くの一


 びしっ、ばしっと、くぐもった肉を打つ音が薄ぐらい部屋の中に響く。屈強の男二人が前後から、逆さに吊られた女を棒で打ち据えているのだ。打たれている女は年の頃は十八か九、やや気の強そうな所はあるものの、その辺に居そうなごくありふれた風貌の女だ。とはいえ、屈強の男たちに容赦なく棒で殴られ、全身に無数のあざを刻み込まれながら呻き声すら漏らさないというのは尋常ではない。
「漬けろ」
 棒を持った男の一人が、ぼそっとした口調で部屋の隅に入る男にそう声をかける。女を吊るした縄の端を握っていた男が小さく頷き、女の身体を彼女の下に置かれた水の満たされた樽の中に沈める。最初は微動だにしなかった女の身体が、時間が立つに連れゆらっゆらっと揺れ始めるのに冷徹な視線を送り、男たちが様子をうかがっている。
「よし、上げろ」
 女の身体が小刻みな痙攣を見せ始めたのを確認し、男がそう言う。女の身体が水から引き上げられ、ぽたぽたと短く切りそろえた髪から水滴が滴る。げほっ、げほっと猿轡を噛まされたまま数度咳込み、女はゆらゆらと苦しげに身体をくねらせていた。
「女。苦しかろう? 口の中に入れた布の一部は貴様の喉に入り込んでいる。引き抜いて欲しくば、素直に我らの問いに答えよ」
 喉の奥に入り込んだ布は細く裂かれ、濡れて喉に張りついている。完全に息が出来なくなるほどではないにしろ、息苦しさはかなりのものの筈だ。しかし、苦悶に身体を揺らしながらも、女は強い意志を込めた瞳でにらみ返すばかりで一向に首を縦にふろうとはしない。
「強情な奴だ」
 小さくそう呟くと、男が棒を振り上げる。再び前後から容赦ない棒打ちを受け、女の顔が苦痛に歪む。だが、猿轡を噛まされた口からは、くぐもった呻き一つ漏らさない。
「水」
 ぼそっとした男の呟きに、女の身体が樽に沈められる。喉に張りつく布のせいで満足に息が出来ない状態から水に沈められ、女の身体がくねくねと揺れる。彼女の全身に痙攣が走るのを確認してから引き上げ、再び棒で打つ。しかし、窒息寸前に追い込まれ、容赦なく棒で打たれているというのに、女の口からは呻きすら上がらず、瞳から強い意志の光が消えることもない。
「よく鍛えられておるな。いずれの手になるくの一か……これは、牢問いではらちが開かぬか。忍問いに掛けるべきかもしれんな」
 水に漬ける、引きあげて棒で打つ、更に水に漬けると、陰鬱な作業が淡々と更に数度繰り返される。しかし、女の反応は相変わらずだ。屈服する気配すら浮かべずにこちらをにらんでくる女の瞳を見返し、男が小さくそう呟いた。彼と共に棒を振るっていた若い男が、軽く首を傾げる。
「陰舌の法を? 三郎太殿の……」
「うむ。首領殿に言上して参る」
「いや、それには及ばぬ」
 頷きながら身を翻した男へと、部屋の入り口の辺りから沈痛なものを含んだ声がかけられる。一瞬浮かべた動揺の表情をすばやく押し隠し、男がその場にひざまずく。
「こ、これは首領殿。このような場所に御足労いただくとは……」
「かしこまらずとも良い。それより、殿がその女を所望しておる。いずれの手になるものか、何を企みこの城に入り込んだのか、それらを白状させるまでお待ちいただけるよう、再三お頼みしたのだが……お聞きいれてはくれなんだ」
「そ、それでは……?」
 苦々しげな表情を浮かべる首領へと、男もやや残念そうな表情を浮かべて問いかける。小さく頷くと、首領は視線を逆さに吊られた女の方へと向けた。
「くの一。これよりお前の処刑を行う」
 淡々とした首領の宣告に、女は何の表情も浮かべずに沈黙で応えた。

「おうおう、この娘か。わしの城に入り込んだ不届き者というのは。くっくっく……そのような愚かなことをしたこと、とくと後悔させてくれるわ」
 庭へと引き出されてきた女を、舌舐めずりしながらじろじろと眺めてでっぷりと太った中年男がそう言う。女は首と手とを同時に拘束するかせをはめられ、猿轡を噛まされている以外は一糸まとわぬ全裸の姿だ。しばらく女の裸身を鑑賞すると、満面に笑みを浮かべたまま彼は視線で庭に置かれた樽を指し示した。
「あの樽にはな、無数の蛇が入っておる。くっくっく、おぬしはこれからあの樽の中に入るのじゃ。蛇は全身に絡みつき、その鱗でおぬしの肌をこする。中にはおぬしの穴に入り込む物も居よう。そのおぞましさ、どうじゃ、想像するだけでも震えが来るであろう?
 そしてな、酢と塩とを混ぜた物を注ぎ、棒でつついて蛇どもを怒らせると、蛇どもはおぬしの身体に食らいつき、肌と肉とを食い破って身体の中に入り込む。腹の中で蛇が暴れまわる痛みは、それはもうとんでもない物じゃ。わしは今までにも何度かこの蛇責めを行っておるが、どの女も例外なく無様に泣きわめき、最後は悶死したわ。くっくっく……はぁはっはっはっはっは」
 楽しげにこれから行う処刑のことを説明し、哄笑を上げる城主。しかし、女の方が怯えた様子を見せないのに気付き、彼は不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「ふん、口で言っただけでは理解できんか。ならば、実際にその身で味わうがいい」
 城主が軽く手を振り、男たちが女の腕を掴んで樽の方へと連れていく。まったく抵抗のそぶりすら見せない女に、首領はわずかにいぶかしげに眉をしかめた。本来彼は同席するつもりはなかったのだが、城主の命でしぶしぶながらこの場に居るのだ。
「観念したか? しかし……」
 小さくそう呟く首領の見守る中、女の身体が男たちに抱えられ、樽の中へと投ぜられる。うねうねとうごめく蛇たちの中へと身を沈めた女が、眉をきつくしかめて顔をのけぞらせた。
「う、うぐ……う」
 嫌悪か恐怖か、額に汗を浮かべて女が頭を振り立て、小さく呻きを漏らす。かせを男たちに押さえられているせいで逃れることは出来ない。
「う、ううっ、ぐ…ううっ」
「くっくっく、どうじゃ? 女子にとっては蛇はおぞましかろう? そうれ、少し酢を注げ。蛇どもを暴れさせてやるのだ」
「うぐううううぅっ! うぐっ、ぐううぅっ」
 城主の言葉に従い、樽の中へと柄杓で酢が注がれる。刺激に驚いた蛇たちが動きを早め、女が嫌悪の混じった呻きを漏らして顔をのけぞらし、激しく左右に頭を振る。
「おうおう、蛇どもがおぬしの穴へと入り込んだか。どうじゃ、蛇に犯される気持ちは。悔しかろう? おぞましかろう? くっくっく、だが、まだこれは序の口よ」
「うぐっ、ぐっ、ぐうううぅっ! うぐっ、ぐぐぐっ、ぐぐううぅっ!」
 城主が楽しげな声をかけ、女が髪を振り乱して身悶える。猿轡ごしにくぐもった呻きが漏れ、樽の中から逃れようともがく。しかし、がっちりとかせを押さえつけられていては逃れようがない。
「くっくっく、穴に入り込む蛇は一匹ではないぞ。何匹もの蛇が貴様の女のモノに、更には尻の穴にまで入り込む。おう、そうじゃ、猿轡を外してやれ。悲鳴や哀願が聞けんのでは、楽しみも半減するというものじゃからな」
「殿。この者はくの一にございます。猿轡を外せば、即座に舌を噛み切るやもしれませぬが……」
「わしの命令が聞けぬと申すか? 下賎の身でわしに逆らうか!?」
「い、いえ、そのようなつもりは……」
「ではさっさと外すのじゃ。何、あの様を見よ。いかなくの一といえども女は女。蛇に全身をこすられ、犯されて悶えておるではないか。舌を噛み切る気力など、あろうものかよ」
「はっ……御意」
 深々と頭を下げて表情を隠し、首領が女の背後に歩み寄って猿轡を解く。口の中に押し込まれた布を取り出した瞬間女が舌を噛み切るものと判断し、それを阻止するべく身構えながらではあったのだが、彼の予想に反して女の口からは悲痛な叫びがあふれた。
「ひっ、いっ、嫌ぁっ、蛇は、嫌あぁっ! ひっ、ひいっ、やっ、中にっ、うあっ、ああっ、蛇がっ、中で暴れっ、ひいいいいぃっ!!」
「どうじゃ、わしの言った通りであろう?」
「……御意」
 悲鳴を上げて身悶える女の姿に、得意げな笑みを浮かべる城主。頭を下げながら、首領は強い違和感を感じていた。拷問を受けても呻きすら漏らさなかった気丈なくの一が、まるでただの町娘のように泣きわめき、身悶えている。
(妙だ……何か、企んでいるのか? しかし、この状況で一体何を……?)
「くひっ、ひっ、ひいいいいぃっ! 駄目っ、もうっ、はいっちゃっ、くひいいいいぃっ! イヤアアアアァッ、蛇っ、蛇がっ、中でっ、きひいいいいいぃっ!」
 大きく目を見開き、激しく身体をのたうたせながら女が絶叫する。その様子を口からよだれをこぼさんばかりの表情で食い入るように見つめる城主。しかし、首領は彼女の姿にますます違和感を強めていた。
(まるで、演技をしているような……何だ、何を考えている?)
「くっくっく、いい声で泣くではないか。さあ、更に酢を注ぎ、棒で蛇をつくのじゃ」
 目を血走らせ、興奮にうわずった声を出す城主。樽の中に更に柄杓で酢が注がれ、棒がつき込まれる。酢の刺激に驚き、棒で突かれたことで怒りをあらわにした蛇たちが激しく動き、樽の中で蛇の鱗が波のように大きく揺れる。
「グギャアアアアアアアァッ!? ギッ、ギャッ、ギャアアアアアアアアアァッ!!」
 女の口から凄絶な絶叫がほとばしる。拳を握り、身を乗り出しながら城主が興奮にうわずった声を上げる。
「もっとじゃ、もっと注ぎ、棒で突くのじゃ!」
「ギビャアアアアアアアァッ!! ギャッ、グギャッ、ギヒャアアアアアアアァッ!! ギャッ、ギャギャギャッ、ギイッヤアアアアアア~~~グギャアアアアアアア~~ギビャアアアアアアァァッ!!」
「そ、そうじゃ、もっと泣け、もっとわめけっ」
 獣じみた絶叫を上げ、よだれを撒き散らして激しく女が苦悶に頭を振り立てる。蛇たちが彼女の全身を食い破り、体内へと入り込み、内臓をその鱗でこすり、食い契り、激しくのたうちまわっているのだ。目を血走らせ、口の端からよだれを滴らしながら興奮に顔を真っ赤にして城主が女の苦悶する様を凝視している。
「ジヌッ、ジンジャウッ、グウギャアアアアアア~~~ギギャアアアアア~~~ギャギャギャギャギャアアアアアア~~~グギャアアアアアアア~~~ギイッギャアアアアアアアアァッ!!」
(おかしい。訓練を受けた忍びなら、片腕を切り落とされようと声一つ立てん。いくら無数の蛇に内臓を食い荒らされ、全身を噛み千切られているとはいえ、これほどまでに派手に苦しみ叫ぶ筈が……)
「ギャアアアアアアアァッ! ゴロジデェッ! イッゾ、ゴロジデェッ!! グギャアアアアアアァッ!! ギギャッ、ビャッ、ビギャアアアアアアァッ!!」
 首領が強い違和感を感じている目の前で、女が派手に泣きわめき、涙とよだれで顔をぐしょぐしょにしながら絶叫と哀願を繰り返す。
「苦しめ、もっと苦しむのじゃ。泣き叫び、悶え、苦しみ、そして狂い死ね!」
「ギャギャギャギャギャッ、ギャアアアアアアアアアァッ!! グギャアアアアアア~~ギイギャアアアア~~ギビャアアアアアア~~ウッギャアアアアアアアァッ!!」
 興奮に息を荒くする城主と、彼の言葉に応じるようにますます激しく身悶え、凄絶な絶叫を上げるくの一。首領が眉をしかめて見守る中、延々とくの一は絶叫を上げつづけている。五分が立ち、十分が過ぎてもそれは変らない。
「グギャッ、ギッ、ギャッ、ギャアアアアアアァッ! グギャアアアアアァッ~~ギイイイイイッギャッギャアアアアア~~ギギャアアアア~~ギャアアアアアアァッ!!」
「おうおう、流石はくの一よな。並の娘とは鍛え方が違うと見える。おう、そうじゃ、もっともがけ、もっと苦しめ」
 相変わらず絶叫を続けるくの一の姿に、陶然と称してもいいような表情で城主がうわごとの様に呟く。その言葉に応じる様に、ますます激しく身悶え、泣き叫ぶくの一。
 更に、十分以上の時が流れた頃。首領の耳に夜風に乗ってホゥホゥと言うふくろうの鳴き声が届いた。
「っ! しまった……!」
 瞬間、首領が愕然とした声を上げる。今まで無様なほど派手に身悶え、絶叫を上げていた女が不意にぴたりと動きを止め、にいっと口元に凄絶な笑みを浮かべた。
「我が事、成れり……」
「くっ、鮟鱇の法か! 迂闊なっ!」
 女の口の端から鮮血があふれるのを認め、首領が歯噛みをする。何が起きたかわからずにきょとんとした表情を浮かべる城主をしりめに、首領が配下の忍びたちに鋭く指示を飛ばす。
「な、何が起きたのじゃ!? おい!」
「この女は、おとりです。この女にわれらの注意を引きつけておき、別のものが本来の目的を果たす……おそらくは、人質として監禁してあった鶴姫の奪還が目的でしょう」
 静かな口調でそう言う首領のもとに、駆けよって来た男が小声で何かを報告する。小さく頷き返すと、首領は城主の方に視線を向けた。
「やはり、鶴姫の姿はないようです。追撃の指示を取らねばならないので、失礼します」
「お、おいっ……!」
 ふっと姿を消した首領やその配下に向けて城主が慌てた声をかけるが、それに対する返答はない。おろおろと周囲を見回す城主のことを、樽の中で息絶えたくの一が満足そうな微笑みを浮かべて眺めていた……。
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