城戸沙織の受難


 世界各地で続け様に起こった地震、津波、洪水などの天変地異。更に追い打ちをかけるように、世界中の空を雨雲が覆い、やむことのない雨が地上へと降り注ぐ。既に被害者は百万人を越え、このままでは陸地の全てが水の底に沈んでしまうのではないか、と、そんな危惧すらささやかれているという、異常な事態。科学者たちは例外なくこの異常気象の原因を解明しようと奔走したが、何一つ有効な仮説すら立てる事が出来ずにいた。
 それも、当然のことだろう。この異常気象は、世界を、地上を滅ぼそうという『神』の意思なのだから。人間がどんなに努力したところで、『神』の意思によって引き起こされた事態を打開できる筈もない。
 その『神』の名は、ポセイドン。海の支配者としての権力を与えられた、海皇である。より正確に言うならば、人間として生まれ変わったその化身、といったところか。世界でも有数の富豪、ジュリアン・ソロというのが、今生での名前である。
 そして、もう一人、人間として生まれた『神』の化身が存在する。名を、城戸沙織。彼女もまた、『神』の化身であった。戦いの女神にして地上の守護者、アテナの生まれ変わりなのだ。
 ポセイドンとアテナ、二柱の神は、神話の時代より永きに渡る戦いを繰り広げてきた。地上を含めた全世界の覇者たらんともくろむポセイドンと、地上の守護者としてその野望を打ち砕かんとするアテナ。両者はそれぞれの配下たる海闘士マリーン聖闘士セイントと共に、未来永劫続くのではないかと思えるほどの戦いを繰り広げてきたのである。
 そして今……。ポセイドンの野望を阻止するべく、アテナは単身ポセイドンの拠点たる海底神殿へと赴いていた……。

「ジュリアン……いえ、海皇ポセイドン。この度の長雨、一体何を目的としているのです?」
 単身、敵の本拠地に乗り込んでいるにもかかわらず、毅然とした態度を崩すことなく沙織がそう問いかける。ポセイドンの鱗衣スケイルに身を包んだジュリアンが、くくくっと喉の奥で笑った。おそらくは、謁見の間なのだろう、ジュリアンは王座に腰かけ、数段低い位置にある床に立つ沙織のことを見下ろしていた。彼自身の命令により、全ての海闘士たちはこの部屋から出ていっており、今現在この場所にいるのは二人だけだ。
「あなたがアテナだったとはね。なるほど、私があなたに出会った時に運命的なものを感じたのも、当然ということですか。
 ああ、そうそう、質問の答えがまだでしたね。簡単なことです。地上世界全てを水で覆い、海でこの惑星ほしを覆う……それが目的ですよ」
「何故、そのようなことを? 多くの罪のない人々を、全て殺すつもりですか!?」
「罪もない、ね。私はそうは思いませんが、まぁ、意見の相違はこの際どうでもいいでしょう。私の目的は、世界全てを統べる王となること。私は海を支配する王ですから、この世界が全て海で覆われれば自動的に私が全てを支配することになる道理です。あなたがそれを阻止しようというのならば、方法は二つしかありません」
 沙織のことを見下ろしながら、ジュリアンが楽しそうな笑みを浮かべてそう告げる。彼の言葉に眉を潜めていた沙織が、きっと厳しいまなざしを彼へと向けた。
「その方法とは?」
「一つは、私を倒すことです。この天変地異は私が起こしたもの。私が倒れれば、自然と終焉を迎えるでしょう。もっとも……」
 くくくっと再び喉の奥で笑うと、ジュリアンは肩をすくめてみせた。
「鱗衣をまとい、神の力を行使できるようになった私に対して、あなたはアテナの化身とはいえ生身の人間。到底、力で私を倒すことなど出来る筈もありませんがね」
「確かに……わたしに、あなたを倒すだけの力は有りません。しかし、わたしには信頼できる聖闘士たちがいます。地上に邪悪がはびこる時、現れて地上の平和を守るという、奇跡の聖闘士たちが」
 毅然とした態度で自分のことを見上げてくる沙織の姿に、ジュリアンが苦笑を浮かべる。
