終焉


「うっ、くっ、う……くうぅっ」
 身体がめり込むほど柔らかい床の上で、マヤが苦痛の呻きを漏らす。首から膝の間の皮を全て剥ぎ取られた無残な姿。一時間ほど治療ポッドの中に漬けられていたせいで出血は止まり、皮を剥ぎ散られ肉の露出した部分にはごく薄い膜が出来ている。とはいえ、たった一時間だ。身体に張った膜は非常に薄く、皮膚とはとても呼べないような代物だった。何かに触れれば、むき出しの肉に触れられたのと同等の痛みを感じるし、軽く爪で引っ掻けばたやすく破れて血を流すだろう。事実、非常に柔軟で身体がめり込んでしまうような床の上に転がっているにもかかわらず、マヤは針のむしろの上に寝ているような激痛を味わっている。
(あと、何回、耐えられる……?)
 激痛に苛まれながら、マヤがそう自分に問いかける。刺の生えた円筒の中で回転させられ、皮膚を細切れにされ、引き剥がされていく痛み。そして、傷だらけの身体に唐辛子入りの真っ赤な水を浴びせられた時の、脳裏が真っ白になり何も考えられなくなるほどの痛み。味あわされたばかりの苦痛に、心が揺らぐ。仲間のため、死んでも口を割るまいと誓ってはいても、自分の精神力が限界に近づいていることは自覚していた。苦痛から逃れたい一心で、仲間のことを話してしまうかもしれない。そんな、恐怖が心の中に生まれる。
 爪を剥がされ、指先を燃やされる。電気ショックを浴びる。歯を削られる。轟音によって聴覚を痛めつけられる。目を潰される。鼓膜を破られる。石を抱かされ、足の骨を砕かれた上に乳房をズタズタにされる。化け物じみた姿に改造される。そして、皮を剥がれる……。
 今まで受けてきた、拷問の数々。その全てに耐え抜いてはきた。耐え抜いてはきたが……では、もう一度同じ事をされたら耐え抜けるか、と、そう問われれば自分でもかなり疑問だ。
(駄目、弱気になっちゃ駄目よ、マヤ……みんなのためにも、耐え抜かなくっちゃ)
 懸命に自分を鼓舞しようとするマヤ。だが、それと同時に分かってしまうこともある。あと一度だけなら、何とか自分は耐えられる。だが、あと二回、何らかの拷問を受けたなら、耐え抜けるかどうか……。
「よぉ、マヤちゃん。御機嫌いかがかなぁ?」
 不安に苛まれているマヤの心を逆撫でするように、にやにやと笑いながら東城が部屋の扉を開く。無言で彼のことをにらみつけ、マヤは上体を起こした。その途端、全身に引きつるような痛みが走る。悲鳴を上げそうになるのを懸命に堪える彼女の姿を楽しそうに眺め、東城が軽く肩をすくめた。
「よく頑張ったじゃないか、マヤちゃん。あいにく、俺の休暇は今日まででね。明日からは仕事に戻らなきゃいけないんだ。だから、マヤちゃんと遊べるのも今日で最後だ。
 最後に聞くぜ? 素直に、話す気にはなれないか? ここで嫌だって言ったら、マヤちゃん、死んじゃうことになるぜ?」
「ふ、ふん。残念だったわね。私は何もしゃべらないわ。仲間たちを売るような真似をするぐらいなら、殺された方がましだもの!」
 東城の台詞に、内心でほっとしつつマヤがそう応じる。あと一回、今日一日ぐらいなら、何とか耐えられる。死ぬのが怖くないといえば嘘になるが、仲間たちの情報を漏らし、彼らが捕らえられて処刑されることを考えれば耐えられる。
 そんな、マヤの内心に気付いているのかいないのか、東城が軽く肩をすくめる。自分の優位を確信している彼の態度に、不快感を覚えながらマヤは意地を込めて彼の顔をにらみつけた。
「悔しいでしょう? あなたは結局、私を屈服させられなかったんだから」
「くっくっく、強気だねぇ、マヤちゃんは。ま、正直、ここまで頑張るとは思ってなかったよ。だから、俺からマヤちゃんに御褒美を上げよう」
