断章


 未来視は夢を見る。泡沫(うたかた)の中に虚ろな幻影(イメージ)を。
 それは、あるいは起きるかもしれない未来。それは、あるいは起きないかもしれない未来。
 未来は確定せず、誰にもそれが現実となるかどうかはわからない。
 けれど、未来視は泡沫の夢を見る……。

 薄暗い部屋の中、一人の女が壁に拘束されている。手足は肘と膝とで切断され、そこに嵌め込まれた金属製のカバーから延びた鎖で宙吊りにされるような格好だ。全身には無数の傷。顔は腫れあがり、既に容貌すら定かには見て取れない。
「おはようございます。あら、もう、こんばんはかしら?」
 軋んだ音を立てて開く扉。微かに笑いをふくんだ声。厚ぼったく腫れあがった瞼は上手く上がらず、ぼやけた視界に黒い人影を見とめて女が弱々しく呻く。
「う、あ……もう、許して。いっそ、一思いに、殺して……」
「あら、あなたのしてきたことを考えれば、これぐらいではまだまだ足りないでしょう?」
 くすくすと、珍しくも笑いを浮かべながら部屋に入ってきた少女--ミレニアはそう答えると女の胸へとナイフを走らせる。乳房が切り裂かれ、ギャッと女が悲鳴を上げて顔をのけぞらせる。
「あなたにはまだまだ苦しんでもらわないと」
「あ、あなた、だって、ギャウウゥッ!?」
 女の言葉が途中で悲鳴に変わる。引き裂いた乳房の傷に指をかけ、メリメリと引き裂きながらミレニアが軽く口元を歪めた。
「確かに、私も多くの罪を犯してきました。だからいつかは私も裁かれる時が来る。けれど、それは今ではありません」
「ヒギッ、ギャッ、ギャアアアアアァッ!」
 ナイフで抉るように女の乳房を切り裂き、指で傷口を押し広げ、更にそこへと塩を塗りこんでいくミレニア。激痛にまともに喋ることも出来ずにただ泣き叫び、身悶える女へとミレニアが淡々と語りかける。
「今は、あなたが自らの罪を償う時。……私は、あなたを決して許さない」
「ウギャアアアアアアアアァッ! ギイッ、ギャッ、グギャギャギャギャッ、ギャアアアアアアアァッ!!」
 石榴のように女の乳房が弾け、彼女が泡を吹いて悶絶するまでミレニアは薄く笑いながら女を痛めつけ続けた……。

「ひいいいぃっ!」
 パシーンという乾いた鞭音と、引きつるような少女の悲鳴。はぁはぁと息を荒らげる少女の姿を如月葉月は眼鏡越しに見やった。微かに汗ばんだ掌で鞭の柄を握りなおす。
「慣れていくのね、自分でも分かる……」
 小さくそう呟くと葉月は再び鞭を振るった。乾いた音と共に少女の薄い乳房に真っ赤な鞭跡が刻みこまれ、少女の口から悲鳴が上がる。
「拷問は、楽しいでしょう?」
「まだ、よく分かりません……」
 背後の椅子に腰掛けた木崎優子の問いに小さく首を振って答えると、葉月は許しを乞うような瞳を自分に向ける少女へとまた鞭を振るった。
「ひいいいいいいぃっ!」
 少女が甲高い悲鳴を上げて身悶える。その姿を見つめながら葉月は内心で溜息をついた。いやではないが、あの時のような興奮もない。もっとも、自分でもあのときの興奮をもう一度感じたいのかどうかはよく分からないのだが。
「私、何をやってるんだろう……? 何がしたいんだろう?」
 小さく呟きながら、葉月はまた鞭を振るった。

「うっ、ぐっ、ぐううぅっ」
 足の上に石を積み上げられた青年が苦しげに呻く。十露盤(そろばん)のギザギザが脛に食い込み、血を滴らせる。全身にびっしょりと汗が浮かび、耳の奥で自分の鼓動が大きく響く。
「この程度では転ばぬか。だが、私としても、そう負けつづけているわけにもいかんのでな。お主にはどうあっても転んでもらおう」
 長崎奉行・竹中采女の言葉に青年--一心がぎりっと奥歯を噛み締める。五枚目の石が積まれ、下半身にとんでもない激痛が走った。
「ウグッ! ぐっ、あっ、ぐうううぅっ!」
「しぶといですなぁ。普通ならもう泣き叫んでいるでしょうに」
「キリシタンの中でもこの一家は筋金入りだからな。そう簡単には転ばんよ」
 額に浮かんだ汗を拭う仕草を見せながらの大神の言葉に、采女がこともなげにそう応じると扇子を掌にうちつける。箒尻を手にした下男たちが呻く一心の両脇に歩みより、彼の肩を交互に打ち始めた。
「ぐあっ、ぐ、う……うぐううぅっ……ぐあぁっ」
「転べ、転べば楽になれるのだぞ!?」
 ビシッ、バシッという肉を打つ鈍い音に一心の上げるくぐもった呻きが混ざる。大神が怒鳴るが一心のほうはといえば首を小さく横に振るだけできつく奥歯を噛み締めている。
「転べ、転ばねば……こうだ」
 がたがたッ、がたがたっと大神が積み上げられた石を揺さぶる。ビクンっと一心の身体が跳ね、ぐうううううっと凄絶な呻き声が噛み締められた歯の間から漏れるが、そこまでだ。転ぶという言葉は出てこない。
「くそッ、転べ、転ぶのだっ」
「ぐあぁっ、あぐっ、ぐっ、ぐうううぅぅっ、ぐああぁっ、あぐっ、うぐぐぐぐ」
 苦しげに形相を歪めて大神が怒鳴り、石を揺さぶる。箒尻が一心の肩を打ち据え、皮と肉とを裂いて鮮血をあふれさせる。苦しげに呻き、首を左右に振りながらも一心は何も喋ろうとはしない。
「大神、その辺にしておけ。責め殺してしまっては意味がない」
「はっ、はぁ」
「根競べだな、一心。さて、どちらが勝つか……」
 酷薄そうな笑みを浮かべる采女のことを一瞬睨み、一心は意識を失ってがっくりと首を折った。

 抜けるように晴れ渡った青い空、目に優しい緑の木々。高原特有の爽やかな風が柔らかく吹き抜け、どこからともなく小鳥の囀り(さえず)を運んでくる。
「あぐっ、ぐっ、うぐううぅぅっ! うぐっ、ぐっ……グウウウゥッ!!」
 穏やかな春の日差しの元、唯一そぐわない苦しげな女の呻き声が私の耳に届く。後ろ手に拘束され、口にギャグを噛まされた三十代半ば過ぎの女の上げる呻き声が。
「罪を犯した者の裁きを自然の手に任せるというのは、古来からよく見られる手法だな。運良く助かれば、それは神がその者の罪を許したという証。逆に生命を落とせば、それは神がその者を裁いたとみなされる」
「はぁ……」
 私の言葉に従者の少年が曖昧に頷く。まぁ、彼の気持ちも分からないではない。自然の手に裁きを任せるといっても、この方法の場合は受刑者が確実に死に至るよう事前に人間の手が加わっている。もっともそれだけにもし万が一受刑者が命拾いするようなことになればまさに奇跡、神の意志ともいえるのだが。
 今行われている刑罰は、形としてはそれほど複雑なものではない。先端が尖り三角形になった大きな岩の上に受刑者を乗せ、両足にその辺りに転がっていた大きな石をやはりその辺りに生えていた木の(つる)を用いて何個も吊るすというだけのものだ。岩の傍らには木の支柱が立てられて受刑者が身動きしても岩の上から落ちないようになってはいるが、それ以外の人工物は使用しないのがこの刑罰の流儀なのだという。
 基本的には受刑者は自らの体重と足に吊るされた石の重みとでじわじわと岩の尖った先端を身体の中へと突き刺されていき、やがて死に至ることになる。緩慢な串刺し刑という訳だ。一応、三日が過ぎれば刑は終わりそれまで生きていれば解放されるということになってはいるが、人間が水なしで生きていられるのは二日が限度とされていることを考えると例え串刺しで息絶えずとも乾きで死ぬのはまず間違いない。
「おぐッ、ガッ、うごおぉっ! うぐぐぐぐ……グウウゥッ!」
 女が苦しげな呻きを漏らしながら身体を大きく揺らす。服を身につけたままだから外からは見て取れないが、話によると女の受刑者の場合は性器、男の受刑者の場合は肛門に岩の先端を当てるのだそうだ。普通の串刺し刑であればよほど運が悪くない限り長々とは苦しまないものだが、このやり方の場合じわじわと突き刺された部分を押し広げられていくわけだから却って残酷かもしれない。