「信頼するのはあなたの自由ですが……さて、神に対して所詮は生身の人間でしかない聖闘士たちの力が通用しますかね。それに、アテナに聖闘士が従うが如く、この私、ポセイドンにも従う海闘士たちがいます。彼らの力はほぼ互角……聖域サンクチュアリをめぐる争いで多くの聖闘士たちが倒れ、傷ついた今、戦力的にはこちらがはるかに優勢といっていいでしょう。
 つまり、奇跡でも起こらない限りは、私を倒すことによってこの天変地異を終わらせることは不可能、ということです。そこで、現実的な第二の手段となるわけですが……」
 わざとらしく言葉を切り、笑みを浮かべて自分のことを見下ろしてくるジュリアンの視線を、僅かに眉をしかめて沙織は受けとめた。
「その手段とは?」
「あなたが、地上の支配権を私に譲渡すること……言いかえれば、あなたが私のものになることです。
 以前、私がまだ人間だった頃、誕生日のパーティの席上で私はあなたに言いましたね? 私の妻となり、共に世界を支配しようではないか、と。あの時あなたははっきりと拒絶しましたが……」
「私の返答は、変わりません、ジュリアン・ソロ。自分の目的のために多くの人を犠牲にする……そんなやり方を認めるわけにはいきません。あなたに地上の支配権を渡すことなど、断じて許されないのです」
「おや、またふられましたか。では、しかたありませんね。紳士的でないやり方は好みではないのですが、力ずくであなたを屈服させるとしましょう」
 口元に笑いを浮かべながら、鱗衣を鳴らしてジュリアンが王座から立ち上がる。彼の右手に握られた三つ叉の矛がかかげられた。ぱりぱりっと、帯電して火花を散らす。
「ジュリアン……!」
「少し痛い目を見れば、あなたも気を変えるでしょう」
 沙織の叫びに酷薄な口調でそう応じると、ジュリアンが矛を振り降ろす。ほとばしった三条の電光が、沙織の身体を捕らえた。悲鳴を上げる形に口を開き、沙織が全身を硬直させる。どさり、と、重い音を立てて床の上に転がった沙織の身体を、ゆっくりと歩み寄ったジュリアンが抱え上げた。

「くっ、くうううぅ。あっ、くうっ!」
 後ろ手に縛られ、三角木馬の上にまたがされた沙織が美貌を苦悶に歪めている。膝を曲げ、足首を木馬の胴体の側面にベルトで固定された体勢だ。まだ足に錘はぶら下げられてはいないが、自分の体重だけでも尖った木馬の頂きを股間に食い込ませるには充分だった。身体をまっぷたつに引き裂かれそうな苦痛が、股間から脳天まで走りぬける。(挿絵
 かなりの広さを持つ部屋の中央には今彼女がまたがっている三角木馬が置かれ、扉の正面の壁には磔用の十字架台が設置されていた。天井からはいくつもの滑車が、壁にはやはり何本もの鞭や鎖が、それぞれぶら下がっている。床には真っ赤に焼けた石炭が詰められた石造りの箱があり、そこに突っ込まれた鉄の棒が熱で真っ赤になっている。他にも様々な拷問器具の置かれた、拷問部屋……。
「ふふふっ、どうです? 木馬の味は」
「ジュ、ジュリアン……!」
「怒った顔も魅力的ですね、ミス・サオリ。美人には、どんな表情も似合うとみえる。
 ふふっ、木馬だけでは、退屈でしょう? 鞭の味も、教えてさし上げましょう」
 沙織の射抜くような視線を受けとめながら、ジュリアンが笑う。彼の手に皮鞭が握られ、ひゅっと風を裂いて沙織へと振るわれた。
「あっ、アアアーーーッ」
 身にまとった薄絹の衣装をあっさりと鞭が引き裂き、むき出しになった白い肌に真っ赤な鞭跡を刻みつける。悲鳴を上げて首をのけぞらせる沙織へと、更にジュリアンは鞭を振るった。ビシィッ、バシィッと耳を覆いたくなるような音が響き渡り、甲高い悲鳴を上げて沙織が身体を苦悶に震わせる。
「ヒイイィィーーッ、ヒッ、アッ、キャアアアアアーーーッ!」
「いい声ですよ、ミス・サオリ。さぁ、もっと啼いてください。そして私にひざまずき、許しを乞うのです」
「アアアーーーッ、ヒイイィーーーッ! ヒッ、イャアアアーーーッ!」
 鞭の乱打に、沙織が泣き叫ぶ。身にまとう薄絹の衣装は、防具としては何の役にも立たず、鞭によって引き裂かれ、ぼろぼろになっていった。鞭の連打が止むと、はぁはぁと荒い息をつきながら全身を苛む痛みに涙をこぼし、沙織がうなだれる。
「どうです? 私に従う気には、なりましたか?」
「お、お断りします……。屈服など、いたしません……」
「強情ですね。しかし、その気丈さがあなたの魅力ではありますか。この程度で屈服するようでは、アテナの化身たる資格などないのかもしれませんしね」
 苦痛に涙を流しながらも、きっぱりと拒絶する沙織へと、ジュリアンが薄く笑いを向ける。
 と、がちゃり、と、音を立てて鉄製の扉が開かれた。不審そうな視線をそちらへと向け、ジュリアンが眉をしかめる。
人魚姫マーメイドのテティスか。どうした?」
「はっ。青銅聖闘士ブロンズセイントが四名、ここ海底神殿に侵入しました。いかがいたしましょう?」
 テティスと呼ばれた、鱗衣を身にまとった女性が、扉の外でひざまずいてそうジュリアンに問いかける。不機嫌そうに眉をしかめると、ジュリアンは彼女のことをにらみつけた。
「わざわざ、くだらんことを報告に来るな。奴等の目的は、アテナの救出というのは分かりきったことだろう。しかし、このメインプレドウィナに侵入を果たすためには、黄金聖闘士ゴールドセイントに匹敵する実力を備えた七人の海将軍ジェネラルを倒し、彼らが守護する七つの海を支える柱を破壊せねばならん。海将軍たちに迎撃は任せておけばよい。
 もうよい、下がれ。そして、私の邪魔をするな」
「は、も、申し訳ありません」
 恐縮したように、頭を下げてテティスが扉を閉める。ふんと小さく鼻を鳴らすと、笑みを浮かべてジュリアンは沙織の方へと視線を向けた。木馬の尖った頂きによって股間を責め立てられ、苦痛に表情を歪めている沙織だが、視線を向けられると毅然としてジュリアンの瞳を見返した。
「あなたの希望がやってきたようですよ、ミス・サオリ。四人の青銅聖闘士、というと、おそらくは例の聖域での戦いで黄金聖闘士たちを倒しあなたを救った聖闘士たちでしょうね」
「あなたにとっての、絶望です、ジュリアン。彼らはあなたを倒し、わたしを、そして地上を救ってくれるでしょう。くっ、うぅっ」
「さて、そううまくいきますかな? ここにたどり着く前に、海将軍たちに全滅させられるかもしれませんよ。仮にたどり着いたところで、私にかなうはずもありませんが。
 どちらにせよ、彼らが全滅すればあなたは絶望することになる。そうなればあなたを屈服させるのはたやすいことでしょうが、しかしそれでは興がないというもの。希望を持ち、毅然とした態度を取るあなたを屈服させてみたいものです。あまり時間の余裕はありませんが、あなたを屈服させるべく頑張ってみるとしますか」
 くっくっくと小さく笑いながら、ジュリアンは沙織の側へと歩み寄った。素足のまま木馬の側面にベルトで拘束された彼女の足へと手をかけ、苦痛のためにまるまった足の指を指でつまむ。彼が僅かに指に力を込めると、びしっと微かな音を立てて沙織の足の指の骨が砕けた。
「アッ、ウアアアアーーーーッ!」
「まずは、左足の親指。続いて人差し指、中指、薬指、小指と、順々に砕いていってさし上げましょう。左足が終わったら、右足です。ふふっ、十本の足の指を全て砕かれる苦痛、耐えられますか?」
「うっ、ううぅっ。……ウアアアアアアァッ!」
 万力で締め上げられているような痛みが走り、沙織が首をのけぞらせて木馬の上で身悶える。木馬の尖った頂きが股間に食い込み、激痛が走る。血が滴り、木馬の側面と足とを伝っていくのが感じられた。そして、嬲るようにゆっくりと加えられていく力に耐えきれず、沙織の左足人差し指の骨が粉々に砕けた。長い髪を振り乱し、全身に油汗を浮かべて苦悶の踊りを踊る沙織の姿を楽しそうに眺めながら、ジュリアンが次の指、中指をつまんだ。
