一文字麻希


 聖ルシフェル学院高等部の校舎の裏庭、何本も植えられた銀杏の樹の根元に座り込んで如月葉月がぼんやりと手にした本に視線を落としている。黄色く色づいた銀杏の葉が舞い落ちる中、ふうっと小さく葉月は溜め息をついた。
 僅かに視線を上げた彼女の耳に、チャイムの音が飛び込んでくる。一瞬どうしようかと考え込むような表情を浮かべた彼女は、しかし立ち上がろうとはせずにそのまま視線を本に戻した。
「おやおや、五限はサボリかい? 嬢ちゃん」
「え?」
 不意に頭上から振ってきた、からかうような男の声に葉月が動揺の表情を浮かべて頭上を振り仰ぐ。見れば、銀杏の樹の大きく張り出した枝の上に、一人の男が寝っ転がっていた。裾のぼろぼろになった丈の長い学生服(いわゆる長ラン)を羽織り、学生帽を顔の上に乗せている。右腕で竹刀を抱き抱えるようにし、口に樹の枝をくわえたその姿は、一昔前の劇画に出てくる『番長』という表現が一番ぴったり来るだろう。
「あ、あなた、誰!?」
 動揺の表情を浮かべたまま、葉月が誰何の声を上げる。小さく苦笑を浮かべるとその男は上体を起こし、軽く反動をつけて枝の上から飛び降りた。
「別に、怪しいもんじゃないさ。れっきとしたここの生徒だぜ? 俺は」
 軽く両手を広げながら男がそう言い、ぎゅっと胸元に本を抱き抱えるようにして葉月が身をすくめる。彼女の視線に気付いたのか、ああ、と、男が小さく声を上げた。
「制服が違うって? この格好は趣味さ。ま、委員長ともなると服装規定なんてあってなきがごとし、なんでね」
「委員長……? そ、それじゃ、流通委員長の、神宮寺先輩……?」
「おや、嬢ちゃんは俺のことを知ってるのか。
 それはともかく、いいのかい? さっきのチャイム、五限の開始のチャイムだぜ?」
「あ、あの、私、Sクラスだから、五限は自由時間なんです……」
 消え入りそうな声で、葉月がそう答える。水曜の五限は特別活動、つまりは部活の時間、ということになっている。一応授業の一環として組み込まれているので、無所属の人間でもこの時間はどこかの部活に一時的に籍を置き、活動に参加することになってはいるのだが、生徒会関係の人間が集まるSクラスの人間は出たくなければ出ないでもいい、ということになっている。もっとも、委員長は大体どこかの部活の部長を兼任しているし、その関係でその委員会に所属する人間もその部活に籍を置くことが多い。
 図書委員長の木崎優子は、まんまという感じで文芸部の部長を兼任しているから、彼女の『お気に入り』な葉月も当然のように文芸部に入部させられている。ただ、優子は真面目に部活動に精を出すタイプではないから、普段の部活も自由参加、来たい人間がやりたいことをやりに来ればばいい、という状態で、この時間も一応は全員参加、という名目になってはいるものの実際には半数も集まらないし、そもそも優子自身が滅多に顔を出さない。
 そういうわけで、一学期の間は一応は五限に出席していた葉月だが、夏休み明けに正式にSクラスに編入されてからは一度も顔を出していない。もともと彼女は本を読むのは好きだが自分で文章を書くのは苦手、というタイプで、本を読むことよりも文章を書くことを主にした今の文芸部の活動にはあまり楽しさを覚えないのだ。
「それで、あの、神宮寺先輩も、次はサボるんですか……?」
 あまり自分のことを詮索されたくないという思いがあるのか、葉月が逆にそう問いかける。軽く苦笑を浮かべて神宮寺は肩をすくめてみせた。
「いや、出るがね。
 しっかし、嬢ちゃんがSクラスねぇ。あんまり似合ってるとも思えんのだが。嬢ちゃん、名前は?」
「あ、はい、如月、葉月です」
「ふぅん。ま、いいや、嬢ちゃん、どうせ暇なんだろ? 少し俺につきあえよ」
 自分で尋ねたくせに名前で呼ぼうとはせず、神宮寺が軽い口調でそう言う。ええっと小さく声を上げた葉月へと、僅かに目を細めるようにして問いかける。
「おや、この俺のお誘いを断るのかな?」
「い、いえ、そう言うわけでは……」
「じゃ、決まりだ。ついてきな」
 一方的にそう告げると、神宮寺はさっさと背を翻して校舎の脇、武道場の方へと足を進める。困ったような表情を浮かべた葉月が、その後に続いた。

 聖ルシフェル学院高等部に作られた武道場は全部で三つ。全て二階建の建物で、剣道部と空手部用の板張りのものが二つ、柔道部用の畳張りのものが一つである。ただし、剣道部と柔道部は男女の二つが有るものの、何故か空手部だけは男子が存在しない。
 そして神宮寺が手にしているのは竹刀である。葉月が彼が向かうのは剣道部用の第一武道場だと考えるのは無理のないことだろう。しかし、彼女の予想に反して、神宮寺が向かったのは第三、女子空手部が使用している武道場だった。
 怪訝そうな表情を浮かべる葉月のことを振りかえろうともせず、さっさと前に立つ神宮寺が扉を乱暴に開く。ばたんと響いた音に、板張りの道場の中、空手着に裸足という姿でバラバラに柔軟体操などをしていた三十名あまりの女生徒たちが、いっせいに立ち上がって整列した。
「全員、そろってるな?」
 とんっと肩に竹刀を担ぐようにしながら神宮寺が整列した女子空手部員たちを見回してそう問いかける。押忍、と、威勢のいい声を返す部員たち。あまりこういう体育会系ののりに慣れていない葉月はどうしていいか分からず、入り口の辺りで立ちすくんでいる。そんな彼女に、並んでいる部員たちの一人が気付いてあっと小さく声を上げた。
「如月さん?」
「ん? なんだ、深山、おめーこいつのこと知ってんのか? そこで暇してたから拾ってきたんだが」
「押忍。……って、あの? 先輩は彼女のこと、知ってて連れてきたんじゃないんですか?」
 神宮寺の言葉に、深山恵子が怪訝そうに問い返す。とんとんと軽く竹刀で肩を叩きながら、神宮寺が軽く肩をすくめて葉月の方を振りかえった。
「嬢ちゃん、もしかして有名人?」
「い、いえ、そんなことは……」
「ほら、図書委員長の木崎先輩のお気に入りですよ。この間、話したじゃないっすか」
「みーやま。ちょっと来てみ?」
 左手の人差し指をちょいちょいっと手前に動かしながら、神宮寺が唇の端を歪める。僅かに表情を引きつらせて前に出た恵子の横っつらを、神宮寺が竹刀で思いっきり引っぱたいた。口の中を切ったのか、床の上にぴぴっと血の赤いしずくが数滴飛ぶ。
「人の話に割り込むんじゃねーよ。ふーん、しっかし、嬢ちゃんが木崎の? らしくないねぇ」
「よ、よく言われます。あ、あの、深山さん、血が……」
「あん? ああ、べつにたいしたこっちゃねーよ。稽古してりゃ、鼻血だなんだは日常茶飯事だしな。
 ま、いい。おら、深山はとっとと戻りな。で、一文字、出な」
 ひらひらっと左手を振って神宮寺がどうでもよさそうな口調でそう言う。殴られて頬を赤くした恵子が一礼して列に戻り、入れ代わりになるように列の中央に居た長髪の女生徒が前に出る。女生徒としては結構な長身の持ち主で、ぎゅっと唇を堅く結んでいる。
「先日の他校との対抗戦、うちの成績は四勝一敗。全体としては勝利だし、よくやったと言いたいところだが、問題が一つある。負けたのがこいつ、大将を任せた一文字だってことだ」
 ぱんっと軽く竹刀で女生徒の頭を叩き、神宮寺が部員たちを見回す。
「大将ってのは、要するに一番強い奴ってことだ。大将戦で負けたってことは、うちで一番強い奴が相手の一番強い奴とやって負けたってことになる。これじゃ、うちの勝ちだって胸を張って言うわけにはいかねーよな。こいつにゃ、その責任を取ってもらわにゃならん。
 一文字、何か言いてーことはあっか?」
「……ありません」
「結構。責任の取り方は二つ。辞めるか、説教か。どっちがいいか、選ばせてやるよ。俺は優しいんでな」
 唇の端を歪めて笑い、神宮寺がそう言う。その口調といい表情といい、獲物を嬲って喜んでいる優子のことを連想させる代物で、僅かに葉月は身を引いた。まっすぐに顔を神宮寺の方に向け、毅然とした口調で一文字が答える。
「説教を、受けます」
「いさぎいいねぇ。よっしゃ、それじゃ、ちゃっちゃと済ませるか」
 左手で顎の辺りを撫でながら、神宮寺が笑う。整列していた部員たちがいったん左右の壁に散り、ぎゅっと唇を結んだまま一文字が道場の中央の方に向き直る。肩に担いでいた竹刀を床にとんっと突き、口を開きかけた神宮寺が、ふと気付いたように首をひねって葉月の方に視線を向けた。
「おっと、嬢ちゃん。いつまでもそんなとこつったってねぇで、適当なとこに座んなよ」
「は、はい……。あ、あの、説教って……?」
「あん? 説教は説教だよ。知らないんなら……そうだな、深山、お前、ちょっと嬢ちゃんの相手をしてやんな。知らない仲ってわけでもねーんだろ?」
 おどおどと問いかける葉月に面倒くさそうな口調でそう応じると、神宮寺が軽く顎をしゃくる。押忍、と、答えて立ち上がった恵子が入り口の辺りでおどおどしている葉月の元に小走りに駆け寄り、彼女の腕を掴んで壁の方へと引っ張っていった。
「ども、おひさしぶりっす」
「あ、はい。……あの、深山さん、これから何が始まるんですか?」
「呼び捨てでいいっすよ。下っぱっすから。
 ……あっと、これから始まること、でしたよね。んー、まぁ、要するに説教なんすけど……」
「あの、だから、その説教って……」
 ぽりぽりと頬を掻く恵子に向かって、葉月が更に問いかける。そこに、床に突いた竹刀の上に両手を置いた神宮寺の声が被さった。
「さーて、始めるか。定例通り、一年は正拳突き左右で二本、二年は回し蹴り左右で二本、三年はその都度俺が指示する。一番手、出な!」
「押忍!」
 神宮寺の声に応じて、壁際に分かれて座っていた部員たちの一人、小柄な少女が立ち上がって一文字の前に進み出る。すうっと息を吸い、構えを取ること数秒、気合の声と共に突き出された彼女の右の拳が両手を腰の後ろに回して棒立ちになっている一文字の胸元をまともに捕らえた。ぐっと息を吐き出し、たたらを踏む一文字。苦痛に僅かに表情を歪め、元の位置に戻った一文字の顔面へと、少女の左拳が叩き込まれる。
「あぐっ……!」
 苦痛の呻きを上げ、よろける一文字。小さく頷くと、神宮寺がとんっと竹刀で少女の肩を叩いた。
「少し左の握りが甘い。ちゃんと練習しとけよ。次!」
「押忍!」
 少女が一礼して元の場所に戻り、隣の少女が一文字の前に進み出る。小さく頭を振って意識をはっきりとさせようとしている一文字。そんな彼女の腹の辺りに、気合の声と共に少女の右拳が突き込まれた。ぐっと一文字が呻き、同時に神宮寺が竹刀で少女の横っ面を張り飛ばす。
「踏み込みが甘い! 手加減してんじゃねぇ! やり直し!」
「お、押忍……!」
 竹刀で容赦なく顔を殴られた少女が、ぐいっと左手で顔を拭って一礼する。再び放たれた右の正拳突きを腹に受け、一文字が身体をくの字に折って呻いた。けほけほと軽く咳き込みながら身体を起こした一文字の顔へと少女が左の正拳を放ち、殴られた一文字が呻くのと同時に再び神宮寺の怒声と竹刀が少女を襲う。
「体重が乗ってない! 手加減すんなってのが分かんねーのか、てめえは!? やり直し!」
「お、押忍!」
 完全に手加減なしに竹刀で顔を殴られ、頬を赤く腫らして涙をにじませた少女が一文字の顔を殴る。呻きながらその場に膝を突いた一文字の頭と少女の頭とをばんばんっと連続で竹刀で叩き、神宮寺が怒鳴った。
「その程度で膝突いてんじゃねーよ、一文字! あとてめえも、余計な仏心だしてんじゃねぇ! ま、いい、次!」
「こ、これって、リンチなんじゃ……」
 よろよろと立ち上がる一文字と、席に戻る少女、入れ代わりに前に出てくる少女、竹刀を床に突いている一文字、といった面々を眺めながら葉月が震える声でそう隣に座る恵子に問いかける。軽く肩をすくめると、恵子は軽い口調で応じた。
「んー、まぁ、体育会系以外だと、そうとも言うっすね。うちらだと、結構あたりまえの光景っすけど」
「そ、そうなの!?」
「そうっすよ。説教は体育会系の伝統っす」
 あたりまえの口調でそう言う恵子と、呆然とした表情を浮かべる葉月。その間にも説教は続き、次々に一年部員たちが一文字の前に出ては無抵抗に立っている彼女の胴体と顔面を殴りつけていく。右の正拳は胴体へ、左の正拳は顔面へ、というのが決まりらしいが、最初の一人を除いてはそのどちらか、あるいは両方で神宮寺の罵声と竹刀を浴び、やり直しをさせられている。ひどい時には二度、三度とやり直しが重なることも有り、何度も何度も殴られた一文字の足はふらつき、顔も腫れ上がってしまっている。道着の下の身体も、おそらく大量にあざが出来ているだろう。一文字のことを殴っている部員たちのほうも、神宮寺に竹刀で殴られて頬を腫らしたり鼻血を出したりしているが。
「次!」
「押忍! じゃ、行ってくるっす」
 一年生部員の最後の一人、恵子が呼ばれて立ち上がる。既に九人の部員たちから三十発を越える正拳を受けてきた一文字だが、それでも苦痛に表情を歪めながら懸命に直立を保とうとしている。今までの部員たちよりも格段に鋭い踏み込みからの右正拳がふらつく一文字の腹に深々と埋め込まれ、かはっと息を吐きながら身体をくの字に折りかけた彼女の顔面へと連撃で左の正拳が飛ぶ。派手に吹き飛ばされ、道場の床に大の字に倒れる一文字。へへっと小さく笑った恵子の頭をばしんと神宮寺が竹刀で叩いた。
「だーれが連係決めろっつった? あ? 調子にのんな!」
「お、押忍!」
「ったく……ま、悪くない出来だったが。よし、次、二年! おらっ、一文字、いつまで寝てんだ! とっとと起きろ!」
 床の上に転がる一文字の横腹をどすっと蹴りつけ、神宮寺が怒鳴る。咳き込みながらよろよろと身を起こす一文字。ぼたぼたと鼻血を出しながら立ち上がった彼女のことを、今度は二年生部員たちの蹴りが襲う。基本的に、拳よりは蹴りの方が威力が有るし、既に無抵抗に何十発と殴られつづけた一文字の足はふらついている。一度蹴られるたびに床に倒れ、神宮寺の罵声と竹刀や蹴りを受けてよろよろと身を起こす、と言うことを繰り返す一文字。ほとんど全員がやり直しを受けた一年程ではないにしろ、二年も半数ほどは神宮寺の罵声を浴びているから蹴られる回数はその分増える。
 肉と肉とがぶつかる音と一文字のあげる苦鳴、彼女が床に倒れ込む音と神宮寺の罵声、部員たちが竹刀に殴られる音などが延々と道場の中に響く。両手で耳を塞ぎ、目を閉じて震えていた葉月が、最後の二年の左上段回し蹴りを頭に受けた一文字が意識を失い、バケツの水を浴びせられて髪を掴んで引きずり起こされたところでたまりかねたように声を上げた。
「もうやめてください! それ以上続けたら、その人、死んじゃいます!」
「おいおいおい、大袈裟だぜ、嬢ちゃん。こいつだってそれなりに鍛えてるんだ、この程度でくたばりゃしねーし、万が一くたばっちまってもそれはそれでしょうがない。この程度で死ぬようなら、惜しくはないしな」
「そんな! 無茶苦茶ですよ!」
 苦笑混じりに肩をすくめる神宮寺の台詞に、葉月が愕然としたように叫ぶ。ぽりぽりと鼻の頭を掻きながら、神宮寺が苦笑する。
「体育会系の理屈って奴さ。別に分からんでもいいがね。
 ま、ともかく、嬢ちゃんは部外者なんだ。口出しはやめてもらおうか?」
「そ、それは、確かに私は部外者ですけど……でも、こんなの見て、黙ってなんかいられません!」
「ふぅん……おとなしいだけかと思ったら、意外と言うじゃないか、嬢ちゃん。で、黙ってられないんなら、どーする? 力づくでも止めるかい?」
 完全に面白がっている口調で、神宮寺がそう問いかける。うっと言葉に詰まった葉月へと、神宮寺が笑いかけた。
「言っとくが、俺も委員長だからな。木崎の名前は、通用しないぜ?」
「あの人は関係ありません! 私はあの人の名前を利用したことなんか一度もないですし、これからだってしません!」
「そいつは結構。で、結局嬢ちゃんはどうするんだい? こいつの代わりに、説教受けるかい? 嬢ちゃんが」
「駄目よ……私は、平気。気持ちは嬉しいけど、これは、私たちの問題だから」
 水を浴びせられた一文字がふらつきながらそう言う。神宮寺が彼女の方に視線も向けずに竹刀を振るい、彼女のことを殴り倒した。
「人の話に割り込むんじゃねーよ、一文字。ったく。
 ……そうだな、嬢ちゃん、木崎のお気に入りってんなら、責めの趣味も似たようなもんなのか?」
「……私は、人を傷つけるのは嫌いです。無理矢理人に言うことを聞かせるのも」
「あん? 拷問も調教も嫌い、ってことか? そいつは」
「あたりまえでしょう!? そんな、人を苦しめて喜ぶようなおかしな趣味は私にはありません!」
 意外そうに聞き返す神宮寺に、葉月が叫び返す。一瞬虚を突かれたような表情を浮かべた神宮寺が、急に大声で笑い始めた。
「あっはっはっはっは。おかしな趣味、ねぇ……くくく、それじゃ、嬢ちゃん、生徒会の連中は、嬢ちゃんから見たら変態ぞろいってわけかい?」
「そうですよ! 他人が苦しんでるのを見て喜ぶような人は、頭がどこかおかしいんですよ! ちょっと考えれば、間違ってるって事に気付けるのに……!」
「ちょ、ちょっと、如月さん……!」
 恵子が慌てて葉月の袖を引くが、興奮してしまった葉月はそれに取りあわない。楽しそうに笑いながら、神宮寺が身を起こした一文字を竹刀で殴りつける。再び床に転がった彼女の胸の辺りを竹刀の先端でぐりぐりと嬲りながら、神宮寺が笑う。
「なるほどなるほど。嬢ちゃんはまだ知らないってわけだ。楽しいぜ? 抵抗出来ない相手をいたぶるっていうのはよ」
「そんなのは、頭がおかしい証拠です! まともな心があれば、そんな酷い事なんか、出来る筈ないのに……!」
「じゃ、試してみるかい? 今からこいつを地下したにつれてって、責めてみようじゃないか。責め役は当然嬢ちゃんだ。一度やってみりゃ、この楽しさって奴が分かって病みつきになる」
「そんな……! 嫌です! 私は、そんなことしたくありません!」
 神宮寺の言葉に、愕然として葉月が叫ぶ。ひょいっと肩をすくめると神宮寺は苦笑を浮かべた。
「じゃ、説教を続行するまでの事だな。二つに一つだ。説教続行か、嬢ちゃんがこいつを責めてみるか。どっちがいいかは、嬢ちゃんに選ばせてやるよ」
「そ、そんな……」
「どっちだ?」
 明らかな動揺を浮かべて葉月が口篭る。余裕の笑みを浮かべてそう言いながら、神宮寺は倒れている一文字の胸の辺りをかかとで踏みつけた。
「ガハッ! あ、ぎ……!」
「おやおや、あばらにひびでも入ったかな? こんな状態で説教受けたら、本当に死んじゃうかもしれねぇなぁ」
 苦悶にじたばたと床の上で身体をのたうたせる一文字を見下ろしながら、神宮寺が笑う。
「ひ、酷い……! 卑怯です!」
「卑怯? 何が? 俺は何も強制してないぜ? 嬢ちゃんが他人を傷つけるのが嫌だっていう自分のポリシーを貫きたいんなら、このまま放っておけばいい。何、この状態で説教食らったからって、こいつが死ぬと決まったわけでもねぇしな」
「分かりました! 私が責め役をやればいいんでしょう!? やりますから、その前にその人に手当をしてあげて!」
 神宮寺の言葉に、悲痛な声で葉月が叫ぶ。にいっと悪魔のような笑みを浮かべる神宮寺の事を、葉月はぎゅっと唇を噛み締めてにらみつけた。

「うっ、うう、くううううう……」
 学院の地下にある生徒会用の特別室の一室の中に、押し殺した呻き声が響く。全裸に剥かれ、逆さに吊られた一文字の上げる声だ。逆さに吊るといっても両足首をまとめて縛って吊るすのではなく、それぞれの足首に巻きつけられたロープをいったん左右の壁のフックを通してから車用のウインチを使って巻き上げている。当然ながら、両足は左右に強く引かれ、股関節が脱臼するのではないかと思うほど大きく割り開かれている。両手を背中に回して縛り上げられた一文字が顔に汗を浮かべて苦痛の呻きを上げるのを眺めながら、神宮寺は更にウインチを巻き上げた。
「うっ、あ、ああっ! きゃああああああああぁっ!」
 ぎしっ、ぎしっと股関節が軋み、背を反りかえらせて一文字が悲鳴を上げる。びくっと身をすくめる葉月の方に視線を移すと、神宮寺は軽く首を傾げた。
「さて、と。嬢ちゃんは素人だから、鞭なんて使った事はねえよな?」
「え、ええ……」
「ま、本当は鞭の方が面白いんだが、素人が使うとどこに当たるか分かったもんじゃねぇからな。嬢ちゃんが自分をひっぱたくのはまあいいとしても、俺に当てられちゃたまらん。
 で、とりあえずはこいつを使ってもらう。こいつなら、変な所に当たる心配はないしな。そら」
 そう言いながら、神宮寺が持っていた竹刀を葉月へと放る。受けとめ損ねて床に取り落とした葉月の事を苦笑混じりに眺めつつ、神宮寺は壁の棚から太い注射器を取り出した。先端は丸くなっていて、針はついていない。
「一文字、最低でも一時間は我慢しろよ?」
「う、あ、な、何を……?」
「糞すんのをだよ」
 ぽたぽたと顔から汗の玉を滴らせている一文字の肛門へとずぶりとばかりに注射器の先端を押し込み、神宮寺が笑う。ぐぐぐっとピストンが押し込まれ、薬液が一文字の腹の中へと注入される。
「うあ、あ、ああう……お、お腹が……痛い……くうっ」
「薄めてねえからな。ちょいと強烈かも知れん。ま、しっかりケツの穴締めとくこったな。一時間たったら降ろしてやるが、その前に糞したらひどい事になるぜ、その格好じゃな」
 眉をしかめ、身体を揺らす一文字の尻をぱぁんと平手で叩き、そう言って笑うと神宮寺は葉月の方に視線を向けた。
「じゃ、始めるか。そうそう、嬢ちゃん。別に手加減してもかまわねえが、いい音たてて殴った回数が二百を越えたら、時間になる前にこいつを許してやってもいいぜ。どっちかっつうと、手加減なしに殴りまくってやった方がこいつが苦しむ時間は短くなるんじゃねえかな。ま、嬢ちゃんが好きにすりゃいいこったが」
 壁に背を預けながら、神宮寺がそう言う。ぎゅっと唇を握り締めて吊るされた一文字の前に歩み出る葉月。ぎゅっと眉をしかめ、懸命に肛門に力を込めている一文字が哀願するような声を葉月にかけた。
「お、お願い……い、一時間も、我慢できない……痛いのは、平気、くうっ、だから、早く楽にして……くうぅっ」
「は、はい。……ごめんなさいっ」
 哀願された葉月がぎゅっと目を閉じ、思いっきり横薙ぎに竹刀を振るう。道場での説教で大量に青あざの刻まれた一文字の身体、乳房の辺りに竹刀が当たり、ぱあんと景気のいい音を立てた。ぐっと小さく呻き、殴られた反動で一文字が上体を揺らす。
「おっと、いいねぇ。その調子、その調子」
 ぱんぱんと手を叩き、からかうような口調で神宮寺がそう言う。ぎっと彼の方に怒りのこもった視線を向けると、葉月は再び竹刀を振るった。
「あぐっ! うぅ、くうぁ」
「ご、ごめんなさい、痛かった、ですか?」
「だ、大丈夫、だから……くうぅっ、あっ、は、早く……」
 ごろごろごろとなる腹の痛みに油汗を滴らせつつ、一文字が哀願する。殴られている一文字と同じか下手すればそれ以上に泣きそうな表情になって、葉月が竹刀を振るう。
「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ」
「あぐっ、くうあっ」
 びしっ、ばしっと竹刀で殴られ、押し殺した苦鳴を上げて一文字が身体をくねらせる。笑いながらその様子を眺めていた神宮寺が葉月へと声をかけた。
「嬢ちゃん、足の方も殴ってやんな」
「は、はい……」
 左右に強烈に引かれ、ピンと張り詰めた一文字の太股の内側へと、葉月が竹刀を振り降ろす。
「ひあっ! いやあああぁっ!」
「ご、ごめんなさいっ」
 ピンと張り詰めた太股を打たれた一文字が悲鳴を上げ、びくっと葉月が一歩あとずさる。
「ほらほら、続けて続けて」
「で、でも……」
「一文字、てめえも続けて欲しいよなぁ」
「うっ、ううっ、はい……」
「ほら、一文字もそう言ってる。続けなよ、嬢ちゃん」
 神宮寺が笑いながら葉月を促す。はっ、はっ、はっと切れ切れの息を吐いている一文字の事をすまなさそうに見つめ、葉月は再び彼女の太股へと竹刀を振り降ろした。
「ひいぃっ!」
 上体をのけぞらせ、一文字が悲鳴を上げる。その悲鳴にびくっと葉月が身を引くが、神宮寺がからかうような口調で促し、懸命に便意に耐えている一文字も早く終わらせて欲しいと哀願を繰り返す。
「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ!」
「ひいいいぃっ、ひいいいっ!」
 びしっ、ばしっと太股に竹刀が振り降ろされ、一文字が悲鳴を上げる。ぴんと張り詰めた白い太股に青あざが刻まれていく。眼鏡の奥の目に涙を溜め、一文字の悲鳴を振り払おうとしているかのように更に早く強く葉月が竹刀を振るう。
「ひいいいぃっ! いやああああぁっ! ひいいいいぃ! ひいいっ!」
 悲痛な悲鳴を上げ、一文字が上体をくねらせる。格闘技をやっていて大胸筋が発達しているせいか、結構豊かな乳房が彼女が身悶えるたびにふるふると揺れる。その姿を薄く笑いを浮かべながら鑑賞していた神宮寺が、ウインチを操作して更に強く彼女の足を引っ張った。
「キヒイイィッ! ヒッ、ヒギャウッ! ヒイイイイィッ!」
 ミシミシと股関節が軋み、身体が二つに引き裂かれるのではないかと思うほどの激痛が走りぬける。そこに竹刀で打たれる痛みと浣腸された腹の痛みとが加わり、大きく目を剥き、よだれを巻き散らして一文字が絶叫する。
「やめてっ、やめてっ、もう許してっ、ヒイイィッ!! あぐうぅっ!」
 哀願の声を上げる一文字の太股を思いっきり打ち据えた葉月が、今度は横薙ぎに乳房を打ち据える。ぎゅっと唇を結んだまま、葉月は更に竹刀で一文字の腹の辺りを薙ぎ払うように強く打った。息を詰まらせ、腹を打たれて一気に高まった便意を懸命に堪える一文字。そこに、更に葉月の竹刀が襲いかかる。
「ヒイイィッ! ヒイッ! ヒイイイイイイイィッ!」
 脇腹、乳房、腕、太股と、次々に容赦のない竹刀を受けて一文字が悲鳴を上げ、身体をくねらせる。葉月は力もないし竹刀を振るう技にも慣れてはいないが、それでも容赦なく殴られれば結構痛い。普通の状態なら一文字も楽に悲鳴を噛み殺せるだろうが、股裂きと浣腸とを受けた今の状態では充分すぎる負荷だ。
「早く終わらせないと。早く、終わらせないと」
「ヒイイィッ! 痛いっ、やめて、ヒイイイィ! イヤアアァッ!」
 興奮状態になってるのか、ぶつぶつと小さく呟きながら葉月が縦横に容赦なく竹刀を振るう。竹刀が肉を打つ音と一文字の上げる悲痛な悲鳴が室内に充満し、その様子を神宮寺が楽しそうに笑いながら眺めている。
「アグッ、アアッ、駄目、やめてっ、漏れちゃうっ。ヒイイィッ! イヤアアァッ、お願いっ、やめてっ! ヒイイッ、アグウッ、グッ、痛いっ、お願いっ、許してっ、キャアアアアァッ!」
 十分、二十分……時間の経過と共に加速度的に強まる便意。それを堪えようと懸命に一文字は肛門に力を込めているのだが、葉月が振るう竹刀の痛みのせいで意識が逸れ、次第に耐えきれなくなってくる。悲痛な声で葉月にもうやめてくれと哀願するのだが、自分の手で他人を痛めつけるという始めての経験に興奮状態--あるいは、錯乱状態--にある葉月の耳にはその哀願は届かない。壁に背中を預けていた神宮寺が、軽く首を傾げながら葉月に声をかけた。
「嬢ちゃん、大切なとこも叩いてやったらどうだい?」
「大切な、とこ……?」
 竹刀を振るう手を休めないまま、小さく葉月が問い返す。一文字の声には反応せず、神宮寺の声に反応するというのもおかしな話だが、自分の手で上げさせている悲鳴を聞きたくない、という思いが無意識のうちに一文字の上げる声を耳から締め出してしまっているのかもしれない。
「おまんこだよ。効くぜ、そこは」
「そう、かな……?」
「ひいっ。やめて! やめてやめてやめてぇっ!」
 いったん手をとめ、首を傾げる葉月。表情を引きつらせて一文字が左右に激しく首を振り立て、哀願の声を上げる。小さく頷くと、葉月はゆっくりと竹刀を振り上げた。
「やって、みますね」
「イヤアアアアァッ! やめてっ、許してっ、お願いっ!」
 一文字が上げる悲痛な叫び。それが耳に入っていないのか、少しぼうっとしたような視線を彼女に向けて葉月が勢いよく竹刀を振り降ろす。左右に大きく足を割り開かれ、そのせいでぱっくりと口を開けた一文字の秘所を、竹刀がしたたかに打ち据えた。
「ヒギャアアアアアアァァァッ!!」
 一文字が絶叫を上げ目を剥いて上体をのけぞらせる。同時に神宮寺が更にウインチを巻き上げた。一文字の口から更に絶叫があふれ、ついに耐えきれなくなったのか彼女の肛門から盛大に大便が噴き出す。
「イヤアアァッ、見ないでっ、見ないでぇっ!!」
 ぶりっ、べちゃっ、ぶりぶりびちゃっと派手な音を立てて水っぽい黄色い大便が派手に噴き出す。逆さまに吊るされた状態では避けようもなく、自分の大便まみれになりながら、一文字が泣きじゃくりながら哀願の声を上げた。排泄する姿を他人に見られるという恥辱に、半狂乱になって身体をくねらせる。
「あ~あ、漏らしちまいやんの。臭え、臭せ」
 ことさらに鼻をつまんでみせ、神宮寺が顔の前で手を振る。はっと我に返ったような表情になって葉月がよろよろっと数歩後ずさった。からん、と、彼女の手からこぼれ落ちた竹刀が床に転がる。
「あ……わ、私……?」
「ひっく、ひっく、ふえええ~~ん」
 ぶぶっ、ぶぶぶっとまだ大便の飛沫を噴き出しながら、一文字がすすり泣く。ウインチを逆に回し、どさっと大便まみれの一文字を床の上に降ろすと神宮寺は軽く肩をすくめると葉月の方に視線を向けた。
「結構、楽しそうにやってたじゃねえか。素質あるぜ、嬢ちゃん」
「う、嘘……」
「嘘なんかつかねえよ。こいつが『やめて、許してっ』って泣いて頼んでるのに、嬢ちゃん、笑いながら殴りまくってたじゃねーか。うんうん、普通はああいう状態になったらびびっちまって手が止まるもんなんだが、見直したぜ、嬢ちゃん」
「私、が……嘘……。し、失礼しますっ」
 呆然としたように大便まみれになってすすり泣く一文字の、青あざだらけになった無残な姿を眺めていた葉月が、急に背を向けて逃げるように部屋から出ていく。その姿を見送りながら、くっくっくと神宮寺は楽しそうに笑った。
「からかいがいのある娘だな。俺が育てるのも面白そうだが、木崎のお手付きだしなぁ。ま、いっか」
 軽く肩をすくめると、一文字をその場に残して神宮寺も部屋から出ていった。
 髪や顔まで自分の大便にまみれ、すすり泣く一文字だけが部屋に残された……。
TOPへ
この作品の感想は?: