File:4 洞木ヒカリ


「洞木ヒカリという少女を知っているかね?」
 前触れのない呼び出しに、緊張気味の表情で部屋にやってきた赤木リツコに向かい、碇ゲンドウは何の前置きもせずにそう問いかけた。リツコが軽く首を傾げ、自分の記憶を検索する。
「……確か、シンジ君たちの同級生だったと思いますが。アスカの口から、友人だという話を聞いた覚えがあります。……アスカのことで、何か?」
「うむ。微妙な変化とはいえ、アスカに何かあったらしいと察しを付けたらしいな。そして、フォースチルドレンに対して少なからぬ好意を抱いていたらしく、彼の件でも何か感じるところがあったようだ」
 感情をうかがわせないゲンドウの言葉に、リツコがわずかに眉をしかめる。
「嗅ぎまわられるのも、煩わしいですわね。しかし、何故私にそんな話を? 始末してしまえば済む話でしょうに」
「既に、彼女の身柄は拘束済みだ。今日お前を呼んだのは、彼女の始末を任せようと思ったからだ」
 冷静というよりは、冷酷なリツコの言葉に、同程度に冷酷な口調でゲンドウが応じる。人一人の生命を扱うような会話とは思えないが、この二人にとって『民間人』の生命などその程度の価値しかないのかもしれない。
「私に、ですか? 何故……?」
「職員を趣味の対象にされるのも迷惑だからな。好きなように扱うがいい」
 不審げに眉をしかめたリツコに向かい、薄く笑いながらゲンドウがそう答える。ぎゅっと眉間にしわを寄せてリツコが顔をしかめた。
「マヤの件でしたら、了承を頂いたはずですが?」
「そうむきになるな。別にあれを問題にするつもりはない。ただ、そろそろ新しい獲物が欲しいのではないかと思っただけだ。いつもよくやってくれている、報酬とでも思えばいい」
「そういうことでしたら……。では、失礼しますわね」
 僅かに憮然としたような表情を浮かべ、リツコは頭を下げた。

「う、うぅん……」
 小さく呻いて、ヒカリは目を開けた。ひんやりとした感触を感じる。ぱちり、と、一度瞬きをした彼女は、自分が裸で床の上に寝かされていることに気がついて動揺の表情を浮かべた。
「こ、ここ、どこ……?」
 きょろきょろと周囲を見回し、ヒカリがそう呟く。円形の部屋で、壁は緩やかにカーブしながら天井に向かっている。どちらかというと、ドームの中に居るような感じだ。
 上体を起こした時、身体のあちこちに引きつるような感覚を覚え、ヒカリが自分の身体に視線を落とした。腕や足、胸、腹などにいくつも走った醜い縫合の跡に気付いてはっと目を見張る。更に、下腹部の辺りに鈍痛と何かが押し込まれているような感覚を覚えて恐る恐る手を伸ばすと、秘所の割れ目がかなり雑ではあったが糸で縫いあわせてあった。指で触れると、その中に何か硬いものの感触も有る。
「な、なんなの……? どうなってるの?」
「目が覚めたみたいね」
 部屋のどこかにスピーカーが設置してあるのか、どこからともなく女の声が聞こえる。不安そうに周囲を見回すヒカリの姿に、その声の主はふふっと小さく笑った。
「少し、実験に付きあってもらうわ。いいわね?」
「じ、実験!? あ、あなたは、誰なの!?」
 姿を現さない相手へと、ヒカリが叫ぶ。ふふっと、もう一度笑い声が聞こえ、続いてぼんっという破裂音が響いた。左腕の辺りに重い衝撃が走り、弾き飛ばされるような感じでヒカリが床の上に倒れ込む。一瞬遅れて、彼女の口から悲鳴が上がった。
「きっ、きゃあああああああっ」
 内側から弾けるようにして裂けた左腕を右手で掴み、大きく目を見開いてヒカリが絶叫する。そんな彼女の姿を、壁に埋め込まれたカメラのレンズが静かに写し出していた。

「……思ってたより、威力が低いわね。腕が吹き飛ぶかと思ったんだけど」
 モニターでヒカリの様子を観察しながら、リツコが軽く首を傾げた。その指が操作卓に伸び、無造作にスイッチを押す。モニターの中でヒカリの右腕が弾けた。絶叫を上げ、骨が露出するほど大きくえぐれた傷から鮮血を撒き散らして床の上に少女が倒れ込む。爆発の衝撃で骨が折れ、右腕が奇妙な形にねじ曲がっていた。
「ふぅん。結構、埋め込む位置によっても左右されるものなのね。右腕上腕骨骨折、と」
 大きく目を見開き、痛みと恐怖に叫び声を上げているヒカリの姿をモニターに写しながら、リツコは小さくそう呟いた。右手に握ったペンを紙の上に走らせながら、左手で操作卓のキーを叩く。ぼんっと、ヒカリの左の太股が大きく弾けた。激痛に身体を硬直させ、ヒカリが絶叫する。その姿を冷徹なまなざしで眺めながら、リツコは軽く首を傾げた。
「さて、次はどこにしようかしら……?」

「うっ、うああっ。何で、何で!? どうして……!?」
 痛みと恐怖に混乱状態になりながら、ヒカリが叫ぶ。両腕と左足で起きた爆発は肉を弾けさせ、骨を砕くなりひびを入れるなりしている。おかげで、僅かに動かしただけでもとんでもない激痛が脳天まで走りぬけ、だらしなく四肢を投げ出したまま横たわっていることしか出来ない。
「い、痛い……助けて……ギャアァッ!」
 天井に向けた視線をうつろにさまよわせ、小さく呟いた瞬間、すさまじい激痛と共にヒカリの左の乳房が弾けた。びちゃびちゃっと、肉片と血がヒカリの顔に飛び散る。転がりまわりたいほどの激痛、だが、実際に彼女に出来たのはただ腰を突き上げるように身体を弓なりに反らせることだけだった。
「アッ、アッ、アアアアアアアアアアアッ!」
 こぼれんばかりに目を見開き、ヒカリが絶叫する。根元から無残に吹き飛ばされた左胸の痛みが、ほんの僅かに収まった頃を見計らったように、今度は右胸が弾けた。左胸よりも浅い位置に爆弾が仕掛けてあったのか、吹きとんだのはふくらみの上半分だけだ。
「ヒギィッ、ギッ、イヤアアアアアアアアッ。死ぬっ、死んじゃうぅっ。ウギャアアァッ」
 半狂乱になって叫ぶヒカリの右足で、また爆発が起きる。太股の肉を爆発によって大きくえぐられ、白い骨が露出する。ぱくぱくと口を開け閉めし、ヒカリが身体を痙攣させた。
『あら、もう悲鳴を上げる元気もないの? 困ったわね、まだ死んで欲しくはないんだけど』
 どこかに設置されたスピーカーから、そんな女の声が聞こえた。だが、その言葉を理解しているだけの余裕など、ヒカリにはない。脳裏が真っ白になるほどの激痛にただ身体を痙攣させるだけだ。ふぅっという小さな溜め息が、スピーカーから漏れる。ヒカリの右腕、手首と肘との中間辺りでまた爆発が起きた。
「ヒッ、ヒィッ。い、いや……っ。助けてっ。トウジ……アスカ……」
 半分麻痺していたせいか、今までの爆発ほどの激痛は走らない。だが、かえってそのせいでヒカリがすがるような叫びを上げる余裕が出来た。肉をえぐられた手足にはまったく力が入らず、動かせない。自分の顔に飛び散った血や肉片を拭うことも出来ず、激痛と恐怖に苛まれながらヒカリが懸命に助けを求める。その叫びを、あざ笑うようにぽんっぽんっと軽い爆発音と共にヒカリの両足で爆発が起きた。ふくらはぎで起きた爆発に、両足が一度上にはね上げられ、びちゃっと湿った音を立てて床に落ちる。
「ギャアアアアアアアッ。イヤッ、イヤアアアッ。やめてっ、お願いっ、もうやめてぇっ。死んじゃうぅっ」
 激痛に泣きわめきながら、ヒカリが哀願の声を上げる。うふふっという、たのしげな笑い声がスピーカーから響いた。
『死にたくなければ、頑張って耐えなさい。全部爆発しても生きてたら、助けてあげるわ』
「いっ、いやああぁっ。やめてっ、やめてよぉっ。ぎゃあっ」
 懸命に首を上げ、左右に振るヒカリ。今度は左腕の手首と肘の中間で爆発が起きる。両手両足を奇妙な形に床の上に広げ、ひぎっひぎっとしゃくりあげるような悲鳴をヒカリが上げる。
「お願いっ、もう、許してっ。本当に、死んじゃうっ」
『だらしないわね。心配しなくても、あと四つだけよ』
「だっ、駄目ぇっ。やめてっ。うっぎゃああああああああああっ!」
 ヒカリの懸命の叫びを断ち切るように、下腹部が鈍い爆発音と共に弾けとんだ。秘所の中に押し込まれていた超小型爆弾の爆発だ。
 今まででも最大級の激痛に、上げていた頭をのけぞらせてヒカリが絶叫する。ごんっと、後頭部を床に打ちつけたが、その痛みを認識できないほどの激痛だ。下腹部は丸くえぐられ、真っ赤な傷口をさらしている。口の端に泡を浮かべ、びくっびくっとヒカリが身体を痙攣させる。
「あっ……う……あぁ……ひっ、ひゃ……あ」
『流石に、そこは強烈みたいね。可哀想だから、残りは全部まとめて爆発させて上げましょうか?』
 半分、失神しかけてうつろな呟きをヒカリが漏らす。笑いを含んだスピーカーからの声に、弱々しくヒカリは頭を動かした。既に瞳はうつろになりかけている。
「ひ、や……や、めて……死ん、じゃう……」
『ふぅん、そう? なら、一つずつにしましょうか。あなたがそうして欲しいなら、断る理由もないものね』
「ひっ!? や、やめ……! ----ぁっ!!」
 ぼんっと、ヒカリの腹が弾けた。鳩尾の辺りの肉が吹き飛び、中からちぎれた腸が腹圧に押されてはみ出してくる。どくどくと大量の出血を続ける腹の傷を、僅かに首を上げたヒカリが信じられないというように見つめた。既に痛覚が飽和状態にあるのか、それとも単に一時的に麻痺してしまっただけなのか、それは分からないがほとんど痛みは感じない。それだけに、現実とは思えない光景だ。
「な、ん、で……? 嘘、でしょ……? --っ!」
 再び、腹部で爆発が起きた。今度は鳩尾と下腹部の二つの傷のほぼ中間点だ。二つの傷とも繋がり、大きくヒカリの腹が裂ける。爆弾の破片が内臓を引き裂き、突き刺さり、大量の出血を生む。ごぼり、と、ヒカリの口から鮮血があふれた。
 ごぼごぼと血を吐き出しながら、ヒカリが何かを呟く。大量の失血のために肌が急速に白くなっていく。その、透き通るように白くなった肌の上を真っ赤な鮮血が流れていき、彼女を中心とした血の池を作っていく。
『ほら、しっかりしなさい。次で終わりよ』
 スピーカーからの声が、ひどく遠く聞こえる。ほんの僅かに、ヒカリの瞳に生気がよみがえった。ぴくり、と、指が動く。何かしゃべろうとしているのか、口がゆっくりと動くが、そこからは血があふれるだけで言葉にはならない。
 そして、最後の爆弾が爆発した……。

「もうちょっと、威力を上げるべきかしら? でも、そうすると大きさの問題があるのよねぇ」
 とんとんっと、右手に握ったペンの後ろで自分の額を叩きながら、リツコがそう呟く。モニターの中には、身体のあちこちを爆発によって吹き飛ばされた少女の無残な死体が映し出されている。胸の中央に開いた大きな傷から、噴水のように勢いよく血が吹き出していた。
「まぁ、威力に関しては、心臓の真上に埋め込んどけば済む話ね。心臓を吹き飛ばされれば確実に死ぬわけだし」
 軽く肩をすくめると、リツコはモニターのスイッチを切り、うーんと軽く椅子に座ったままのびをした。
「一番の問題は、職員全員にそんな手術してたらいくらかかるか分からない、ってことかしらね。機密保持にはいいかもしれないけど、実現は無理、か……」
 まぁ、それは司令の判断することよね、と、小さく呟いてリツコはペンを机の上に転がした。
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