粘蟲


 ゆっくりとまぶたを開ける。窓から差し込む柔らかい朝の光。数度瞬きをしてぼんやりとした意識を覚醒させると、ファーネスはゆっくりと身体を起こした。
 今彼女がいるのは、地下の牢獄ではない。近衛騎士用に用意されていた王宮内の部屋である。近衛騎士となってからあの戦いが起こるまで、仲間と共に過ごした部屋だ。だが、今この部屋にいるのは彼女一人。他の近衛騎士たちはそのほとんどが戦死し、残る消息不明の者もおそらくはもうこの世にはいないだろう。心に浮かんだ感傷を振り払うように強く頭を振ると、ファーネスは寝台に立てかけてあった自分の剣を手に取った。
 捕虜として捕らえられ、現在では唯一のアクレイン王家の生き残りとなったミディア姫の行方を聞き出すために拷問を受けているファーネスが、地下牢ではなく王宮内の自室に、しかも見張りも拘束もなしでいるのは本来有り得ない状況だ。正直、当事者であるファーネス自身、どうしてこんなことになったのか理解できない。別に彼女は解放されたわけでも味方によって救出されたわけでもなく、いまだ虜囚であるのだから。
 話としては、単純といえば単純である。昨晩の拷問終了時、フランツが『決して逃げないと君の剣と名誉にかけて誓うなら、こんな地下牢じゃなくてまともな部屋に移してあげる。こんなところじゃ満足に眠れやしないだろう?』と、冗談のようなことを笑いながら口にした。その軽薄な態度にカチンと来たファーネスが、誓うといったところ本当にフランツはファーネスの身柄をここへと移してしまったのだ。
 まぁ、王族の身辺警護を主目的とする近衛騎士団に所属する者の部屋は王宮の奥深い場所にあり、現実問題として逃亡は不可能に近い、という事情はある。だが、だとしても身体を拘束することも見張りをつけることもせず、剣まで与えてしまうというフランツの処置は常軌を逸していた。例えどんな経緯であれ、いったん口にした以上ファーネスは逃げ出さないという誓いを破る気はない。ないが、それはあくまでもファーネスの側の問題だ。普通に考えて、いくら逃げないと誓ったといっても捕虜をろくに監視もせずに放置など、するはずがない。
「いったい、何を考えているのか……」
 小さく呟いて首を振るファーネスの耳に、軽いノックの音が響いた。
「誰?」
「いや、ボクだけど。もう起きてるのかな? 入ってもいいかい?」
 ファーネスの誰何の声に、扉の向こうから軽い口調でそうフランツが問いかける。
「駄目だ、といったところで、聞く気などないのでしょう?」
「いや? 別に着替えの最中だとかで入ってきて欲しくないなら、ここで待つけど?」
 不機嫌そうなファーネスの言葉に、フランツがあっさりとそう応じる。これには意表を突かれて一瞬ファーネスは絶句した。軽薄そうな態度をとるせいでつい忘れがちになるが、フランツはれっきとした第二皇子であり、最高司令官でもある。一言命じるだけでファーネスの首を飛ばすことも出来る相手が、まさか自分の言葉にそんな反応を示すなど、予想だにしていなかった。
「……どうぞ、入ってください」
「じゃ、お邪魔するよ」
 扉が開き、フランツが部屋の中へと入ってくる。背後に影のように従うのは、彼の乳兄弟であり側近でもあるミリィただ一人。護衛も引きつれずに気軽に捕虜の元を訪れたフランツのことをファーネスが睨む。
「何の用ですか。また、拷問ですか」
「おやおや、折角地下牢から出してあげたのに、ずいぶんと不機嫌そうだねぇ。ああ、拷問は夕方からだから、それまではゆっくり身体を休めているといい。別に、この部屋から出るなとは言わないけど、あんまりうろうろしないでくれると助かるかな」
 軽く肩をすくめながらそう言うフランツのことを無言で睨み、ファーネスはゆっくりと寝台から降りた。剣の鞘を払い、構える。僅かに眉をしかめて前に出かけたミリィを手で制し、フランツが苦笑を浮かべた。