「御褒美?」
「いいもの、見せてやるよ」
 にやにやと楽しそうに笑いながら、東城が背後の兵士たちに軽く手を振る。無言のまま兵士たちがマヤの身体を抱き抱え、車椅子の上にどさっとほうりなげた。肉がむき出しも同然の身体に激しい痛みが走り、身をよじってマヤが呻く。そんな彼女の苦悶を無視して彼女の身体にベルトを巻き、固定すると兵士たちは無造作に車椅子を押し始めた。
「あっ、くっ、う、うあっ、あ、く、うぅ……」
 針の生えた椅子に座らされているような苦痛に、マヤが苦しげな呻きを漏らす。叫びたいほどの激痛を感じているのだが、そんなことをすれば東城を楽しませるだけだ。だから悲鳴をもらすまいと懸命に努力はしているのだが、激しい痛みにどうしても呻きが漏れる。
 車椅子が押されていき、エレベーターを使って別の階に移動する。全身に汗を浮かべ、はぁはぁと喘ぐマヤの姿を楽しげに眺めながら、目的地の大きな扉の前に到着した東城は扉の横のパネルに一連の数字を打ち込み、ロックを解除する。
 ぷしゅうっと微かな音を立てて扉が左右に開く。扉の向こうから冷気と白いもやがあふれ出してきた。ひんやりとした冷気に僅かに身体を震わせ、マヤがもやの向こうを注視する。その目が、はっと見開かれた。
「う、そ……」
「結構、大変だったんだぜ? マヤちゃんがあんまり強情なもんだから、こいつらが腐っちまうんじゃないかってひやひやしたよ」
 呆然と呟くマヤに、東城が笑いながらそう言う。彼の言葉も耳に入っていないのか、マヤは呆然と部屋の中、ごろごろと転がる二十近い死体を見つめている。
「ど、どうして、みんなが……?」
 信じられないというように、マヤが呟く。そんな彼女の反応を楽しそうに眺めながら、東城が肩をすくめながら種明かしを始める。
「何、単純な話でね。マヤちゃん、最初に俺に捕らえられた時のこと、覚えてるかい?
 あの時俺は、マヤちゃんのことをパラライザーで撃った。本当なら、二時間もたたずに目覚める筈だったんだが……マヤちゃん、自白剤に反応するように身体をいじってるじゃないか。その影響なんだろうが、実際にマヤちゃんが目覚めるまで二日、かかったんだな、これが」
「二日、も……?」
「そ。で、その間に、情報を流した。コーポの物資集積所を襲ったテロリストの一人を捕まえ、尋問を行っている。もうまもなく自白を得て、その仲間を一網打尽に出来るだろう、ってな」
「……」
 東城の台詞を、ただ呆然と聞いているマヤ。軽く肩をすくめながら東城が更に言葉を続ける。
「後は、その情報を聞いたマヤちゃんの仲間たちが動くのを網を張って待ってりゃいい。流石に、コーポに反抗しようっていう連中全部の動向なんざ把握しきれやしないが、こっちから情報流してある程度動きを予想しやすくしてやりゃ、コーポの情報網で捉えきれないわけはない。
 で、襲撃の下準備のためにこの辺りうろうろしてた奴をひっつかまえて、軽ーく尋問してやったらあっさり仲間の居場所を教えてくれたんでね。後は、そこを急襲して一網打尽ってわけさ。あんまりあっさり終わったんで、逆に拍子抜けしたぐらいだぜ? 片手の爪剥がしてから反対の手の指先燃やしてやったんだが、それだけであっさり白状してくれるんだからなぁ。マヤちゃんの頑張り、ちょっとは見習わせたいぐらいだよ。何しろ、マヤちゃんはそいつと同じことされても立派に耐えたわけだしな。ま、あん時は、途中でこいつらの処刑が終わったって連絡が入ったもんで、中途半端な所で終わっちまったが」
 くくくっと低く笑いながら東城が冷凍室の中へと足を踏みいれ、ごろごろと無造作に転がされている死体の一つを蹴る。
「コーポの物資集積所への襲撃を成功させた勇敢なレジスタンス、さぞかし楽しませてくれると思ったんだがね。ま、マヤちゃんは俺の期待通りの頑張りを見せてくれたわけだが、こいつはなぁ。
 とはいえ、こいつはちょっと期待外れだったが、マヤちゃん、仲間のことは自慢してもいいぜ? 警戒厳重な物資集積所への襲撃を成功させるってのは、なかなか出来るもんじゃあない。いくらあそこがダミーだったとしても、な」
「ダ、ダミー、ですって……!?」
 東城の言葉に、マヤが目を見開く。くくくっと楽しげに笑うと東城は肩をすくめてみせた。
「どんな支配体制を敷こうと、それに反抗する連中ってのは必ず出てくるもんでね。で、そう言う連中は確実に支配者の持つ施設を狙ってくる。馬鹿正直に、大事な施設の場所を公開する筈がないだろう? マヤちゃんたちが襲撃したのは、めくらまし用のダミーさ。
 ま、ダミーとは言え、それなりの備蓄は有ったし、警備も厳重にしてあったんだがね。だから、襲撃を成功させたことは誇ってもいい。コーポには実質的なダメージをほとんど与えられなかったとしても、な」
「そ、そんな……。それじゃ、私が、私たちがやったことは、一体……」
 震える声で呟き、マヤが絶句する。自分は捕らえられてしまったが、コーポの重要な施設にダメージを与え、仲間たちはまだ生き残っている。例え自分が死んだとしても、仲間たちがきっと自分の願いを引き継ぎ、叶えてくれる。そう信じて、過酷な拷問に耐えてきた。だというのに……。
「ま、無駄な努力、って奴じゃないか? 襲撃されたって言ってもコーポは蚊に刺された程度にも感じてないし、マヤちゃんが必死に守ろうとした仲間たちはとっくの昔に死んでたわけだしな」
「い、いや……イヤアアアアアアアアアァッ!!」
 自分がやってきたことをすべて否定され、マヤが悲痛な叫びを上げる。同時に、限界まで張り詰め、ギリギリの所で耐えていた精神の糸がぷっつりと切れた。そのまま、発狂してしまえれば、どんなに幸せだっただろう。しかし現実にはマヤは発狂できなかった。既に拷問に耐える気力などかけらも無くなった彼女へと、最後の責めが加えられようとしていた……。

「い、嫌、お願い、許して。酷いことしないで……一思いに、殺して……」
 拷問室--いや、処刑室と呼ぶべきか?--へと連れ込まれ、台の上に寝転ばされたマヤが弱々しく首を左右に振りながら哀願の声を上げる。両手首、足首に金属の輪がはめられ、そこから伸びた鎖は台座の上下の端の巻き上げ機へと伸びている。椅子に座って足を組み、彼女の怯える姿を楽しげに眺める東城。無言のまま、有栖川が機械のスイッチを入れる。
「いやっ、あっ、やめて、許して、くううぅっ!」
 じゃらじゃらと音を立てて鎖が巻き上げられていき、マヤの身体が上下にピンと伸びる。ごく薄い膜が張っただけの身体に引きつるような痛みが走り、マヤが苦痛の呻きを上げて身をよじる。
「あっ、あああっ、きゃあああああぁっ! いやっ、やめてっ、身体が、ちぎれちゃうっ、あっ、アアアアアァ--ッ!!」
 この引き伸ばしはただの前座だとでも言うのか、巻き上げの速度はかなり早い。たちまちのうちに身体が上下に引き伸ばされていく。引っ張られた膜がぴっ、ぴぴっとあちこちで裂け、たちまちのうちにマヤの身体は真っ赤な血に彩られた。単純に肉体的な苦痛の度合で言えば、今までにこれよりももっと酷い苦痛をマヤは味わってきていたし、それに耐えてきた。だが、今まで耐えてこられたのはコーポに対する反抗心と仲間への想いに支えられてのことだ。今まで自分のしたことがまったくの無意味だったと知らされ、打ちひしがれた彼女には、もはや拷問に耐えるだけの意志を支える拠り所がない。そして、精神の鎧を剥ぎ取られた今の彼女は、ただの十八歳の娘に過ぎない。
「アッ、アアッ、アアアアア--ッ! 嫌っ、痛いっ、あっ、アアッ、許して、もう許してっ、アアアアアァッ!」
 ギシギシと、全身で骨が軋む。容赦のない引き伸ばしにマヤが苦痛の叫びを上げ、哀願する。その姿に東城が楽しげな笑いを漏らした。
「いいねぇ、うん。マヤちゃんみたいな気の強い女の子が、懸命に耐えて耐えてひたすら耐えて、それでもついに最後に耐えきれなくなって屈服、泣きわめく姿ってのは。ま、欲を言うんなら、出来れば苦痛だけで屈服させてみたかったが。惜しいよなぁ、あと五日、いや、三日もあれば確実にそうできたんだが」
 仲間たちの死体を見せて絶望させるのは、痛みで屈服させた後、と、そう東城は予定を立てていた。マヤの予想外の頑張りのせいで休暇の期間--もちろん、マヤの仲間たちを捕らえたことで与えられたものだ--が終わってしまったのが残念といえば残念だ。とはいえ、彼の予想通り、絶望に心の鎧を剥ぎ取られたマヤは拷問に耐える気力を完全に失い、彼の望むように苦痛に泣き叫んでいる。
「ウアッ、あっ、キャアアアアアァッ! 許して、お願い、痛い、痛いの、アッ、ああアアッ、殺す、ならっ、一思いにっ、殺してぇっ。アッ、アアアッ、ウアアアアァッ!」
 哀願と苦痛の叫びを上げながら身悶えるマヤ。楽しげに東城が身守る中、ついに引き伸ばしに耐えられなくなって彼女の肘、膝の関節があいついで外れる。
「アガアッ、がっ、グガギャァッ!!」
 濁った絶叫を上げてマヤが身体を痙攣させる。東城が軽く片手を上げ、有栖川が機械を止める。手足の関節をまとめて外されたマヤが苦痛に喘ぎ、身体を痙攣させる。有栖川が機械を更に操作すると、台の横から伸びたアームがマヤの肘や膝の上の辺りを掴み、固定した。更に、台の上下からもアームが伸びてマヤの手首と足首を掴む。
「うあ、な、何……を? ギャアアアアアアアァッ!」
 手足を掴まれたマヤが怪訝そうな声を上げ、僅かに頭を持ち上げる。だが、次の瞬間、彼女の口からは絶叫がほとばしり、身体がのけぞった。手首と足首を掴んだアームが回転し、彼女の手足を捻り上げたのだ。関節を既に外されていた手足を捻られ、マヤが激痛に絶叫する。
「ギャアアアアアァッ! ギャッ、ガッ、ギャアアアアアアアアアッ!!」
 筋肉が、腱が、捻られる。二回転、三回転と手足を捻られ、マヤは激しく頭を振って絶叫を上げた。筋肉にしろ腱にしろ結構柔軟性があるから、そう簡単にねじ切られたりはしない。しかし、それはむしろ苦痛を味わう時間が長くなるということだ。
「グギャアアアアアアァッ! ギヤッ、ギャッ、ギャギャギャッ、ギギャアアアアアアアァッ!!」
 ゆっくりと、手足が捻られる。激痛のあまりまともに思考することも出来ず、マヤが大きく目を見開き、髪を振り乱して泣き叫ぶ。
「おっと、有栖川さんよ、ちょっと止めてくれや」
「はぁ」
 捻りが六回転目に入った所で東城が有栖川にそう声をかけ、有栖川が機械をいったん停止させる。捻る速度はそれほど早くないから、既に三十分近く絶叫を続けていたマヤは半分痛みに失神したような状態になって口をぱくぱくと開け閉めしていた。もちろん、新たな捻りが加えられなくなったからといって、マヤの苦痛が軽減されるわけでもない。肘、膝の部分にねじれたくびれを作り、ひくひくと身体を痙攣させている。引き伸ばしの際に身体を包む薄い膜が裂け、べっとりと全身を血で濡らした無残な姿だ。
「どうだい? マヤちゃん。痛いだろう?」
「あう、うあ、あ、いた、い、お願、い、もう、許し、て……」
