キッドの受難2nd


(う……ここ、は……?)
 ずきずきと痛む頭の中でキッドがそう呟く。鉄骨がむき出しの天井で裸電球がぼんやりとした光を放っていた。
(そっか……ドジって掴まっちまったんだっけか)
 打たれた怪しげな薬品のせいか、頭がはっきりしない。どうやら、ベットの上に大の字に拘束されているらしい。ひんやりとした冷気が肌を刺すところを見ると、衣服の類は全て脱がされているようだ。
「ったく、俺みたいなヤローを脱がしても誰も喜びゃしねーだろーに」
「そうでもないさ。お前さんみたいな少年がいじめられるのが好きって奴も結構居るんだぜ? ビデオにでも取っておけば、小遣い稼ぎぐらいにはなるだろうよ」
 ぼやくとも唸るともつかないキッドの独り言に、男の声が答えた。はっとして声の聞こえた方に首を捻じ曲げたキッドへと、黒服の男が笑いかける。
「と、いっても、しょせんは小遣い稼ぎにしかならないわけでね。素直にビック・ジュエルのありかを白状してもらえればありがたいんだが?」
「てめーもいいかげんしつっこいヤローだな。あれはもう俺の手元にはねーって言ってんだろーが。今どこにあるかだなんて、俺にだってわからねーよ」
 舌打ちしつつそう言うキッドに、同じく舌打ちしつつ黒服が座っていた椅子から腰を上げる。
「そう言われてはいそーですかと納得するとでも思ってんのか? 仮にあれが『パンドラ』ではなかったとしても、時価十億円と言われる宝石であることには違いないんだぞ? そんな代物をぽいっとその辺に捨てたとでも言うつもりか?」
「はん。怪盗キッド様はなぁ、金目当ての盗みなんてしねーんだよ。時価十億円だか何だか知らねーが、あんなもん、結局はきらきら光る石ころだろーが」
「……くっくっく、なるほど。まだ、痛め付け方が足りないと見えるな」
 妙に冷静な口調でそう呟くと、ゆっくりと黒服がキッドの寝かされたベットへと歩み寄る。
「口で言っても分からないガキには、お仕置きってもんが必要だな?」
 そう言いながら、黒服がキッドの右手の人指し指を握った。手の甲の方へと指を捻じ曲げられ、キッドの口から小さく呻き声が漏れる。
「ぐっ……」
「素直になれよ。マジシャンにとって指は大事なんだろう?」
「……」
「やれやれ、だな」
 軽く黒服が肩をすくめた次の瞬間、骨の折れる嫌な音が響いた。激痛にのけぞるキッドの顔を覗きこみつつ、黒服がにやりと笑う。
「次は中指をへし折る。その次は薬指、次が小指だ。左右八本もへし折れば、流石のお前も素直になってくれるよなぁ?」
「て、テメー、覚えてろよ。絶対許してやらねーからな」
「負け犬の遠吠えかい? 心地いいねぇ」
 笑いながら、黒服がキッドの中指を握るとぐっと力を込める。再び、嫌な音が響いた。紫色に変色した二本の指を黒服がまとめて握る。懸命に悲鳴を噛み殺し、身体を細かく震わせているキッドのことを黒服が楽しげに見下ろす。
「痛いだろう? 折れた骨と骨がこすれてるんだもんなぁ」
「ぐ、ぁっ。何度聞いても無駄、だぜ。知らねーもんは知らねーんだからよ」
「強情な奴だ」
 呆れたようにそう呟くと黒服がキッドの薬指と小指をまとめて捻り上げた。鈍い音が響いて奇妙な角度に指が曲がる。びくんと身体をのけぞらせ、キッドが絶叫を上げた。
「あーあ、これで右手はしばらく使いものにならないな。利き腕が使えなくなったマジシャンに、どんな手品が使えるか見せてもらいたいもんだが」
「……へっ。そのうち見せてやるよ。世紀の大脱出劇って奴をな」
「そいつは楽しみだ。じゃ、そんな真似が出来ない様に、左手も潰しておくとするか」
 キッドの減らず口に、軽く肩をすくめると黒服がゆっくりとベットの反対側に回りこんだ。反射的に握りこんだキッドの左拳を力任せに開かせる。黒服がキッドの左手の人指し指を握った。
「どうする? 今ならまだ間にあうが?」
「時間の無駄だぜ、おっさん。俺は知らねーって何度言わせるんだよ」
「やれやれ、だな」
 口元に冷笑をひらめかせて黒服が手の甲に付くまでキッドの指を捻じ曲げる。懸命に悲鳴を押し殺そうとキッドが唇を噛んだ。歯が唇を食い破り、真っ赤な血が顎へと滴る。
「ぐ、あっ。アグっ。ウアアッ!」
 中指、薬指、小指と、次々と捻じ曲げられ、折られる。全身にびっしょりと汗を浮かべ、痙攣するように小刻みに身体を震わせているキッドのことを黒服が笑いながら見下ろした。
「気は変わったかい?」
「あ……くっ。知らねー……!」
「ふぅ。なるほど? 折られるだけじゃ物足りない、か。それじゃあ、粉々に砕いてみるか?」
 ぐいっとキッドの前髪を掴んで彼の頭を浮かせると、顔を覗きこみながら黒服がそう問いかける。ぺっとキッドは黒服の顔に唾を吐きかけた。かっとしたように黒服がキッドの頬へと拳を振るう。
「貴様……まだ自分の立場が分かってないらしいな!?」
「はっ。俺を誰だと思ってるんだ? 世紀の大魔術師、怪盗キッド様だぜ?」
 ぺっと血の混じった唾を吐きながらふてぶてしくキッドが笑う。ぎりっと奥歯を噛み締めると黒服がベットの脇に置かれていた小さな机の上からごついペンチを取り上げる。
「たいした度胸だよ、まったく。馬鹿としかいいようがない」
 そう言いながら、黒服が折れたキッドの右の人指し指をペンチで挟みこんだ。両手で握りこむ様にして力を込める。ミシミシミシと嫌な音が響いた。縛られた身体を弓なりにのけぞらせ、キッドが悲鳴を上げる。
「グ、アッ、アアアアアッ」
「くっくっく……痛いか? 苦しいか? 素直に白状して楽になったらどうだ!?」
「グアッ。し、知らねー、な……ウワアアアアッ」
 力を込めたまま左右にペンチを捻る黒服。粉々に砕かれた骨が肉と神経を引き裂き、とてつもない痛みがキッドの脳裏で弾けた。黒服がペンチを外すと、ずるりと皮は剥け、あらわになった肉の所々からは白い骨が顔を覗かせている。
「どうして、前に使った薬を使ってないと思う? そんなことをしたら、痛みが強すぎてすぐに発狂しちまうからだよ。だがま、こうやって十本全部砕いちまえば、そうなってもおかしくはないがな」
 楽しそうに笑いながら、黒服が中指に標的を移す。キッドの絶叫が部屋の空気を震わせた。
「ほらほらほら。まだまだ指は残ってるんだぜ? 指がだめなら、今度は腕、足。身体中の骨をバラバラにされたいか?」
「ウ、グッ……へへっ、そうすりゃ、ギネスブックに載れるかもな」
「口の減らないガキだな」
 ぐいっと、無造作に黒服がペンチを捻り上げた。本人も何か妙な薬を使ってでもいるのか、異様なほどに黒服の力は強い。ぶちぶちっと肉の裂ける音と共にキッドの中指が半ばまで引き千切られる。
「グアアアアアッ! アッ! グッ、ゥッ……!」
「ま、気が変わったら言ってくれや。別に俺は、お前を殺すな、とは言われてないからなぁ」
 軽く肩をすくめると、黒服は今度はキッドの薬指を砕きにかかった。
「ぐ、う、あ……ぐあっ」
 びくびくと身体を震わせながらも、キッドが懸命に指の骨を砕かれる苦痛に耐える。その表情を楽しむように黒服はゆっくりと骨を砕いていった。
 ……やがて、彼にとっては永遠にも等しい時間が過ぎ、親指も含めた十本の指全てが折り砕かれた。どの指も紫に変色して膨れあがり、ほんの微かに力を込めるだけで脳天に突き抜けるような激痛が走る。
「……本当にしぶといガキだな。指じゃまだまだ不足かよ」
 呆れたようにそうぼやくと黒服がゴトリと重い音を立ててベットの下からハンマーを取りだした。流石にキッドの表情がひきつる。
「だが、ま、腕を砕かれれば気も変わるだろう?」
「ぐっ……し、知らねーって言ってんだろ!?」
「ほーう、そうかい。いつまでそんな口がきけるかな、っと!」
 ぶんと反動をつけて黒服がキッドの右腕へとハンマーを振り下した。めきっという骨の砕ける音、そして、それをかき消すキッドの絶叫が空気を震わせる。
「ウワアアアアアアアアアッ」
 大きくキッドの身体が弓なりに反る。肘と手首の間で奇妙な方向に腕が折れ曲っていた。目の前が暗くなるほどの激痛。
「どうだい? そろそろ気は変っただろう?」
「ウ……ア……だ、だから、知らねーもんは、知らねーって……言ってん、だろーが……」
 意識が遠くなりそうになるほどの激痛に耐えつつ、切れ切れにキッドが言葉を紡ぐ。やれやれと言いたげに肩をすくめるとゆっくりと黒服がベットの反対側に回り込んだ。
「それじゃ、こっちも遠慮なく砕かせてもらうぜ?」
「や、やめ……グアアアアアアッ!」
 ハンマーが無慈悲に振り下され、キッドの左腕も右腕のように奇妙な形にねじまがった。口の端に白い泡を浮かべ、ヒクヒクとキッドが全身を痙攣させる。
「ほらほら、早く素直になっちまいな。次は足の骨を砕くぞ? 車椅子の快盗ってのは、ちょいと無理があるんじゃないか?」
 嬲るようにニヤニヤと笑いながら黒服がハンマーをキッドの太ももに当てる。ビクっとキッドの身体が震えた。だが、彼の口から出たのはあくまでも「知らねー」という言葉ばかりだ。ふうっと呆れたように息を吐き、半ば機械的に黒服がハンマーを振り上げ、振り下す。
「ガアアアアアアアアッ!」
 三度、キッドの絶叫が響いた。がっくりと首をおって失神したキッドに、黒服がバケツの水を掛けて無理矢理覚醒させる。
「こっちもあんまり時間はないんでね。ゆっくりおねんねさせてやるわけにもいかねーんだ。ほら、強情張ってないでさっさと白状しちまいなよ」
「う……あ……だ、誰、が……テメーみたいな、ヤローに、負けるか、よ……」
 朦朧としたまま、キッドがそう毒づく。ちっと小さく舌打ちをすると黒服が再びハンマーを振り上げた。
 そしてまた、キッドの絶叫が響いた……。

「……さて、次のニュースです。本日未明、東京湾ぞいにある倉庫の一つで死体が発見されました。見つかったのは高校生ぐらいの少年の遺体で、全身に酷い暴行を受けた跡があったそうです。遺体の損傷が激しく、現在のところ身元は掴めておりません。警察では、暴走族同士の抗争が原因ではないかと見て事件の究明を急いでおります……」
「やだ、物騒ね。……もう、快斗ったら。こんな時に限って旅行だなんて……」
 小さくそうぼやくと、青子は洗いものを続けた。何故だか、奇妙な胸騒ぎを覚えつつ…………。
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