セーラーマーズの受難


(前回までのあらすじ)
 四天王最後の一人、クンツァイトの罠に掛かってしまったセーラー戦士たち。
 ばらばらとなって洞窟の地下深くに落とされた彼女たちを、薔薇妖魔五姉妹が待ちうけていた……。


「あぐっ」
 かなりの距離を落下し、堅い地面に叩きつけられたセーラーマーズの口から苦痛の声が漏れた。落下の最中に、洞窟の枝分かれした分岐点にぶつかり、多少なりとも勢いが殺されたせいで辛うじて致命傷を負ってはいない。だが、落下の途中の激突で全身がずきずきと痛み、受け身も取れずに地面に叩きつけられたせいで、一番最初に地面に触れた左肩は完全に砕けてしまっている。
「うっ、ぐっ。くううぅっ」
 意識を失ってしまいそうな激痛に、涙をにじませながらマーズは何とか身を起こした。今居るのは、いびつな円形をした空間。丁度身を起こした彼女の正面の方向に、横穴が口を開けている。まったく力の入らない左腕をだらんとぶら下げたまま、彼女はその横穴へと向かって一歩踏みだした。その途端、ずきんと全身に激痛が走り、思わず足を止めて噛み殺した呻き声を漏らしてしまう。
「つっ、くうぅ……みんな、無事で居てよ……」
「あっはっは、そいつは無理さね」
「誰!?」
 思わず漏らした呟きに、明るい女の声が応じる。反射的に誰何の声を上げたマーズの視界へと、横穴からゆっくりと一人の女が姿を現した。
 褐色の肌とくすんだ灰色の髪を持つ、容貌だけを取ってみればなかなかの美人である。ただし、その肌には金属を思わせる光沢が有り、灰色の髪も針金を束ねたような硬質な印象をしている。
「アタシは、薔薇妖魔五姉妹の一人、ロゼッゾ。ま、アタシの名前なんて、どうでもいいさね。どうせ、あんたが覚えていられる時間は大して長くもないんだから」
「くっ……! ファイアー・ソウル!!」
 嘲笑を浮かべる女へと、マーズが炎を放つ。微動だにしない女の全身を灼熱の炎が包み込んだ。だが、渦を巻いて炎が消え去った後には、相変わらず嘲笑を浮かべたままの女の姿が有った。完全に無傷な相手に、たじろいだようにマーズが一歩あとずさる。
「き、効かない……!?」
「残念だったねぇ。アタシ以外の四人になら、あんたの炎は絶大な効果を発揮しただろうに。何せ、薔薇妖魔というぐらいだから、炎は苦手なのさ。
 けど、アタシには炎は効かない。鋼鉄の肌を持つ、このロゼッゾ様にはね」
 嘲笑の言葉を投げかけながら、ロゼッゾは右手をすっと上げた。五本の指がぎゅんっと音を立てて伸び、鋭く先端を尖らせた五本の鞭がマーズへと襲いかかる。全身に酷い打撲を負い、僅かに動くだけでも激痛が走る状態のマーズには、避けようもない速度で。
「うああああああぁっ!!」
 どすどすどすっと、マーズの両肘と両膝、腹部をロゼッゾの指が貫く。激痛に絶叫を上げるマーズの姿に、ロゼッゾはくくくっと喉を鳴らした。
「急所は外してあるから、死にはしないよ。ま、もう動けないだろうけどねぇ」
 四肢と腹部を貫く指が引き抜かれ、マーズが血を流しながら地面へと倒れ込む。苦痛と悔しさとで涙を浮かべ、僅かに顔を上げたマーズの目の前へとロゼッゾがゆっくりと歩み寄った。さらさらと流れる癖のないマーズの黒髪を、右手で鷲掴みにしてぐいっと引っ張る。
「あくうううっ」
「アタシは鬼っ子でねぇ。他の四人はみんな薔薇妖魔の名前通り花の形の髪をしてるってのに、アタシだけこんな髪なのさ。おまけにこんな針金みたいな髪だろう? あんたみたいな奇麗な黒髪ってのは、憧れなんだよ」
 口元へとまとめて掴んだマーズの髪を近づけ、ロゼッゾが独白する。髪を掴んで強引に引っ張られる痛みに呻くマーズのことを見下ろしながら、彼女は薄く笑った。
「まったく、しゃくだよねぇ。あんたらみたいな脆弱で無力な人間が、こんな奇麗な髪をしてるんだから。手触りはさらさら、いい匂いもする。アタシが憧れる理想の髪をしてるよ、あんたは」
「くっ、うっ、うあああああぁっ!?」
 ずるり、と、ロゼッゾの足が長く伸びる。植物が成長して空高く伸びていくように、ロゼッゾの上体が上へと移動していった。彼女の右手に髪を掴まれたままのマーズの身体も当然それにしたがって引っ張り上げられ、強引に立ち上がらされる。しかも、それでもまだロゼッゾの足の成長は止まらず、ついには完全にマーズの足が地面から離れてしまう。髪だけで全体重を支えることになり、マーズが苦痛の叫びを上げて身体を揺すった。
「ほんと、しゃくだよ。可愛さあまって憎さ百倍、ってのは、こういうのを言うのかねぇ」
 左手で自分の髪を数本まとめて引き抜き、指の腹でよじりあわせながらロゼッゾがそう呟く。ふっと彼女がよじりあわせた髪に息を吹きかけると、髪が長く太く変化して一本の金属の槍に姿を変えた。髪だけで宙につられる痛みに身をよじっていたマーズが、相手の手に握られた凶器を目にしてはっと目を見開いた。
 ロゼッゾが左腕を振り上げる。反射的にマーズは目を閉じたが、ロゼッゾの手から投じられた槍は彼女の身体ではなく洞窟の岩壁へと深々と突き刺さった。絡み合い、蛇の胴体を思わせる形状になった足をくねらせて、ロゼッゾが岩壁へと突き刺した槍の方へと移動する。短い距離とはいえ、空中を水平に移動することになったマーズが苦痛の声を上げた。
 壁から水平に突き出した槍の元へとたどり着くと、ロゼッゾはマーズの髪を無造作に二つの束に分けた。槍の柄の部分に左右から分けた髪を回し、一つに結びあわせる。更に槍に手をかけてぐにゃりと曲げ、マーズの髪が槍から外れないようにしてしまうとロゼッゾは少し身を引いて宙吊りにされたマーズの姿を眺めた。
「あはは、いい格好だねぇ」
「くっ、うっ、うううぅっ」
 髪に全体重が掛かり、引っ張られる痛みにマーズが目に涙を浮かべて身悶える。すっと再びマーズの目の前に身体を移動させると、引っ張られ、ぴんと肌の引きつったマーズの髪の生え際へと鋭く尖った爪をロゼッゾが走らせた。裂かれた肌の傷から血が滴り、マーズの顔を赤く染める。ぐるっとマーズの頭の周囲に傷を刻むと、ロゼッゾは楽しそうな笑い声を上げた。めりめりめりっと、自らの体重によって傷を押し広げる格好になったマーズが苦痛の声を上げて身体をくねらせる。もっとも、その動きが更に傷に負担をかけ、より大きく引き裂く原因になっているのは否めない。
「あんまり暴れると、頭の皮が剥がれちまうよ。おとなしくしてた方がいいと思うけどねぇ」
 笑いながらそう言うと、ロゼッゾは足を元の長さと形に戻して地面の上から宙吊りになったマーズのことを見上げた。ぷつっと数本の髪をまとめて引き抜き、ふっと息を吹きかける。さっきは槍に姿を変えた彼女の髪は、今度は鋼鉄製の鞭に変わった。単純な一本の鞭ではなく、何本もの鋼糸が絡み合った鞭だ。
「あっはっはっは、さあ、こいつに耐えられるかい?」
「きゃああああああああぁっ!!」
 哄笑と共に振るわれた鞭に胴体部分を打ち据えられ、マーズが絶叫を上げる。服もろとも肌と肉が弾け、鮮血があふれ出した。セーラー戦士の身体を覆う不可視の防御フィールドの防御力を、鞭の攻撃力が上回ったのだ。ヒュンっと風を裂いて振るわれた鞭の第二撃が、マーズの太股を捉えた。
「ぎゃううっ!!」
 太股の肉が弾け、えぐり取られたような傷から鮮血がほとばしる。激痛のあまり濁った悲鳴を上げ、マーズが身体を震わせた。苦痛に身悶えるたびにめりめりっ、めりめりっと頭の皮に刻まれた傷が大きくなり、そこからあふれた血が彼女の顔を斑に染め上げていく。
「あははっ、いい声だよ。そらっ!」
「や、やめ……ひギャアァッ!!」
 笑いながらロゼッゾが鞭を振るい、反対の足の太股にも鞭を受けたマーズが大きく目を見開いて絶叫を上げる。激痛にひっひっと荒い息を吐くマーズの胸元へと、横薙ぎに容赦ない鞭が振るわれた。
「ビギャアアアアァッ!!!」
 服もろとも、えぐり取られた肉が宙を飛んで床に落ちる。露になった右胸の膨らみに一本のえぐれた傷が刻み込まれていた。哄笑をあげながら、今度は縦にロゼッゾが鞭を振るう。
「ウッギャアアアアアアアアア----ッ!!」
 乳首の下を通るえぐれた傷跡。それと直交するように、鋼鉄の鞭がマーズの乳房をえぐり取る。乳首もろとも肉が弾け、断末魔じみた絶叫を上げて激しくマーズが身体を震わせた。激しい動きに、ついに耐えきれなくなった頭の皮がべりべりべりっと音を立てて剥がれていく。その痛みが更にマーズの動きを激しくし、絶叫をあげながらマーズは地面の上へと落下した。美しかった長い黒髪が剥がれた頭の皮と共に宙でゆらゆらと揺れる。真っ赤に染まった頭を激しく振り立て、マーズがよだれと絶叫とを口から吐き出した。
「おやおや、もう終わりかい? 意外と、あっけないねぇ」
 激痛に地面の上でのたうっているマーズの元へと歩みよりながら、ロゼッゾが苦笑じみた表情を浮かべた。両肘、両膝を貫かれ、満足に手足は動かない。身体を起こそうとしては倒れ込み、倒れ込んでは立ち上がろうとするマーズの姿を見下ろし、ロゼッゾは口元を笑みの形に歪めた。
「無様だねぇ。ほら、起きなよ」
「ひぎ……ぎぃ」
 右腕を掴まれ、地面から引きずり起こされるマーズ。両太股、右胸、頭と、激しい痛みに意識が朦朧としてくる。抵抗も出来ず、されるがままになっているマーズの右腕を岩壁に押し当てると、ロゼッゾは引き抜いた髪を鋼鉄の杭に変えて無造作にマーズの掌を貫いた。
「きゃあああああぁっ!」
 掌を貫いた激痛と灼熱感に、朦朧としていた意識が覚醒する。悲鳴を上げ、身悶えるマーズ。だが、ロゼッゾの力は強く、強引に左腕を広げさせられてしまう。更にロゼッゾは新たな杭を髪から作りだし、マーズの左掌を貫いた。
「うあああああああぁっ。あっ、ああ……」
 両掌を杭で貫かれ、大きく両腕を広げた体勢でマーズの身体は岩壁に張り付けにされてしまった。苦痛に大きく目を見開き、喘ぐマーズ。ゆっくりと張り付けになった彼女から距離を取ると、ロゼッゾは右腕を肩の高さに上げた。握った拳から親指と人差し指だけを立て、銃の形をとる。
「あははははっ、ばんっ」
 ロゼッゾが笑いながら、ふざけた口調で『銃声』を放つ。同時に勢いよく突き出した人差し指が伸び、マーズの右肩の辺りを貫いた。絶叫を上げ、激しく頭を振るマーズ。べろりと皮を剥がれた頭から、血が飛び散る。人差し指はマーズの肩を貫くとすぐに元の長さに戻り、にやにやと笑いながらロゼッゾは腕を少し動かした。
「何発耐えられるかな? ばんっ」
「きゃあああああああああぁっ!」
 今度は脇腹の辺りを貫かれ、マーズが悲鳴を上げる。指を縮め、狙いを動かし、ふざけた口調で『銃声』を放っては伸ばした指でマーズの身体を貫くということをロゼッゾは繰り返した。たちまちのうちにマーズの身体にいくつもの穴が開き、そこからあふれた鮮血が彼女の全身を真っ赤に染め上げていく。がくがくと膝が震え、自力では立っていられない。体重が両腕に掛かり、杭で貫かれた掌の傷が激しく痛むが、太股をえぐられ、膝を貫かれた足はまったく言うことを聞かなかった。
