アイリス


「ひっく、ひっく……お兄ちゃん、助けてよぉ」
 洞窟をそのまま利用しているような、岩壁が剥き出しになった牢獄。天井から水滴が滴る音に混じって、幼いすすり泣きが響く。
 牢獄に囚われているのは、イリス・シャトーブリアン。まだ11歳という幼さだが、アイリスの愛称で呼ばれる帝国華撃団・花組のれっきとしたメンバーである。もっとも、敵の手に囚われた今は、幼さゆえの脆さを露呈してしまっている。
 からん、と、小石の転がる音が響く。はっと顔を上げたアイリスは、鉄格子の向こう側で微笑む女性の姿を認めて目を丸くする。
「サキお姉ちゃん……? 助けにきてくれたの……?」
「うふふ、ごめんなさいねぇ。影山サキは世を忍ぶための仮の名前なの。
 私の本当の名前は、黒鬼会五行衆が一人、水狐様さ」
 がらりと口調を変え、ばさりと服を脱ぎ捨てる。その下から現れたのは、妖艶な笑みを浮かべるアイリスの知らない女だ。びくっと怯えたように身をすくませるアイリスへと水狐が笑いかけた。
「さあ、囚われのお姫様。一緒に付いてきてくださいな」
「ヤ、ヤダッ、こないでっ」
 ずりずりと後ずさりしながらアイリスが拒絶の声を上げる。うふふと口元を笑いの形にしながら、けれど全然笑っていない瞳で水狐がアイリスのことを見つめる。
「あらあら、わがままを言うもんじゃないわよ。痛い目を見たくはないでしょ?」
 鉄格子を開け、牢獄の中に踏み込みながら水狐がそう言う。ますます怯えて後ずさるアイリスの背中がとんっと岩壁に当たった。小さく息を飲むアイリスへと水狐が腕を伸ばし、細い手首をまとめて握る。
「い、痛いっ……! ヤダッ、離してよぉっ」
「ほんと、うるさいお姫様、ねっ」
 アイリスの身体を引き上げ、強引に立たせながら水狐が目を細める。台詞の最後、ねっの部分で彼女の拳がアイリスの腹へと叩き込まれた。鳩尾(みぞおち)を殴られ、大きく目を見開いてアイリスがぐぅっと呻き、身体を震わせる。がっくりとうなだれ、気絶したアイリスの身体を水狐は抱え上げた。
「まったく、木喰の奴も何を考えているのかしらね……?」
 憮然とした表情でそうぼやくと、水狐はアイリスを抱えて牢獄を後にした。

「おうおう、すまなかったのぅ。使いだてしてしまって」
 研究室へとアイリスを連れてきた水狐に向かい、しわに埋もれた老人、五行衆の木喰もくじきが目を細めて何度も頷く。不機嫌そうにどさりと床の上にアイリスを放り出すと水狐が木喰のことをにらんだ。
「で? 何だってこんな小娘をさらってきたわけ? 花組の情報収集なら私がやってるし、やつらの戦力を削るのが目的ならわざわざ生かしたまま連れてくるなんて面倒な真似、しなくてもいいでしょう?」
 腰に手を当て、不機嫌そうに水狐がそう言う。花組の中に潜入して情報収集と後方撹乱を行うのが自分の任務だ。アイリスがさらわれたことと自分とを結び付ける線はないとはいえ、やりにくくなったのは間違いない。
 そんな水狐の思いに気付いているのかどうか、ふぉっふぉっふぉっといつもの調子で木喰が笑う。
「無論、研究のためじゃ。そんなことより、あまりここに長居するのはまずいのではないか? こやつがいなくなり、同時にお前の姿が見えぬとあっては疑われよう」
「ふ、ん。言われるまでもないわね。もちろん私はすぐに引き返すわ。この子のぬいぐるみを拾ったって言って、適当に見当違いの方向を探させとくから感謝しなさい」
「うむうむ。では、儂は研究を続けるとしよう」
 ねっとりと絡みつくような視線を失神しているアイリスへと向ける木喰。一瞬、嫌悪感をあらわにして水狐が部屋を後にする。

「う、うぅん……」
 くるしげに呻いてアイリスが目を開ける。自分が万歳をするような形で吊るされていることに気付いて、動揺の表情を浮かべて足をじたばたさせる。
「な、何これ!?」
「ふぉっふぉっふぉ、目が覚めたようじゃな」
 吊られたアイリスの前で木喰が不気味な笑い声を上げる。彼がトンっと床を杖の先で叩くと、がちゃがちゃと耳ざわりな音を立てて壁際に転がっていた不細工な木偶人形が立ちあがった。一応胴体から頭と手足が生えた人間型だが、足の長さは左右で違うし、極端に太く短い右腕に対して左腕はひょろ長く、肘の辺りで二股に別れているといういびつな姿をしている。しかも、右腕の先は指でなく五本の黒い鞭とも触手ともつかないものになっているし、左腕の肘から先の別れた腕の先端は片方が万力状、もう一方が刃物状になっていた。
「や、ヤダッ、何これ!?」
 左右の足の長さが違うため、よたよたと大きく左右に身体を揺すりながら自分の方へと近づいてくる木偶人形に、アイリスが悲鳴を上げる。空中でじたばたと足を暴れさせるが、身体が揺れるだけでもちろん何の効果もない。
 無言のまま--といっても、木偶人形の頭部はのっぺらぼうで目も鼻も口もないから、しゃべれるかどうか自体が疑問だが--アイリスのすぐそばまで近づいた木偶人形が、右腕を振り上げる。びしぃっという鞭の音、そしてそれに重なるような甲高いアイリスの悲鳴が響く。
「きゃああああああっ」
 フリルのたくさん付いたアイリスお気に入りのドレスがあちこちで裂ける。上下左右に木偶人形が右腕を振りまわし、五本の黒い鞭が何度も何度もアイリスの小さな身体を打ちのめす。
「きゃああっ、きゃ、あっ、きゃあああっ」
 びっ、びっと鞭の連打にアイリスの服が裂けていく。もちろん、服の下の肌も無事ではすまない。縦横に真っ赤なミミズ腫れが走り、あちこちで肌が破れて鮮血を滴らせる。
「ひっぐっ、い、痛いよぉ……」
 鞭の連打が止まり、アイリスががっくりとうなだれて嗚咽を漏らす。服は既にずたずたに引き裂かれ、ぼろ布のようになって幼い裸身にまとわりついているだけだ。白い肌を鮮血で染め、すすり泣く様は無残としかいいようがない。
「ふぅむ。やはり、まだこの程度では足りんか」
 左手で顎をなでながら、木喰がそう呟く。トンっとその杖の先端が床を叩いた。ぎしっぎしっと軋んだ音を立てて木偶人形が左腕を振り上げる。二股に分かれた二本の腕のうち、刃物状の腕はだらんと足れ下がったままで万力型をした腕がアイリスへと伸ばされた。
「やっ、ヤダヤダヤダッ」
 空中で足をばたばたさせ、アイリスが頭を左右に振る。結構高い位置で吊られて暴れるせいで、何回かアイリスの足が木偶人形の頭部に当たるが、まったくといっていいほど木偶人形は動じない。
「あっ、ヤダッ、離してっ。い、痛っ」
 木偶人形の腕がアイリスの右足をついに捕らえる。ぎりぎりぎりと万力がアイリスの脛を挟み込み、締め上げる。激痛にアイリスがのけぞった。何とか逃れようと、がんがんと自由な左足で木偶人形の頭を何度も蹴りつけるが、木偶人形は揺らぎすらしない。逆に、硬いものを蹴ったアイリスの足の方が痛くなるだけだ。
「いっ、痛い痛い痛いっ。やっ、やめてぇっ」
 強く締め上げられ、肉が漬れ、骨が軋む。アイリスが激痛に身をよじり、悲鳴を上げる。激しく頭を振っていたアイリスが、びくんと身体を反りかえらした。大きく目を見開き、絶叫を上げる。
「きゃあああああああああああっ」
 骨にヒビが入り、砕ける。それでも木偶人形は締め付けを弱めようとはしない。荒く砕けた骨が、更に細かく粉砕されていく。万力に挟まれた部分より下が、ぶらぶらと揺れた。
「ひっぐ、ひっぐ……。お、兄ちゃん……」
 がっくりとうなだれてすすり泣き、助けを求める呟きを漏らす。木偶人形の左腕が、今度はアイリスの左足の脛を挟み込んだ。ぎりぎりっと万力が締まり、アイリスの足を締め上げ始める。
「やぁっ、もう、ヤダァッ」
 アイリスが絶叫を上げる。ふわりと彼女の髪が逆立ち、バチッと火花を散らした。ぱりぱりっと、彼女の周辺で空気が帯電する。
 高い霊力を持つ彼女だが、幼さのせいか完全に制御できないという欠点を持つ。感情が高ぶると、霊力が暴走してしまうのだ。しわに半分埋もれた目をくわっと見開き、木喰が感嘆の声を上げる。
「おうおうおう、これは素晴らしい……!」
 ぶぅんと、低い音が部屋の中に響いた。吊られたアイリスを中心として、床に魔法陣が浮かびあがる。雷球という形で具現化したアイリスの霊力が、すうっと魔法陣に吸い込まれて消えた。えっと、一瞬アイリスが何が起きたか理解できずに目を丸くする。
「な、何で……? あっ、きゃああああっ、痛いぃっ」
 アイリスの霊力暴走をまったく気にかけずに木偶人形が彼女の足を締め上げる。ミシミシと骨が軋み、アイリスが激痛に身をよじった。ぱりっ、ぱりっと逆立った髪で火花が散るが、それ以上の反応は見せない。床で魔法陣が不気味に輝く。
「やはり儂の目に狂いはなかったわ。お主の霊力、黒鬼会のために全て捧げてもらおう」
「いやぁっ、ヤダッ、やめてぇっ。痛いっ、折れちゃうよぉっ」
 右脛を砕いた時よりもよっぽど時間を掛けて、ゆっくりと万力がアイリスの左脛を締め上げていく。みしっ、ぎしっと骨が軋み、アイリスが激痛に身をよじって泣き声を上げる。
「きゃあああああああっ」
 ひときわ高い、絶叫。圧力に耐えきれなくなったアイリスの脛の骨が砕ける。それでも木偶人形は締め付けを緩めるどころか更に締め上げ、細かく骨を粉砕していく。
 アイリスの両脛の骨を粉砕してしまうと、木偶人形が一歩後ろに下がった。するするするっとアイリスを吊るしているロープが下がり、彼女の足が床に付く。折れるどころか、粉々に砕かれた二本の足に体重がかかり、アイリスが悲鳴を上げて身悶えた。
 木偶人形が、身悶えるアイリスの右腕に万力を伸ばす。二の腕をがっちりと挟み込まれ、アイリスがひっと息を飲んで目を見開く。
「やめてっ。アイリス、もう、痛いのはやだよぉっ」
「ふぉっふぉっふぉ、ならば、全ての霊力を解放してみせるがいい。それさえいただければ、抜け殻となったお前なんぞに興味はないからのぉ」
 泣きながら哀願するアイリスへと、木喰が笑いながらそう答える。それに何か答えようとアイリスが口を開きかけるが、木偶人形に強く腕を締め上げられたせいでそこからあふれたのは悲鳴だった。
「い、痛いっ。ヤダヤダヤダッ、お兄ちゃ--んっ、助けてぇっ」
 耳のすぐ横で、きりきりと万力が締まる音が響く。錯覚かもしれないが、骨の軋む音さえ聞こえるようだ。ぱちっ、ぱちっと放電を起こし、髪を逆立ててアイリスが身悶える。以前、活動写真館を丸々一つ倒壊させたこともあるアイリスの霊力暴走だが、今は床に描かれた謎の魔法陣に全て霊力を吸い取られてしまっている。
「イッヤアアアアアアッ!!」
 びしっと、骨にヒビがはいる。最初は小さな亀裂だったそのヒビが、ぎりぎりと締め上げられて更に大きく広がる。やがて骨が大きく砕けていくつかの破片に分かれ、それでも止まらない締め上げに破片たちが更に細かく砕けて筋肉の中へと潜り込んでいく。
