ロベリア


「くっ……何なの、この気迫は!?」
 夜の闇を切り裂いて飛んできたナイフを髪一重でかわし、ナーデルが呻く。自分の放ったナイフを追うように一気に間合いを詰めてきたロベリアから距離を取るべく、彼女は大きく後ろに跳んだ。建物の屋上から隣接する別の建物の屋上へと跳び移ったナーデルの目が、既に次のナイフを構えているロベリアの、口元に浮かんだ笑みを捉えた。
(よけられない……!?)
 着地のために膝を沈めた体勢で、即座には次の動作には移れない。脳裏に浮かんだ考えに慄然としつつ、ナーデルは反射的に右腕をロベリアへと向けた。彼女の手から電撃が放たれるのと同時にロベリアがナイフを投じ、ナーデルの放った電撃がロベリアを、ロベリアの放ったナイフがナーデルを、それぞれ捉えた。
「あぐっ! ぐっ……ふっ、ふふふっ、相打ちじゃないわね。私の電撃を受けた以上、もう指一本動かせない筈……!」
 左肩に突き刺さったナイフを引き抜き、苦痛に眉をしかめながらナーデルがそう言う。しかし、彼女の予想に反してロベリアはわずらわしげに左手で前髪を掻き上げた。
「あん? 今の、攻撃だったのか? 蚊にでもさされたのかと思ったぜ」
「なっ……!? わ、私の電撃を受けて平気だなんて、なんて非常識な奴……!」
「はっ、てめえなんぞの攻撃なんか、痛くも痒くもないんだよっ! さぁ、遊びは終わりだ。くらいなっ!」
 目の前に掲げた掌の上に炎を生み出し、ロベリアが叫ぶ。くっと、ナーデルが呻いたその瞬間。
 ばさばさばさっ。
 羽音と共に、黒い無数の羽が二人の間を舞い落ちた。視線を遮られ、ロベリアが僅かに目を見開く。同時に、どすっと重い衝撃を首筋に受け、ロベリアはその場へと崩れ落ちた。彼女の背後に唐突に現れ、手刀を持って意識を失わせた人物へと視線を向けたナーデルが不機嫌そうな表情を浮かべた。
「コルボー……? 何をしにきたのよ?」
「助けた礼ぐらいは言ってもらいたいものだが、まあ、いい。カルマール様がお呼びだ。戻るぞ」
「ふん……」
 マントと帽子を身にまとったカラスの顔をした男、自分と同じく怪人の一人であるマスク・ド・コルボーの言葉に、ナーデルが不機嫌そうに鼻を鳴らす。借りを作らされたのがしゃくなのだ。もっとも、彼女の浮かべた不機嫌そうな表情は、気を失ったロベリアの姿に視線が向いた途端消え失せたが。
「うふふっ、ロベリアもついに年貢の納め時ってわけね。ゆっくり、嬲り殺してあげる」
 ねばっこい視線をロベリアに向けるナーデルへと、蔑むような一瞥を向けてばさっとコルボーはマントを翻した。黒い羽が周囲に飛び散り、三人の姿が消えた……。

 コクリコと同じ部屋に、ナーデルはロベリアを連れ込んだ。壁から生えた短い鎖で、大の字になるようにロベリアの身体を拘束する。ばしゃっと水を顔に浴びせられ、けほけほっと軽く咳き込みながらロベリアが目を開いた。瞬時に意識を覚醒させたのか、自分の置かれた状況を把握して舌打ちをする。
「ちっ……ドジったか」
「いい様ね、ロベリア。散々暴言を吐いてくれたお返し、たっぷりとしてあげるわ」
 ぽたぽたと水滴を滴らせるロベリアの髪を掴み、ぐいっと引っ張りながらナーデルが笑う。ぺっとロベリアが吐き出した唾がナーデルの頬に当たり、顔を怒りで真っ赤に染めてナーデルが平手打ちを放った。ばしっという景気のいい音と共にロベリアの顔が横を向く。ぐいっと乱暴に頬に張りついた唾を拭うナーデルのことを、顔を背けたままロベリアが蔑むように見つめていた。
「な……何よ、その目は! あなたは負けたの、囚われたのよ!? ちょっとは怯えてみせたらどうなの!?」
「はっ……! てめえみたいな雑魚相手に、何で怯えなきゃなんないんだ? まともに戦ったら手も足もでないから、仲間の手を借りてアタシを捕まえたんだろ? おまけに、こんな風に動きを封じておかなきゃ、怖くて同じ部屋で向かいあったり出来ないんだろうが」
「きいいぃぃっ!」
 ロベリアの言葉を受けてナーデルがじだんだを踏む。ふんっと鼻を鳴らしたロベリアの頬へと、ナーデルが拳を放った。ぐっと小さく呻くロベリアへと、二発、三発と更にナーデルが拳を振るう。興奮にはあはあと肩を上下させるナーデルを横目でにらみつけつつ、ぺっと血の混じった唾をロベリアが吐き捨てた。
「ふ、ふんっ、いい気になってられるのも今のうちよ。私の足元にひざまずかせてやるからっ」
 ぐいっと左手でロベリアの服の胸元を掴むと、ナーデルは右手に握ったナイフをロベリアの服に走らせた。襟からびびびっと縦に服が切り裂かれ、白い肌があらわになる。はっと、呆れたような息をロベリアが吐いた。
「いちいち、言うことがお約束な奴だな。典型的な悪役の台詞だぜ、それ。
 大体、人のナイフを勝手に使ってんじゃねぇよ」
「う、うるさいわねっ。自分のナイフで切り刻まれるのは悔しいでしょ。だからわざわざ使ってるのよ!」
「あん? なんだそりゃ? 何で、アタシが悔しがらなきゃいけないんだ? 誰の持ち物だろうと、ナイフはナイフだろーが。馬鹿なこと言ってんじゃないよ、バーカ」
 びびっ、びびびっと、更に服を切り裂かれて全裸に剥かれていきながら、まったく意に介した様子もなくロベリアが嘲りの言葉を口にする。自分の方が圧倒的に立場が有利なのだから、負け犬の遠吠えとでも思って聞き流してしまえばいいものを、いちいち律義に反応するナーデル。きいいっと悔しげな声を上げてナーデルはじだんだを踏み、ロベリアの顔を殴りつけた。頬を青黒く腫れ上がらせつつ、ふんっとロベリアが小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
「へ、減らず口を叩くのもこれまでよっ。せいぜい、泣きわめきなさいっ!」
 あらわになったロベリアの右乳房を左手で鷲掴みにし、ナーデルが叫ぶ。ぐさっとナイフを乳房に突き立てられ、流石にびくんっとロベリアが身体を震わせ、顔をのけぞらせた。あふれそうになる悲鳴を、辛うじて唇を噛み締めて殺す。(挿絵)
「ぐっ、あっ、ぐううぅっ!」
「お~ほっほっほっほ、痛い!? 痛いんでしょ!? さぁ、我慢してないで泣き叫びなさいっ!」
 ぐりぐりと、ナイフをえぐるように動かしながらナーデルが高笑いを上げた。ナイフが動くたびに鮮血が飛び散り、ロベリアの腹を伝っていく。びくっ、びくっと身体を震わせながら、乳房を切り取られていく激痛にロベリアが呻いた。悲鳴を上げまいと噛み締めた唇から、つうっと血が滴る。
「うぐううぐっ、ぐぐぐっ、ぐうううっ!」
「ほらほら、どうしたの? さっきまでみたく、減らず口を叩いてみたら?」
「ぐっ、ぐぐぐっ、ぐううううぅっ! うぎゃああああああああああああぁっ!!」
 笑いながらナーデルが傷をえぐり、より多くの苦痛を与えようとナイフをひねりながら動かしつつ、乳房を鷲掴みにした左手を引いて乳房を引き千切っていく。頭を振り立て、懸命に悲鳴を噛み殺していたロベリアだが、べりべりべりっと乳房を完全に引き千切られるとついに耐えきれなくなったのか大きく口が開き、絶叫がほとばしった。肉塊と化したロベリアの右乳房をべちゃりと床に落とし、ナーデルが高笑いを上げる。がちゃがちゃと鎖を鳴らして身悶えるロベリアの残った左の乳房を、血まみれになった左手でがしっとナーデルは掴んだ。爪が乳房に食い込み、血を滴らせる。激痛に喘ぐロベリアの左胸へと、ナーデルがナイフを突き立てた。
「ぐああああぁっ!」
「あ~はっはっはっはっは、いい声で泣くじゃない。ほら、もっと泣き叫びなさいっ!」
「だっ、誰、がっ……あっ、がっ、ぎゃああああああああぁっ!」
 ナーデルの哄笑に、顔を苦痛に歪めてロベリアが何かを叫び返そうとする。だが、ナーデルの両腕が動き、乳房をナイフで切り裂かれつつ強く引かれて、ロベリアの口から獣じみた絶叫があふれた。がちゃがちゃと激しく鎖が鳴り、鮮血がロベリアの身体を赤く染めながらあふれ出して床に血溜りを作る。
「ぎっ、あっ、うぎゃあああああああああぁっ!!」
 べりべりべりっと、左の乳房も剥ぎ取られる。両胸のあった場所にグロテスクな肉の断面を見せ、がっくりとロベリアがうなだれた。ぽたぽたと、満面に浮かんだ汗が滴り、床に広がった血溜りの上にいくつもの波紋を作る。
「うふふっ、私にひざまずき、泣いて許しを乞うてみたらどう? もしかしたら、これ以上の苦痛を味あわずに済むかもしれないわよ?」
 ナーデルの言葉に、弱々しくロベリアが頭を上げる。涙で潤んだ瞳に哀願の色を浮かべ、ロベリアが小さく唇を動かした。しかし、そこから漏れる言葉はごく小さく、ナーデルの耳には届かない。ロベリアの表情から自分の勝利を確信したのか、満面に笑みを浮かべてナーデルが耳をロベリアの口元に近づけた。
「ん? なぁに? 大きな声でいってごらんな……ぎゃっ!?」
 勝利を確信し、笑みを浮かべていたナーデルが突然悲鳴を上げて飛びさすった。左手で耳の辺りを覆っているが、そこからぼたぼたと血がこぼれている。憎悪の表情で自分のことを凝視するナーデルへとはっと小さく嘲笑を向けると、ロベリアは噛み千切ったナーデルの左耳をぺっと床の上に吐き捨てた。屈服したように見せかける演技と小さな唇の動きでナーデルの耳を自分の口元に近づけさせ、一気に身体を前に伸ばして耳に噛みついたのだ。無理な動きに、鎖で捕らえられた両肩にかなりの痛みが走ったが、一矢報いてやったという満足感がその痛みを忘れさせてくれる。
「バーカ、誰がてめえなんかに許しを乞うかよ。このアタシを、舐めるのもいいかげんにしな」
「こっ、こっ、このっ!」
 勝利を確信していたところから逆襲され、おまけに嘲笑されてナーデルがわなわなと唇を震わせる。怒りの叫びと共に踊りかかったナーデルが、目茶苦茶に拳を振るってロベリアのことを殴りまくった。鎖で手足を固定されているロベリアには、避けようもない。がっ、がっ、がっと、顔に次々と拳がめり込み、たちまちのうちに顔が腫れ上がる。口の中を切ったのか血の味が広がる。つんっとした刺激と共に鼻血があふれる。まぶたが腫れ上がり、視界が半ば閉ざされる。後頭部を石壁に打ちつけ、一瞬意識が遠退きかける。
 十数発の拳を放ち、それで多少は怒りが発散されたのか、ナーデルが肩を大きく上下させながら数歩後ずさった。無残に顔を腫れ上がらせたロベリアがうつむいて咳き込み、血と唾と折れた歯とを吐き出す。ぎりぎりと奥歯を噛み締めていたナーデルが、さっと身を翻すと部屋の隅に置かれていた壷を抱えてロベリアの前に立った。
「まだ、殺さないわ。だから、傷の止血はしてあげる」
「い、いらねーよ……」
「遠慮はしなくていいわ。親切で言ってるんじゃないもの。たっぷりと、苦痛を味わってもらうつもりだから」
「だ、だからいらねーつってるだろーが。人の話を聞けよ、馬鹿」
 散々殴られ、くらくらとする頭を弱々しく振って意識をはっきりとさせようと努めつつ、ナーデルがそう言う。ぎりぎりぎりっとますます奥歯をきつく噛み締めたナーデルが、壷の中に満たされていたどろりとした液体を手で救い取ると無造作にロベリアの胸の傷に塗りつけた。ひんやりとした感触と傷に触れられる痛みとでびくっとロベリアが身体を震わせた。だが、彼女の予想に反して、激しい痛みは感じない。無茶苦茶にしみる薬を塗られるのだろう、と、そう考えていたロベリアが僅かに怪訝そうな表情を浮かべる。その間にもナーデルの手は動き、両胸の無残な傷跡へとどろりとした液体がまんべんなく塗りつけられた。
「うふふっ、あなたは炎を使うのが得意だったわよね? ま、もっとも、この部屋は結界の中だから煙草に火を付ける程度のことも出来ないでしょうけど」
「って、おい、まさかこいつは……!?」
 ナーデルの言葉に、ロベリアが泡を食ったような表情を浮かべた。塗りつけられたのは……油?
「んっふっふっふっふ」
 低い含み笑いを漏らしながらナーデルがしゅっとマッチをする。小さな三角形の炎が近づいてくるのを、流石に表情を引きつらせ、鎖を鳴らして身悶えながらロベリアが見つめた。
「やっ、やめっ、おいっ……! ギャアアアアアアアアアアアアアッ! ウッギャアアアアアアアアアアアァッ!」
 まずは右胸、次いで左胸と、マッチの炎が塗られた油に触れる。瞬間、ぼっと勢いよく油が燃え上がり、ロベリアの両胸が炎に包まれた。左右の胸に炎が触れた途端に絶叫を上げ、目を大きく見開いてロベリアが激しく身体を暴れさせる。既に膨らみを切り落とされ、平面となった胸で二つの炎の塊が燃え上がり、無残な傷口を、更には肩や頬にかけての肌を、焼き焦がしていく。(挿絵)
「ギャアアアアアアアアアアアアアアァ--ッ! ヒギャッ、ギャッ、グアアアアアアアアアアアアァ--ッ!」
 塗られた油は、おそらく粘性が高く、長時間燃えつづけるように調合されたものだったのだろう。十分以上に渡って炎は燃えつづけ、その間、絶え間なくロベリアが絶叫を上げ、身をよじり、逃れようのない炎の苦痛から何とか逃れようと苦悶のダンスを踊る。狂ったような笑いを浮かべて嘲けりの言葉をナーデルが投げかけているのだが、それに対して憎まれ口を返すどころか耳に入れる余裕すら今のロベリアにはない。がちゃがちゃと激しく鎖が鳴り、肌がこすれて破けたのか手首や足首から血が滴った。
 炎がその勢いを減じ、消え去った時には、ロベリアは既に息も絶え絶えで、半死半生という状態だった。直接炎を放たれた胸の傷跡から肩にかけては真っ黒に焼け焦げて炭化し、炎にあぶられた顎から頬にかけての結構広い範囲も無残に焼けただれている。がっくりとうなだれた彼女の口が半開きになり、よだれが糸を引いてつうっと滴った。
「さて、ロベリア。炎の味はどうだったかしら? うふふっ、これ以上の苦痛を味わいたくなければ、素直に私に従うことね。私の足もとのひざまずき、忠誠を誓って私の問いに答えなさい」
「……一つ、忠告しておいてやる」
 楽しげな笑いと共に口を開いたナーデルのことを、顔を上げたロベリアは強い光の宿った瞳でにらみつけた。彼女の口から漏れた押し殺したような言葉に、ナーデルが眉をしかめる。
「忠告?」
「楽な死に方をしたいんなら、今すぐアタシを殺しな。今頃はアタシの仲間たちが、必死に探しまわってるだろうよ。連中がアタシの息があるうちにここにやってくればアタシがてめえを嬲り殺す。アタシが死んでいれば、仲間がてめえを殺す。既にコクリコを惨殺して、充分すぎるほどの恨みを買ってるんだ。アタシがボロボロになってればなってるほど、てめえに向けられる報復は残酷なものになるだろうさ。
 あの連中はお人好しの甘ちゃん揃いだが、頭を張ってるのはこのアタシと悪党の論理で五分に張れる奴だ。普通の人間なら躊躇するような残酷なことだって、眉一つ動かさずにやるだろうよ。
 もう一度、忠告してやる。今すぐに、アタシを殺すんだな」
 苦痛に表情を歪め、息を喘がせながらロベリアがそう言い放つ。唇を笑みの形に歪めて、ナーデルが肩をすくめた。
「あらあら、仲間が助けに来てくれるのを信じるなんて、巴里の夜を騒がせた大悪党・ロベリアとも思えない台詞ね。それに、例えあなたの仲間が来たところで、私たちには勝てっこないわ。何しろ、カルマール様の御力を得て、私たちは以前より遥かにパワーアップしてるんだから」
「はっ。笑わせてくれる。仲間に助けられなきゃ、今頃アタシとてめえとの立場は逆転してた筈だぜ? パワーアップ? パワーアップしてそれってんなら、元はよっぽど弱かったんだな、てめえは」
「お黙り!」
 ロベリアに嘲笑されて、ナーデルはあっさりと逆上した。怒りに顔を赤く染め、ナーデルはナイフを振りかざした。そのナイフが自分へと振り降ろされる姿を、目を背けることも閉じることもなく、傲然と形容したくなるような落ち着き払った表情でロベリアが見つめている。
 だが、ナイフが振り降ろされることはついになかった。今まさにナイフが振り降ろされ、ロベリアの心臓をえぐろうとした瞬間、ナーデルの手首を背後からコルボーが掴んだのだ。
「やめておくのだな」
「コルボー! あんた、私の邪魔をするつもりなの!?」
 身をよじってコルボーの手を振り払い、ナーデルが噛みつきそうな勢いで叫ぶ。ばさり、と、マントを翻してコルボーが口を開いた。
「カルマール様の命令を忘れたのか? お前の役割は処刑にあらず、巴里華撃団の本拠地を突きとめることの筈……」
「そ、それは……。別に、本拠地をつきとめるなんてまだるっこしいまねなんかしなくたって、こうやって一人ずつ捕らえて殺していけば、連中は遠からず全滅するんだからいいじゃないの!」
「おお、何と愚かな。愚かなる者よ、汝の名は女なり!」
 有名な劇作家の言葉を盗用しつつ、おおげさな身振りでマントを翻してコルボーが天井を仰ぐ。かっとなったナーデルが口を開こうとした、その機先を制するようにびしっとコルボーが指をナーデルの鼻先へと突きつけ、口を開いた。
「トカゲの尻尾をいかにもいだところでまた生える。頭を潰さぬ限り、巴里華撃団という邪魔者は消えはしない。現在の隊員をいくら殺したところで、組織の中枢が無事に残っていればすぐにまた新しい隊員を補充され、我らの邪魔をするべく彼らは現れるであろう。
 巴里華撃団、そは路傍に転がる小さな小石。なれど、小石といえどカルマール様の歩まれる道に転がしておくわけにはゆかぬ。そのための任務を賜りながら、その意義を理解せぬとは……おお、何と無知蒙昧なる者か」
 おおげさな詠嘆調の物言いはコルボーの癖だが、聞かされる方にとっては腹が立つ。ぎりっと奥歯を噛み締めると、ナーデルはコルボーのことを怒鳴りつけた。
「うるさいわねっ! この女から本拠地を聞き出せばいいんでしょ!? やってやるわよ。その代わり、手出しは無用だからね!」
「無論、私はそのような下品な女に興味はない。私が心をひかれるのは只一人、彼の黒衣のマドモアゼルのみだ」
 詠嘆調から一転して静かになったコルボーの言葉に、はんっとロベリアが嘲けりの声を上げた。
「ふられた女にいつまでこだわってんだか。馬鹿じゃねーの?」
「……ふん。負け犬のとおぼえは聞き苦しいものよ。ナーデル、後は任せるが、くれぐれも自白させる前に殺すなよ」
 すっと目を細めて射るような視線をロベリアに向けると、ばさりとマントを翻してコルボーはつかつかと部屋から出ていった。ふんっと小さく鼻を鳴らし、ナーデルがロベリアに視線を向ける。
「さて、と。どうせ素直に話す筈もなし、もう少し痛めつけてあげるわ。そうね……3kgばかし、ダイエットさせてあげようかしら? あなたも一応、女ですものね。体重は気になるところでしょう?」
「ダイエット? ああ、断食か。そりゃまた、随分気の長いことだな」
 小馬鹿にしたような笑いを浮かべるロベリアへと、ナーデルが余裕のある笑みを浮かべた。予想と反する反応に、僅かにたじろいだロベリアの頬をぴたぴたとナイフの腹でナーデルが叩く。
「そんなまだるっこしい真似はしないわ。知らないの? 人間の全身の皮を集めるとね、大体3kgぐらいになるんですって」
「なっ……!? ぐあぁっ!」
 ナーデルの言葉に絶句したロベリアが、ナイフで腕の肉と皮とを薄く削ぎ取られて叫び声を上げる。薄く笑いを浮かべながら削ぎ取った傷口を起点として、ナーデルはロベリアの左腕に放射状の切れ込みを何本も刻み込んだ。ぐぐぐっと歯を食い縛って悲鳴を噛み殺すロベリア。
「腕と足は、こうやって少しずつ皮を剥いでいってあげる。胴体部分は、べりべりべりっとまとめて剥がすの。どれだけ大きな皮を一遍に剥がせるか楽しみね。
 でもまずは、腕で楽しんでちょうだいっ!」
「うあっ! あ、あっ、ぐっ、ぐあぁっ! ぐぐぐ……ぐああぁっ!」
 ぺりぺりぺり、ぺりぺりぺりと、放射状に入った切れ込みの頂点から皮を剥いでいくナーデル。三角形に剥ぎ取られた皮が、ロベリアの身体を震わせる動きによって身体から引き千切れた。下辺がぐちゃぐちゃになったいびつな三角形をした血まみれの皮膚が、床の上に何枚も散らばる。びっしょりと全身に汗を浮かべ、ロベリアが噛み殺しきれない苦痛の声を上げる。その声に楽しげに笑いながら、削ぎ取った傷を起点としてぐるりと一周させるようにナーデルがロベリアの腕から皮膚を剥ぎ取っていく。
「あらあら、どうしたの? まだこっちの腕だけでも四分の一ぐらいしか終わってないわよ。そんなんで、最後まで耐えきれるのかしら?」
 ロベリアの左手の二の腕、そのこちら側を向いている半分程度の広さの皮を全て剥ぎ終え、真っ赤な筋肉を露出させてしまったナーデルが嘲笑混じりに荒い息を吐くロベリアにそう問いかける。はぁ、はぁ、と、息を荒らげながらも顔を上げるとロベリアは唇を歪めてみせた。
「こ、この程度で、このアタシが口を割るとでも思ってんのか?」
「いいわよ、その顔。今はまだ、虚勢を張るぐらいの元気はあるのね。いつになったらあなたが泣きわめいて哀願するのか、楽しみでしかたないのよ、私は」
 ロベリアの嘲笑に嘲笑で応じ、ナーデルはロベリアの肘と手首とを繋ぐようにびいいっとナイフを走らせた。更に×の字を描くように二度、縦の傷と×の字の傷との交差する点から横に一度、米の字を描くような感じでナイフを走らせる。ナイフで切り裂かれる痛みを堪えつつ、ロベリアが薄く笑う。開き直ったものだけが浮かべえる凄みのある笑みなのだが、そこまではナーデルは気付かない。
「底が浅いんだよ、てめえは。二流の悪役は、二流らしくやられ役でもやってるんだな。主役を張ろうとしたって、ボロが出るだけだ……ぐううっ」
「べらべらとうるさいわよ!」
 怒鳴りつけながらナーデルが四本の傷の中心点から肘へと向けて皮を引き剥がす。いびつな二等辺三角形に剥がれた皮がナーデルの手の中でぽたぽたと血を滴らせるのを見やりつつ、はっとナーデルが小さく笑った。
「図星を刺されると、逆上するもんだな。自分でも分かってるんじゃねーのか? 所詮てめえは二流の……あぐぐぐぐっ」
「黙りなさいっ! このっ!」
「ぐあああぁっ! ぐっ、う……所詮てめえは、捨て駒さ。最初から、期待なんてされてやしねえ。ぐああぁっ!」
 べりべりっ、べりべりっと更に三つの三角形の皮が剥ぎ取られる。ロベリアの左腕のうち、壁の側の半分の肌はほぼ無傷だが、こちら側を向いた部分の大半は筋肉が露出したことになる。ぽたっ、ぽたっと露出した筋肉から血を床に滴らせつつ、ロベリアがナーデルを挑発しつづける。
「どうした? 言い返せないのは、自分でもそう思ってるからじゃないのか? あん? ……あぐぐぐぐあっ! ……はっ、口で勝てないから実力行使、か。子供だな、まるで」
「うるさいっ! 誰がしゃべっていいって言ったの!?」
「しゃべるのにてめえの許可が要るとは知らなかったな。そんなにアタシを黙らせたいんなら、さっさと殺すことだ。アタシがてめえに屈服するなんてのは、絶対に有り得ない話なんだからな」
 両胸を千切り取られた上に傷は炭化するまで焼かれ、左腕のこちらを向いている部分のうち、皮膚が残っているのは手首を下辺とする細長い三角形の部分だけ、と、かなり無残な姿になりながら、ロベリアが更にナーデルを挑発する。苦痛のためか顔には大量の汗が浮かび、僅かに青ざめているものの、その表情はナーデルと比較してむしろ余裕があるとさえ言えた。怒りのためか顔を紅潮させ、ぎりぎりっと奥歯を噛み締めるとものも言わずにナーデルが腕を伸ばし、左腕前面の唯一残された皮膚を一気に剥ぎ取った。ぐううううっと苦痛の呻きを上げて一瞬身体を硬直させたロベリアが、はぁっと一度大きく息を吐くとにやりと笑った。
「で? これからどんなことをしてくれるんだって? この調子で、両手両足の皮を全部剥ぐんだったか? 随分と手間のかかる、ご苦労なことだな。
 この程度でアタシが屈服すると思われるのもしゃくだが、まぁ、いいさ。小物相手にむきになってもしかたない。ほら、どうした? あんまりぐずぐずしてると、夜が明けちまうぜ。寛大なアタシがやっていいって許可してやってるんだ、さっさとやったらどうだ?」
「こ、この……!」
 皮を剥がれる--それも一気にではなくじわじわと時間をかけて--痛みに泣きわめき、無様にもうやめてくれと許しを乞う姿を想像していたというのに、現実のロベリアはむしろ余裕ありげな笑みさえ浮かべて皮剥ぎの拷問を継続するよう促してくる。自分の思い通りにならない相手に対する怒りを覚えると共に、ナーデルは困惑を感じた。このまま続けたところで、平然としてロベリアは笑いつづけているのではないか、と、そう思ったのだ。実はこの女は痛みを感じないのではないかという、一種非科学的な考えすら脳裏に浮かぶ。自分が怯みを覚えていることに気付き、ぎりっとナーデルは奥歯を噛み締めた。
(痩せ我慢に決まってるわ。そうよ、私の方が絶対的に優位にあるんだから……!)
「ふん、いいわ。そんなにやって欲しいなら、こっちの腕の皮も剥がしてあげる!」
 自分を奮い立たせるように叫ぶと、ナーデルはロベリアの右腕にナイフを走らせた。肘を挟んで両側に米の字型に切れ込みをいれられたロベリアが、切れ込みを入れられる間だけは流石に噛み殺した呻きを上げる。その姿にほっと内心で安堵の息をついたナーデルへと、ロベリアが嘲笑を浮かべた。
「同じ形かよ……少しは変化を付ける程度のことも出来ないとは、てめえ、ホントにどうしようもないな」
「うっ、う、うるさいっ!」
 ロベリアの嘲笑に、ナーデルが目を血走らせて叫び返す。ナーデルの腕が切れ込みの中心に伸び、べりべりべりっと皮を引き剥がすと噛み殺した呻きを上げてロベリアが身体を震わせた。だが、すぐに再び口元に嘲笑が浮かぶ。
「ほら、どうしたどうした? まさか、もう限界なのか?」
「そ、それは私の台詞よ……! い、いつまでも痩せ我慢してないで、さっさと口を割ったらどうなの!?」
「痩せ我慢? はっ、てめえの目はガラス玉かなんかか? アタシのどこが痩せ我慢してるように見えるってんだ。こんな子供騙しでアタシを屈服させられると思ってるとは……脳味噌にウジでも湧いてんじゃねーのか?」
 ぽんぽんと飛び出すロベリアの挑発に、ナーデルがじだんだを踏んで悔しがる。冷静に観察すれば、ロベリアが苦痛に唇を細かく震わせ、かなり無理をしているのが見て取れただろうに、逆上したナーデルはそれに気付かない。きいいっと金切り声を上げて腕を伸ばし、ナーデルはロベリアの皮を引き剥がした。ぐううううっと何度目かの噛み殺した呻きを漏らしたロベリアが、ちっと舌打ちをする。
「学習しねえ奴だな。こんなことをいつまでも続けたって時間の無駄だぜ。
 ……そういや、てめえは電撃が得意技だったっけな。そいつを使ってみたらどうだ? ま、てめえのちゃちな電撃じゃ大して痛くもねえが、腹にその爪を突き刺して内臓に電気を直接流せば、少しは効くかもしれないぜ。電気で沸騰した血が内臓を弾けさせ、血を吐いて激痛にのたうちまわる……どうだ? 楽しそうだとは思わないか?」
 にやにやと笑いながらロベリアがそう提案し、流石に目を見開いてナーデルが一歩あとずさる。
「な、何考えてんのよあんたは!? 自分で自分を痛めつける方法を提案するなんて……!」
「別に、アタシが何を考えようとアタシの勝手だろ? それとも、怖いのか? こうやって鎖で囚われ、身動きできないこのアタシが、てめえは怖いのか?」
 ロベリアが苦痛に引きつりそうになる唇を、懸命に嘲笑する形に歪める。ナーデルの瞳に小さな怒りの色が浮かび、それは一瞬で全体に広がった。怒りでわなわなと唇を震わせつつ、ナーデルが壁に刻まれた六紡星のレリーフに手をかけ、部屋全体を包み込んでいた結界を解除する。
「いいわ……そんなに味わいたいなら、とくと味わいなさい! このナーデルの電撃を!」
 じゃきんと音すら立てて伸びた右手の爪を、ロベリアの腹に深々と突き立ててナーデルが叫ぶ。がっと小さく声を上げて爪を突き立てられる痛みに顔をのけぞらせたロベリアが、にやり、と、唇を歪めた。次の瞬間、バチィッとナーデルの右腕全体が火花を散らし、強烈な電撃が爪から放たれる。
「ウギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア-----ッッ!!」
 びくんっと大きく身体を震わせ、目を見開いてロベリアが絶叫を上げる。内臓を電気が駆け巡り、血液を沸騰させ、ぼんぼんっと内臓のあちこちを破裂させる。ごぶっと大量の血を口から吐き出したロベリアが、全身を貫く電気の衝撃に痙攣する右手の掌に全精神力を集中させ、ナーデルへと向けた。
 ごうっと、ナーデルの掌から炎が火炎放射機のように伸びる。憎悪の表情を浮かべるナーデルの左の顔面へと炎が直撃した。顔に走った灼熱感と痛みに絶叫を上げ、顔の半分を燃え上がらせたナーデルが床の上を転がりまわる。ごふっ、ごふっと大量の血を吐き出しつつ、ロベリアが苦笑を浮かべた。
「ちっ……全身、炎で包んでやる、つもりだったんだがな……ごぶっ。げっ、ほっ……少し、精神力を削られ、すぎたか……うぶうっ。がっ、はっ……生命と引替えで、うぶっ、この程度とは……くくく、アタシも焼きが……回ったもんだ」
「こ、こ、こ、このおっ!」
 左半面を無残に焼けただれさせたナーデルが怒りに我を忘れて立ち上がり、壁にかけられていた斧を掴む。怒りの叫びと共に振り降ろされた斧が、ロベリアの太股に食い込み、切断した。
「グアアァッ!」
 激痛に絶叫するロベリアへと、更にナーデルが斧を振り降ろす。反対の足も太股の半ばから切断され、両腕で鎖に吊り下げられる形になったロベリアが身体を揺らして絶叫した。切断された二つの断面から勢いよく血のシャワーが吹き出す。
「このっ! このっ!」
 憎悪に目を血走らせ、ナーデルが斧を振るう。肘と肩の間で両腕が切断され、(挿絵)両手両足を失ったロベリアの身体が床の上にどさっと転がった。短くなった手足をばたばたと暴れさせながら、激痛にロベリアが床の上でのたうつ。
「よくも……よくも私の顔を!」
「うぶっ、うああぁっ!」
 床の上を転がるロベリアの腹を、ナーデルがどすっと踏みつけ、踏みにじる。口から大量の血を吐き出し、苦痛の声を上げるロベリアが、無残に焼けただれたナーデルの顔に視線を止めて口元を歪めた。
「あ、アタシの、勝ちだ……。あ、アタシはもう死ぬ……て、てめえは、アタシから情報を引き出すのに、ぐっ、失敗した。ごふごふっ、あ、あはははは……アタシの、勝ちだ……がはっ」
 無残な姿になりながら、ロベリアが笑う。大量の血を吐き出して動かなくなったロベリアの身体を、どんっとナーデルが蹴飛ばした。ごろごろっと床の上を転がるロベリアの身体を追いかけて踏みつけ、踏みにじり、蹴飛ばし、ナーデルが狂ったような叫びを上げる。

「……愚かな。失敗したのか」
 床一面に広がる血の海と、両手両足を切断され、更に腹を引き裂かれて内臓を引きずり出されたロベリアの死体、両腕を真っ赤に染めて放心したように壁際に立つナーデルの姿を見やり、コルボーがそう呟く。ふんっと小さく鼻を鳴らすと、コルボーはロベリアの死体の髪を掴んで引きずり上げた。
「これもまた凄惨美とは呼べる……しかし、我の求めるものではないな。やはり、無残な死に姿は、選ばれし者であってこそ至上の価値を持つ。そして、選ばれるべき生贄には、我が黒衣のマドモワゼルにこそがふさわしい……」
 ぎっ、ぎっ、ぎっと、ロベリアの背中へと文字を刻みながらそう独白するコルボー。一連の文字を刻み終えると、ばさりとコルボーはマントを翻した。
「我が下僕たちよ、行け! 我が愛しの君の元へと、招待状を届けるのだ!」
 無数の黒い羽が乱舞し、無残なロベリアの死体を包み込み、消える。放心したままのナーデルにはもはや一瞥も向けることなく、コルボーは血の臭気が立ち込める部屋を後にした……。
次回対戦→コルボーVS北大路花火
続く……

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