重石


「うっ、くっ……」
 ごろんと床に転がったまま、マヤは何度目か自分でも覚えていない呻きを漏らした。針で鼓膜を突き破られてから、一体どれくらいの時間が過ぎたのか、既に時間の感覚がなくなりかけている彼女には分からない。あの後で両目に更に針を刺されたせいで目は完全に見えず、鼓膜を破られた耳も外部の音を拾うことが出来ないから、ほぼ完全に無音、暗黒の世界に彼女は居る。
 ほぼ完全に、というのは、完全な無音ではないからだ。鼓膜を破られ、確かに外部の音を聞くことは出来なくなった。だが、少し身動きするだけでも骨や筋肉が立てる軋んだような音が聞こえる。体内を伝わる振動、更には床から伝わってくる振動などが、音に変換されて脳に理解されるらしい。同様の理由で、自分の声も聞くことが出来る。完全な無音の世界に置かれればきっと今頃は発狂していただろう。それが、幸運なのか不運なのかは、判断が難しいところだが。
 彼女の今の姿は、相変わらずの拘束衣姿だ。腕は背中に回され、足もまとめて縛り上げられ、転がったまま立ち上がることも難しい。両胸と股間の部分が切り取られ、女であれば隠しておきたい恥ずかしい部分が丸見えなのも相変わらず。うつぶせになるような格好を取れば部屋のどこかに有る監視カメラから秘部を隠すことも出来るだろうが、そこまでする気はマヤにはなかった。恥ずかしくないといえば嘘になるが、今更のことでもある。既に、何度もの尋問--いや、拷問か--の際に裸にされているのだ。大体、針によって深くえぐられたせいで胸や股間に鈍い痛みが今でも残っている。カメラに丸見えになるのを承知の上で、彼女は仰向けに寝転んでいた。少しでも、体力と気力は温存しておきたい。
 と、床の上を振動が伝わってくる。食事か、それともまた拷問されるのか。ぼんやりとマヤがそう考える。もっとも、仮に食事だとしても、ドロドロとしたスープ状のものを無理矢理口を開かされて注ぎ込まれるのだから、それも一種の拷問と呼べるかもしれないが。
 複数の腕に抱え上げられ、身体が宙に浮く。どうやら、拷問の方らしい。僅かに身を硬くした彼女の身体がどさっと荷物でも扱うような乱暴さで台車の上に放り投げられる。背中を打って呻く彼女を乗せて、台車は廊下を移動していった……。

「やぁ、マヤちゃん。御機嫌いかがかなぁ?」
 からかうような、陽気な声が『聞こえる』。額に装着された小さな逆三角形の機械のおかげだ。頭蓋骨を振動させることにより、聴覚を失った相手にも声を届けることが出来る仕掛けである。
「……私は、何も、しゃべらないわ」
 東城の軽口を無視して、硬い口調でマヤがそう言う。拘束衣を着せられたまま、床にごろんと転がされた体勢だ。目が見えないから、どんな部屋かは分からない。目も耳も使えないながら、肌に伝わってくる気配を頼りにマヤは室内の人間の数を数えた。
(全部で、五人……? 東城と、例の姉弟、後は、私を運んできた二人の男、か)
 まぁ、運んできたのは男ではなく女なのかもしれないが。どうでもいいことだ。それよりも気になったのは、彼女を運んできた兵士たちが部屋から出ていこうとはしないことの方だった。東城は、今まで兵士たちを拷問の場に立ちあわせようとはしなかったはずなのだが……。
「やれやれ、強情だねぇ。ま、気が変わるのをのんびり待ちますか」
「東城」
 軽い口調の東城の言葉に、冷ややかな女性の声が被さる。樹璃のものだろう。
「おおっと、こわーいお姉さんににらまれちゃったから、少しは手助けしてあげないとまずいかねぇ。それじゃ、ま、マヤちゃんが話しやすいようにちょっと協力してあげようかなぁ?」
 笑いながら、東城がそう言う。寝かされていたマヤの身体に誰かの腕が掛かり、引き起こす。背中側のファスナーが下げられ、皮紐がほどかれ、拘束衣が剥ぎ取られる。ずっと拘束されていたせいか腕や足にうまく力が入らず、ぐったりとしている彼女の両腕が掴まれ、背中に回して交差させられたかと思うと再び皮紐を巻きつけられて拘束される。肘を曲げ、両手の掌で反対の腕の肘を握るような感じだ。拘束衣を着せられていた時と、あまり変化がないともいえるが。
 両腕を縛り上げられた状態で二の腕の辺りを左右から掴まれ、支えられるような形で床の上に立たされるマヤ。膝が震え、まともに立っていられないのかぐらっと身体が揺れた。
 腕を掴まれ、半ば引きずられるような感じで数歩前に進む。完全な闇の中、うまく動かない足で歩くのは予想以上に恐怖感を伴った。じわり、と、全身に汗が浮かぶ。
 数歩、進んだところで唐突に膝の裏を打たれた。ただでさえよろけているのにそんなことをされて耐えられるはずもない。膝をがくっと折り、ちょうど正座するような感じで床の上に膝をつくマヤ。途端に、膝から下、床に触れた部分に灼熱の痛みが走り、思わず顔をのけぞらせて苦痛の声を上げてしまう。
「くぅっ、あぁっ」
「くくくっ、痛いかい、マヤちゃん。自分がどうなってるか、分かるかなぁ?」
 ねばっこい口調で、嬲るように東城がそう問いかける。自分の苦悶する姿を見て楽しんでいると分かるだけに、懸命にマヤは歯を食い縛って悲鳴を押し殺した。目が見えないから断言は出来ないが、床の上にギザギザの刻まれた石のようなものが置かれていたらしい。自分は、その上に座らされているのだ。脛に伝わってくるギザギザの先端の数は全部で五つ。どれも、かなりの鋭角だ。五つのギザギザの先端が容赦なく脛に食い込み、僅かに身じろぎするだけでとんでもない激痛を伝えてくる。
 彼女の両腕を捕らえていた二人のうち、一人が手を離して歩み去る。もっとも、間髪入れずにもう一人が両手をマヤのそれぞれの肩に掛け、動けないように固定していた。肩に触れる手の感触は自分と同じぐらいの大きさだというのに、万力で掴まれているようにがっちりと固定され、振り払えない。コーポの兵士は全員が機械改造されているのだから、生身の少女が力で対抗出来ないのは至極当然のことだ。
「く、う、う……ひっ!? きゃああああああああーーっ」
 肩を押さえられ、否応なくギザギザの上に正座させられて小さく呻いていたマヤが、びくんと身体を震わせて絶叫を上げた。太股の上にずっしりと重い石が乗せられたのだ。自分の体重と石の重みがあわさって足に掛かり、脛へと尖った石の先端が食い込んでいく。肌が破れ、血が滴るのが自分でも分かった。しかも、乗せられた石にも同様のギザギザが刻み込まれており、正座させられたせいでピンと張りつめた太股へと食い込んでいく。
 足の上にギザギザ付きの重石を乗せられ、身をよじって苦痛の叫びを上げるマヤ。そんなことをすれば食い込んだ突起によって傷をより深くえぐられ、苦痛を増すだけと分かっていてもなかなか我慢できるものでもない。
「ひいいぃぃっ、ひっ、あっ、あああーーっ。ひっ!? ぎゃああああああーーっ!」
 ずしっと、更に重みが倍加する。新たな石が乗せられた、と、頭で理解するより早くマヤは凄絶な絶叫を上げた。重みが増したことにより、脛と太股、その双方にますます深く石が食い込んでいく。

 石に刻まれたギザギザに足を上下から挟み込まれ、少女が悲鳴を上げる。江戸時代と呼ばれる時代に行われていた拷問、石抱き責め。それに使われていた十露盤そろばんという器具を摸してあるのだが、本来のものよりもずいぶんとギザギザの角度は急だ。それに、昔の石抱き責めで乗せられる石にはギザギザなど刻まれてはいない。過去の拷問を復活させるにあたり、東城が自分の趣味を加えた結果だ。
 少女の裂けた足から流れる血が、床の上に広がっていく。椅子に腰かけて足を組み、楽しげに東城がそんな少女の苦悶する姿を眺めていた。無表情な女性兵が、部屋の片隅に積み上げられた両面にギザギザの刻まれた石をひょいっと持ち上げて運んでいき、マヤの足の上に積み重ねられた二枚の石の上に無造作に重ねる。石のギザギザはぴたりと合うようになっているから、ぱっと見には三枚の石が重ねられているというよりも立方体に近い大きな石がどんっと乗せられているような印象だ。
「ひぎっ、ぎっ、ぎいやああああああ--っ!!」
 乳房の膨らみの下三分の一ぐらいを押し潰すような感じで、石の塊がマヤの足の上に乗っている。その上下の面には大きく五つのギザギザが刻み込まれていて、下のギザギザは彼女の足の下に敷かれた石のギザギザと共に肌を破り、肉に食い込み、耐えがたいほどの苦痛を彼女に与えているはずだ。機械化された女性兵が無造作に運んではいたが、実際には石一枚の重さはちょうど50Kg。三枚積まれれば150Kgにもなる。
「どうだい、マヤちゃん。素直にしゃべりたくなってきただろう?」
「ぎっ、あっ、ごろ、ぜえぇっ。ああっ、あっ、ぎっ、ごろじでぇっ」
 苦痛に頭を振り立て、髪を振り乱しながら濁った悲鳴をマヤが上げる。予想通り、と、言わんばかりの表情で東城が肩をすくめた。
「やれやれ。有栖川さんよ、出番のようだぜ」
「はぁ……」
 指名された青年--有栖川シンが茫洋とした、何を考えてるのかよく分からない表情で頷く。白衣のポケットに手を入れたままつかつかと苦悶しているマヤの元へと歩みより、軽く首を傾げながら右手を伸ばしてマヤの右胸の先端をつまんだ。そのまま上に引っ張り、まず石と胴体の間で挟み込まれていた部分を引きずり出す。それなりに痛みは有ったはずだが、足の上に積まれた石の苦痛に既にマヤはさっきから悲鳴を上げつづけており、彼女の悲鳴のどれが乳首をつままれ、引っ張られる苦痛に対するものかは判別できない。
 同様に、左の胸も引っ張り出す。たぷん、と、揺れて石の上に二つの乳房が乗せられた。上の方にひしゃげるような形になっているから、かなり淫媚な眺めではある。にやにやと笑って眺めている東城。それとは対照的に、相変わらず何を考えているのかよく分からない表情のまま有栖川が左手をポケットから引き出す。前回も使った、釣り針付きのテグスだ。
 相変わらず悲鳴を上げつづけているマヤの右の乳首をつまみ、無造作に針を突き刺す。するするっと伸ばしたテグスの先端に、有栖川は分銅を結び付けた。石の側面で分銅が揺れる。分銅の重みで乳首が、乳房が引っ張られて石のギザギザの上に引き伸ばされていく。髪を振り乱し、マヤが苦痛の叫びを上げる。
「少し、軽いですかね?」
 軽く首を傾げながらそう呟き、有栖川が更に分銅を二つ追加する。ますます乳房が引き伸ばされ、マヤの悲鳴が大きくなった。胸の痛みに意識を向ければ足の痛みが、足の痛みに意識を向ければ胸の痛みが、それぞれ存在感を増してマヤの精神を責め苛む。
 左の胸も、同じようにテグスと分銅によって無残に引き伸ばされた。石の上に、三角形に引き伸ばされた二つの乳房が仲良く並ぶ。大きく口を開け閉めし、喘ぐように荒い息をつきながらマヤが苦痛の声を上げる。彼女が身動きするたびに石が揺れ、分銅とぶつかってかちかちっと微かな音を響かせた。もっとも、その音はマヤのあげる苦鳴に掻き消されて誰の耳にも届かないのだが。
「ひぎっ、ぎ、ぎいぃっ。あっ、ぐっ、ぐぐぅぅっ。ああっ、あっ、ああーーっ」
 胸と足と、二ヶ所から伝わってくる痛みに翻弄されながら、それでも何とか悲鳴を押し殺そうとマヤがむなしいあがきを続ける。ぷつぷつと全身に玉のような汗が浮かび、たちまちのうちに水でもかぶったかのように彼女の全身が濡れそぼった。噛み殺しきれない悲鳴をあげながら、マヤが悶え、苦しむ。
「さぁて、四枚目だ、マヤちゃん。こいつを重ねられたら、あんたの胸がどうなるか、分かるよなぁ?」
 東城の、嬲るようなからかうような言葉に、一瞬マヤの身体が硬直した。今、彼女の二つの乳房はテグスと分銅によって引き伸ばされ、石の上に広げられている。ギザギザの刻まれた石の上に、だ。そこに更にギザギザの刻まれた石を重ねられればどうなるか……その激痛を想像して、マヤの表情に恐怖と狼狽の色が浮かぶ。
「嫌だろう? ほら、素直にしゃべりたくなっただろう?」
「ひっ、ぐ。ご、ごろじ、なざいよっ。無駄、なんっ、だがらっ。うあっ、ぐ、あっ、ああぁーーっ」
 苦痛に身をよじりながら、悲鳴混じりの叫びをマヤが上げる。やれやれ、と、軽く肩をすくめると東城は手で女性兵に合図した。四枚目の石が運ばれ、重ねられる。
「うぎゃあああああああああっ。ぎゃっ、ぎゃっ、ぎゃっ、ひぎゃあああああああーーっ!!!」
 凄絶な絶叫がマヤの口からあふれた。四枚合わせて200Kgの重量が、足に掛かる。脛に、太股に、石に刻まれたギザギザが食い込み、肉を引き裂く。肉の薄い脛にいたっては、骨に亀裂が走った。
 薄く引き伸ばされ、ただでさえ耐えがたい痛みを放っていた乳房が、上下から石に挟み込まれる。刻まれたギザギザと密着し、波打つように乳房が歪む。皮膚が裂け、肉が弾ける。
 肩を押さえていた手が、外れた。反射的に、苦痛から逃れようと背を反らし、身をよじるマヤ。その途端、両胸で激痛の爆弾が弾けた。石によって挟み込まれた--それも、平らな石ならまだしもギザギザ付きの石だ。がっちりと啣え込まれている--両胸を、自ら引き千切りかねない動きをしてしまったのだ。反動で前に倒れ込み、石の上に顔を横たえて意識を失う。半開きになった口からよだれがこぼれ、石の上にしみを作った。
 いったんは肩から手を離した女性兵が、マヤの前髪を掴んで強引に引きずり起こす。椅子から立ち上がった東城がゆっくりと彼女の元へと歩みより、積み上げられた石に足を乗せた。びくんっと身体を痙攣させ、マヤの瞳に光が戻った。東城がにいっと唇を歪め、踏みにじるように足を動かす。(挿絵)
「ぎゃっ! ぎゃぎゃあっ! ぎっ、ぎゃああああああーーーっ!」
 朦朧としていた意識が、激痛によって一瞬で覚醒する。口からあふれる、凄絶な絶叫。更には、閉ざされていたまぶたから両頬を涙が伝った。眼球に傷があるせいか、血の混じった赤い涙だ。血の涙を流し、獣じみた絶叫を上げ、髪を掴まれた頭をそれでも懸命に振ってマヤが身悶える。

 目の前が、白い。目を潰され、暗黒に閉ざされたはずの視界は、今や圧倒的なまでの激痛のせいか白く染まっていた。
(だ、駄目ぇっ!)
