだろうか。円柱部分の上下、三角錐との接合点には鉄の蓋がしてあり、そこに丸く穴が開いている。
 室内に運び込まれたその道具に向かって、有栖川が掌サイズのコントローラーを操作する。ぱかっと真ん中から開いたその檻の中へと、ぐったりとしたマヤの身体が横たえられた。
「ひっ!?」
 ぐったりとしていたマヤがびくんと身体を跳ねさせ、小さな悲鳴を上げる。檻の内側には短い刺がびっしりと生えており、その上に全裸で寝転ばされたのだからそれも当然だろう。起き上がろうとするマヤの身体をコーポの女兵士たちが押さえ、有栖川が機械を操作して檻を閉じる。鉄板の穴から首と足とを突き出し、胴体部分はびっしりと生えた刺の上に寝転ぶ格好を取らされたマヤが苦痛の表情を浮かべ身をよじる。だが、そんなことをすれば檻に生えた刺によって肌が引き裂かれてよりいっそうの苦痛を味わうことになる。すぐにそのことに気付き、全身に力を込めて動かないようにしながらマヤは視線を東城の方に向けて虚勢混じりの笑みを浮かべた。
「おおげさなことを言って、結果がこれ? 確かにちくちくとはするけど、たいしたことないわよ」
 実際、刺の数が多いのと一本一本の長さがごく短いせいで、苦しくはあるが耐えられないというほどの痛さではない。しかし、軽く肩をすくめると、東城は酷薄な笑みを浮かべた。
「さぁて、そいつはどうかな? 有栖川さんよ、本番開始と行こうぜ」
「はぁ」
 樹璃の頭部の収められたケースを抱えたまま、やる気の感じられない返事を返して有栖川がコントローラーを操作する。ごぅん、と、重い音をたて、ゆっくりとマヤが収められた檻が回転を始めた。
「ひっ!? な、何これ!? ひっ!? きゃあぁっ!」
 檻の回転に従い、上の方へと移動しかけたマヤの身体だが、別に固定されているわけではないからある程度まで上がった所で重力に引かれてずるりと円柱状の檻の内側を滑り落ちる。単なる円柱の内側を滑るだけなら、どうということはない。しかし、彼女が収められた円柱檻の内側には、びっしりと刺が生えているのだ。その上を滑り落ちた彼女の背中や尻に無数の引っ掻き傷が刻まれる。
「つうぅっ。け、けど、これぐらい……きゃあぁっ!」
 傷の数は多いが、どれも浅く短い。憎まれ口を叩こうとしたマヤの身体が再度持ち上げられ、滑り、新たな傷が無数に刻み込まれた。その間にも、回転檻はその回転する速度を上げていく。
「きゃあぁっ、きゃあっ、ひいいぃっ! あ、イヤッ、キャアアァッ!」
 背中や尻に無数の引っ掻き傷が刻まれ、新たな傷がその上に重なる。その痛みに小さく悲鳴を上げていたマヤの声と表情が、次第に切迫してくる。円柱の中に物を入れて円柱を回転させると、回転速度が遅いうちは中のものは回転による上昇、落下を繰り返すが、回転速度が早くなってくるとその勢いについていけずに中で空回りを始める。マヤの身にも、それが起こったのだ。
「キャアアアアァッ! ヒイイイイイィィッ! イヤッ、止めてっ、止めてぇっ! キャアアアアアアアァッ!」
 回転する円柱檻の中で、ぐるぐるとマヤの身体が回転する。背中や尻だけではなく、胸や腹にも無数の引っ掻き傷が生まれ、しかもその数はすさまじい勢いで増えていくのだ。ビッ、ビッ、ビッとマヤの全身の皮膚がボロ雑巾のように引き裂かれ、鮮血を滴らせる。
「ギイヤアアアアアアアァッ! ギャギャギャギャギャゥアアギャアアアアァッ! ビャアアアアアアアアアァッ!!」
 いまやゴオオオオーーッとすさまじい勢いで回転する円柱檻。そこから首と足とを突き出した姿勢で、絶叫を上げながら自らも回転するマヤ。彼女の視界の中では天井と床とがすさまじい勢いで交互に切り変わり、回転による三半器官の変調とそれに伴う不快感、嘔吐感が全身を苛む激痛に加わった。
「ウゥウギャアアアアアァッ----ヒャアアアアギッヤアビャビヒイィィィッ----グウギャアアアアアアアアアァッ!!」
 円柱檻から生えた小さな刺は、今やマヤの全身を切り刻む残酷な凶器と化していた。しかも、一つ一つの傷はごく小さく致命傷にはなり得ない。無数の痛みが連続して全身の至る所で弾け、しかもその痛みは時間を増す毎に激しくなっていく。付けられた傷を更にえぐられたり、傷のせいでめくれ上がった肌に刺が引っ掛かって皮膚を引き剥がしたりしているのだから。
「ジヌウウゥゥッ! ジンジャウウゥゥッ! ウゥウゥギャアァアァアaアアァッ!! ジャギャアアアアアァッ--ブウギャアアアアァァ--ウギャアアアAaアぁアァッ!!!」
 音程の狂った目茶苦茶な絶叫を上げ、マヤが円柱檻の中で身悶え、のたうちまわる。もちろん、そんなことをすれば更に傷は増え、痛みは増すばかりだ。回転する鉄の檻は鮮血に濡れて真っ赤に染まり、そこから雨のようにぴぴっ、ぴぴぴっと周囲に鮮血が飛び散り斑模様を作る。
 東城が軽く片手を上げ、コーポの女兵士がバケツを持って回転檻に近づく。たちまちのうちに彼女の服も顔も横殴りの鮮血の雨に濡れて真っ赤に染まるが、感情を排除された女兵士は表情一つ変えずにバケツの中に満たされた真っ赤な水を回転する檻へとぶちまけた。
