ぴちゃぴちゃと、湿った音が地下室に響く。椅子に腰掛けた女生徒の足を、全裸で後ろ手に縛られた女生徒が舐めている音だ。靴下を脱ぎ、素足となった相手の足の指一本一本まで丹念に舐めしゃぶる姿には、この学院を実質的に支配している闇の生徒会の一員としての威厳も誇りも見られない。その惨めな姿を見下ろし、如月葉月が口元に侮蔑の笑みを浮かべた。
「案外、上手いんですね、木崎先輩。ちょっと予想外でした」
「あむ、うむ、ぴちゃ……わ、私も、お気に入りとしての、期間があったから……はぐっ」
口の中にくわえ込んでいた葉月の足指を吐き出し、上目遣いになって答える優子の頬を、無造作に葉月が蹴り飛ばす。苦痛の声を上げて床の上に転がった優子を冷たい目で見やり、吐き捨てるような口調で葉月が問いかけた。
「誰が、やめて言いといいました?」
「ご、ごめんなさいっ」
慌てて身を起こし、再び葉月の足に舌を這わせ始める優子。ふぅっと溜息を一つつくと、葉月は椅子の背もたれに背を預けた。
「一つ、お願いがあるんですけど」
葉月の言葉に、足指への口での奉仕を続けながら小さく頷く。口元に悪戯っぽい笑みを浮かべて、葉月が無造作な口調でその『お願い』の内容を口にした。
「私が罰を与えて楽しむ用に、一人、誰でもいいから女の子を見繕ってもらえませんか? もしかしたら、壊れちゃうかもしれませんけど、それでも問題のないような相手がいいんですけど」
「ふぁい。ぴちゃ、うむ、ぴちゃ……ひゅぐひ、ぴちゃ、ひょうひ、あむぅ、ひまふぅ」
無茶苦茶とも言える葉月の言葉に、口の中で丹念に咥えた指に舌を這わせつつ優子が再び頷く。一般的には無茶な台詞だが、元々、闇の生徒会の委員長ともなれば一般の生徒に対してかなり過酷な罰--それこそ、拷問といったほうがいいようなものでさえ与える権限がある。もちろん、何らかの理由付けは必要だが、そんなものはどうとでも誤魔化せる。
それに、葉月の言葉は、一応『お願い』という形をとっているものの、実際には命令だ。それが例え自分にとっても負担が大きい命令であっても、今の優子の場合は何とかやり遂げなければならないのだから、ごく無理なく実行できる葉月の今の命令に即座に頷くのはむしろ当然のことといえる。
「そう、いい子ね。それじゃ……」
「あの、御主人様? ちょっと、よろしいでしょうか?」
「何? 絵夢」
背後の壁際に控えていたもう一人の女生徒の言葉に、怪訝そうな表情を浮かべて葉月が肩越しに振り返る。やや不満そうな表情を浮かべて、絵夢が問いかけた。
「責めを行う相手なら、わざわざ新しく見繕わなくてもいいのではないかと。既に御主人様は何人も奴隷を飼っていますし……わたくしたちでは、責めの相手としてご不満ですか?」
「そうね、少なくともあなたを責めても私はあんまり楽しくないから」
不服そうな絵夢へと、あっさりとそう答えて葉月が肩をすくめる。目を丸くした絵夢へと、葉月は口元に苦笑を浮かべて見せた。
「あなたの場合、ご褒美でしょう? 下手をすれば、あなたが私の楽しみに奉仕するんじゃなくって、私があなたに奉仕する立場になっちゃうじゃない。まぁ、あなたは役に立ってくれるから、それはそれでいいんだけど。
他の人たちの場合も、基本的には後で使うことを考えるとやっぱり調教寄りになっちゃうし、加減もしないといけない。たまには、後のことを考えずに思いっきり責めてみたいっていう気持ちも、分からない?」
「手加減……ですか?」
「ちょっと、絵夢。私はちゃんと手加減してるわよ? まぁ……あなたの場合は、ちょっと話が変わってくるけど」
怪訝そうに首を傾げた絵夢へと、やや気分を害したような表情になって葉月がそう言う。もっとも、その後、やや弱気な表情になって付け足したが。はあ、と、曖昧な答えを返す絵夢へとひらひらと葉月は手を振って見せた。
「ともかく。今回は、優子に用意させた一般生徒が相手よ。それに、あなたは退院したばかりでしょう? また、病院送りになりたいの?」
「それは、していただけるのであれば何度でも、していただきたいですけれど」
にっこりと笑って即答する絵夢に、はぁっと葉月が溜息をつく。まぁ、医者がよく生きていると首を傾げたほどの重傷を負わされて、三日で退院するというのも人間離れしているが、それだけの重傷を負わされてなお懲りないというのも凄い。もっとも、だからこそ絵夢、ともいえるが。
「あなたを病院送りにしても、それほど五月蝿くは言われないけど、かといってあんまり頻繁になればやっぱり睨まれるんですよ? 私の立場というのも、少しは考えて欲しいんですけど」
「それは、そうかもしれませんけれど……」
「はいはい、分かったわよ。あなたにもちゃんと御褒美は上げるから」
なおも不満そうな態度を崩さない絵夢に対して、葉月のほうが疲れたような溜息をついてそう応じる。他の人間と違って、絵夢の場合は支配している、というほどの強い影響力は持っていない。あくまでも、互いに利があるから協力している、という関係だ。葉月としても、あまり強くは出られないらしい。一方、葉月のその返答に、嬉しそうな笑顔を浮かべて絵夢が頷く。
「ありがとうございます、御主人様」
「……ま、いいけど。それじゃ、優子? いいわね?」
「あむ、ひゃい、わひゃり、まひた」
葉月の足指を咥え、奉仕を続けながら優子が頷く。他の人間と比べて、優子の立場は更に一段、弱い。他の人間はいわば恐怖によって支配されている状況だが、優子の場合はそれに加えて薬物依存、という問題がある。丸一日以上薬を与えられないでいると、それだけで全身に悪寒、震えが走り、正気を失うかと思うほどの禁断症状に見舞われるのだ。葉月に逆らえば薬がもらえなくなる以上、到底、逆らえるはずがない。
「それじゃ、そういうことで。ほら、優子、いつまでやってるの。さっさと準備しなさい。今日の放課後には、やるんだから」
げしっと優子の顔を蹴り飛ばし、葉月が理不尽なことを言う。自分で勝手にやめるな、と言っておいて酷い扱いだが、優子は逆らえない。一瞬悔しげに唇を噛み締めるが、それが葉月に気付かれそうになると慌てて笑みを浮かべて見せる。
「分かりました、御主人様。必ず」
「ええ、よろしくね」
にっこりと笑い、葉月はさも当然のようにそう言った……。
そして、そんなやり取りの行われた日の放課後。場所も同じ図書委員長専用の地下拷問部屋。
「さて、どうしてここに連れて来られたか、分かっているわね?」
一見したところ、非の打ち所のない傲然とした態度で優子がそう問いかける。問いかけられた女生徒は、両腕を二人の男子図書委員に掴まれた体勢で不安そうに首を振った。
「わ、分かりません……」
「そう、分からないの」
猫が獲物をいたぶるときのような笑みを浮かべて肩をすくめる優子。もっとも、女生徒が分からないのも道理。これから始まるのは、理不尽な冤罪による道化芝居なのだから。この場を取り仕切っているように見える優子ですら、割り振られた役を演じる脇役に過ぎない。もちろん、脚本・主演は葉月である。
「分からないなら、説明してあげる」
予め定められた脚本に従い、優子が傍らの机の上から一冊の本を手に取り、床にほうる。ばさっと音を立てて床に投げ出された本に、女生徒が目を丸くした。
「あ、あの、これは……?」
「今日、あんたが返却した本ね。これを見せられた時は私も驚いたわ。あちこちに染みは付いてるし、ページが破られてる所まである。借りてきた本を滅茶苦茶にしちゃうなんて、一体どういう神経をしているのかしら?」
「そ、そんな! 私、そんなこと、してません!」
愕然とした表情を浮かべて女生徒が必死にそう反論する。実際、そんなことを言われても寝耳に水、だろう。これは、彼女を拷問にかけるための単なる口実に過ぎないのだから。一方、その反応を当然予測していた優子は、口元ににやっと笑みを浮かべて見せた。
「そう、素直に認めればまだ情状酌量の余地もあったかもしれないけど。そんな態度をとるようじゃ、こちらとしても厳しい罰を与える必要があるわね」
「ひっ……!?」
息を呑み、怯えた表情を浮かべる女生徒。両腕を掴まれているために逃げられないのだが、それでも懸命に身をよじって必死に抗弁する。
「わ、私は、本を汚したりしていませんっ! 本当ですっ、信じてくださいっ!」
「そう、あくまでも白を切るの。なら、仕方ないわね。葉月、まずは彼女に、自分の罪を認めさせなさい。いいわね?」
「はい、木崎先輩」
必死の抗弁に、軽く肩をすくめて優子がそう命じ、従順に葉月が頷く。一歩を女生徒の方に踏み出した葉月が、軽く首を傾げて立ち止まった。
「あの、ですけれど、木崎先輩。どうやって認めさせればいいんでしょうか?」
「そんなの、自分で考えなさい。とりあえず、あなたの好きなようにしていいから」
葉月の言葉に、優子が呆れたような口調でそう応じる。もっとも、このやり取りはあくまでもこの場の主導権を葉月に握らせるためのもの。こういうやり取りをしておけば、この場を葉月が仕切っても問題は生じない、というわけだ。もちろん、事前に打ち合わせたやり取りである。
「では、とりあえず、それを使うとしましょうか。すいませんけど、その上に彼女を座らせてもらえますか?」
視線を部屋の中央辺りに置かれた十露盤へと向けて葉月がそう言う。女生徒の腕を掴んでいた図書委員の男子が、問いかけるような視線を優子の方に向け、無言で優子が頷くのを確認してから半ば引きずるように女生徒のことを十露盤の方へと連れて行った。
「ひっ、いやっ、なにっ、何をする気なのっ!?」
鋭く尖ったぎざぎざの刻まれた十露盤に、女生徒が恐怖の声を上げてもがく。だが、両脇からしっかりと押さえつけられていては逃れられはしない。肩を抑えられ、膝の裏側を蹴られた女生徒が、ちょうど正座するような格好で十露盤の上に座らされる。
「きゃあああああぁっ! ああっ、痛いっ、痛いいぃっ」
「では、あなた方は石の方をお願いしますね」
ぎざぎざの上に座らされた女生徒が悲鳴を上げてもがくのを、男子生徒たちが二人がかりで押さえ込む。その姿を見やりながら、葉月は別に控えていた二人の図書委員たちへとそう声をかけた。ちらり、と、自分のほうへと視線を向けてくる男子生徒たちに無言で頷いて見せる優子。一瞬顔を見合わせた二人が、部屋の隅に積まれた石の板を一枚、二人がかりで持ち上げ、悲鳴を上げてもがいている女生徒の足の上に乗せる。
「ぎゃあああああああああああああああああああああぁぁっ!」
ずしっとした重みが足にかかり、脛に十露盤のぎざぎざが食い込む。その激痛に、大きく目を見開いて女生徒は絶叫をあげた。正座させられたときにスカートを脛の下に敷くような格好になっていたのだが、そんな薄布一枚ではほとんど彼女の感じる苦痛は軽減されない。押さえつけられている以上無意味な抵抗だが、それでも何とか苦痛から逃れようと懸命に身をよじり、悲鳴を上げ続ける女生徒の姿に、くすっと小さく笑うと葉月がゆっくりと女生徒の方に近づき、とんっと石の上に足を置く。
「ぎゃああああぁっ! あっ、ああああっ、足がっ、あああああああぁっ」
「まだ、この程度は序の口ですよ? では、二枚目の用意を、お願いしますね」
石の上に置いた足を微妙に動かし、女生徒の苦痛を煽りながら、葉月がそう言う。問いかけるような視線を自分の方に向けてくる男子生徒たちに向かい、優子は軽く肩をすくめて見せた。
「いちいち、こっちを窺わなくてもいいわ。問題があれば止めるから、私が止めない限りはその子の言う事に従いなさい」
優子の言葉に、男子生徒たちが二枚目の石を運ぶ。どさり、と石が積み上げられ、女生徒の足にかかる重みが倍増した。大きく目を見開き、顔をのけぞらせて女生徒が絶叫する。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァッ!」
「ふふっ、自分の体重以上の重さがかかってるんですものね。痛いでしょう?」
「ぎっ、ギャっ、あ、足がっ、折れるっ、潰れるぅっ! ギャアアアアアアアアアアアアアアァッ!」
軽く葉月が足で石を揺さぶり、女生徒に絶叫を上げさせる。江戸時代に実際に罪人の拷問として行われていた『石抱き責め』。記録の上では、五枚積まれてなお自白しなかった剛の者というのもいるが、逆にいえば、そう言う人間が少ないからこそ、記録として残るのだ。誰にでも出来ることであれば、わざわざ記録として残したりはしないのだから。大多数の人間が屈服するからこそ、屈服しなかった人間のことが殊更に記録されるのである。
そんな、大の男でも耐え切れないような責めに、現代の女子高生が耐えられるはずもない。足に走る激痛に、ひたすら泣き喚き、絶叫を上げ続けている。そんな彼女の姿を楽しげな笑みを口元に浮かべて見つめ、いきなり葉月は女生徒の足の上に積まれた石へと腰掛けた。
「ギャウッ!? グギャアアアアアアアアアアアアアアアァァッ!!」
石の重みは、約五十キロ。つまり、葉月が石の上に腰掛けた、ということは、三枚目の石が積まれたにほぼ等しい。かっと目を見開き、涙と鼻水と涎とで顔をぐちゃぐちゃにして女生徒が絶叫する。
「重いっ、重いいぃっ! 足がっ、潰れるううぅっ! ギャアアアアアアアアアアアアアアァァッ!!」
「あら、失礼ね。私は、この石ほど重くはありませんよ?」
そういって絶叫しつつ頭を振りたてる女生徒の髪を掴む葉月。強引に自分のほうへと彼女の顔を向けさせると、にっこりと葉月は笑顔を浮かべて見せた。
「さて、本を汚したことを認めますか? 認めないのであれば、もっと石を積み上げることになりますけど」
「認め、まずっ! 認めまず、がらぁっ、もう、許じてぇっ!」
「本当ですか?」
「認めるううぅっ! だがらっ、早ぐ、石をどげでえぇっ! 足が、折れちゃううぅっ!」
激痛のあまり上手く舌が回らないのか、濁音交じりの絶叫を上げて女生徒が必死に懇願する。くすっと笑うと葉月は石の上から腰を上げ、優子の方へと視線を向けた。
「どうやら、認めたようですね。では、このまま、本を汚したことに対する罰を与えようかと思いますが、そちらのほうは……?」
「任せるわ。好きにしなさい」
とんとんと神経質そうに爪先で床を叩きながら、素っ気無い口調で優子がそう言う。彼女自身は、このような過激な責めは好まない。彼女にとっての責めとはあくまでも相手を屈服させ、服従させるための手段。ただただ苦痛に泣き叫ばせるのが目的の責めは、完全に趣味の外だ。泣き喚く女生徒の姿に同情を覚えるのが先にたち、少しも楽しめない。とはいえ、これはそもそも、葉月が自分が楽しむために設定した場だ。例え表向きの支配権が自分にあるとしても、止めることは出来ない。
一方、そんな優子とは対照的に、楽しげな笑みを口元に浮かべて葉月は軽く一礼して見せた。
「木崎先輩は、この程度ではまだまだ生温いとお考えのようですね。では、ご期待に沿えるよう、精一杯努力することにいたします」
「そう。期待してるわ」
これ以上に責めを過激にするという葉月の言葉に、内心戦慄を覚えながらも優子は表向き、傲然とそう頷いて見せた。あくまでも、これは自分の意思でやっている行為だと、周囲には見せておく必要がある。そんな優子へと笑顔で頷いてみせると、葉月は視線を二人の男子生徒のほうへと向けた。
「では、もう一枚、石を追加してください」
「えっ!?」
流石に動揺の表情を浮かべる男子生徒たち。一方、女生徒のほうの驚愕もそれ以上だ。てっきり認めればこの苦痛から解放されると思っていただけに、その衝撃はより大きいかもしれない。大きく目を見開いて、葉月へと絶叫する。
「う、嘘をついたの!? 認めれば、下ろしてくれるって……!!」
「あら、私は一言も、認めれば石を下ろしてやる、だなんて言ってませんよ? 認めなければ石を積む、とは言いましたけど、認めれば石を積まないとも、ましてや下ろしてやるとも言ってませんもの」
くすくすと笑いながら、葉月は視線を優子の方へと向けた。
「罰を与える以上、この程度のことは当然、ですわよね? 木崎先輩」
「え、ええ、そうね。ほら、あなたたち、何をしているの?」
流石に一瞬口篭ったものの、優子はすばやく態勢を整えて尖った口調で男子生徒たちを促した。こうなると、男子生徒たちのほうもいつまでも愚図愚図とはしていられない。このような過激な責めを行うことが今まで皆無といってよかった優子の元で委員を務めていた彼らには、あまり馴染みがあるとはいえない状況だったが、それでも委員長の命令に公然と逆らうわけにはいかない。互いに顔を見合わせ、嫌々ながらという風情ではあったがそれでも石を持ち上げ、女生徒の足の上に積み重ねられた二枚の石の上へと運んでいく。
「嫌っ、嫌っ、嫌ああああああぁぁっ! やめてっ、やめてやめてやめてっ! 許してぇっ!」
かっと大きく目を見開き、激しく首を振りながら半狂乱になって女生徒が叫ぶ。彼らにその意図はないのだが、しぶしぶ運ぶその動きは鈍く、却って女生徒の恐怖を煽る形になっていた。くすくすと笑いながら葉月が様子を見守る中、ゆっくりと運ばれた石が女生徒の足の上へと積み上げられる。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァッ!!」
三枚の石を積み上げられた女生徒が、耳を劈く絶叫を上げる。ふふっと小さく笑うと葉月がゆっくりと泣き叫ぶ女生徒の下へと歩み寄る。積み上げられた石の上へと掌を当て、ゆっくりと揺さぶりながら葉月は問いかけた。
「どう? 痛いでしょう?」
「アアッ、アアアッ、アアアアアアアアアアアアァァッ! ヒギッ、ガッ、ガアアアアアアアアアアッァッ!!」
あまりの激痛に、痛いという余裕もないのか、かっと目を見開いたまま女生徒が絶叫する。楽しげな笑みを口元に浮かべたままゆっくりと屈めていた上体を起こすと、葉月はいきなりどすっと石を踏みつけた。
「グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァッ!! アガアアアアアァァッ、ギイイイイイイイイイイィッ!!」
口の端に白い泡を浮かべ、半ば白目を剥いて女生徒が濁った絶叫をあげる。その無残な姿に、ぎゅっと拳を握った優子が、自分の方に向けられている男子生徒たちの視線に気付いて慌てて憮然とした表情を作り、口を開いた。
「その程度?」
「いえいえ、まだまだこれからです、木崎先輩」
くすっと笑うと、軽く反動をつけて葉月が床を蹴り、とんっと石の上に両足を揃えて立つ。当然、葉月の全体重が女生徒の足へと加算され、更なる激痛を生み出した。
「グギェエエエエエエエエエッ!! アギャギャギャギャッ、ギャビャアアアアアアアァァッ!! ギャベッ、ベギョアギゲギョアアアアアアアアアアァァッ!!」
無茶苦茶な絶叫を上げて女生徒が身悶える。四枚積まれれば、よほどの剛の者でない限り即座に口を割るといわれる石抱き責め。あまりに強い痛みが意識を失うことさえ許さず、口の端に白い泡を浮かべ、かっと目を見開いてただただ濁った絶叫を上げ続ける。
「ふふっ、痛いでしょう? おっと」
激しく身悶える女生徒の動きのせいで、積まれた石がぐらぐらと揺れる。その上でバランスをとりながら、葉月が楽しそうな笑みを浮かべた。バランスを取るために彼女が重心を動かせば、その動きが更なる激痛となって女生徒を襲うのだ。
「ギエエエエエエエエェッ! アギャッ、グギャギャギャギャッ、ギャビャアアアアアアアアアアアアアァァッ!! ウギャギャッ、グギャアアアアアアアァァッ、ギエエエエエエエエエエエエエエエェッ!!」
鼻水と涎と涙とで顔をぐちゃぐちゃにし、泡を吹きながら身悶える女生徒。あまりにも無残なその姿に、委員の男子生徒たちが視線を優子の方へと向ける。一方、その視線を受けた優子は、内心の嫌悪と動揺を懸命に押し隠し、外見上は平然としている風情を装っていた。
「木崎委員長……」
「何? 何か、不満でも?」
「あ、いえ、そういうわけでは……」
恐る恐るといった感じで声を発した委員の一人に、優子が即座に尖った返事を返す。彼の言いたいことはよく分かるし、正直、それが出来るならすぐにでも自分も中止したい。だが、そんな権限は、優子にはないのだ。
「ウッギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァッ!!」
ひときわ凄絶な女生徒の絶叫が響く。はっとそちらに目を向けた優子の目の前で、くすくすと笑いながら葉月が軽く、石の上で跳ねた。とんっと葉月が石の上に着地した瞬間、再び女生徒の絶叫が上がる。
「ギエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエェッ!!」
天井を振り仰ぎ、絶叫と共に大量の泡を吹き出す女生徒。床の上にはけして小さくない血溜りが広がり、痛みのあまり失禁したのかうっすらと黄色い液体も広がっている。ふふっと楽しげに笑うと、葉月は再び、今度は先ほどより大きく跳び上がり、落下の勢いも加えた全体重を石にかけた。
「グビャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァッ!!!」
絶叫を上げた女生徒の目がくるんと裏返り、完全に白目を剥く。ぶくぶくと際限なく白い泡を吹きながら、全身をびくびくと痙攣させて悶絶した女生徒の姿に、つまらなさそうに葉月が舌打ちをした。
「あら、気を失ってしまいましたか。どうなさいます? 木崎先輩」
「そうね……」
もちろん、葉月の望む返答は、意識を取り戻させて続行する、だと分かっているが、それでも目の前で繰り広げられる拷問のあまりの凄惨さに尻込みをしていた優子は一瞬口篭った。出来れば終わりにしたいが、自分がそれを言い出せば葉月の機嫌を損ねることになる。もちろん、公式の立場があるから確かにこの場は終わりになるだろうが、その後で自分に加えられる報復がどんなものになるか、想像するだけで寒気がする。
「とりあえず、絵夢を呼びましょう。流石に、殺すわけにもいかないし。で、彼女に様子を見させて、まだ続けられるようなら続行するわ」
一瞬悩んだ上で、優子がそう言う。絵夢は葉月の側の人間だから、葉月の望むように続行可能という判断を下す可能性が極めて高い。それでも、もしかしたら中止の判断をしてくれるかもしれないと、一縷の望みを託したのだ。それに、拷問の場に保健委員長の彼女を呼ぶこと自体は、他の委員長も普通にしていることであり、むしろ委員長としての立場からすれば当然のことだ。絵夢が止めなければ続行する、というふうに言っているから、葉月の機嫌を損ねるとしても最小限で済むし、損ねても『そのまま続行させたかったけれど、委員長としての立場に沿えばあの場はああ言わざるを得ない』というふうに言い訳することも出来る。
「絵夢さんを、ですか。そうですね、分かりました」
意外とあっさりと葉月が頷いたのに対し、内心でほっと安堵の息をつきながら、見た目は傲然と優子が保健委員の一人に絵夢を呼んでくるように命じる。内心では一刻も早くこの場を去りたいとその男子生徒も考えていたのか、頷くが早いか部屋から出て行った。
そして、待つこと数分。いつもと変わらない柔和な笑みを浮かべた絵夢が、男子生徒に連れられてやってくる。軽く頭を下げる絵夢に対して傲然と頷き返すと、優子は視線で悶絶している女生徒の方を指し示した。
「罰を与えている最中なんだけど、まだ続けても大丈夫かしら?」
「ええと……ちょっと、待っていてくださいね」
凄惨な女生徒の姿にもニコニコと笑みを浮かべたままで、絵夢が手際よく意識を失った女生徒の診察をする。
「これは、もう止めにした方がいいでしょうね。これ以上続けると、生命に関わりますから」
一分も立たないうちに、あっさりと診察を終えて絵夢がそう告げる。びっくりしたような表情を浮かべる葉月と優子のことを等分に見やり、絵夢は苦笑を浮かべた。
「この責めは、元々長時間やると簡単に死んでしまうものですし。保健委員長としては、もう中止を勧告いたしますわ」
「そ、そう。なら、仕方ないわね。今日は、これで終わりにするわ」
絵夢の言葉に内心で驚きつつも、渡りに船とばかりに優子がそう言う。ほっとした表情を見せる男子生徒たちとは対照的に、葉月は不満げな表情を浮かべていたが、公然と抗議するのはまずい。きっと絵夢のことを睨みつけるが、絵夢のほうはいつもと変わらぬ微笑を浮かべているだけだ。考えてみれば、絵夢にしてみれば、無理に葉月の機嫌をとる必要はない。葉月を怒らせて罰を受けるのは、他の人間にとっては恐怖以外の何物でもないが、絵夢にしてみればそれは望むところなのだから。
「それじゃ、絵夢。手当てをお願いね」
「はい、木崎委員長」
何かを期待する表情で、絵夢が深々と一礼した……。