妖蟲


「う、ん……」
 小さな呻き声をあげ、ファーネスは重い瞼を開いた。全身に不快な重さがあり、頭もぼんやりとしている。今自分がおかれている状況が咄嗟に把握できず、彼女はゆっくりと上半身を起こすと周囲を見回した。
 彼女が寝かされていたのは、粗末なつくりの部屋だった。壁も床も石が剥き出しで、床に申し訳程度に引かれた寝藁の上に寝かされていたらしい。自分が身にまとったぼろ布のような服と、何よりも左手首でジャラッと音を立てた鎖の存在が、彼女に自分の立場を思い出させた。
「そうか……私は、囚われたんだっけ」
 小さく呟くと、彼女はゆっくりと上体を石の壁に預けた。脳裏に、自分の受けた酷い拷問の情景がまざまざと思い起こされる。そのときに味わった激痛を思い出し、無意識に眉をしかめた彼女は、だが、ふとおかしな事に気づいた。
「確か、私の足は完全に砕けたはず……それ以外にも、ずいぶんと傷を負ったはずだけど」
 しかし、全身に鉛を詰め込まれたような重さはあるものの、痛みは感じない。試しに足を動かしてみたが、微かに引きつるような感覚があるものの普通に動く。目で見ても、肌の所々がうっすらとピンク色になったいる以外は、特におかしなところはない。
「そうか……私を殺すわけには行かないから傷を癒した、というわけね。それも恐らく、わざわざ魔道を用いて。ご苦労なことだわ」
 微かに口元に笑みを浮かべ、ファーネスはそう呟いた。自分を生かしてあるということは、まだ自分には価値があるということだ。言いかえれば、自分の持っている情報、すなわちミディア姫の行方を彼らはまだ掴んでいない。
「よかった、本当に……」
 目を閉じながらそう呟くと、ファーネスは小さく笑った。捕らえられた自分には、これからも過酷な拷問が加えられることだろう。だが、それも、ミディア姫が捕らえられて処刑されるような事態になることを考えればどうということはない。かかっているものはたかだか自分一人の生命だ。王国の存亡、ひいては民衆のことを考えれば、自分一人が味わう苦痛や恐怖、屈辱など、物の数ではない。
「おやおや、囚われの身だっていうのに笑ってるのかい? これはまた、ずいぶんと呑気なもんだねぇ」
「っ!?」
 不意に響いた男の声に、びくっと身体を震わせてファーネスが目をあける。横手にある木製の扉、そこに作られたのぞき窓があげられ、そこからまだ若い男が中を覗き込んでいる。警戒するように身構えるファーネスの耳にガチャリという鍵の開く音が届き、ゆっくりと扉が響く。
「その様子だと、まだ楽しませてもらえそうだね。前回の拷問に怯えて、命乞いをしてくるんじゃないかと心配してたんだけど」
「私を嬲りたいなら、どうぞご自由に。けれど、どんな目に遭おうとも私はあなたの思い通りにはなりません。そのことだけは、いっておきます」
 部屋の中へと入ってきた若い男--ミドガルド帝国第二皇子、フランツはファーネスの言葉に唇の端を歪めた。
「結構、その調子で頑張って拷問に耐えてくれ。そのほうが、こっちとしても楽しめる」
「くっ……!」
「おや、悔しそうだね。けど、ボクのやり方は、君にとっても好都合だと思うけど?」
 唇を噛むファーネスへと、くすくすと笑いながらフランツがそう言う。僅かに怪訝そうな表情を浮かべたファーネスへと、軽く肩をすくめながらフランツが言葉を続けた。
「はっきり言って、君を拷問にかけるのは完全にボクの趣味なのさ。手っ取り早くミディア姫の行方を知りたいんなら、薬を使って君の自我を壊してしまえばいい。どんなに意志が強くても、自我を壊された人形になってしまえば意味はないからね。こっちには強力な麻薬もある。ほんの数回使うだけで、君を薬のためならなんでもする牝犬に変えることが出来るような薬がね。他にも、魔道を使って君の記憶を覗いたり奴隷に変えたりする手段()だってある。はっきり言って、これに対抗するには同程度の力を持つ魔道で対抗するしかない。魔道の心得のない君じゃ、抵抗は不可能だ」
「……」
 フランツの言葉に、僅かに動揺の表情を浮かべてファーネスが押し黙る。彼の言葉がはったりではないというのは、直感で分かった。だが、だとすると……。
「けど、それじゃ興がないというものだろう? どうせなら、とことんまで痛めつけ、泣き喚かせ、屈服させたほうが面白い。だからボクは君を拷問するのさ。その気になれば簡単に手に入る情報を聞き出すためにね。
 そう、だから、ボクを失望させないでくれよ? ボクは兵士たちに捜索をさせていないし、君の精神(あたま)を薬や魔道でいじることもしない。君が苦痛に耐えて沈黙を守っていれば、ミディア姫は無事でいられる。まぁ、彼女のほうから姿を現わせば別だが、彼女が兵を集めて祖国の解放に乗り出すにはまだ時間が必要だろうしね」
「……感謝、しろとでも言いたいんですか?」
「そうだねぇ。ま、どんな酷い目に遭っても屈服せずに、頑張ってくれればいい。そうすればボクはずっと君をいたぶって楽しんでいられるし、君も大切な姫様を守ることが出来る。お互い、利害は一致してるだろ?」
 笑いながらフランツがそう言い、ファーネスは困惑の表情を浮かべた。どこまで本気で、どこから冗談なのか……はっきり言って、目の前にいるのは理解不能な相手だった。
「さ、て。おしゃべりはこの辺にして、楽しい拷問の時間を始めようか。頼むから、あっさり屈服しないでくれよ?」
 にやり、と笑うと、フランツが無造作にファーネスのほうへと足を進める。咄嗟に足を伸ばして彼のことを蹴ろうとするファーネスだが、不自然な体勢からの蹴りはあっさりとかわされ、逆に簡単に自由な右手首を掴まれてしまう。反射的にあがらう彼女の右腕を上へと引き上げ、壁から生えた短い鎖の先の輪をがしゃんとはめるフランツ。
「蛮族には蛮族なりに、いろいろと面白いやり方があってね。君たちの知らないような生き物も、蛮地にはいろいろと居るんだ。その一つを、見せてあげよう。ヒューイ!」
「へい」
 フランツが数歩下がってファーネスの蹴りの射程から逃れ、笑いながら告げる。彼の言葉の最後、その呼びかけに応じ、開かれたままの扉からのそりと小男が入ってきた。背中が酷く曲がり、頭が膝の辺りにまで下がっているせいでますます小さく見える。顔には深い皺が刻まれ、右目だけがぎょろりと真ん丸に開いた異相の持ち主だ。両腕で抱えるように壷を持っている。
「この壷の中には、(ひる)の一種が入っている。ボクらはレティッシャと呼んでいるんだけど、ま、名前はどうでもいいね。普通の蛭は動物の血を吸うだけだけど、この蛭はちょっと違う。動物の肌を溶かし、肉を溶かし、溶けた血肉を啜るのさ。それがどれだけ苦しいかは、ま、実際に味わってからのお楽しみ、というわけだな」
 楽しそうな口調でフランツがそう説明し、小男がひょこひょことファーネスの前に歩み出て壷を傾ける。うじょうじょと壷の中から這い出してきた数十匹の蛭を目にして、ひっと思わずファーネスが息を呑んだ。
「う、あ、あ……」
 長さは人の手首から先ぐらい、太さは指二本分ぐらいだろうか。真紅の蛭がうじょうじょと床の上にわだかまり、蠢いている姿は若い女性に限らず誰しも生理的嫌悪感を覚えるだろう。掠れた声をあげ、蛭たちから少しでも離れようと壁に身体を押し付けるようにして立ち上がるファーネス。だが、両腕を鎖に捕らわれた状態では身体を動かせる範囲などたかが知れている。
 小男が懐から笛を取り出し、唇に当てる。笛の音は響かなかったが、おそらくは人間の耳では聞き取れない音を発しているのだろう。今まで床の上で互いに絡み合うように蠢いていた蛭たちが、一斉にファーネスのほうへと向けて動き出す。
「き、きゃあああぁっ!」
 たまらずに悲鳴を上げるファーネス。蛭たちは意外なほど早く床の上を這い進み、そればかりかなんと全身を一回たわめたかと思うとぴょんと飛び上がってファーネスの白い足へと襲い掛かる。びちゃっ、びちゃっと柔らかいものが肌に張り付く感覚に、ファーネスが大きく目を見開いてみをよじる。
「きゃああっ! 嫌っ、嫌あああああぁっ!」
 びちゃっ、ずるっ、ずるずるずる……っ!
 何十という真紅の蛭たちが、ファーネスの足に飛びつき、ぬめぬめとした粘液の跡を光らせながら彼女の足を這い上がっていく。肌や肉を溶かされ、食われるという恐怖であれば、ファーネスは歯を食いしばってでも悲鳴を上げずに耐えられただろう。だが、ぬるぬるとした無数の蛭が自分の足に張り付き、這い上がってくるおぞましい感触……それがもたらす生理的な嫌悪感に、まだ若い娘が容易に耐えられるものではない。
「ひいっ、いやぁっ、やめてっ、いやああああぁっ!」
 ガチャガチャと鎖を鳴らし、地団太を踏んで身悶えるファーネス。先頭の蛭は既に服の裾の奥に姿を消し、滑らかなファーネスの太股に粘液の跡を残しながら脚の付け根へと這い上がっていっている。ぬるぬるとしたものが自分の肌の上を這い上がってくる感触だけでも充分すぎるほど嫌悪を誘うが、その軌跡が自分の股間へと向かっているのを感じてファーネスが甲高い悲鳴を上げて身をよじる。
「ヒューイ、性器と肛門には、触れさせるな」
「は? はぁ……」
 壁にもたれてファーネスが身悶える姿を眺めていたフランツが、ふと思いついたように命じる。笛を口に当てていた小男がいったん笛を離し、怪訝そうな表情を浮かべた。この蛭は口から吐き出す消化液で皮膚や肉を溶かすのだが、一番好むのは性器や肛門から身体の内部に入り込んで内臓を食らうことだ。とはいえ、王子の命令に逆らうことも出来ない小男は、再び笛に口をつけると人間には聞き取れない一連のメロディを吹き鳴らした。そのメロディを聞いた蛭たちが這い上がる進路を微妙に変える。
「彼女は、まだ男を知らないだろうからな」
「へへっ、やっぱり、初物は皇子自身が頂くということで?」
 独り言のようなフランツの呟きに、小男が下卑た笑いを浮かべる。ちらりと彼のほうに視線を向けると、フランツは小さく首を振った。
「いや、彼女を抱くつもりも、抱かせるつもりもない。陵辱を受けた女はがらりと人が変わってしまうことがあるし、特に処女の場合はそうなりやすい。そう言った性的な責めで落としても、面白くないからな」
「は、はぁ、そうですか……」
 フランツの言葉が意外だったのか、曖昧な口調と表情で小男が頷く。女の捕虜、しかも若く美しい娘とあれば、陵辱して楽しむのがむしろ当然だ。だが、そんな小男の当惑など意にも介さずにフランツは生理的嫌悪感に悲鳴を上げ、身悶えるファーネスへと淡々とした口調で呼びかけた。
「どうしたんだい? さっきまでの威勢の良さは。まさかこの程度で屈服するのかい?」
「うっ、ううぅ……くぅっ」
 淡々としたフランツの呼びかけに、悔しげに顔を歪めてファーネスが唇を噛む。ぞわぞわと肌の上を蛭が這い回る感覚に全身に鳥肌を立てながら、それでも意志の力を総動員して悲鳴を噛み殺し、身悶えを押さえ込む。
「そう、そうでなくっちゃね。せいぜい、そうやって頑張って見せておくれ。まだ前座の段階で屈服されちゃ面白くないからね」
「うう、くっ、くぅっ」
 くすりと口元に笑みを浮かべながらのフランツの声に、ファーネスが悔しげ表情を浮かべて彼のことを睨む。だが、ぞわぞわと下腹から胸へと蛭たちが這い上がってくる感覚に押さえきれない呻き声が漏れた。既に脚や下腹の辺りに狙いを定めた蛭たちも居るらしく、そう言った蛭たちは小さな円を描くようにファーネスの肌の上を這いまわっている。おかげで、ぬるぬるとした嫌らしい感触は全身を覆うように広がりつつあった。
「う、あっ、あ、くうぅっ」
 ぬるりとしたおぞましい感触が、二つの膨らみに触れる。フランツが指摘したように、ファーネスはまだ男を知らない。自分で慰めたことすらほとんどなく、性的な経験は皆無といって良かった。その、まだ誰も触れたことのない二つの膨らみを真紅の蛭が遠慮会釈なしに蹂躙していく。
「こ、こんな、ことで、私をどうにかできるなどと……くうぅ、あうぅっ」
 膨らみの頂点を、ぬるりとした蛭の胴体がこする。快感というよりはおぞましさのほうが強いその刺激にファーネスがきつく眉を寄せて苦しげな声を上げる。蛭たちはファーネスの身体の上を我が物顔に這い回り、粘液をなすりつけながら蹂躙していく。
「ひゃうっ、う、あぁ、くっ」
 脇の下を蛭が通過していくくすぐったさとおぞましさの入り混じった感触に、ファーネスの身体がびくんと震える。ニヤニヤと笑っているフランツの視線を感じ、懸命に歯を食いしばって声を殺す。だが、ぬめぬめとした無数の蛭が身体の上を這いまわる感触が彼女の精神を責め苛んでいた。
「い、いつまで、こんな、くだらないこと、続けるつもりなんです? こ、こんな、ことで、私が、屈服、するとでも、思ってるん、ですか?」
 肌の上を蛭が這いまわる不快な感触を懸命にこらえ、ファーネスが搾り出すようにそう問い掛ける。軽く肩をすくめると、フランツは視線を小男のほうへと向けた。
「確かに、そろそろ充分だろうね。それじゃ、始めるとしようか。ヒューイ」
 フランツの言葉を受けて、小男がまた笛のメロディを変えた。とはいえ、その音は人間の耳には届かないのだが。しかし、その効果は劇的だった。
「き、きゃあああああああああああああぁぁっ!?」
 びくんっ、と、大きく身体を震わせ、ファーネスが絶叫を上げる。今までうぞうぞと肌の上を這いまわっていた無数の蛭たち。そのおぞましい感触から意識を逸らそうとしても出来ず、それらの場所に彼女の意識は集中していた。そこに、突然炎を押し当てられたかのような灼熱の痛みが同時に弾けたのだ。
「ひいいいいぃっ! ひっ、ひいいいいいぃっ!!」
 目を見開き、身体をくねらせてファーネスが叫ぶ。じゅうじゅうと彼女の身に着けた粗末な服のそこかしこから白煙が上がり、穴があいていく。真っ赤な血がその周囲を染める。
「あっ、ああっ、あああぁぁっ----っ! 熱いっ、熱いいぃっ! きひいいいいぃぃっ!!」
 肌が、肉が、蛭の分泌する溶解液に蝕まれ、溶かされていく。刃物で切られるような一瞬の痛みとは違う。炎で炙られ、じわじわと焼かれていくような激痛。それも一つではなく、全身で無数の痛みが弾けているのだ。ガチャガチャと鎖を鳴らし、身悶えて泣き叫ぶファーネス。
「素直に王女の居場所を教えてくれれば、すぐにでもやめてあげるけど?」
「いやっ、いやっ、いやああああああぁっ! ああぁっ、熱いっ、ひいいいいぃっ!」
 フランツの呼びかけに懸命に首を振り、否定の言葉を叫ぶファーネス。その間にも蛭たちはその身体から分泌する溶解液で彼女の身体を溶かしていく。激しくなるばかりの激痛に、彼女は悲鳴を殺すことも出来ずに甲高い声を上げて身悶え、泣き叫ぶ。膝ががくがくと震え、立っていられなくなった彼女は床の上に腰を落とし、更に床の上に身体を転がした。肌と石の床の間でぐにゅっと蛭のひしゃげる感覚が僅かにするが、その程度では蛭の柔軟な身体は潰れたりしない。むしろ、溶かされた傷口に痛みが走る。
「ひいいいいぃっ、きひいいいぃっ、ひやああああああああぁっ! 熱いっ、ああっ、あひいいいいぃっ!!」
「喋るかい?」
「ひやっ、いやぁっ、いやああああぁっ! ああっ、あっ、熱いっ、ひいっ、ひやあああああぁっ!」
「あまり意地を張らないほうがいいと思うけどね。今はまだ、大して痛くないんだよ。これから肉の内側に蛭が入り込み、内臓を食い荒らされるようなことになれば、痛みは何倍、いや、何十倍にもなる。その痛みに、自分が耐えられると思うかい?」
 ガチャガチャと鎖を鳴らし、身悶えながら絶叫を続けるファーネス。彼女のそんな姿を口元に笑みを浮かべて眺めながら、フランツがそう言う。その言葉が耳に入ったのか、一瞬、ファーネスの顔が恐怖に強張った。
「こ、殺されたって、何も、喋る、もんですかっ」
 全身を包む激痛に泣き叫ぶせいで、途切れ途切れになりつつもファーネスがそう言い放つ。服は既に半分以上が溶け、溢れた鮮血で全身を真紅に染めた無残な姿になってのたうつ少女の裸身。その表面で、うぞうぞと無数の蛭が蠢いている。酷く無残な姿となってのたうち、悲鳴を上げる哀れな少女の姿を見やりつつ、フランツが軽く肩をすくめる
「あっさりと殺されたほうが、よほど楽だと思うけどね。まぁ、実際に、味わってもらおうか」
 そう言いつつ、ぱちんとフランツが指を鳴らす。小男が笛のメロディを変え……今まで比較的浅い部分で蠢いていた蛭たちがいっせいにファーネスの身体の中へともぐりこんでいく。
「っ!! ギャアアアアアアアアアァッ!! ウギャッ、ギャウッ、ギャアアアアアアアアァッ!!」
 全身に、焼けた火箸を突き立てられたような灼熱感と激痛が走る。少女の上げるものとは思えない濁った絶叫を上げ、口の端に白い泡を浮かべてファーネスが身悶える。こぼれおちんばかりに見開かれた瞼の端が裂け、血の涙を流しながら。
「ギイイイッ! ギャッ、グギャッ、ギャウゥッ、ギヒィッ、アギャッ、グギャギャッ、ギャアアアアァッ! ジヌッ、ジンジャウッ、ウギャアアアアアアアァッ!!」
「あまり意地を張ると、本当に死ぬけどねぇ。さて、どうする? 素直に喋って、楽になるかい?」
「ウギャアアアァッ、ギャウッ、ギャウンッ、ウギャゥ、ヒギャアアアアアァッ! ゴロジデッ、ゴロジデェッ、ウギャアアアアアアアァッ!!」
 腕や足といった部分から身体の中に入り込んだ蛭たちは、単に肉を溶かすだけ。もちろんそれはそれでとんでもない激痛なのだが、まだましなほうだ。しかし、腹の辺りから入り込んだ蛭たちは、その溶解液で彼女の内臓を溶かす。その痛みは筆舌に尽くしがたく、脳裏が真っ白に塗りつぶされて何も考えられなくなるほどだ。
「くっくっく、いいねぇ。その状態でも、まだ意地を張れるんだ。それじゃ、君の意志を尊重するとしよう。どこまで耐えられるか、楽しく見物させてもらうよ」
 こぼれおちんばかりに目を見開き、血の涙を流しながら泡を吹くファーネス。濁った絶叫を上げ、ガチャガチャと鎖を鳴らして身悶え、床の上でのた打ち回る彼女の姿を楽しそうに見やり、フランツがそう言う。その言葉が耳に入っているのかどうか分からないが、ファーネスは絶叫を上げつづけている。
「ウギャギャギャギャッ、ヒギャガッ、アギャッ、グガガガッ、ガウゥッ、ギャッ、ウギャアアアアァッ!! ジヌッ、ジンジャウッ、ウギャアアアアアァッ、ゴロジデッ、ガガガッ、モウッ、ゴロジデッ、ウギャアアアアアァッ!!」
 生来のものに加え、騎士団の一員として鍛え上げられた強靭な精神が、ファーネスの意識を明瞭に保っている。だが、それは彼女にとってはおそらく不幸なことだろう。気絶、あるいはいっそ発狂してしまえれば、少なくとも生きたまま内臓を溶かされていくこの激痛を味あわずにすむのだから。
「アガガッ、グアッ、ギャウゥッ、ウブッ、ア、ウガアアアアアァッ、ギャウッ、ギャウウウゥッ、ゴボッ」
 血まみれになってのた打ち回るファーネス。その口から溢れる白い泡に、赤いものが混じり始める。内臓を溶かされているせいだ。身体を内側から炎で焼かれているような熱さと激痛。それに絶叫しながらのた打ち回っているファーネスの口から、やがて、ごぼりと真っ赤な鮮血が溢れる。今まで室内を満たしていた彼女の絶叫が断ち切られたかのように途絶え、変わって彼女の口からはごぼごぼと鮮血が溢れつづける。
「おやおや……」
 軽く肩をすくめるフランツ。パクパクと口を開け閉めするファーネスは、何か言おうとしているのかもしれないが、その言葉は声にならない。全身に細波のような細かい痙攣が走る。
「殺すわけにもいかないからね。アル?」
「はいですの」
 幼い声と共に、フランツの傍らに童女の姿がにじみ出る。ぎょっとしたように身を引く小男には視線すら向けず、あどけない笑みを浮かべながらアルはフランツのことを見上げた。
「御用は、何ですの?」
「彼女を癒して欲しいんだ。出来るかい?」
「簡単ですの」
 既に瞳からは焦点が消え、断末魔の痙攣を見せているファーネスのことを一瞥すると、にっこりと笑ってこともなげにアルがそう答える。とことこと床に転がって痙攣しているファーネスの元へと歩み寄ると、量掌を彼女へと向けてかざし、口の中で小さく呪文らしきものを唱えた。ぱぁっと、毒々しい緑色の光が彼女の掌から放たれ、ファーネスの身体を包み込む。その光を浴びたとたん、彼女の全身に口をあけていた蛭の入り込んでいった無残な穴が見る見るうちに塞がり、虚ろになっていたファーネスの瞳に光が戻る。
「う、あ……? アグウゥッ!? ギヤッ、ギャッ、グギャアアアアアアアアァッ!!!」
 一瞬、状況が理解できないような声を上げて視線をさまよわせかけたファーネスだが、即座に身体の内側から放たれる激痛の波に押し流され、濁った絶叫を上げながらのた打ち回り始める。
「いちいち治すのも面倒ですの。だから、丸一日ぐらいは自動的に傷が治るようにしておきましたの」
「へぇ、そんなことも出来るんだ、アルは」
「はいですの。怪我を治すのは、得意ですの」
 フランツの感嘆の声に、誇らしげに胸を張るアル。いい子いい子と彼に頭を撫でられ、嬉しそうな笑みを浮かべる。いかにもあどけない、ほほえましい光景だが、その背後ではファーネスの上げる悲痛な絶叫が響きつづけていた。アルによって傷が自動的に塞がるようになってしまった彼女は、蛭たちによって身体の内側を溶かされる苦痛をいつまでも味わっていなければならない。
「アギャッ、グギャギャッ、ギャギャアァッ、ギガガガガガッ、ウギャッ、ゴロジデッ、ギャウウゥッ、オネガイゴロジデェッ、ウギャアアアアアアアァッ!!」
「その痛みから解放されたければ、素直に喋ることだね。アルが君をそう簡単には死なないようにしてくれたから、喋らない限りはいつまでもその苦痛は続くよ」
「イヤァッ、シャベラッ、ナイワッ、ギャアアアアアアァッ!! グギャッ、ギャギャッ、ギャウゥゥッ! ゴ、ゴロジデェッ! グウギャアアアアアアァッ!!」
「ですから、そう簡単には死ねないといってますの。それに、死んでも、アルがすぐに生きかえらせてあげますの。よっぽど酷く傷ついてなければ、蘇生は可能ですの」
「ギャアアァッ、ギャッ、ガッ、ガウゥッ、ギャアアアアァッ!」
 にっこりと、あどけない笑みを浮かべてそう告げるアル。だが、既に痛みのあまりその言葉が耳に届いていないのか、聞こえていても言葉を返す余裕がないのか、ファーネスは絶叫を上げて床の上をのた打ち回るばかりだ。軽く首をかしげながら、アルはその様子を笑顔で眺めている。
「この人の魂、とっても美味しそうですの」
「欲しいのかい? だったら、用済みになったら彼女はアルにあげようか?」
「いいんですの? だったら、もっと苦しんでもらうですの。苦痛や恐怖は、魂をもっと美味しくしてくれますの」
「そうだね。彼女には、もっと苦しんでもらわないとね」
 アルの無邪気な笑みを見返しながら、フランツも楽しげに口元を歪めた。
「ウギャギャッ、ギャウウゥッ、ガッ、アガガガガガッ、グギャッ、ギイヤアアアアアアァッ!!」
 ファーネスの上げる絶叫が室内に響く。絶え間なく与えられる苦痛のため、気を失うことも許されず、ファーネスは絶叫を続けていた。そしてそれは、アルのかけた魔法の効果が切れるまで、丸一日に渡って続いたのである……。
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