 痛みに屈しそうになる自分を、必死に押しとどめる。自分は、屈服するわけにはいかない。だが……。
「ギギィッ、ギッ! ギャアアアアアアアッ!!」
 石に挟まれた、二本の足が激痛を伝えてくる。そちらに意識を向け、何とかこらえようと集中すれば、それをあざ笑うかのように胸に激痛が走る。足だけ、あるいは、胸だけであれば耐えられるかもしれない。だが、二ヶ所から伝わってくる痛みは、どちらかに集中することを許さない。二つの痛みに翻弄され、歯を食い縛って悲鳴を噛み殺すことすらできずに自分は今、泣き叫んでいる。そんな自分の姿を、東城が楽しんでいるだろうと分かっていても耐えられない。
 激痛に、自然と身体が動く。痛みから逃れようと、身をよじればかえって痛みを増すと、頭では理解しているのに。身動き一つせず、悲鳴も上げずにいるのが、一番だと分かってはいるのに。
(駄目っ、話しちゃ、駄目っ。あと、少しでいいから、我慢するのっ)
 慣れたのか、麻痺してきたのか、ほんの僅かずつとはいえ痛みが和らいできたのが、今の彼女にとっての唯一の希望だった。思考する余裕すらなかった頃を考えれば、今はまだまし、だ。そう、自分を欺きながら、全身に力を篭め、ひたすらに耐える。動かずに居ること、悲鳴を噛み殺すこと。それはまだ出来ないが、このままならそれもいずれは可能になると信じて。
 ただひたすらに、マヤは激痛に耐えていた……。

 悲鳴を上げ、身悶えるマヤ。だが、その様子を眺める東城の眉がわずかに寄せられた。最初は激しかった身悶えが、徐々に緩やかになってきている。慣れてきたか、と、内心で呟くと、東城は変わらない口調でマヤへと呼びかけた。
「そぅら、話しちまえよ。そうすりゃ、すぐに楽になれるんだぜ?」
 そう言いながら、前後に、左右に、石を揺さぶるように足を動かす。石に挟まれた肉が擦り潰されるような、新たな激痛にぶんぶんっと前髪を掴まれたままマヤが首を左右に振った。
「イヤアアアァッ、アッ、ギャッ、ギギィッッ! ギッ、ヒッ、ヒギャアアアッ! ゴロジデェッ、イヤアアアアアッ! ヒギャギャッ! ギヒィッ! イヤッ、イヤイヤイヤッ、ゴロジデヨォッ!」

(----ァ!!)
 ゆっくりと、亀の歩みよりもゆっくりと弱まっていた激痛。それが東城の言葉と同時に一気に弾けた。脳裏が真っ白に染まり、自分が何かをわめいているのをどこか遠くでマヤは聞いていた。あまりの激痛に思考が麻痺し、自分の言葉だというのに何を言っているのか理解できない。
(だ、駄目ぇっ! は、話しちゃっ、駄目ぇっ!)
 痛みに泣きわめく自分へと、意識の片隅でそんな叫びを上げる。激流のような痛みに、掻き消されそうになりながら、それでも必死にマヤは自分を繋ぎとめようとした。死ぬのも、狂うのもかまわない。だが、屈服するわけにはいかない。絶対に。
「はなざないっ、ごろぜぇっ」
 自分の上げる声を辛うじて聞き取り、マヤが内心ほっとする。たちまちのうちに激痛に翻弄され、ほっとしていたられたのは一瞬にも満たない時間だったが。

「あがっ、がっ、ぎぃぃっ、ご、ごろぜぇっ」
「ちっ、強情だな。しょうがない、もう一枚追加するか」
「イヤアアァッ、ヤメテヤベテヤベデェッ。ギヒッ、ヒッ、ヒギャアアアアッ、ゴロジデェッ」
 東城の舌打ちに、マヤが悲痛な叫びを上げる。だが、『なら、話せよ』という東城の言葉にはがんとして首を振り、ただ濁った声で殺せとだけ叫んでいる。呆れたような感心したような、そんな表情を浮かべて東城が女性兵に合図をした。こちらは、感情などという兵士には余分なものが排除されているせいか、表情も変えずに五枚目の石を運んでくる。東城が足をどけると、無造作に五枚目の石が積み重ねられた。
 もはや、表記不能な叫びを上げてマヤがびくびくっと身体を痙攣させる。乳房を挟み込んだ二枚の石の隙間から、ドクドクと真っ赤な血があふれ出した。脛の骨が砕け、太股の骨にも亀裂が走る。痛みが強すぎて、失神することすら出来ない。東城が両手を石にかけて揺さぶると、大きく口を開き、舌を突き出してえぐっ、えぐっとおかしな声をマヤが上げた。あまりの痛みに、悲鳴すら上げられないのだ。後から後からあふれてくる血涙に、頬が真っ赤に染まっている。大きく開いたままの口からぶくぶくっと白い泡があふれた。
「……そろそろ、限界だぞ」
 硬い口調で、今まで黙って見守っていた樹璃がそう告げる。いつのまにか、マヤの尻から腰の辺りまで紫色に変わっていた。足を圧迫され、鬱血しているのだ。この紫色が腹から胸に達すると、まず間違いなく生命を落とす。そして、腰の辺りまでは比較的じわじわと広がってくるこの鬱血の色は、腹に達すると急速に広がってたちまち胸まで覆い尽くしてしまうものだ。わずかな見極めを誤れば、そのまま死に繋がる。
「ちっ、これでも、駄目かよ」
 舌打ちすると、東城が石から手を離した。女性兵が、まずは上の二枚をまとめて取り除ける。石に挟まれていたマヤの乳房はあちこちが無残に裂け、黄色い脂肪を垂れ流していた。もはや二つの膨らみ、とは形容できないような惨状で、むしろボロ雑巾が二枚ぶら下がっているような感じだ。
 石を取り除けた女性兵がテグスを二本まとめて右手で掴み、左手でボロ雑巾のようになった乳房を押さえて無造作に引っ張る。ぶちぶちっと、嫌な音がして乳首が半ばから千切れ飛んだ。マヤがひぎっと掠れた悲鳴を上げるが、それ以上の反応は示さない。ただ、びくっびくっと、時折身体を痙攣させている。
 残った三枚の岩も、まとめて取り除けられる。こちらは、端に手をかけて崩した、という感じのどけ方だったが。皮膚と肉が弾け、白い骨の露出した無残な足があらわになった。ひゅううぅっと細く長い息を吐いて、がっくりとマヤがうなだれる。脇の下に手を回し、気を失ったマヤの身体を引きずる女性兵。マヤの膝から下は、完全に骨が砕け、蛇腹のように折り曲がっていた。
「さてさて、樹璃先生。こいつの復元に、どれくらいかかりますかね?」
 無残な姿になったマヤの乳房と足を眺め、東城が樹璃にそう問いかける。眉をしかめて、樹璃が顎に手を当てた。
「機械と取りかえるなら、半日も必要ない。だが、生身のままで元に戻すとなると……ずっと培養槽に漬けておいたとしても、一週間近くは掛かるな」
「胸だけちょちょいと手術でなんとかするとしたら? 最短で、どれくらい掛かります?」
「……手術に使う、生体素材の培養は突貫作業なら一日。手術に半日、なじませるのに一日。ただし、突貫作業になるから後で拒絶反応が出る可能性は高い。下手をすれば、生きたまま胸が腐り落ちていくぞ」
 東城の言葉に、更に眉をしかめて樹璃がそう応じる。ふむ、と、軽く考え込むような表情を東城が浮かべた。だが、すぐににやっと笑う。
「じゃ、それでお願いしますわ」
「人の話を、聞いているのか? 応急処置とも呼べん、表面だけを取り繕うような行為だぞ」
「別に、かまわんでしょう。腐り始めても、すぐに生命がどうこうなるわけじゃなし、いざとなれば切り落としちまえば済む話でしょう?
 それに、生きたまま自分の身体が腐っていくってのは、想像するだけでも強烈な拷問になると思いますがね」
 軽く肩をすくめて、東城がそう言う。憮然とした表情で彼の顔を見つめると、樹璃は吐き捨てるように呟いた。
「最低だな、貴様は」
「嫌われるのも、仕事のうちでね。で、やってもらえますかね、樹璃先生?」
 相手が断れないのを承知の上でそう尋ねる東城。明らかに不機嫌そうな表情を浮かべながら、樹璃は頷いた。東城の方が地位としては上位だし、仮に樹璃が無理に断ったとしても別の人間にやらせるだけの話である。他の人間に任せるぐらいなら、自分の手で最善を尽くした方がましだろう。
「私は、医者だ。患者の面倒は、最後まで見る」
「御立派なことで」
 からかいの響きを込めてそう言うと、東城は失神しているマヤの方へと視線を向け、唇を歪めて小さく笑った。
TOPへ
この作品の感想は?: