北大路花火


「……で、結局、ロベリアも行方不明、と」
 コクリコが発見された翌々日、支配人室で額に指を当てたシャノアール支配人、グラン・マが溜め息混じりにそう呟く。
「ミイラ取りがミイラに、ってわけだ。ロベリアらしくもないねぇ」
「すいません、支配人。自分がついていながら……」
「ムッシュの責任じゃないさ。ロベリアの独走が原因なわけだしね。とはいえ、また何か厄介な出来事が起きているって時に肝心の巴里華撃団のメンバーが二人も欠けるって言うのは、正直痛いねぇ。戦力が3割減かい」
 小さく頭を振りながらそう呟くグラン・マに、大神がわずかに怒ったような口調になって問いかける。
「支配人は、コクリコが死んだのが悲しくないんですか? それにロベリアだって今頃どうなっているか……!」
「ムッシュ。ここでアタシらが涙を流してれば事態は解決するのかい? 今アタシたちに出来ることは、早急に復活したらしい怪人たちのことを調べ上げ、対処することじゃないのかい?」
「そ、それは、そうですが……しかし!」
「……ムッシュは、ともかくロベリアのことを探しておくれ。まだ死んでしまったと決まったもんでもないからね」
 大神の言葉に疲れたような溜め息を一つつき、椅子に深く座り直してグラン・マが目を閉じる。釈然としない表情を浮かべながらも、一礼して大神は支配人室を後にした。
「隊長。支配人は、何と……?」
 支配人室から出てきた大神へと、グリシーヌがそう問いかける。彼女の後ろには、同じように不安そうな表情を浮かべたエリカの姿もあった。
「ロベリアの捜索を続けるように、だそうだ。エリカくんは俺と一緒に来てくれ。グリシーヌは花火くんと一緒だ。一人では危険だからね」
 大神の言葉に、二人が頷く。しかし、それでは、と携帯キネマトロンでの呼び出しをかけてみたものの、花火からの応答はない。不安そうに顔を見あわせる三人の脳裏に、同じ悪い想像が浮かんだ……。

「うっ、ううう……くうっ」
 額にびっしょりと汗を浮かべ、花火が呻く。身に付けているのは、いつもの喪服を連想させる黒い洋服ではなく、白い和服だ。両腕を背中で交差させ、両手首が反対の腕の肘の辺りに来るような格好で縛り上げられ、裾をまくり上げてあらわになった両足の上には重そうな石が二枚、積み上げられている。
「クックック、いかがかな、あなたの愛する日本文化の一つ、石抱き責めの味は」
 マントをまとったカラスの頭の怪人、コレボーがうつむき加減になっている花火の前髪を掴んで自分の方に顔を向けさせ、そう言う。くっと唇を噛み締めた花火が強い意思のこもった視線でにらみつけてくるのを、むしろ楽しげに受けとめてコルボーは言葉を続けた。
「あなたを傷付けるのは、私の本意ではない。あなたが素直に巴里華撃団に関する情報を話してくれれば、このような無粋な真似はしないで済むというもの。いかがかな?」
「甘く、みないで……! 私だって、巴里華撃団の一員です! 仲間を裏切るような真似は、殺されたってしません!」
「それでこそ黒衣のマドモワゼル、私が魅かれる女性というもの。では、その貴方の意志の強さに敬意を表し、本格的な苦痛を味わっていただこう」
 ばさり、と、マントを翻し、おおげさな身振りで一礼するとコルボーは花火の足の上に更に石を重ねた。ぐんっと足に重みが掛かり、ギザギザの刻まれた板に脛が食い込む。激痛に目を見開きながらも、花火は懸命に唇を噛み、悲鳴を押し殺した。乗せられた瞬間の激痛の波が通り過ぎ、ほんの僅かに鈍くなったところでふっふっと短く息を吐く。
「素晴らしい、まだ悲鳴を上げないとは。では、これにも耐えられますかな?」
 壁に立てかけられていた細長い棒を手に取り、びゅっと軽く振ってコルボーがそう問いかける。本来なら先端を裂いた竹、もしくは帚尻と呼ばれる器具を使うものだが、流石にそこまでは用意できなかったらしい。
 唇を噛み締め、花火はコルボーのことをにらみつけた。惨殺されたロベリアの死体。それを利用したコルボーの呼び出し状に、頭に血を昇らせてまんまと一人おびき出され、あっけなく敗れて囚われの身になってしまった自分に出来る精一杯の抵抗だ。そんな自分のことを嘲笑うかのように、コルボーの手が彼女の着せられている白装束の胸元をはだけさせ、白い肩をあらわにする。(挿絵)
「うぐっ!」
 びしっと肩を棒で打たれ、小さく花火が苦鳴を漏らす。僅かに笑いを浮かべながらコルボーが棒を振り上げ、振り降ろす。
「ぐっ! くあっ! くうぅっ!」
 びし、ばし、びしと容赦なく何度も棒が振り降ろされ、肌が破れて真っ赤な血が滴る。小さな苦鳴を漏らし、身をよじる花火。その小さな動きでも、石を抱かされた両足が激しく痛み、叫びたいほどの激痛が走った。懸命に耐えている花火の右肩を二十回ほど打ち据え、血まみれにしてしまうとコルボーは更に新たな石を花火の足の上に積み重ねた。
「きゃあああああああぁっ! あくっ、くあっ、くううぁっ!」
 一気に倍増した足の痛みに、耐えきれずに花火が悲鳴を上げて激しく頭を振る。コルボーが笑みを浮かべるのを視界の端に止め、懸命に悲鳴を噛み殺そうとするのだが、強烈な痛みにそれもままならない。
「くくく……流石に、これは厳しいようだな」
 悲鳴を上げ、身をよじる花火の白装束に手をかけ、コルボーが左の肩をあらわにする。胸のふくらみも半分ほど露出した状態だ。ひゅっと短く息を吐き、コルボーは血にまみれた棒を花火の左肩へと振り降ろした。
「くううぁっ!」
 びくんと頭をのけぞらせ、花火が悲鳴を上げる。容赦なく棒を振るい、コルボーが花火の左肩も右肩と同じように血まみれにしていく。
「くううっ! あくううっ! きゃあぁっ!」
「さあ、どうだ? そろそろ、話す気にはなったかな?」
「い、嫌です! 私は……きゃあああぁっ!」
 コルボーの問いかけに首を振る花火。その肩へと棒が振り降ろされ、血が飛び散る。悲鳴を上げる花火を更に打ち据え、コルボーが積まれた石に足をかけた。
「強情を張るのもいいかげんにしないと……」
「きゃあああああああぁっ! ヒイッ! 痛いっ! やめてぇっ!」
「貴方が質問に答えてくれれば、いつでも止めるとも、黒衣のマドモアゼル?」
「嫌ですっ! ああっ! くっ、あっ、きゃああああああああぁっ!」
 ぐらぐらと石を前後左右にゆすぶられ、花火が絶叫を上げる。足を動かしながら、コルボーは更に棒を肩へと振り降ろした。ばっと血がしぶき、花火の頬に点々と赤い跡を付ける。顔をのけぞらせ、頭を振り立て、苦痛に身悶える花火。
「強情な人だ。しかしこの責めは、あまり長くやると死に至る危険性が有る。別の責めに切りかえるとするか」
 足の上に積み上げた石を揺らし、棒を肩へと振り降ろす。そんな責めをしばらく続け、それでも花火の口からは拒絶の言葉しか出てこないことを確認したコルボーが軽く肩をすくめてそう呟く。石を足の上からどかされた花火が荒い息を吐きながら弱々しく呻く。着せられた白装束は大きく乱れ、両足と両肩が血で真っ赤に染まった無残な状態で横たわる花火。からんと音を立てて棒を投げ捨てると、コルボーは横たわる花火の白装束の帯をほどいた。そして、彼女の血で染まった足に触れる。びくっと、花火の身体が震えた。
「次の責めに移る前に、マッサージをしてさしあげる」
「ひいっ! 痛いっ! やめてっ! 触らないでっ! きゃああああぁっ!」
「遠慮することはない。石で圧迫されて、血の流れが悪くなっているのだから。しっかりマッサージをして、血の流れを良くしておかないと、壊死を起こす」
「いやあああああぁっ! 痛いっ、痛い痛い痛いっ! ひいいいいいっ!」
 血の流れが止まっていたところに急に血が流れ込み、じんじんと激しく痛んでいた両足を揉み込まれ、花火が身をよじって泣きわめく。帯をとかれた白装束が乱れ、花火の裸身が徐々にあらわになっていく。当然ながら、下着など身に付けてはいない。
「さて、こんなものか」
「うっ、ううっ、くううぅ……」
 白装束に腕を通しただけ、という、あられもない姿になって弱々しくすすり泣く花火の姿を見下ろし、コルボーがそう呟く。血まみれの肩を掴んで上体を引き起こし、後ろ手に縛られていた縄をほどく。ほとんど脱げかけていた白装束がするりと抜け、ついに花火は一糸まとわぬ全裸に剥かれてしまった。胸を覆おうとする彼女の手を掴んで今度は手首をまとめて縛り上げ、滑車を使って天井から吊るす。更に、吊り上げられた彼女の両足首にもそれぞれ縄を結び付け、床の金具と繋いで左右に割り開く。人の字の形に吊るされた花火へと、コルボーは部屋の片隅から持ってきた筒をかざして見せた。
「マドモアゼルの名前にちなんで、こういうものを用意させていただいた。気にいっていただけるとよろしいが」
「そ、それ、は……?」
「花火だ。打ち上げではなく、火花の柱を上へと吹き出すタイプでね」
 そう言いながら、コルボーが筒を花火の割り開かれた股間の真下の床へと置く。コルボーの意図を察した花火がさっと表情を青ざめさせた。
「さて、マドモアゼル。いかがかな? 花火を見るか、それとも質問に答えるか、どちらを選ぶ?」
「私は、何も話すつもりはありません!」
 表情を青ざめさせながら、気丈に花火が言い放つ。さして落胆した様子も見せず、コルボーはしゅっとマッチを擦り、短い導火線に火を付けた。導火線が燃えるごく短い時間が、花火には酷く長く感じられる。下を向き、燃え尽きていく導火線を凝視する花火。そして、ついに筒から勢いよく大量の火花が噴き上げられた。(挿絵)
「キヒイイイイイイイイイイイィッ! ヒイッッ! キイッ! 熱っ、アッ、アヒイイイイイイィッ!」
 割り開かれた太股の内側、そして陰毛に覆われた敏感な秘所へと、容赦なく大量の火花が噴き上げられる。小さな火花の熱は肉に触れれば直に冷めて消えるが、それでも相当の熱さと痛みをもたらす。しかも、無数の火花が次々と襲いかかってくるのだ。
「ヒイッ、ヒイイイイィッ! キヒイィッ! 熱っ、アアツッ、熱っ、アヒイイイィッ! キヒヤアアァァッ!!」
 激しく頭を振り立て、口から唾を飛ばし、目を剥いて花火が泣き叫び、身悶える。狂乱する花火の姿を楽しげにコルボーが眺め、質問に答える気にはなったかと問いかける。
「イヤアアアアアァッ! ヒイイイイイイイィッ! キヒイイイイイイイィッ!!」
 熱さと痛みとで、真っ白になりかけている頭で、それでも花火が拒絶する。その間にも筒からは際限なく様々な色あいの火花が噴き上げられ、花火の太股や秘所を灼く。甲高い絶叫を上げ、身をくねらせて花火が身悶える。
 やがて火花の噴出が止まり、それに伴って花火の狂乱も収まった。がっくりとうなだれ、よだれの糸を引きながら花火が呻く。くくくっと楽しげな笑い声を上げると、コルボーは新たな筒をうなだれる花火の前にかざして見せた。
「まだ、用意してある。次の筒を楽しんでもらおうか」
「うっ、うう……わ、私、は、何も話しません……!」
「さて、いつまで持つかな?」
 毅然と顔を上げる花火へと笑いかけ、コルボーが小さな台を花火の足の下に置き、その上に筒を設置する。当然床の上に置くよりも距離が近くなり、その分火花の勢いと熱も強まるわけだ。
「ギヒイイイィッ! ヒギャッ! ギャッ、ギャヒイイイイイィッ!」
 マッチで火を付けられた筒から、勢いよく火花が噴き上がる。太股と秘所とを火花に覆われた花火が、濁った絶叫を上げて身悶える。
「ギャギイイイィッ! 熱っ、アッ、ギャヒイイイイィッ!! アアアツイッ! ヒギャッ、ギャヒヒイィッ!!」
 大量の火花の洗礼に、絶叫と共に花火が身体をくねらせる。火花の一部は彼女の腹の辺りや乳房のふくらみに達し、そこを灼く。火花の熱は直に消え、火傷と呼べるほど酷い傷にはならないものの、それでも熱さと痛みは彼女の思考を真っ白にするに十分なレベルだ。
 二つ目の筒からの火花の噴出が止まり、失神寸前、といった感じで花火がうなだれる。いったん彼女の身体を床に降ろし、コルボーは両手首と両足首を背中側でまとめて縛り上げた。いわゆる、逆海老の形だ。そして彼女の背中にさっき石抱きに使ったものよりはだいぶ小振りの石を縛りつけ、再び吊り上げる。みしみしと背骨が軋み、花火の口から呻きが漏れた。
「もう一つ、日本の文化を実際に経験していただこう。駿河問い、だ」
「う、うくう……どんな責めにも、私は耐えてみせます!」
 苦しげに呻きながら、それでも気丈な態度を崩さない花火の言葉に、コルボーが薄く笑って彼女の身体を回転させ、縄をよじる。五十回以上も回し、縄にたっぷりとよじれを作ったところでコルボーは手を離した。最初はゆっくりと、徐々に速度を上げて花火の身体が回転をはじめ、最初は歯を食い縛っていた花火の口から小さな悲鳴が漏れる。回転回数が三十を越える頃になると勢いはかなりのものになり、回転速度の高まりと比例して大きくなっていく花火の悲鳴も、絶叫という感じに変わってくる。
「ウアアアアアアアアアアアアァッ!!」
 絶叫しながら回転する花火の身体は、縄のよじれが消えても勢いで更に回転を続ける。逆方向に縄がよじれていき、徐々に回転がゆっくりになる。
「う、うあ……うああ!? あっ、きゃああああああああぁっ!」
 回転でくらくらする頭を小さく振り、呻いた花火が、今度は逆方向の回転に戸惑いの声を、そして悲鳴を上げる。視界が勢い良く回転し、胸の奥から吐き気が込み上げてくる。
「うああああっ! うあっ! あぐっ! くあああああああぁっ!」
 悲鳴をあげながら回転を続ける花火。背中に置かれた石のせいで背骨が軋み、逆海老に吊られた手足が激しく痛む。そして、それらの痛みが気にもならないほど強烈な、めまいと吐き気。
 右へ、左へ、何度も何度も花火が回転を繰り返す。勢いによってよじられる縄は当然よじりの回数を少なくしていくが、それでも花火の回転が止まるまでには長い時間が必要だった。全身から油汗を吹き出させ、回転が止まるまで絶叫を上げつづけた花火はぐったりとして喘いでいる。
「この責めにあって白状せざる者無し、と、そう歌われた芸術品とも呼べるこの責め。くくく……いかがです? 身を以って憧れの日本文化に触れた感想は?」
「う、あ……気持ち、悪い……ううぅ……」
「さて、これでもまだ質問に答えてはいただけぬのかな? であれば、更に同じ責めを繰り返すまでのことだが」
 自分の言葉に応じる余裕もないのか、呻いている花火へとコルボーがやや芝居がかった口調で問いかける。平行感覚が狂い、くらくらする頭を振って少しでも意識をはっきりさせようとしながら花火が呻くように答えた。
「殺されても、話す気は、ありません……!」
「では、しかたない。そうそう、そういえば、用意した花火はもう一つ残っていたのだったな。ついでだから、これも使うとしよう」
 にやりと笑いながらそう言い、コルボーが表情をこわばらせる花火の身体を回転させ始める。僅かに唇を震わせ、目を閉じている花火の身体が何回も回され、たっぷりと縄がよじれる。
「では、はじめるとしようか」
 コルボーの宣言と共に花火の身体が回転をはじめる。悲鳴を上げまいと唇を噛み締めるが、その努力もむなしく、やがて花火の口から悲鳴が漏れ始めた。ごそごそと花火の回転する身体の下で筒を準備していたコルボーの口元に笑みが浮かぶ。
「うああっ、くうっ、あっ、あああ……! ヒッ!? キャアアァッ! アアアアアアァッ! ウアアアアアアアアアアアアアアアァッ!!」
 筒から火花が噴き上がり、回転する花火の腹や胸を直撃する。その熱さと痛みに悲鳴を上げた花火は、回転によるめまいと嘔吐感とに一気に襲われ、更なる絶叫を放った。一度悲鳴を上げてしまうと、もう耐えられない。(挿絵)
「キヒイイィィッ! ウアアアアアアアァッ! ヒイイイイイィッ! キャアアアアアアアァッ!!」
 駿河問いによる回転と、下から噴き上げられる火花による火責め。二つの責めに、花火が絶叫を上げる。腹を中心として胸や陰部の辺りにも火花は飛び散り、灼熱の痛みを与えてくる。背中に乗せられた石のせいで背骨は軋み、逆海老に吊られた手足が痛む。回転によって三半器官が責め立てられ、強烈な吐き気が込み上げる。
 逆海老に吊られ、石まで乗せられた身体はほとんど自由に動かない。それを精一杯にくねらせ、髪を振り乱し、花火が絶叫を続ける。
「ウアアアアアアアァッ! イヤアアアアアアアァッ! ヒイイイイイイイィッ! ウアアアアアアァァッ!!」
 右へ、左へ、筒から吹き上がる火花が収まっても際限なく回転を繰り返す花火。彼女にとっては永遠にも等しい時間が過ぎ、やっと回転が止まった時、花火は嘔吐しながら激しく咳き込んだ。自分の吐き出した吐瀉物と唾液とで顔をべちゃべちゃにし、弱々しく呻くとそのまま意識を失ってしまう。
「ふふふ……意識を失ったか。それでいい。最後まで屈してもらっては困るのだからな……我が舞台のためには」
 ばさり、と、マントを翻すとコルボーはそう呟いた。

「エッフェル塔に、怪人が出現!」
 シャノアールの地下にある、中央司令室。そこでシーがそう叫び、さっと全員の顔に緊張が走る。
「くっ……花火くんの行方が知れないというこんな時に!」
「でもね、ムッシュ。巴里の街の平和を守るためだ、出撃はしてもらうよ」
 呻く大神へと、酷薄とさえ言える口調でグラン・マがそう告げる。ぎゅっと一瞬拳を握った大神へと、グラン・マは苦笑混じりになだめるような口調になって声をかけた。
「こう考えたらどうだい? 花火がどうなったのか、現れた怪人から情報を得るチャンスじゃないか。連中に囚われているにせよ、現れた怪人から本拠地を聞き出せれば救出作戦だって出来る。違うかい?」
「……分かりました。巴里華撃団、出撃せよ!」
 大神の号令に、エリカとグリシーヌが答える。考えてみれば、最初に結成された時の巴里華撃団はこの三人だけだったのだ。戦いの中でかけがいのない仲間を得てきた自分たちが、また最初の状態に戻ってしまった。寂しさと悲しみを覚えつつ、まだロベリアや花火が失われたと決まったわけではないと自分に言い聞かせ、大神は自らの光武へと乗り込んだ。

「花火、くん……!?」
 エッフェル塔へとエクレールによって運ばれた大神たち巴里華撃団。エッフェル塔の周囲を旋回するカラス型の蒸気獣、プレリュードの姿と共にエッフェル塔の鉄骨の半ばに括りつけられたロケットのようなものと、そこに全裸で縛りつけられ、がっくりとうなだれている少女の姿を認めて大神が愕然としたように呟く。
「我が舞台へようこそ、巴里華撃団の諸君。我が愛しの黒衣のマドモアゼルには、名前の通りの姿になっていただく。それを阻止したくば、我を倒すことだ。導火線が燃え尽きるまでの時間は五分。それを過ぎれば、黒衣のマドモアゼルは空高く打ち上げられ、大輪の花火となって散ることとなる」
 夕闇を背景に宙を舞うプレリュードから、高らかにコルボーがそう宣言する。
「貴様……! 花火くんは、返してもらうぞ!」
「かつて、一度我は汝によって黒衣のマドモワゼルを失った。これはその再現。ただし、終幕は変更させていただく。我が理想とする舞台へと! さあ、幕は上がった!」
 ばさりと大きくプレリュードが羽ばたき、花火の縛りつけられた打ち上げ花火の導火線に火が付けられる。同時にプレリュードの放った銃弾を散開してかわす巴里華撃団の面々。
「くっ……奴が飛んでる限り手が出せない。エリカくん、頼む!」
「はいっ、エリカ、やっちゃいます!」
 大神の声に答え、エリカが元気よく答えて光武のマシンガンを乱射する。しかし、ひらりとかわしたプレリュードの飛行ユニットに当たったのは半数に満たず、しかも外れた流れ弾がカンカンカンっとエッフェル塔に当たる。
「よいのか? 自分たちの手で、仲間を葬っても?」
「あううう……」
 コルボーの言葉に、エリカが困ったような声を上げる。巴里華撃団の中で遠距離への攻撃手段を持つのはエリカ、コクリコ、花火の三人。それぞれに特性が違い、エリカのマシンガンは広範囲に攻撃できる代わりに一撃の威力と精度が低い。プレリュードは常に自分の背後に花火を置くように移動するから、外れた弾が彼女を直撃しかねない。そして、威力が低いといっても、光武のマシンガンの弾が一発でも当たれば生身の人間などひとたまりもない。
「くっ……卑怯な!」
 グリシーヌが叫ぶが、彼女の光武は接近戦専用だ。空を飛ぶ相手にはまったくの無力である。そして、それは大神も同じだった。
「くそっ、どうすればいいんだ!?」
 大神が呻く。大神の機体はグリシーヌのものに比べてジャンプ力が有るから、相手が低い位置に来てくれれば跳躍して切りつけることは不可能ではない。しかし、相手もそれは承知していて、ジャンプしても届かない高度を保って散発的に攻撃してくる。こちらを倒すのが目的ではなく、目の前で為すすべもなく仲間を殺される場面を見せつけるのが目的なのだろう。
「絶望せよ! 絶望と嘆きこそ、我が舞台を彩るのもの!」
 コルボーの高らかな宣言と、巴里華撃団の悲痛な焦り。膠着した時間が、無情に過ぎる。エリカは移動をくり返し、何とか花火を巻き込まずに攻撃しようとするのだがプレリュードは自在に空を舞ってそれをさせない。
「あんっ、もうっ! じっとしてなさい!」
「愚かなことを……」
 エリカの苛立ちの叫びに、コルボーが冷笑で報いる。ばさり、と、羽を鳴らした彼の蒸気獣、プレリュードがエッフェル塔をよじ登ろうとする大神の光武へと銃弾を浴びせ、叩き落した。
「彼女は戦いの賞品、我を倒さずに手に入れようなどと、姑息な真似は許さん」
「卑怯な!」
 コルボーの言葉に、憤然と大神が叫ぶ。空を飛ぶ相手に対する攻撃手段を持たない大神やグリシーヌは、先刻から光武でエッフェル塔をよじ登り、花火を救出できないものかと何度も試みているのだが、その度にプレリュードからの射撃を受け、転落させられている。
 焦燥感に狩られて懸命に戦いつづける巴里華撃団。しかし事態を打破できぬまま時間だけがゆっくりと過ぎていく。そして、ついにコルボーが最後の宣告をした。
「時間だ」
「花火くん!」
 大神の絶叫に被さるように、ひゅるるるるるっと音を立てて空高く花火を縛りつけたロケット花火が舞い上がっていく。既に夜の闇に覆われた空へと向かって白い筋が登っていき、中天で弾けた。
 大輪の、花火が咲く。呆然とそれを見上げる巴里華撃団の三人。少しの間を置いて、ぼたぼたぼたっと赤い雨が空から降り注いできた。粉々に砕けた、花火の肉片と血の雨だ。
「くくくくく……素晴らしい! いかがかな? 巴里華撃団の諸君。我が舞台、楽しんでいただけたかな?」
「う、うおおおおおおおおおぉっ!!」
 大神が咆哮する。怒りが霊力を高め、高まった霊力が光武の出力を限界以上に高める。背中のバーニアを吹かして勢いよく飛び上がった大神の一撃は、コルボーの予測を越えた。とっさにかわしたプレリュードの胴体部分を大きく切り裂く。
「ぐあっ!? な、なんと……。
 舞台は終わった! ここは退かせてもらう!」
 黒い煙を吐き出しながらプレリュードがよろよろと飛び去る。叫び声と共にエリカが遠ざかる影に向かってマシンガンを乱射し、いくらかのダメージは与えたようだが、夜の闇の中へとプレリュードの姿は消えていった。
「花火くん……!」
 がっくりとその場に光武の膝を付かせ、大神が呻く。その、光武の腕の中へと、空から降ってきた丸い塊がとさっと収まった。
 奇跡的に、原形をとどめた花火の首。眠るように目を閉じ、血に汚れたその顔が、大神の光武の方へと向けられていた……。
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