「ぐうううぅっ、うぐっ、ぐうぁあうううぅっ!」
 もがく女の服は腰から下がべっとりと血で濡れ赤く染まっている。村人を指揮して刑の進行をしていた教会の神父が私のほうに顔を向けた。
「さて、後は三日後また様子を見に来るだけですな。先生の御高名はこんな村にまで届いております。様々な拷問・処刑を御覧になってこられた先生には物足りなく思われたでしょうが、なにぶん小さな村でしてこのようなものしかお見せできません。申し訳ない」
「いやいや、下手にありきたりなものを見せられるよりも参考になりますよ。こちらこそ、無理を言って申し訳ない」
「左様ですか? そう言っていただけると私どもとしても助かります。粗末なものですが、食事の用意なども村でさせております。お口に合わないかもしれませんが、どうぞ今晩はごゆるりとお過ごしくださいませ」
 既に神に白いものの混じり始めた神父の口調は柔らかく腰も低い。無論、私としてもせっかくの好意を断る理由はない。笑みを浮かべて頷いて見せると、私は従者の少年を促して村へと向かう人々の後について歩き出した。歩み去る私たちの背中へと向け、女の上げる悲痛な呻き声が届いた……。
「ウグウウウウウウウゥッ!」

「いったーぁいいっ! 痛い痛い痛い痛いいぃっ! 折れるッ、折れちゃうッ、指が折れちゃううぅっ! やめてっ、もうやめてよぉっ!」
「やかましい娘だな。素直に魔女であることを認めれば、すぐに止めてやるとも」
 親指締め器で両手の親指を締め上げられている小柄な少女が大袈裟な叫び声を上げて身体をのたうたせる。この年頃の少女特有の甲高い叫びにわずらわしげに眉をしかめながら司教は魔女であるとの自白を求めた。少女のこの泣き叫びようからすれば、すぐにでも魔女であるとの答えが返ってくるものと期待していた司教だったが、ぶんぶんと激しく首を左右に振って少女が否定の叫びを上げる。
「魔女じゃないっ、ティアラ、魔女なんかじゃないもんっ! あっ、ああっ、痛いっ、痛いよぉっ、もう止めてっ、折れるっ、折れちゃうっ、ああアアアァァッ!」
 最初の魔女じゃないという叫びを受けて司教が拷問人に目配せを送り、鳥を模した仮面を被った拷問人が小さく頷いてギリギリと親指締め器を締め上げる。甲高い悲鳴を上げて激しく身体をのたうたせていた少女が、一際高い悲鳴を上げたかと思うとがっくりとうなだれ動きを止めた。
「……もう砕いたのか?」
 僅かに咎めるような響きを篭めて司教が拷問人へと問い掛ける。親指締め器を緩めながら無言のまま拷問人は首を左右に振った。砕くどころか骨にひびすら入れていない。それは、自信がある。
「では、それ以前に失神したのか。厄介な……」
 嘆息混じりに司教が呟き頭を振る。こうも痛みに弱いのでは別の拷問を試みたところですぐにまた気絶してしまうのがオチだろう。痛みに弱いというのは拷問する側からすれば楽な相手のようにも思えるが、自白する前に失神してしまうのでは拷問の意味がない。無論、何度失神しても執拗に覚醒させて拷問を続けるというやり方もあるのだが、体力の消耗ばかり激しくなる恐れもある。
「あのアンヌとかいう娘もしぶとくて結局魔女としては処刑できなかったが……月例の処刑日までにこの娘、自白させることが果たして出来るのか……?」
 一応水をかけて起こすように指示を出しつつ司教が不安げに呟く。そんな彼の不安を裏付けるように、水を浴びせられてうっすらと目を見開いた少女は魔女であることを否定した。
「ティアラ、魔女なんかじゃない」
「では、またあの痛みを味わってもらうが、それでもいいのか?」
「魔女じゃない! ティアラ、魔女じゃないもん!」
 やや幼さの残る口調ながらもきっぱりと少女が言い放つ。溜息を一つつくと司教は再び拷問人に指締めを再開させた。けたたましい少女の上げる悲鳴が室内に響き……そして先ほどよりもかなり早く途切れる。再び気を失った少女のことを疎ましげに見やり、司教は深々と溜息をついてその日の拷問を終了することにした。

「きゃああああああああああぁぁっ!」
 甲高い悲鳴を上げて華蓮が身体をのけぞらせ、ぶるぶると痙攣させる。全身を貫く強烈な電気ショック。目の前が真っ白になり、鼻の奥でつんと焦げるような臭いがする。
 どさっと拘束台の上に身体を落とし、はぁはぁと息を荒らげながらぼんやりと華蓮は周囲を取り囲む男たちの姿を見やった。
(どうして、こんなことに……)
 ぼんやりと考える彼女の思考が、再度の通電によって断ち切られる。身体を弓なりにのけぞらせ、華蓮は全身を襲う強烈な痛みと熱さに絶叫を上げた。
「キャアアアアアアアアアアアァァッ!!」

「ファー、助けて……痛いよ、怖いよ……ファー」
「姫様っ!」
 手足を断ち切られ、台の上に拘束された幼い姫君の姿にファーネスが悲痛な叫びを上げる。ニヤニヤと笑いながらフランツが震えるミディアの傍らに歩み寄った。
「さて、それじゃ、ちょっと面白い事をしようかな?」
「止めてっ! 私は何をされてもいいっ! 一生あなたに玩具にされても……だから、姫様には手を出さないでっ!」
「口で言うのは簡単だよね。ま、君の場合、本気だろうけどさ」
 軽薄そうな笑いを浮かべたままそう言うと、フランツが一枚のハンカチを広げ、ふわりとミディアの顔の上に被せた。更にそこに柄杓で水を注ぐ。
「うぶっ!? ぶっ、ぶあっ、うぶぶぶぶ……」
 ハンカチが水を吸い、べたりと顔に張りつく。水を注がれている間はもちろん、水を注ぐのを止めても顔に張りついたハンカチはミディアの呼吸を妨げる。息の出来ない苦しさに、ミディアの幼い裸身がくねる。
「姫様! やめてっ、やめてぇっ!」
 頑丈な鋼鉄製の椅子に座らされたファーネスが、自分が責めたてられているときよりも辛そうに顔を歪めて叫ぶ。くくっと喉の奥で笑うとフランツは無骨なペンチを手に取りファーネスの元に歩み寄った。
「今から君の両腕を自由にする。君がこのペンチで自分の指を砕いたら……彼女の顔のハンカチを取ってあげるよ。どうする?」
「やるからっ、なんでもするからっ、だから姫様を……!」
 目に涙すら浮かべてファーネスが即答する。軽く肩をすくめるとフランツはファーネスの両手首の拘束ベルトを外した。彼の差し出すペンチを半ば奪い取るように掴むと、一瞬のためらいも見せずにファーネスが自分の左手の人差し指をペンチで挟みこみ、捻る。べきっという鈍い音が響き、微かな呻きが彼女の口から溢れた。
「おやおや……ま、約束、だからねぇ」
 軽く苦笑を浮かべながらフランツがミディアの顔の上のハンカチを取り除ける。げほっ、げほっと咳き込み、窒息死の危機から解放されたミディアが喘ぐようにして空気を貪る。自らの手で捻り潰した左人差し指のずきんずきんという痛みを忘れ、ファーネスがほうっと安堵の息を吐いた。だが……。
「また被せないなんて、僕は言ってないよね?」
 笑みを浮かべつつフランツが再びミディアの顔にハンカチを被せ、水を注ぐ。一旦は解放された苦しみに再び襲われたミディアが激しく身体をばたつかせ、のたうつのを見てファーネスが顔を青ざめさせた。
「やめてっ、やめてぇっ! 痛めつけるなら私にすればいいでしょ! 私なら何をされてもいいからっ! お願いっ、姫様を助けてっ! もうやめてぇっ!」
 顔に被せられたハンカチに水を注がれ、身体をのたうたせてもがくミディア。悲痛なファーネスの叫びを楽しげに聞きながらなおもフランツは水を注ぎつづける。意識を失いかけているのかミディアの動きが鈍くなってくるのを確認するまで彼女への責めを続けると、肩越しに振りかえり彼は笑った。
「さて、さっきの約束は、まだ有効だけど? 指はまだ、残ってるよね? どうする?」
「やるわっ、やるからっ……あぐうぅっ」
 意地の悪い口調で問い掛けるフランツに、必死の形相でファーネスが叫び、自らの中指をペンチで挟み捻り潰す。苦痛の呻きを上げ身体を震わせるファーネスの姿を楽しげに眺めやり、フランツがミディアのハンカチを取り除けた。水責めの時間はさして長くもなかったが、幼い彼女には過酷過ぎる体験なのか、ミディアは顔を土気色にして弱々しく呻いている。
「君みたいなタイプには、こういうのが一番効くよね。ま、君がそうやって僕のいうことを素直に聞いているうちは、二人とも生かしておいてあげるよ。忘れないでおくれよ? 君の大事な姫君の生命は、僕が握っているっていうことを、ね」
「は、はい……どんな命令にも従います。何をされても、決して文句を言ったりしません。ですから、どうか……姫様をこれ以上苦しめるようなことは……おやめください」
 がっくりとうなだれ、涙を流しながらファーネスはそう言った。怒りからか悔しさからか小刻みに肩が震える。そんなファーネスの姿に、少し残念そうな溜息をフランツはついた。

「有栖川先輩!」
 背後からかけられたまだ子供っぽさを残した少女の声に、有栖川シンは足を止め振りかえった。自分と同じように白衣を身に着けた十六・七歳ぐらいの少女がこちらへと向かって走りよってくる。
「君は?」
「今度技師として任官しました、リン・マオといいます。マオって呼んでください」
「マオさん、ですか。で、僕に何か?」
 走ってきたせいか頬を上気させている少女のことをぼんやりと眺めやりつつ、有栖川がそう問いかける。瞳をきらきらと輝かせながらマオは拳を握り締めた。
「先輩の噂は伺ってます。私、先輩のこと尊敬してるんです」
「はぁ……」
 困惑したように曖昧な頷きを返しながら有栖川が頭を掻く。と、彼女が左手に握っている半透明のケースとその中に納められた細長い金属製のものに気づいて有栖川は軽く首を傾げた。
「それは、ワームですか」
「あっ、はい。私が設計と製作やったものなんですけど……上手く出来てるかどうか自信がなくって。あ、あの、今お時間よろしいですか? もしよかったら見てもらえると嬉しいかなぁ、なんて思うんですけど」
「そうですか。では、これから僕も機械のチェックをするところなので、いっしょにやってしまいましょうか」
 少女の言葉にあっさりとそう応じると、相手の返事も待たずに有栖川が再び歩き出す。一瞬きょとんとした表情を浮かべて立ちすくんだ少女が、慌ててその後を追った。
そして、数分後。有栖川とマオは拘束台の上で悲鳴を上げながら身悶える少女の姿を観察していた。彼女の左足の皮膚が内側から押し上げられるようにグネグネと蠢く。引きつった悲鳴を上げて身悶える少女の身体がビクンっと一回大きく跳ね、皮膚を突き破って銀色に光る細長い金属製の蟲が頭を覗かせた。うねうねと頭を振りながら彼女の体内から身体を引きずり出し、拘束台の上に溜まった鮮血の池の中へとぱしゃんと落ちる。
「戻れませんか。ふむ」
「ううぅ……設定、どこかおかしかったのかなぁ?」
 有栖川が顎に手を当てて小さく呟き、リモコンを手にマオが落ちこんだ声を上げる。ワームは人間の体内を進むことで苦痛を与える小型の自立機械だが、上手く造らなければすぐに体内から飛び出してしまう。踝の辺りから侵入したワームが膝に達する前に体外へと出てしまったのだから、これは失敗作の部類に入るだろう。
「ちょっと、見せてもらえますか、それ」
「あっ、はい」
 有栖川の言葉に動きを止めたワームをマオが手渡す。コンソールの前に腰を下ろし、手早くワームを解体しながら有栖川が軽く首を傾げる。
「ふぅん、面白い設計ですね、これ。ちょっと、いじっていいですか?」
「えっ、ええ、それはもう」
「どうも」
 ちゃっちゃと手を動かしながら有栖川が視線をコンソールの画面に移す。彼の右手がキーを何度か叩き、コンソールの端末から接続ケーブルを引き出してワームにつなぐ。
「え、えと、プログラムの書き換えで対応するのは、ちょっと無理なんじゃないかなぁ、って思うんですけど?」
「ええ、無理ですね。まぁ、時間をかければ可能ですけど。……ふぅん、こういうプログラムですか。これはまた、ずいぶんと変なプログラムを書いたものですね、あなたも」
 おそるおそるといった感じで呼びかけてくるマオへとあっさりと頷き、有栖川は画面を流れ過ぎていく膨大な文字の羅列を眺める。軽く苦笑を浮かべながらの有栖川の呟きに、マオがしょんぼりとうなだれた。
「変、ですか……?」
「ええ、とても」
「あうう……」
「とても変なプログラムですね。マオさん、僕、あなたのことがかなり気に入りました」
「ええっ!?」
 がっくりと肩を落としたマオのほうに視線を向け、有栖川が小さく笑う。意外な言葉にマオが驚愕の声を上げ、小さく首を振りながら有栖川はしみじみと呟いた。
「怖いですよねぇ、天然って。……さて、じゃ、もう一度試してみましょうか」
「え、試すって……?」
「ちょっと機構をいじってみたので。僕の腕であなたのプログラムに対応できるかどうかは分からないですけど、まぁ、試してみても悪いことはないでしょう」
 いつのまにやら再び組み上げを終えていたワームを手に、有栖川が席から立ちあがる。足の痛みに小さく呻いていた拘束台の上の少女が、恐怖に表情を歪めた。
「お願い、もう、やめて……酷いことしないで」
「では、始めましょうか」
「いやっ、やぁ……きゃあああああぁっ!?」
 弱々しく首を左右に振っていた少女が右足に鋭い痛みを感じて悲鳴を上げる。右の踝の辺りからワームが彼女の体内へと入りこみ、肉を引き裂きながら無遠慮に蹂躪していく。
「きゃあああああああぁっ! あっ、ああっ、ああああぁっ! いやああああああぁぁっ!!」
 肉を引き裂かれ、更にそこを抉られる激痛。大きく目を見開いて少女が絶叫を上げ、激しく頭を振りたてる。だが、ここまでは先ほどまでと一緒だ。問題は、ワームがどれだけ長く広い範囲に渡って彼女の体内を食い荒らせるかにかかっている。
「あっ、駄目っ、出てきちゃ……あれ?」
 先ほどと同様、膝に達するかどうかという辺りで皮膚を突き破りワームが顔を出す。思わず声を上げかけたマオがこくんと小首をかしげた。頭を覗かせたワームはそのまま外へ出るかと思いきや、急に向きを変えて再び少女の足の中へと潜り込んでいく。
「ふむ、まぁ、こんなものですか」
「ひぎいいいぃいいいいぃっ、ひっ、きゃああああああああぁっ!」
 足の中で激痛と共にワームがのたうっている。ぼろぼろと涙をこぼしながら身悶える少女の姿を見やりながら有栖川が軽く頷いた。目を丸くしてマオが彼の顔を見上げる。
「すっごぉ……凄いですっ、先輩! こんなにあっさりと改良済ませちゃうなんて! やっぱり先輩って天才なんですねっ」
「それは、どうも。けど、あなたの設計とプログラムが基本ですから。ああいう変なプログラムと設計、僕は初めて見ましたし」
「あううぅ~、やっぱり、下手糞でした?」
 興奮気味の声を上げるマオに、対照的に淡々とした口調で有栖川が応じ、がっくりとマオがうなだれる。有栖川が軽く首を傾げた。
「僕は、好きですけど。今度、また何か造ったら見せてください。興味があるので」
「えっ、本当ですか!? 分かりましたっ、私、頑張ってお仕事します! あ、あの、明日とかでも、平気ですか!?」
「それはまぁ、僕のほうはいつでもかまいませんが」
 有栖川の返事にきらきらと瞳を輝かせるマオ。悲痛な悲鳴を上げて身悶えつづける少女の方に視線を移し、有栖川は軽く眼鏡を押し上げた。

「ひぎゃあああああああああああぁっ! 千切れっ、身体がっ、千切れちゃ……ギャアアアアアァッ!!」
 獣じみた濁った絶叫。ラックの上でギリギリと身体を引き伸ばされていく二十歳前後の全裸の女性。こぼれおちんばかりに目を見開き、豊満な体をくねらせて苦痛の叫びを上げつづけている。
「あらあら、綺麗な顔して酷い叫びねぇ。うふふっ」
「ぎゃあああああああぁっ、ぎゃっ、ひぎゃあああああああぁっ! 熱いっ、熱いいぃっ! ギャアアアアァッ!!」
 フリルのたくさんついた可憐な衣服を身に着けた、十二、三歳ぐらいの女の子がくすくすと笑いながら絶叫を上げる女の顔を覗きこむ。真っ赤に焼けた焼きゴテを押し当てられ、濁った絶叫を上げる女。ぴんと伸びきった裸身が苦痛にくねる。くすくすと笑いながら女の子は視線をすいっと動かした。
「あなたなら、こんな濁った悲鳴じゃなくて、もっときれいな悲鳴を上げてくれるかしら? うふふっ、ね、マーサ?」
「ひっ……?」
「あははっ、冗談よ、冗談。あなたはプレゼント用だから、私は何にもしないわ。私は、ね」
 恐怖に表情を引きつらせて息を呑むマーサへと向け、女の子が笑いかける。彼女の言葉に不穏なものを感じたマーサが不安そうに震える声で問い掛けた。
「プ、プレゼント、ですか?」
「そうよ。私の大好きなお姉様に、あなたをプレゼントするの。雪が溶けたら、お父様にお願いして私をお姉様のところに連れていってもらうんだから」
 楽しそうな笑いを浮かべる女の子の言葉に、焼きゴテを押し当てられた女の絶叫が重なる。微かに眉をしかめると、軽く背伸びをするようにしながら女の子が苦痛に大きく目を見開き泣き叫ぶ女の眼球へと指を突き入れた。
「ヒギャアアアアアァッ!? ギ、ギイイィ……」
「あははっ、痛い? 痛い? ほぅら」
「ヒギャッ、ガッ、グギャアアアァゥ、ギヒイイイィッ!!」
 ぐりぐりと女の目の中で指を動かし、女の子が笑う。激痛にのたうつ女の頬を血の涙が伝い、濁った絶叫が止めど無く溢れる。
「うふふ、ふふっ。ほうら、ほら」
「ヒグウウウウゥッ!!」
 もう片方の眼球にも指を突き入れ、女の両目をぐりぐりと指で抉り潰しながら女の子が笑う。怯えた表情を浮かべ、ぎゅっと目を閉じてマーサはがたがたと身体を震わせた。

「全能なる神の御名において命じる。忌まわしき魔女よ、汝の罪を告白するのだ」
 重々しい異端審問官の言葉。意図的に明かりを乏しくした拷問部屋。中央に置かれた伸張台の上で身体を上下に引き伸ばされている最中のミレニアは無言のまま視線を彼の方へと向けた。
「速やかに自らの罪を認めよ。さすればすぐに汝はその苦痛より解放されるであろう」
「苦痛? これが?」
 表情一つ変えることなく、淡々とした口調でミレニアがそう呟く。別に侮蔑の響きはそこには篭められていなかったが、言葉の内容は異端審問間の感情を逆なでするには充分だった。がんっと机を木槌で叩く音が響き、ギリギリと更にミレニアの身体が引き伸ばされていく。
「汝の罪を告白せよ!」
 異端審問官が大声を上げる。一瞬、僅かに苦しげに眉をしかめただけでミレニアはいつもの無表情に戻り彼の顔を黙って見返した。僅かに気圧されたような表情を浮かべ、異端審問官が木槌で机を叩く。
「神の御心に従わぬとあれば、更なる苦痛が汝には与えられるであろう。焼きゴテを用いよ」
 異端審問官の言葉に真っ赤に焼けた焼きゴテが浅く上下するミレニアの乳房へと押し当てられる。じゅうううっという肉の焼ける音と共にうっすらと白煙が上がり、ミレニアの眉がきつくしかめられる。焼きゴテが肌から離れ、くっきりと白い肌の上へに刻みこまれた醜く焼け爛れた刻印が露わになる。短く息を吐くと、ミレニアが一度瞬きをしてから異端審問官へと呼びかける。
「これで、終わりですか?」
「くっ、貴様……!」
 八割の怒りと二割の恐れを篭めて異端審問官が怒鳴り、がんがんと木槌で机を叩く。ハンドルが回されてミレニアの身体が更に引き伸ばされていき、同時に反対側の乳房へと焼きゴテが押し当てられる。だが、それでもミレニアに眉をしかめさせる程度の効果しかない。
「この程度、ですか?」
「回せ、もっと回すのだ!」
 椅子から立ち上がった異端審問官が、伸張台のハンドルを握る男へと向けて怒鳴る。顔を真っ赤に染め、びっしょりと汗を浮かべて男が更にハンドルを回した。全身の筋肉が引き伸ばされ、みしみしと関節が軋むのを感じてミレニアが眉を寄せる。無論彼女とて痛みを感じないわけではない。全身は痛みに支配され、特に焼きゴテを押し当てられた両乳房はずきんずきんと激しく痛む。だが、それでも……。
「魔女狩りの拷問……この程度のものですか」
「くっ、き、貴様……!」
 悲鳴すら上げず、淡々と呟くミレニアに異端審問官が化け物でも見るかのような視線を向ける。彼の傍らに腰掛けていた審問官補の男が、何かをはばかるように声を潜めて話しかける。
「審問官殿。無実の者には神の加護があり、いかなる苦痛にも耐えられると……」
「黙れっ! この者が神の加護を受けているというのか!? 多くの罪もない人々を虐殺してきたこの忌まわしき者に、神の加護などあるはずが……!」
「そ、それは……。しかし、これだけの責めを受けても悲鳴一つ漏らさないなどと、普通では到底考えられません」
「これだけの、責め?」
 潜められた男の言葉に、ミレニアが反応する。びくっと身体をすくめた男の方へと視線を向け、ミレニアが淡々と言葉を放つ。
「たったこれっぽっちの苦痛しか与えられていないのに? もしこれで全力だというのなら……噂で聞いているのはずいぶんと誇張されていたことになりますね」
「回せっ、かまわん、手足を外してやれっ!」
 異端審問官の叱咤激励を受け、顔に血管を浮かび上がらせて男がハンドルを回す。ぴんと伸びきったミレニアの手足から、ゴキッという鈍い音が響いた。びくっと身体を震わせ、くうっと小さな呻きを漏らすミレニア。だが、すぐにいつもの無表情に戻るとミレニアは小さく頭を振った。
「……次は、何を?」
「こ、このっ……うぐぐぐぐ」
 淡々と問い掛けられ、顔を真っ赤にして怒鳴りかけた異端審問官が、不意に苦しげな呻きを漏らして崩れ落ちた。机の上に突っ伏し、胸の辺りを押さえて獣じみた苦悶の呻きを漏らす。慌てて駆け寄った男たちが彼の身体を揺さぶるが、口の端から泡を吹いた異端審問官は意味のある言葉を返さない。びくびくっと数度痙攣し、そのまま動かなくなった異端審問官の脈を計り、審問官補の男が首を左右に振った。
「亡くなられた……」
「ま、魔女だ、魔女の呪いだ……!」
 誰かがそう叫び、ざわっと部屋に動揺が走る。伸張台の上で無表情にこちらを見つめているミレニアへと、男たちの恐怖に満ちた視線が集中した。
「やめろっ! ここは神聖なる教会の内部だぞ! 悪魔の力など振るえる道理がない! 審問官殿は、ご自分の病気で亡くなったのだ、魔女の呪いなどではない!」
 パニックを起こしかけた男たちを、審問官補が叱り付ける。互いに不安そうに視線を交わしながらも一応落ち着いた男たちをぐるりと見まわし、審問官補は溜息をついた。そこへ、淡々としたミレニアの言葉が投げかけられる。
「今日はもう、審問は終わりですね。この状態で続けるわけにもいかないでしょうし。続きは後日に、ということになりますか。まぁ、仕方がないことですけど」
「君は一体、何を考えているんだ!? まるで自分が拷問されることを望んでいるみたいじゃないか!」
 審問官補の言葉に、ミレニアは僅かに微笑を浮かべ、目を閉じた。

 未来視は夢を見る。それは現実の断片(かけら)、虚構の断片(かけら)
 未来視は夢を見る。それが本当に起こるかどうかは分からないまま。
 未来視は、夢を見る……。
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