「ヒッ、ヒッ、ヒィッ。ヤメテェェェッ」
 両足と右腕で弾けた激痛に、全身に油汗を浮かべ、切れ切れの息を吐くアイリス。木偶人形の万力が残された最後の一本、左腕へと伸びるのを見てアイリスが絶叫して頭を激しく振る。その激しい動きに、砕かれた部分に激痛が走る。アイリスは涙とよだれで顔をべちょべちょにして泣きわめいた。
「イヤァァッ、痛いっ! 死んじゃうっ、アイリス、死んじゃうよぉっ。きゃああああああっ」
 肌が破れ、肉が潰れる。みしみしと、骨が軋む。激痛にぶんぶんと激しく頭を振って泣きわめいていたアイリスが、大きくのけぞって口を大きく開ける。絶叫と共にぼんやりとした淡い光をアイリスが放った。だが、その光もすぐに魔法陣に吸い込まれて消えてしまう。うむうむと、木喰が満足そうに頷いた。
「そうじゃ。もっと苦しめ。もっと悶えよ。苦痛と恐怖、更には憎悪に彩られたお主の霊力、全てを儂に渡すのだ」
 ぐんっと、アイリスの両手首を捕らえるロープが上へと巻き上げられる。折れた両腕で空中に吊り下げられ、激痛にアイリスが口をぱくぱくさせて身悶えた。つぶらな瞳が、これ以上ないというほど大きく見開かれている。
 ぶぅん、と、低い音が響いた。魔法陣の中央、アイリスの真下に鋭く尖った頂を持つ三角木馬が現れる。アイリスの身体が降ろされ、彼女は木馬へとまたがった。途端に、股間に切り裂かれるような激痛が走り、首をのけぞらして悲鳴を上げる。
 ぱかっと、木偶人形の胸が左右に割れた。そこからにゅっと二本の腕が伸びる。先端は普通の人間の手と同じ形をしているが、腕の長さは二倍以上有るだろう。木馬に乗せられ、身体を震わせて身悶えるアイリスの両足首を、それぞれの腕で掴む。
「っ!? なっ……!? いやあああああっ!」
 ぐんと両足首を下に引かれ、アイリスが絶叫する。股間に木馬の頂が食い込み、肌を引き裂いて鮮血をあふれさせる。砕かれた脛が引き伸ばされ、灼熱の塊が弾ける。
 木偶人形が、胸から新たに生やした腕でアイリスの身体を引き下げつつ、左腕を上げる。さっきまで使われていた万力型の腕はだらんと垂れ下がり、今度は刃物になった腕がアイリスへと向けられた。股間と両手両足の激痛に身悶えていたアイリスが、ひっと息を飲む。
「やあああっ、やあだぁっ、ヤダヤダヤダッ、こないでっ、いっやあぁっ」
 最初の鞭打ちで出来た胸元の傷へと、木偶人形が刃物の先端を刺し込む。傷口をえぐられてアイリスが悲鳴を上げた。そのまま木偶人形が刃物を下へと動かし、ずるずると皮を剥いていく。
「ヒグッ、キャアアアアッ。痛いっ、痛いよぉっ」
 幼い胸のふくらみに沿うように刃物が動く。鎖骨の下辺りから、乳首のすぐ左側を通って僅かなふくらみの終わりまで刃物が動き、べろりと肌を剥がしてしまう。真っ赤な血に染まった肉を露出させ、痛みにアイリスが身体を震わせる。
 胸や腹、太股などに鞭打ちの傷は点在している。傷に刃物を刺し込み、そこを起点として皮を剥がすという行為を黙々と木偶人形は続けた。十を優に越える傷の一つ一つを刃物でえぐられ、そこから皮を剥がされるという激痛に、アイリスが木馬の上で激しく身体をのたうたせ、泣きわめく。
「ヒイイイイィッ、痛いっ、やめてぇっ。ヒッ、ヒッ、ヒィッ。キャアアアアアアアッ」
 べろり、べろりと身体のあちこちで肌が剥かれていく。真っ白な肌に鮮血が飛び散り、あちこちで肉が露出する。身悶えするたびに股間は木馬の鋭い背で切り裂かれ、砕かれた手足に激痛が走る。
「死ぬっ、死んじゃうっ、アイリス死んじゃうよぉっ。ヒッ、イヤアアアアアァッ」
 びくびくっと身体を痙攣させ、アイリスが絶叫する。例によってアイリスの全身から光が放たれるが、やはり床の魔法陣に完全に吸収されてしまう。
「ふぉっふぉっふぉ。儂の計算どおりじゃ。素晴らしい霊力値じゃ」
 アイリスの放つ霊力を吸収し、脈動するような光を放っている魔法陣を見つめて木喰が笑う。いったんアイリスの足首を掴む手を離すと、木偶人形ががしゃがしゃと音を立ててアイリスの背後に回り込んだ。激痛に半分意識を失っているアイリスの足首を掴んで下へと引っ張り、痛みで覚醒させると木偶人形が右腕を振り上げる。
「きゃあっ! イヤッ、やめてよぉっ。ヤダァッ」
 ビシッ、バシッと、アイリスの背中へと鞭が振るわれる。たちまちのうちに肌に無数のミミズ腫れが生まれ、あちこちで肌が裂ける。本能的に身をよじり、鞭の嵐から逃れようとするのだが、それは砕かれた四肢や股間に痛みを与える結果にしかならない。
 鞭の嵐が止むと、再び木偶人形が左腕を上げた。鞭打ちによって出来た傷へと刃物を刺し込み、皮を剥がすという行為が再び繰り返される。ひきつった悲鳴を放ち、アイリスが激しく頭を振るが木偶人形の動きにはいささかの淀みも生まれない。
「ヤダッ、ヤダヤダヤダヤダァッ。ヤメテェ--ッ!」
 胴体の半分近い面積の皮を剥ぎ取られ、大量の鮮血で全身が彩られる。まるで、真っ赤なドレスをきているようだ。がっくりとうなだれ、浅い息を繰り返すアイリス。
「ヒッ!? キャアアアアアアッ!」
 びくんと弾かれたように顔を上げ、アイリスが悲鳴を上げる。下へと強く引かれ、ふるふると震えている太股へと刃物が突き立てられたのだ。ずずずっと横に動いて傷を広げると、刃物がいったん引きぬかれた。ぴゅーと血を吹き出す傷へと横に寝かせて刃物を当て、ずるりと皮と肉を削ぎ落とす。大きく目を見開き、開いた口から舌を突き出してアイリスが痙攣した。かはっ、かはっと切れ切れに息を吐く。
 大きく皮を剥がれた太股の傷に、刃物が突き立てられる。ぐりぐりと傷を刃物でえぐられ、アイリスが絶叫を放つ。ぽぅっと、心臓の真上辺りに青白い光が浮かんだ。僅かに木喰があとずさる。
「むっ、むぅ……。こ、これは……!?」
 ととん、と、少し慌てたように木喰が杖の先端で床を叩いた。アイリスの太股の傷をえぐり、掻き回して絶叫を絞り出していた木偶人形が、傷から刃物を引き抜いてアイリスの喉へと押し当てる。
「イッッヤアアアアァァァッッ!!」
 アイリスの絶叫。一瞬遅れて、ざくっと木偶人形の刃物が彼女の喉を切り裂く。骨まで達する深い切り込みに、アイリスががくっと首を後ろに倒し、ひゅーと笛の鳴るような音を切り裂かれた気管から放つ。かっと見開かれた目から光が消え、鮮血がしゃああっと周囲に撒き散らされた。
 魔法陣が、まばゆい光を放つ。どぉんっと派手な音が鳴り響き、爆発が起きる。爆風に吹き飛ばされ、木喰が壁に叩きつけられた。粉々に砕け飛び散った木偶人形の破片が、アイリスの憎しみが乗り移ったかのように途中で軌跡を変え、どすどすどすっと彼の身体に突き刺さる。ごふっと真っ赤な鮮血を口から吐き出し、震える手を木喰は伸ばした。
「こ、これは、計算違いじゃ……」
 さっきの爆発のせいで木馬もロープも吹きとび、床の上に転がっているアイリスの方へと手を伸ばす木喰。ぶるぶるっとその手が痙攣するように震え、ぱたりと床に落ちた。
 完全に破壊された木喰の研究室。その中央の床に、アイリスは無残な死体となって転がっていた……。
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