宮の下さつきの受難


「あ、れ……ここって、旧校舎? なんで私こんなとこにいるんだろ……?」
 きょろきょろと周囲を見回し、さつきは怪訝そうな表情を浮かべた。窓から見える空は真っ赤に染まっており、既に下校時間は過ぎているのは確かだ。
 きゃはははは。あはははは。うふふふふ……。
「え!? な、何!?」
 不意に響いた笑い声に、動揺の表情を浮かべてさつきは周囲を見回した。相変わらず周囲には人の姿はない。
「あは、あはははは。き、気のせい、よね……?」
 乾いた笑いを浮かべ、表情を引きつらせてさつきがそう呟く。と……。
 あはははは。うふふふふ。きゃははははは……。
「だ、誰か、いるの!?」
 再び響いた笑い声に、ぴたっと背中を廊下の壁に張り付け、さつきが叫ぶ。それに応えるように、どこからともなく、こだまのように笑い声だけが響いた。ごくり、と、唾を飲み込み、だっとさつきがすぐそばにあった階段へと走った。姿のない笑い声に追い立てられるように、全力で階段を駆け降りる。
 一階……二階……三階……四階……五階……。
「何で!? 何で、階段がずっと続いてるの!?」
 いくら駆け降りても、目の前には下りの階段が姿を現す。姿のない笑い声も、大きさを変えることなく響きつづけていた。泣きそうな表情を浮かべて叫ぶさつきの耳に、笑い声に混じって小さな子供の声が届いた。
 --鬼ごっこだ!
 --誰が最初に捕まえられるか、競争しようよ!
 --えー、わたし、走るの苦手なんだけどなぁ……。
 --いいからいいから! ほらっ、いくよっ。
「ひっ!?」
 踊り場を曲がった瞬間、ちらりと視界に入った上の階段に、ぼんやりと半透明に透き通った何人もの子供の姿を見つけ、さつきが息を飲む。もつれそうになる足を懸命に動かし、さつきはいつまでも続く階段から廊下へと進路を変えた。手近な場所にあった部屋に逃げ込もうと扉に手をかけるが、鍵でも掛かっているのかがたがたと音を立てるだけで一向に開いてくれない。
 --隠れんぼじゃないよ、鬼ごっこだよ、お姉ちゃん。
 --早く逃げないと、捕まえちゃうぞぉ。
「きっ、きゃああああああっ」
 すぐ後ろで響いた子供の声に、弾かれたようにさつきが走り出す。笑い声に加えて、ばたばたという廊下を走る音が響き始めた。追い立てられ、瞳に涙を浮かべてさつきが懸命に走る。
「誰かっ、助けてっ」

「……ちっ。面倒な奴が出てきやがったか」
「ん? どうしたんだよ、天の邪鬼?」
 顔をしかめ、舌打ち混じりの呟きを放った黒猫へと、はじめは視線を向けた。ふんっと不機嫌そうに鼻を鳴らすと黒猫が視線を旧校舎の方に向ける。
「さつきの奴、面倒なおばけに捕まっちまったらしいぜ」
「おばけ!?」
「ああ。おっと、助けようなんて考えるんじゃねーぜ。あいつにゃ、手を出すだけ無駄だからな」
 ひらり、と、壁の上に飛び上がりつつ天の邪鬼は小さくあくびをした。憤然とした表情ではじめがくってかかる。
「おい! どういう意味だよ! さつきがピンチなんだろ!? 見捨てろって言うのかよ!?」
「熱くなりなさんな。あいつを霊眠させるのは不可能なんだよ。ある意味じゃ、逢魔よりもたちが悪い奴だからな。いや、奴等って言う方が正確か」
「おうま……? 奴等?」
「逢魔って言うのは、神山の血を引く人間の宿敵みたいなもんでな。霊眠してる他のおばけを目覚めさせる力を持ってる。こいつが目覚めると、他のおばけたちが次々と目覚めちまうっていう厄介な奴さ。
 で、今さつきが捕まった奴等は2年B組。遠足に行く途中、バスが事故を起こして死んだ連中のおばけだ。奴等は群体でな、40人近いおばけの集合体なのさ。一人一人はそんなに強いわけじゃないが、弱点も性質も違う連中をひとまとめにやっつけないとすぐに復活しちまう。ま、普段は勝手に眠ってるみたいだがね」
 天の邪鬼の説明がよくのみこめなかったのか、一瞬きょとんとした表情を浮かべたはじめだが、すぐに拳を握って天の邪鬼へと怒鳴った。
「ともかく、さつきを助けないとまずいんだろ!?」
「おいおい、人の話を聞いてないのか? あいつは絶対に倒せない。元が子供だけに、遊びに飽きるのも早いからな。飽きれば勝手に眠りにつくし、それ以外の方法じゃ眠らせるのは無理だ。ほっとけよ」
 そういってあくびを一つすると、ひらりと天の邪鬼は塀の反対側へと飛び降りた。姿を消した天の邪鬼の名を数度呼び、くそっと小さく毒づくとはじめは旧校舎へと向かって走りだした。

 --あははははっ。つっかまえた。
「きゃあっ」
 どんっと、後ろから腰の辺りに飛びつかれてさつきが悲鳴を上げながら床の上に倒れ込む。懸命に上半身をひねった彼女へと、透き通った男の子が楽しそうな笑顔を向けた。
 --捕まっちゃったね、お姉ちゃん。
 --鬼に捕まったら、食べられちゃうんだよ?
 ぞろぞろと、半透明な子供たちが床の上に倒れ込んださつきの周囲に集まってくる。恐怖に表情を引きつらせ、掠れた声を上げるさつきの身体がごろんと仰向けにひっくりかえされた。
「ひっ!? や、やめてぇっ」
 --はーい、それじゃ、バツゲームでーす。
 手足を押さえつけられ、床の上に大の字に固定されたさつきの顔へと、さつきを捕まえた男の子が楽しそうな笑いを浮かべながら手を伸ばした。右のまぶたを指で押さえられ、強引に上下に広げられる。ゆっくりと、男の子の手に握られた木の枝の先端が自分の目に近づいてくるのを見て、さつきが悲鳴を上げた。
「嫌--っ! やだっ、やめてっ、やめてってばぁっ。きゃああああああああっ」
 つぷり、と、尖った枝の先端がさつきの眼球に突き刺さる。絶叫を上げ、身体をのたうたせるさつき。本当なら転げまわりたいのだが、手足をがっちりと押さえつけられているせいでほとんど身動きが出来ない。激痛と共に視界が半分真っ赤に染まる。
 --あははっ。あははははっ。
「ひぎっ、ぎっ、やめてっ、痛いっ、いやあああああああぁっ!」
 笑いながら男の子が枝を動かし、さつきの眼球を引き裂く。どろりとした眼球の中身と鮮血とがあふれてさつきの頬を伝った。先端が血で染まった枝を引き抜き、男の子が反対の目へと左手を伸ばす。左のまぶたを上下に押し開かれ、さつきが恐怖に引きつった悲鳴を上げた。
「いやっ、やめてっ、やめてよぉっ。きゃああああああああぁっ!」
 視界一杯に、血に染まった枝が広がる。そして、激痛が弾けたかと思った瞬間、視界がすべて闇に閉ざされた。ぐりっ、ぐりっと枝が動かされるたびに新たな激痛が生まれ、絶叫があふれる。まっくらになった視界で光が弾けたかと思うと、さつきは意識を失った。

「う、うん……」
 --あ、目を覚ましたみたいだよ!
「えっ!?」
 意識を取り戻したさつきが、動揺の声を上げる。目の前がまっくらで何も見えない。枝でつつかれて目を潰されたのだ、と、そう思い出すまでに少し時間が掛かった。
 --それにしても、こんな大きな水槽、何に使ってたんだろうね?
 --いーじゃん、別に。おかげで、面白い遊びが出来るんだからさ。
「水槽……や、やだっ、何するの!?」
 周囲から聞こえてくる子供たちの会話に、恐怖の表情を浮かべてさつきは慌てて立ち上がろうとした。だが、気がつけば両腕は背中で交差するように縛られていて、足も脛を直角に交差させる形で縛られている。ひんやりとした感触からすると、衣服はすべて脱がされているようだ。縛られているせいで立ち上がれず、それでも何とか腹筋の要領で上体を起こしたさつきの耳に、楽しそうな子供の声が届いた。
 --それじゃ、入れるよ?
(す、水槽に、入れるって……まさか、溺れさせるつもり!?)
 背中を水槽の壁に預け、さつきがイヤイヤをするように首を左右に振る。キャアッっと、何故か女の子の悲鳴がいくつも響いた。
 --やだっ、気持ち悪いっ。
 --やぁんっ、どっから持ってきたのよ、それ!?
(な、何なの……!?)
 目が見えないせいで、状況がまったく分からない。それが更に恐怖をあおり、がたがたと全身を震わせるさつき。ざぁっと、水槽の中に注がれた『それ』が、いっせいにさつきの身体に襲いかかった。
「ひっ、やっ、やだっ、何これ!? む、虫っ!? いやあああああぁっ!」
 --あははははっ、ゴキブリ君でーす!
「ゴ、ゴキ……!? やっ、やあああああああぁっ! いやっ、やめてっ、いやああああアアアぁっ!!」
 耳にした名前に、ぞわぞわと全身に鳥肌が立つ。無数の足が肌の上をカサカサと這いまわり、ぶーんと羽音を立てて水槽の中を黒い影が飛びかう。白い肌の上を無数の黒いゴキブリたちに覆われ、さつきは生理的嫌悪感に絶叫を上げた。
「いやあああああぁっ、いやっ、ひやっ、ひゃっ、いやアアアアアアあぁっ!」
 悲鳴を上げつつ激しく左右に振っていた顔に、飛んできたゴキブリがべしゃりと張りつく。いっそう大きな悲鳴を上げ、ゴキブリの群から何とか逃れようとさつきが身体を捻る。しかし、拘束された不自由な身体を勢いよく捻ったせいで、バランスを崩したさつきの身体はうじゃうじゃとゴキブリたちが這いまわる水槽の床にまともに倒れ込んでしまった。ぷちぷちぷちっと身体の下でゴキブリたちが漬れる。
「ひっ、ひやああアアアぁっ、ヒっ、ヤッ、イヤアアアアアアアアァッ、いやっ、いやイヤいや、いやアアアあああアァァッ!」
 素肌に漬れたゴキブリの体液やら身体の破片やらがべったりと張りつく感触に、音程の狂った絶叫を上げてさつきが身体を起こそうともがく。だが、あせればあせるほど身体はうまく動かず、身を僅かに起こしては倒れ込み、ゴキブリたちを押し潰すという行為を繰り返すことになる。飛びかうゴキブリたちが肌にびしっ、ばしっとぶつかり、カサカサと肌の上を無数のゴキブリたちが這いまわる。目を潰されているせいで触覚が鋭くなっていることもあり、全身を這いまわるゴキブリたちや肌に張りついた体液、更には潰された状態で肌に張りつき、ぴくぴくと震えているゴキブリなどの感触が克明に感じ取れる。
「キャアアアアアアアアァッ、いやっ、いヤアぁっ、やあああアアアあぁっ! アグッ!? ウギャアアアァッ!!」
 絶叫を上げ、水槽の中でのたうちまわるさつき。その、大きく開かれた口の中へと一匹のゴキブリが飛び込んだ。絶叫と共に慌てて吐き出すが、形容しがたい味と感触が口の中に残り、胸の奥から吐き気が込み上げてくる。
「ウゲッ、ゲブッ、ウエエエエエェッ、けほっ、おえっ、おええええぇっ」
 顔を横に向け、嘔吐するさつき。つんとすえた臭いが立ちのぼる。口の周りを吐瀉物で汚し、荒い息をつくさつきの力なく開かれた口に、再びゴキブリが飛び込んだ。
「ムアァッ、ぺっ、ぺっ、うえっ、おええぇっ」
 慌てて吐き出し、再び込み上げてきた吐き気にげえげえと嘔吐する。けらけらけらと、楽しそうな笑い声が周囲から響いた。
 --きったなーいっ、戻しちゃってるよ、あのお姉ちゃん。
 --ね、ね、ゴキブリ、食べさせてみようよ。それで、どんな味がしたか、聞いてみよ?
 --もーう、何考えてるのよ……。
 --いーじゃん、楽しそうじゃん。じゃ、やってみよっか?
「ヒッ!? アガガッ」
 おばけたちの声に続いて、がしっとさつきの顎が小さな手に掴まれた。力はさほど強くないのだが、何本もの手が伸びてきて強引に彼女の口を大きく開けさせてしまう。その、無理矢理開かれた口の中へと一匹のゴキブリがねじこまれた。顎を押さえられたせいでくぐもった悲鳴を上げ、吐き出そうとするのだがそれよりも早く上下から顎を押されてがちんと歯が噛み合う。歯と歯の間でプチっとゴキブリが漬れ、どろりとした体液の味が口の中に広がった。
「グム--ッ!!」
 顎を押さえられているせいで口を開けることが出来ず、叫ぶことも吐き出すことも出来ない。身体を半分にされたゴキブリが、それでもまだ口の中でもぞもぞとうごめき、胸の奥から吐き気が込み上げてくる。吐き気を我慢できず、さつきは思わず嘔吐した。だが、相変わらず口は上下から押さえつけられて閉ざされているから、嘔吐物が口の中一杯に溜まり、喉の方へと逆流してしまう。息が詰まり、びくんびくんとさつきの身体が痙攣した。こだまする笑い声と共にさつきの顔から手が離れ、やっと口を開けることが出来たさつきが我を忘れて嘔吐を繰り返す。
「ウゲッ、ゲェッ、ゴホゴホッ、ウブッ、ェェッ、オエエエェッ」
 全身にゴキブリの漬れた死骸と体液をまとわりつかせ、散々嘔吐を繰り返したさつきが、けふっ、けふっと数度軽く咳込むと、力尽きたように倒れ込んだ。自分の吐き出した吐瀉物の上に顔から突っ込み、口を半開きにしてよだれを足れ流す。ふふっ、うふふっと、小さくうつろな笑い声が彼女の口から漏れた。
 --あらら。壊れちゃったかな?
 --えー、まだ遊び足りないのに……。
 --だいじょうぶだよ、まだいきしてるもん。ね、ね、次、なにしてあそぼっか?
 --ちょっと、男子ってば。何して遊ぶはいいけど、こんなドロドロじゃ汚くて触れないわよ!
 こだまする笑い声を背景に、勝手なことを言い合う半透明な男の子たち。そんな彼らに向かって、同じく透き通った女の子が一人、怒ったような口調でそう言った。うんうんと、その背後に集まったほかの女の子たちが頷く。男の子たちの先頭に立っていた生意気そうな男の子が、ちぇっと舌打ちした。
 --ちぇっ、女はうるさいなー。洗えばいいんだよ、そんなの。
 --ダメよ。ゴキブリにはバイキンが一杯だってママが言ってたもの。洗ったぐらいじゃ、奇麗にはならないわ。
 --じゃ、どーすんだよ?
 --ネットーショードクするの。そうすれば奇麗になるわ。
 ふふんと自慢そうに胸を反らせて女の子がそう言う。軽く首を傾げて、男の子が問い返した。
 --ネットーショードク? なにそれ?
 --沸かしたお湯でごしごし洗うの。そんなのも知らないの?
 --ふ、ふん。ま、やりたいならやれば? ただ、準備はそっちでしろよな
 --いわれなくてもやりますよーだ。
 べえっと舌を出してみせると、女の子は後ろに集まった女の子たちに指示を出した。ばたばたばたっと走りまわる音が響き、ほとんど時間をおかずに湯気を立てるヤカンがいくつも運び込まれる。
 --じゃ、やるわよ?
「ひぎゃアアアアアアぁっ!? あつっ、あつっ、熱いぃぃっ!!」
 女の子の宣言に間をおかず、さつきの絶叫が響き渡った。ヤカンから熱湯を浴びせさせられ、たちまちのうちに肌が真っ赤に染まる。絶叫をあげながらのたうちまわるさつきの身体へと、容赦なく熱湯が注がれ、あちこちに水ぶくれを作り出した。
「じぬっ、じんじゃうっ! 熱いっ、やめっ、やめてぇぇっ! ギャアアアアァッ!」
 いくつものヤカンから熱湯を身体へと注がれ、半狂乱になってさつきが泣き叫び、海老のように激しく身体をのたうたせる。最初は不機嫌そうにしていた男の子たちも、その姿に興味を引かれたらしい。笑顔になって、どこからともなく掃除に使うデッキブラシを持ってくる。
 --へへっ、おれたちも混ぜろよ。
 --もうっ、現金なんだから……。
「ヒギッ、ギッ、ギイイィッ、アブっ、オブブブっ、やべでぇっ!!」
 熱湯を浴びせられ、ひりひりと痛む肌をデッキブラシで乱暴にこすられる。痛みが一気に倍増し、さつきが絶叫を放った。けらけらけらと笑い声が響き、水槽の底で熱湯に身体を半分漬けた状態のさつきがばしゃばしゃと音を立てて身体をのたうたせ、その身体を乱暴にデッキブラシがこする。所々の肌が破れ、血を流し始めてもおかまいなしだ。
 --そう言えば、ゴキブリ食べたのよね、この人。口の中もショードクしないと。
 --オッケー、まかせときなって。
 女の子の呟きに男の子が応じ、するりと水槽の壁を擦りぬけた数人の男の子たちが再びさつきの顎を掴んで強引に開かせた。さつきがくぐもった叫びを上げる。その大きく開かれた口の中へと、ヤカンから勢いよく熱湯が注がれた。
「ムグウウウゥッ! ムガアアアアアアアァッ! ウグッアアアアアアァッ!!」
 口の中を焼かれ、びくんびくんと腰を突きあげるように身体を痙攣させるさつき。後から後から注がれる熱湯に息が詰まり、しかたなしに飲み干すと喉から胃へと灼熱感が走る。顎を押さえられ、口の中を焼かれたせいでまともな悲鳴を上げることも出来ず、びくっびくっとさつきは身体を痙攣させた。
(死ぬ……死んじゃう……! 誰か、助けて……!)

「ちっ。穴の一つもみつかりゃしねーか。どんな結界でも、穴の一つぐらいは開いてるはずなんだが」
 ぐるり、と、旧校舎の周りを回りながら天の邪鬼は不機嫌そうに鼻を鳴らした。旧校舎の校門では、閉ざされた扉へとはじめがハンマーを叩きつけているが、結界を相手に物理的な攻撃は無意味だ。
「連中が飽きるまでは、絶対にオモチャは死んだり発狂したりしないって話なんだが……入り込めないんじゃ、かっさらって逃げて来るってわけにもいかねーなぁ」
 小さくもう一度鼻を鳴らすと、どんなに小さな穴も見逃すまいと天の邪鬼はゆっくりと旧校舎の周りをもう一度回り始めた。

「うあ……あぁ……」
 床の上にごろんと転がされ、さつきがうつろな呻き声を上げている。目は潰され、全身に酷い火傷を負い、普通ならとっくに死んでいるはずなのに、激痛に苛まれながら意識ははっきりとしていた。
 --じゃ、今度はこれで遊ぼうか?
 --って、ちょっと! ゴキブリの次はネズミなの!?
 --ま、ま、いいからいいから。今度は、見えなくなるわけだしさ。
(な、何……? これ以上、何をするつもりなの……?)
 聞こえてくる子供たちの声に、恐怖感がつのる。子供の小さな手が、さつきの股間に触れた。自分でもほとんど触れたことのない場所に手を伸ばされ、びくんと恐怖に身体が震える。悲鳴を上げたいのだが、口の中は熱湯によって焼けただれ、膨れ上がった舌は口の中一杯になっていてうまく声が出せない。毛皮に包まれた動くものが自分の股間に押し当てられ、普段は意識すらしない割れ目の中へと押し込まれる。
「ウグウアッ!?」
 股間で激痛が弾けた。ぐいぐいと狭い秘所の中へとネズミが押し込まれていく。ネズミの方も突然の事態に驚いてもがき、暴れているせいで、さつきの味わう苦痛はより大きくなっていた。
「フグアァッ、ムガッ、ムグウウゥッ!」
 破瓜の痛みと、柔らかな肉をネズミに引っ掻かれ、食い千切られる痛み。二つの痛みにさつきがくぐもった絶叫をあげながら床の上を転がりまわる。ネズミは既に全身をさつきの体内へと押し込まれており、唯一尻尾だけがひょろりとさつきの無残に押し広げられた血まみれの秘所から飛び出し、くねっているのが見えるだけだ。突然の事態に驚いているのはネズミの方も同じらしく、何とか外へ出ようともがき、周囲の肉を食い千切る。
「ヒガッ、ギャッ、ギヒッ、ヒッ、ヒギャッ、ギャッ、ガッ、グギギッ、アガッ」
 途切れ途切れの悲鳴を上げ、さつきが床の上をのたうちまわる。こだまする、子供たちの楽しそうな笑い声。ネズミが動くたびに激痛が弾け、ほとんど頭の中が痛みだけに支配されているさつきには、その笑い声を聞く余裕もない。ただひたすらに切れ切れの悲鳴を上げ、身体を痙攣させながら床の上を転がりまわっている。
「ヒャッ、ギヒャッ、ギギギッ、ギイッ! アギギッ、ヒャガッ、ヒャッ、ギィギャアアァッッ!!」
 --ねーねー、もう一匹いたよ、ネズミさん。これも入れてもいいかなぁ?
 --おっ、いいねぇ。どれどれ……。
「アギャアアァッ! ギッ! じっぬっ! アガアアアァッ!!」
 めりめりめりっと、更に大きく秘所を引き裂いて二匹目のネズミが押し込まれた。倍増、いや、それ以上に大きくなった痛みにさつきが濁った悲鳴を上げ、よりいっそう激しく床の上を転がりまわる。床の上に散らばった割れたガラスの破片や、床から飛び出した釘、割れてささくれだった板などの上を転がりまわるせいであちこちの肌が裂け、血まみれになっている。もっとも、その痛みから逃れようと身体を動かせば別の場所に新たな傷が生まれることになるのだから、これはもうどうにも逃れようがない。
「メギッ、デッ、ダッ、ベベッ、ギギャッ、アヒャッ、ジヌ、アギャギャッ、ジンジャ、アギャウゥッ!!」
 大きく飛び出した釘に腹を裂かれ、内臓を引っ掻けたまま更にさつきが床の上をのたうつ。ずるり、と、裂けた腹から内臓が引っ張り出された。絶叫と共に血を吐き出し、さつきが身悶える。身体のあちこちにガラスの破片が突き刺さり、きらきらと光を反射して光っていた。あちこちの肌を引き裂かれ、血にまみれながら絶叫をあげて床の上をのたうちまわるさつき。その姿を眺めて男の子たちが手を叩いて笑い、最初は顔をしかめていた女の子たちもくすくすと笑いを漏らす。
 --おっ、三匹目ゲットだぜ!
 --おっしゃ。って、もう入らないかなぁ? 狭いし。じゃ、こっちにしよっか。
「グギャギベアガジブギャギヒャベガアギィギャアアアアアア!!」
 三匹目のネズミは、釘で引き裂かれた腹の中へと押し込まれた。激痛に錯乱気味のわけの分からない絶叫を上げるさつき。内臓の中をネズミがごそごそと動きまわり、手辺り次第に噛みつきまくる。ごぼごぼと口から血をあふれさせながら、さつきは床の上をのたうちまわりつづけた。
(助けて……死んじゃう……誰か、助けてぇっ!)
 全身を苛む激痛に半狂乱になりながら、さつきがうまく動かない口から絶叫を漏らす。楽しそうな子供たちの笑い声が響き、ネズミ探しをしていた何人かの男の子たちから新たなネズミを見つけたという声が上がる度にその笑いはいっそう大きくなった。
 四匹目のネズミは、同じく腹の中へ。五匹目のネズミは、肛門へ。
「アベベっ、ベギッ、ギャウゥッ、ヒッ、ギャ、ギャひイイぃっ!! ヒッギャギャッ、アギャウッ、アベベベベッ!!」
 身体を中から食い荒らされ、さつきは絶叫と鮮血を交互に口からあふれさせて床の上をのたうちまわった。子供たちが遊び飽きるまで、一時間以上の間ずっと……。
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