アクレイン王国の王都が陥落して早一ヶ月……。その間、囚われの身となったファーネスは、ほぼ連日の拷問を受けていた。普通であれば、毎日拷問をされたらそう時間もかからず死に至る。だが、彼女の場合、魔法の力によってどれほどの重傷を負おうと完全に癒されるばかりでなく、死んでも蘇生させられてしまう。ある意味では解放である死さえも許されず、ファーネスは連日の拷問を受け続けているのだ。
今日もまた、いつものように地下の拷問部屋につれてこられたファーネスが、そこに準備されていた器具を目にして軽く眉をひそめた。鋭いぎざぎざの刻まれた十露盤板に、いかにも重そうな石。準備されているのは、明らかに石抱き責めに使うものだ。だが……。
「この拷問は、最初に受けたはず。同じ拷問を繰り返すということは、もうネタ切れですか?」
「そうそう、何と言っても芸の引き出しが少ないから……って、そうじゃなくってね。よく考えてみれば、君にはこの拷問、きちんとやってなかったなぁ、って思ってね」
ファーネスの言葉に、フランツが笑いながら肩をすくめて見せる。ますます怪訝そうな表情になって首を傾げるファーネスへと、フランツが意外と真面目な表情になって言葉を続ける。
「まぁ、正直言うと、君の事を甘く見ててね。ほら、君みたいな可愛い子が、こんなに頑張るとは思わないじゃないか。ちょっと派手に痛めつけてやれば、すぐにぺらぺら話してくれると思ってたんだ」
「いかに若く、また、女の身であるといっても、私はアクレインの騎士。剣を捧げた主の不利になることなど、話はしません」
「うん。その点に関しては、完全にボクが悪いね。謝るよ」
むっとしたようなファーネスの言葉に、フランツが意外なほど素直に自分の非を認めて頭を下げる。びっくりしたように目を丸くするファーネスへと、いつもの軽薄そうな笑顔を向け、フランツは肩をすくめて見せた。
「で、まぁ、この前は、一気に重みをかけてすぐ気絶させちゃったわけだけど。今回はきちんと、じっくり責めてあげようと思ってね。この責め自体、本当はあんまり長時間やるには向いてないんだけど、前回は流石に短時間で終わらせすぎたから」
「好きにすれば、いいでしょう。私は、どんな拷問にも屈しません。まして、一度は耐えた拷問。必ず、耐え抜いて見せます」
微かに唇を震わせながら、それでも気丈にファーネスがそう言い放つ。楽しげな笑みを口元に浮かべ、フランツが軽く片手を挙げて拷問の開始を告げた。兵士たちがファーネスを十露盤の上に正座させ、柱と背の間に多少の余裕を持たせて縛り付ける。自らの体重だけでも、じわじわと鋭い十露盤の刻みが脛に食い込み、かなりの痛みだ。そこへ容赦なく重さ50Kgの石が積まれると、その痛みは何倍にも跳ね上がる。
「っ、う、くぅっ……」
ぎりっと奥歯を噛み締めて、ファーネスが苦痛の声を上げまいとする。その行為を嘲笑うかのように、もう一枚の石が積み重ねられた。
「ぐっ、ぐぐうぅ……」
じわじわと脛に食い込んでくる十露盤の痛みに、ファーネスが押し殺した呻きをあげた。苦痛に可憐な顔が歪み、全身に玉のような汗が噴き出す。三枚目の石が積まれると、噴き出す汗がその量を増し、松明の炎の明かりを反射してファーネスの裸身全体がぬらぬらとした輝きを帯びる。
「あぐっ、ぐっ、ぐううううぅっ……」
それでも、懸命に歯を食いしばって悲鳴をこらえるファーネスへと、兵士たちが四枚目の石を積み上げようとするのを手で制し、つかつかと苦痛に身をよじるファーネスの元へとフランツが歩み寄る。口元に軽薄そうな笑みを浮かべたまま手を伸ばすと、フランツは俯いたファーネスの前髪を掴み、強引に自分のほうへと顔を向けさせた。
「頭が真っ白になるような激痛もきついだろうけど、こういうふうに、まともに思考できる範囲で苦痛を与え続けられるのも結構きついだろう?」
「む、無駄な、こと、です。どれほどの責め苦にあおう、とも、私は、主を裏切るような真似、は……あぐううううぅっ!」
苦痛に喘ぎながら、途切れ途切れに言葉を紡いでいたファーネスの表情がぎゅっと歪み、とっさに噛み締めた口からこらえ切れない呻きが漏れる。ファーネスの前髪を右手で掴んだまま、フランツが積まれた石の上に足をかけたのだ。
「ぐっ、うっ、うぐぐぐ……ぐうううぅぅぅっ!」
「痛いだろう? 苦しいだろう? 一言全てを話すと言いさえすれば、その苦痛から逃れられるんだよ?」
フランツの言葉に、きっと睨み返しながらファーネスが首を横に振る。ふうっと軽く溜息をつき、苦笑を浮かべながらフランツは肩をすくめて見せた。
「ま、この程度の責めで口を割るとはボクも最初から思ってないけど。殺されたって何も喋らない、とかってよく君みたいな立場に置かれた人が口にするけど、君の場合、本当に殺されても何も喋らないんだもんね。普通なら、何度も繰り返される死の恐怖に、発狂するか屈服するか、どっちかのはずなんだけど。よっぽど君の精神は柔軟かつ強靭に出来てるらしいね」
そう言いながら、フランツが足を微妙に動かして積み上げられた石を揺さぶる。微妙な動きだが、それでもファーネスにとってはとんでもない激痛だ。絶叫しそうになるのを何とか抑え、決して屈服しないという意思を瞳に籠めて、フランツのことを睨みつける。
「うん、このまま君を拷問しても、結果は見えてるね。それじゃあまりに面白くないから、今日はちょっと、趣向を変えてみようか」
ファーネスの刺すような視線を心地よさげに受け止め、フランツが軽い口調でそう言う。絶え間なく襲ってくる足の痛みに呻きつつ、ファーネスが僅かに眉を寄せた。
「まさか、他の人間を……!?」
目の前で別の人間を嬲り、自白を促すというのは、それはそれで一つの尋問手段だ。大抵は、その人間の愛する者、例えば恋人や肉親を使うものだが、ファーネスの性格上、例え無関係なものであったとしても、アクレインの民が悲惨な目に遭うのを看過することは出来ない。その可能性に思い至り、表情を強張らせるファーネスへとフランツが笑いながら手を振って見せた。
「いやいや、それはそれで一つのやりかただし、結構効果的なのも認めるけど、ボクはそういうことはやらないよ。お調子者だとか軽薄だとか思われるのは、まぁ事実だから仕方ないけど。卑怯者として君に軽蔑されるのは嬉しくないからね」
「ならば、何をするつもりです?」
「拷問のやり方そのものは、今までと同じさ。変えるのは、質問のほう」
フランツの言葉に、ファーネスがますます困惑の色を濃くする。まったく相手の意図がつかめずに混乱するファーネスの姿を楽しげな笑みを浮かべて見やりながら、フランツは言葉を続けた。
「君の個人的なこと、例えばそうだな、趣味は何かとか、好きな食べ物は何か、とか。初恋の相手は誰で、いつのことなのか、なんてのも面白いかな。そういうことを、話してもらうっていうのはどう?」
「っ!? そ、そんなことを、聞いて、どうするつもりです?」
「単に、ボクが興味があるから、ってだけだけど。ほら、君は騎士として主を裏切るわけには絶対にいかない。だから、主の不利になることは一切喋らない。そうだろう?」
へらへらと軽薄な笑みを浮かべるフランツのことを、憤然としてファーネスが睨みつける。
「その通りです。そして、今のあなたの質問にも、一切答えるつもりはありません」
「おやおや。そんなにたいそうな秘密ってわけでもないだろうに。君の趣味や好きな食べ物、初恋の思い出ってのは、話すと主の不利になるようなものなのかい?」
ぐりっと踏みにじるように足に力を込めるフランツ。足に走った激痛に呻きを漏らし、ファーネスが身体を震わせる。歯を食いしばって激痛の波をやり過ごし、はぁはぁと息を荒らげながらファーネスがフランツのことを睨みつけた。
「ぐ、く……こうして、痛めつけられながら、何かを話すつもりは、ありません。あぐううううぅっ!」
がたっと石が揺らされ、ファーネスが呻く。短く速い息を吐くファーネスのことを見やりながら、フランツが目を細めて口元に笑みを浮かべる。
「まぁ、簡単に口を割られても面白くないから。そうやって頑張ってくれたほうがボクとしてもありがたいかな」
「あ、ぐ、あ……うぐううううぅっ、ぐっ、ぐうううううぅっ!」
がたっ、がたっとフランツが足で石を揺さぶるたびに、ファーネスの身体がびくんっと跳ね、口から押し殺しきれない呻きが漏れる。フランツが足を動かすのを止めると、はぁはぁと荒い息を吐きながらファーネスはフランツのことを睨みつけた。
「苦痛から逃れるために、何かを話そうとは、思いません。それが、ぐ、どんなに、些細なことであっても……」
「一度でも苦痛に負けてしまえば、次から耐えられなくなるから?」
「その、通り、です。あなたの、思い通りには、させません……!」
大の男でも絶叫する責め苦を受けながら、毅然としてファーネスはそう宣言する。くすっと笑うと、フランツは石の上においていた足に力を込め、前後左右へと大きく揺り動かした。
「ギッ、ガッ! ギャアアアアアアアアアアア~~~~ッ!!」
重石の動きに巻き込まれるようにファーネスの足も大きく動き、脛に食い込むぎざぎざの痛みが一気に跳ね上がる。流石にこれは耐え切れなかったのか、ファーネスの口から絶叫があふれた。くすくすと笑いながらフランツが足を動かすのを止め、ファーネスが荒い息を吐きながら何とか絶叫をとめる。
「ぐ、くぅ……ううぅっ」
「とりあえず、君に絶叫させるっていう目的はこれで果たしたわけだけど?」
「くっ……!」
からかうような嬲るようなフランツの言葉に、悔しげに呻いてファーネスが視線を伏せる。苦痛から来る反射によるものか、それとも悔し涙か。ファーネスの目から一筋の涙が頬を伝った。
「それじゃ、続けようか。話す気になったなら、すぐに止めてあげるから」
「わ、私はっ……くううううううぅっ、うあぁっ、ああああああアアアアアァァッ!」
大きく石を揺さぶられ、ファーネスの口から悲痛な叫びがあふれる。顔をのけぞらし、甲高い絶叫を上げるファーネスのことを見やりながら、フランツは更に石を揺さぶり、苦痛を与えた。
「くあぁっ、あっ、きゃああああああああああぁぁっ! ま、負ける、ものですか……わ、私っ、はっ、ギャアアアアアアアアアアアァァッ!!」
肌と肉とを食い破り、十露盤のぎざぎざが骨を削る。床の上に血溜りを広げ、ファーネスが激痛に身悶える。頭から水でもかぶったかのように全身をびっしょりと脂汗で濡らし、苦痛に喘ぐその姿は無残であると同時にどこか扇情的ですらある。その姿を楽しげに眺め、フランツが大きく石を踏み込んだ。
「グアッ、ギャアアアアアアアアアアアアアアアァァッ!!」
「話せば楽になる。つまらない意地を張るのは、その辺にしといたほうがいいんじゃないかな?」
フランツの言葉に、きっと睨み返すファーネス。軽く肩をすくめて見せるフランツへと、大きく肩を上下させながらファーネスは叫び返した。
「私っ、はっ、決して、あなたには、屈しない……あぐあああああああぁっ」
石を再び揺すられ、その痛みにたまらず苦痛の声を漏らす。ぼろぼろと涙を流しながら、それでも決して屈服しようとはせずに、ファーネスはフランツのことを睨みつけていた。一方、フランツはその様子を楽しんでいるようで、くすくすと笑いながら足を動かし、石を揺さぶる。
「うああああああっ! ぐ、く、ぐうううああああああぁっ! あ、ああ、あ……ギャアアアアアアアアアアアァァッ!!」
苦痛に満ちた悲鳴。前後左右の動きに加え、いったん足を離してドンと踏みつけることまでする。フランツが何か動きを見せるたびにファーネスの裸身がびくんっと跳ね、様々な声が彼女の口からあふれた。
「ぎ、あ……ギャアアアアアアアアァッ! ぎ、ぎぎ、あぐううううぅっ! ぐ、こ、んな、こと、で……ぐぐぐああああアアアアアァァッ!」
「あはは、楽器みたいだね。こうすると、どんな音色でないてくれるのかな?」
「くっ、ああああああああああああ~~~~っ!」
ぐりっと石を踏みにじられ、白い喉をさらしてファーネスが悲鳴を上げる。のけぞった頭を髪を掴んで揺さぶりながら、フランツが笑った。
「なるほどね。それなら、こんなことをすると、どうかな?」
「ギッ! ギャッ! ガッ! アガッ! ギイィッ!」
どんっ、どんっと連続してフランツが石を踏みつける。彼が石を踏みつけるたびにびくんっとファーネスの身体が跳ね、短い苦痛の声がその口からあふれた。
「なるほどなるほど。では、これならどうかな?」
くすくすと笑いながら、フランツは更に様々な形に足を動かし、ファーネスに悲鳴を上げさせる。ファーネスに出来ることは、ただ、その責めに耐えることしかなかった……。
「グ、ア、アギギギギッ、ギヤアアアアアアァァッ!」
それから、かなりの時間が過ぎてもなお、拷問部屋にはファーネスの悲鳴が響き続けている。圧迫された足は鬱血し、青黒くなり始めていた。もちろん、床の上にも結構大きな血溜りが広がっている。
「頑張るね。けど、そろそろ、危ない時間帯かな?」
くすくすと笑いながら、フランツがそう言っていったん一歩下がる。
「はあ~、はぁ~、はぁ~……う、うく、うぅ……」
荒い息をつきながら、がっくりとファーネスがうなだれる。どれほど自分が抵抗しようと、フランツが自分を嬲り、楽しむことを阻止することは出来ない。いいように玩具にされる悔しさに、涙がこぼれる。
「さて、それじゃ、そろそろ聞かせてもらおうか? 君の好きな食べ物と趣味、後はえ~と、初恋の思い出だったけ。その辺りのことをね」
「喋る、気はない、と……言ったはず、です」
「喋らないと、また痛い思いをすることになるよ?」
息を荒らげるファーネスへとそう言って、フランツが再び一歩前に出る。ゆっくりと彼の足が石にかけられるのからは流石に目を逸らしながら、それでもファーネスは拒絶の言葉を口にした。
「好きなだけ、痛めつければ、いいでしょう。私は、何も……喋りません」
「そんなに意地を張ってると、そのうち死ぬよ? この責め、長時間やると結構あっさり死んじゃうタイプの責めだから」
「殺されても、喋るつもりは、ありません。殺したければ、殺せばいい……!」
フランツの言葉に、ファーネスがきっぱりとそう言い放つ。苦笑を浮かべ、フランツは足をあげた。ぎゅっと唇を噛み締め、苦痛に備えるファーネス。その瞳に、怯えの色はない。
「ぐっ! ぐ、ぐぐううううううぅぅぅっ!」
どすんっとフランツが石を踏みつける。下半身が砕け散ったかのような激痛に、全身全霊で悲鳴を押し殺すファーネス。強く噛み締めた唇を歯が食い破り、一筋の血が伝う。ぶるぶると全身を震わせて痛みに耐えるファーネスの前髪を掴み、顔を上げさせるとフランツは唇の端を歪めた。
「頑張るね。頑張る君の姿は、とてもボクを楽しませてくれる」
「くっ……」
「とはいえ……このまま殺しちゃうのも、ちょっとまずいかな。生き返らすのはアルに頼めば簡単だけど、あんまり毎回毎回やってるとアルの機嫌が悪くなるからね。残念だけど、今日はボクの負け、ということで」
そういって軽く肩をすくめると、フランツが後ろに下がって兵士たちに合図を送る。無造作に、どさっと重石がファーネスの足の上に重ねられた。
「ギッ!? ガアアアアアアアアアアアアアアアアァァァッ!!」
さんざん痛めつけられた足の上に積み上げられた四枚目の石。その激痛に、ファーネスが大きく目を見開いて絶叫を上げる。その絶叫がまだ消えぬうちに、無情にも五枚目の石が積み上げられた。
「ギャアアアアアアアアアアアアァァッ!! アギッ、ギッ、ギャアアアアアアッ、グギャア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛~~~~~ッ!!」
狂ったように身悶えつつ、喉も裂けよとばかりに絶叫を上げるファーネス。激しい身体の動きが石を揺さぶるのと同じ結果を生み、ベキッ、ボキッと足の骨が砕けていく。かっと目を見開いたまま絶叫を続けていたファーネスの口の端に白い泡が浮かび、半ば白目を剥きかける。
「ア゛ッ、ア゛ア゛ッ、ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ……ガ、ア、ア……ァ、ァ……」
既に長時間に渡る責めで体力の限界が近づいていたのか、ファーネスの悲鳴が急速に掠れ、小さくなる。やがて完全に意識を失い、がっくりとうなだれたファーネスのことをいとおしむような表情で見やり、フランツは拷問の終了を告げた……。