木崎優子

 昼休み。本来の主は入院中で、使われることのないはずの美化委員長専用の調教部屋に、拘束用の台の上に大の字に手足を拘束された全裸の少女と、その股間の辺りに屈みこむこちらは制服姿の少女という組み合わせがあった。
「うあっ、ふわああぁっ、もっと、もっとぉ……」
 虚ろな視線を宙に彷徨わせ、拘束された少女--加賀野美冬が喘ぐ。半開きになった口から涎を垂れ流し、快楽を貪るその姿はどう見てもまともではない。ぐちゅっ、ぐちゅっと淫靡な音を立てる彼女の秘所を腕で抉りながら如月葉月がくすっと笑った。
「気持ちいいですか? 加賀野さん」
「はいいぃっ、ああっ、いいっ、もっと深くっ、うああああああぁっ!」
 腕を秘所深くまで捩じ込まれ、掻き回されながら美冬が歓喜の喘ぎを上げる。普通であれば、激痛しか感じないはずのその行為に、美冬は痛がる素振りも見せず快楽を貪っている。発狂したわけではないが、これもある意味では『壊れた』というべきだろう。そんな美冬の反応に満足げな笑みを浮かべると、葉月は何の前触れもなく腕を引き抜いた。
「あっ!?」
「続きは、また後でしてあげます」
 いきなり秘所から腕を抜かれた美冬が戸惑いの声をあげるのに対し、冷たく突き放す口調で葉月がそう告げた。拘束台の上に大の字に磔にされた体勢の美冬が切なげに表情を歪めた。
「そ、そんな……」
「何か、文句でも?」
「い、いえ、いいえっ!」
 恨めしそうな呟きを漏らす美冬へと冷ややかに葉月が問いかける。一転して恐怖に表情を染め上げ、がちがちと歯を鳴らしながら美冬は激しく首を左右に振った。散々に嬲られた結果、肉体(からだ)は痛みを快楽として受け取るようになり、一方精神(こころ)の奥底まで恐怖が刻み込まれているらしい。
「許して、許してくださいっ、御主人様っ」
「……今日の放課後の会議、何をすればいいのか、分かってますね?」
「は、はいっ、分かっています。決して裏切ったりしませんっ。だから、どうか許してくださいっ」
 がちがちと歯を鳴らす美冬へと葉月は薄く微笑んで見せた。
「私の役に立ちなさい。そうすれば、殺しはしませんから」
「はいっ、はいっ、役に立ちますっ、役に立ちますからっ」
 がくがくと首を縦に振る美冬の姿を薄く笑いながら眺めると、葉月は彼女の手足を拘束するベルトを外した。まだ名残惜しそうな表情を浮かべつつも大人しく服を身に着ける美冬へと、葉月が軽く微笑みかけた。
「それじゃ、私はもう行きますけど……外では私のことを御主人様と呼ばないように。いいですね?」
「わ、分かっています、如月さん」
 表情を引きつらせてそう答える美冬の頬を、ものもいわずに葉月が張り飛ばす。小さく悲鳴を上げて頬を押さえる美冬の胸元を葉月が掴みあげた。
「外では、と、そう言ったはずですけど? もう少し、お仕置きされないと自分の立場が実感できませんか?」
「ひっ、ご、ごめんなさいっ、ごめんなさいっ! 許してくださいっ、御主人様っ」
 顔面を蒼白にして懸命に謝る美冬のことを突き飛ばし、床の上に尻餅を付かせると葉月は彼女の鳩尾の辺りへと爪先を叩き込んだ。くぐもった呻きを漏らして身体を折る美冬の肩口を更に蹴って床の上に転がし、葉月が美冬の顔を靴で踏みにじる。
「うあっ、うああああぁっ。ごめんなさいっ、ごめんなさいぃっっ」
「あなたは、何?」
「わ、私はっ、御主人様の奴隷ですっ。ああああぁっ!」
 悲鳴を上げて床の上で身悶える美冬の顔をぐりぐりと執拗に踏みにじりながら、葉月が薄く笑う。
「へぇ、奴隷、ねぇ。奴隷は一応はそれでも人間ですけど……あなた、自分がそんな上等なものだと思ってたんですか」
「ああああああぁっ! あぐっ、ぐえええぇっ」
 頭を踏み潰されるのでは、と思うほど体重をかけられて美冬が悲鳴を上げる。そんな美冬の悲痛な悲鳴を心地よさげに聞きながら、葉月は容赦のない蹴りを美冬の胸へと叩き込んだ。息がつまり、床の上を転げまわって咳き込む美冬の胸を踏みつけて葉月が笑う。
「よく覚えておきなさい。あなたはただの玩具。人間以下の存在だということを」
「うあっ、あぐああああぁっ、分かり、ましたっ。分かりましたぁっ。あぐ、ぐがが……私はっ、御主人様のっ、玩具ですぅっ」
 胸を踏みにじられて苦しげに呻きながら、懸命に美冬がそう叫ぶ。くすっと笑って葉月が足をどけると、ぼろぼろと涙を流しながら美冬は空気を貪った。
「それじゃ、私はもう本当に行きますけど……あなたも遅れないようにしてくださいね?」
「は、はい、御主人様……」
 ぼろぼろと涙を流しながらそう応じる美冬へとくすっと笑いかけると、葉月は部屋を後にした……。

「ごめんね、みんな。わざわざ集まってもらったりして」
 そして、放課後。会議室へと集まった生徒会の面々およびそのお気に入りたちを見回しながら、穏やかな笑顔で生徒会長・新城正義がそう切り出す。
「もう聞いている人も多いとは思うけど、美化委員長の那智香織が入院することになった。で、今日はその後任について話をしようと思うんだけど……」
「すいません、新城様。後任の前に、まずは彼女が入院することになった経緯について、究明が必要なのではないでしょうか?」
 珍しく、といっていいと思うが、正義の言葉を途中で遮るようにして体育委員長の相馬美咲がそう口を挟む。やや意外そうな表情を浮かべて自分のほうへと視線を向けてきた正義へと、美咲は畳み掛けるように少し早口になって言葉を続けた。
「私が聞いた話では、那智は暴行を受けて病院送りにされたとか。生徒会メンバーの一員である彼女への暴行は、れっきとした……」
「いや、あのね、美咲。君がどんな話を聞いてるのかは知らないけど、今回の件は単なる事故だよ?」
 今度は正義が美咲の言葉を途中で遮り、そう告げる。その言葉を耳にして、葉月が微かに口元に笑みを浮かべた。一方、愕然とした表情を浮かべて美咲が問い返す。
「事故!?」
「うん、そう。まぁ、SMプレイの最中にちょっと行き過ぎがあった、ってことらしいんだ。これは、僕が本人から聞いてきたことだから間違いない。彼女がわざわざ嘘をつく理由なんかないからね」
 軽く苦笑を浮かべて正義が肩をすくめる。実際には、彼のこの言葉は嘘ではないが真実ともいいがたい。彼が香織の病室を訪れたのは事実だが、彼が『如月葉月』と言う言葉を口にした途端、それまで落ち着いた様子を見せていた香織は恐慌状態に陥ってしまったのだから。パニックに陥った香織が、全ては自分の責任で彼女は悪くない、と、そう懸命に叫んだのは確かだが、その姿はどう贔屓目に見ても葉月に脅されてそう言っているとしか見えなかった。
 だが、もちろん、正義がわざわざそんな事実(こと)を口にするはずもない。もともと正義が香織の病室を訪れたのは形式的なものに過ぎず、例えそこで香織が葉月を告発したとしても逆に真実を語らないよう釘をさすつもりだったのだから。
「SMプレイの最中の事故で、何故那智が入院する羽目になるんです? 彼女は責めの最中に誤まって自分を傷つけるほど迂闊ではありませんし、仮にそんなことがあったとしても入院が必要なほどの大事に至るとは到底思えませんが?」
 意外なほどしつこく、美咲が正義に食い下がる。香織が葉月のことを呼び出していた、という事自体は別に秘密ではない。香織はきちんと事前に優子の了承を取り付けているし、そのことを耳にしている者も委員長の中には複数いる。だから美咲がそのことを知っていても不思議ではないし、その直後に香織が病院送りになっているのだからそれに葉月が関わっている、と考えるのも不思議なことではないだろう。
 そして、美咲と優子は犬猿の仲。優子のお気に入りである葉月が起こした事件を優子の失点に繋げたい、と美咲が考えるのも無理はない。いや、むしろもっと積極的に、この件に優子が関わっている、ということにしたいのかもしれない。葉月自身は単なるお気に入りに過ぎず、現時点では特に権限を持っているわけではない。優子が自分の配下を使って香織を襲わせたのでは、と考えるほうが、葉月が一人で香織を病院送りにした、というよりむしろ説得力がある。
「むしろ、プレイの相手に反撃を受けた、というほうがまだありそうに思えるのですが?」
「いや、そこのところに誤解があるね。香織は、今回はSじゃなくてMとしてプレイに参加してたんだよ」
「は?」
 軽く苦笑を浮かべながらの正義の言葉に、その場にいたほぼ全員が唖然とした表情を浮かべる。くすくすと笑いながら、絵夢が軽く挙手をした。
「その点に関しては、わたくしもその場にいましたから間違いありませんわ。那智先輩は、御自分の意志でMとして責められることを望まれたんです。ね、加賀野さん」
「はい、そうです」
 絵夢に話を振られた美冬が小さく頷き、視線を正義のほうへと向けた。
「僭越かとは、思いますが。その時の、状況を、私の口から説明しても、よろしいでしょうか?」
「ああ、うん、もともとそのつもりだったし。それじゃ、話してもらえるかな?」
「はい。元々の、発端は、那智先輩の好奇心、です。…如月さんが、請負人の麻生さんとプレイをした、という話を聞いて、那智先輩が、…如月さんに興味をもたれたんです」
 訥々とした口調で話し始める美冬へと全員の視線が集中する。如月さん、と、そう口にする際、一瞬口篭るのはおそらく『御主人様』と言いかけてしまうせいだろう。もっとも、その他の部分もぼそぼそとした喋り方なせいでそれほど違和感はない。事情を知っている絵夢が口元に笑みを浮かべるが、彼女の場合常に笑顔でいるせいでそれも目立たない。
「最初は、私が、M役をやって、那智先輩は、それを見物するだけ、のはずでした。けれど、私への責めが終わった後、那智先輩は自分も責めて欲しいと、そう、…如月さんに、お願いしたんです」
 そう言って小さく首を振ると、美冬は更に言葉を続ける。
「…如月さんは、最初は、渋っていたんですけど、那智先輩が半ば強引に押し切る形でプレイを強制したんです。私も、…如月さんも、立場的に那智先輩の命令には逆らうわけに、いきませんから」
「けど、あいつはSだぞ? それが何でM役を志願したりするんだよ? 白井ならともかく……」
「あら、人間は誰しも、SとM、両方の素質を持っているものですわ。もちろん、どちらの傾向が強いかは個人差がありますけど」
 納得できない口調で口を挟む美咲へと、絵夢がくすくすと笑いながらそう応じる。憮然とした表情を浮かべる美咲へと軽く肩をすくめて見せると、絵夢が言葉を続けた。
「わたくしは、最初の加賀野さんが責められている場面には立ち会っていませんけど、その後の那智先輩を相手にしたプレイは同席しています。途中でやめようとする如月さんに、那智先輩はもっと強烈な責めを、と要求して続行させ、結果的に入院が必要なほどの傷を負うことになったわけですけど、その気持ちはわたくしにも良く分かりますわ。
 究極の快楽を求める結果、死の淵を覗き込むことになる、というのはわたくし自身にも経験がありますしね。あれは一種の麻薬のようなものですから、那智先輩がそれに溺れてしまったとしても無理はありませんわ。相馬先輩も、一度御自分で試してみれば、その気持ちが良く分かるかと思いますけど」
「馬鹿いうな、オレはそんな変態じゃないぞ」
「あら、口では嫌といいながら身体は正直、とも言いますわよ? 実際に体験したら病み付きになるかもしれませんわ」
「あのなぁ……」
 うんざりとしたような口調になって溜息をつく美咲へと、苦笑を浮かべながら正義が声をかけた。
「まぁ、その辺の論議はまた別の機会ということにしておくとして。とりあえず、状況は分かったかな? 確かに彼女の普段から考えると、香織がMというのは違和感があるけどね。でも、こうして証言もあることだし、本人も自分が望んでしたことだって言ってる。結局のところ、部外者の僕たちとしては『そう言うことがあったんだな』と思うしかないと思うんだけど」
「それは……そうですけど」
「まぁ、もっとも、いくら命令されたからといって、病院送りにしちゃうって言うのはやっぱりいただけないけどね。今回の件に関しては、まぁ、香織の責任も大きいことだし、立場上仕方のないことともいえるから、特に咎めようとは思わない。
 けど、例えば飛び降り自殺しようとしている人に『背中を押してくれ』って頼まれて押しちゃうのはまずいだろう? 次からはこんなことのないようにしてもらいたいな、とそう思うわけだけど、如月さん、どうかな?」
 最後の部分で、微妙に弱気な口調になって正義がそう問いかける。神妙な面持ちで、葉月はこくんと頷いた。
「はい、その点に関しては、私もいくら命令されてのこととはいえ少しやりすぎたと感じていますし、充分に注意します。もっとも、今回のような件があった以上、他の委員長方から同じような命令を受けることはないかと思いますが」
「まぁ、そうだろうけど、念のために、ね。いくらなんでも、これ以上委員長を欠くというのは好ましくないし」
 苦笑の陰に安堵を隠してそう言うと、正義はぐるりと列席する委員長のことを見回した。
「さて、とりあえずちょっと話が逸れたけど、本題の那智の代わりの委員長選出の件だけど。これは、本人の意向もあるし、素直にお気に入りの加賀野美冬を委員長とする、ということにしたいと思う。何か、異論のある人はいるかな?」
「別に異論ってわけじゃないが、どうせ那智の奴が退院するまでの代理なんだろ? なら、わざわざこんな会合を開かなくってもよかった、とは思うが?」
 不躾とも言えるほど無造作な口調で流通委員長の神宮寺亜虎がそう言う。ちなみに、彼の隣の椅子は空席だ。一応、お気に入りとして結城忍という女生徒がいるのだが、彼の場合は他の委員長と異なり二人とも同学年である。ありていに言えば、恋人を他の委員長の手から守るためにお気に入りという立場においている、というだけなのだ。だから、こういった公式の集まりなどにも滅多に顔をださせない。
「まぁ、香織の入院がちょっと長引きそう、というのもあるんだけどね。実は本人から、正式に委員長の座を譲りたい、という申し出があったんだ。任期途中での委員長交代って言うのは、まぁ珍しいけど前例がないわけじゃないし。本人がやめたいといってるのを無理にとめるわけにも行かないしね。
 だから、加賀野美冬は代理じゃなくて正式に委員長就任、という形になるわけで、一応は他のみんなの了承もとっておかないとまずいかな、と」
 軽く肩をすくめながらの正義の言葉に、室内がざわめく。ぐるりとその様子を見回して、正義は苦笑を浮かべた。
「まぁ、急な話ではあるけどね。一年生が委員長、というのも珍しいけどほら、絵夢の例もあることだし、とりあえず問題はないかな、とそう思うんだけど、反対する人はいるかな?」
「別にいいんじゃないですか。あえて反対する理由もないですし」
「香織の考えに疑問は残りますが、それが正義様の決定であれば」
 正義の言葉にあっさりと風紀委員長の土門凶児が頷き、ついで美咲がやや釈然としない表情ながら頷く。軽く肩をすくめて椅子の背もたれに体重を預ける神宮寺に、にっこりと微笑んで頷く絵夢。他の委員長たちも特に反論しようとはしない。実際問題として、お気に入りの生徒は次期委員長、というのが不文律だから香織が引退するとなればその後釜は美冬が勤めるのが当然だ。そして、香織が引退すること自体は本人の自由なのだから、ここでどうしても反対しなければならない理由はないし、そもそも反論するしかるべき根拠もない。敢えて言うなら、香織を葉月が脅迫しているのでは、と疑える状況ではあるが、証拠は何もないし、正義自身がその件に関しては追及しない方針のようだから藪をつついて蛇を出す結果になりかねない。
「さて、それじゃ、反対意見もないようだね。じゃあ、加賀野美冬が美化委員長に就任するのは決定、ということにするよ。それじゃ、今日はここで……」
 解散、といいかけた正義のことを、美冬がおずおずと制した。
「あ、あの、すいません。一つ、お願いが、あるのですけれど」
「うん?」
 怪訝そうな表情を浮かべる正義へと、美冬がやや俯きながらためらいがちに口を開く。
「その、実は、お気に入りとして、指名したい生徒がいるのですが……」
「お気に入りに? ふぅん、それは別に、委員長になったらお気に入りを指名するのは当然の権利だから、それ自体に問題はないけど。わざわざここで言い出す、ってことは、もしかして既に誰かにお気に入り指名されてる人なのかな?」
「はい。その、体育委員長の、相馬先輩に指名されている、姉さんのことを……」
 ちらりと視線を美夏(あね)のほうへと向けてそう言う美冬。驚いたように美夏が目を見開き、ぎゅっと美咲が眉を寄せた。
「おい、ちょっと待てよ」
「私としては、実の姉が、他人の所有物(もの)として、扱われる状況は、嫌ですから」
 険悪な声を出す美咲に対し、意外と強い口調で美冬がそう応じる。一瞬気勢を削がれる格好になった美咲の隙をつくような格好で、葉月が口を挟んだ。
「確かに、それはそうですね」
「おめーは黙ってろ。関係ない奴が口挟むんじゃねぇ」
「あら、私は美冬さんとは友達ですから。あながち無関係というわけでもないですよ? 彼女の望みが叶えば、私も嬉しいですし」
 葉月の言葉に、ぴくっと正義が眉を動かした。それに気づかず、不機嫌そうな表情で美咲が葉月のことを怒鳴りつける。
「余計な口を挟んでんじゃねえよっ! ったく、優子もちゃんと躾しとけよな」
「まぁまぁ、相馬。ちょっと落ち着いてくれないかな」
 美咲の言葉にこちらもかっとなったように口を開きかけた優子の機先を制するように、正義が宥めるような声をかける。慌てて正義のほうに視線を向けて頭を下げた美咲へと、正義が柔らかい笑みを浮かべたまま言葉を続けた。
「一応、同じ生徒をお気に入りに指名する場合、先に指名したほうに所有権が有る、ということになってるけど。この場合、血の繋がりがある方の気持ちっていうのも尊重するべきじゃないかな、と僕は思うんだけど」
「正義、様?」
「うん、無理にとは、いわない。でも、委員長への就任祝い、というのも変だけど、ここは君が譲ってくれると僕も嬉しいかな」
 にっこりと笑って意外なことを口にする正義のことを、呆然とした表情でその場にいた人間の大半が見つめる。まぁ、神宮寺や凶児に椎名、絵夢といったあたりの面々は我関せず、といった感じで傍観を決め込んでいるし、事情を知っている文乃は僅かに視線を伏せていたりもするのだが。
「どうかな、ここは一つ、本人に決めさせる、というのは?」
「本人に、ですか?」
 呆然としている委員長およびお気に入りの面々を尻目に、正義がニコニコと人のよさそうな笑みを浮かべて提案し、鸚鵡返しに美咲が問い返す。そう、と、小さく頷いて正義は視線を状況が把握できずに呆然としている美夏の方へと向けた。
「彼女に決めてもらうというのも、この際いいんじゃないかな、と思ってね。自分の事なんだし、君と美冬、どっちのお気に入りになりたいか、本人の意思に任せるっていうのは悪くないアイデアだと思うけど?」
「……分かり、ました。正義様のお言葉に従います。
 ほら、美夏。選びな。あたしとあいつと、どっちのお気に入りになりたいんだい?」
 正義の言葉は形こそ提案だが、彼の立場を考えれば実質的な命令に近い。やや不満そうではあったが美咲が提案を受け入れ、視線を横に座る自分のお気に入りへと向けた。びくっと身体を震わせ、美夏が妹と美咲とを交互に見やる。
「説明するまでもないだろうけど、他の委員長のお気に入りへの手出しは基本的に禁止だからね。これで選ばなかったほうからの報復とかは、考えなくてもいいよ。まぁ、自分の心に正直に選ぶといい」
 躊躇いを見せる美夏へと正義がそう言い、それが決め手となったのか美夏がぺこりと隣に座る美咲へと頭を下げた。
「あ、あの、すいません、相馬先輩。お世話になっておいてこういうのは、心苦しいんですけど、私は……」
「ちッ、そうかよ、勝手にしなっ」
 不貞腐れたように美咲が顔を背け、美冬がにっこりと笑う。一瞬安堵の溜息を漏らすと、正義はぱんと手を叩いた。
「さて、それじゃ今日の会議はこれで終わり。みんな、ご苦労様。解散にしよう」
 正義の言葉に皆ががたがたっと椅子から立ち上がる。部屋から出て行く他の人間と同じく、扉のほうへと足を向けかけた葉月へと、優子が不機嫌そうな視線を向けた。
「あなた、話があるから後で地下に来なさい。いいわね?」
「え? あ、はい、分かりました」
「ええ~~? は~ちゃん、今日はしぃちゃんと遊ぶって約束してたのにぃ」
 剣のある優子の言葉に素直に葉月は頷いたが、不満そうな声を椎名が上げる。じろっと椎名のことを睨み、優子が吐き捨てるように告げた。
「駄目よ。この子は私のものなんだから、諦めなさい」
「やだぁ、やだやだやだぁ。しぃちゃんとの約束のほうが先だもんっ」
「駄々をこねても駄目なものは駄目なのっ! ああ、もうっ、土門! この子何とかしてよっ」
 癇癪を起こしたように優子が凶児のほうへと視線を向けて怒鳴る。困ったような表情を浮かべて凶児が首をかしげた。
「何とか、といっても、私が止めて聞く性格ではありませんし」
「ああ、もうっ。ともかく、駄目なものは駄目っ。いいわね、葉月、絶対来るのよっ!」
 ばんっと机を叩くと不機嫌そうな足取りで優子が部屋から出て行く。困ったように首をかしげ、葉月が凶児と椎名のほうを見やった。
「はぁ。ごめんなさいね、しぃちゃん。私も、木崎先輩の命令には逆らうわけに行かないから。今日は我慢して、ね?」
「えぇ~? やだぁ、は~ちゃんはしぃちゃんと遊ぶのぉ」
「まぁ、ここではなんですから、話は別の場所で、ということで。とりあえず、移動しましょう」
 子供のような仕草で葉月の腕を引っ張る椎名と、困ったように表情を曇らせる葉月の両方を等分に見やり、苦笑を浮かべると凶児がそう提案した。そうですね、と、小さく頷いて葉月が扉へと歩を進め、不満そうな表情を浮かべたままの椎名が半分引きづられる様な格好でその後に続く。既に放課後と言うこともあり、廊下に人気はない。会議に出席していた委員長たちもそれぞれの目的地があるのか、わざわざこんな場所にとどまってはいない。例外は、加賀野姉妹と絵夢ぐらいだ。まずは視線を美冬のほうへと向け、葉月が薄く笑った。
「加賀野さん。今日は木崎先輩に呼ばれてしまったので、例の件はまたの機会に、ということで」
「はい、分かりました……」
「楽しみにしていますから、あなたも頑張ってくださいね」
 葉月の言葉に、びくっと美冬が一瞬身体を震わせた。怪訝そうな表情を浮かべた姉へと視線を向けると、美冬はすっと目を細めた。
「それじゃ、姉さん。地下に行きましょう?」
「え? 地下、へ……?」
 妹の言葉が意外だったのか、動揺をあらわにする美夏。まぁ、それも無理はないだろう。地下に行く、ということは、委員長用の調教部屋に行くということだ。妹がそんなことを言い出すとは、予想だにしていなかったのだろう。
「えと、あの、美冬?」
「姉さんは、私のお気に入りになったんです。逆らうことは、許しませんから」
「う、うん……分かった」
 有無を言わせぬ口調で言い切られ、美夏が頷く。元々この姉妹の間では、美冬のほうが立場が強い。と、言うより、美夏のほうで妹に負い目があるせいで、強く出られない、というのが正確なのだが。
「それでは、私たちはこれで」
 ぺこりと頭を下げ、姉の手を引っ張ってこの場から立ち去っていく美冬。そんな二人の背中へと意味深な視線を送り、軽く凶児が肩をすくめた。
「さて、私たちも行きましょうか」
「え? ええ」
 凶児の言葉に一瞬葉月が目を丸くする。だが、自分の腕にしがみついたままの椎名の姿に視線をやって彼女は軽く苦笑を浮かべた。ぷうっと頬を膨らませている彼女の姿は可愛らしいが、かといってこのままにしておくわけにも行かないだろう。
「ほら、しぃちゃん。別にこれからずっと遊べないってわけじゃないんだから」
「やだぁ、やだやだやだぁ。は~ちゃんはしぃちゃんと遊ぶのぉ」
 まるで駄々っ子のようにそう言う椎名に葉月が困ったような表情を浮かべ、助けを求めるように凶児のほうへと視線を向ける。こちらも苦笑を浮かべて凶児が椎名の頭にぽんっと手を置いた。
「ほらほら、ここで駄々をこねていても仕方がないでしょう? 遊びたいんなら、その前にちゃんとすることはしないとね」
「ふみゅうぅ……でも、しぃちゃん、今日はは~ちゃんと遊ぶって決めてたんだもん。しぃちゃんのが先なんだもん。ゆ~こさんが後から割り込んだんだもんっ」
「割り込みと言っても、立場としては木崎さんのほうが優先ですからね。もっとも……」
 意味ありげな笑みを口元に浮かべると、凶児がつと視線を葉月のほうへと向けた。
「如月さんと木崎さんが『話し合い』をして、木崎さんに諦めてもらえば全ては丸く収まるんですが」
「あの、先輩、それは確かにそうですけど、あの人が一度言い出したことをそう簡単に諦めるとは……」
「ええ、普通なら簡単ではないでしょうね。ですが、それは『話し合い』の種類にもよるでしょう?」
 意味ありげな笑みを浮かべたまま凶児がそう言い、軽く首をかしげた葉月が口元を僅かに歪めた。
「ああ、そうかもしれませんね。けど、私だけではそういう『話し合い』をするのは難しいと思うんですよね。それとも、先輩も協力してくださるんですか?」
「それは、まぁ、しぃちゃんのためですし。私でよければいくらでも」
「ふふっ、そう、ですか。絵夢、あなたも協力してくれるわよね?」
 葉月の言葉に、にっこりと笑って絵夢が頷く。
「ええ、もちろんですわ。そうそう、それにちょうど試してみたいと思っていたことがあるんですけれど、それを許してくださるなら『話し合い』もスムーズに進むと思いますわ」
「試してみたいこと? ふぅん、まぁ、いいわ。それじゃ、先輩、先輩もそれでいいんですよね?」
「ええ、かまいません。ほら、しぃちゃん、行きましょう?」
 凶児の言葉によく分からないといった表情で椎名が首を傾げる。
「ふみゅ? えっと、どうなったの?」
「これから私たちで、木崎さんと『話し合い』をするんですよ。それが上手くいけば、これからは木崎さんに邪魔をされることはなくなりますから、好きなだけ如月さんと遊べます。だから、しばらく我慢しててくださいね」
「ふみゅう、うん、分かった」
 完全に納得したといった表情ではなかったが、とりあえず頷く椎名。軽く笑いを浮かべると、凶児は視線で葉月を促した。無言で頷き、口元に笑みを浮かべて葉月が歩き始める。

 図書委員長用の地下調教室。腕を組み、とんとんと爪先で床を叩きながら優子は呼び出した相手を待っていた。自分に媚びないところが気に入っていた相手だが、最近では自分の言うことを聞かない部分が鼻につくようになってきた。そろそろ別の相手を探したほうがいいか、とも思う。時期的に新しいお気に入りを探すのは厳しくなってきているが、別にそれが不可能というわけでもないし、今日の態度しだいではお気に入りから外してやろう、と優子は本気で考えていた。
 がちゃり、と、ノックもなしに扉が開く。むっとした表情になって扉の方に視線を向けた優子は、呼び出した相手とは違う人物の姿をそこに認めて眉をしかめた。
「土門? あなたを呼んだ覚えはないわよ。どうせ椎名に頼まれたんでしょうけど、今日は駄目だからね」
「いえいえ、申し訳ありませんが、お付き合いをお願いしますよ」
 にこやかな笑みを浮かべたまま、白衣の懐から凶児が腕を出す。そこに握られた拳銃に、優子が目を丸くした。
「は? ちょ、ちょっとあんた……」
 ぱんっと軽い音が響く。右肩の辺りに痛みと衝撃を感じ、優子が肩へと手をやった。僅かに出血しているようだが、それほど痛みはない。だが、その代わりといっていいのかどうかは分からないが、強烈な睡魔に襲われ優子はがっくりとその場に膝をついた。
「う、あ……な、に……?」
「ご心配なく、ただの麻酔弾ですよ。銃も実銃ではなくモデルガンですから、傷も深くはないはずです。素直に同行してくださるとは思えないので、少々手荒な手段を使わせていただきました」
「う、うぅ……」
 何か言い返そうとするのだが、強烈な睡魔がそれを許さない。実質的に何をする間もなく、優子は眠りへと落ちていった……。

「う、うぅ……」
 微かに呻いて優子が目を開ける。冷たい床の感触。一瞬、状況をつかめずぼんやりとした視線を周囲に投げかけた優子が見知った顔を視界に認めてはっと目を見開く。
「葉月! あなたっ!」
「ふふっ、おはようございます、優子さん」
「何を考えてるの!? あなた、自分のしてることが分かってるの!?」
「ええ、よく分かっていますよ。それより優子さんのほうこそ、自分の置かれた立場が分かっていないんじゃありませんか?」
 くすくすと笑いながらそう言う葉月に僅かにたじろぐ優子。慌てて身を起こそうとして、自分が全裸にされたあげく後ろ手に縛られていることに気付き動揺の表情を浮かべる。
「なっ、何よこれっ!? わ、私をどうするつもり!?」
「うふふふふ……」
 優子の言葉に、葉月はただ笑いだけで答えた。それに不安を煽られたのか、優子が上体を起こして周囲を見回す。おそらくは、風紀委員長用の調教室と思われる部屋。目に付くのは部屋の中央に置かれたドラム缶ぐらいで、殺風景な部屋だ。ドラム缶に身体を寄せている人影が二つ、扉に背を預けている人影が一つ。自分をここに拉致してきた凶児とそのお気に入りである椎名の姿だけでなく、絵夢の姿までもがあることに動揺が広がる。
「わ、私をどうするつもりなのよっ!?」
「別にそれほど複雑なことをするつもりはありませんよ。ただ、私の奴隷になってもらおうと思ってるだけです」
「ふっ、ふざけないでっ!」
 葉月の言葉に優子が怒鳴り、立ち上がる。後ろ手に縛られているにもかかわらず、足は縛られていない。だから立ち上がれたのだが、そこへ葉月が無造作に蹴りを放った。
「あぐっ!」
 腹を蹴られて前屈みになった優子の髪を掴み、葉月が膝を跳ね上げる。顔面に膝を叩き込まれ、濁った悲鳴を上げる優子。彼女の身体を突き飛ばし、ふらつくところを更に蹴る。
「うぐうっ。や、やめなさい、よ……はぐっ」
 蹴り飛ばされて床に転がり、弱々しい声を上げる優子へと葉月が容赦なく蹴りを放つ。後ろ手に縛られた体勢では身体を庇うことも出来ない。苦痛の声を上げて床の上を転がり、何とか逃げようとするが膝立ちになったところでまた蹴りつけられる。
「あがっ。うっ、こ、この……げぶぅっ!」
「あはは、は~ちゃん、しぃちゃんもやってい~い?」
 立ち上がろうとしては蹴られ、苦痛の声を上げながら床に転がされる優子。その無様な姿に椎名が無邪気な笑い声を上げてそう呼びかける。くすっと笑いを浮かべると葉月が頷いた。
「ええ、いいですよ。先輩も混じりますか?」
「そうですね、折角ですが私は遠慮しておきます。白井さんは?」
「わたくしは、如月さんがかまわないというのであれば……」
「いいですよ、人数が多いほうが楽しいですし」
 絵夢の言葉に無造作に頷くとよろよろと立ち上がった優子の身体を葉月が蹴る。ぐふっとくぐもった呻きを漏らしてあとずさる優子の尻をえいっと掛け声をかけて椎名が蹴り飛ばした。悲鳴を上げて前へとよろける優子の顔へと、歩み寄った絵夢が裏拳を放った。よろけて倒れ掛かる優子の胸の辺りを葉月が蹴り上げる。
「あぐっ! うぐうぅっ! はぶうぅっ!」
 まるでボールのように三人の間を行ったり来たりさせられる優子。くぐもった悲鳴を上げてよろめく優子の身体に幾つもの青痣が刻み込まれていく。
「あぶっ、うぐううぅっ! げほっ、げほ……はぐうぅっ!」
 どすっと腹を蹴られて優子が床の上に倒れこむ。ふふっと笑い声を上げながら葉月が仰向けに倒れこんだ優子の胸を踏みつけた。踏みにじられる痛みと屈辱に優子が顔を歪める。
「こ、殺して、やる……あんたたちみんな、殺してやる……!」
「あらあら、物騒なことを言いますね。少し、頭を冷やしてもらいましょうか」
 ちらりと視線をドラム缶のほうへと向けて葉月がそう言う。軽く肩をすくめ、凶児が眼鏡の蔓を指で押し上げた。
「まぁ、この場合、力仕事は男の役目でしょうねぇ。木崎さん、失礼しますよ」
「ちょ、な、何する気っ!?」
 倒れている優子の下へと歩み寄った凶児が無造作に彼女の身体を抱き上げる。動揺の声を上げてもがく優子のことを、彼はよっと軽く反動をつけてドラム缶の中へと頭から放り込んだ。ざぶんと水音が上がり、逆立ちをするような格好になって優子がドラム缶に満たされた水の中へと沈む。
「あぶっ、ごぼごぼごぼぼぉ……」
 水中に放り込まれた優子が呼吸の出来ない苦しみに身体をのたうたせる。だが、後ろ手に拘束された状態で、頭から逆様にドラム缶の中に放り込まれては自力で脱出する術などあるはずもない。
「ごぼごぼごぼっ、ごぼっ、うごおおぉっ。がぼぼぼぼ、ごぼっ、ごぼぉっ、ごぼごぼごぼ……」
 にょきっとドラム缶から天井へと伸びた二本の足が、激しく宙を蹴る。窒息の苦しみから何とか逃れようと、半狂乱になってもがく優子には体面を気にする余裕などまるでない。苦しみのたうつ二本の足は本来人目に晒したくないはずの場所を完全に露にしてしまっている。
「あらあら、女の人がそんな大股開きになるなんて。慎みというものがないんですか? 木崎先輩」
 くすくすと笑いながら葉月がそんな声をかける。もっとも、水中にいる上に窒息寸前の苦しみに襲われている優子の耳にはその言葉は届きはしないだろうし、例え届いていたとしてもそれに反応するだけの余力などないが。
「ご、ぼ、ぼ……」
 やがて優子の口から吐き出されていた気泡がその勢いを失い、激しく宙を蹴っていた足の動きも緩慢になっていく。びくっ、びくっと痙攣するように大きく股を広げた体勢で足を震わせる優子の姿に軽く肩をすくめると葉月は視線を凶児のほうへと向けた。小さく頷いて凶児が優子の足をまとめて抱え、水の中から溺死寸前の彼女の身体を引きずり出す。どさっと無造作に床の上に投げ出され、びくびくと痙攣している優子の下へと歩み寄ると、葉月はどすっと彼女の腹を踏みつけた。
「げぶっ! げほっ、げほげほげほっ、う、うぅ、げほげほげほっ」
「少しは頭が冷えましたか? 木崎先輩」
「な、んて、こと、するのよっ。あ、あんたたち、私のこと、殺すつもり!?」
 げほげほと苦しげな咳をしながら、涙目になって優子が葉月のことを睨みつける。くすっと小さく笑みを浮かべると、葉月は軽く肩をすくめて見せた。
「どうやら、まだ頭に血が上っているようですね。もう少し、冷やしてみましょうか」
「ちょ、ちょっと……いやあああああぁぁっ!」
 葉月の言葉に抗議の声を上げかける優子の身体を、凶児が抱き上げる。悲鳴を上げて優子がもがくが、その動きは弱々しい。苦笑を浮かべたまま暴れる優子の動きを巧みに制し、凶児はドラム缶の中へと優子を放り込んだ。
「ごぼっ、ごぼぉっ! ごぼごぼごぼっ、ごぼっ、ごぼおぉ……!」
 口から気泡を吐き出し、優子が身体をのたうたせる。逃れる術はないと頭では分かっていても、水の中に沈められて窒息する苦しみを味わっている状態ではもがかずにはいられない。何とかこの苦しみから逃れようと身体が勝手に動き、二本の足が激しく宙を蹴る。秘部を晒して激しく足を動かすその姿は、ある意味ひどく扇情的だった。
 足の動きが緩慢になり、痙攣を見せ始めるのを待って、凶児が優子の身体を水から引きずり出し、床の上に転がす。半ば失神している優子の腹を葉月が踏みつけ、水を吐かせると同時に意識を覚醒させた。
「うげっ、げほげほげほっ」
「なかなか、素敵なダンスでしたよ、木崎先輩。あんなに大きく股を開くなんて、まともな神経した女には出来ない芸当ですからね」
「げほっ、げほっ、う、うぅ……ふざけ、ないで、よ……よくも、私を、こんな目に……」
 侮蔑もあらわな葉月の言葉に、うわごとのような調子で優子が呻く。軽く首を傾げると、葉月は再び優子の腹を踏みつけた。
「げぶうぅぅっ!? げほっ、ごほごほごほっ、が、はっ」
 どすんと腹を踏みつけられ、優子が水を吐き出して激しく咳き込む。ぐりぐりと体重をかけて彼女の腹を踏みにじりながら、葉月が薄く笑った。
「人が折角褒めてあげてるのに、お礼の言葉もなしですか?」
「あ、が、ぐ、ぐぐ、ふざけっ、ないでっ。なに、が、お礼、よ……」
 腹を踏みにじられながら、優子が葉月の顔を見上げ睨みつける。ふんっと小さく鼻を鳴らし、葉月は優子の腹から足を上げるとそのまま彼女の顔を蹴り飛ばした。
「ぎゃぶっ」
「自分の立場、まだ分かってないんですか。意外と頭が悪いんですね、木崎先輩って」
 冷たい口調でそう言うとすっと一歩下がり、視線を凶児のほうへと向ける葉月。苦笑を浮かべると凶児は優子の身体を抱え上げ、ドラム缶の中へと放り込んだ。水音が上がり、天井へと二本の足を向けて優子が水に沈む。今回は息を止める暇があったのか、しばらくは大きな反応は見せない。
 だが。人間が永遠に息を止めていることなど不可能だ。やがて息を止めていられる限界がやってくる。そして、限界が来てしまえば、後は息を止めずに水の中に放り込まれたときと同様、いや、息を止めていた分だけ増した苦しみに襲われることになる。
「ぐ、ぐぐぐ……ごぼっ! ごぼごぼごぼっ、ごぼっ、ごぼおおおぉっ!」
 葉月の嘲笑が効いていたのか、始めはぴたりと太腿をくっつけ、膝を曲げていた足が痙攣を始め、こらえきれずに水中で気泡を吐き出した瞬間びくんっと跳ねる。後はもう、理性で身体の動きを抑えることは出来ない。空気を求めて激しく身体をのたうたせ、大股開きになることも気にせず滅茶苦茶に足を振り回す優子。彼女の無様な、しかし必死のダンスを葉月は冷笑を浮かべて眺めている。
 窒息死寸前になるまで水に漬けられ、引き出された優子の腹を葉月が踏みつける。水を吐き出し、激しく咳き込みながら意識を取り戻した優子へと葉月は冷笑を向けた。
「どうです? そろそろ、自分の立場というものが分かりましたか?」
「冗談、じゃ、ないわ、よ……だれ、が、あんた、なんか、に……」
 憎悪の籠もったまなざしを自分へと向ける優子のことを、楽しげに葉月が見つめる。くっと唇の端を吊り上げると、葉月は軽く肩をすくめて見せた。
「そうですか。そんなに苦しみたいなら、いくらでも苦しめてあげますよ。あなたが、自分の立場を理解するまで、ね」
「っ!」
 薄く笑う葉月に、優子が微かに動揺の色を浮かべる。凶児が彼女の身体を抱えあげ、無造作にドラム缶の中へと放り込んだ。水責めの恐ろしいところは、容易に何回でも繰り返せるということだ。石抱きや木馬といった責めは与える苦痛が大きい分、身体に大きな傷をつけた威力を激しく消耗させる。もちろん、その苦痛で一気に相手を屈服させる可能性も高いが、屈服させられなかった場合は傷を癒すためにある程度間を置かなければならなくなる。その間に相手に気力を回復されてしまうこともあれば、最悪ダメージを与えすぎて殺してしまうこともある。いってみればハイリスク・ハイリターンなやりかただ。
 それに対し、水責めはリスクが少ない。その割りに、相手の精神力を削り屈服に追い込む効果は高いから、派手さはないもののかなり優秀な拷問手段といえるだろう。
「げほっ、げほげほげほっ。う、うあ、あぁ……」
 散々に窒息の苦しみを味わった優子が水から引き上げられ、飲み込んでしまった水を吐いて激しく咳き込む。ぜぇぜぇと空気を貪りながら、弱々しく呻く優子の身体を、再び凶児が抱えあげてドラム缶の中へと放り込んだ。
 水の中に放り込まれて窒息寸前までもがき苦しみ、気絶しそうになると引き上げられて僅かに息を整える時間を与えられる。ある程度息が整うとまた水の中に放り込まれ、死ぬかと思うほどの苦しみを味合わされる。一種、永久機関めいたその苦しみの連鎖から逃れるには、体力を消耗しつくして当分目覚めないほど深く気絶するか、それこそいっそ本当に死んでしまうか、さもなくば屈服するかの三つの選択肢しかない。
 この三つの選択肢のうち、死ぬのは論外だろう。優子本人としても死にたくなどはないし、葉月たちのほうでも優子を殺す意思はない。拷問の最中に犠牲者が死に至る、というのはよくある事故かもしれないが、身体に傷をつけない水責めの場合は--やる側が注意していさえすれば--その事故はまず起こらない。
 となれば、優子に選べる選択肢は屈服するか気絶するまで意地を張り通すか、しかない。屈服するのはプライドが許さないが、かといって気絶するまで耐え続けるというのも口で言うのは簡単だがそう簡単に出来ることではない。いくら頭で殺されはしない、と分かっていても、水中で窒息しかける苦しさは本気で死を連想させる。極端な話、水責めとは擬似的に窒息死させては蘇生させる、の繰り返しだともいえるのだから、精神力を削る効果はかなりのものだ。じわじわとボディーブローのように恐怖と苦しみが優子の心を蝕んでいく。
「うぇ、げほっ……う、あ、う……あぁ」
「まだ、素直になれませんか? 別に、私はかまわないんですよ。あなたが苦しみたいというのなら、いくらでも繰り返してあげますから」
「ひ、あ、あぁ……い、や……もぅ、いやぁ……」
 十回以上も水に沈められた優子が、余裕たっぷりの葉月の言葉についに哀願するような態度を見せる。季節柄、水は冷たい。一応暖房設備はあるとはいえ、全身が凍りつきそうなほど冷え切ってがちがちと歯が鳴っている。くすっと笑うと、葉月が軽く優子の身体を蹴飛ばした。
「だいぶ堪えたみたいですね。私に忠誠を誓いますか?」
「誓う、から……だから、もう、許して……」
 半ば朦朧とした意識で優子が呻く。とんっと優子の身体を蹴り、葉月が軽く肩をすくめた。
「なら、態度で示してもらいましょうか。そうですね、メス犬はメス犬らしく、ワンワン鳴きながら私の足を舐めなさい」
「あ、あぁ……う、わ、わん」
 逆らうだけの気力を既に打ち砕かれながらも、最後に残ったプライドがメス犬扱いされることに抵抗するのか、優子がためらいながら微かにわんと口にする。微かに口元を歪めると、葉月が足を上げ、優子の身体を蹴る。
「鳴け、といったのが聞こえませんでしたか? それとも、まだお仕置きが足りないのかしら?」
「わ、わんっ、わんわんわんっ、わんわんっ!」
 葉月の視線がドラム缶に向けられ、顔面蒼白になって優子が叫ぶように犬の鳴きまねをする。水に沈められる苦しさは、本気で死ぬほどの苦しみ。それを再び味合わされることを考えた途端、残ったプライドも打ち砕かれる。恥も外聞もなく犬の鳴きまねをしながら、優子が床の上を這いずるようにして葉月の足元に顔を寄せ、靴へと舌を伸ばす。
「ふふっ、だいぶ、素直になったみたいですね」
 ぴちゃぴちゃと音を立てて靴を舐める優子を見下ろして葉月が薄く笑う。つと視線を絵夢のほうへと向け、葉月は口元を歪めた。
「さて、そういえば絵夢。あなたも何かしたいことがあったんでしたっけ。とりあえず、この場では堕ちたみたいですけど、どうせなら徹底的にやりましょう?」
「はい、如月さん。それでは……」
 にこやかな笑みを浮かべて頷き、絵夢が鞄から金属製のケースを取り出す。思わず葉月の靴を舐めるのをやめ、視線を彼女のほうへと向ける優子。葉月がどすっとその背を踏みつけ、踏みにじる。
「あぐっ」
「誰が、やめていいといいました?」
「ご、ごめんな……ぐええええぇっ」
 苦痛に表情を歪めた優子の背を、更に葉月が踏みにじる。
「あなたは犬でしょう? 人間の言葉、喋ってどうするんです」
「わ、わんっ! わんわんわんっ、わんっ」
 目に涙を浮かべて鳴き声をあげる優子。自分の足に必死に舌を這わせる無様な姿にくすっと笑うと、葉月は視線を絵夢のほうへと向けた。ケースから出したアンプルの中身を注射器に吸い出す絵夢の姿に、軽く首を傾げる。
「薬、ですか? なんです、それ」
「先日、姉さんが送ってきた試作品ですわ。まぁ、失敗作の部類に入る代物ですけれど」
「失敗作?」
 眉をしかめる葉月へと、絵夢がにこやかな笑みを浮かべて頷き返す。
「性感増幅薬……まぁ、平たく言えば媚薬の一種なんですけれど。ちょっと効果が強すぎるのと、副作用として痛覚も高めてしまう欠点がありますの。もっとも、マゾとして調教するには、ちょうどいいとも言えますけれど」
「なら、それは別に欠点というわけでもないでしょう? 失敗作というのはどういうこと? まさか、効果が強すぎて頭がいかれるとか?」
「ええ、まぁ、そんな感じです。この薬の最大の問題は、中毒性の高さ、ですわ。そうですね、この原液をそのまま使えば、まず間違いなく一度で中毒になるでしょうね。効果が期待できる範囲内で濃度をぎりぎりまで下げたものでも、数回使えばまず終わりです。
 一度中毒になってしまえば、後はもうこの薬なしでは生きられない。そうして使い続けていくうちに身も心もぼろぼろになり、最後は廃人になってしまいますから。流石にそれでは、商品にはならないでしょう?」
「あらあらあら……」
「一応、中和薬の開発とか、中毒性を抑えた新薬の開発とかを姉さんのほうで進めてはいるそうですけれど。とりあえず臨床データがもう少し欲しいから、機会があったら使ってくれと頼まれたんです。木崎先輩を逃げられなくするのには、ちょうどいいかと思ったんですけど、どうしましょうか?」
 絵夢が軽く首をかしげてそう問いかける。一方、頭の上で交わされる物騒な会話に、優子は顔面蒼白になってがたがたと震えていた。
「う、嘘でしょ……!? いやっ、やめてっ、そんなもの使わないでっ。言うことなら何でも聞きますっ、聞きますからぁっ、そんな危ない薬使わないでぇっ!」
 必死になって叫ぶ優子へと、葉月が酷薄な笑みを向けた。
「中和薬の開発、間に合うといいですね、先輩」
「い、いっやああああああああああぁぁ-----っ!!」
 絶叫を上げて逃げようとする優子の身体を葉月が押さえ込む。じたばたと激しくもがく優子の身体に更に凶児と椎名がのしかかり、その動きを封じた。ぼろぼろと涙を流しながら自由になる頭を激しく振りたて、優子が悲鳴を上げる。
「イヤッ、イヤッ、イヤアアアアアァァッ! 許してっ、許してぇっ!」
 泣き叫ぶ優子の下へと、ゆっくりと絵夢が歩み寄る。夜はまだ、終わらない……。
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