麻生枝奈


「んっ、く、ふぅ……あっ、だ、駄目、駄目なのに……うぅんっ」
 自室の二段ベットの下段、カーテンを締めた状態で布団にくるまった如月葉月(きさらぎはづき)が押し殺した声を上げる。もぞもぞと布団が動いているところを見ると、どうやらオナニーに耽っている真っ最中らしい。
「あ、んっ、何で……どうして、私、こんなになって……うぅんっ、あ、ふわぁっ」
 切なげな声を上げて葉月が身悶える。未だ男を知らない肉体(からだ)ではあるが、さんざん木崎優子の手によって弄ばれたせいか感度はずいぶん良くなっている。元々の性格からするとあまり性行為(そういうこと)ことに耽るタイプではない彼女が、強制されたわけでもないのにオナニーしているというのは結構珍しい事態だ。
「何で、あの時のことが……ううん、あの時だけじゃない、他にも無理やり見せられた悲惨な光景が……浮かんでくるの? あ、あぁんっ、しかも、それで、こんなになって……私、私……くふぅんっ」
 混乱した口調で呟きながら、布団の動きがますます大きくなる。彼女の言う『あの時』とは、一週間ほど前に闇の生徒会のメンバーの一人、神宮寺亜虎(じんぐうじあとら)策略(たくらみ)に嵌められて他人を初めて拷問してしまったときの記憶だ。開脚逆さ釣りにされ、浣腸までされた状態の女生徒を自分は竹刀で滅茶苦茶に打ち据えたのだという。自分でははっきりとは憶えていないが、そのときの興奮と感触は感覚として残っている。最初は忌まわしいとしか思えなかったその感覚が……何故か今は非常に高揚感を伴う記憶として浮かび上がってきていた。
 そして、それに重なるように今まで優子に見せられた様々な拷問の光景が、脳裏に浮かぶ。その場では恐怖と嫌悪しか感じなかったその光景に……興奮しているもう一人の自分がいた。
「やだっ、何で、こんな……くふぅんっ」
 自分の意志によらず『開発』されてしまった身体は燃え上がる。湿った音を立てる秘所と硬くしこり立った乳首とをいじりながら、葉月が切なげな声を上げる。
「……ねぇ、如月さん?」
「ひゃうっ!?」
 不意にカーテンの向こう側から声を掛けられ、奇声を上げて葉月が身体を震わせる。
「まぁ、ベットの中で何をしようと勝手、だけどさ。声、外まで漏れてるわよ?」
「え、あっ、やだっ……ご、ごめんなさいっ」
 呆れたような響きの言葉に、顔を真っ赤に染めて葉月が身を縮める。
「いや、まぁ、謝られるような事じゃないし、どっちかって言うとこっちの方が謝らなくっちゃいけない場面なのかもしれないけど。
 でも、びっくりしたわよ? 帰ってきてみたら、変な声聞こえるんだもの」
 苦笑混じりの言葉に、葉月がますます顔を赤くする。と、そこでふとおかしな事に気づいて葉月はおずおずと問い掛けた。
「あの……麻生さん。今日は、遅くなるって言ってませんでしたっけ?」
「え? ああ、うん、その予定だったんだけど……デートの相手を取られちゃってさ」
「あ! ご、ごめんなさいっ、私ったら考えなしに……」
 あっけらかんとした相手の返答に、葉月が慌てて謝罪する。くすくすという笑い声がカーテン越しに返ってきた。
「あはは、冗談よ、冗談。デートなんかじゃないわ。ただのお仕事よ」
「お仕事……ですか?」
「うん、そう。って、あれ? あなた、私の仕事知らなかったっけ?」
「初耳、ですけど……あの、何をしてるのか、なんて、聞いても大丈夫ですか?」
 おずおずと問い掛ける葉月に、苦笑混じりの返答が返る。カーテンに遮られて見えないが、向こうが肩をすくめたらしい気配が伝わってきた。
「ん~? でも私の仕事なんて、あなたには関係のない話よ?」
「そ、そうですよね、ごめんなさい、でしゃばっちゃって……」
「いや、別にいいんだけど。私がやってるのはSM請負人だから、生徒会メンバーのあなたには必要のない仕事だってだけの話でね。プレイしたいなら相手はよりどりみどりでしょ? わざわざ私みたいな商売人にお金払う必要なんてどこにもないわけだから」
「エ……SM請負人?」
「そ。ま、大抵はM役だけど、今日は久しぶりにS役の依頼が入ってたのよねぇ。なのに生徒会に持ってかれちゃった。ま、あの人たち相手に喧嘩売るわけにも行かないから泣き寝入りなんだけどさ。えらい迷惑な話よ。
 って、ああ、これオフレコね。他の人にいいつけたりしちゃ嫌よ?」
「そ、そんなこと、しませんけど……」
 耳にしたSM請負人というのが上手くイメージできずに混乱したまま葉月がそう答える。うふふっという笑い声と共に、カーテンの向こうからまるで関係のない質問が飛んできた。
「と・こ・ろ・で、一体何をおかずにやってたの? やっぱり、恋人とか?」
「ち、違います! そんな人、私にはいません!」
 再び耳まで真っ赤にして葉月が答える。くすくすと笑い声が聞こえてきて葉月が泣きそうな表情を浮かべた。
「ふ~ん、そうなんだ~?」
「もうっ、麻生さんの意地悪っ」
「あはは、ごめんごめん。でも、そうすると、何をおかずにしてたのかな~?」
「ううぅ……」
「恋人じゃないとするとぉ……誰かを苛め(いたぶっ)てる時のこと思い出してたとか?」
 くすくすと相変わらずからかうような口調で投げかけられた言葉に、びくっと葉月が身体を震わせる。その気配を察したのかカーテンの向こう側から少し驚いたような声が上がった。
「あれ? もしかしてビンゴ? へぇ~、やっぱりあなたも生徒会メンバーなんだ」
「ち、違いますっ! 私は、あんな仲間(へんたい)じゃ、ない……んです」
 強く反論しかけた葉月の語尾が力なく弱まって消える。実際、他人を責めているときのことを思い出して興奮していたのだから。
「違うん、です……私は、あんなことで、興奮したりなんか……」
「如月さん?」
「違う……はず」
「別にいいんじゃない? 趣味なんて個人の問題なんだから。他人に迷惑掛けるわけじゃないし」
 あっけらかんとした枝奈の言葉に、葉月が肩を震わせる。
「でも、あんなの、変態のすることで……」
「変態、ね。ま、世間じゃそうなってるわね、確かに。けど、それが何? 結局のところ正常か異常かなんてのは、多数派か少数派かってだけのことなんだしさ、如月さんは難しく考え過ぎね。
 いいじゃない、人を苛めて興奮したって。私だってそういうの好きよ? あなたはどうなの? 人を苛めるのは楽しい? 楽しくない? どっちなの?」
「……分かり、ません。私には……」
 少し前ならば楽しくないと即答できたはずの問いに、葉月は震える声でそう答えた。はぁっと言う溜息が聞こえてくる。
「もう、仕方ないわねぇ。なら、実際に試してみれば?」
「実際に、試す?」
「そ。難しく考えるより、やってみたほうが答えは早く出るわよ、きっと。まぁ、嫌がる相手を無理やり、っていうのは犯罪になっちゃうから却下だけどね。私が相手をするなら問題ないでしょ?」
「え、ええっ!?」
 思わず声を上げた葉月に、あっけらかんとした軽い口調で枝奈が言葉を続ける。
「セックスだってさ、お互いの同意がなければ強姦(はんざい)で同意があれば和姦(オーケー)でしょ? 嫌がる相手に無理やりしたら拷問だけど、お互いの同意が出来てるならただのプレイ、何の問題もないわ」
「そ、そう、でしょうか……?」
「そうよ。言ったでしょ? 私はSM請負人、プレイの相手をしてお金稼いでるんだから。その私が問題ないって言ってるんだから、問題はないの」
「え、え~と……」
 なんとなく何かが間違っているような気がしつつ、はっきりと言葉に出せない葉月へとそれが既に決まったことであるかのような口調で枝奈が言葉を続ける。
「今からってのは、もう夜も遅いし、(ここ)じゃ設備がない上に他人の迷惑よね。明日の放課後、地下(がっこう)の設備を使ってやりましょ。いいわね?」
「は、はい」
 一方的な枝奈の言葉に、つい葉月は頷いてしまった。混乱した頭のままで。

「ぶ~、つまんなぁい。は~ちゃんと遊ぼうと思ってたのにぃ」
 ぷうっとほっぺたを膨らませ、赤岩椎名がそう呟く。階段にぺたんと腰を下ろしている彼女のことを、壁に背を預けた体勢で見下ろしながら雪野沙智がぼそっと問い掛ける。
「何か、あったのか?」
「一緒にあそぼっていったらね、は~ちゃん、用事があるから駄目だって。何かね、地下で人と会うんだって。しぃちゃんも一緒にいってい~い、って聞いたら、それも駄目だって。つまんな~い」
 子供っぽいというより、子供そのものの口調で椎名がそう言い、微かに沙智が眉をしかめる。
「地下? 穏やかでは、ないな」
「うん、そうだよねぇ。は~ちゃんがあそこで遊ぶんなら、しぃちゃんも一緒に遊びたかったのに。は~ちゃん、駄目って言うんだもん。酷いと思わない? 酷いよねぇ。うん、酷いよ」
「地下、か。毒蛇のいる藪を、わざわざ突つくこともあるまいに」
「ほえ? さっちゃん、なんか言った?」
 一人で勝手に自己完結した椎名が、ぼそっとした沙智の呟きを聞きつけて怪訝そうな表情を浮かべる。右目を覆うように垂れ下がった前髪をわずらわしげにかきあげ、沙智が口元に微笑を浮かべた。
「いや、何でもない。まぁ、今日は私がしぃちゃんに付き合うから、それで機嫌を直してくれ。きっと、彼女にもやむにやまれぬ事情があるのだろうからな」
「ふみゅぅ、分かった。じゃね、じゃね、さっちゃん、何してあそぼっか」
「しぃちゃんがしたいことでいい。ああ、ただ、今日は地下はなしだな」
「え~~? ど~して? しぃちゃん、地下で遊びたい。ね、さっちゃん、下で遊ぼうよぉ」
「邪魔をしちゃ、悪いだろう? それとも、しぃちゃんは本当に彼女のことが嫌いになっちゃったのかい?」
「ううん、ううん、そんなことないよぉっ。しぃちゃん、は~ちゃんのこと大好きだもん。もしかして、しぃちゃんが下に行くと、は~ちゃん怒る? しぃちゃんのこと、嫌いになっちゃう?」
 ぶるぶると首を左右に振った椎名が泣きそうな顔になるのを、沙智は微笑みながら頭を撫でてやる。
「怒らないけど、悲しむかな。だから、今日は下に行くのはやめだ。いいね?」
「ふみゅう……分かった」
「よぉし、いい子だ」
 にっこりと笑いながら椎名の髪をくしゃくしゃっとなで、沙智はふと鋭い視線を宙に投げかけた。
「触らぬ神に祟りなし、眠れる獅子をわざわざ起こすことはない、とは思うが。私にどうこうできることではないしな……この子が悲しむようなことにならなければいいが」

「うふふっ、じゃ、はじめましょうか」
「は、はぁ……本当に、やるんですか?」
 壁から生えた短い鎖に手足を拘束された枝奈の言葉に、戸惑いを隠せないといった感じで葉月が応じる。既に枝奈は全裸に向かれており、葉月のてにはキャット・ナイン・テイルと呼ばれるバラ鞭が握られているといういつでも始められる状態なのだが。尻ごみした様子を見せる葉月に、呆れたような表情を枝奈が浮かべて見せた。
「そりゃそうよ。そのためにわざわざこんなところまで来たんでしょうが。
 ちなみに、解説するまでもないでしょうけど、それはキャット・ナイン・テイル。打つ力が拡散するから派手な音が出る割には痛くないし、肌を傷つけることも滅多にないわ。力いっぱい打っても平気よ」
「は、はい、そういう話は、聞いたことがありますけど……でも、痛いんですよね、やっぱり?」
「そりゃまぁ、まるで痛くないんなら鞭打ちにならないし。大丈夫よ、私はそれに慣れてるから、ちょっとやそっと打たれたぐらいじゃびくともしないわ。というより、あなたじゃ本気で打ったところで、私に悲鳴上げさせるのは無理かもしれないわねぇ。力も根性もないあなたじゃ」
 おずおずと問い掛ける葉月に苦笑混じりに応じた枝奈が、最後は挑発するような口調になって首を傾げる。流石に少しむっとしたような表情を浮かべる葉月へと枝奈が笑いかけた。
「そんなことはないって、言いたげな顔してるわね。いいわよ、じゃ、試して御覧なさい」
「知りませんからね……!」
 そういって葉月が鞭を振り上げ、振り下ろす。ばしぃんという景気のいい音と共に束になった鞭が枝奈の太股へと当たり、広範囲にわたって肌を赤く染める。
「ふふっ、ほぅら、やっぱり」
 打たれた瞬間僅かに眉をしかめたものの、悲鳴を上げることなく枝奈が逆に笑って見せる。ぎゅっと唇を結んだまま、葉月は無言で鞭を振り上げ、振り下ろした。
 バシィンッ。
「今度は左? ふふっ、まだまだねぇ」
 ビシィッ。
「ッ、胸は、ちょっと効くかしら。けど、その程度じゃ」
 ビシィンッ!
「ゥッ。ふ、ふふ、その調子、もっと強くやって見なさい」
 バシッ!
「くっ……今のは、ちょっと、効いた、わね」
 右太股、左太股、右胸、腹、左胸と無言のまま葉月が打ち据え、全身から汗を吹き出させて枝奈が葉月を挑発するような声を投げかける。実際には、いくら威力が拡散する鞭とはいえ力一杯に叩かれているせいで結構痛い。しかも、枝奈が想像していたよりも葉月は鞭の振るい方が上手く、悲鳴をこらえるのは一苦労だった。
 バッシィンッ!
「あぐっ」
 そして葉月の振るった鞭が股間を打ち据え、枝奈の口から押さえきれない悲鳴がこぼれる。無言で鞭を振るっていた葉月がにいっと口元を歪めた。その表情を見た瞬間、枝奈の身体に震えが走る。
「悲鳴、上げたみたいですね」
「ふふっ、そうね、私が思ってたより上手いじゃない」
 恐怖を感じた自分を鼓舞するように、枝奈が笑いを浮かべる。口元の笑いを消し、葉月が軽く首を傾げた。
「鞭の振るい方は、大体分かりましたけど……そんなに楽しいものでもないですね」
「何を言ってるのよ、まだ始めたばっかりじゃない。これから楽しくなっていくのよ。鞭を振るうたびに相手が身体を震わせ、泣き叫ぶ……ふふっ、楽しいわよ?」
「そうですか? なら……」
 鞭の柄を握りなおし、葉月が鞭を振るう。乾いた音と共に鞭が枝奈の乳房を打ち据え、枝奈が顔をのけぞらして悲鳴を放った。
「くひいいいいぃっ!?」
「……演技、してませんか? 麻生さん」
「あ、あは、ばれた?」
 額に汗を浮かべて枝奈が無理やり笑う。演技しようと思ったのは事実だし、実際その要素が今の悲鳴に含まれていなかったといえば嘘になるが、半分以上本気で悲鳴を上げたのもまた事実だ。彼女が予想していたより遥かに痛い。素人が振るった鞭とは思えないほどに。
「だってね、本当に一番楽しいのは、悲鳴を上げまいとこらえている相手が、それでもこらえきれずに悲鳴を上げる姿なんだけどね、あなたにそこまで要求するのは無茶でしょ? だから、次善の策として、派手に悲鳴を上げてみたんだけど……あはは、ばれちゃったか」
「無茶だって、決め付けないで貰えますか。私にだって、それぐらい出来ます」
「あら、そぉ? なら、私は悲鳴を上げないよう頑張るから、泣き叫ばせて御覧なさい。ま、まず無理でしょうけど」
 不機嫌そうな表情を浮かべる葉月へと、あえて枝奈は挑発するような言葉を投げかける。自分でもひどく危険な行為をしているという気はするのだが、葉月に思いっきり責めさせるのは優子との契約だし、何より所詮は素人という侮りもあった。確かに鞭の使い方が上手いようだが、それでも熟練者の腕前とは比べ物にならない。プレイに慣れた自分が本当に追い詰められるような事態にはならないだろう、と、枝奈はそう思っていた。
「無理かどうか、試してみましょうか、それじゃ」
 普段の彼女の態度とはかけ離れた、ひどく冷たい印象で言い放つと葉月が鞭を振るう。太股を襲う衝撃と痛みに、半ば以上本気で奥歯を噛み締め、枝奈が悲鳴を噛み殺す。
「ほ、ほら、やっぱり……」
「始まったばかり、と、そういったのはあなたでしょう?」
「……ッ! く、うぅ……」
 枝奈の言葉を冷ややかに遮って葉月が鞭を振るう。逆の太股に走った痛みに思わず枝奈は呻いた。同じ場所を連続して打つと感覚が麻痺するが、打つ部位を散らしての鞭打ちは肌の感覚を鋭敏にし、続く責めをより効果的にする。だから痛みが増すのは当然枝奈も予想していたのだが、その予想よりも遥かに痛い。
(う、そ……この子、一打ちごとにレベルアップしてる!?)
「くあっ!? あ、う……」
 内心で愕然とした枝奈の乳房を鞭が打ち据える。こらえきれずに短い苦鳴を漏らした彼女のことを冷ややかに見やり、葉月が鞭の柄を握りなおす。
「演技はしないって、言ったのに……そんなに私のこと、馬鹿にしたいんですか?」
「い、今のは、結構、本気で……ヒグウウウゥッ!?」
 冷ややかな葉月の言葉に抗弁しかける枝奈。その股間を鞭が遅い、演技抜きの悲鳴が枝奈の口から迸る。微かに口元に笑みを浮かべると葉月が再び鞭を振り上げた。
「アグアアアアアァッ!」
「なるほど、この感覚……うふふっ」
 乳房を打ち据えられて悲鳴を上げ、鎖を鳴らして身悶える枝奈。目を細め、薄く笑いを浮かべる葉月のことを枝奈が怯えたように見やった。
「ど、どう、分かった? 鞭で打つ楽しさが」
「ええ、少し、分かりかけた気がします」
「そ、そう、それは良かった。じゃあ、次は蝋燭を……ヒギャアアアァッ!?」
 葉月の浮かべる笑みに、引きつった笑みを返しながら次の段階に移ろうと提案しかける枝奈。だがその言葉の途中でばしいんっという乾いた音が響き、枝奈の言葉が悲鳴に変わる。まるで身構えていなかった状態で太股を打たれ、苦痛の叫びを上げて身悶える枝奈。その姿を見やりながら葉月が笑いを浮かべる。
「まだ、楽しくなってきたところじゃないですか。もっと付き合ってくださいよ、ね、麻生さん」
「ちょ、ちょっと……グヒイイイィッ!」
 制止の声を上げかける枝奈の太股を鞭が打ち据える。悲鳴を上げて顔をのけぞらせる枝奈の姿を、楽しげな笑いを浮かべて葉月が見つめる。その瞳に浮かぶ光を認めて枝奈は慄然とした。
(やだっ、この子……目がイっちゃってる!?)
「ヒグウウウウウゥッ! あ、ぎ、や、やめて……」
「ふふっ、うふふ……」

「厄介なことに、ならなければ良いのですけれど……」
 溜息混じりにそう呟きながら闇の生徒会一の良識派として知られる美化委員長、那智香織は紅茶のカップを傾けた。彼女の正面に腰を下ろした加賀野美冬が首を傾げる。
「何が、ですか?」
「いえ、如月さんのことなんですけど、ね。あの子に無理やりプレイをさせるのは危険だと思うんですけど、木崎さんは強行してしまうつもりらしくて。本当に、厄介なことにならなければ良いのですけれど」
「如月……ああ、あの合宿のときに来ていた暗そうな子ですね」
「美冬さん? あまり、そういう言い方はよくないと思いますよ? 彼女はただおとなしいだけなんですから」
 美冬の率直な感想に悲しげに表情を歪めて香織が首を振る。はぁ、と、釈然としない表情を浮かべながら美冬も自分の紅茶のカップを取り上げた。
「けど、その……おとなしい子に無理やりプレイさせても、挫折するのがオチでしょう? まぁ、木崎委員長は怒るでしょうけど、それは向こうの問題ですし。こちらが心配する必要(こと)はないと思いますけど」
「失敗、なら、確かにその通りなのですけれど……成功してしまうと、非常に厄介なことになるんですよ」
「?」
怪物(モンスター)の覚醒……かつて、人間(ひと)の手には負えない怪物を目覚めさせた愚かな男がいました。彼は自らもその怪物に食われた挙句、多くの人を死の淵に追いやることになる。鮮血の魔女(ブラッディ・ウィッチ)……あるいは千年妖女(ミレニア)。人の苦痛と恐怖を糧に永劫の時を生きる存在(もの)。人間の姿をした災厄(わざわい)
 その故事を連想させる何かが、如月さんにはあります。そこまで超越的な存在ではない、とは思いますが……粗悪な類似品ぐらいの存在にはなってしまうかもしれません」
「はぁ……」
 釈然としない表情のまま、美冬が曖昧に頷く。香織は良識派として知られているが、真顔で冗談を言う癖がある。以前にも美冬は彼女がその場の思いつきで作った故事を実際にある故事だと信じ込まされた経験(こと)があった。今回もその類の話題だとすれば、真剣に取り合うと馬鹿を見る。
「けど、私たちには何もできることはないんでしょう?」
「ええ。ただ、祈ることぐらいしか……」
 憂いを含んだ表情と口調でそう呟き、香りは紅茶を一口含んだ。

「ヒグアアアアアァッ!! お、お願い、もうやめてぇ……許して」
 鞭打たれる枝奈が完全に本気の悲鳴を上げ、涙を流して哀願する。既に何回打たれたのか分からない身体は真っ赤に腫れ上がり、ヒリヒリと激しく痛む。足に力が入らず、手首を捕らえる鎖にぶら下がるような体勢になっていた。
「あら、どうすればやめてあげるか、ちゃんと説明したでしょう?」
「む、無理よ……打たれた時に悲鳴を上げなければ、やめるなんて条件は」
「あなたはこういうのに慣れているから、いくら打たれてもびくともしないんでしょう? だったら、無理に演技しなければ済む話じゃないですか」
 ニコニコと笑いながら葉月が鞭を振り上げる。恐怖に顔を引きつらせ、衝撃に身構える枝奈。何とか悲鳴を噛み殺そうと渾身の力をこめて歯を食いしばる。乾いた音と共に鋭く振り抜かれた鞭が彼女の股間を打ち据えた。
「ッ! ギャアアアアアアアアアァッ!!」
 悲鳴を噛み殺せたのは一瞬だけだった。激痛にたまらずに絶叫し、身悶える枝奈のことを笑いながら葉月が見やる。
「うふふっ、麻生さん、本当に演技が上手いですねぇ。まぁ、あなたがまだ打って欲しいっていうんなら、いくらでも打ってあげますよ」
「ひゃ、が……やめて、もう、許して……」
「ええと、誰の台詞でしたっけ。哀願する相手を更に滅茶苦茶にするのが最高に楽しいっていうのは。聞いた時にはとても酷いと思ったものですけど……麻生さんがそうやって演じてくれてるおかげでその気持ち、ちょっと分かったような気がします」
「演技、なんかじゃ、ないぃ……フギャアアアアアァッ!!」
 無駄だと知りつつ演技ではないと訴える枝奈。その両乳房を水平に鞭が薙ぎ払う。激痛に悲鳴を上げて身悶えながら、枝奈は自分の間違いを悟っていた。
(この子は、ただの素人なんかじゃない……今まで沢山の責めを見てきてるんだ。そして、その全てを吸収してきてる……! 技術を、そして、残酷さまで……!!)
「クアアアアアアアァッ!!」
 真っ赤に染まった身体を更に鞭で打たれる。懸命に悲鳴を噛み殺そうとしているのだが、むなしい足掻きだ。一瞬、このまま死ぬまで鞭打たれるのではないかという不吉な想像が脳裏に浮かぶ。と、その時、鞭を握る右腕を左手で掴んで葉月が苦笑を浮かべた。
「……ふぅ。ちょっと、腕が疲れましたね。終わりにしましょうか」
「ほ、本当、に……?」
「ええ」
 にっこりと笑って葉月が頷く。ほっと安堵の息を吐いた枝奈の耳に、続く葉月の言葉が飛びこんできた。
「それじゃあ、次は蝋燭でしたっけ」
「ひっ! も、もうやめてっ、これ以上はっ、私もう……!」
「あなたが自分から言い出したことじゃないですか。別に誰かに命令されたわけでもない、自分の意志でここに来たんでしょう?」
 葉月の言葉に、ぶんぶんと首を激しく振り、枝奈が叫ぶ。恐怖に顔を引きつらせて。
「違うッ、違うのッ! 私は、木崎委員長に命令されたの! 本当は、私、こんなことしたくなかったんだけど、命令されて仕方なく……! だから、もう許してぇっ!」
「優子さんの命令?」
「そう、そうなの、あなたに責める喜びを教えろって、そう命令されて……お願い、もう充分でしょう!? もう許して……!」
 ぼろぼろと涙を流して哀願する枝奈のことを、しばし無言で葉月が凝視する。ややあってから、ゆっくりと自分の方に向かってくる葉月のことを枝奈は怯えたように見つめた。
「……つまり、あなたは、私のことを騙していた、というわけですか?」
「ひっ!?」
「嘘つきには、罰が要りますよねぇ?」
「あ……あ……ゆ、許して、お願い……これ以上されたら、私、死んじゃう……」
 前髪を掴まれ、顔をすぐ側にまで近づけられて囁かれた言葉に、枝奈ががたがたと震えながら哀願の声を上げる。くすっと笑うと、葉月は枝奈の前髪から手を離して身を引いた。
「そうですか。それじゃあ、今日はやめておきましょう」
「え……?」
「別に、殺したいわけじゃありませんから。続きは、また明日ということにしましょう」
 にっこりと笑いながら告げられた言葉に、枝奈が絶望の表情を浮かべる。
「あ、明日って……許してくれるんじゃないの?」
「許すなんて、私、言ってませんよ? それに、最初に約束したじゃないですか、鞭と蝋燭でプレイするって。まぁ、私を騙していた分、ちょっときついことになるかもしれませんけど、ね」
 そう言って恐怖に震える枝奈に笑いかけると、葉月はくるりと彼女に背を向けた。
「ちょ、ちょっと、どこへ……!?」
「明日まで、そこでそうやって反省しててください。それでは」
「ま、待って、待ってよぉっ!」
 悲痛な枝奈の叫びを背中で聞きながら、葉月は重い扉を閉じた。ふう、と、溜息をつくと微かに震える自分の両手を見下ろす。
「私、は……」
「あら? 何でこんなところに? 私、呼んだ覚えはないけど、もしかして、自分から来たの?」
「優子さん?」
 廊下に響いた笑いを含んだ声に、きっと葉月が声の主へと視線を向ける。ぎょっとしたような表情を浮かべ、優子が一歩あとずさった。
「え、あ、何?」
「……話は、全部、聞きました」
「へ? な、何のことかしら?」
「ごまかさないでください。麻生さんから、全部、聞きました」
「あ~……そっか。聞いちゃったんだ。でもね、葉月……」
 ばつが悪そうな表情を浮かべて頭を書く優子。つかつかと彼女の方に歩みより、葉月が冷ややかに睨む。
「言い訳が、何かありますか?」
「言い訳って……ちょっと、あなたねぇ」
「何か、ありますか?」
 憮然とした表情を浮かべて優子が何か言い返そうとするが、葉月は冷ややかに同じ言葉を繰り返す。すっと一歩葉月が足を進めると、我知らず優子はあとずさった。
「あ~、うん、その……ごめんなさい」
「次は、許しませんから」
「は、はい」
 完全に気圧されて頷く優子の傍らを葉月が通り過ぎる。道をあけてやる格好になった優子が、呆然とした表情で去っていく葉月の後姿を見送った。
「な、何なの、あの子……私にプレッシャーを与えた?」
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