「やめて欲しいですか?」
「い、いいえ……。苦痛や恐怖に屈するなどと、思われるのは心外です。やるのならおやりなさい。力では人の心を変えることなど出来ないと、思い知ることになるでしょう」
「ふふふ……素晴らしい御意見です。しかし、説得力を持たせるためには、まず実践が必要でしょうね」
「アッ、アッ、アッ。ヒイイイィッ」
 笑いながらジュリアンが沙織の中指を挟み潰す。ぼたぼたと玉のような汗を満面から滴らせつつ、沙織が身悶えた。ゆっくりとジュリアンの指が薬指に掛かるのを感じながら、ふっふっと短く息を吐く。心臓が脈打つたびに、砕かれた足の指と切り裂かれた股間とが鋭い痛みを放っていた。
「では、この指も頂きましょう」
「くううああああぁっ!」
 骨を砕かれた沙織の悲痛な悲鳴が響く。満面に汗を浮かべ、うなだれて短い息を吐く沙織の小指にジュリアンの指がかけられた。彼の指に力がこもった瞬間、びくんと首をのけぞらせて沙織が絶叫を上げる。ゆっくりと木馬の後ろを回り込み、ジュリアンは沙織の右足の指をつまんだ。
「ひあああああぁっ!」
「さあ、どうします? 足の指全てを砕かれるまで、強情を張ってみますか?」
「うっ、く、くうぅっ。例え、全身の骨を砕かれようと……わたしは屈しません」
「ふふっ、それでこそアテナ……。ますます、従わせたくなりましたよ」
「うっ……うわああああああぁっ!」
 足指を砕かれた、沙織の悲痛な悲鳴が響く。ギリッと奥歯を噛み締め、懸命に悲鳴を殺そうと努力をしているのだが、その努力を嘲笑うかのようにジュリアンの指が次の指にかかり、骨を砕いて絶叫を上げさせる。
 ふっふっふっと短く息を吐き、うつむいて懸命に苦痛に堪えるのと、大きく首をのけぞらせて悲痛な叫びを上げるのとを、交互に繰り返す沙織。嬲るようにゆっくりと沙織の右足の指を砕いていくジュリアンが、最後の一本、右足の小指を挟み込んだ時、遠くから地鳴りのような重い響きが轟いた。ぴくっと顔を上げ、音の響いてきた方向にジュリアンが視線を向ける。
「ほう……七つの海を支える柱の一つが砕かれましたね。どこの柱かは知りませんが、海将軍を破るとは、黄金聖闘士を破ったのは単なる偶然ではなかったらしい」
「わ、わたしは、彼らを信じています。必ずや、あなたの野望を打ち砕いてくれる、と」
「ふふっ、喜ぶのはまだ早いですよ、ミス・サオリ。彼らは七本ある柱のうち、まだ一本を砕いたに過ぎません。残された六本の柱を砕き、更にここまでたどり着いて私を倒す。そこまでやって、初めて彼らの勝ちとなるんですから」
 少しも余裕を失っていないジュリアンの言葉に、ぎゅっと沙織が唇を噛み締める。笑いながらジュリアンが沙織の指を砕き、絶叫を上げさせた。苦痛に息を荒らげ、肩を大きく上下させる沙織の顔へと視線を向けたジュリアンの背中で、ばたんと勢いよく扉が開いた。血相を変えてテティスが飛び込んでくる。
「ポセイドン様! 大変です、北太平洋の柱が……!」
「うるさいよ」
 不機嫌そうな呟きと共にジュリアンがテティスの方を振り返る。彼の視線を受けたテティスの身体が宙を飛び、背中から壁に叩きつけられた。石造りの壁が人間の形にへこみ、その窪みの中にテティスの身体がすっぽりとはまり込む。がはっと、血と共に苦鳴を吐き出したテティスが信じられないというような表情でジュリアンのことを見つめた。
「ポ、ポセイドン様……?」
「無様に騒ぐんじゃない、見苦しい。わざわざ報告にこなければ気がつかないとでも思ってるのかい? 馬鹿にしないで欲しいな。
 連中は、聖域での戦いで黄金聖闘士たちと互角以上に戦ってみせた。である以上、黄金聖闘士と互角の力を持つ海将軍たちを倒すことも、不可能なことじゃないだろう。
 この海底神殿の柱が何本か砕かれる程度の事態は、最初から予想してるよ」
 どさっと、床の上に崩れ落ちたテティスへと冷ややかな視線を向けて、ジュリアンがそう言う。壁に叩きつけられた衝撃で内臓に傷を負いでもしたのか、口元から鮮血の糸をつうっと滴らしたテティスが両腕で上体を懸命に持ちあげながらジュリアンのことを見つめた。
「そ、それでは、このメインプレドウィナにまで、聖闘士たちの侵入を許すかもしれないと……!?」
「可能性は、あるね。けど、それがどうかしたのかい?」
 明らかな不快感を軽い口調の中ににじませて、ジュリアンがそう問いかけた。真摯な、心の底から主君のことを案じている表情と口調でテティスが訴える。
「ポセイドン様の身に、万が一のことがあってはなりません。アテナがこちらの手中にあることを訴え、彼らに手を引かせるべきではないでしょうか?」
「戦えば負けるといいたいのか!?」
 ポセイドンが一喝を放ち、突き飛ばされるようにテティスの細い身体が吹き飛んで、壁に再び激突する。頭をまともに壁に叩きつけられ、流れ出した血に顔を染めながらテティスが懸命に首を左右に振った。
「そうは申しません。ですが……ああっ!?」
 抗弁しかけるテティスの身体がふわりと宙に浮き、ポセイドンの目の前まで移動する。更にテティスの身体を自分の頭よりも高い位置まで上昇させると、ジュリアンは壁に立てかけてあった三つ叉の矛へと手を伸ばした。ひとりでに自分の手の中に収まった矛をテティスの胸へと向けると、ジュリアンは酷薄な口調で宣言した。
「不愉快だな。臆病者に用はない。消えてもらおう」
「おやめなさい! ジュリアン!」
 木馬の上で苦痛に悶えていた沙織が、はっと目を見開いてジュリアンへと叫ぶ。叫んだことで股間に激痛が走り、くううっと呻きを漏らす沙織へと興味を引かれたようにジュリアンが視線を向けた。空中で磔になったテティスは、声もなく目を見開いている。
「まだ毅然とした態度が取れるんですね。それでこそアテナの化身たる身にふさわしい。しかし、何故止めるのです?」
「その者は、あなたの臣下なのでしょう? あなたへの忠誠から出た言葉をとがめ、殺そうとするなど、王たる者のするべき行いではありません」
「ふふふ……さすがは慈愛の女神。敵であっても、その慈悲の心は曇ることを知らないようですね。しかし……」
 薄く笑うと、ジュリアンが視線をテティスに戻して一気に矛を突き上げた。彼女が身にまとった鱗衣を易々と貫通し、三つの矛先が彼女の鮮血にまみれて背中から顔を覗かせる。
「アッ、アアアア----ッ!!」
「私に逆らう臣下など、私は必要とはしないのですよ。私に逆らう者には死を。それが、神としての私の考えです」
 胸を貫かれ、断末魔の絶叫を上げて身体を硬直させるテティス。ごぼごぼと口から血を吐きながら断末魔の痙攣を見せる彼女の身体を串刺しにしたままで、ジュリアンが笑った。顔を背け、目をぎゅっとつぶった沙織が呻くように呟く。
「違う……あなたは、神などではありません」
「ほう!? あなた自身が神の化身でありながら、私のことを否定するのですか? ミス・サオリ。あなたには分かっている筈だ。私がポセイドンの化身であることが」
「違うのです、ジュリアン。わたしは、ずっと違和感を感じていました。ポセイドンの覚醒は、本来ならまだ数百年は先の筈。今のあなたは、何者かの陰謀によってポセイドンの意識を植えつけられているのです。あなたを傀儡とし、海と大地とを共に支配下に収めんとする何者かが……うああぁっ」
 懸命に語りかける沙織の左の太股を、テティスのまだ痙攣している身体を床に無造作に投げ捨てたジュリアンが矛で貫く。悲鳴を上げて顔をのけぞらせる沙織へと、ゆっくりとした口調でジュリアンが呼びかけた。
「もう少し、自分の立場というものをわきまえた方がいいですよ、ミス・サオリ。私が傀儡? 人を侮辱するにもほどがある。
 いいでしょう。どうやら、あなたにはその程度の苦痛では不足らしい。自ら招いた酬いを受けてもらいましょう」