「おやおや、決して逃げない、と、君はそう誓ったはずだけど?」
「逃げるつもりは、ありません」
 押し殺した口調でそう答えるファーネスへと、フランツが笑みを向ける。腰に吊るした剣を抜き、無造作に片手に下げて彼は肩をすくめた。
「なるほど、確かに、ボクに剣を向けない、とは言ってなかったね。例えボクを殺した後に嬲り殺しにされるにせよ、逃げようとしなければ誓いを破ったことにはならない、か。
 けど、その体力でボクとまともにやりあえるのかな?」
 笑うフランツへと無言のままファーネスが切りかかる。その場から一歩も動くことなく、それを受け流すフランツ。傷は全て塞がっているとはいえ、連日の拷問で体力を消耗しているファーネスの動きは本来のものとは程遠い。それでも、あきらめることなく切りかかってくるファーネスのことを口元に笑みを浮かべたままフランツが迎撃する。
 いや、迎撃、という表現は正しくない。フランツはただ、ファーネスの攻撃を受け流し、捌いているだけだ。自分から仕掛けることも反撃もせず、ただ防御に徹する。金属と金属がぶつかり合う甲高い音が続けざまに響くが、フランツはその場を一歩も動きさえしなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ……くぅっ」
 剣を振るうたび、ファーネスの息が上がり、額に汗が浮かぶ。体力を失った身体は思うとおりに動かず、斬撃を弾かれるたびに体勢を大きく崩され、致命的な隙をさらけ出す。フランツがその気になれば、とっくの昔に勝負はついていただろう。いや、そもそも、二人の実力差を考えれば、一合もあわせることなくフランツはファーネスのことを切り捨てることすら出来たはずだ。
「どうしたのかな? だいぶ息が上がってるけど、もう終わりかい?」
「くっ、このぉっ……!」
 からかうようなフランツの言葉にファーネスが歯噛みしながら剣の柄を握りなおし、渾身の一撃を放つ。だが、次の瞬間フランツの手首が翻ったかと思うと、あっさりとファーネスの手から剣が弾き飛ばされていた。くっと小さく呻いてその場に膝をつくファーネスのことを見下ろし、フランツが苦笑を浮かべた。
「残念だったね。まぁ、意気は買うけどその身体じゃボクには勝てないよ。せめて、万全な体調ならまぐれもあるだろうけどね」
「くっ……あなたは、それほどの腕を持ちながら、どうして……!」
 床の上からフランツのことを見上げ、悔しげにファーネスが叫ぶ。軽く首をかしげ、フランツが肩をすくめた。
「どうしてそんなに不真面目なのか、かい? まぁ、君みたいに真面目な人からすれば、ボクみたいなのは気に入らないだろうね。ノリが軽くて嫌いだ、とかってよく言われるし」
 苦笑を浮かべながらフランツは言葉を続けた。
「けどねぇ……ボクにだっていろいろと事情はあるわけでね。前に名乗った時に言ったと思うけど、ボクはね、第二皇子、なんだよ。おまけに妾腹だったりしてね、あんまり目立つ功績あげたりすると、兄上から暗殺者送られかねないんだよ。ボクは皇帝なんて面倒な地位には興味もないし、正直なりたくもないんだけど、周りはそう思ってくれないし。下手に真面目な皇子様なんてやったら、厄介事が山のようにやってくるのが目に見えてるじゃないか」
 一瞬瞳の奥に複雑な光を浮かべ、フランツが首を振る。
「だから、ボクとしてはね、ミディア姫だっけか、彼女が逃げてくれたことは好都合だったんだ。北方軍総司令の兄上は、まだ最初の攻略目標のサーリュ・ヴァンを落とせていない。その状況でボクがこのアクレインを完全征服したりすると、いろいろと面倒でね。王族に逃げられた、という失点は、むしろ好都合なのさ」
