落城


 長きに渡る平和な時代……。それを享受しつづけていた人々は、忘れていたのかもしれない。
 昨日と同じ今日、今日と同じ明日が、必ず続くとは限らないことを。
 アーツェル大陸の南西部に広がる険しい山岳地帯。そこでは満足な耕地を確保することすら難しい。必然的にその一帯にある国々は貧しく、人々は日々の生活に追われ、華やかな文化を築くことなど夢のまた夢……中原に位置する大国たちからは蛮族も同然とみなされているような小さな国々ばかりだ。
 だから、だったのかもしれない。
 所詮は蛮族、我らの援助がなければ満足に生活していくことさえおぼつかない、警戒する必要などまるでないのだと、そんな侮りがあったのかもしれない。
 山岳地帯に位置するゲイボルクという小さな王国が帝国へと名前を変え、周辺の国へと攻撃を仕掛けた時も、所詮は蛮族の縄張り争いと事態を軽視、何ら対応策を講じなかった大国たちの傲慢さが、そこから始まる長き戦乱の世を招いたのかもしれない……。

「陛下! ミドガルド将軍麾下の部隊は全滅。敵軍は、市街にまで侵攻しております……!」
 謁見の間へと駆け込んできた兵士が、悲鳴にも似た叫びを上げる。国王の周囲の重臣、将軍たちの間にどよめきが走った。
「馬鹿な! ミドガルドの魔導騎士隊が、全滅だと……!?」
「ありえん! 蛮族ごときが、我が国を攻め滅ぼせるはずが……!」
「静まれ!!」
 動揺の声を上げる臣下たちを一喝し、老齢のためか髪にだいぶ白いものの混じり始めたアクレイン王国国王カーウェスはぐるりと一同を見回した。
「バジェス、ドーラの両将軍は直ちに迎撃の準備。敵主力は飛竜隊だ、もたもたしていてはあっという間に喉元に食いつかれるぞ。
 ウェンストック、ビーン。お前たちは市民の避難を指揮せよ。無辜の民に被害を出すことは、許さん。
 ミルディール将軍には城内の指揮を任せる。バジェス、ドーラは形勢不利と見たら速やかに城内に兵を引き、ミルディールと協力せよ」
 威厳のこもった王の指示に、名を呼ばれた者たちが一礼して駆け出していく。僅かに間を置き、カーウェスは視線を最後に残った一人の男に向けた。
「ルドーは城内の戦えぬ者たちを避難させよ。もしもの時は、城を捨てて逃げるのだ」
「へ、陛下!?」
「認めたくはないが、我らが城を守りきれるかどうかは微妙な所だ。だが、最悪でも、我が王家の血を絶やしてはならぬ」
 淡々とそう言うと、カーウェスは腰に吊るした長剣の柄を軽く握って苦笑をひらめかせる。
「正直な話、連中を魔導もろくに扱えぬ蛮族と侮っていたわ。飛竜を飼い馴らし、乗騎とするとは……まさかそのような芸当が出来ようとはな。不意をつかれ、城まで攻め込まれては、勝ち目は薄い。
 だが、レンストック、パーツィバル、クワッサリー、ミディア。我が四人の子供のうち、一人でも生き残れば、例えここで我が命が尽きようと王家は滅びん。よいな、ルドー」
「は、はい」
 顔色を青ざめさせ、出ていく男の背を見送り、カーウェスは宙へと視線を向けた。
「大陸を戦乱の嵐に巻き込むつもりか? 皇帝を名乗り、大陸全土の制覇を企むなど、狂気の沙汰だぞ……ディルザーグよ」
 まだ目にせぬゲイボルグ帝国皇帝の名を口にし、カーウェスはいまいましげに眉をしかめた。

 城内の通路に、剣撃の音が響き渡る。悲鳴、怒号、喚声……様々な音が聴覚を乱打する。
「姫様! ここは危険です! 早く、お逃げください……!」
 アクレイン王国近衛騎士団に所属する若き女騎士、ファーネス・ミドガルドが背後にまだ十歳前後と思わしき幼女をかばうようにしながら向かってくる敵兵と剣を撃ちあわせる。乱戦の中で兜を失っているせいで、鮮やかな金色の髪が彼女の動きに合わせて踊る。
「あ……あ……」
 戦場の光景にすくみあがり、幼女--アクレイン王国第二王女ミディアは掠れた声を上げるだけで動けない。彼女を背後にかばったまま、ファーネスは更に数度撃ちあい、なんとか敵兵を切り伏せた。もっとも、だいぶ彼女の方も息が上がっている。
「ファー、怖いよぉ」
「大丈夫です、姫様。私がついております。さ、こちらへ」
 怯えて泣きじゃくるミディアの目線の高さに屈み込んで自分の目線をあわせ、にっこりと笑いかけるとファーネスはミディアの手を引いた。もっとも、彼女とてそれほど事態を楽観しているわけではない。何といっても驚異的な速度で侵攻してきたゲイボルクの軍勢を防ぎきれず、城内にまで敵の侵入を許しているのだ。既に戦いの大勢は決した、といっても過言ではない。
 自分とて、まだ騎士叙勲を受けたばかりの新米騎士だ。物心ついた頃から父によって厳しく鍛えられたおかげで並の騎士にそうそうひけは取らない自信はあるが、自分の腕が一流と呼べるレベルではないことは自分でよく分かっている。ここまで逃げてくる間に自分と共にミディアの護衛をしていた近衛騎士の仲間を全て失い、残るのは自分だけ。この状態で、楽観など出来る筈もない。
「ほんと……? ほんとに、大丈夫……?」
「はい、姫様にはこの私がついております。たとえ誰がこようと、必ずお守りしてみせます」
 しかし、不安そうなミディアに向かってファーネスはにっこりと笑ってそう答えた。幼い王女を不安がらせる必要はない。命に代えても王女は守ってみせると、ファーネスは心に誓っていた。
「お父様、は、大丈夫かな……?」
「心配はいりません。陛下には私よりももっと腕の立つ騎士たちが何人もついています」
「そっかぁ。それじゃ、兄様や姉様も、大丈夫だよね?」
「もちろんですとも。他の方々にも、近衛騎士がついております。今ごろは、既に脱出なされている事でしょう。姫様がこの先にある転送の間からこの城を脱出なされれば、すぐにお会いできますよ」
「そっかぁ」
 ちょっとだけ笑顔を浮かべるミディアの姿に、ファーネスは胸の奥に痛みを感じた。おそらく、いや、確実にカーウェスは城から脱出する道を選びはしない。他の王子や王女たちにしても、自分たちよりも有利な状況で脱出に移れたとは考えにくい。最悪、自分の守るミディアだけが唯一の生き残りという事も考えられる。
「! 姫様、また敵が来るようです。急ぎましょう」
「う、うん……」
 背後から迫ってくる喧騒に、表情を引き締めてファーネスがミディアに呼びかける。こわばった表情で頷くミディアの手を引いてファーネスは廊下を走った。だが、幼いミディアの足に合わせてではどうしても速度が鈍る。目的の部屋のすぐ前までたどり着いた所で三人ほどの敵兵に追いつかれてしまう。
「姫様! その部屋の中へ! 部屋の中央の魔法陣にお入りくださいっ!」
「え、ええっ。ファーも、一緒に来てよぉ」
「私もすぐに参ります! 同時には入れませんから、まずは姫様が。くっ」
 背後から駆けよって来た敵兵の方に向き直り、剣を撃ちあわせながらファーネスが叫ぶ。通路の幅の関係で三人を同時に相手にするという状況は避けられたが、この状態で相手に背を向けるのは自殺行為だ。
「姫様っ、お早くっ」
「う、うんっ」
 強引に相手の剣を突き離し、ファーネスが叫ぶ。相手の体勢が崩れた所に切りつけ、手傷を負わせたがいささか浅い。うわっと悲鳴を上げて後退する相手と入れ変わるように別の兵士が前に出てきてファーネスに切りかかる。身をひねったファーネスの胸の辺りを相手の剣が捉え、じゃりっと鎧の表面を滑って火花を散らした。
 背伸びをして扉のノブを掴み、ミディアが苦労しながら扉を開ける。じりじりと下がりながらファーネスが相手と剣を撃ちあわせる。技量そのものはファーネスの方が上回っているが、相手の方が数が多いしこちらは連戦のおかげで疲労が激しい。向こうにいくらかの手傷を負わせてはいるのだが、徐々にファーネスは追い詰められていた。じゃりっ、じゃりっと何度も鎧の表面を剣が捉え、火花を散らす。
 と、開きっぱなしだった扉の奥からこうっと蒼い光があふれ出す。ぎょっとしたように動きを一瞬止めた相手の隙を見逃さず、ファーネスは大きく踏み込んで切りつけた。ばっさりと皮鎧を切り裂かれ、血を撒き散らしながら敵兵が絶叫を上げる。ぐらりと揺れる相手の身体を蹴り飛ばし、後ろから前に出ようとする次の相手を足留めすると、ファーネスは身を翻して部屋の中を覗き込んだ。
「姫様、申し訳ありませんっ!」
 叫びつつ、ファーネスが剣を投げる。部屋の床に描かれ、淡い光を放つ魔法陣。その周囲を取り囲んで宙に浮かぶ水晶の柱の一つに投げられた剣が当たり、澄んだ音と共に水晶が砕け散る。
「てめえ、何のつもりだっ!?」
「あぐっ」
 怒声と共に切りかかってきた敵兵の剣が、ファーネスの左腕を捉える。剣は鱗状に張りつけられた金属片を貫き、その下の皮鎧も切り裂いた。ファーネスの口から苦鳴が漏れ、ばっと血が飛び散る。
「剣を捨てるだとお? 舐めるんじゃねぇ!」
「くっ、ちいっ」
 怒声と共に振るわれる剣を辛うじてかわしながら、ファーネスが舌打ちをする。腰の後ろに吊るした短剣を右手で抜き取るが、剣と短剣ではリーチが違い過ぎる。防戦一方に追い込まれたファーネスへとかさにかかったように続け様の斬撃を繰り出す敵兵。ファーネスの表情がくやしげに歪んだその時--。
「はいはい、それまでだよっと」
「うわぁっ」
 軽いのりの男の声が響き、しゅるるっと伸びた皮鞭が敵兵の腕に絡みつく。ぐいっと強く鞭を引かれ、敵兵が狼狽の声を上げて体勢を崩した。とっさに反応したファーネスがバランスを崩した相手に飛びかかり、喉へと短剣を突き立てる。
「あ~らら、可愛い顔して容赦ないねぇ」
「誰!?」
 崩れ落ちる敵兵の背後を見据え、鋭くファーネスが叫ぶ。一瞬味方かと思ったが、目にした相手は戦場にいるというのに鎧すら身に付けず、にやにやと笑っている見知らぬ青年だ。身にまとう衣服は高級そうな物で、単なる兵士とは考えにくい。自分と同じ位の長さの銀色の髪に、同じ色の瞳。整った容貌はまず間違いなく美形に分類されるだろうが、口元に浮かぶ笑みは軽薄そうな印象が強い。
 青年の横に立つ女性が、手首をしならせて倒れた敵兵の腕から鞭を外し、手元に引き戻す。こちらは一応皮製の胸当てを身に付けているが、それ以外の防具は身に付けておらずやはりいかにも軽装だ。光沢のない黒の髪を長く伸ばし、ばさっと顔の左半面を覆っている。感情を感じさせない冷たいまなざしを受け、僅かにファーネスは唾を飲み込んだ。
「人の名前を聞く時は、まず自分が名乗るのが礼儀ってもんじゃないかなぁ?
 ま、いいや。ボクの名は、フランツ。フランツ・オットー・ゲイボルグ、ゲイボルク帝国の第二皇子さ。ま、今は東方軍総司令、なんて事をやってるんだけどね。よろしく」
「ゲイボルグの……!? ならばっ」
 倒れた敵兵の死体に飛びかかり、その手から剣をもぎ取ってファーネスがフランツに切りかかる。優雅な、と、そう形容したくなるほど滑らかな動作で腰に吊るした細身の剣を引き抜き、ファーネスの斬撃を受け流すフランツ。
「おいおい、いきなり切りかかってくることはないだろう? 君だって騎士なんだからさぁ、まずは自分の名前ぐらい名乗ろうよ。ね?」
 にやにやと笑いながら、ファーネスの第二撃に軽く頭を引いただけで空を切らせると、フランツは軽く左手の掌を広げて肩をすくめた。
「あなたに名乗る名前など、ありませんっ!」
「おっと。怖いねぇ。ああ、ミリィ、手出しはしないでおくれよ? ボクは、彼女と遊びたいんだから」
「ふざけないでっ」
 余裕たっぷりのフランツの態度に、怒りをあらわにしてファーネスが剣を振るう。キィンッ、キン、キンっと澄んだ金属音が続けざまに響くが、フランツの方は笑みを浮かべたままでファーネスの攻撃をあるいはかわし、あるいは弾くばかりで一向に自分から攻めようとはしない。
「ほらほら、もっと頑張んないと。そんなんじゃ、いつまでたってもボクは切れないよ?」
「くっ……!」
 あざけるようなフランツの言葉に、ファーネスが顔を真っ赤に染め、更に勢いを増して切りかかる。楽しげな笑いを浮かべ、時折軽口などを交えながらフランツがファーネスの斬撃をあしらう。やがて、ファーネスの動きが目に見えて鈍くなり、はあはあと大きく肩で息をしはじめた。
「おやおや、息切れしちゃったみたいだねぇ。それじゃ、そろそろ、ボクからいくよ」
 笑顔を浮かべるとフランツが一転して攻めに転じる。鋭い突きから翻っての斬撃に始まり、右へ左へと目まぐるしく繰り出されるフランツの攻撃に、為すすべもなくファーネスが防戦一方に追い込まれる。
「くっ、あっ、くうっ」
 腕に、足に、いくつもの浅い傷が刻まれる。ファーネスが辛うじて身をかわしているから、ではない。フランツの方で、手加減をしてわざと浅い傷にとどめているのだ。絶望的なまでに、二人の腕には差があった。
「殿下。そろそろ……」
「いいじゃないか、ミリィ。ボクは戦うのが好きなんだ。もう少し、遊ばせてくれよ」
 髪で左半面を覆った女の呼びかけに、首をひねって肩ごしに振り返るとフランツがそう応じる。戦いの最中に相手から目を離すなど無謀としかいいようがないのだが、まるで見えてでもいるかのようにフランツの剣がファーネスの攻撃を受け流し、逆に浅い裂傷を彼女の腕に刻み込む。
「殿下」
「はいはい、分かったよ。終らせればいいんでしょ、終らせれば」
 重ねての女の呼びかけに、フランツが溜め息混じりにそう呟く。顔をファーネスの方に戻すと、すっと僅かに彼は目を細めた。
「いくよ、究極奥義・疾風衝破!」
「うあああぁっ!?」
 ふっとフランツの手元が霞んだかと思った次の瞬間、両肩と両太股に灼熱感が走る。一瞬で深々と肩と太股を貫かれ、ファーネスの身体がどさっと床に崩れ落ちた。(挿絵)
「なぁんてね。なんか、こうやって名前つけると、格好よく聞こえるよね」
 笑いを浮かべて肩をすくめるフランツの顔を、くやしげにファーネスが見上げる。足音もなくすっと前に出てきた女が、皮紐を取り出してファーネスの手足を縛り上げた。抵抗しようにも、まったく手足が動かない。
「ふぅん、転移の魔法陣か。壊れちゃってるから、これを使って追いかけるのは無理だなぁ。って、まぁ、その為に壊したんだろうけどさ。
 一応聞くけど、これ、行き先がどこか教えてくれるかい?」
 部屋の中を覗き込んだフランツが、あくまでも軽いのりでそう問いかける。ぎゅっと唇をかんだままファーネスは顔を背けた。
「ま、そりゃ、素直に話してくれる筈もないよねぇ。しょうがないから、身体に聞くとしますか」
「拷問をした所で、無駄です。私とて騎士のはしくれ。主君に不利益をもたらすようなことは、一切言いません」
「うんうん、当然だよねぇ。そうこなくっちゃ、ボクとしても面白くない」
 笑いながらそういうフランツに、ぎゅっとファーネスは唇を噛み締めた。

「くっ、うっ、くうぅっ」
 均整の取れた裸身にびっしょりと汗を浮かべ、ファーネスが身悶える。ギザギザの刻まれた板の上に正座させられ、足の上には重そうな石の板が三枚積み上げられている。足の間には膝のすぐ裏と尻の下、そしてそのちょうど中間辺りに断面が星型の鉄の棒が差し込まれており、肌を食い破ってだらだらと血を滴らせていた。
「どうだい? 王女をどこに逃がしたのか、教えてくれる気にはなったかい?」
 額に落ちかかる前髪をふぁさりと掻き上げ、椅子に腰を降ろしたフランツが問いかける。苦痛に表情を歪めながら、懸命に歯を食い縛ってファーネスが首を左右に振る。ひゅっと風を裂いて皮鞭が振るわれ、鋭い音と共にファーネスの裸身に真紅の筋が走った。
「くうっ!」
「早めに答えないと、足が使い物にならなくなるよ。脛の骨が砕けるか、膝がいかれるか、それとも肉がズタズタになるか。どちらにしても、嬉しくない未来だと思うけど?」
 フランツの言葉に、歯を食い縛ってファーネスが首を左右に振る。無言のままミリィが鞭を振るい、ファーネスの乳房へとくっきりと真紅の筋を刻みこむ。
「うあっ! あ、ぐ、くうっ」
「どうやら、三枚ぐらいじゃ不足みたいだね。じゃ、追加といきますか」
 フランツの言葉に、兵士たちがファーネスの足の上に更に石を積み重ねる。重みでますます脛に深くギザギザが食い込み、足の間に挟まれた鉄棒が肉を裂き、どくどくと血があふれ出す。
「くううううぅっ! あっ、あぐっ、ぐぐぐううぅっ!」
 懸命に歯を食い縛り、くぐもった呻きを漏らしながら身悶えるファーネス。そこに皮鞭が飛び、白い肌の上に真っ赤な筋がまた一本刻まれる。
「どうだい? これなら、しゃべる気になったかな?」
「わ、私は、誇りある、アクレインの騎士……たとえ、死すとも、しゃべりは、しません……くううっ」
「そうこなくっちゃ。それぐらい強情でないと、ボクとしてもはりあいがないからね」
 足を組み替え、膝の上で手を組みあわせるとフランツが低く笑う。無言のままミリィが鞭を振るい、石に押しのけられて歪んだファーネスの乳房へと赤い筋を刻む。
「あっ、ぐっ。くううぅっ。く、う、あ……」
「五枚目、いってみよーか」
 ぱちんと指を鳴らしながら、おどけた口調でフランツがそういう。兵士たちの手で五枚目の石がファーネスの足の上に積み重ねられた。かっと目を見開き、びくんっとファーネスが身体を震わせる。
「きゃあああああああぁっ!」
「ん~~、いい悲鳴だ。もっとボクを楽しませてくれよ?」
「あっ、ひっ、ひいいいぃっ! あ、足が……きゃああああああぁっ!」
 身悶え、悲鳴をあげるファーネスの姿を楽しそうに笑いながら眺めるフランツ。彼の笑顔を視界の端にとめたファーネスが、一瞬くやしげな表情を浮かべると、奥歯をぎりっと噛み締めて悲鳴を殺す。
「うぐっ、ぐぐぐっ、ぐぐぐうぅっ!」
「おやおや、黙っちゃうのかい? それじゃ、面白くないなぁ」
 にやにやと笑いを浮かべながらフランツがぱちんと指を鳴らす。積み上げられた石を押さえていた兵士たちが、がたがたがたっと石を揺さぶった。
「ッ!! キャアアアアアアアアァッ!!」
「そうそう、そうやって派手に泣き叫んでくれないと。で、どうだい? 王女の行方、話してくれるかな?」
 流石にたまらずに絶叫を上げたファーネスへの姿を楽しそうに眺め、ついでといった感じの軽い口調でフランツが問いかける。強引に悲鳴を噛み殺し、ファーネスは激しく首を横に振った。背中の辺りまで伸ばされた金髪が宙を舞い、汗の玉が飛び散る。
「いいねぇ、実にいい。そうこなくっちゃ」
 パンパンと軽く手を打ちあわせて感心したようなからかうような口調でフランツがファーネスに呼びかける。悲鳴を懸命に噛み殺しながら、ファーネスはフランツの事をにらみつけた。
「そうそう、その目だよ。出来るだけ頑張っておくれよ? あっさり屈服されたら、面白くないからね。  さぁて、これからどうしようか。六枚目を積んでもいいんだけど、顔が隠れちゃうのはいただけないよね。そうだ、アル、いるかい?」
 ファーネスににらみつけられたフランツが楽しそうに笑う。くっくっくと楽しげに笑いながら言葉を続けると、フランツは首をひねって背後を向き、誰も居ない暗がりへと呼びかけた。
「はいですの」
 幼い声と共に、闇の中からにじみ出るように童女が姿を現す。緩やかにウェーブを描く青い髪は足元まで伸び、床に引きずるほどの長さだ。どこかぼんやりとしたように焦点の定まらない緑色の瞳をフランツの方へと向け、童女が軽く首を傾げる。
「御用は、なんですの?」
「彼女の上の石、ちょっと重くしてもらえるかな?」
「お安い御用ですの」
 フランツの言葉にとことこと童女が苦しげな呻きを上げて身悶えるファーネスの方へと歩みよっていく。苦痛でぼやけた視界でファーネスが見つめる中、ぴたっと積み上げられた石に掌を当てると童女は口の中で小さく何事かを呟いた。
「ギャアアアアアアアアアァァッ!?」
 ずしっと、急激に石の重みが増し、ファーネスが濁った絶叫を上げて顔をのけぞらせる。フランツの方を振り返って童女が首を傾げた。
「とりあえず、五割増しにしてみましたの。もっと重くも出来ますけど、どうしますの?」
「そうだねぇ……ま、とりあえずはそんなもんでいいや。後でまた頼むかもしれないけどね」
「わかりましたの」
「ギャアアアアアアアァッ! グギャッ、ギャッ、ギャビャアアアアアアアアァァッ!!」
 可憐な顔を涙でべちゃべちゃに濡らし、獣じみた濁った絶叫を上げてファーネスが泣き叫ぶ。ベキベキベキッと足の骨が砕け、肉が引き裂かれる。あふれ出した血は床の上に大きな血溜りを作り、口の端に白い泡が浮かぶ。
「そんな状態じゃ無理かもしれないけど、王女の行方を話してくれるかい?」
「ギャウッ、ギャッ、ギャアアアアァッ!」
 絶叫をあげながら、ファーネスが首を左右に激しく振る。しばらくファーネスの泣き叫ぶ姿を楽しそうに眺めていたフランツが、やがて軽く肩をすくめて童女の方に視線を向けた。
「じゃ、アル。また重くしてくれるかい?」
「はいですの」
「グギャアアアAアアあアァァッ!!!」
 フランツの言葉に童女が頷き、石に触れて何事かを呟く。石の重みが更に増し、ファーネスが音程の狂った絶叫を上げて激しく身体をのたうたせる。
「もうちょっと、おまけしますの」
「--ッ-ァッ--ッ--ィッ--ァ-ィ-!!!」
 童女の呟きと共に、石の重みが急激に増える。もはや激痛のあまりまともに声を上げることも出来ず、かっと目を見開いたままファーネスが身体を細かく痙攣させる。ぶくぶくぶくと後から後から白い泡が口からあふれ、弓なりにのけぞった喉から胸元を伝い、積み上げられた石の上に溜まっていく。びくっ、びくびくっと数度大きく彼女の身体が痙攣すると、ぐるんと白目を剥いてファーネスは完全に意識を失った。
「おやおや、気絶しちゃったか。アル、石を除けてくれ」
「はいですの」
 フランツが軽く肩をすくめ、童女が石に触れて小さく何事かを呟く。ふわっと浮き上がるような感じで石が横に崩れた。ファーネスは完全に意識を失っていて、石が取り除けられた後もひくっ、ひくっと微かに痙攣しているだけだ。
「アル、最後はどれくらいの重さにしたんだい?」
「三倍ですの。その気になれば、十倍まではいけましたの」
「おやおや……三倍というと、十五枚分か。流石にそんなのには耐えられないよなぁ」
 軽く肩をすくめながら、フランツが苦笑を浮かべる。頬に指を当て、童女がこくんと首を傾げた。
「ところで、何をやってたんですの?」
「ん? ああ、ちょっと拷問をね。彼女が逃がした王女の行方を知りたくてね」
「だったら、アルが彼女の記憶を覗きますの。そうすればすぐに分かりますですの」
 にっこりと笑って気を失ったファーネスの方へととことこと歩いていく童女。その背中に、フランツが苦笑混じりに声をかける。
「いや、その必要はないよ。魔導でてっとりばやく解決するんじゃ面白くもなんともないからね」
「殿下」
 今まで黙って事態を見守っていたミリィが冷たい声をあげる。ふぁさぁと前髪を掻きあげながら、フランツは薄く笑みを口元に浮かべた。
「ボクはただ、拷問するのが好きなのさ……」
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