 えぐりながら引き抜いた矛を、ジュリアンが木馬へと当てる。一瞬にして木馬が砕け散り、どさりと沙織の身体が床の上に落ちた。苦痛に呻く沙織の髪を掴んで引きずり起こすと、ジュリアンが壁際の張り付け台へと歩み寄る。髪を掴まれて引きずられ、沙織が涙をこぼしながら苦痛の声を上げた。自分の足で歩こうにも、既に両足の指は全て砕かれ、床に触れるだけで激痛を放つ。
 苦痛の呻きを漏らす沙織を張り付け台の前まで引きずってくると、ジュリアンは指先を沙織の腕を縛る縄に触れさせた。それだけで、縄がすっぱりと断ち切られて床の上に散らばる。薄く笑いを浮かべると、ジュリアンが視線を動かした。沙織の身体がふわりと宙に浮かび、両腕を左右に広げて張り付け台にかけられる。しゅるっとひとりでに張り付け台から伸びたベルトが動き、彼女の両手首を拘束した。足は固定せず、小さな足置き台の上に置かれている。足置き台は小さく、爪先立ちにならなければ立つことは出来ない。全て砕かれた指だけで身体を支えなければならないのだから、苦痛はかなりのものだ。
「うっ、あっ、くううぅああぁっ」
「ふふふっ、痛いでしょう? ですが、それで終わりではないんですよ」
 苦痛に身をよじり、苦鳴を漏らす沙織へと笑いを向けるとジュリアンが左手で握り拳を作った。その中に現れた太く長い針を、無造作に沙織の右胸へと突き立てる。
「ひいいいいぃぃっ!」
 服の布地越しに突き立てられた針がずぶずぶと乳房の中を貫通していき、反対側から鋭い切っ先を覗かせる。斜めに乳房を針で貫通された沙織が、甲高い悲鳴を上げて首をのけぞらせた。口元に笑いを浮かべながら次の針を生み出したジュリアンが、沙織のもう一つの乳房へと針を突き立てた。首を振り立て、目と口とを大きく開いて絶叫を上げる沙織。彼女の苦悶を楽しそうに眺めながら、ジュリアンが次々に針を生み出しては沙織の身体へと突き立てていく。
「ひっ、ぎっ! あっ、ひいいいいぃっ!」
 両腕、太股、更に脇腹。太い針を捻りながら突き立てられ、沙織が身をよじって泣き叫ぶ。(挿絵
「キャアアアアアアァッ! あっ、あっ、ヒイイイイイィッ!」
 ずぶり、ずぶりと、全身を針で貫かれるたびに甲高い絶叫を上げる沙織。その姿を眺めながらくっくっくと低く笑うと、ジュリアンは彼女へと問いかけた。
「どうです? そろそろ、地上の支配権を私に譲る気にはなりましたか?」
「うっ、くっ、あっ、あなたに、地上の支配権は、譲れませんっ。あなたが支配する世界は、恐怖と弾圧が支配する世界に、なるでしょうから……ウアアアァッ!」
 針で貫通された傷からあふれた血で全身を赤く染めながら、沙織が毅然とジュリアンの言葉を拒絶する。ふっと眉をしかめて、ジュリアンが新たな針を生み出した。既に針で貫通された乳房へと、最初の針と交差させるように針を貫通させる。
「ヒイイイイィィッ!!」
 絶叫を上げ、身体を硬直させる沙織。Xの字型に二本の針で貫かれた乳房へと、更にジュリアンは針を向けた。縦に、横に、更に二本の針が乳房を貫通する。激痛に大きく目を見開き、更なる絶叫を放つ沙織へとジュリアンが冷ややかな声をかけた。
「あなたの意見は、聞いていないんですよ。イエスかノーか、それだけ答えてくだされば結構です」
「ジュリアン……目を覚まして。あなたは今、ポセイドンの力に翻弄されているだけなのです。本当のあなたは……キャアアアアァッ!」
 激痛に息を荒らげながら懸命に言葉を紡ごうとする沙織の、比較的無事な乳房へとジュリアンが針を突き立てる。乳首を縦に貫くように埋め込まれた針に、沙織が言葉を途切れさせて悲鳴を上げる。ぐりぐりと針を回転させながら、ジュリアンが怒りを込めた視線を沙織に向けた。
「イエスか、ノーか?」
「くっ、あっ、ひいいっ、ジュ、ジュリアン……! うああぁっ、自分を、しっかり持って……あぐっ!」
 痛みに途切れ途切れになりながら、懸命に言葉を紡ごうとする沙織の顔を右手の矛で殴りつけると、ジュリアンは憎々しげな視線を彼女に向けて一歩あとずさった。三つ叉の矛を両手で握り、その先を沙織の腹へと向ける。
「もう結構です。こうなったら最初の予定通り、地上全てを海の底に沈めることにしましょう」
「ジュリアン……!」
「苦しみ抜いて死になさい。それが、あなたの愚かさの酬いです」
 パリパリパリッとジュリアンの構える矛の先端に雷光が宿り火花を散らす。かっと彼が目を見開くと、矛の先端から三条の電撃がほとばしり、互いに絡み合いながら沙織の腹へと吸い込まれていった。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァッ!!」
 凄絶な絶叫が沙織の口からあふれた。腹の中を電流が駆けまわり、内臓を焼いていく。高電流が血液を沸騰させ、ぼんっぼんっと腹の中で内臓を破裂させていった。ごぶうっと大量の血が沙織の口から吐き出される。
 電流がそのまま彼女の全身を貫いていたならば、ほとんど即死に近い状態だったろう。しかし、ジュリアンによって制御された電撃は、沙織の腹の中身だけを焼き、胸から上、肺や心臓、脳といった臓器にはほとんど流れ込まなかった。内臓が破裂した激痛と出血にごふっごふっと激しく咳き込みながら、辛うじて沙織の生命は保たれている。もちろん、張り詰めた糸のように細く、いつ切れるとも知れない微かな生命でしかないが。
 ジュリアンが軽く矛を動かすと、びくっびくっと身体を痙攣させている沙織の両足が持ち上がった。するするっと、張り付け台の横木からベルトが伸びて持ち上がってきた沙織の両太股に巻きつき、左右に大きく足を広げた体勢で固定する。沙織が咳き込み、血を吐き出すたびにビクンッと身体が震え、ぶら下がった足が宙を蹴った。
「みっともない格好ですね。ふふっ、せめてもの慈悲です。海皇の証たるこの三つ叉の矛で、あなたの身体を貫いてさし上げましょう」
「ごふっ、ジュ、リアン……ぐぐぐっ。お願いです、正気に、戻って……ごぶっ」
 苦しげに全身を波だたせ、吐血を繰り返しながらも沙織がジュリアンに訴えかける。ギリッと奥歯を強く噛み締めると、勢いよくジュリアンは左右に割り開かれた沙織の股間へと三つ叉の矛を突き上げた。
「グッ、ギャッ、アアアァッ!!」
 三つ叉の矛の中央の刃が沙織の秘所を無残に貫き、左右の刃が両足の付け根をえぐる。深々と突き立てられた中央の刃の先端は子宮を貫き、破裂した内臓からあふれた血が溜まる腹腔内にまで達した。絶叫と共に口から鮮血をあふれさせた沙織の目からつうっと涙が滴り、貫かれた秘所や足の傷からあふれ出す血が三つ叉の矛の柄を赤く染めていく。(挿絵
「愚かな……。ふん、地上の女神の死体を海に葬るもおかしな話。地上が完全に水没するまで後30日……海辺にでも捨て、犬の餌とするも一興か」
 沙織の秘所から引き抜いた三つ叉の矛をぶんっと振って血を払うと、ジュリアンは息絶えた沙織に背を向けた。床の上に転がるテティスの死体に目を向け、不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「このようなものの血をこの三つ叉の矛に吸わせるとは、迂闊なことをしたものよ。まぁ、いい。アテナと共に地上に打ち捨てるとしよう」
 ジュリアン……いや、沙織との接触によって意識の奥底に眠っていた部分を大きく刺激され、完全にポセイドンとしての覚醒を果たした男は、酷薄な口調でそう呟くと拷問部屋を後にした。

 ……数日後、嵐が吹き荒れる海辺で、野犬に食い荒らされた死体が発見された。
 人数は、推定で五人から七人の間。散々食い荒らされた上に波や風によって死体がバラバラになってしまっていて原形をとどめていなかったのだ。男女の区別も、年齢の推定すらも不可能な状態であった……。

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