「ウギャアアアアアアアアアア-------ッ!!! アアアアアアアアアア----アアアアアアアアアアアアア-----アアアアアアアアアアアァッ!!!」
 凄絶な絶叫を上げ、マヤが身体をこわばらせる。口は大きく広げられたまま閉じず、そこからひたすらにア音だけがあふれ出す。バケツの中身は、昔ながらの唐辛子やらタバスコやら塩やらがたっぷりと溶かされた水だ。全身に無数の傷を刻まれ、無傷の部分を探す方が難しいと言った状態になったマヤが、そんな物を浴びればどうなるか。ぶくぶくと大量の白い泡を噴き出し、白目を剥きながらなおも絶叫を続ける彼女の姿が、その答えだ。
「アアアアアアアアアアアァァァアアアァアア----ウアギャアアアアアァッ!! ギイギャアアアァッ---ヒギャアァウギャアアアァアア! -ッ-ァッ-ベビャビベビャギャアアアアアァッ!!!」
 しばらくア音だけを吐き出しつづけていた口が閉じ、閉じたかと思うと再び音程の狂った目茶苦茶な絶叫が彼女の口からあふれ始める。皮肉なことに、浴びせられた水の強烈すぎる痛みがやや収まり、全身を切り刻まれる痛みの方に意識を向けられるようになった結果がこれだ。
「どうだい? マヤちゃん。素直に答える気には、なったかい?」
「グウギャアaアAァブビャアアアアアベグギャガガグギャアアアアァッ!!」
 東城のからかうような問いにも、マヤはひたすら音程の狂った絶叫を上げつづけるだけだ。今の彼女には、東城の言葉など耳には入っていないだろう。目を見開いてはいるものの、おそらくは何を見ているかの認識も出来てはいない。ただただ、全身を包む苦痛だけが彼女の全てだ。
「やれやれ、水でも浴びて、少しは冷静にならなきゃ答えることも出来ないのかなぁ? マヤちゃんは」
 にやにやと笑いながら東城がそう言い、片手を上げる。さっきとは別の女兵士がバケツを手に回転檻に近づき、水をぶちまける。再び響く、凄絶なマヤの絶叫。泡を噴き、白目を剥きながらマヤは絶叫を上げつづける。激痛のあまり、失神することも出来ない。いや、正確に言えば、激痛によって失神し、失神した次の瞬間には激痛によって覚醒する。覚醒した次の瞬間再び失神、失神した次の瞬間再び覚醒。それを、ひたすら繰り返しているのだ。
 長く続く、アだけで構成された絶叫。その次に訪れる、音程の狂った目茶苦茶な絶叫。東城の問い。答えられるはずも鳴く絶叫を続ける、マヤ。東城が片手を上げ、今度は回転檻を押して来た兵士がバケツを手にする。ぶちまけられる水。凄絶な絶叫。大量に噴き出された泡がマヤの顔を覆う。白目を剥き、それでも絶叫を続けるマヤ。長く続く、アだけで構成された絶叫……その、繰り返し。部屋の中で展開される、地獄絵図。女兵士、女兵士、兵士、女兵士、女兵士、兵士……順繰りにバケツの水を浴びせ、マヤに意識を失うことも許さず、全身を切り刻みつづける。単音の絶叫、目茶苦茶な絶叫、ただひたすらにそのくり返し。時間だけが、ゆっくりと過ぎていく。マヤに許された自由、それは、発狂しそうな痛みを味わうことと泣き叫ぶことだけ。
「そろそろ、死にますよ」
 どうでもよさそうな、有栖川の言葉。短い東城の舌打ち。東城が肩をすくめ、有栖川の指がコントローラーを操作する。回転を止める檻。ぐったりしているマヤ。有栖川の操作。ぱかっと開く檻。どさっと転がり落ちる血まみれのマヤ。女兵士が無造作にマヤを台座から蹴り落とす。転がり、ひくひくと痙攣するマヤ。にやにやと笑いながら、東城がバケツを片手に歩み寄る。半分失神し、痙攣しているマヤ。
「グギャアアアアアアアアアアアアアアァッ!!」
 ぶちまけられる赤い水。マヤの絶叫。床の上を転がりまわり、のたうつマヤ。笑いながら東城がマヤの胸を踏みつける。苦悶に身体をのたうたせるマヤ。東城の問い。答えられるはずもなく、絶叫して身体をのたうたせるマヤ。ふっとその絶叫が途切れ、完全に失神する。
「やれやれ、本当にたいしたもんだよ。これでも自白しないんだからなぁ」
「したくても、出来る状態になかったと思いますがね。まぁ、インスペクター殿のやり方に、異議を唱えるつもりはありませんが」
 東城の言葉に、どうでもよさそうないつもの口調で有栖川がそう応じる。苦笑を浮かべて一つ肩をすくめると、東城はドアの方に足を向けた。
「治療だの掃除だのの後始末は、有栖川さんに任せるわ。じゃあな」
「はぁ……」
 ひくっ、ひくっと痙攣を繰り返す、全身を朱に染めたマヤのことを見下ろし、有栖川は眼鏡を指で押し上げながら僅かに考え込むような表情を浮かべた。
「医療班に連絡を。止血と輸血だけでかまいませんから」
 鮮血の雨を浴びて真っ赤になったコーポの兵士にそう告げると、有栖川はどすっとマヤの意識を失った身体を蹴りつけ、部屋から出ていった……。
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