 目にいっぱいの涙を溜め、苦痛に喘ぎ、途切れ途切れの声でマヤが哀願する。くっくっくと楽しそうにその反応を笑い、東城が軽く肩をすくめる。
「あと一回ぐらい捻ったら、ぶちぶちっと筋肉が引き千切られちゃいそうだなぁ、マヤちゃん。手足をねじ切られるのは、痛いだろうぜ。くっくっく、まぁ、今まで頑張ってきたマヤちゃんなら、何とか耐えられるだろうけどな」
「い、や……もう、やめて、許して、お願い、だから……」
 弱々しい声でマヤが哀願する。くっくっくと含み笑いをしながら東城がマヤの右腕に手を伸ばした。捻られ、くびれた彼女の肘をぐいっと握り、揺する。
「ギアッ! ギャッ! やめっ、ヤメテェッ! ギャウンッ!」
「俺の奴隷になるかい? マヤちゃん。そうしたら、この痛みから解放してやってもいいぜ」
「そ、そんな……ギャウッ!」
 東城の言葉に、流石に嫌悪感を示したマヤの腕を強く東城が握る。悲鳴を上げて顔をのけぞらせる彼女の腕を揺すり、嬲りながら東城が笑う。
「嫌なら、このまま手足をねじ切る。どうする?」
「アウッ。アッ、ど、奴隷、なんて、クウゥッ、ア、い、嫌……」
 痛みに悲鳴を上げながら、最後に残った精神力を振り絞ってマヤが拒絶の言葉を口にする。東城の言葉を受け入れてしまえば、死んでいった仲間たちを完全に裏切ることになる。既に拷問にあがらうだけの気力は残されていないマヤだが、それでも東城の奴隷となって生き延びるよりは死んだ方がましだった。マヤの態度に苦笑を浮かべながら東城が有栖川の方を振りかえる。
「じゃ、有栖川さんよ、ねじ切っちゃってくれや」
「はぁ」
 相変わらず茫洋とした雰囲気をまとったまま、有栖川が機械を再び動かす。ぎりぎりぎりっと腕と足が捻られていき、激痛にマヤが絶叫を上げる。
「ギャアアアアァッ! ギャッ、ギャギャッ、千切れ、ギャッ、ギャアアアアァッ、ギャギャッ、グウギャアアアアアアア----ッ!!」
 限界まで捻られた筋肉と腱が、ついに耐え切れなくなって一気に弾ける。凄絶な絶叫を上げるマヤの腕と足が、ぶちぶちぶちっとねじ切られ、鮮血をほとばしらせた。激しく身体をのたうたせ、大きく目を見開いたままマヤが絶叫を続ける。
「あーあ、千切れちまったなぁ。さて、それじゃ、最後の仕上げといきますか」
 薄く笑いを浮かべながらそう言って東城が肩をすくめ、マヤの手足の切断面に蓋をはめる。蓋の側面部分はギザギザが刻まれており、それがマヤの腕と足の肉に食い込む。蓋の中央に生えた太い刺がマヤの骨へと突き刺さる。新たな苦痛に悲鳴を上げ、身体をのたうたせるマヤ。台の横から延びたアームが外され、解放されたマヤの腕へと天井から降りてきた何本ものフックが突き刺される。
「あぐ、ぎ、あ、うぐぐ……殺して、お願い、もう、一思いに、殺してよぉ」
「くっくっく、無様だねぇ。泣いて許しを乞うなんて、マヤちゃんらしくないじゃないか。んん?」
「あう、あ、ううっ、もう許して、ああっ、痛い、痛いの……」
 涙を流して哀願するマヤへと、東城があざけるような言葉を投げかける。打ちひしがれたように顔を横に向け、すすり泣くマヤ。弱々しいその姿を笑いながら眺めると、東城は有栖川に合図を送った。鎖が天井へと引き上げられていき、マヤの上体を引き起こす。フックが肉をえぐり、骨に突き刺さる。痛みに悲鳴を上げ、もがくマヤ。足を押さえたアームが外され、膝から下をねじ切られたマヤの足がじたばたと暴れる。更に有栖川が機械を操作すると、今までマヤが寝かされていた台が床の下へと引き込まれ、代わりに無数のバーナーが姿を現した。鎖の上昇によって吊り上げられた格好になったマヤが、床に現れたバーナーを見て目を見開く。
「あっ、ああ、まさか、嘘、でしょう? キャアッ」
 ごうっと床のバーナーからいっせいに炎が噴き出す。赤い炎が人間の腰ぐらいの高さまで延び、その上に吊るされたマヤが熱気にあぶられ、短くなった足をばたつかせてもがく。
「くっくっく、どうしたんだい? マヤちゃん。殺して欲しかったんだろう? 望み通り、殺してやるよ。感謝の言葉ぐらい聞かせてくれてもいいんじゃないか?」
「あっ、ああっ、嫌、やめて、いや……」
 東城があざけるようにそう問いかけ、マヤが表情を引きつらせてもがく。東城が何をするつもりなのか、それはもう明らかだった。焼き殺される、そう悟ったマヤが空中で身体をくねらせ、足をばたつかせる。彼女の恐怖に引きつり、怯える表情を鑑賞しながら楽しげな笑いを浮かべる東城。
「さて、長いようで短い付きあいだったが、それもここまでだ。マヤちゃん、最後に俺をもっと楽しませてくれよ?」
「いやっ、ああっ、いやいやいやっ、やめてっ、ああっ、許してっ、ひっ、ひいぃ……ギャアアアアアアアァッ!! 熱いいぃっ!!」
 東城の言葉と共にゆっくりとマヤの身体が下がる。近づいてくる炎を凝視し、悲鳴を上げてもがくマヤ。少しでも炎から遠ざかろうと身体を曲げ、短くなった足を振り上げる。だが、そんなマヤの努力もむなしく、ついにその足が炎に包み込まれた。絶叫を上げ、炎の海の中で足をばたつかせ、何とかこの背め苦から逃れようとマヤがあがく。
「ギャアアアアァッ! いやっ、熱い、アアアアァッ!! ギャアアアアアアァッ!」
 炎の中に入ったのは、彼女の足の半分ぐらいだけだ。胴体にはまだ炎は達していない。それでも充分すぎる熱さと痛みにマヤが悲鳴を上げ、足をばたつかせ、身体をくねらせる。身体を前後に揺らし、何とか炎の海から逃れようとあがくマヤ。そんな彼女の狂乱を楽しげに眺め、東城が笑う。
「足だけじゃ、燃やされても死ねないよなぁ。胴体もあぶってやろうか」
「アアァッ、ギャッ、ギャギャアッ、アッ、熱い、アアッ、ギャアアアァッ!」
「おやおや、その様子じゃ、もう俺の言葉なんか聞いてる余裕はなさそうだな。ま、いい。有栖川さんよ、もうちょい、下げてくれや」
「嬲り殺し、ですか。あまりいい趣味じゃないですよ」
「文句でも、あんのか?」
「いいんですけどね、別に」
 どうでもよさそうな口調でそう言いながら、有栖川が機械を操作する。もがくマヤの身体が下がり、腰の辺りまで炎の海に沈んだ。更なる絶叫を上げ、マヤが身体をのたうたせる。
「グギャアアアアアァッ! ギャアアアアァッ! やめてっ、アアッ、熱いっ、アアアァッ、イヤアアアアァッ、熱い、アアッ、熱いいぃっ、ギャアアアアアアァッ!」
 足をばたつかせ、身体を前後に揺すってマヤが絶叫を上げつづける。バーナーの炎はもちろん煙を上げることはない。火刑であれば煙によって窒息し、意識を失うために生きたまま焼かれる苦痛を味わうのはごく短時間。それに全身を炎で包まれるために死に至るまでの時間も短い。だが、今のマヤは、じわじわと下半身を炎で焼かれる苦しみを味あわされている。
「ギャアアアアアァッ! 熱い、アアッ、熱いぃっ、ギャッ、ギャギャギャッ、ギャアアアアアアアァッ!!」
 絶叫を上げ、髪を振り乱してマヤが苦悶の踊りを踊る。炎の中でのたうつマヤの足が焼けただれ、黒く焦げていく。股間を覆う陰毛が焼け、縮れる。炎で覆われていない腹の辺りも熱気を浴び、火膨れを生じ始めていた。
「アアアッ、死ぬ、死んじゃう、ギャアアアアアァッ、熱い、アアッ、許して、アアアアァッ、熱い、ギャアアアアアアアァッ!!」
 絶叫を上げてもがくマヤ。激しかった足のばたつきが、徐々にゆっくりになっていく。軽く肩をすくめると、東城は有栖川の方に視線を向けた。
「そろそろ、か。有栖川さんよ、胸の辺りまで、下げてくれや。顔は出来れば奇麗なまま残したいからな、うまく調整してくれや」
「はぁ」
 東城の言葉に気のない返事を返し、有栖川が機械を操作する。マヤの身体が胸の辺りまで炎に沈み込んだ。
「ギャアアアアアアァッ! グギャアアアアアアアァッ! 火、火が、ギャアアアアアァッ! 熱い、アアッ、熱い、アッ、アアッ、ギャアアアアアアアアアァッ!!」
 激しく身体をくねらせながらマヤが絶叫する。生きたまま炎に包まれ、焼かれていくマヤが踊る苦悶と死の踊り。それを楽しげに東城が眺めている。最初は激しかった踊りが時間の経過と共に徐々にゆっくりになっていき、それに伴って彼女の上げる絶叫も弱まり、呻きに近くなっていく。
「ア……ギ、ギヒ、い……あ、う、ぁ……」
 最後に掠れた呻きを漏らし、がっくりとマヤの首が前に倒れる。胸から下を焼き焦がされ、絶命したマヤのことを眺めて東城が低く笑う。
「なかなか、楽しませてもらったな。有栖川さん、もういいぜ。
 さて、と。この後一緒にメシでもどうだい?」
「そうですね……。少し、片付けなきゃいけない用事があるんですが。二時間もあれば済みますから、その後でよろしければ」
「かまわんぜ。それじゃ……っと、なんだぁ?」
 時間を確認しようと腕時計に目をやった東城が怪訝そうな声を出した。コーポからの支給品の永久時計が、何故か止まっている。
「故障かよ、おいおい」
「私のでよければどうぞ。それは、私の方で修理しておきますから」
「そうかい? じゃ、ま、頼むわ。……にしても、ずいぶんごつい時計だな」
 有栖川が白衣のポケットから取り出した腕時計を受け取り、腕にはめながら東城が苦笑を浮かべる。はぁ、と、曖昧な答えを返す有栖川。
「じゃ、二時間後にな。俺はその間にマヤちゃんの頭、加工してもらってくるわ」
 ひらりと手を振り、東城が部屋から出ていく。部屋の外で待っていた兵士たちが入れ違いに入ってきて、吊るされたままのマヤの身体をフックから外し、運んでいく。軽く頭を振ると有栖川は自分の部屋へと向かった。

「馬鹿なことをしていると、自分でも思いますけどね」
 小さくそう呟くと、有栖川は窓に歩みより、はるか下を見下ろした。建物の玄関の前に車が横付けにされ、その車に東城が乗り込もうとしているのが見える。
 掌サイズのコントローラーを、有栖川が操作する。部屋の窓は防弾防音ガラスが二重になったもので、外の音は室内には聞こえない。だから、外で響いた爆発音は有栖川の耳には届かない。
 無音の爆発を静かに眺め、有栖川が小さく首を振る。爆煙が収まった後には、車の残骸と人間の部品が転がっている。視覚関係の強化はあまりしていない有栖川だが、それでも散乱する人間の部品の中に東城の頭が含まれているのは見て取れた。
「あの男を殺したところで、姉さんが生き返るわけでもなし。くだらない感傷だと、分かってはいるんですが」
 窓から離れ、机の引き出しを開けながら有栖川が小さく呟く。東城の時計を外部から停止させ、代わりに爆薬を仕込んだ時計を渡して爆殺する。随分と杜撰な計画だとは自分でも思う。高性能爆薬を仕込んだ時計は跡形もなく吹き飛んだ筈だが、それでもコーポの調査を免れられるはずもない。自分がやったことだと露見するのは時間の問題だ。そんなことは、最初から分かっている。
「まあ、姉さんの所に行けると思えば、これも悪くはないですか」
 机の上に置かれたホルマリン漬けの姉の首を見やり、有栖川はブラスターの銃口をこめかみに当て……ゆっくりと、引き金を引いた。
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