エリカ・フォンティーヌ


 時は聖夜。天空より白いものが舞い落ち、街を行く人たちの顔にも笑顔が浮かぶクリスマス。
 不安な政情を吹き飛ばそうとしているかのように、はなやかに飾りたてられた街並み。はしゃぐ子供たちの姿も見える。あちこちの家からは聖歌を歌う声や笑い声が響く。
「はぁ~い、ごめんなさい、ちょっと通してっ」
 そんな行きかう人ごみの中を、『暴走』と形容したくなるような勢いで走りぬけていく真っ赤な服の少女が、一人。胸にバスケットを抱えたまま、慌てて身をかわす人々の間を擦り抜けていく。バスケットの中身がなんだかは分からないが、もしもケーキの類だとしたら間違いなくぐちゃぐちゃになっているだろう。
 暴風のように駆け抜けていった少女の姿をあぜんとして見送った通行人の何人かが、怪訝そうな表情を浮かべて目をこする。少女が背中に背負っていたのは、マシンガンではなかったか?
 錯覚かと通行人たちが軽く肩をすくめ、何事もなかったかのように通りに再び平和な喧騒が戻る。この時はまだ、巴里の街は平和だった。辛うじて、今の所は、ではあったが……。

「あれぇ……? ミサ、まだまっさいちゅうのはずなんだけどなぁ?」
 赤い服の少女--巴里華撃団の隊員、エリカ・フォンティーヌは教会の前で軽く首を傾げた。彼女は以前、この教会でシスターとして働いていたのだ。紆余曲折を経て彼女はこの教会からシャノアールに引っ越しはしたものの、クリスマスということでわざわざやってきたのである。
 彼女の記憶では、毎年恒例のミサが取り行われているまっさいちゅうのはずの時間なのに、教会はしんと静まりかえり、照明も消えている。首をひねりながらエリカは教会の扉に手を伸ばし、そうっと押し開いた。
「あの~、レノ神父様ぁ? いらっしゃいますかぁ……って、何? この臭い……!?」
 扉を押し開けた途端に鼻を突く、濃密な臭い。大きく扉を開けはなち、エリカは立ちすくんだ。
 教会の床が、真っ赤に染まっている。人形のように折り重なって転がるいくつもの死体、濃厚な血の臭い、そして、祭壇の上で踊る(?)人間大のウサギ男。
「あなたは! あの時のウサギさん!?」
「ピョン? あ、あの時の小娘ピョンね。これは飛んで火に入る何とやらピョン。さあ、痛い目に……ウッササササッ!?」
 両手で使う巨大ハサミをシャキンと鳴らし、ウサギ男--シゾーがエリカに向かって何かを言いかける。しかし、その台詞も終わらぬうちにエリカが背中のマシンガンを抜きはなち、シゾーめがけて乱射した。わたわたと踊るような格好で銃弾を避けるシゾーへと、エリカが鋭い表情と口調で叫ぶ。
「動くと、撃ちます!」
「撃ってから言うなぁぁっ、だピョン!」
 乱射される銃弾を避けて祭壇から飛び降り、シゾーが床に転がっていた死体の一つを蹴りとばす。自分の方へと飛んでくる死体から慌てて身をかわすエリカへと、シゾーが人間離れした跳躍力で--まぁ、元々人間ではないが--一気に間合いを詰める。
「くっ、このおおおっ!」
 崩れた体勢から強引に身体をひねり、半分自分から倒れ込むような体勢になりながらもエリカがシゾーへと銃弾を浴びせかける。空中で影を銃弾が捉え、エリカが会心の笑みを浮かべかけたその瞬間、影が二つに分離した。へ? と、目を丸くする彼女のすぐそばにいくつもの弾痕を穿たれた男の死体が転がる。
「引っ掛かったピョン♪」
 ジャンプの前に拾った男の死体をまず盾として使い、更に空中で跳ぶための足場として利用したシゾーが嬉しそうに笑う。はっと慌てて上を振り仰ぐエリカの胸の上へと、奇麗に足をそろえてシゾーが着地した。
「ぐぶっ!?」
「もう一発だピョン」
「がっ! はっ!」
「これはおまけだピョン」
 苦悶の表情を浮かべるエリカの上でシゾーがジャンプを繰り返す。ジャンプといっても大人の身の丈を越える高さまで跳び上がっているのだからたまらない。シゾーの身体が落ちてくるたびに衝撃に身体をくの字に折り、胃液を吐いてエリカが苦悶する。肋骨にひびが入り、身動きもままならないエリカの腹に何度目かのシゾーの着地の衝撃が加えられ、ついに彼女の口から鮮血があふれた。びくっ、びくっと身体を痙攣させ、悶絶したエリカの髪を引きずってシゾーが教会の中へと入っていく。エリカの服からこぼれた携帯キネマトロンと、少量の血の跡だけが路上には残され、それもしばらくたてば雪に覆われてしまうだろう。

「う、う、う、くううぅぅ……ううぅっ」
 苦痛に表情を歪め、エリカが頭を振り立てる。両腕を背中側で手首をそろえて縛られ、更に肘と肘とが密着するように縄を巻かれた上で滑車によって引き上げられているのだ。腕が不自然な方向に捻り上げられ、目の前が暗くなるほどの激痛が走りぬける。足には錘代わりの石が吊るされており、ロープを巻かれた足首の肌が破けて血を滴らせている。
「どうだピョン? 痛いピョン、苦しいピョン。楽になりたかったら、シゾー様の質問に答えるピョン!」
 ぎりぎり、ぎりぎりっと巻き上げ機を回しながらシゾーが楽しそうにそう言う。教会の地下にあった拷問室。エリカもその存在は知らなかったが、中世ヨーロッパの時代に建造された教会にはつきものの施設だ。多くの罪もない人間がここで魔女として拷問にかけられ、命を落としていったであろう場所である。
「い、嫌ですっ。くううぅあぁっ」
「強情な奴だピョン。後悔するピョン」
「ひっ、あっ、きゃああああああああぁっ! あぐうぅぁぁぁ……」
 シゾーが巻き上げ機から手を離し、吊り上げられていたエリカの身体が勢いよく落下する。悲鳴を上げたエリカの身体ががくんと急停止し、落下の衝撃が全て肩と腕に掛かった。骨が外れたのではないかと思うほどの激痛に身悶えるエリカ。楽しげに笑いながら再びシゾーが巻き上げ機を回し、エリカの身体を吊り上げていく。さっきよりも高い位置までエリカの身体を吊り上げると、シゾーは更にエリカの足に吊るした石を追加、より重さをかける。
「うあっ、あっ、ああっ、う、腕、が、折れるっ、くううぅぁっ」
 満面に油汗を浮かべ、苦痛に悶えるエリカ。シゾーが巻き上げ機のロックを外し、エリカの身体を落下させた。
「キャアアアアアアアアアアァッ! ギアッ!!」
 がくんっ、と、吊るされた石が床すれすれの位置で落下が止まり、落下の勢いがエリカの肩と腕を襲う。ゴキッ、バキッと鈍い音が響き、肩の骨を砕かれたエリカが顔をのけぞらせて濁った悲鳴を上げた。足首からあふれた血が白い素足を染めて滴り、がっくりとうなだれて荒い息を吐く。
「どうだピョン? 素直に白状する気には、なったかピョン?」
「主よ、私に力を……」
「強情な奴だピョン。なら、もう一回だピョン!」
「ああっ! くぅあぁっ! うぐぐぐぐっ、ぐううぅっ! くああぁっ!」
 巻き上げ機が巻かれ、砕けた肩に激痛が走る。ゆっくりと吊るし上げられていきながらエリカが激痛に呻き、泣き、叫ぶ。顔を振るたびに油汗が飛び散り、乱れた髪が頬に張りつく。
「ギアアアアアアアァッ! ギャウンッ!!」
 三度の落下、そして急停止。ぶちぶちっと肩の辺りで筋肉が引き裂かれ、肘の関節が抜ける。大きく目を見開き、ぱくぱくと数度口を開け閉めすると、がっくりとエリカは首を折って意識を失った。

 ばしゃっと、逆さまになったエリカの顔に冷水が浴びせられる。ぼんやりと目を開いたエリカは、状況が掴めないといった表情で数度瞬きをした。視界がすべて逆さま……いや、自分が逆さに吊るされている。両足首をそろえて縛り、胸と背にそれぞれ石を結び付けられた格好だ。腕は拘束されていないが、肩を砕かれ、肘を外された両腕はまったく動かない。
「今度は足だピョン。足の方が頑丈だから、さっきよりももつはずピョン」
「う、ううっ、大神さん、助けて……」
 巻き上げ機によって吊るし上げられていくのを感じながら、弱々しくエリカが呻く。十分な高さになったと判断したのかシゾーが巻き上げ機から手を離し、勢いよくエリカの身体が落下した。勢いよく迫ってくる床に思わずエリカが目を閉じ、次の瞬間がくんと身体が急停止する。(挿絵)
「くああああぁっ! あぐっ、うえっ、うえええぇっ」
 がつんと頭を殴られたような衝撃とめまい、膝に走る激痛、二種類の苦痛にエリカが身をよじって苦悶する。逆さ吊りでの吊るし落としは、急停止の衝撃が脳にも結構響くのだ。普通の体勢ならば首で衝撃を吸収することも出来るが、逆さに吊るされては脳が頭蓋骨に押しつけられるような格好になる。場合によっては脳が漬れ、目玉が飛び出すこともあるのだ。そしてもちろん、膝の関節にも多大な負担が掛かる。
「どうだピョン? やめて欲しかったら、シゾー様の質問に答えるピョン」
「うっ、ううぅぅ……」
 シゾーの問いかけに、弱々しく呻きながらエリカが首を横に振る。
「本っ当に強情な奴だピョン。いいピョン。だったら、その気になるまで続けるピョン」
「うっ、くうううぅっ、うあっ、くううぅ……」
 苦痛の声を上げながら、吊るし上げられていくエリカ。吊り上げては落とし、落としては吊り上げるという『吊るし落とし』の拷問によって彼女の両膝が壊されるまで、それは続いたのである。

 両腕、両足を破壊され、壊れた人形のように床の上に転がったエリカ。十字架の形に組み合わされた木材の上に彼女の身体を乱暴に横たえると、シゾーは太い釘をエリカの手首にあてがった。恐怖の表情を浮かべてエリカが身をよじるが、その抵抗は弱々しい。
「や、やめ……ギアッ! あっ、ああ……ギイイィッ!」
 がつん、がつんと釘が手首に打ち込まれていく。手首から先を真っ赤に染め、身悶えるエリカ。更に反対の手首、そろえた足首にも釘が打ち込まれていく。か細い悲鳴を上げ、身悶えるエリカの腕と足とを釘付けにしてしまうと、シゾーは十字架を起こした。呻き、顔を振り立てるエリカの顔の前でじゃきんと巨大バサミを噛み合わせる。
「さあ、いいかげん素直に白状するピョン。さもないと、こいつでお前の身体を切り刻むピョン!」
「……!」
 顔面蒼白になってエリカが唇を震わせる。磔にされた身体が前に倒れ込みそうになり、体重が掛かって肘や肩、膝に激痛が走り、息をするのも苦しい。しかし、ふるふるとエリカは首を左右に振った。
「後悔しても遅いピョン!」
「あ、ああ……キャアアアアァッ!」
 ざっくりと左の乳房を半ば近くまで切り裂かれ、顔をのけぞらせてエリカが悲鳴を上げる。ぶしゅうっと吹き出した鮮血が彼女の身体を赤く染めた。
「話す気になったらすぐに言うピョン。早くしないと、細切れになるピョン!」
「ひあっ! ギャアッ! ギャアアアアアっ! ひいいぃっ! きゃあああぁっ! キャアアアアアアァッ!」
 ざくっ、ざくっと、シゾーのハサミがエリカの身体を襲う。腕と足を中心に、いくつもの切れ込みがエリカの身体に刻まれ、その度に悲鳴を上げてエリカが身体を震わせる。右の乳房の先をハサミが襲い、じゃきんと乳首をその周囲の肉もろとも切り落とした。ぼたぼたと鮮血と肉片が十字架の下の床に飛散する。(挿絵)
「ギャアアッ! ひいいいっ! きいいぃっ! ギャアアアアァッ! ギャウッ! ひギャアアアァッ!」
 いつも着ている服以上に赤く全身を染め上げ、エリカが身悶える。乳房が先端から少しずつ切り落とされていく。腕の肉が細切れになり、白い骨が露出する。十字架と身体との隙間にハサミがネジ込まれ、尻の肉を切り落とす。
 激痛に意識が遠退き、がっくりとうなだれてエリカが意識を失う。しかしもちろん、ゆっくりと気絶などさせては貰えない。バケツの中の水を、シゾーは無造作にばしゃっとエリカに浴びせかけた。
「ウぎゃギャぎゃギャあアアあああぁっ!」
 音程の狂った濁った絶叫を上げてエリカが跳ね起きる。全身の傷に焼けるような激痛が走った。
「塩水は傷にしみるピョン? 皮を剥いで塩水に付けるピョン。とっても痛いピョン」
「ぎゃううぅ……ひ、ぎゃ……」
 半開きの口からよだれの糸を滴らし、弱々しくエリカが呻く。そこに更にシゾーのハサミが襲いかかり、肉を切り刻み、エリカの口から絶叫をあふれさせる。
「ギャアァッ! ヒギャッ! イヤアアアアアアァッ! やべっ、ぎゃううぅんっ! ギャッ! ギャギャッ! ぎイぎゃアアあぁっ!」
 最初に大きく切り込みを入れられた左の乳房が、丸ごとぼとっと床に落ちる。ちまちまと切り刻まれていく右の乳房が、無数の肉片となって床に散らばる。腕肉が、足肉が、尻肉が、鮮血にまみれた肉片となって周囲に散乱する。目を見開き、半狂乱になって身悶えるエリカ。激痛のあまり意識を失えば再び全身に塩水を浴びせられ、激痛によって失神から無理矢理覚醒させられる。十字架の下に血の池が出来、そこに切り刻まれた肉片が浮かぶという酸鼻な光景の中、ちまちまと全身の肉を切り刻まれるエリカの悲痛な叫びが響く。(挿絵)
 ……どれほどの時間がたっただろうか。全身を真っ赤に染めたエリカが弱々しく呻くのを呆れたように眺め、シゾーが肩をすくめる。
「いいかげん、呆れたピョン。もう飽きたピョン。いいピョン、お前はもう死ぬピョン!」
 今まで意識的に外してきた--もちろん、殺さないための配慮である--腹部へとシゾーがついにハサミを振るう。じゃきん、じゃきんと十文字に腹が裂かれ、一瞬の間を置いて切り裂かれた内臓がどぼっと傷口からあふれ出た。(挿絵)
「ガハッ! あ、あ、ああ、うああああ……」
 ごぶっと口から血の塊を吐き出したエリカが、目を大きく見開いて恐怖の声を上げる。ずる、ずるっとこぼれ落ちていく自分の内臓を信じられないというように見つめるエリカ。更にそこに、塩水が浴びせられる。
「グギャアアアアアアァッ!! ギャベグギャガギガベブギャバァッ!!」
 全身に無数に刻まれた傷、そして内臓の傷を塩水で洗われ、意味を為さない絶叫を上げてエリカが激しく身体を振るわせる。大きく見開かれた瞳からふっと光が消え、がっくりと首を折るとエリカはそのまま死の世界へと旅だっていった……。
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