ユフィの受難


 ウータイ出身の少女、ユフィ。彼女は自分のことをマテリアハンターと称している。自らの祖国であるウータイの誇りと独立を取り戻すべく、大量のマテリアを集めるために各地を放浪しているのだ。
 そして今、彼女はとある豪商の屋敷に忍び込んでいた。マテリアを大量に所持しているのは、軍隊か政府に反抗する地下組織、そして大商人の三者だ。軍隊などを相手に一人で喧嘩を売るほど彼女は無謀ではないから、必然的に彼女がマテリアを効率よく集めようとすれば商人の屋敷に忍び込んで盗み出す、という手段に頼ることになる。
「へへっ、あるある。随分と溜め込んでんじゃん」
 数々の罠を潜り抜け、倉庫に侵入を果たしたユフィが満面の笑みを浮かべる。頑丈そうな鉄の箱に収められた、大量のマテリア。ひゅうっと小さく口笛を吹くと、ユフィは箱に収められたマテリアを手早く持ってきた袋に移し変えていった。属性毎に様々な色を持つマテリアが、あっというまにユフィの持つ袋の中に吸い込まれていく。
「大漁、大漁っと。さて、それじゃ、ずらかりますか」
 膨れ上がった袋を肩に担ぎ、足取りも軽くユフィが歩き始める。マテリアは見かけよりもだいぶ軽いから、動きの妨げにはほとんどならない。ほとんどスキップでもしそうなうきうきとした足取りで、音もなくユフィが影から影へと滑るように移動していく。
 しかし、予想外の収穫に、気が緩んでいたのだろうか。廊下の角を曲がった瞬間、足元に微かに違和感を感じてユフィが足を止めた。ほんの僅か、床が沈み込んでいる。へ? と、一瞬間の抜けた表情を浮かべた彼女の耳に、たちまち響き渡った耳ざわりな警報の音が届いた。
「やっば~。みつかっちゃった?」
 左手で口元を押さえながらそう呟くと、ユフィは脱兎のごとく駆け出した。来た道をそのまま、全速力で駆け戻る。いくつめかの廊下の角を曲がった時、警報を聞きつけた走ってきた警備員らしき男と彼女はばったりと出くわした。一瞬驚愕で動きを止めた相手の股間へと、ユフィが容赦のない蹴りを放つ。その痛みを知らないからこそ出来る芸当だろう。急所を痛打された不幸な警備員は、口から泡を吹いてその場へと悶絶した。ぴくぴくと身体を痙攣させている警備員には目もくれず、ユフィは更に速度を増して走っていった。侵入口に使った窓から、庭へと飛び出す。
「居たぞ、あっちだ!」「逃がすなっ!」「待て~っ!」
「待てといわれて、待つ馬鹿なんて居ないよっ」
 警報を聞きつけて飛び出してきた何人もの男たちが、口々に叫んでいる。殺気だった男たちが四方から殺到してくるのを走りながら横目で観察しつつ、ユフィがそう呟く。彼女の口元には、まだ余裕の笑みが浮かんでいた。何といっても、動きの早さには自信がある。ごろつきに毛が生えた程度の警備員など、何人居たところで突破する自信はあった。
「手薄な所は、っと、あっちかな?」
 すばやく周囲に視線を走らせてそう呟くと、ユフィは連係の取れていない警備員たちの穴だらけの包囲網から逃げ出すべく、手薄な方向へと駆け出した。無駄だらけの動きで棒を振りまわす男の攻撃に軽く身を屈めるだけで空を切らせ、大振りのためにバランスを崩した男の足を払って転倒させる。倒れ込んだ男の腹を踏みつけていったのは、まぁ、おまけのようなものだ。ぐえっと蛙が潰されたような呻きを上げて白目を剥いた男へとぺろりと舌を出すユフィ。彼女の逃げ道を塞ぐ位置に居る相手は、あと一人。
「わわっ、来るなっ、来るなってばっ」
 両手で棒を構えたまま、動揺の声をあげるまだ若い--まぁ、ユフィよりは年上だろうが--男の前にまっすぐに突っ込み、ユフィがとんっと大地を蹴った。飛び上がった勢いのまま相手の頭を踏みつけ、更に高く飛ぶ。にっと、彼女の口元に笑みが浮かんだその瞬間。軽い風切り音と共に彼女の足首に何かが巻きついた。
「えっ!?」
 ぐいっと急に足首を引かれ、空中でバランスを崩したユフィが動揺の声を上げる。とっさに身をひねり、落下の衝撃を最小限に押さえた彼女の視線が、自分の足首に巻きついた鞭に吸いつけられた。あっさりと飛び越えた筈の若い男の左手へと、その鞭は続いている。
「あたた、まさか、頭を踏まれるとは思わなかったなぁ。あなたみたいなすばしっこい人は、油断でもしてもらわないと捕まえられないと思ったんですけど、ちょっとびっくりしました」
 人懐っこそうな笑みを浮かべつつ、男がそう言う。くるん、と、彼の右手の中で棒が回り、先端がどすっとユフィの腹へと突き込まれた。
「あぐっ、げほげほげほっ……」
「あ、痛かったですか? すいません、一撃で、気を失ってもらう予定だったんですけど……」
「あ、あんた、ねぇ……ぐっ!」
 鳩尾の辺りを強く突かれ、身を折って咳き込むユフィへと、済まなさそうな口調で男が声をかける。涙のにじんだ目で彼のことを見やり、文句を言おうとしたユフィのこめかみの辺りを、横薙ぎに振るわれた棒が直撃した。掠れた小さな呻きを漏らし、今度こそ意識を失ったユフィの身体が地面の上にぐったりと倒れ込む。軽く肩をすくめ、男は集まってきた警備員たちに指示を出し始めた。若く、頼りなさそうな外見の彼だが、実は警備隊長の地位に有るのだ。実力で。
「マテリアハンター、ね。だとすると、今までにずいぶんと溜め込んでるんだろうな」
 警備員たちの手によって運ばれていくユフィの姿を眺めながら、彼は小さくそう呟いた。

「うっ、ううぅ……。え? な、何これ!?」
 小さく呻いて目を開けたユフィが、動揺の声を上げる。大人の腰の高さほどの台の上に、彼女は大の字に磔にされていた。手首、足首が頑丈そうな幅広の革ベルトで拘束されている。服を脱がされていないのが不幸中の幸い、というところか。もっとも、動きやすさを最優先させているせいでノースリーブのタンクトップにホットパンツと、元々かなり露出度の高い服装だが。
「あ、目が覚めましたか。良かった、なかなか目を覚まさないから、力を入れすぎて永眠させちゃったかと思いましたよ。あはははは。
 あ、そうそう、自己紹介がまだでしたね。僕はファーン。一応、このお屋敷で警備隊長をやってます。えっと、マテリアハンターの、ユフィさん、ですよね? あなたは」
 どこかずれた調子で、そう言ってくる男の方をじろりとユフィがにらみつけた。ははは、と、乾いた笑いを上げるとファーンと名乗った男が真上からユフィの顔を覗き込む。
「そんなに、怖い顔をしないでくださいよ。あなたが素直に話を聞いてくれれば、手荒な真似をするつもりなんてないんですから。ね?」
「……何が、望みなの?」
 ふいっと顔を背けて、ユフィがそう問いかける。ポリポリと頬の辺りを掻きながら、ファーンが視線を宙にさまよわせた。
「えっと、ですね。あなたが今までに集めたマテリアを、提供してもらいたいんですよ。随分な数になるんでしょう?」
「冗談! アタシがどれだけ苦労して集めたと思ってんの? 渡せって言われてはいどうぞ、なんて、言うはずないでしょ!?」
「あー……そうですよねぇ。でも、お気持ちは分かりますけど、強情を張るのは良くないですよ、ユフィさん。ほら、とりあえず今のところ、あなたには自分の身を守ることさえ困難な状況なわけですし。生命あってのものだねって、言うでしょう?」
 ユフィのことを案じているような口調でそう言いながら、ファーンの右手が腰からナイフを引き抜き、くるりと半回転させてユフィの顔のすぐ横へとどすっと突き立てる。僅かに頬を青ざめさせ、自分の顔が映るナイフの刀身をユフィが横目で見やった。
「ア、アタシのことを、殺すつもり……?」
「いえいえ、殺してしまっては、あなたの隠したマテリアの在りかが分からなくなってしまいますから。僕は、女性を傷つけるようなことは嫌いなんですよ。だから、ユフィさんには素直に場所をしゃべって欲しいなぁ、なんて思うんですけど、どうです? その方が、お互いのためになるとは思いませんか?」
 どこか状況とずれた穏やかな口調でファーンがそう言う。そういう間にも、彼の右手は台に突き刺さったナイフをいったん引き抜き、ユフィの耳をかすめるような位置に再び突き立て直していた。
「い、言ってることと、やってることが、バラバラじゃないの!」
「ああ、よく言われるんですよねぇ、それ。僕の中では、矛盾はしないんですけどね。女性が傷ついて、泣き叫ぶような姿を見たくないってのは、本当なんですよ。けど、ユフィさんに素直にしゃべる気がないって言うんなら、しかたないから拷問させてもらいますね」
 ファーンの言葉に、ユフィは思わずぎゅっと目を閉じた。あのナイフで身体を切り刻まれるのか、と、想像して恐怖に身体が震え、全身に冷たい汗が浮かぶ。
 しかし、ユフィの想像に反して、ファーンはナイフを腰の鞘に戻してしまった。代わりに、左手を伸ばしてユフィの鼻をつまみつつ、右手で側の椅子の上に置いてあった皿を台の上に移動させる。皿の上には、薄切りにされた肉が山と積まれていた。
「ふぁ、ふぁに? むぐっ!?」
 いきなり鼻をつままれたユフィが、動揺の声を上げて目と口とを開く。ファーンの右手がすばやく皿の上から薄切りの肉を一枚つまみ上げ、開かれたユフィの口の中に放り込んだ。突然のことに目を白黒させつつ、ユフィが放り込まれた肉を口から吐き出した。
「ああ、もったいない。結構いい肉なんですよ、これ。庶民が気軽に食べられるような肉じゃないのに……はい、今度は吐き出さないでくださいね」
「な、何がしたいのよ、一体……むぐっ。んぐんぐんぐ……あ、ホント、美味しい」
 ファーンの行動に戸惑いの声を上げるユフィ。だが、その口にファーンの手によって再び肉が押し込まれる。しかたなしに押し込まれた肉を噛み締めたユフィが、思わず、といった感じの呟きを漏らす。軽く笑いを浮かべて、ファーンが二枚目の肉をユフィの口に入れた。今度は吐き出そうとはせずに、おとなしく口に入れられた肉を噛み、食べるユフィ。相手が何を考えているのかは知らないが、美味しい肉を食べさせてもらうというのは痛い目にあわされるよりもずっとましだ。少なくとも、この時点ではユフィはそう考えていた。ユフィの口に肉が入れられ、ユフィがそれを食べる、という行為が、淡々と繰り返される。
 最初はむしろ喜んで食べていたユフィだが、次第に口を動かすペースがゆっくりになってくる。どんなに美味しいといっても、量が多くなれば飽きるし、第一おなかが一杯の時には何を食べても美味しくは感じない。空腹は最大の調味料、そして、満腹に旨いものなし、である。
「うっ、うぷっ。も、もう、限界。これ以上、食べらんないよ……おなか、一杯だもん」
 何十枚めかの肉が口元に持ってこられた時、ついにそう呻くように呟いてユフィが顔を背けた。むき出しの腹がぽっこりと膨れ上がっている。皿の上に山と積まれていた肉は、三分の二ほどが彼女の胃の中に姿を消していたが、逆に言えばまだ三分の一程度が残っている状態だった。
「残したら、もったいないでしょう? ちゃんと、全部食べてくださいね」
「無、無理だって……もう吐きそう、なんだから……」
 食べ過ぎによる吐き気。むかむかとする胸焼けに顔を歪め、ユフィが力なくそう呟いて口元に持ってこられた肉から顔を背ける。きつく口元を食い縛っているユフィの姿に、軽く溜め息をつくとファーンが左手を伸ばしてユフィの鼻をクリップのようなもので挟み込んだ。鼻で息が出来なくなり、顔を真っ赤に染めたユフィがついに口を開く。その中へと肉を放り込むと、すばやくファーンが左手の掌で彼女の口元を覆い、吐き出せないようにする。口の中に肉の味が広がった途端、吐き気が込み上げてくるのを感じてユフィが身体を震わせた。
「むっ、むううぅっ。あぶっ!? うぶぶぶぶぶ……」
 ファーンが右手で水差しを掴み、ユフィの口元を覆っていた左手を外すと同時に口の中へと水を注ぎ込んだ。口を閉ざそうとするユフィよりも早く彼の左手が動き、顎の付け根の辺りの関節を押さえて口を閉じられないようにする。結果、開いた口の中に水を注がれることになり、ユフィはしかたなしに口の中の肉ごと水を飲み込んだ。鼻をふさがれている以上、息をするためには口を使うしかなく、後から後から注がれる水を飲み干すしかないのだ。
「げほっ、げほげほげほっ。……むぐっ、ごぼがぼごぼ……」
 水が注がれるのが止まった途端、激しく咳き込みつつ空気を貪るユフィ。その僅かな間にファーンの両手がすばやく動き、右手の水差しに樽から水を汲み上げ、左手で肉をつまむ。空気を貪るために喘いでいるユフィの口の中に肉が放り込まれ、間髪を入れずに水差しが傾けられた。肉を放り込んだ左手はそのままユフィの顎にかかり、彼女が顔を背けたり口を閉じたりするのを阻害する。肉と水とを吐き出すことも出来ず、懸命にユフィは注がれる水ごと肉を飲み込んだ。噛み砕かれない肉が食道に詰まりかけるが、後から後から注がれる水に押し流され、痛みと共に胃の方へと移動していく。
「げほげほげほっ。やめ……むぐうぅっ、ごぶっ、ごぼぼぶぼ……」
 強引に肉と水とを流し込まれる苦しさに、激しく咳き込みながらユフィが哀願の声を上げかける。だが、ファーンの両手の動きは驚くほど早く、哀願の言葉を言い終えるどころか息を整える暇もなく次の肉と水とがユフィの口に入れられていた。びくっびくっと身体を跳ねさせながら、ユフィが窒息の苦しさと恐怖、喉を通過していく痛みに翻弄されながら水を飲み込まされていく。水を注がれている間は水を飲み込むのに精一杯だし、やっと水を飲み込み終えれば今まで息が出来なかった反動で激しく咳き込みながら本能的に喘ぎ、空気を貪ることしかできない。その間に新たな肉と水とが用意され、息を整える暇すら与えずに再びユフィの口に肉が放り込まれ水が注がれる。

「あ……う……けほっ。うっ、ううぅ……けふっ」
 ユフィには永遠とも思える時間が過ぎ、ついに皿の上に積まれた肉がすべて無くなった。大量の肉と、それ以上に大量の水を飲み込まされたユフィの腹は、妊婦を思わせるほど大きく膨れ上がっている。半ばうつろになりかけた視線を力なく宙にさまよわせ、弱々しく呻くユフィ。けれど、まだ終わったわけではなかったのだ。力なく開かれたユフィの口の中へと、ファーンが細い管を押し込んだ。
「あがっ。が、げ、ぐ、ぐががっ」
 管が喉の奥を突く。痛みと喉の奥を刺激されたことによる吐き気に、ユフィがびくびくっと身体を跳ねさせ、くぐもった悲鳴を上げた。食道の半ば近くまで管を強引に押し込むと、ファーンが管の反対側の繋がった機械を操作した。ぶうんっと微かな音が響き、機械が地下水を汲み上げて管へと送り始める。
「おがあぁっ。うぶぶっ、げぼぶっ、ぶぼっ、ごぶごぼごぼごぼごぼ……」
 細い管の先端から水があふれ、ユフィが不明瞭な叫びを上げて身体を震わせた。水の大半は胃の方へと流れていくが、既に大量の水を飲み込まされた後である。到底全部は飲みきれず、逆流した水が口からあふれ出す。びくんっ、びくんっ、と、大きく身体を跳ねさせながら、目を大きく見開いてユフィが顔を左右に振った。もちろん、そんなことでは喉の奥深くまで差し込まれた管は抜けてくれない。
 ユフィが窒息する寸前まで水を送り込むとファーンがいったん機械を停止させる。ひくひくと身体を痙攣させつつ、ユフィは生存本能にしたがって懸命に空気を貪った。ある程度息が出来たのを確認し、再びファーンが機械を作動させる。
「おぶぶぶぶっ、ぶばっ、ごぶぶぶぶ……」
 無理矢理流し込まれる水が、胃から腸へと流れ込み、更にユフィの腹を膨れさせる。息が続かなくなり、窒息する寸前まで水を流し込んでは止め、僅かに息をついたところで再び水を流し込む、そんな作業が更に数度、くりかえされた。大量の水にはちきれんばかりにユフィの腹が膨れ上がる。半ば白目を剥きかけた彼女の口からファーンが管を引き抜くと、ごぼごぼと口から水があふれ出す。
「く、苦しい……死んじゃう……けふっ」
 はちきれんばかりに膨れ上がった腹の痛み、更に、横隔膜が圧迫されることで呼吸も困難だ。弱々しい呻きを漏らすユフィの顔を覗き込みつつ、小さく笑いを浮かべるとファーンは台の上に登った。
「苦しいですか? では、水を吐き出させてあげますよ」
「ぎっ!? あがああああああああああぁっ!!」
 ファーンの右足が、大きく膨れ上がったユフィの腹にかかり、踏みにじる。目を大きく見開き、ユフィが絶叫を放った。絶叫と共に大量の水が噴水のように大きく開かれた口から吹き出す。
「ほら、これで少しは楽になったでしょう。マテリアの隠し場所も話しやすくなったと思うんですけど、どうです?」
「話す……話すから、やめて……。うぶっ、マ、マテリア、は、森の三本杉の、げほっ、根元に、埋めてある……ううぅっ」
 さっきまでよりはだいぶ小さくなったとはいえ、まだまだ大きく膨れ上がったままの腹を踏みにじられ、ユフィが水を吐きながら懸命に言葉を紡ぐ。ふむ、と、小さく頷くとファーンは扉の外へと声をかけ、警備員たちに場所を指示した。
「嘘じゃないですよね? 嘘をついていたら、もっと酷い目にあわされるって事ぐらい、もう分かってる筈ですもんね」
「げふっ、げぼがぼごぼっ。……う、嘘じゃないっ、やめてぇっ。うぶうっ」
 更に腹を踏みにじられ、水と共に悲痛な叫びを吐き出すユフィ。軽く肩をすくめると、ファーンは台の上から飛び降りた。けふっ、けふっと咳き込みながらユフィが涙目になって彼の方へと視線を向ける。
「ね、ねぇ、お願いだから、もうアタシを解放してよ……苦しくって、死にそう」
「まだ駄目ですよ。あなたが嘘をついていないっていう保証は、ないでしょう? まぁ、森の三本杉ならここから往復しても30分ぐらいですから、もうしばらくそのままで居てください。喉が渇いたり、お腹が空いたりしたら、いってくださいね。用意しますから」
「いらない……」
 膨れ上がった腹を大きく上下させ、ユフィがそう呟く。軽く肩をすくめると、ファーンは椅子に腰を降ろして頬杖をつき、ユフィの姿を眺めた。
「苦しそうですね。お腹を押して水を吐き出させてあげましょうか?」
「やっ、やだっ、やめてっ」
「そうですか……? まぁ、無理にとは言いませんけど」
 軽く首を傾げてそう呟くと、そのままファーンは沈黙した。苦しげに呼吸をしながら、ユフィも沈黙する。
 やがて、ファーンの指示に従って出ていった警備員たちが戻ってきた。大き目の机ほどもある鉄の箱を台車に乗せて押してくる。その箱の前に立ったファーンが首を傾げた。
「ふぅん、ナンバー式の鍵ですか。番号は、何です?」
「……23216695」
「素直なのは、いいことですね。23216695、と」
 ファーンが番号を打ち込むと、カチっと小さな音を立てて鍵が外れる。箱の中にぎっしりと詰まったマテリアの輝きに、おおっと警備員たちの間から感嘆の声が漏れた。少し悔しそうな響きをにじませて、ユフィがファーンに声をかける。
「嘘じゃ、なかったでしょ? ね、もう、アタシに用はないんでしょ? これ、外してよ」
「ええ、確かに嘘じゃありませんでしたね。それじゃ、ちょっと面白いものをお目にかけましょうか」
 ばたんと鉄箱の蓋を閉じると、悪戯っぽい表情を浮かべてファーンがそう言う。怪訝そうな表情を浮かべたユフィの目が、はっと見開かれた。ファーンが水差しに樽から水を汲み上げたせいだ。大量の水を飲み込まされた苦しさが脳裏によみがえる。今だって、妊婦を思わせるような膨れ上がった腹をしていて、ひどく苦しんでいる最中なのだ。忘れられる筈がない。
 がちがちと歯を鳴らすユフィの方へと一瞬苦笑を向けると、ファーンは水差しを鉄箱の上に置いた。ポケットを探り、黒っぽい塊を取り出す。大きさは、小指の先ぐらいか。
「これを水に入れるとどうなるか……」
 ぽとんと水差しの中にその塊を放り込んでファーンがそう呟く。そのまま立ち位置を変え、ユフィの視線と水差しとの間を遮らないようにすると、ファーンが肩をすくめた。
「ま、見ててください」
 水差しの底に沈んだ黒い塊が、不意に震えた。ごぼっと気泡が上がり、小指の先程の大きさから握り拳ほどの大きさまで一気に膨れ上がる。目を見開いたユフィが凝視するが、それ以上の変化は起きない。ゆっくりと60を数えるぐらいの時間が過ぎ、ほっと、僅かにユフィが安堵の息を吐いた瞬間、再び気泡が上がった。今度は一気に大きくなるのではなく、じわじわと大きさを増していく。恐怖に震えるユフィの視線を受けながら、黒い塊は水差しを砕き、ついには大人の頭ほどもある大きさにまで膨れ上がった。
「面白いでしょう? で、こいつはもう一つ、有るんですよね」
「いっ、いやああああぁっ! やめてっ、やめてよっ。殺さないでっ」
 恐怖の絶叫を上げ、拘束から逃れようと身体をくねらせるユフィ。くくくっと小さく笑うと、ファーンは床の上に投げ出してあった管を拾い上げ、ユフィの元に歩み寄った。彼のめくばせを受けた警備員たちがユフィの顎を押さえ込み、こじ開ける。ふがっ、ふががっ、と、不明瞭な叫びを上げながら身悶えるユフィの口の中へと黒い塊が放り込まれ、管からあふれた水がそれをユフィの喉の奥へと流し込んだ。むがあああぁっ、と、恐怖と絶望に満ちた叫びをユフィが上げる。
「あなたを生かしておくと、これを取り返そうとするでしょうからね。それじゃ、僕はこれで。血を見るのは、好きじゃないんですよ」
「イヤアアアァッ、ヤダヤダヤダッ、助けてぇっ。おぐうぅっ!?」
 背を向けたファーンへと錯乱気味の叫びを投げかけるユフィ。びくんっとその身体が震え、首がのけぞった。腹の中へと流し込まれた塊が、拳大の大きさに膨れ上がったのだ。その分腹を膨らませ、かはっ、かはっと切れ切れの息を吐く。腹の内側から引き裂かれるような痛みが広がり、ユフィが泣き叫ぶ。警備員たちもファーンに従って部屋を出ていき、泣き叫ぶユフィだけが取り残された。
 そして、60を数えるだけの時間が過ぎた時。
 ユフィの腹の中で黒い塊は更に膨れ上がり始めた。メリメリッ、メリメリッと、目に見えてユフィの腹が膨れ上がっていく。ズボンのボタンが弾け、内側から押し出されてへそが飛び出す。(挿絵
「かはっ、が、ぐ、ぐるじい……お腹が、裂けちゃうぅ……あがあああっ!」
 目を見開き、大きく身体を弓なりに反らせてユフィが苦痛の声を上げる。びくっ、びくっと、弓なりに反った身体が痙攣する。開かれた口から水が押し出されてあふれ、言葉が不明瞭になる。
「げぶっ、がっ、あがああうぶぼ、うぶぶ、ごぼっ、ががががががっ」
 大きく膨れ上がった腹を震わせ、ユフィがくぐもった悲痛な叫びを上げる。そしてついに、限界を越えた。
「ぶぎゃあああああああぁっ!!」
 ユフィの口から絶叫と共に血と水とが吐き出される。べりっと内側から腹が裂け、水と共にズタズタに引き裂かれた内臓があふれ出した。人間の頭ほどもある黒い塊が顔を出し、ごろんと転がり出す。
 ひくひくと断末魔の痙攣をするユフィの口から、真っ赤に染まった水があふれ出し、まっぷたつに裂けた腹からあふれる水と共に床を赤く染めた……。
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