雑文集/ヨージの受難


「まさか、最初に調べた研究所に地下が有ったとはね」
「ごめんなさい、私がもっと早く思い出せていれば……」
 ヨージの呟きに、ノイ=明日香がすまなさそうにうつむく。少し慌てたようにヨージが振り返った。
「気にするな。まだ逃げられたと決まったもんじゃない。……それより、明日香。本当に、いいのか? 彼女たちは君の……」
「いいの。確かに昔の私は、シュライエントのノイだった。でも、今は……明日香だもの。ヨージの役に立ちたいの」
 ヨージの言葉を遮るようにして、明日香がそう言う。恋人同士だったヨージと明日香は、かつてある事件によって引き裂かれた。恋人を失ったヨージは法で裁けぬ悪を裁く白い狩人=ヴァイスの一員となり、そして、死んだと思われていた明日香と最悪の再会を果たしたのだ。明日香は人を不死にする研究を行っていたマッドサイエンティスト、雅史によって命を救われ、彼の忠実な秘書=ノイとして雅史の非道の行いを裁こうとしたヴァイスたちの前に立ち塞がったのである。
 結局、雅史はヨージたちヴァイスの手によって抹殺され、シュライエントを名乗る彼の四人の秘書たちは復讐を誓って姿を消した。そして、背骨を抜き取られた死体が次々に発見されるという怪事件を追っていたヨージたちヴァイスの前に、シュライエントたちは再び姿を現したのだ。両者の戦いの中でノイ=明日香は傷つき、捕らえられた。雅史によって受けた洗脳が解けたのか、ほとんどの記憶を失った状態で。
 彼女のことを疑うヴァイスの仲間たちと仲違いをしたヨージは彼女を連れて一人飛び出し、明日香の記憶を取り戻すべく、二人の思いでの場所をあちこち回ることにした。その途中で明日香がこの研究所のことを思い出したのだ。地下に本当の研究施設があり、そこで実験が行われているのだと。
 本来であれば仲間たちに連絡、合流する所なのだが、下手に時間をおいて相手に逃げられては元も子もないし、仲間たちとのいさかいがわだかまりとなっていることもあり、ヨージは単独で研究所に乗り込むことにしたのだった……。

「電源は、死んでいるのか……?」
 左手を壁に突き、明日香が懐中電灯で背後から照らす明かりを頼りに足を進めながらヨージが小さく呟く。無意識に彼が右手の指に歯を当てた時、通路の先が急に開けた。円形をしたかなり大きな空間へと足を踏みいれるヨージ。そこへ、不意に上からまばゆい光が浴びせられる。
「うっ……!?」
「ようこそ、色男さん。信じていた相手に裏切られ、罠にはめられた感想はどうかしら?」
 反射的に、サングラスで覆った目を更に腕でかばうようにしたヨージへと、あざけるような女の声がかけられる。鞭を手にした美女--シュライエントの一人、シェーンだ。
「きゃははははっ。パパをあんなにしちゃったお返し、たぁっぷりとしちゃうんだからっ」
 片手にうさぎのぬいぐるみ、もう一方の手に傘を持った少女が、子供っぽい声を上げる。彼女もまたシュライエントの一人で、名をトートという。
「罠、だと……? 明日香……!?」
「……私は、シュライエントのノイ。明日香などと、呼ぶな」
 目の辺りを完全に覆う、バイザー型のサングラスをかけたノイが、硬質な声でそう言う。絶句したヨージへと、ふんっと小さく鼻を鳴らすとノイが口元を歪める。
「まったく、過去の幻想をいつまでも引きずって、みっともないとは思わないのか? 明日香、明日香? 貴様にその名で呼ばれるたびに、どんなに私がムカついていたか。ちょっと芝居をしてやるだけでころっと騙されるんだから、救いようのない大馬鹿だよ、貴様は」
「嘘だっ! 明日香、頼むっ、思い出してくれっ!」
「私をその名で呼ぶなと言ったっ!」
 信じられないと言った表情を浮かべて叫ぶヨージへと、猛然とノイが襲いかかる。拳、抜き手、蹴り、次々と繰り出されるノイの攻撃に、ヨージは反撃できない。もちろん、ノイの攻撃が早いというのもあるのだが、それ以上に彼の心の中のためらいが大きい。
「くっ、やめろ、やめてくれっ、明日香っ!」
「まだそんなことを言ってるのかい? そらっ、私の相手もしておくれよ、色男さんっ」
 防戦一方のヨージへと、シェーンが鞭を繰り出す。左の手首に鞭が巻きつき、ヨージのガードをこじ開けた。そこへ、容赦のないノイの拳が振るわれる。
「がっ」
 胸に痛打を受けてヨージがよろける。左手首に巻きついた鞭がほどかれ、いったんシェーンの手元に引き戻される。
「きゃははっ、あたしもっ」
 無邪気な笑いをあげながら、トートが傘を構えてヨージに飛びかかる。傘の先端から飛び出した鋭い刺を、身をひねって髪一重でかわすヨージ。そこにノイの拳や蹴りが襲いかかり、ガードが間にあわないヨージの身体を痛めつける。シェーンが鞭を振るい、ヨージの背中を打ち据える。三対一と元々不利な所へ、ヨージの心の中にかつての恋人を攻撃することへのためらいがあるのだから、これでは勝ち目がまったくない。
「がっ。ぐうっ。ぐあっ。あ、明日香っ。ぐ、あっ」
 シェーンの鞭、トートの傘、そしてノイの拳や蹴り。その気になれば、彼女たちは簡単にヨージの命を絶つことが出来るだろう。ヨージは自分の武器であるダイバーウォッチに仕込んだワイヤーを使うとはせず、一方的に嬲られているのだから。一思いにとどめを刺さないのは、彼女たちが絶対の忠誠を捧げた相手、雅史を殺した憎い相手だからだ。簡単に息の根を止めるようなことはせず、散々いたぶって嬲り殺すつもりなのだ。シュライエントの最後の一人、リーダーでもあるヘルがこの場に姿を現さないのも、ヨージをいたぶるためのセッティングを別の部屋でしているからだ。
「そらそら、どうした? 反撃ぐらい、してみせたらどうだ? ヨージ」
「ぐあっ、あ、明日香……! がっ、ぐっ、た、頼む、思い出してくれ……っ」
 やつぎばやに繰りだされるノイの攻撃を、まともに食らいながらヨージがそう言う。不快そうに眉をひそめるノイ。シェーンの鞭やトートの傘の攻撃も加わり、ヨージは既にぼろぼろになっている。気合の声と共に繰り出されたノイの蹴りをまともに鳩尾に受け、くぐもった呻きを漏らしてヨージは前のめりに崩れ落ちた。

「うっ……」
 小さく呻いて、ヨージは目を開けた。目を射る強い照明の光。裸にされ、手術台のようなものに寝かされている。手足はベルトで拘束されているが、それ以前にまったく力が入らない。
「お目覚めのようね」
 冷たい声が上から降ってくる。視線を巡らしたヨージの視界に、白衣を身にまとった冷たい感じの美女の姿が飛び込んでくる。シュライントのヘルだ。
「あなたたちヴァイスは、私たちの愛する雅史の命を奪った。私たちは、決してあなたたたちを許さない」
「あ、明日香は、どこだ……?」
「私を、その名で呼ぶなと何度言わせるつもりだ? その名で呼ばれるたび、虫酸が走る。
 ヘル、最初は、私がやる。いいだろう?」
 ヘルとは反対の方向から、ノイの声が響く。首を捻ったヨージの視界に、薄く唇を歪めたノイと、彼女が手にしたメスが映る。
「明日香……!」
「学習能力がないのか? ふん、情けない」
 ヨージの呼び掛けに小さく鼻を鳴らし、ノイがすうっと彼の右腕にメスを走らせる。四角い切り込みを入れると、無造作にノイは彼の皮膚を剥ぎ取った。
「ぐっ、あっ、ぐううぅっ」
 皮を剥がれる痛みに、ヨージが呻く。薄く笑いを浮かべたまま、ノイは引き締まったヨージの胸へとメスを当てた。胸板の辺りに赤い四角が刻み込まれ、べりべりべりっとゆっくりと皮が引き剥がされていく。
「ぐああああああああぁっ! あ、明日香っ、頼む、思い出してくれっ。昔のことを……」
「しつこい男は、嫌われるわよぉ?」
 笑いながらそう言い、シェーンがスポイトで透明な液体をヨージの右腕、皮を剥がされて肉が露出した部分へと滴らす。じゅううううっと白い煙が上がり、ヨージの表情が苦痛に歪む。
「硫酸の味は、いかが? うふふふふっ」
「雅史を殺された恨み、たっぷりと味わってもらう」
「ぐあっ、あっ、がああぁっ! ぐうううっ、うぐっ、ぐあああああぁっ!」
 ノイがヨージの左腕に切り込みを入れ、皮を剥ぐ。シェーンが再び右腕の傷へと硫酸を滴らす。苦痛に激しく頭を左右に振り、叫ぶヨージ。しかし、首から下はぴくりとも動かない。
「筋弛緩剤をたっぷりと投与してあるから、動けないでしょう? トート、準備は出来た?」
「はぁい。んっと、これで、もっともっと痛くなるんだよねぇ?」
 ヘルの問いに、無邪気な笑顔でトートが薬液の満たされた注射器を渡す。小さく頷くと、ヘルは苦痛に呻くヨージの首筋へと注射器を突き刺し、中の薬液を注入した。
「これで、お前の痛覚は約十倍になる。だが、同時に別の薬も混ぜてあるからな。気絶や発狂は、出来ないと思え」
 薄く笑いながら、ヘルがそう告げる。もともと彼女たちシュライエントは雅史の秘書として様々な実験に参加してきた。薬の調合は慣れたものだ。
「雅史を殺され、私たちが味わった絶望……その何分の一かでも、思い知らせてやる」
「あ、明日香……ギャッ、ギャアアアアアアアアアァッ!!」
 ノイが、ヨージの太股へとメスを走らせ、皮を剥ぐ。ヘルの言葉通り、痛覚が鋭敏になっているのか、すさまじい激痛を感じてヨージが絶叫する。
「きゃははははっ。楽しいねぇ」
「ほらほら、もっと苦しんでちょうだい」
「ギッ、ギッヤアアアアアアアアアァッ! ギャアアアアアァッ! ギイイイイイィッ!!」
 シェーンとトートが左右の腕の傷へと硫酸を滴らす。白煙があがり、肉が溶ける。激痛に濁った絶叫を上げ、激しくヨージが頭を左右に振る。しかし、筋弛緩剤を投与されている身体はぴくりとも動かず、ノイがヨージのもう一方の太股の皮を剥ぐ作業には何の支障もない。
「まずは、両腕、両足の骨が露出するまで硫酸を滴らして上げるわ。気絶することも発狂することも許されず、もがき苦しむがいい」
 ヘルがそう宣告し、血の滴るメスを置いたノイと共に硫酸を満たしたスポイトを手に取る。両腕両足に刻まれた赤い四角。そこへと、ぽたぽたと硫酸が滴る。
「グギャアアアアアァッ! ギヒイイイイイィッ! ギャギャアアアアアァッ! グウギャアアアアアアァッ!!」
 どこかに硫酸が滴るたび、ヨージの口から弾かれたように絶叫があふれる。じゅうじゅうと硫酸が傷口の肉を灼き、溶かしていくが、何しろ滴らされる量が少ない。肉の溶ける量はいやになるほど少なく、ヘルが宣告したように骨が露出するまでには相当の時間が掛かりそうだ。しかし、シュライエントの四人にとって、それは問題ではなかった。その分、獲物の苦しむ時間が長くなるのだから……。

「ひゃ、ぎ……うあ……う」
 どれくらいの時間がたったのだろうか。硫酸を滴らされ、手足にぽっかりと無残な傷を穿たれたヨージに、既に時間の感覚はなくなっている。ヘルの言葉通り、途中で意識を失うようなことはなかったものの、激痛だけに頭が支配され、何も考えられなかった時間が過ぎ去り、ヨージが弱々しく呻く。ひくっ、ひくっと身体を痙攣させている彼のことを見下ろしながら、シュライエントの四人が薄く笑う。
「まだよ、まだ足りない。あなたには、もっと苦しんでもらうわ」
 ヘルがそう言い、他の三人に向かって小さく頷く。四人の手にした尖った針が、いっせいにヨージの身体に突き立てられた。
「ギャアアアアァッ!」
 ヨージの口から絶叫があふれる。手首とふくらはぎに四本の針を突き立てられ、ヨージがびくびくっと身体を痙攣させた。筋弛緩剤の効果が、だいぶ弱くなっているらしい。突き立てられた針へと電線が繋げられる。
「特製の強心剤も注射してあげるわ。これから、普通の人間なら即死するぐらいの電気をあなたに流してあげる。でも、この注射をすれば、死なないで済むのよ。うふふ」
 ヘルがそう言いながらヨージに注射をする。注射針の痛みですら激痛を感じるのか、ヨージが苦痛の声を上げるが、もちろんおかまいなしだ。薬液がヨージの身体に入ったのを確認すると、ヘルは機械のスイッチを入れた。
「GUGYAAAAAAAAAAAAAA!!」
 高電圧のショックにヨージの身体が弓なりに反りかえる。手首と足首を拘束するベルトを引き千切らんばかりに反りかえり、ぶるぶると激しく身体を痙攣させる。泡を噴き、半ば白目を剥きながらも、注射された薬のせいでヨージの意識は途切れず、心臓も止まらない。
 ヘルが機械のスイッチを切る。どさっと重い音を立てて手術台の上に落ちたヨージの身体から、うっすらと煙が上がる。荒い息を吐くヨージの姿を楽しげに眺め、ヘルが再びスイッチを入れた。
「GUGYABYAAAAAAAAAA!!」
 ヨージの身体が跳ねる。弓なりにのけぞり、大量の泡を噴きながら絶叫を上げるヨージの姿を楽しげにシュライエントの四人が眺める。機械のスイッチが切られ、電気ショックから解放されたヨージが荒い息をつく。朦朧とする意識がややはっきりとした頃を見計らい、再度の通電。
「簡単には、殺さないわ。雅史の恨みを晴らすまでは……」
 弓なりにのけぞり、激しく身体を痙攣させて絶叫するヨージの姿を眺めながら、ヘルが小さく呟き、他の三人も頷いた。

「ふわぁ……おはよ。ヨージくん、まだ帰ってきてないの?」
 目をこすりながらヴァイスのメンバーの一人、オミがそう問いかける。ひょいっと軽く肩をすくめると同じくヴァイスのメンバーの一人、ケンが椅子の背もたれに体重を預けた。
「音沙汰なしさ。ったく、あの野郎、人の顔思いっきり殴りやがって」
「昨日のあれは、ケンくんも悪いと思うけどなぁ」
「けどなぁ、あいつはシュライエントなんだぜ? 罠だったら、どうすんだよ?」
 明日香にこだわるヨージに対し、罠の可能性をケンが指摘したのは昨晩のことだ。その台詞を聞いた途端、ヨージはケンを殴り倒して飛び出していってしまった。ふてくされたようにそう言うケンに向かって、アヤが僅かに眉をしかめる。
「確かに危険だとは、僕も思うんだ。でも、それは僕らが気を付けてあげれば済むことでしょ? わざわざ、ヨージくんにあんなこと、言わなくても良かったと思うけどなぁ」
「ふん」
 小さく鼻を鳴らし、すねたような表情になってケンが沈黙する。二人ともまだ、この時点ではそれほど大きく心配はしていなかった。そのことを、二人はしばらくして後悔することになる。

「うぎゃっ、ぎゃっ、ぎゃびいいいいぃっ! ぐぎゃあああああぁっ!!」
「きゃははははっ」
 腹を縦に大きく裂かれ、内臓を露出させたヨージが絶叫する。その声を無邪気な笑いを浮かべて聞きながら、トートはスポイトで硫酸を滴らした。内臓を硫酸で灼かれ、ヨージが絶叫する。
「うぐぐぐぐ……。がっ、はっ。こ、殺せ……!」
「ダメだよぉ。あなたたちはパパを酷い目に合わせたんだもん。もっともっと、苦しんでもらわなきゃ」
 激痛に喘ぎながら、トートのことをにらむヨージ。けらけらと無邪気な笑い声を上げ、トートがスポイトでむき出しのヨージの内臓へと硫酸を滴らせる。
「ギャアアアアアアアアアアアアアァッ!!」
 ヨージの絶叫が、響き渡る。びくっ、びくっと身体を痙攣させているヨージの姿を楽しそうな笑顔で眺め、トートが更に硫酸を滴らす。じゅうっと白い煙が上がり、ヨージの口から絶叫があふれた。

「まだ、連絡はないのか?」
「全然。ねぇ、何か、まずいんじゃない? ヨージ、敵に捕まってたりとか、しないよね?」
 夕方。不機嫌そうなアヤの問いに、オミが首を振って答える。不安そうな表情になってオミが続けた問いに、無言でアヤは眉をひそめた。

「まだよ、まだ死なせない。私たちの恨みは、この程度で晴れるほど軽くはない」
 内臓へと硫酸を浴びせられ、瀕死の状態のヨージへと輸血、点滴を行いながらヘルが小さくそう呟く。点滴が進むにつれ、ぼんやりと幕がかかったようになっていたヨージの瞳に光が戻っていく。以前雅史が研究していた『不老不死の薬』。ヨージに投与されているのはその試作品の一つだ。この薬には確かに命を保つ効果が有り、脳と心臓が破壊されない限りは死ぬことはない。しかし、副作用も大きく、使用していると身体がぼろぼろになり、強烈な激痛に苛まれるようになってしまう。しかも、数度使用しただけでもうこの薬なしでは生きていられなくなり、薬の効果が切れれば即死してしまうという代物だ。
「ぐ、あ……」
「効いてきたようね。それじゃ、ノイ」
 苦痛の呻きを漏らし、僅かにヨージが顔を上げる。その様子を見てヘルは壁際にたたずむノイのことを振りかえった。小さく頷いてノイが注射器を片手に手術台へと歩み寄る。
「気分はどう? ヨージ」
「ぐ、う……あ、明日香、思い、だしてくれ……」
「いいかげんしつこいな、お前も。私を明日香などと呼ぶなと、何度言わせるつもりだ? 貴様にその名で呼ばれるたびに、虫酸が走る」
 不快そうに眉をしかめ、ノイは注射器を持たない左手をヨージの顔へと伸ばした。
「私は、シュライエントのノイ。私は、私の愛する雅史を奪ったお前を許しはしない……」
「あ、明日香っ。ぐあああああああああぁっ!」
 かつての恋人が、自分以外への男への愛を口にするのを聞いてヨージが表情を歪める。その表情に僅かに口元を綻ばせ、つぷりとノイは左手の人差し指をヨージの右目へと突き刺さした。
「ぐあああああぁっ!」
「あっはっはっはっは。ほらほら、もっと悲鳴を上げてちょうだい」
「ぐあっ、あっ、ぐあああああああああぁっ!」
 ぐりぐりと目を掻きまわされ、ヨージが絶叫を上げて身体をのけぞらせる。しばらくそうやってヨージに悲鳴を上げさせると、ノイはぐりっとえぐるようにして漬れた眼球を掻き出した。ぽっかりと右目の部分に黒い穴を穿たれたヨージが弱々しく呻き、ぺろりと指を濡らす血を舐めとってノイが薄く笑う。
「さて……次はこれだ。貴様の大事な所に、硫酸を注射してやる。どんな悲鳴を聞かせてくれるかな?」
 右手に持った注射器を軽く掲げてみせながら、ノイが笑う。苦痛に喘いでいるヨージの下半身の方へと回り込むと、彼女は注射器の針を無造作に彼の睾丸へと突き立てた。
「ギイィッ!? がっ、ギャッ、ギャアアアアアアアアアァッ!!」
 全身を波だたせ、ヨージが濁った絶叫を上げる。ゆっくりとノイが注射器のシリンダーを押し込み、彼の睾丸へと硫酸を注入する。うっすらと白い煙をあげながら睾丸が灼き溶かされていき、残された目を精一杯に見開いてヨージが絶叫する。楽しそうに笑いながらノイがもう一方の睾丸にも注射器を突き立て、硫酸を注ぎ込む。
「ギャビャアアアアアアアァッ!! グギャッ、ギャッ、ギャアアアアアアアアァッ!!」
 倍増、いや、それ以上に増した激痛に、ヨージが絶叫を上げて身体をのたうたせる。ヘルが口元を綻ばせて見守る中、ノイは指でヨージの男根をつまみ、その先端、尿道へと針をすっと通した。激痛にのたうっているヨージの尿道へと、容赦なく硫酸が注ぎ込まれる。
「ビャアアアアアァッ!! ビャッ、ギャッ、グギャアアアッ! グウギャビャアアアアアアァッ!!」
 男の身体の中で最も敏感な部分を、硫酸で灼き溶かされる。その激痛にヨージがびくんびくんっと身体を痙攣させ、獣じみた絶叫を上げる。彼の狂乱する様を笑いを浮かべながら眺め、ノイは引き抜いた注射器を傍らの台の上に置いた。注ぎ込まれた硫酸によって内側からヨージの陰部が溶かされていく。白煙を上げ、徐々にその形を失っていく様子を見つめながら、ノイとヘルは薄く笑いを浮かべた。

「二日、か……」
「もう、駄目かも知れないな」
 壁にもたれかかり、腕を組んだアヤの呟きに、ケンが沈痛な表情で応じる。ばんっとパソコンを叩いて立ち上がったオミが二人へと叫んだ。
「二人とも、やめてよ! ヨージくんが、そんな簡単にやられる筈、ないよっ!」
「だが、あいつは冷静さを失っていた……シュライエントに捕らえられたのだとしたら、おそらくは、もう……」
 アヤの不吉な言葉に、声を失ってオミはその場に立ち尽くした……。

「ギヤッ、ギャッ、グギャアアアアアアアァッ!」
 手術台の上に拘束されたヨージが悲鳴を上げて身体をのたうたせる。万力でギリギリと彼の腕を締め上げ、骨を砕きながらシェーンが薄く笑う。薬によって痛覚を高められ、死ぬことも発狂することも許されず、ヨージは手術台の上でのたうっている。腕や足には硫酸によって溶かされた穴がいくつも開き、腹部はぱっくりと縦に裂かれて内臓を露出させている。股間に有る筈のものは溶かされて跡形もなく、腕や足も骨を砕かれておかしな方向に曲がっている。満身総い、という表現ですら生ぬるいといえそうな酷い状態だ。
「ギャアアアアアァッ! グギャッ、ギャビイイイィィッ!!」
 べきっと鈍い音が響いてヨージの腕がおかしな方向に曲がる。笑いながらシェーンがむき出しの彼の内臓へと硫酸を滴らせ、更なる絶叫を彼に上げさせる。
「まだだよ、まだ、この程度で殺しはしない」
「グウギャアアアアアアアァッ!」
 シェーンの宣告と共に硫酸が滴らされ、ヨージの絶叫が部屋の中へと響き渡る。

「オミ、まだ、特定できないのか?」
「うん……ごめん。数が多すぎて……くそっ、もう、四日もたつっていうのに」
 いらだちを隠そうともせず、オミが掌に拳を打ち付けた。

「うあ、あ、あが、グアアアアアァッ!」
 強引に開かされた口の中へとペンチをねじ込まれ、ヨージがくぐもった呻きを漏らす。僅かに唇の端を歪め、ヘルはペンチでヨージの奥歯を挟み込み、捻った。びくっ、びくっと身体を震わせてヨージが悲鳴を上げる。既に両目は潰され、鼻を削ぎ落とされた無残な状態だ。身体の方も同様に無残な状態で、どうしてまだ生きているのか疑問なほどの酷い状態だった。手足は何ヶ所も骨を砕かれておかしな方向にねじ曲がり、指先は爪をすべて剥がされた上で黒焦げになるまで焼かれている。全身の皮を剥がされ、無数とも言える硫酸で灼かれた跡や焼けた鉄を押しつけられた跡が刻み込まれている。内臓は露出し、幾度となく硫酸を滴らされたせいで半ばとろけ、原形を失っている。もちろん、既に機能してはいない。間断なく行われる栄養剤や試作の不死薬などの点滴と輸血、それによって辛うじて生かされている状態だ。
「オガアアアアァッ! ぐあ、あがががっ、アグガアアアアアアアァッ!!」
 ベキッ、ベキッと、歯が折り砕かれる。苦痛の声を上げてもがくヨージ。シュライエントの四人は交代で食事や睡眠を取っているが、責められるヨージの方は絶えることのない拷問を受けつづけていた。四日間に及ぶ連続した拷問に体力は既に限界をとっくに越え、意識も朦朧としている。だが、薬の効果が切れるまでは死ぬことも気絶することもできない。
「グアアアアアアアアアァッ!」
 最後の一本の歯を折り取られ、ヨージが絶叫した。

「なんで、何で見つからないんだよ!? もう、一週間だよ!? なんで……」
 オミがどんっとパソコンのモニターを叩く。くやしげに表情を歪める彼の表情が、はっとこわばった。突然、画面に浮かび出たシュライエントからのメール。それは、アヤの妹を条件にしたヴァイスへの挑戦状だった……。

「メールは送ったわ。あとしばらくすれば、彼らはここへやってくる」
 ヘルの言葉にシェーンとノイが無言で頷く。くるくると意味もなく身体を回転させながら、トートが無邪気な笑い声を上げた。
「きゃははははっ。もうすぐだねっ。もうすぐ、パパをあんなにしちゃった人たちに、フクシュウできるんだよねっ」
「ええ、トート。でも、その前に、歓迎の準備をしなくちゃね」
「私に、やらせて」
 笑顔でトートの言葉に応じるヘル。彼女へとそういうとノイがちらりと視線を手術台の上の物体へと向けた。いや、物体、というのは正確ではないか。薬の力によって辛うじて、とはいえ、まだそれ--ヨージは生きているのだから。ノイの言葉にヘルが頷き、シェーンが軽く肩をすくめて了承の意を現す。ゆっくりと手術台に歩み寄ったノイは、無造作にヨージの腹の傷へと腕を突っ込んだ。
「ギアッ! ギャッ、ビイィッ!」
 くぐもった悲鳴を上げてびくんっとヨージの身体が弱々しく跳ねる。頭に油をかけて燃やされたせいで、既に彼の頭は真っ黒に焦げている。他の部分も無残さでは大差なく、既に生きた人間の身体とは到底思えない状態だ。黒く焼けている部分、逆にじゅくじゅくと膿んでいる部分……誰がどう見ても死体としか思えないだろうし、しかも誰の死体かの判別もまず不可能だろう。しかし、まだヨージは生きており、意識も保っている。
「終わりにしてあげるわ、ヨージ」
「グギャアアアアアァッ! ギャブッ、ビャッ、ビギャアアアアアァッ!!」
 ノイがささやきかけ、更に深く腕を突きいれる。どくん、どくんと脈うつ心臓を掴み出され、ヨージが苦悶の絶叫を上げた。身体をのたうたせ、絶叫を上げる彼のことをいとおしそうとすら言えそうな表情で見つめると、ノイが両手で脈うつヨージの心臓を握り潰す。
「グウギャアアアアアアアアアァァ----ッ!!!」
 断末魔の絶叫、そして痙攣。飛び散った鮮血で顔を斑に染め、ノイがうっとりとしたような笑顔を浮かべる。
「雅史、私の愛する雅史……まずは一人、あなたを殺した男を殺したわ。他の連中も、同じように散々痛めつけてから殺してあげる。楽しみにしていて、愛する雅史……」
 かつての恋人の心臓を握り締めたまま、ノイは陶然とした表情でそう呟いた。

「なんだこりゃ……死体、か?」
 シュライエントの呼び出しに応じて訪れた研究所の一室。白い十字架に結び付けられたそれを目にしたケンが不愉快そうに眉をしかめてそう呟く。辛うじて人間の死体らしいということは見て取れるものの、既に原形をほとんどとどめておらず、一体誰の死体なのか到底判別できない状態だ。
「酷いことをする。これだけでも、裁きの理由としては充分すぎるな」
 同じように不愉快そうに眉をひそめて、アヤがそう呟く。同意するように頷いたオミの視線が、床に転がるダイバーウォッチに止まる。
「あっ! あれ、まさか、ヨージくんのじゃ……!?」
「何!?」
 オミの叫びに、ケンが慌てて十字架の根元の辺りに駆けより、ダイバーウォッチを拾い上げる。
「間違いない。ヨージのものだ」
「ということは、この死体は、ヨージか……!」
「そんな……っ! アヤくん、冗談でしょ!? こ、これが、ヨージくんだって言うの……!?」
 流石に動揺の表情を浮かべたアヤの言葉に、愕然としてオミが叫ぶ。彼が行方不明になってから既に一週間……覚悟を決めていたとはいえ、目の前にこんな惨殺体を見せられては動揺せずにはいられない。なおも何か言いかけたオミのことを遮るように、しゅっと部屋の扉が軽い音をたてて閉まった。同時に、しゅうううっと白い煙が室内へと噴射される。
「な、何……!?」
「しまった、ガスか……!」
「くっそぉ……!」
 ヴァイスの三人の呻くような声が響き、どさどさっと人の倒れる重い音が連続して響く。麻酔ガスを吸って昏倒したヴァイスたちの姿をカメラごしに見つめ、シュライエントの四人は薄く笑った……。
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