水責め


 薄暗い、地下の拷問部屋の一つ。そこで、今日も若い娘が領主の拷問を受けていた。もっとも、拷問を命じた当の本人である領主は、あまり乗り気でなさそうな表情を浮かべて拷問の様子を眺めているのだが。
「ごぶっ、ぶっ、ばっ、うぶうぅぅぅ……っ!」
 顔に薄い布を被せられ、そこに水を注がれている少女が、不明瞭な声を上げながら激しく身体をばたつかせる。斜めになった台に寝かされた彼女は、上下に伸ばした両手首と足首をそれぞれ棒で押さえ込まれ、逃れることが出来ないようになっていた。足よりも下になった顔には布が被せられ、そこに水が注がれている。全裸に向かれた身体を陸に上がった魚のように激しく上下にばたつかせ、こぶりの乳房を揺らして少女は苦悶のダンスを踊っていた。
 彼女には、ミレニアの所有する宝石のいくつかを盗んだ容疑をかけられている。チャンスがあったのは彼女だけで、彼女が宝石を盗んだのはまず間違いない。しかし、犯行が露見した時には既にどこかに隠してしまった後らしく、彼女の手元には宝石はなかった。そのため、まずはその宝石の在りかを白状させるために尋問する必要が有るわけだが、領主の場合、相手を嬲り殺すような拷問は得意だが情報を引き出すための拷問は得意ではない。勢い、尋問は本職のクリスに任せることになったのだが、彼女の選んだ水責めというやり方に彼は退屈を感じ始めていた。
「うぶっ、ぶあっ、ごぶぶっ、ぶあっ、ぐぶううぅっ」
 少女の顔はぴったりと濡れた布で覆われており、苦悶の表情はうかがえない。水を注がれている上に口を布で覆われているのだから当然のことだが、少女のあげる悲鳴もくぐもった不明瞭なもので、彼が聞きたい悲痛な絶叫とは程遠い。陸に上げられた魚のように白い裸身を激しくばたつかせ、こぶりの乳房を揺らして身悶える少女の姿に最初の頃は興奮しないでもなかったが、それが延々と続くとなれば飽きてもくる。
「げほっ、げほげほげほっ! うええぇっ、おえっ、げぶっ、げほげほっ、ごぼおぉぅぅ……」
 クリスが布をめくり、大量に水を飲んだせいで膨れ上がった少女の腹を強く押す。胃を満たした水が逆流し、口から胃の内容物の混ざった水を吐き出しながら少女が激しく咳き込み、身悶える。ある程度水を吐かせると、少女に息を整える暇も与えずにクリスは再び少女の顔に布を被せた。濡れた布がぴったりと顔に張りつき、少女の鼻と口を覆う。無論、布ごしにも息は吸えるが、濡れた布は空気を通しにくいから満足な量の空気を吸うことは出来ない。窒息寸前まで水を飲まされ、更に強制的に口から水を吐き出さされて息も絶え絶えになっている少女は懸命に空気を貪ろうとするのだが、ほとんど苦しさは軽くなってはくれないのだ。
 苦悶に身をよじる少女の顔へと、クリスが柄杓で水を注ぐ。たちまちくぐもった悲鳴を上げ、少女が身体をばたつかせ始めた。むぅ、と、小さく唸り、領主がクリスへと声をかける。
「クリスチーナ。もう少し、派手な責めをやらんか? これでは、らちがあかんぞ」
「地味な責めよりも派手な責めが効果が高いわけでは有りません。確かにこの責めは有る程度時間が掛かりますが、殺す心配もなく、効果は確実です。宝石の在りかを自白させたいのであれば、殺しかねない派手な責めはむしろ逆効果だと存じますが」
「私の意向には、従えんというのか……?」
 領主の言葉に、丁寧ではあるがきっぱりとした口調でクリスが反論し、領主がむっとした表情を浮かべる。領主とクリスでは立場が違い過ぎるから、領主の命令にあくまでも逆らうことは出来ない。それでも、本職の拷問人としてのプライドからか、クリスがぎゅっと眉を寄せた。
「もちろん、領主様の意向には従います。ですが、派手な出血を伴う責めに切り替えた場合、結果の保証はいたしかねます」
「そこを何とかするのが、お前の役目だろう。それ以外には能がないのだからな、お前たちは」
 侮蔑を隠そうともせずに領主がそう言う。まぁ、彼の感じ方は、それほど特殊なものではない。拷問人は忌むべき存在、蔑むべき輩と世間一般からはみなされているのだから。とはいえ、彼女とて人間、侮蔑されたクリスの表情にむっとしたような表情が浮かぶのはしかたがない。彼女のそんな表情に領主が更に不機嫌そうな表情になり、彼女のことをにらみつける。
「領主様。彼女を嬲り殺すのは、自白を得た後でも出来ます。自白を得るまでは、クリスさんに任せてしまっても問題はないかと思いますが」
 今まで、無表情にたたずんでいたミレニアが、淡々とした口調で領主にそう言う。クリスに向けていた視線を外し、領主がやや意外そうな表情を浮かべた。極端に無口なミレニアが、話しかけられたわけでもないのに長い台詞を言うというのはごく珍しい。
「ふむ……まぁ、お前がそう言うなら、それもよかろう」
「退屈されているのでしたら、自白するのを待つ間、別室でゲームでもなさったらいかがです? 私でよければ、お相手いたしますが」
「そう、だな。
 クリスチーナ、後はお前に任せる。自白が得られたら、呼びに来るといい。……ああ、それと、別に、自白を得るのを急ぐ必要はないぞ。お前の好きなようにするがいい」
 さっさと椅子から立ち上がりながら、領主がそう言う。軽く頭を下げ、クリスは嫌悪の表情を隠した。ミレニアの言う『ゲーム』とは、年若い娘をいたぶる類の物なのだ。
 三人の会話の間、新たに水を注がれこそしないものの、少女は依然として濡れた布によって呼吸を妨げられた状態に置かれつづけている。満足に息も出来ず、窒息しそうな恐怖と苦しさに布の下で顔を歪め、彼女は苦悶に身体をくねらせ続けていた。
 領主とミレニアが退室するのを見届け、クリスは不機嫌そうな表情のまま柄杓を傾けた。口元に水を浴びせられ、少女がくぐもった悲鳴を上げて身体をばたつかせる。
「うぶっ、うぶぶっ、ぶあっ、あぶっ、ごっ、ばっ、ぶぶぶぅぅ」
 ばたばたと激しく身体を上下させる少女の口元に途切れることなく水を注ぎながら、クリスは小さく首を振った。注いだ水は布に広がり、少女の口や鼻に入り込む。水の中に沈められたも同然の状態になって激しく苦悶のダンスを踊る少女。険しい表情のまま、クリスは少女に水を注ぎ続ける。ばたっ、ばたばたばたっと激しく少女が身体をばたつかせ、注がれる水を避けようと無駄なあがきを繰り返す。
「二人とも、同じなのね……」
 側に置いた水瓶から水を汲み上げ、少女の口元に注ぐという行為を半ば無意識でくり返しながら、クリスが小さく呟く。少女が弓なりに身体をのけぞらせ、ぶるぶるぶるっと身体を痙攣させると急にぐったりとなった。水を注ぐ時間が長かったのか、大きく目を見開いたまま少女は息をするのをやめていた。
 眉をひそめ、少女の顔から布を剥がすとクリスは体重をかけて少女の膨れ上がった腹を押し、水を吐かせる。げほっ、げほげほげほっと激しく咳き込んで息を吹き返し、弱々しく首を揺らす少女。その顔を見つめ、クリスは小さく首を振ると再び少女の顔に布を被せ、水を注ぎ始めた。少女が激しく身体をばたつかせ、くぐもった悲鳴を上げる。
「おぶっ、ぶあっ、おぶぶぶぶ、げぶっ、おぶっ、うぶぶぶぶ……」
 布の下から、少女のくぐもった叫びが響く。それを無視して酸欠によって意識を失うまで少女の顔に水を浴びせつづけ、少女が身体を痙攣させて意識を失うと腹を押して水を吐かせ、意識を取り戻させる。単に水を吐かせるだけでは意識を取り戻さない時は、口から息を吹き込み蘇生させる。そんな、単調ともいえる作業を淡々とクリスは繰り返した。拷問人として生まれた彼女は、物心ついた時から救命法を叩き込まれているから少女を死に至らせるようなことはないが、それでもいつもの彼女からすれば随分と荒れたやり方だ。
(何故、私はいらだっているの……?)
 心の中で小さく自問しながらも、淀みなくクリスは少女を責めつづけた。少女が耐えきれずに自白をするまで、ひたすらに。