遊戯


 アクレイン王国の王都、アクアード。白い石造りの建物が整然と立ち並ぶ、派手さはないものの美しい街としてしられている。無論、ただ美しいだけではない。三重の城壁に囲まれた堅固な城塞都市でもある。難攻不落とまでは行かないまでも、そう易々と他国の侵攻を許すはずはない、と、誰もがそう思っていた。
 だが、その予想は覆された。ゲイボルク帝国による侵攻軍は、僅か一昼夜にも満たない短い時間で王城を陥落させ、この美しい街をほとんどそのまま手に入れてしまったのだ。飛竜を乗騎とした部隊を編成し、防備のない上空からしかも相手に迎撃の準備をろくに整える暇も与えないほどの高速で攻撃するという方法で。
 今やこの街は蛮族として扱われてきたゲイボルク帝国の支配下にあった。蛮族の軍に占領された以上、陵辱、略奪、そして虐殺……無残に蹂躪されるものと恐れていた住民たちの予想は外れ、今のところ大きな混乱は見られない。だが、それでも街に不安が満ち溢れるのは仕方のないことだった。

「くっ……」
 小さな呻きを上げ、薄暗い路地裏に一人の青年が転がりこんでくる。仕立ての良い衣服を身につけ、腰に剣を吊るした上品そうな顔立ちの青年だが、身体のあちこちにはかなりの傷を負っていた。たまたまそこにいた花売りの少女が、傷だらけの青年を目にして慌てて駆け寄る。
「だ、大丈夫ですか!?」
「くっ、う、だ、大丈夫、だ。すまない、この辺りに、身を隠せるような場所は……ううっ」
「え? ……っ! 酷い怪我……」
 苦しげに顔を歪める青年を抱き起こそうとした少女が、べったりと掌を濡らす鮮血に目を丸くする。動揺を見せつつ、それでも青年に肩を貸して立ちあがらせた少女の耳に、少し離れた場所から放たれた声が届く。
「おい、いたか!?」「いや、だがこっちに行ったのは確かだ。あの傷では、そう遠くへは……」
「くっ、まずい、な……追っ手が、くうぅっ」
「追われて、いるのですね? 騎士様、すいません、少し、我慢してください。それと、私に何があっても、声を立てたりここから出たりしないように」
 苦しげに呻く青年を路地裏に散乱する廃材などの影に隠し、手に付いた血を素早くぼろ布で拭うと少女は路地の出口まで足を進めた。そばの曲がり角から皮鎧を身につけた二人の男が姿を現わし、彼女のほうに視線を向ける。
「お花は、いかがですか?」
「花売りか? おい、それより、こっちに傷だらけの男が来ただろう!? どっちへ行った?」
 軽く首をかしげ、笑顔で問い掛ける少女に、兵士の一人が苛立った声をかける。僅かに怯えたような表情を浮かべて一歩下がりつつ、少女が首を横に振った。
「男の方、ですか? いえ、そのような人は、こちらには来ていませんが……」
「おい、嘘をつくなよ? その角を曲がったのは見たんだ。要らぬかばいだてをすると容赦せんぞ」
「きゃっ」
 兵士の一人が乱暴に少女を突き飛ばし、少女が悲鳴を上げて地面に転がる。花を入れたバスケットが転がって周囲に花が散乱し、転んだ拍子に裾が乱れて白く滑らかな少女の足が露わになる。
「ほ、本当に、私は見ていませんから……」
「ほう、ならば少々痛い目にあってもらおうか」
 剥き出しになった少女の足へと好色そうな視線を向けつつ兵士の一人がそう言い、もう一人の兵士も下卑た笑いを浮かべながら頷く。
「我々は敗残兵狩りが任務だ。それに協力しないということは、我々に叛意があるということだからな。取り調べる必要があるな」
「な、何を……きゃあぁっ」
 兵士の一人が少女の服へと手を伸ばし、びりびりっと引き裂く。小さく悲鳴を上げて身体を縮める少女を、兵士たちが組み伏せる。
「素直に話せばよし。話さなければ……分かるな?」
「や、止めてくださいっ、私は、本当に……いっ、痛っ」
 組み敷かれ、胸を力任せに握られた少女が瞳に涙を浮かべて身体を震わせる。下卑た笑いを浮かべながら兵士が彼女に覆い被さろうとしたそのとき、彼らの背後から冷ややかな女性の声が響いた。
「……何を、やっている?」
「へっ? あっ、ミ、ミリエラ様!?」
「住民への暴行、略奪は禁じていたはずだが?」 「いっ、いえ、これは、その……」
 動揺の声を上げる兵士たちへと、顔の反面を髪で覆った女性--ミリィが冷ややかに告げる。顔を強張らせる兵士たちへと、腰の剣を抜きながらミリィが更に言葉を続けた。
「……剣を、抜け」
「へっ!?」
「抵抗の機会は、与えてやる。抜け」
 反論を許さない強い口調でそう言うミリィの態度に、兵士たちがやけになったように剣を抜く。奇声を上げて切りかかってきた二人の兵士を、顔色一つ変えずに無造作に切り伏せるとミリィは震えている少女のほうに視線を向けた。
「すまない、迷惑をかけた」
「い、いえ……」
 僅かに怯えの色を見せて首を横に振る少女。剣を鞘に納め、視線を路地の奥のほうへと向けるとミリィは淡々と、独り言のように呟きを漏らす。
「……殿下は、酔狂な方だ」
「は?」
「だから、騎士団長クラスが逃げていても気にもしない。まずは、傷をしっかり治すことだ」
「あ、あの、何を……?」
「いつまで時間があるかは、あのファーネスとかいう近衛騎士次第だが」
 少女の困惑の声を気にもせずにミリィが独り言のような呟きを続ける。がたっ、と、微かな音が路地の奥で響いた。小さく首を振ると、ミリィが路地に背を向ける。歩み去っていく彼女の後姿をしばらく呆然と見送っていた少女が、ふと我に帰って先ほど青年を隠した辺りに駆け寄った。
「妹は、捕らわれたのか……? うっ、くぅっ」
「いけない、無理はしないで。……妹、さん?」
 覆い被さった廃材の中から出てこようとする青年を押しとどめつつ、少女が首を傾げる。
「ファー……ううぅ」
 小さく呻いて青年が意識を失う。慌てて少女は意識を失った青年の腕を肩に回し、よろよろとよろけながら家へと向かった。

「ギッ、アッ! ギャアアアアアアアアアァァッ!!」
 宙吊りになったファーネスの上げる絶叫が、薄暗い部屋の中へと響く。びっしりと細かい鋭い棘が埋め込まれた何本ものロープ。それが彼女の身体に幾重にも絡み付き、丈夫な木組みの中にぶら下げているのだ。白い肌を棘が食い破り、真っ赤な鮮血を滴らせる。薄く笑いを浮かべながらフランツが手元のロープを引く。
「アッ、ギッ、ギイイイィッ! ギャアアアアァッ!」
 木組みの上部に組みこまれた、滑車とばねと歯車の複雑な仕掛け。フランツがロープを引くとその仕掛けが動き、ファーネスの身体に絡みつく棘付きのロープを上下させる。出来の悪い操り人形のように、宙吊りになったファーネスの手足が無理やり動かされ、肌が裂けて鮮血が迸る。
「大したものだよねぇ、アクレインの技術者って奴は。こんな仕掛け、簡単に作っちゃうんだもんね。これじゃ、僕らが蛮族呼ばわりされるのも無理はないって気がするよ」
「ギャウッ、ギッ、ギャアアアアァッ!」
 苦笑を浮かべながらフランツが別のロープを引く。がくんとファーネスの頭が下がり、逆に足が上へと引き上げられる。空中に腹ばいになるような格好で吊るされたファーネスが悲鳴を上げて身悶え、その動きがますます傷を深くする。
「痛いだろう? 話す気には、ちょっとはなったかい?」
「あ、ぎ……私、は、死んでも、喋りません……」
「ふふふっ、そう。なら、もうちょっと踊ってもらおうかな?」
 フランツが笑いながら別のロープを引く。ファーネスの体勢は変えぬまま、棘付きのロープが彼女の身体をこすり、皮と肉とを抉るように削ぎ取っていく。
「ヒギャアアアアァッ! ギャッ、ガッ、ギャウウゥッ!!」
 全身に走る鋭い痛みに、ファーネスが絶叫を上げて身悶える。ぼろぼろと涙をこぼす彼女の姿に楽しげな笑いを浮かべるフランツ。彼が手元のロープを引くと、再び頭が持ちあがり、空中に立つような感じでファーネスの身体が吊り下げられる。
「じっとしてたら、踊りにならないだろう? ほら、ほら」
「ギイイイィッ! アッ、ギャッ、グギャアアアアァッ!!」
 笑いを浮かべながらフランツが手元のロープを次々に引っ張り、宙吊りにされたファーネスの手足を引き上げたり下ろしたり、まるで踊っているかのように動かす。無論、その度に鋭い棘が彼女の肌を、肉を引き裂き、鮮血を吹き出させる。その痛みに悲鳴を上げ、身体を動かせば無理やり動かされている手足はもちろん、何本もの棘つきロープが絡みついた胴体にも更なる傷が刻まれる。
「こんなっ、こんなことでっ、私が喋るとでも思ってるんですかっ!? ギヒイイィッ!!」
 全身を襲う激痛に涙が溢れ、ぼやけた視界の中で精一杯の意思を込めてファーネスがフランツを睨み、叫ぶ。ひょいっとロープに手を伸ばし、ファーネスの身体を水平にしながらフランツが笑った。
「この程度で音を上げる君じゃあ、ないだろう? ま、時間はたっぷりあるんだ。そうがつがつせずに、僕を楽しませておくれよ。もし君があっさり喋ったりしたら、僕はがっかりしちゃうからねぇ」
「ふ、ふざけっ……ギャアアアアァッ!」
 軽口そのもののフランツの言葉に、流石に怒りを露わにするファーネス。だが、彼女が言葉を言い終えるより先にフランツがロープを引き、歯車と滑車が動いて彼女の身体に絡み付く棘付きロープを大きく動かす。ずりずりと皮膚と肉とをこそぎ取られる激痛に絶叫を上げるファーネス。と、軽いノックの音が響き、部屋の扉が開かれる。
「ミリィかい?」
「殿下。街で例の男を見かけました」
 扉の方を振り返りもしないフランツに、やや不機嫌そうな口調でミリィがそう告げる。ふっと視線を宙にさ迷わせ、何か記憶を探るような表情を浮かべたフランツが、やや間を置いて頷いた。
「ああ、例の騎士団長。手は出してないよね?」
「殿下の、命令ですから」
「ん、ありがと。って、ミリィ? なんか、視線が痛いんだけどねぇ?」
 普段通りの軽薄そうな笑いの中に、僅かに引きつったものを含ませてフランツがミリィへと問い掛ける。視線は、相変わらず宙吊りになって呻くファーネスのほうに向けたままだ。
「心当たりがあるのなら、治していただきたいものですね」
「ん~……まあ、性格だしねぇ。自分じゃ気に入ってるし、治す必要性も感じないしなぁ」
「ふぅ。それで、殿下。アレクセイ・ミドガルドへの監視は、どうします?」
 軽く溜息をつき、小さく頭を振るとミリィが問いを発する。その問いに含まれた名前にはっとファーネスが息を呑んだ。小さく片頬に苦笑を浮かべてフランツが肩をすくめる。
「んん~? 要らないでしょ、別に。捕まえたところで、使い道ないし」
「殿下」
「僕はね、僕が楽しければそれでいいんだよ。男を痛めつける趣味は、僕にはないしねぇ」
 冷たいミリィの声に、再び肩をすくめながらそう応じるとフランツがロープを引く。がくんとファーネスの頭が下がり、足が引き上げられて彼女の身体が逆さ吊りになった。
「ギッ、ヤッ、ギャアアアアアァッ!」
 悲鳴を上げて身悶えるファーネス。ぽたぽたと彼女の身体から滴る鮮血が、床に血だまりを作る。
「ほら、やっぱり、女の子の悲鳴のほうが聞いてて楽しいし」
「フランツ」
 冷ややかにミリィがフランツの名前を呼び、びくっと微かにフランツが身体を震わせる。身分の上では大きな隔たりがある二人だが、同時に幼い頃から一緒に育てられた乳兄弟という関係も持っている。ミリィの両親--フランツから見れば乳母夫妻--は既にこの世を去っているから、父親である皇帝すら恐れないフランツが唯一頭が上がらない相手が彼女なのだ。
「趣味を楽しむのは、結構です。ですが、仕事はしてくださいね」
「あ~、うん、分かったよ、ミリィ。だから、そう凄まないでくれないかなぁ? 怖いんだからさ」
「では……」
「あ、でも、監視付けるのはいいけど手出しするのは、なし。磁石に使えるだろ?」
「……はい、殿下」
 肩越しに振りかえったフランツの言葉に、ミリィが小さく頭を下げる。ふう、と、小さく安堵の溜息を吐くとフランツは逆さに吊られて呻くファーネスのほうへと歩み寄った。
「さて、と。次は、こういう趣向はどうかな?」
「っ……!」
 ぐいっと、秘所の割れ目を左右に押し広げられてファーネスが身体を震わせる。恥辱に頬を赤く染めるファーネスが、掠れた声を押し出した。
「お、犯すなら、犯せばいいでしょう。わ、私は、喋りませんから」
「ん? いや、そういう意味じゃなくてだね……こう、するのさ」
 軽く苦笑を浮かべ、フランツが服のポケットから釣り針を取り出す。短い糸の通されたそれを、フランツは無造作にファーネスの花びらへと引っ掛けた。
「ヒギッ!?」
 敏感な部分を貫かれる痛みに、短い悲鳴を上げてファーネスが身体を震わせる。全身に絡み付く棘付きロープによって肌を引き裂かれ、更なる痛みに襲われて呻く彼女のことを笑いながら眺め、フランツは更に針をファーネスの花びらへと引っ掛けていった。
「ギッ、ヒッ、イ……グウゥッ、アッ……キヒイィッ」
 鋭い痛みに、噛み殺し切れない悲鳴を上げてファーネスが身体を震わせる。びくっ、びくっと身体が痙攣するたびに肌と肉が棘に引き裂かれて新たな傷が生まれ、真っ赤に濡れた裸体の上を新たな鮮血が流れていく。
「で、こうする、と……」
「ヒギャアアアアアアアアアアァァッ!?」
 左右の花びらに四本ずつの吊り針を引っ掛けると、針についた糸を両太股に巻きついたロープに一旦引っ掛け、一まとめに握る。フランツが笑いながらまとめた糸を引っ張ると、ファーネスの秘所が大きく左右に割り開かれ、敏感な花びらを強く引かれたファーネスの口から絶叫が溢れる。
「更に、こう……」
「ギャッ!? あ、熱ッ、ギイイィッ!」
 針を引っ掛けられ、無残に左右に広げられたファーネスの秘所の中へと、フランツが右手で握った燭台から溶けた蝋を滴らせる。敏感な粘膜に蝋を垂らされ、脳天まで突き抜ける熱さと痛みにファーネスが背筋を反り返らせて悲鳴を上げる。無論、その激しい動きによって彼女の全身に絡みつくロープの棘が彼女の身体へと食いこみ、肌を引き裂き肉を抉り、鮮血を吹き出させる。
「どうだい? 少しは、喋りたくなったかな? って、ま、この程度じゃまだまだだろうけどさ」
「ヒギャッ、アッ、アアアァッ! 熱ッ、アッ、ヒイイィッ!」
 ぽたり、ぽたりと滴る熱蝋。肌の上ならばともかく、敏感な粘膜に直接降り注ぐその熱さと痛みにファーネスが大きく目を見開き、激しく身悶える。これだけでも充分過ぎるほどの苦痛だというのに、彼女は全身を棘のびっしりと生えたロープに絡まれているのだ。じっとしていてもじわじわと棘は身体に食い込み、激しい痛みを与える。まして秘所に滴る蝋の熱さと痛みに身体が跳ねればその苦痛は何倍にもなる。
「ヒギャギャギャギャッ、アギャッ、ウギャアアアアアアァッ! イッ、ヤアアアァッ、ギャッ、アッ、ギャウウゥッ!!」
 秘所を熱蝋で焼かれる痛みと全身を棘付きのロープで引き裂かれる痛み。二つの痛みに、ファーネスはひたすら絶叫し、身悶える。既にまともに喋ることも出来ず、蝋が滴るたびに身体を跳ねさせて悲鳴を上げるだけだ。もっとも、フランツのほうも何かを問い掛けたりするようなことはしていない。ファーネスを痛めつけているのは、自白を引き出そうとしているのではなく、単に楽しみのためだという自分の言葉を証明するかのように。
「アギャッ、ギッ、グアアアァッ、ギッ、ギャッ、アアアッ、ヒギャアアアァッ……」
「流石に、頑張るねぇ。ま、そうこなくっちゃ面白くないんだけど」
 悲鳴を上げて身悶えるファーネスの秘所の中へと熱蝋を滴らせつつ、フランツが楽しげな笑みを浮かべた。

「う、ああ……」
 棘付きロープによる宙吊り状態から解放され、後ろ手に縛られた体勢で床の上に転がされたファーネスが苦しげに呻く。全身に刻まれた無数の傷はずきずきと痛み、全身は鮮血に濡れて全裸であるにもかかわらず真っ赤な服を着ているようにも見える無残な姿だ。秘所を埋め尽くすまで蝋を垂らされても意識を失うことなく耐えぬけたのは彼女の意志が人並みはずれて強靭な証だが、それは彼女にとって幸せなことかどうか……。
「蝋は熱かっただろう? 今度は、冷たい水で責めてあげよう」
「う、うう……」
 楽しげなフランツの声にも、ファーネスは小さく呻くだけで答えない。意識は保っているものの、激しい痛みに朦朧としていて思考力は余り残っていないのだ。そんなファーネスの反応に、フランツは少し残念そうに首を傾げた。
「おや、もう限界かい? 僕としては、もうちょっと遊びに付き合って欲しいんだけどね。ま、君がもうこれ以上痛めつけられるのは嫌だって言うんなら、仕方ないけど」
「死んでも、喋らない、と、言った、はず、です……ううっ」
 『遊び』というフランツの表現に内心むっとするものを覚えつつ、搾り出すようにファーネスが応じる。怒りのせいか僅かに朦朧としていた意識がはっきりとしていた。
「そうこなくっちゃね。さて、じゃ、始めるよ?」
 床の上に置かれた木で出来た浅い箱へと視線を向け、フランツが笑う。下男がぐったりとしたファーネスの身体を抱え上げ、無造作に箱の中へと放りこんだ。ばしゃん、と、小さく水音があがる。
「ヒギャアアアアアアアアアアアアアアァァッ!!?」
 喉も裂けんばかりのファーネスの絶叫。箱の中に浅く張られた水の中でファーネスが激しく身悶える。
「ただの塩水なんだけどね。ま、傷だらけの君には、酷くしみるよねぇ」
「アギャギャギャガアアアアッ、ウギャギャッ、グギャッ、ギャアアアアアアアァッ!!」
 めちゃくちゃな悲鳴を上げながら、ファーネスがのたうちまわる。箱の中に張られた水の量はそれほどでもなく、うつぶせになったところで窒息死は出来ない程度でしかない。
「ヒギッ、ギャッ、ギャハアアアアアァッ、ウギャギャッ、アギャッ、グウギャアアアアアアアァァッ!!」
 陸に打ち上げられた魚のように、激しく身悶え、身体を跳ねさせるファーネス。全身が燃えるように熱く、痛い。全身に無数の傷が刻まれた状態で塩水につけられればそれも当然だが。ばしゃばしゃと水を跳ね上げ、のたうちまわるファーネスへとからかうような口調でフランツが声をかける。
「どうかな? 僕としては、まだ君は頑張れると思うんだけど」
「アギャッ、ギャッ、ギイヤアアアアアァッ!! ガッ、アッ、グギャアアアアアアァァ……ッ!!」
「おやおや、喋るどころじゃないか。ま、とりあえず、気を失うまではそこにいておくれ。君の踊りは、なかなかのものだからねぇ。ゆっくり見物させてもらうよ」
「アガガガガ……ッ、ギイイィッ、ヒギャッ、アゥ、グギャアアアアアアァ……ッ!!」
 後ろ手に縛られている上、まともに思考するのも難しいほどの激痛に苛まれているファーネスには立ちあがって水から出るのはまず無理だ。もちろん、もしものときに備えて彼女を箱に放りこんだ下男が棒を手にして立ち、もし彼女が立ちあがるようなことがあれば即座に水の中に叩き伏せようとしている。
「ヒ、ギャアアアアァッ! ヒッ、ヒイッ、ヒッ、ヒギイイィッ! アッ、アッ、アッ、アアアアアアアァッ!!」
 悲鳴を上げてのたうちまわるファーネス。彼女の流す血で水は真っ赤に染まり、血を洗われた身体はやや白さを取り戻している。真っ赤な水の中で白い裸身をのたうたせる姿は哀れでもあり、淫らでもあった。
「アギイイイイイィッ! ヒギャアアアアアアアアアアアァァッ!!」
 いっそ、発狂してしまいたいほどの激痛に全身が支配される。目の前にチカチカと光の粉が舞い、自分がどんな動きをしているのか、何を叫んでいるのかさえ分からない。こんな目にあうぐらいなら死んだほうがましだと思えるような激痛の中、ファーネスは脳裏に懸命に自らの主、ミディア王女の顔を思い浮かべていた。
(私は、騎士。死んでも、主君を、裏切るような真似は……出来ない)
 激痛のみに支配された感覚に、まともに思考することも難しい中で、ファーネスはただひたすらそれだけを思っていた。永遠に続くかと思われた苦痛の果てに、意識が闇に包まれていくのを感じ、ファーネスが微かに笑う。騎士として沈黙を守り通せたことを誇りに思いつつ、彼女は意識を手放した。

「……ふうん、笑いながら気絶したんだ。たいしたもんだねぇ……まだまだ、楽しめそうじゃないか」
 延々と絶叫を続けていたファーネスがついに力尽き、意識を失う。壁に背を預け、それまでじっと黙って笑っていたフランツが、抱き起こされたファーネスの顔を見やって呆れたとも感心したともつかない表情を浮かべた。苦痛の果てに気絶した人間とは信じられないような、安らかな微笑が彼女の顔には浮かんでいた……。
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