「あなた、は……」
「ま、もっとも、その辺の状況を口実にして、君で遊ばせて貰ってる、ってのも事実なんだけどね」
 一瞬浮かべた瞳の奥の光を消し、軽薄そうな表情と口調に戻ってフランツが肩をすくめる。僅かに同情と理解の色が広がりかけたファーナスの顔にさっと朱が走った。
「一瞬でも理解できると思った私が愚かでした。あなたはやはり、不真面目で軽薄な、どうしようもない人ですっ」
「そうそう、その目。君はそういう目をしててくれないと楽しみがいがない。さっきも言ったけど、夕方になったらまた拷問するからね、それまでせいぜい体力は温存しておくことだ。あっさり潰れられると、ボクとしても面白くないからね」
「くっ、人を玩具か何かだとでも、思ってるんですか……!?」
「思ってるとも。なにしろ、兄上がサーリュ・ヴァンを制圧するまでの間の暇潰しに、拷問してるだけなんだからね。ただの遊びだよ、遊び」
 あっさりと応じるフランツのことを、殺気の籠もった視線でファーネスが睨む。くくっと喉の奥で笑うとフランツはひらひらと手を振った。
「まぁ、せいぜい頑張っておくれよ? 君が潰れたら、暇潰しは別に相手にしてもらうことになるんだから。そうだな、第一候補としては、君の大事なお姫様、かな?」
「姫様には、指一本触れさせません! どれほどの苦痛、辱めを受けようとも、私は決してあなたのような人には屈しない……!」
「そう願いたいね。君はなかなか、遊びがいのある相手だから」
 憎悪と殺意の籠もったファーネスの視線をむしろ楽しげに受け止めて、フランツはそう言った……。

 暗い地下の拷問部屋。衣服を全て脱がされ、一糸まとわぬ姿となったファーネスが、毅然と顔を上げて目の前に立つフランツのことを睨む。無論、全裸を晒すことに抵抗がないわけではない。だが、身体を隠そうとすればその行為そのものが相手を楽しませることになるだろう。むしろ、この程度のことはなんでもないのだ、と、そう見せ付けるように胸を張り腕を腰の後ろで組んでいる。
「ふーん、もう少し恥ずかしがるかと思ったけど」
「なにを今更。既に私の裸など、何度も見ているでしょうに」
「今までは、拘束されてて隠したくても隠せない状態だったでしょ? 隠そうと思えば隠せるのに、むしろそうやって見せ付けるようにしてるってことは……もしかして、見られるのが嬉しいのかなって」
 フランツの言葉にぎりっとファーネスが奥歯を噛み締める。
「また、そんな戯言を……! 少しは、真面目にやろうという気はないのですか!?」
「僕が真面目にやらないほうが、君としてはいいと思うんだけどなぁ。そんなに痛めつけて欲しいのかな、君は?」
「そんなはず、ないでしょう!? ただ、あなたのその態度が不愉快なだけです!」
「ああ、そう……。まぁ、いいか。始めるとしよう」
 苦笑を浮かべながらフランツが椅子に腰掛け、合図を送る。以前にもファーネスが目にしたことのある、極端に背中の曲がった小男--確か、ヒューイ、とか呼ばれていた男だ--がその合図に横に置いてあった壷をごろんと倒した。小柄な人間であればその中には入れるぐらいの大きさの壷がその口をファーネスの方に向けて横倒しになり、どろりとした薄緑色の粘液が床の上に広がる。
「っ!? それ、は……?」
 ぶるぶると震えながら床の上に這い出してくるそれを凝視しながら、ファーネスが僅かに声を掠れさせた。実際に目にしたことはないが、地下迷宮などに生息するという魔法生物、スライムという奴に酷似している。
「スライムとは違うよ。前に使った吸血蛭(レティッシャ)と同じく、これもうちの国に棲んでる生き物でね。名前はクラゼスっていうんだ。どうだい? 可愛いだろう?」
 フランツの軽口に無言でファーネスは答えた。ぶるぶると震えながら自分の方に床の上を這ってくる粘液生物を嫌悪感の籠もったまなざしで見つめる。本能的に後ずさりそうになる足を懸命に押しとどめ、ファーネスは無理やり視線を引き剥がしてフランツのことを睨みつけた。
「趣味の悪いものを飼っているのですね」
「ま、否定はしないけど。さて、それじゃ、その場で四つんばいになってもらおうか」
「……分かりました」
 薄笑いを浮かべているフランツの言葉に、ファーネスが僅かに沈黙したものの素直に従う。抵抗したところで、無理やり押さえつけられるだけだ。それは無駄に体力を使うだけでなく、相手を楽しませることにもなる。
「う、ううぅ……」
 犬のように四つんばいになったファーネスの手足へと粘液が絡みつく。ひんやりとしたその感触にファーネスが微かに呻いた。粘液が肌に触れた瞬間、酸に焼かれるものと覚悟していたファーネスだが、その予想は外れて痛みはまるでない。ただ単にどろどろとした感触が気色悪いだけだ。
「さて、ヒューイ、始めようか」
 フランツの言葉に小男が無言で頷いて笛を口に当てる。以前と同じく人の耳では捉えられない音が奏でられ、ぶるぶるっと粘液が震えた。
「う、うぁっ!?」
 意外なほど強い力で手足を引っ張られ、四つんばいになっていたファーネスがべちゃりと床の上に倒れる。四肢を四方に投げ出し、床の上に広がった粘液の上に寝そべるような格好だ。咄嗟に身体を起こそうとするファーネスだが、粘液はまるで(にかわ)のようにファーネスの身体と床とにへばりつき、その動きを阻害する。薄緑の粘液にまみれ、床の上に貼り付けられたファーネスの姿を舐めるようにフランツが眺め、羞恥か怒りか頬を赤く染めたファーネスが無言で睨みつける。
「なかなか、色っぽい格好だねぇ」
「辱めたいなら、好きにすればいいでしょう。私とて、騎士です。戦いに敗れ、捕らえられたときどうなるかは分かっていますし、覚悟も出来ています」
 フランツの言葉に懸命に平静さを装ってファーネスがそう返答する。軽く肩をすくめるとフランツがヒューイに合図を送り、無音の笛を吹き鳴らさせた。瞬間、ファーネスの身体を捉えた粘液が青白く発光する。
「グッ、ガアアアアアアアアアアアアアアアァァッ!?」
 ファーネスが濁った絶叫を上げ、背筋を反り返らせた。床にへばりついた粘液に引き伸ばされた乳房がぶるぶると震える。ヒューイの指が動き、粘液の発光が止まるとがっくりと床に突っ伏してファーネスが息を荒らげた。
「が、は、あ……な、何、が……?」
「こいつはね、森に棲む生き物なんだけどね、敵に襲われたときはそうやって身体から電流を発する習性があるのさ。人間を殺すほどの威力はないけど、結構効くだろう?」
「くっ、うぅ……この程度の苦痛で、私を屈服させられるとでも、思ってるんですか……」
 額に汗を滲ませてそう問いかけるファーネスへとフランツが薄く笑う。ヒューイの指が動き、笛の音に従って粘液が光を帯びる。
「ギャウッ!? グギャアアアアアアアアアアアァァァッ!!」
 大きく目を見開いてファーネスがのけぞる。胸にも股間にもべっちょりと粘液が張り付き、敏感な部分も全て包み込まれた状態で放電を受けているのだ。全身にばらばらになりそうな衝撃が駆け巡る。
「げほっ、げほごほごほっ」
 放電が止み、がっくりと首を落としてファーネスが咳き込む。全身に汗を浮かべ、粘液にまみれて床の上で喘ぐ少女の姿は酷く無残だ。
「う、うぅ……ギイィッ!? グアアアアアアアアアァァオオォォォッッ!!」
 粘液が光を帯び、ファーネスが目を見開いて絶叫を上げる。粘液を包む光が消えると、ぷっつりと悲鳴が止み、糸が切れたように床の上に突っ伏してファーネスが掠れた声を漏らした。ぼんやりと焦点が消えかけた瞳を宙に彷徨わせ、脱出しようとするかのように手足を動かすファーネス。だが、粘液はべったりと彼女の身体と床とに張り付いており、逃れることは出来ない。ねちゃっ、ぬちゃっと湿った音を立てて粘液にまみれてもがく姿はひどく淫靡で、むしろ男を喜ばせようとしているかのようにさえ見える。
「あ、あぁ、うぅ……グガァオオォォォッ! ウゴオオオオオオォォォッ!!」
 再びの放電。獣の叫びを上げてファーネスが背を逸らす。先端部分を床に貼り付けられ、乳房が引き伸ばされる。粘液にまみれて泣き叫び、もがく少女の姿を楽しげに口元を歪めてフランツが鑑賞している。
「グアッ! ギャウウウウウウウゥゥッ!!」
 粘液から光が消え、ファーネスが激しく咳き込む。まだ息も整わないうちに再び粘液が光り、ファーネスが濁った絶叫を上げて身体を痙攣させた。全身を貫く衝撃と痛み、熱さに意識が途切れる寸前、粘液から光が消えてファーネスの身体から力が抜けた。
「おご、ぉ、あ、ぁ、ぐぅ、あ……」
 意味をなさない呻きを漏らし、弱々しくファーネスがもがく。彷徨う視線がフランツの顔に止まり、何かをいおうとするかのように唇が開きかける。だが、それを遮るように粘液が光を放った。
「グギャゴオオオオオォグアアァオオオォォッ!!」
 ファーネスの口から信じられないような濁った叫びが漏れる。獣の叫びを上げて激しく身体をのたうたせる少女。光を放つ粘液がその身体にへばりつき、ねちゃねちゃと湿った音を立てながら少女の身体を引き伸ばし、歪める。
「げほっ、げほげほげほっ、あ、ぐううぅ……」
 放電から解放され、咳き込みながら床の上に突っ伏すファーネス。涙と鼻水、涎で顔をべちゃべちゃにしたファーネスの元に歩み寄り、すぐ目の前にしゃがみこむとフランツが笑いながら問いかけた。
「辛いかい?」
「う、あ……こんな、ことは、無意味、です……」
 フランツの言葉に、弱々しくファーネスが応じる。頭を上げる気力もないのか、床の上に頬を付けたままだ。そんな状態になりながらも屈服の言葉を口にしないファーネスのことを、楽しげに笑ってフランツが見つめる。
「無意味?」
「私は、何も、喋りません。だから、無意味、です……」
「ずいぶんと苦しそうだけど、それでも?」
「喋り、ません。このまま、殺されても、私は、何も、喋りません」
 苦しげに息を荒らげてファーネスがそう応じる。ふむ、と、軽く頷いてフランツが問いかけた。
「だから、こんなことを続けても無意味、だと?」
「そう、です。無意味、です」
「けど、僕は見ていると楽しいし。君が苦しみもがく姿を見て楽しめるんなら、無意味ってわけでもないだろう?」
 フランツの言葉に、一瞬ファーネスが目を見開き、ぎりっと奥歯を噛み締めた。
「ならば、続ければ、いいでしょう。ただ、私が軽蔑、するだけですから」
「そう、なら遠慮なく。ああ、そういえば、さっき言ってたね。辱められてもかまわない、と」
「……好きにすればいいでしょう」
 一瞬躊躇いの間をおきながらも、ファーネスがきっぱりと言い切る。小さく頷くと、フランツは立ち上がり椅子へと戻った。
「ヒューイ、中からも責めてやれ」
「は、はぁ。ですが、かまわないんで?」
「後ろだけだ。こいつに中から責めさせるとなると、穴から入り込ませるしかないからな。まさか、口から入れるわけにもいくまい?」
「まぁ、そりゃそうですが……」
 どこか釈然としない表情ながらヒューイが笛を鳴らす。うぞうぞと蠢いていた粘液の一部が盛り上がり、ファーネスの尻穴へと触れた。一瞬びくっと身体を震わせたファーネスが、精一杯の抵抗というようにフランツのことを睨みつけ、唇を噛み締める。
「うぐっ、ぐうううぅ」
 どろりとしたものが肛門から身体の中に入り込んでくる。意外と痛みは少ないが、生理的な嫌悪感にファーネスの口から呻きが漏れた。ずるずると粘液が腹を満たして行くおぞましい感触に、少しでも気を抜けば絶叫しそうになる。それを懸命にこらえ、ファーネスはフランツのことをただ睨んだ。
「いい目だね。そんなものに尻を犯されれば、泣き喚いて許しを請うて来るかと思ったけど」
「くっ、うぅっ」
 反論するために口を開けば、おそらく絶叫を抑えられなくなる。フランツの言うように、無様に泣き喚いて許しを請うてしまうかもしれない。例えそうならないにしても、泣き喚く姿を晒してこの男を楽しませることはしたくなかった。血が滲むほど強く唇を噛み締め、ファーネスは懸命にフランツのことを睨みつけた。
「うぐっ、ぐおぉっ」
 ずるっ、ずるっと粘液が身体の中に入り込んでくる。腹の中で粘液が蠢く感触は例えようもなくおぞましい。痛みはほとんどないが、代わりに強烈な嘔吐感が沸き起こる。身体が内側から腐っていくような嫌悪と恐怖に、知らず涙がこぼれる。
「ヒューイ、少し暴れさせてやれ」
 フランツの言葉にヒューイが笛を奏でる。びくっとファーネスの身体が一回大きく跳ねた。
「が、はっ、ごあああああああぁぁおぉぉぉぉっっ!」
 腹の中で粘液が暴れる。痛みはない。痛みはないが、強烈な圧迫感と嘔吐感に襲われてファーネスがもがく。びくっ、びくっと身体を痙攣させ、顎が外れそうなほど大きく口を開いて嘔吐する。
「うえぇっ、おえっ、うげぇぇっ」
 びちゃびちゃと床の上に嘔吐物を撒き散らし、ファーネスがなおも嘔吐を続ける。ファーネスの腹の中へとその間にも粘液はどんどんと入り込んでいき、彼女の腹の中身全てを吐き出させようとしているかのように蠢く。粘液によって床に接着されているような状態のファーネスの腹が、グネグネと大きく蠕動していた。
「うごっ、おごごおぉっ、うごおおぉぉっ、ぐおっ、あぐおおおおおおぉっ!!」
 身体の外側と比べ、内側は直接的な痛みに対しては感覚が鈍い。そのため、内臓の中で粘液が暴れまわっていても内臓そのものを引き裂かれでもしない限りそれほど大きな痛みは感じない。だが、それを補って余りある苦しみを内臓の内側を蹂躙されることによる不快感と嘔吐感が与えている。身体の中身が全て口から押し出されそうな恐怖と苦しみに、ファーネスが激しく頭を振りたててくぐもった叫びを上げる。びちゃっ、びちゃびちゃっと彼女の口からあふれた吐寫物が床の上に降り注ぎ異臭を放つ。
「うげええええぇっ、おごおおっ、うぐっ、ああっ、おごごあがあああぁっ!」
 強烈な吐き気に堪えることも出来ずに嘔吐を繰り返すファーネス。フランツが軽く片手を挙げ、ヒューイに粘液の動きを止めさせると、糸の切れた操り人形のように大きく目を見開いたままファーネスは自ら吐き出した汚物の上に突っ伏した。無残に顔を汚し、弱々しく呻くファーネスの姿にフランツが唇の端を軽く歪めて肩をすくめた。
「おやおや、可愛い顔がどろどろになったね」
「う、あ、く……う、うぅ、ぁ……」
「どんな気分かな? そんな惨めな姿になって」
「う、うぅ、ぁ……この、程度の、事……なんでも、ありま、せん」
 フランツの言葉に弱々しく顔を上げ、ファーネスが掠れた声でそう言う。へぇ、と、フランツが唇の歪みを大きくした。
「この程度のこと、か。強がりにしてもそう言えるってのはたいしたものだね。そんな下等生物に尻穴を犯され、自分の吐いた物に塗れても大したことはないってわけかい?」
「私が恐れるのは、騎士の誇りを汚すことのみ、です。この身がどれほど汚されようと、そんなことは、どうでもいいこと、です」
 度重なる責め苦に弱々しくはなっているものの、それでもはっきりとした意志の宿る口調でファーネスがそう言う。軽く肩をすくめると、フランツは一つ指を鳴らした。ヒューイが小さく頷いて笛を口に当て、ファーネスを包む粘液に指令を送る。
「グギャガアアアアアアアアァァッ!?」
 粘液のうち、ファーネスの身体の外にある部分がまず光を放つ。身体の外から加えられる電撃に、ファーネスが絶叫を上げて背筋を反り返らせた。そこへ……。
「イッギャアアアアアアアアアアアァァッ!?!?」
 身体の内側からの電撃が加わった。一気に数倍に膨れ上がった衝撃と苦痛に、零れ落ちんばかりにファーネスが目を見開いて絶叫する。くくっと低く笑ってフランツが指を鳴らし、ヒューイが笛を吹く。粘液に宿る光が、その強さを増した……。
「アギャアアアアアアァァッ!! グギャっ、ギャビャアアアアアアアアアァァッ!!」
 どこにそんな力が残っていたのか不思議なほど、凄絶な絶叫を放ちファーネスが身体をのたうたせる。だが、ファーネスを苦しめている粘液はほとんど知能を持たない単純生物だ。ファーネスに対して同情することなどない。ただヒューイの笛に操られ、ひたすらに放電を続けるだけだ。
「グギャガッ、ガガガッ、ウギャアアアアアアアアァァッ!! アーーッ、アーーッ、アーーッ! ジ、ヌゥッ、ウギャアアアアアアアアアアァァッ!!」
 身体の内外からの容赦のない電撃責め。全身がばらばらになりそうな衝撃、全身を炎に包まれているような熱さ。脳裏を白く染め上げる激痛にファーネスが力の限り絶叫を放ち、何とか逃れようと全身をのたうたせる。だが、粘液はファーネスの身体に張り付いて離れず、床ともくっついているからファーネスの身体は自由にならない。
「アギャアアアアアアアアァァッ、ギャっ、ギャギャッ、ギャッ、ギャビイイイイイィッ、ウギャガアアアアアアアァッ!! イッ、イギッ、イッギャイイイイィッ、ガッ、ガアアアアアアアアアアアアァァッ!!」
 可憐な容貌からかけ離れた、獣の絶叫を上げてファーネスがもがき苦しむ。股間から失禁した尿があふれ、びくびくと全身を痙攣させながらのたうちまわる。もっとも、床に貼り付けられた体勢ではせいぜい男を誘うように尻を振っている程度の動きしか出来ないのだが。
「~~~~ッ~~~~~ァッ~~~~~ッ! ~~~~~ィッ~~~~~~~ァッ~~~~~~ッ!!」
 既に肺の中の空気を全て吐き出し、悲鳴らしい悲鳴をも上げられなくなっても、電撃は止まない。声にならない悲鳴を上げてもがき苦しむファーネス。大きく見開かれていた目がくるんと反転し、白目を剥くと同時に大量の泡がファーネスの口からあふれた。ヒューイが慌てて笛を鳴らし、電撃を止めさせる。
「おや、これは、死んだかな?」
 他人事のような気楽さでそう呟くと、倒れ付したファーネスへと歩み寄るフランツ。ぐいっと髪を掴んで顔を上げ、首筋に指を当てる。
「ふむ、やはり死んでるな。少し遊びすぎたか」
 ぱっと手を離してファーネスの頭を嘔吐物の上に落とすと、フランツは軽く苦笑を浮かべつつ背後の闇を振り返った。
「アル、すまない、ちょっと来てくれ」
「はいですの」
 つい一瞬前まで誰もいなかったはずの空間から幼い声が返り、闇から滲み出すように幼女の姿が現れる。軽く小首をかしげた幼女が、ふと何かに気づいたように虚空に視線をとめた。
「あら、魂が出ちゃってますのね。貰ってもいいんですの?」
「いや、悪いんだけどね、アル。まだそれはあげられないんだ。身体の中に戻して、生き返らせてもらいたいんだけど、大丈夫かい?」
「ふみゅ。残念ですの。でも、御主人様(マスター)の言うことですから、従いますの」
 しゅんと残念そうに俯いて、アルがそう呟く。胸の前で両掌を向かい合わせ、丸い何かを持つような仕草をすると彼女は二言三言何事かを呟いた。ぽうっと淡い光がそこに生まれ、アルが吹きかけた息に飛ばされるようにぐったりとなったファーネスの身体の上へと漂っていく。
「それに、まだまだこの魂は美味しくなりますの。だから、食べるのはその時まで我慢しますの」
 顔を上げ、にっこりと無邪気な笑いを浮かべるとアルが更に数語、何かを呟いた。淡い緑の光がファーネスの全身を包み、その上で漂っていた光の球がすうっと彼女の身体の中へと吸い込まれていく。ファーネスの身体を包む緑の光が消えると同時に、ぴくっと息絶えていたはずの彼女の身体が震えた。
「う、ぁ、ぅ、あ、ぁあ……?」
 掠れた声を漏らし、まぶたを上げるファーネス。状況が理解できないようにぼんやりとした瞳を宙に彷徨わせるファーネスへと、椅子から立ち上がったフランツが歩み寄る。こつこつという靴音にそちらに視線を向けたファーネスが、不意に恐怖に表情を歪めた。
「あっ、ああっ、あああああああぁっ!」
 恐怖に叫びを上げるファーネスのことをフランツが見下ろす。やや複雑そうな表情で、フランツはファーネスへと問いかけた。
「さて、どうだったかな? 『死』の感覚は」
「……っ!」
 フランツの言葉に、断ち切られたようにファーネスの悲鳴が止まる。完全に恐怖を押さえ込めないのか、がたがたと身体を震わせながらもファーネスがフランツのことを見上げ、睨みつけた。
「怖くない、といったら、嘘になります。あの感覚は、もう二度と味わいたくなど、ありません……」
 震える声でそう言い、ファーネスが僅かに視線を伏せる。だが、フランツが口を開くより早く、きっと顔を上げるとファーネスは口早に言い放った。
「けれど、私は騎士です。人間(ひと)として、あの感覚は二度と味わいたくはない。それでも、騎士の誇りを汚すぐらいなら、私は死の方を選びます。私が姫様の居場所を吐かなければ、また殺すというなら殺せばいい。何度殺されようと、何度あれを味合おうと、私が私である限り、決して何も喋りはしません!」
 がたがたと身体を恐怖に震わせながら、それでもファーネスは毅然としてそう宣言する。死の瞬間に味わった暗黒の深淵に引き込まれる感覚は、発狂してもおかしくないほどの恐怖だった。生物として当然の、死を恐れる本能を無理やり意志の力でねじ伏せて自分の事を睨みつけてくるファーネスの姿を、フランツは呆然とした表情で見つめる。
 しばしの時間、静寂が落ちる。その静寂を破ったのは、パンパンパンという乾いた拍手の音だった。妙に満足げな表情で手を叩くフランツのことを、今度はファーネスが呆然と見詰める。
「いや、本当に驚かされるな、君の精神力には。あれは、それまでの人格を一変させるほどの恐怖のはずなんだが」
「……」
「うん、まぁ、君がそう言ってくれるとこちらとしても都合がいい。君がその調子なら、まだボクとしても楽しめるというものだからね」
「くっ……! 好きにしなさいっ」
 フランツの言葉にファーネスが奥歯を噛み締め、顔を背ける。すぐさま電撃が身体を貫くものと覚悟し、それに備えたファーネスだが、その予想は外れた。ヒューイのほうに顔を向けたフランツが、粘液の回収を命じたのだ。釈然としない表情ながらもヒューイが笛を鳴らす。ずるずると体内から粘液が出て行くおぞましい感触に、ファーネスが歯を食いしばって耐える。
「ぐ、う、うぅぅっ」
「とりあえず、君の精神力に敬意を表して、今日の拷問はここまでにするよ。いくら君の意志が強くても、何度もあれを味わえば発狂しちゃうだろうからね。それは、面白くないし」
「ぐっ、くっ、ううぅっ。感謝しろ、とでも、言うつもりです、かっ。あぐううぅっ」
「いやいや、そんなことは言わないよ。ボクはボクの都合で動いているだけだし」
 憎しみのこもったファーネスの言葉に、軽く肩をすくめて応じるとフランツはくすくすと楽しげな笑いを浮かべた……。
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