青島の受難


「ちょっと、いいかげんにしてくださいよ! 一体何だってんです!?」
 万歳する形で上へと両手を引き上げられた体勢で青島が叫ぶ。彼の手首にはめられた手錠ががちゃがちゃと耳障りな音を立てた。
 どこかのビルの地下室。床には厚くホコリが積もっており、ここが長い間使われていなかった事を示している。天井はかなり低く、そこを走るパイプと彼の両手が手錠で繋がれているのだ。両足も、やはり肩はばより少し大きく広げたぐらいで床のパイプに拘束されている。
「君の活躍は、聞いているよ、青島君。今日は君を昇進させてやろうと思ってね。それも、二階級特進だ」
 ずらりと並んだ、無表情な男たちの一人が静かな口調でそう言う。全員がびしっとしたスーツを着こんでいた。
「あんたら……それでも刑事かよ!?」
 ぎりっと奥歯を噛み締め、青島が叫んだ。彼の目の前に並んでいるのは、現職の警官だ。彼と同じく湾岸署に所属している。もっとも、彼らは殺人課と通称される捜査一課の所属で、彼とは部署は違うのだが。
「あんたらは犯人を捕まえるのが仕事だろ!? 一課の人間がこんなことしていいのかよ!?」
「安心したまえ。既にもう、新聞の見出しは決まっている。湾岸署の刑事、殉職、とな」
「事件の捜査は我々が行う。迷宮入りは確定だ」
 にこりともせずに、立ち並ぶ男たちがそう口を開く。あまりに強く唇を噛み締めたせいか、青島の口元からつうっと鮮血が滴った。
「あんたら……!」
「君はやり過ぎたんだよ、青島。たびたびのマニュアル無視、上司の命令違反、いずれも組織の一員としての自覚に欠けると言わざるを得ない。警察は組織だ。君たちノンキャリは、我々キャリアの言うことに黙って従っていればそれでいいのだ」
「あんたらは……現場も知らないくせに! 事件は会議室で起きてるんじゃない! 現場で起きてるんだ!」
 青島がそう叫ぶ。くっくっくと低い笑いが起こった。
「君は、何か勘違いをしているようだな。事件が解決するかどうかは問題じゃない。警察という組織を潤滑に運営する、それが何より大切なのだ。警察の業務は、マニュアルを作り、それに従って捜査することだ。そして、そこそこの検挙率を維持できればいい。ファインプレーは必要ない。全ての事件を解決しようなんてのは、夢物語だし、時間と金の無駄だ。
 君のような、事件を解決するためならマニュアルも採算も、組織の上下関係すらも無視するような人間は、警察には不要なのだ」
 嘲けるように男の一人がそう言う。抗弁しかかった青島が、がちゃりと音を立てて開いた扉に視線をやって怪訝そうな表情を浮かべる。両手に手錠をはめられた男が入ってきたのだ。
「誰? あんた」
「会うのは初めてでしたね。山部、と言います」
 穏やかな口調で男がそう言う。僅かに記憶を探って青島があっと声を上げた。
「あんた……警官殺しの! そうだ、和久さんに爆弾送りつけた奴だ!」
「爆弾じゃなくて手榴弾ですよ。アメリカ軍のMK-2という奴で、爆発していれば、半径15mの全てを破壊できたんですがね」
「なっ……なんであんたがこんな所に居るんだよ!? 脱走したのか!?」
「まさか。裏取り引き、という奴ですよ。まぁ、あなたには直接の恨みはないですけど、あなたを殺せば和久さんへの復讐になる。それに、あなたも簡単に人に暴力を振るうタイプみたいですからね」
 にこりともせず、穏やかな口調と表情で山部と名乗った男がそう言う。青島がきょろきょろと視線を動かし、立ち並ぶ男たちの一人と視線があった。
「我々は自分の手は汚さない主義でね。まぁ、明日の夜明けまで、ゆっくりと楽しんでくれ」
「ちょっ、ちょっと待てよ! おい! こら!」
 山部の手錠を外し、男たちが出ていく。青島の叫びには、もちろん答えはない。
「さて、それでは始めましょうか。本当は、僕も苦手なんですけどね、こういうことは」
 そう言いながら、黒びかりする戦闘用のナイフを山部が取り出した。ナイフ、といっても、刃渡りは30cm以上はある。
「お、おい、そんなもんどっから……」
「フィリピンで買ったんですよ。あのMK-2とセットになってたものでね」
 左手で青島の服の襟元をぐっと広げると、そこにナイフの刃を押し当てる。ビビビィッという耳障りな音と共に大きく青島の服が切り裂かれた。ナイフの切っ先が当たったのか、つうっと胸元から鮮血が滴る。
 ビッ、ビッ、ビビィッ。ややぎこちない手付きながらも、山部が青島の服を剥いでいく。あちこちに浅い傷を負い、青島の息が弾んだ。
「く、うっ」
「ナイフ一本で、人間を解体するのは大変なんですが」
 そう言いながら、山部が青島の右肩の辺りにナイフを突きたてた。力を込めて脇腹の辺りまでナイフを引きおろす。肌と肉が裂け、真っ赤な筋が走る。
「ぐわぁっ」
 無表情に山部が傷口へとナイフをねじこんだ。ぶちぶちと肉を裂き、青島の胸元からナイフが顔を覗かせる。青島の上げる絶叫にはかまわず、両手を使ってナイフを押し下げる。がくがくと青島の膝が震え、全身から油汗が吹き出す。
「ぐ、あっ、ああああっ。があああああっ」
 べりっと、肉と皮を引き剥がす。肋骨と内臓が露出する。青島の口から獣じみた絶叫があふれた。後から後からあふれ出す鮮血が、彼の足元に大きな血だまりを作る。
「内臓に、直接スタンガンを押し当てたらどうなると思います?」
 ぴっと、手に付いた青島の血を払いながら世間話でもするかのような軽い口調で山部がそう問いかける。息をする度に突きぬける激痛に、大きく口を開けて青島が荒い息を吐く。肩を喘がせるたびに右上半身をほとんど覆う傷から鮮血が滴り、内臓が少しずつあふれ出す。
「一応、人を殺せるように改造はしてあるんですがね。今は、多少電圧を絞ります」
 そう言いながら、ゴム製の手袋をはめると山部が無造作に青島の露出した内臓にスタンガンを押し当てる。彼がスタンガンのスイッチを入れるとびくびくびくっと青島の身体が震えた。
「がぁ、あっ、あっ、あがぁぁぁっ!」
 ばちばちと、内臓の上で火花が散る。白い湯気が上がり、真っ赤な鮮血が迸る。じゃらじゃらと激しく手錠を鳴らし、青島が絶叫する。
「ぐあああああっ、ヤ、マ、ベェ……ぐああああっ」
 山部がスタンガンのスイッチを切り、いったん青島の傍らを離れる。がっくりとうなだれ、青島が荒い息を吐いた。ごぼっと、その口から鮮血があふれる。膝からは完全に力が抜け、手錠によって宙吊りにされる格好だ。
「まだまだ、夜はこれからですよ」
 ふっと薄く笑い、山部がそう言った。

「ぐわあああっ、ぎ、やぁあっ」
 青島の口から、押さえようにも押さえきれない悲鳴が上がる。太股に突きたてられたナイフが動くたびに、びくんびくんと身体が震える。
 ぐるんと山部がナイフを動かすと、突きたてたナイフの先端を頂点とする円錐形に太股の肉が抉り取られる。びちゃっと湿った音を立てて抉り取られた肉が床に落ちた。
「あっ、ぐっ……」
 ぜぇぜぇと荒い息を吐く青島。もちろん一番大きな傷は右上半身をほとんど覆う最初の傷だが、それ以外にも無数の傷が彼の身体に刻みこまれていた。
「ぐああああああっ」
 山部のナイフが、青島の肉と肌を削ぐ。ぽたぽたと血が床に落ち、床に広がった血だまりの表面に波紋を広げる。そう、波紋が出来るほどの血だまりが出来ているのだ。
「旧日本軍の得意技だったそうですがね、皮剥ぎは」
 そう言いながら、細長い長方形の形に青島の腕に切り込みを入れる山部。狭い方の端を少しナイフで浮かせると、べりべりべりっと皮膚を肉から引き剥がす。
「あがっ、があああああっ」
 獣じみた叫びが青島の口から漏れる。皮膚を剥ぎ取られ、剥き出しになった筋肉へとナイフの切っ先が触れる。少しずつ、少しずつ肉を削ぎ取られる激痛に青島の脳裏で火花が弾けた。
「もっとも、中国の処刑方にも凌遅と言うのがありましてね。これは全身をバラバラにして殺すと言うやり方なんですが。どこの国でも似たようなことはやってる、ということですか」
 そう言いながら、大きく口を開けて喘いでいる青島の頬へとナイフを突きたてる山部。頬の肉を貫通してナイフの先端が口の中へと飛び出す。そのまま手前にナイフを引き、頬を完全に切り裂く。
「ぎゃあああああっ」
 ぼたぼたと血があふれる。べろんと垂れ下がった頬肉の隙間から、歯と歯茎が露出する。
「片方だけと言うのも、バランスが悪いですね」
 そう言いながら、山部の手が青島の顎にかかる。反対側の頬も、同じようにナイフで切り裂かれた。悲鳴を上げる青島にはかまわずに、べろんと垂れ下がった頬の肉を山部が指でつまむ。
「ぐっ、あああああっ」
 指で肉を引っ張り、そこへとナイフの刃を当てる。耳の側から前へと、ナイフが肉を裂いていく。
「ぐあっ、ああっ、ぐあああっ」
 激痛に、青島が頭を振って絶叫を上げる。けれど、頭を動かせば当然肉を引っ張られ、更なる激痛を生むことになるのだ。
 頬の肉を裂き終えたナイフが、顎から下唇の辺りを進む。悲鳴を上げるために口を動かせば、裂かれた傷が激しく痛む。そう頭で分かっていても、我慢できるものではない。
「ぐぅっ、ぐううううっ。があああっ」
 ナイフが顔の前面を通過し、反対側の頬へと至る。青島の悲痛な悲鳴が響き渡った。頬と下唇周辺の肉を剥ぎ取り終えると、山部はいったん青島のそばを離れた。
「あっ、ぐっ、ぅ……」
 下の歯と歯茎を完全に露出させた青島が苦痛の呻きを漏らす。それを満足そうに眺めると山部はポケットに手を突っ込んだ。大き目のビー玉ほどの球体をいくつも取り出す。
「僕が作った、小型の爆弾です。殺傷力は、たかが知れてますけどね」
「な、何を……ぎゃああっ」
 する、と言いかけた青島が悲鳴を上げる。ぐいっと、半ばはみ出した内臓へと山部が手を突っ込んだのだ。内臓と内臓の間に、球体を埋め込む。
「で、これがスイッチです」
 数歩下がりながら、テレビのリモコンのような機械を取り出して山部がそう言う。痛みでぼんやりとした表情で青島が彼の方へと視線を向けた。
「や、やめ……ぐぎゃっ、あぐぅっ」
 パンパンっと、軽い爆竹でも鳴らすような音が連続して響いた。映画のワンシーンのように、青島の腹が弾け内臓が飛び散る。ごぼごぼと青島の痙攣する唇から鮮血があふれた。彼の腹からは、千切れた腸がだらんとぶら下がっている。
「どうです? 身体の中から破壊される気分は?」
「あぐぅっ……がああああっ」
 がっくりと首を折り、気絶しかけた青島が身体を震わせて絶叫する。山部の指が、リモコンのボタンを押しこんだのだ。パンパンっと、再び青島の体内に埋め込まれた爆弾が爆発し、皮膚と筋肉を弾けさせる。ズタズタにされた内臓が、弾けた傷口からあふれ出す。
「そろそろ限界ですか。では、とどめといきましょう」
 再び取り出したスタンガンの出力を最大にし、山部が青島の内臓へと押しつける。彼がスタンガンのスイッチを入れると青白い火花が散った。
「がっ……グギギギギギッギィッ!」
 がっくりとうなだれた青島が、狂ったように身体を踊らせる。じゅうじゅうと白い湯気をあげながら、電撃によって内臓が焼かれていく。
「--っ! --ィッ! --! ギャアアアアアアッ----!!」
 ごぼりと、大量の血の塊を青島が吐き出す。まともにそれを顔に浴びてしまった山部が不快そうに顔を拭った。両手を手錠によって拘束され、万歳をする形で吊り下げられた青島の瞳に、もはや光はない。
「ふむ、死にましたか」
 軽く肩をすくめ、山部はそう、呟いた。

 数日後。警官殉職の記事が、いくつかの新聞の片隅にひっそりと載った。ちょうど起きた芸能人のスキャンダルによって、その記事が人々の記憶に残る事はなかったが。
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