コクリコ


 帝都・東京を巡る三度に渡る大戦……。帝都を脅かす霊的な脅威に対抗するべく結成された秘密部隊、帝国華撃団花組は、九名の隊員のうち七名までを失うという大きな犠牲を払いながらも帝都の防衛に成功した。しかし、失った人員の損失は容易には埋められず、帝国華撃団は現在解散状態にあった。無論、再編成するべく新たな人員の選出、組織の整備などは急ピッチで進められているのだが、高い霊力を持つ人間がそう簡単に見つかる筈もない。
 総司令米田一基の指揮の下、再編成を行う帝国華撃団。しかし、にもかかわらず帝国華撃団花組の隊長、大神一郎海軍少尉は、海軍中尉への昇進と共に巴里へと留学することになった。最初は難色を示した彼だったが、留学という表向きの理由の裏に隠された真の理由の説明を受け、結局はその辞令を受けることになる。
 帝都での大戦で証明された、都市への霊的な脅威の存在とそれに対抗するための部隊の必要性。それに基づいて立案された欧州防衛計画の中核となる実動部隊、巴里華撃団の隊長として、大神は巴里を訪れることになったのだ。五人の怪人たちとの戦いをへて訪れた、束の間の平和。新たな仲間たちと共にその平和を享受しながらも、大神の胸には一抹の不安がよぎっていた。それは、帝都で感じたあの不安とよく似たものだ。即ち、また仲間を失うのではないかという……。

 開店を控え、慌ただしく人が行き来するテアトル・シャノアールの店内。廊下を歩いていた大神は、角を曲がろうとした途端向こうから走ってきたシーとぶつかって尻餅をついた。
「あたた……どうしたんだい、シーくん。そんなに慌てて」
「た、大変なんですよぉ、大神さん! コクリコが……!」
「コクリコが、どうかしたのかい?」
 自分とぶつかって同じように尻餅をつき、慌てて手をばたばたと振るシーへと、大神は怪訝そうに問いかけた。すうっと一度息を吸い込み、シーが叫ぶ。
「誘拐されたんですぅ!」
「ゆ、誘拐!? どういうことだ!? シーくん」
「時間になってもレビューの打ちあわせにやってこないから探してくれってオーナーから頼まれて、メルと一緒に探してたんですけど、市場で女の子がさらわれたって騒ぎになっててぇ、しかもそのさらった相手ってのが、怪人らしいんですぅ!」
 拳を握り、力説するシー。思わず絶句した大神の視界の中に、厳しい表情を浮かべたグラン・マの姿が入った。その背後には、息を弾ませているメルの姿もある。話を聞いた二人は慌てて走って戻ってきたのだろう。シーは大神を探し、メルはグラン・マの下へ報告に行った、というところか。
「ムッシュ、まずいことになったみたいだよ。作戦会議室に集合だ」
「は、はい!」

「う、うん……。え!? な、何これ!? どうなってんの!?」
 小さく呻いて目を開けたコクリコは、自分の置かれている状況に気付いて動揺の声を上げた。木製の台の上に仰向けに寝かされ、両腕はVの字を描くように頭上に伸ばした形で台にベルトで手首を拘束されている。足の方も膝を曲げ、腰の横に足首が来るような形で同じくベルトで拘束されていた。
「あーら、お目覚めのようね、お嬢ちゃん」
「そ、その声は……あの時のサソリ女!?」
 じたばたと拘束を振りほどこうとあがくコクリコの耳に、女の声が届く。聞き覚えのある声に、声のした方に顔を向けながらコクリコが驚きの声を上げた。その途端、ばしっと乾いた音と共にコクリコの頬が鳴る。
「ナーデル、よ。サソリ女だなんて呼んだら、許さないわよ!」
 平手打ちを放った体勢のまま、ナーデルがそう脅すように言う。力のこもった平手打ちで頬を赤くしたコクリコが、僅かに涙をにじませて再び顔をナーデルの方に向けた。
「なんでお前が生きてるんだよ!? あの時、ボクたちがやっつけた筈なのに……!」
「ふん、説明する必要なんかないわ。どうせあなたはここで死ぬんですもの。それとね、質問をするのは私。あなたは聞かれたことにだけ素直に答えていればいいの。分かったかしら?」
 胸の前で腕を組み、そう言うナーデル。ぎゅっといったん唇を噛み締め、コクリコがふいっと顔を背けた。その反応に、ナーデルがじたばたと足を踏みならした。
「キイイイィィッ、生意気な小娘だね! あんた、自分の置かれてる立場が分かってんのかい!?」
「ボクは、イチローたちを信じてるもん。イチローたちが来れば、お前なんかすぐにやっつけられちゃうんだからね!」
「こ、この……! いいわ、まずは自分の置かれてる立場って奴を分からせてあげようじゃないの!」
 顔の前にかざしたナーデルの右手の爪が、音を立てて長く伸びる。しゅっと彼女が台の上に拘束されたコクリコへと爪を振るい、服を切り裂いた。服と同時に肌も切られ、うっとコクリコが苦痛の声を上げる。
 楽しそうな笑い声をあげながら更に縦横にナーデルは爪を振るい、コクリコの服をズタズタに引き裂いて裸に剥いてしまう。肌のあちこちに爪で裂かれた傷を刻み込まれ、コクリコが苦痛に表情を歪めた。もっとも、そんなに深い傷ではなく、出血もさほどではない。
「うふふ、あなたの貧相な身体も、少しは奇麗になったじゃない。でも……そうね、まだ赤が足りないかしら?」
「な、何をするつもり!? あっ、きゃあああああぁっ」
 縦横に刻まれた爪の跡。それらが交差し合い、歪んだ四角を作っている場所へとナーデルが元の長さに戻した爪を伸ばす。傷の一辺から爪の先端を皮膚と肉との間に突き入れ、べりべりべりっとナーデルはコクリコの肌を引き剥がした。たまらずに悲鳴を上げ、身体を震わせるコクリコの姿に楽しげな笑いをナーデルが漏らす。
「そう、奇麗よ。うふふ……この辺も、剥がしてみようかしら?」
「や、やめて……きゃあああああぁっ」
 べりべりべり。爪で刻まれた傷に沿って、コクリコの腹の辺りの皮膚が引き剥がされる。大きさはさほどでもないが、べろりと皮が剥けて筋肉があらわになった部分はひどく無残な印象を与える。更に五枚ほどコクリコの腹の辺りの皮膚を引き剥がし、市松模様のような状態にしていくナーデル。皮を剥がされるたびにコクリコの悲痛な悲鳴が響き渡る。(挿絵)
「うふふ、どう? ナーデルの芸術は素晴らしいでしょう? 私の芸術作品になれるだなんて、あなた、幸せよ」
「うっ、ううぅ……」
「さて、それじゃ、質問をさせてもらおうかしら。あなたたちの本拠地は、どこ?」
 爪に付着した血をぺろりと舌で舐め取りながら、ナーデルがそう問いかける。皮剥ぎの苦痛に荒い息を吐いていたコクリコが、きっとナーデルのことをにらみつけた。
「言うもんか! ボクは、イチローたちを信じてる。絶対に、助けに来てくれるって信じてる!」
「ふぅん、強情ね。そうね、だったら、もうちょっと剥がしてみようかしら? その方が、もっと素晴らしい芸術になる気がするし」
 そう呟きながら右手の人差し指の爪を伸ばし、ナーデルがコクリコの幼く平らな右胸から腹へとかけてすいっと爪を走らせる。ばっと血がしぶき、コクリコが苦痛の声を上げて首をのけぞらせた。うふふっと小さく笑いながら、すいっすいっと爪を動かし、長方形の切れ込みを作るとナーデルは伸ばした爪を肌と肉との間にねじ込み、べりべりべりっと勢いよく皮を剥ぎ取った。
「うわあああああぁっ! あぐっ、ぐっ、くぅ……」
「うーん、そうね、この辺ももう少し……」
 皮を剥ぎ取られる痛みに悲鳴を漏らし、悔しさと痛みとで涙を流すコクリコ。軽く首を傾げながら、ナーデルはコクリコの左の太股へと爪を走らせた。白い太股にいびつな四角の切れ込みが刻み込まれ、傷からあふれた鮮血がつうっと足を伝って台の上に滴る。
「くっ、ううぅっ……あああああああああああぁっ!」
 傷の痛みに小さな呻きを漏らしながらコクリコが身をよじる。笑いながらナーデルが切れ込みへと爪をねじ込み、容赦なく皮を引き剥がした。べろりと太股の辺りの肉を露出させ、コクリコが絶叫を放つ。
「んー、なかなか良くなってきたわね。あ、そうそう、さっきの質問、答える気になったかしら?」
 肌の白と血や肉の赤との斑になったコクリコの裸身を見下ろしながら、満足そうにナーデルが頷く。その満足そうな呟きに、どうでもよさそうな口調で質問が続けられた。皮膚を剥がれた肉が外気に触れ、ひりひりと痛む。その痛みに涙を浮かべながらも、コクリコはきっとナーデルのことをにらみつけた。
「その目……気に入らないわね」
 にらみつけられたナーデルが、ふんと小さく鼻を鳴らしながらそう呟いた。伸ばした爪の先端を、コクリコの眼球に触れる寸前まで突き出してナーデルは薄く笑った。
「えぐり取ってあげようかしら? ううん、それじゃつまらないわね」
 眼球に触れんばかりに突き出された爪に一瞬息を飲みながらも、相変わらず自分のことをにらみつけているコクリコの姿に、ナーデルが軽く首を傾げた。
「そう、ね。私の芸術を完成させるには、あなたの哀願の声がいるのよ。泣きわめき、無様に生命ごいをする……そんな姿になってもらわないと完成とは言えないわ。単に目をえぐったり皮を剥いだりしても駄目……」
 一人言をぶつぶつと呟き、ナーデルが少し考え込んだ。こつこつこつと足音を立ててコクリコを仰向けに張りつけた台の周囲を歩きまわる。ふっとその視線が壁に掛けられた無骨な鉄製の仮面にとまり、にいっと笑みの形に唇が歪められた。
「うふふ、いいことを思いついたわ。アレを使いましょ」
「な、何するつもり……?」
 壁から鉄仮面を取り外すナーデルの姿に、流石に不安を覚えたのかコクリコがそう問いかける。仮面、といっても、顔の前面だけを覆うものではない。むしろ兜のように頭部全体をすっぽりと覆うようなものだ。鼻から下、口に当たる部分は大きく切り取られて唇やその周辺部分が露出する感じになっているが、目に当たる部分には穴がない。一番奇妙なのは、仮面の頭頂部に当たる部分からハンドルが伸びていることだ。
 ナーデルがコクリコの頭を腕で抱き抱えるようにして強引に起こさせ、その奇妙な仮面を頭に被せる。まだ子供のコクリコの頭とはサイズがうまく合わず、ぶかぶかなのだが、仮面の何ヶ所かに付けられたベルトを締めてやや強引にサイズを調整する。顎を押さえ込まれ、口を開けることが出来なくなったコクリコがくぐもった声を上げた。被せられる時に反射的に閉じたまぶたに、堅いものが当たる感触が有る。どうやら、仮面の目に当たる部分の内側には突起があったらしい。突起は丸みを帯びていて、まぶたや眼球に突き刺さるようなことはないものの、まぶたに鉄製の突起が押しつけられているのだからごろごろとした痛みがあった。
「うっふっふっふっふ。さて、どこまで耐えられるかしらね?」
「む、ぐ……んん--っ!」
 ナーデルの手がハンドルに掛かり、ぎりぎりとハンドルを回す。上下に鉄仮面が縮み、コクリコの口から苦痛の呻きが上がった。頭のてっぺんと顎との間を締め上げられ、ミシッ、ミシッと頭蓋骨が軋む音が聞こえる。きつく噛み締める形になった歯がギリギリッと軋んだ音を立て、顎を中心として激痛が走った。(挿絵)
「むぐ--っ! むぐぐ、んぐ--っ!」
 口を開けることも出来ず、くぐもった悲鳴を放ってコクリコがビクンビクンと腰を突き上げるように身体を波打たせる。ナーデルがハンドルを回転するたびに頭蓋骨と歯が軋み、激痛が全身を走りぬけた。チカチカッとまぶたの裏側で光が瞬き、耳ざわりな骨の軋む音が頭一杯に響き渡る。五回……十回……十五回……容赦なくハンドルが巻かれる度に、痛みは大きく激しくなっていく。
「むぐぐがっ、むがっ、んんん--っ! むが--っ!!」
 あまりの激痛に叫ぼうにも、顎はしっかりと押さえ付けられていて口を開くことは不可能だ。くぐもった絶叫をあげ、身体を激しく震わせるぐらいが精一杯の抵抗だが、それに構うことなくギリギリッ、ギリギリッと容赦なくナーデルがハンドルを回す。加速度的に強くなる痛みにビクンビクンと身体を波打たせ、くぐもった悲鳴を放っていたコクリコが、ひときわ大きく呻くと腰を突き上げて身体を硬直させた。ビシイッと脳裏に大きな音が響き、顎の骨が砕ける。根元から折れた歯が外側へと弾け、唇の間を押し広げるようにしてコロンコロンと転がり落ちた。顎の骨が砕け、歯が折れた分口の中に余裕が出来、血の混じった唾をけほけほっと咳込みながらコクリコが吐き出した。口の周りが真っ赤に染まり、血まみれの歯がコクリコの顔の周囲に散乱する。
「あらあら、それじゃ大きな口も叩けないわね。でも、まだこれからよ」
「ふぐ、ぐ……むああっ! むぐっ、むぐぐ--っっ!」
 顎の骨を砕かれた激痛に、半分気を失った状態になっていたコクリコだが、更にハンドルが回され、締め上げをますますきつくされてくぐもった絶叫を漏らして身体を震わせた。歯をへし折られ、だらだらと血をあふれさせる上下の歯茎がぶつかりあい押し潰される。再び強い力で上下に圧縮され始めた頭蓋骨がミシミシと軋む。砕かれた顎に加わる力に激痛を感じ、拘束された不自由な身体をビクンビクンと激しく波打たせるが、もちろんそんなことで逃れられる筈もない。
 激痛に涙を流して身悶えるコクリコ。そこに、もう一つの痛みが更に加わった。目だ。
 強く締め上げられた頭蓋骨は歪み、圧力を逃がそうとする。その過程で、内側から押し出される形で眼球が飛び出してしまうのだ。もちろん、根元まで飛び出して眼球がぽろりとこぼれる、などという事態にはならない。だが、まぶたに突起が触れた状態で眼球が半ば近くまで外に押し出されてしまうとなると……。
「あぐ--っ! あがっ! むぐががっ! ムググアアアァッ!!」
 チカチカと光が瞬く、暗い視界。それが、激痛と共に真紅に染まった。絶叫を上げ、コクリコが身体を弓なりに反らせてぶるぶるぶるっと激しく痙攣させる。そのままがくっと脱力したコクリコの姿に、ハンドルから手を離したナーデルが楽しそうな笑い声を上げた。
「うふふ、さて、出来はどうかしら……?」
 うきうきした口調でそう呟きながら、ナーデルが仮面を外す。砕かれた顎は歪み、唇の端には血の泡が浮かんでいる。突起とこすれて血を流すまぶたの隙間から、ぐちゃぐちゃに漬れた眼球が血の涙と共にどろりと流れ出し、コクリコの顔を汚していた。けふっ、けふっと、意識を失ったまま咳込むような息を漏らすコクリコの姿は無残としかいいようがない。
「んー、なかなかいい出来ね。さて……それじゃ、次は何をしようかしら?」
 コクリコから情報を引き出す、という、当初の目的を完全に忘れているとしか思えない口調で、楽しそうにナーデルはそう呟いた。砕かれた口を半開きにし、血で真っ赤になったよだれを足れ流すコクリコの顔を眺めると、にまぁっと楽しそうな笑いが彼女の口元に浮かぶ。
「うふふ、そうね、水は必要よね。食べなくてもしばらくは生きていけるけど、水がないとすぐに死んじゃうもの。せっかくの玩具をすぐに壊しちゃもったいないわよね」
 ぱしんと胸の前で両手を打ちあわせると、ナーデルがそう言って笑う。部屋の扉が開き、彼女が準備のために出て行っても、コクリコはぐったりとしたまま動かなかった。

「うぐっ、げぶっ、あ、んぐっ、ぐ……ぶはぁっ」
 血まみれの口に漏斗をねじ込まれ、コクリコが身体を痙攣させながら懸命に注がれ続ける水を飲み込む。ナーデルが柄杓に桶から水を汲み上げるわずかな時間だけが、コクリコに許された息つぎの時間だった。後から後から流し込まれる水のために、台の上に仰向けになったコクリコの腹がぷっくりと膨らんでいる。
「けほっ、うぶっ、ぶぶぶっ、んぐんぐんぐ……げぶっ、う、げぶっ、んぐぐ」
「ほうら、たっぷりとお飲み。ここ、バスティーユ牢獄の特産品、下水の水は美味しいでしょう?」
 強い臭気を放つ濁った水を、漏斗の中へと柄杓で注ぎ込んでナーデルが笑う。最初の頃は抵抗し、水を吐き出そうとしていたコクリコだが、際限なく注がれる水の前にはあがらいきれなかった。今では、呼吸するために必死になって水を飲みつづけている。
 注がれるのがただの水ではなく、下水の汚水であるために形容しがたい味が口の中に広がる。胸がむかむかとし、酷い吐き気がするが、嘔吐しようものなら注がれる汚水と吐瀉物とで窒息しかねない。懸命に嘔吐感をこらえ、窒息の恐怖と戦いながら水を飲みつづけるしかないのだ。
「んー、だいぶ、お腹も大きくなってきたわね。こんなものかしら?」
 どれくらいの時間がたったのか。ひたすらに水を飲まされつづけたコクリコの時間感覚はとうに麻痺しており、分からない。だが、ナーデルのそんな呟きと共に無限に続くかと思われた水の注入が途切れたのは確かだった。けふっ、けふっと咳込みながら、ぐったりとコクリコが全身を弛緩させる。
 妊婦を思わせる、大きく膨れ上がった腹を掌で撫でてナーデルが目を細めた。皮を剥がされた部分は大きく丸く膨れ上がったせいで更に裂け、新たな血を滴らせている。くすっと笑うと、ナーデルは右手の人差し指の爪を伸ばし、コクリコの股間へと伸ばした。
「ひぎっ!?」
 コクリコが悲鳴を上げてびくんと身体を震わせる。長く伸びたナーデルの爪が、彼女の身体の中へと潜り込んでいた。皮膚と肉を破り、突き刺さったわけではない。元から開いていた穴--尿道へとつぷりと入り込んだのだ。そんな場所に刺激が来るとは想像も出来ず、唐突に走った痛みに僅かに顔をのけぞらせて苦痛の声を上げるコクリコ。くんっと小さくナーデルの指が動き、爪で尿道の内側をえぐられたコクリコが悲鳴を上げて身体を跳ねさせた。
「あ……う、ぁ……ひゃぐっ!」
「ふふふ。ここをいじられるのは、初めてでしょう?」
 指を回し、コクリコに悲鳴を上げさせながらナーデルが薄く笑う。彼女が口の中で小さく呪文のようなものを唱えると、ぽうっとコクリコの尿道へと突きいれられた爪が淡く光った。ナーデルが軽く腕を引くと爪が指の先でぽきりと折れる。ぼんやりとした淡い光を放っている自分の爪を眺め、ナーデルが満足そうに小さく頷いた。
「封印完了、と。さぁて、どこまで持つか、見せてもらいましょうか」
「ひゃ、ひゃにを、ひゅるつもり……?」
 顎を砕かれ、満足に動かない口を懸命に動かしてコクリコがそう問いかける。ふふんと楽しげに笑うとナーデルはすとんと椅子に腰を降ろした。
「別に、何かする必要はないわ。ふふっ、すぐに分かるわよ、これがどんなに苦しいかはね」
 興味津々といった感じのナーデルの口調に、コクリコは背筋にぞっとするものを感じてわずかに身体を震わせた。口を開けば顎を中心に激痛が走るし、大量に水を飲まされ、腹が膨れ上がったせいで呼吸もかなり辛い。何を狙っているのか分からないという不安を抱えたまま、コクリコは浅い息を繰り返した。
 しばらく、静寂の時間が過ぎる。コクリコは浅い息をくり返し、ナーデルも口を開こうとはせずに黙ってコクリコのことを見つめているだけだ。だが、次第にコクリコの全身にびっしょりと汗が浮かび、もじもじと太股の内側をこすりあわせるような感じで小さく足が動き始める。
「ふふっ、そろそろ、おしっこがしたくなったかしら?」
「……っ!」
 ナーデルのからかうような問いかけに、僅かに頬を染めてコクリコが顔を背ける。
 大量に水を摂取した場合、吸収された水分によって血液の濃度が薄まってしまう。そのままでは浸透圧差によって赤血球などが弾け死に至ってしまうから、人間の身体は本人の意思とは関係なしにそれを防ごうと働き、大量に摂取した水分を尿に変えて排出しようとする。腎臓でろ過された水分は尿としていったん膀胱に溜められ、ある程度溜まったところで排尿されるのだが、今のコクリコはその尿を排出する通路である尿道をふさがれているから排尿は出来ない。
 人間の膀胱の最大容量は、成人男子で約800cc、女子で約670ccといわれるが、もちろんまだ子供のコクリコの膀胱はそこまでの容量は持たない。通常であれば最大容量の約三分の一程度が溜まったところで尿意を覚え、そこで我慢を続けて半分を越えると痛みを覚えるようになる。
「あ、ぐ……うあ……くうぅっ」
 いったんはナーデルから顔を背けたコクリコだが、大して時間が立たないうちに苦痛に眉をぎゅっと寄せて小さく声を漏らし始めた。ズキンズキンと下腹部から伝わってくる痛みは加速度的にその強さを増し、今ではお腹の中を焼けた鉄の串で引っ掻きまわされているような錯覚さえ覚えるほどに強まっていた。ぶるっ、ぶるっと身体が小刻みに痙攣し、全身にびっしょりと油汗が浮かぶ。(挿絵)
「あんまり我慢すると身体に毒よ?」
 爪を磨きながら、どうでもよさそうな口調でナーデルがそう言う。何か言い返そうとコクリコが口を開きかけるが、下腹部と顎とで激痛が走り、くうぅっと小さく呻いて首を振るに留まった。ふふんと楽しそうな笑いを漏らし、ナーデルが椅子から立ち上がってコクリコの側へと歩み寄る。
「もう、パンパンなんじゃない?」
「ひぎっ、痛いっ、やだっ、触らないでっ」
 下腹部を軽く押され、コクリコが悲鳴を上げる。ふふっと笑いながらナーデルが僅かに指に力をこめ、コクリコに絶叫を上げさせる。ナーデルが指を離すと、がっくりと横向きに頭を倒してコクリコが弱々しい呻きを漏らした。
「ひっ……ひあ……ひぃっ。ひゃめ……あううぅっ」
 身体を小刻みに痙攣させつつ、息も絶え絶えになってコクリコが呻く。笑いながらナーデルがコクリコの耳のそばに顔を近づけてささやきかけた。
「痛いでしょう? 苦しいでしょう? 素直にあなたたちの基地の場所を言えば、すぐに楽になれるわよ?」
「や……やだ。ボクは……くうぅっ」
「強情ね。あんまり意地を張ると、本当に死ぬわよ?」
「あ、くっ、くううぅっ! ひっ、あ……うああぁっ!」
 ぽたぽたと汗を落としつつ、コクリコが頭を左右に振る。はっ、はっ、はっと息を荒らげ、ぶるぶると身体を震わせる。呆れたように肩をすくめると、ナーデルは掌をコクリコの下腹部へと押し当てた。
「素直になりなさい……」
「うああああああああああぁっ! あぎっ、ぎっ、ひあああああああぁっ!!」
 ぐっと下腹部を押し込まれ、コクリコが絶叫を上げて頭を激しく左右に振った。限界まで膨らんだ膀胱が圧迫され、全身がバラバラになるかと思うような激痛が走りぬける。くすくすと笑いながらコクリコが絶叫を上げ、身体をくねらせるのを眺めていたナーデルだが、コクリコが首をのけぞらせてひときわ高い絶叫を上げた瞬間僅かに怪訝そうな表情を浮かべた。掌に感じていた、皮膚と筋肉の下でパンパンに張り詰めた塊の感触が不意に消えたのだ。
「あら……? 破裂しちゃったかしら?」
「ひぎっ、ぎゃ、あぎぎぎぎっ! ひ、ひや、あがぐがが……っ!」
 苦悶の表情を浮かべ、唇の端に泡を浮かべてコクリコが激しく身体をよじる。手足の拘束がなければ、七転八倒すること間違いなし、という感じの苦しみ方だ。
「これじゃ何にもしゃべれないわね。ま、いいわ。膀胱が破裂してもそう簡単には死なないし、それならそれで使いようは有るわけだしね……」
 軽く肩をすくめてナーデルがそう呟く。その声も耳に届いていないのか、コクリコは不明瞭な叫びを上げながら台の上に拘束された身体を激しくのたうたせていた……。

「くそっ、もう三日になるってのに、手がかりの一つも見つからないのか……!?」
「大神さん……」
 苛立たしげに左手の掌に拳を打ち付けた大神へと、不安そうな表情をエリカが浮かべる。コクリコが誘拐されてからもう既に三日……だが、コクリコ本人を見つけるどころか誰が、何の為に、ということすら分かってはいない。
(ロベリアの言ったように、もう殺されてしまったのか……!? いや、そんなはずがない!)
 自分でも、最悪の事態として想像しないわけではなかったコクリコの死。こうやってエリカと二人で街を捜索している間にも、無情に時間は過ぎていく。時間が立てば立つほど、コクリコを無事に取り戻すことは難しくなるという思いが、更に大神を苛立たせていた。と、その時携帯用キネマトロンの着信音が響く。
「コクリコが、見つかったのか!?」
 希望をこめて着信を受ける大神。すうっとキネマトロンの画面に通信内容が流れる。
--コクリコ発見。エリカを連れて至急バーの前まで来てくれ。ロベリア--
「ロベリアが、コクリコを……? い、いや、考えるのは後だ。エリカくん! バーまで走るぞ!」
「は、はいっ!!」
 キネマトロンでの通信内容を知らないエリカが、いきなり叫んで走り出した大神に一瞬慌てたような声を出した。だが、すぐに大神の後を追って走り出す。
「よぉ。早かったじゃないか、隊長」
「ロ、ロベリア……。コ、コクリコ、は……?」
 全力疾走でバーの前までたどり着いた大神を、壁にもたれたロベリアが軽く片手をあげて出迎えた。息を切らせながら問いかける大神に、ついっと視線で建物と建物の間の暗い路地を差し示す。大神に少し遅れてやってきたエリカが、はぁはぁと荒い息を吐きながら路地の中を覗き込み、口元を両手で覆って短く叫んだ。
「ひ、ひどい……!」
 大量のゴミが投げ捨てられた裏路地。そこに、ぼろぼろになったコクリコが全裸で横たわっている。両目は潰され顎は砕かれ、全身の皮が半分ほど剥がされた無残な状態で。微かに胸が上下していなければ、死体になっていると思ったかもしれない。
「おっと、隊長は触るなよ? 下手に動かしたら、そのまま死んじまいかねないからな。
 ……エリカ、何とかできるか?」
「や、やってみます!」
 眼鏡を指で押し上げながら、ロベリアがエリカにそう問いかけ、エリカが頷いてコクリコの傍らに屈み込む。かざしたエリカの掌にぽうっと光が点り、ぴくっと僅かにコクリコが身体を動かした。
「イ、イチロー……そこに、いる?」
「ああ! 大丈夫か、コクリコ!?」
「へ、えへへ……ごめん、イチロー。ちょっと、どじ踏んじゃった……くううぅっ」
「しゃべらないで! じっとしてて、コクリコ!」
 身を起こそうとするコクリコを押しとどめようと、エリカが珍しく強い口調で叫ぶ。コクリコが小さく微笑んだ。
「ありがと、エリカ。ずいぶん、楽になったよ……ううぅっ」
「しゃべらないでってば! ああ、神よ、お願いです、私にもっと力を……!」
 泣きそうな表情になってエリカが懸命に癒しの力をコクリコに注ぎ込む。だが、受けたダメージが大きすぎて目に見えるような効果はなかなか現れない。
 誘拐されてから既に三日……。誘拐されてから半日もたたないうちに膀胱を破裂させたコクリコは、それからずっと台の上で苦しみ続けていたのだ。それだけの長時間に渡って苦しみ続ければ当然体力も尽きるし、体内にあふれでた尿はその毒素で内臓を破壊する。とっくに命を落としていても不思議ではない、むしろ、生きているのが不思議なほどの重体なのだ。しかしそれでも、激痛に苛まれながら、コクリコが懸命に唇を動かして言葉を紡ぐ。
「イチロー、大変、なんだ。ううっ、ナ、ナーデル、が、生き返ったみたい、なんだよ……」
「何だって!? い、いや、もういい! コクリコ、もうしゃべるな!」
 コクリコの言葉に衝撃を受け、思わず声を上げた大神。だが、しゃべることで僅かに残った生命力を急速に使い果たそうとしているのを見て取り、慌てて制止の声を上げる。苦痛に表情を歪めながら、それでもコクリコは話すのをやめようとはしなかった。
「あいつは、ボクたちを狙ってるよ、イチロー。ボクたちの、本拠地を、教えろって……でも、ボク、何にもしゃべらなかったんだ……偉い、でしょ? イチロー……」
「ああ……ああ、偉いぞ、コクリコ。よくやった。だから、だからもう、しゃべるな……!」
「えへへ……。よかっ……た……」
 がくっと、コクリコの首が落ちる。エリカと大神が懸命にコクリコの身体を揺さぶるが、何の反応もない。ポロポロと涙をこぼしながら、エリカが口元を両手で覆った。
「嘘、ですよね……? 大神さん、こんなの、嘘、ですよね……!?」
「コクリコ……。うおおおおおおおお--っ!!」
 天を仰いで大神が叫ぶ。はぁはぁと息を荒らげ、がっと建物の壁に拳を打ちつけた大神の背中へと、ロベリアの声が響いた。
「隊長は、そいつを連れて帰ってくれ。アタシは……落し前をつけてくる」
「ロベリア……?」
「あのバカには、アタシを怒らせたらどうなるか、きっちり教えてやるよ」
 凄みのある口調でそう呟くと、ロベリアは道の反対に立つ建物の上へと視線を向けた。ぼうっと彼女の目の前に生まれた炎が、一直線に建物の屋上へと飛ぶ。炎の明かりに、一瞬、慌てて身をかわす人影が照らし出された。ふんっと小さく鼻を鳴らしたロベリアが左腕を振り、袖口からロープを飛ばす。建物の屋上にロープの先端の鉤爪を引っ掻けたロベリアの身体が次の瞬間には勢いよく引き上げられた。服の下に小型の巻上げ機でも仕込んでいたらしい。懲役千年の大悪党としてかつて恐れられていた時に使っていたものだろうか。
「せっかく生き返ったんなら、おとなしくどっかで隠れてりゃいいものを……アタシに喧嘩を売るとは、いい度胸してるよ」
 建物の屋上に着地し、右手の掌の上に炎を生み出したロベリアがナーデルへとそう声をかける。チリチリとわずかに縮れた髪を不機嫌そうに手で触ると、ナーデルが鼻を鳴らした。
「私の気配に気付くとは、さすがはロベリアね」
「馬鹿か、てめえは? 殺そうと思えばいつでも殺せる相手を、わざわざ生かして返すとしたら、相手の本拠地まで案内させる以外に何があるってんだ? お前があそこに居ることなんて、ちょっと考えればすぐに分かることじゃねーか。
 ったく、生き返っても頭の悪いのは直らなかったみたいだな。馬鹿は死ななきゃ直らないってよく言うが、てめえの頭は筋金入りってことか?」
「キイイイィッ、うるさいうるさいうるさーいっ。こうなったらあなたの口から聞き出すまでよ!」
 ロベリアの挑発に、あっさりと切れてナーデルがじだんだを踏む。ふんと鼻を鳴らすとロベリアが右手をすうっと上げた。
「人の仲間をいたぶってくれたんだ、たっぷりとお返しはさせてもらう。あいつにしたことを倍にして返してから、今度は二度と生き返らないよう、骨も残さず焼き尽くしてやるよ……!」
「やれるもんなら、やってみなさいよ!」
 ロベリアの放った火炎とナーデルの放った電撃とが空中でぶつかり合い、爆発する。それが、二人の戦いの開始を告げる合図だった……。
続く

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