「あっはっはっは、頑張るじゃないか。ほら、次が十発目さね」
「やめ……じぬ……きゃあああっ! うぶっ、げほっ」
 下腹部をロゼッゾの指が貫く。悲鳴を上げるマーズの口からごぼりと血があふれた。軽く肩をすくめると、ロゼッゾはぼろぼろになったマーズの側へと歩みより、胸元のブローチを指で挟むと無造作に破壊した。セーラー戦士への変身が解けたマーズの身体から衣服を剥ぎ取り、全裸にするとひくひくと痙攣する腹へと右手の人差し指を押し当てる。
「そろそろ限界みたいだね。それじゃ……」
「アギッ!? ギャッ、ギャアアアアアアアアァッ!!」
 ずぶりとロゼッゾの指が腹にめり込み、ずずずっと下に動く。腹を裂かれたマーズが絶叫を上げた。笑いながら指で引き裂いたマーズの腹の傷へと右手を差し込み、ロゼッゾが内臓を引きずり出す。
「ウバベバギャベブバッ」
 意味を為さない悲鳴を上げ、マーズがびくんびくんと身体を痙攣させる。引きずり出した内臓をマーズの目の前に掲げてみせると、ロゼッゾが笑った。
「奇麗だろう? 自分の内臓を見る機会なんて、滅多にないよ」
「ひゃ……ひ、あ……ひゃめ……じ、ん……うぶっ」
 呆然と、引きずり出された自分の内臓を見つめ、うわごとのような呟きを漏らすマーズ。その唇を、不意にロゼッゾが自分のそれで覆った。口の中に何か堅い塊が押し込まれるのを感じながらも、あがらう気力も体力ももはやマーズには残されていない。こくん、と、僅かに喉が動き、マーズは口の中に押し込まれた何かを飲み込んだ。
「ひゃに、を……?」
 まともに回らない舌で、マーズが問いを発する。それには答えず、ロゼッゾが軽く身を引いた。大量の失血によって力尽きようとしているマーズが、不意にびくんっと身体を震わせる。
「あっ……? あっ、あっ、アぎゃあアああヒャああアぁっ!!」
 音程の完全に狂った絶叫を上げてマーズが身体を弓なりに反らせた。腹からだらんと垂れ下がった内臓を内側から貫いて、黒光りする触手が何本も飛び出す。いったん飛び出した触手たちはすぐにくるんと反転し、ずぶりずぶりとマーズの身体を貫いた。身体の中を触手がうごめきながら走り、時折肌を突き破って外に出ては再び別の場所から身体の中へと入り込む。途中で枝分かれしつつ、触手はマーズの全身を侵食していった。
「ビャギッ、ぎゃ、アべびゃウッ、ヒヒヒッ、ひギャッ、アぎゃうギゃあアヒあぁっ」
 身体をくねらせ、大きく目を見開き、錯乱した叫びを上げるマーズ。触手たちが身体の中でうごめき、激痛だけが身体と意識を支配していく。激しい苦痛と出血は、あっさりと彼女の生命を奪ってしまってもおかしくない筈なのだが、力尽きる寸前だった彼女の身体には、逆に生命力がみなぎってきている。
「ウゴアアアァッ」
 喉へと突き刺さった触手が食道を逆進し、口から飛び出す。その触手の先端が膨らんだかと思うと、内側からほぐれて見事な金属の薔薇の花へと姿を変えた。彼女の身体を縫うように縦横に走る触手の群からも、いくつかの花が咲いている。
 人間の身体を苗床に咲く、妖華。薔薇妖魔の種子は、生きた人間を苗床として育つ。種子を植えつけられた人間は、分泌される液体のせいで死ぬことも出来ず、永劫の苦しみを味わうのだ……。
 洞窟の中に、ロゼッゾの哄笑とくぐもったマーズの絶叫が響き渡った……。
TOPへ
この作品の感想は?: