アスカ(追加報告)


「う、あ……?」
 しゅうっと、扉が開く微かな音が聞こえる。全身を包む強烈な痒みに、半分意識を失いかけていたアスカが僅かに顔を上げた。これで、この地獄から解放される。そんな思いが心の中に沸きあがり、意識せずに唇が笑みの形に歪んだ。
「あら、まだ笑う元気があるの? それは、計算外だったわね」
「え……?」
 リツコの言葉に、アスカの表情が引きつった。ごそごそという音が聞こえ、ひんやりとした何かが肌に触れる。時間の経過と共に、いったんは下り坂に向かい始めていた痒みが、再びよみがえった。
「ひやっ、ひやああぁっ、ひどい、ひどいぃっ……!」
 アスカが泣きわめき、身悶える。解放されると思った瞬間に、再び地獄に突き落とされたのだ。長い時間をかけ、辛うじて歯を食い縛って我慢できなくもないというレベルにまで弱くなっていた痒みが、一勢に復活する。
「ひ、や、あぁっ、やっ、やあああっ、ひぎっ、ひ、ゃ、あぁ……うああああああっ」
 口からよだれを撒き散らし、アスカが身悶えする。このまま発狂してしまうのではないかという痒みに、まともな言葉を発することもままならず、ただただ髪を振り乱し踊るように身体をのたうたせることしか出来ない。
「うあぁっ、かゆっ、いいぃぃ。ああああああっ、ひっ、いぃっ、や、あぁ……っ、かっ、は、ぁっ」
「戻ったら気絶してました、なんてことも考えて気付け薬も持ってきたんだけど……無駄にするのもなんだから、あと1時間半頑張ってちょうだい。気絶しても、すぐに起こしてあげるから」
 デスクに腰を降ろすと、悪戯っぽく笑ってリツコが残酷なことを言う。だが、その言葉を耳に入れる余裕すらなく、アスカは身悶えしつつ絶叫を放っている。
「ひやっ、ふあああっ、ひっ、やぁっ。痒いっ。うあああっ。やああああっ」
 身体をかきむしろうと、拘束された手を懸命に降ろそうとする。だが、もちろん彼女の力で鎖を引きちぎれるはずもなく、掻きたくても掻けないもどかしさにアスカが泣きわめく。じだんだを踏み、背中やお尻をポールにがんがんと打ちつける。ぶつけられた背中やお尻に痛みが一瞬走るが、それもすぐに圧倒的なまでの痒みに押し流されて消えてしまい、気を紛らわす役にも立たない。
「うぎぃっ、ぎ、ひっ、ひやあっ、ひや、かゆ、ひゃふへ、て……ひが、くるひそ、う……ひぃやああっ」
 ゆっくりと、時計が時を刻む。三十分が経過した辺りで、アスカの動きが鈍くなり始めた。痒みが消えた訳でも、慣れた訳でもない。純粋に、体力が尽きかけているのだ。
 がっくりとうなだれ、ついにアスカが失神する。リツコがデスクから立ちあがり、アンモニアの入った小瓶を意識を失ったアスカの鼻の下に当てた。うっと小さく呻いてアスカが顔を上げる。
「うぅ……あぁっ、ゆる、してっ、おねがい……やすませ、うぁあんっ、うあっ、ひ、やああああああっ」
 哀願の声を上げるアスカが、再びくねくねと腰を振り、身悶えを再開する。意識が覚醒し、いったんは消えた痒みが再び襲ってきたのだ。ほんの短時間とはいえ、失神することで痒みから解放されていた彼女にとって、その痒みは何倍にも激しく感じられた。
「うああああああっ、あああっ、ああああああっ、ひぎっ、ひいぃぃっ、やめ、ひゃ、ひゃああああああっ」
 絶叫することで、痒みを紛らわそうというのか、声を限りにアスカが叫ぶ。身悶えと、絶叫。半狂乱になってひたすらにその二つを繰り返す。
 今度は、二十分が立たないうちに再びアスカは意識を失った。軽く肩をすくめたリツコがアスカの両手の拘束を外す。どさりと重い音を立てて床の上に倒れ込み、アスカが小さく呻いた。ひくひくと身体を痙攣させ、まだ意識は完全に戻ってはいない。
 手早くアスカの両腕を背中側に回すと、リツコが両手首を一つにまとめるようにして拘束する。力なく左右に広げられた足も一つに束ね、やはり両足首を一まとめに拘束した。それが済むとぼんやりと頭を上げたアスカの鼻先に再びアンモニアの小瓶を近づけ、意識を覚醒させる。
「な、なに……くぅぅっ、あっ、ひぃっ。ひゃあああああっ、あうぅっ、か、ゆ、ひゃああああっ」
 状況が掴めず、周囲を見まわしかけたアスカが痒みに襲われて床の上を転がりまわる。といっても、つるつるに磨き上げられた床では、いくら身体をこすりつけても痒みは大して減ってくれない。かえって、僅かに減った分以上に痒みが強まるような気さえする。
「ひゃうぅっ、あひぃっ、はぁっひゃう、みゃめ、うみぃゃあああああああっ」
「何を言ってるのか分からないわよ。言いたいことがあるなら、はっきり言いなさいな」
 ごろごろと、芋虫のように転がって身悶えるアスカを見下ろし、呆れたようにリツコがそう言う。その言葉が耳に入っているのかどうか、あいも変わらず不明瞭な叫びと共にアスカは床の上をのたうちまわった。彼女の口から飛び散ったよだれが床を汚している。
「ひぬ、ひんひゃうぅっ。ひゃ、ひゃめぇっ。あっ、あああああああ--っ!」
 半狂乱になってごろごろと床の上を転がりまわるアスカ。きゅうっとその背中が大きく反り、ぶるぶるぶるっと激しく震えた。絶頂に達したかのような高い絶叫をあげ、意識を失って床の上に伸びる。半開きにした口からとめどなくよだれをあふれさせ、ひくひくと身体を震わせるアスカ。軽く肩をすくめると、リツコは失神したアスカの足首を掴んだ。ずるっ、ずるっと床の上を引きずり、隣の部屋へと運び込む。
 隣の部屋には、中央に大きなベットが置かれていた。その上にアスカの身体を引きずり上げ、ふうっとリツコが吐息を漏らす。まだ完全に意識を失ったままのアスカを見下ろしてにやりと唇を歪めると、リツコはベットの上に置かれていたレオタード風の服を手に取った。赤い皮製で、内側には細かい柔毛がびっしりと生えている。
 失神したままのアスカの足首のベルトを外し、リツコはその奇妙な服をアスカに着せ始めた。少しサイズは大き目なのか、アスカが身に付けるとぶかっとした印象がある。両腕の拘束も外して服に通すと、リツコはアスカの四肢をベットの足へとロープで結び付けた。四方向に手足を引き伸ばされる形だ。太股から下、肩から先は服に覆われていないから、白いすんなりとした手足がレザー製レオタードのせいでいっそう強調されている。
 レオタードを着せ、手足の拘束を終えると、リツコは服の鳩尾の辺りに指を伸ばした。小さなボタンにリツコの指が触れると、しゅっという空気の抜けるような音が響いてレオタードが縮む。アスカたちがEVEに乗る時に身に付けるプラグスーツと、似たような機能が付いているらしい。
 更に、半開きになったアスカの口へとリツコがギャグを噛ませる。ギャグといってもいろいろと種類が有るが、今回使用するのは口の中にチューブを差し込むような感じのものだ。口を完全に覆う皮製のベルトの中央に丸く穴があいていて、その穴から口の中へと伸びたプラスチック製の筒が舌を押さえている。このタイプは犠牲者に何かを飲ませるのが非常に容易なようになっていて、当然、拘束した相手に何かを(主に強制的に)飲ませたい時に好んで使われるものだ。
「さて、と。準備はこれでおしまい、と」
 楽しそうにそう呟いて、手にしたアンモニアの瓶をアスカの口の上で傾ける。元々失神しているアスカに、それを避ける術はない。アンモニアの臭気と刺激が口の中で弾け、ふぐぅっとくぐもった叫びを漏らしてアスカが大きく身体を震わせる。
「ふぐっ、ふぐぐっ!? むぐぅっ、ぐっ、ぐううぅぁっ」
 状況をまったく理解できずにアスカが苦鳴を漏らしてのたうつ。手足は拘束され、胴体は息苦しさを僅かに感じる程度に締め上げられている。そして、痒み。さわさわとした柔毛が肌に触れているせいで、痒みとくすぐったさが絶妙に入り混じり、アスカの精神を惑乱させていく。
 ギャグを噛まされているせいで、アスカにはくぐもった呻きを漏らすことしか出来ない。びくんびくんと身体を震わせながらくるしげに呻きつづけるアスカ。そんな彼女の苦悶を薄く笑いながら眺め、リツコがベットの下からチューブを取り出す。アスカの脇腹にそのチューブの先端を触れさせると、かちっという音が小さく響いて固定された。よくは分からなかったが、アスカの着せられたレザーレオタードのその辺りにアタッチメントが付いていたらしい。
「一定時間毎に、薬を追加してあげるわ。嬉しいでしょう?」
 どくんっと、チューブの中を薬液が通過する。レザーレオタードは外皮の部分と肌の側の柔毛が生えた部分とを張りあわせた構造になっていて、その間の僅かな隙間に薬液が行き渡る。そうやって行き渡った薬液は柔毛からしみだし、アスカの肌へとまんべんなく塗り込まれるのだ。気が狂いそうな痒みに襲われ、アスカが絶叫する。しかし、ギャグを噛まされた状態ではその絶叫もくぐもった呻きにしかならない。
 更に、リツコは別のチューブをアスカの口のギャグへとつないだ。悲鳴がますますくぐもり、アスカが小鼻をぴくぴくさせて懸命に息をする。
「こっちのチューブからは、やっぱり一定時間毎に栄養剤入りの水が流れてくるわ。私も忙しいから、あなただけの相手をしてる訳には行かないのよ。時々は、様子を見に来てあげるけど」
「ふぐ--っ! うぐっ、うぐぐぅっ! むぐっ、うぐぐっ、ふぐぅっ!!」
 目隠しの下で絶望に目を見開き、アスカが叫ぶ。くすっと笑うと、リツコは軽くアスカの髪をなでた。
「薬も水も、一週間分以上は充分有るわ。その間、今までの自分の行動をじっくりと反省することね。素直な人間に生まれ変われば、助けてあげるから」
「ふぐっ、ふぐぐっ、むぐああぁっ」
 じたばたと暴れ、髪を振り乱すアスカ。けれど、そんな彼女の抗議を完全に無視してリツコが部屋を後にする。残されたのは、ベットに拘束され身体を震わせつづけるアスカただ一人だ。彼女の上げるくぐもった呻きとベットの軋み、そして、機械の低い作動音だけが部屋の中を満たした。

(何で!? 何でこのアタシが、こんな目に……!?)
 痒みに錯乱しそうになる頭の中に、ひたすらにそんな疑問符が浮かぶ。たっぷりと薬液を含んだ柔毛が肌に張りつき、身をよじるたびに微妙にその位置を変えて薬液を塗り込んでいく。時間と共に増していく痒みに、まともな思考力がだんだんと失われていく。
(痒い、痒い痒い痒い、カユイカユイカユイカユイカユイカユイかゆいかゆいかゆいぃっ)
 手首と足首から血がにじむ。自分の身体を何とかかきむしろうと、無意識に腕や足を動かしているせいだ。だが、血がにじんでいることにアスカは気付いていない。圧倒的な痒みの前に、手首や足首で感じる痛みなどかき消されてしまっているのだ。
(かユいカユいかユイ痒イ痒カゆ痒ヒ痒イ痒痛痒いイいイいカユいいいかかカカゆユいユかいユカゆイカユかイカユい……!)
 痒い、という言葉が頭の中で無数にこだまし、重なりあって意味不明の文字の羅列に変わる。
 痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い。
 痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痛い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痛い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痛い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い。
 コ、ワ、レ、ル。
 発狂。精神崩壊。死。
 微かに残った理性が、悲鳴を上げた。まだ、死にたくない……!

 ふっと、世界が真っ白になった。何も感じなくなる。今まで感じていた痒みがすべて消える。
(あ、アタシ……死んじゃったの……?)
 恐怖に震えながら、そうアスカは呟いた。だが、すぐに違うことに気付く。目隠しの感覚、口を押し広げるギャグの感覚、そして、身体を締めつけるレオタードとそれに生えた柔毛の感触。すべてが現実の感覚としてしっかりと感じられる。
(生きて、る……。狂っても、ない……。じゃ、じゃあ、終わったんだ!)
 歓喜が心の中に広がる。やった、やったのよ、ママ!
 心が高揚する。悪夢はもう終わったのだ。自分は、解放されるんだ……!
 けれど。
 ぶぅんという機械の低い作動音が鳴り響き、アスカの希望を粉々に打ち砕く。
「ふ、があぁっ。ひぐっ、ひぐぐぅっ」
 引きつった呻きをあげ、アスカが身体を弓なりにそらせた。再びよみがえる、悪夢。激烈な痒みが胴体を包み込む。天国から地獄へと叩き落とされ、アスカが泣きわめいた。
(な、何!? 何が、起こったって言うのよ!?)
 その思考に、答えは返らない。答えを探る間もなく、痒みの波に意識が押し流され、再びなすすべもなく翻弄される時間が始まる。
 実は、最初から機械にそういう設定がされていたのだ。延々と痒みを味合わせていると、精神が崩壊する危険性が出てくる。また、人間の感覚というのは連続した刺激には比較的容易に慣れてしまうものだ。だから、痒みを味合わせる薬液とその中和薬とを交互に塗布するよう、リツコは設定しておいたのである。
(あっ、ああああっ、ああっ。痒いっ、痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒いぃっ)
 いったん解放されたと思い込んだ直後だけに、絶望感は並大抵のものではない。くねくねと身体を揺すりながら、アスカは涙を流して絶叫を続けた。

 アスカの主観では、永遠にも等しい時間が過ぎる。実際の時間でも、もう五日間もアスカは拘束されつづけていた。レザーレオタードは気密性が高い。痒さにのたうち、油汗をにじませつづけたアスカの肌は、かぶれて真っ赤に張れあがっていた。
 汗や垢だけではない。水分の補給は充分以上に為されているから、ある程度時間がたてば当然小便をしたくなる。けれど、この拘束された状態では垂流しにするしかないのだ。お漏らしという恥辱に震えながらの放尿。しかも、出した小便はほとんどレザーの外に漏れることなく腹や尻の方に流れて溜まっている。そして、量こそ少ないものの、大便の方も当然垂流しだ。尻の下にびちゃびちゃとした糞尿の感触があり、プライドをズタズタに引き裂いている。それだけでなく、漂う臭気がアスカ自身を苦しめ、かぶれ具合も汗と垢だけの上半身とは比べものにならないほど酷い。
 胴体全体に広がるかぶれ。そこから生まれる痒みのせいで、中和剤を塗られ、痒みが消えている時間も安息の時ではなくなっていた。
 ふぐっ、うぐっと引きつった呻きを漏らし、身体を痙攣させているアスカ。髪には油が浮いてばさばさになり、レザーに覆われていないおかげでかぶれてはいないものの、手足にもやはり垢が溜まって薄汚れている。十四歳の少女にとっては、かなり悲惨な状況だ。
 しかし、アスカ自身には自分の惨状を自覚する余裕などない。薬が塗られている間は思考すら出来ないほどの痒みに悶え苦しみ、薬が中和されたらされたで、思考する余裕がある分かぶれた胴体部分の痒みに悩まされる。
「ひっ、ぐっ。ひっぐっ」
 アスカがすすり泣く。気の強い少女の面影は、既にない。恥辱にまみれ、泣きわめき、他人の情けを乞うことしか出来ない哀れで無力な姿があるだけだ。
(助け、て……ママ……助けて……)
 弱々しいアスカの心の中の呟きを、機械の作動音が塗り潰した。またしばらく、思考すら出来ずに身体をのたうたせる時間が始まる……。

「惣流=アスカ=ラングレー」
 アスカがベットに拘束されて、一週間が過ぎた朝。ベットでぐったりとしているアスカに向けてリツコが呼びかけた。手足の拘束とレザーレオタードはそのままだが、目隠しとギャグは取り払われている。
「は、はい……」
 震える声で、アスカが答える。胴体部分を包む痒みにもじもじと身体をよじりながら、怯えた目でリツコの顔を見る。
「少しは、反省したかしら?」
「は、はい……っ。は、反省しましたっ」
 怯えきった表情と口調でアスカが即座に答える。僅かでも言い淀めば、それをとがめられてまたあの地獄に逆戻りする羽目になるかもしれない。それは、絶対に嫌だった。
「ふぅん、そう。なら、今回はこの辺でやめてあげてもいいけど……。また反抗的な態度を取るようなら、同じ、いいえ、もっと辛い目にあうことになるっていうことは、忘れないで欲しいわね」
「わ、分かっていますっ。二、二度と、反抗的な態度を取ったりなんかしませんっ」
 アスカの即答に、満足そうに頷いてリツコが彼女の手足のロープをほどく。よろよろと身体を起こしかけたアスカがバランスを崩して倒れ込んだ。肉体的にも精神的にも消耗しきっているらしい。一週間に渡ってベットに縛りつけられ、その間延々ともがきつづけていたのだからそれも当然だが。
「まったく、世話がやけるわね……」
 呆れたようにそう呟くと、リツコがアスカの肩に手をかけて引き起こした。鳩尾の辺りに指をやり、身体を締めつけるレオタードの拘束をゆるめる。どぼっと、足とレザーの隙間から糞尿がこぼれ落ちた。臭気に眉をしかめながら、リツコがアスカの服を脱がせていく。一週間ぶりに外気にさらされたアスカの肌には無数の発疹が生まれていて、かなり無残な様相を呈していた。自分の身体に視線を落としたアスカが小さく息を飲む。
「ひ、ひどい……」
「あら? 私のやり方に、不満でも?」
 アスカの呟きに、リツコが嬲るようにそう問いかける。ぶるぶると、慌ててアスカが首を振った。
「い、いえっ。不満なんて、とんでもないですっ」
「そう。なら、さっさと服を脱いで。臭くてたまらないわ。ま、あなたみたいな豚にはお似合いかもしれないけど」
 さらりと放たれた侮蔑の言葉に、一瞬アスカの頬が紅潮する。だが、リツコの一瞥を向けられると即座にその紅潮は消え、青ざめた色が取って代わる。
「何をもたもたしているの? 何のとりえもない豚にだって、言われたことをやるぐらいは出来るわよ。あなた、豚以下なの?」
 ぽんぽんと浴びせられる侮蔑の言葉。一瞬怒りに拳が震えるが、それ以上の恐怖に襲われてアスカは慌てて服を脱いだ。長い間糞尿にまみれていた腰の辺りは、胸の辺りとは比べものにならないほど酷い状況だ。かぶれ、腫れあがった肌が破れて膿んでいる。
「シャワーを浴びてきなさい。それが済んだら、着替え。今日は休みでかまわないけど、明日からはちゃんと学校に行って、本部にも顔を出すのよ。あなたがサボってた間に随分スケジュールが詰まっちゃってるんだから」
「は、はい……で、でも……」
 アスカを拘束していたのは自分だという事実を完全に棚上げした、ある意味無茶苦茶なリツコの台詞に、反論しようとはせずにアスカが頷く。けれど、女の子としては醜くかぶれ、腫れあがった肌を他人の目にさらしたくはない。せめて、これが治るまでは休ませて欲しいと言い淀むアスカへと、リツコが冷たい一瞥を向ける。
「でも? 誰が、反論していいって言ったの?」
「ひっ……」
 リツコの言葉に、アスカが掠れた悲鳴を上げてその場にうずくまる。身体を丸め、頭を抱えてがたがたとアスカは震えた。
「ご、ごめんなさいっ。もう言いませんっ」
「さっさとシャワーを浴びて着替え! 急いでっ!」
 どんっと身体を丸めるアスカの尻を蹴飛ばし、リツコが怒鳴る。はいぃっと弾かれたように返事を返し、アスカが立ちあがって隣のシャワールームへと駆け込んだ。その背中を見送りながら、リツコが唇を綻ばせる。
「成功みたいね。あの分なら、もう反抗することもないでしょ。後で、碇司令に報告書、出しとかないとね」
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