鞭打ち


「お許しを……! 領主様っ、どうかお許しをっ!」
 壁から生えた短い鎖に手首を捕らえられた全裸の女性が、がちゃがちゃと鎖を鳴らしながら悲痛な哀願の声を上げる。くっくっくと低く笑うと、椅子に腰かけた領主が軽く肩をすくめた。
「罪を犯したものは罰を受ける。当然のことだろう? まあ、お前にやったものをどう処分しようとお前の自由ではあるが……他の男に渡すと言うのは、いただけんな」
「ご、誤解ですっ、領主様っ。頂いた腕輪を紛失してしまったことはお詫びしますっ。で、ですが……」
「ウェンディ、今更の言い逃れは無様ですよ。あなたが私を誘惑しようと企むのは勝手ですが、それに私を巻き込まないで頂きたい」
 薄く口元に笑みを浮かべ、領主の背後に控えていた男が女性へと呼びかける。透き通るように白い肌、緩くウェーブを描く金色の髪にやや淡い青の瞳という絵に描いたような美男子だ。領主の雇った吟遊詩人なのだが、その美貌ゆえ彼に心を引かれる女性は数多い。現在壁に繋がれている女性も、その一人ではあるのだが……。
「う、嘘よっ、私は、あなたのことを誘惑なんてしてないわっ」
「おやおや、つれないことを。私に一夜を共にして欲しいとこんな物を贈っておいて、そんなことを言うとは……やれやれ、見苦しいですね」
 表情を引きつらせて叫ぶ女性へと精緻な細工が施され、大振りのルビーを埋め込まれたいかにも高価そうな腕輪をかざしてみせながら男がそう言って肩をすくめる。
「嘘よっ。領主様っ、私は、誓ってそのようなことを言った覚えはありませんっ! 私は罠にかけられたのですっ! どうか、御明察をっ!」
「やれやれ……往生際の悪い。エルフィン、お前はもう下がってよいぞ」
 口元に笑みを浮かべて領主がそう言い、恭しく一礼して男が部屋から出ていく。腕輪は持ったままだ。ちらり、と、出ていく彼の方に視線を向けたミレニアへと領主が声をかける。
「さて、ミレニア。お前は、鞭を使った経験はないのだったな?」
「……はい」
「今日は猫鞭を使ってもらう。見ての通り、長さはたいしてないから扱いやすい筈だ。くっくっく……効果は、見てのお楽しみだが」
 領主の言葉に応じるように、下男のバルボアが壁から外した鞭をミレニアの方に差し出す。僅かにためらうようなそぶりを見せ、その鞭を受け取るミレニア。腕の長さほどの、いくつもの結び目がついた紐を百本あまりも束ねて取っ手を付けた鞭だ。紐の先端には星型と呼ばれる小さな鉄の玉がついている。玉、といっても球形ではなく、何本もの鋭い刺が生えた代物だが。
「ひいっ、いやっ、いやああぁっ。こないで、お願いっ、許してっ」
 無表情に歩み寄ってくるミレニアの姿に、女が悲鳴を上げて身をよじる。女の前まで足を進め、脇に置かれた壷の中に満たされた液体へとざぶんと鞭を浸すと、ミレニアは無言のまま鞭を振るった。
「アウッ!」
 小さな悲鳴を上げ、女が眉をしかめる。百本あまりもの紐を束ねて作った鞭だから力は各所に分散し、皮鞭などの一本鞭と比較すれば痛みははるかに軽い。ただ、紐の先端に付けられた星型ががりっと肌を引っ掻き、浅い傷を作った。どの傷も浅いが、胸から腹の辺りにかけて、かなり広い範囲に相当数の傷が刻まれる。
「たいしたことはない、と、そう思っておるな? くくっ、いつまでその余裕が続くか……ミレニア、続けよ」
 領主の言葉に、ゆっくりとミレニアが壷の中の液体に鞭を浸し、鞭を振るう。さっきとは反対方向に振るわれた鞭が女の胴体を薙ぎ、がりがりっと新たな傷を作った。
「クウウゥゥッ!」
 苦しげな呻きを漏らし、女が苦悶の表情を浮かべてわずかに顔をのけぞらせる。壷の中の液体は濃い塩水だ。傷を塩水で洗われ、ひりひりと痛む。無言のままミレニアが壷に鞭を浸し、ゆっくりと振り上げて振り降ろす。
「ギ、アッ!?」
 縦に振るわれた猫鞭が、女の裸身を打ち据える。びくんっと身体を震わせ、くぐもった悲鳴を女があげる。彼女の身体にいくつも刻まれた傷の上を紐の結び目が通り過ぎていき、傷をめくれ上がらせたのだ。傷そのものは小さく、一つ一つの痛みはさほどでもないが、数が多い上にその傷を塩水で洗われているのだからたまらない。
「この鞭は、皮を剥ぐのが目的でな。打ちつづければ、全身の皮がぼろぼろになり、すべて剥ぎ取られる。くくく……さて、どこまで耐えられるか、見物だな」
「あ、あ、あ……やめて、許して……」
 女が哀願の声を上げるが、もちろん領主が中止を命じる筈もない。無表情に壷の中の塩水を鞭に含ませ、ミレニアがゆっくりと鞭を振り上げる。びしゃっと濡れた音と共に鞭が女の裸身へと叩きつけられた。
「ギャアアアアアアアァァッ!?」
 濁った絶叫を上げて女が顔をのけぞらせる。ばっと鮮血が飛び散り、紐の結び目にこすられた傷がめくれ上がる。星型が新たな傷を生み、鞭に含まされた塩水がまんべんなく女の傷を洗う。ひい、ひいぃと掠れた声を上げて大きく肩を上下させる女へと、壷に鞭を浸したミレニアがちらりと視線を向けた。
「ゆ、許して、お願い……」
「……」
「ギャアアアアアアアアァァッ!」
 哀願の声を上げる女の顔を一瞬見つめ、ミレニアが無言のまま鞭を振り上げ、振り降ろす。女の絶叫が響き、がちゃがちゃと鎖が鳴る。身体の前面を真っ赤に染め、喘ぐ女から視線を外すと、ミレニアは壷の中へと鞭を浸した。
「い、嫌……もう、許して。ギャアアアアアアアアアアァッ!!」
 哀願の声を女が上げるが、ミレニアは無言のまま鞭を振るう。無数に刻まれた傷を紐の結び目がえぐり、まくりあげ、皮を剥ぎ取っていく。無傷の肌の上を、既に作られた傷の上を、星型が通過して引き裂く。鞭にしみ込んだ塩水がまんべんなく傷を洗っていき、炎であぶられているような激しい熱さと痛みをもたらす。
「やめ、やめて、もう……グギャアアアアアアアァッ!!」
 鎖に吊り下げられるような体勢になって哀願する女の身体を、鞭が襲う。星型が彼女の乳首を直撃し、引き裂いた。目を剥いて絶叫を上げる女の姿に領主が楽しげな笑いを上げる。一度目を閉じると、無言のままミレニアは鞭を壷に浸した。
「い、痛い……もう、許して、お願いだから。こんなの、酷い……ギヒイイイイィッ!!」
 ぼろぼろと涙を流しながら、哀願の声を女が上げる。ゆっくりと鞭を振り上げていたミレニアの手が一瞬止まるが、結局は振り降ろされて女の口から絶叫があふれる。
「くっくっく、なかなか、じらすではないか、ミレニア。連続して打ちつづけ、悲鳴しか上げられない状態にするのも面白いが、そうやってわざと苦しみを長引かせるというのも悪くはないな。ふむ、面白い趣向だ」
「……ありがとう、ございます」
 一打ちごとに壷に鞭を浸すミレニアの姿に、愉快そうに領主が笑う。領主の方を振り返り、僅かに目を伏せてそう応えるとミレニアは再び苦痛に喘いでいる女の前に立った。
「お願いだから、もうやめて……あなただって、本当は、こんなことしたくないんでしょう!?」
 ゆっくりと振り上げかけたミレニアの腕が、女の声にぴたりと止まる。それを好機と見たのか、僅かに身を乗り出すようにして女が畳みかける。
「もう許して。お願い、もうこんなことグギャアアアアアァッ!? ギャアアアアアアアアアアアァッ!!」
 振り上げかけた状態から、ビシッ、バシッと斜めに二度ミレニアが鞭を振るう。身体の前面をXの字型に鞭で打たれ、女の口から絶叫があふれた。身を乗り出し、しかも予期していなかったタイミングで打たれたものだから感じる痛みがいっそう強くなる。
「あっはっはっはっは。油断したなぁ、ウェンディ。助けてもらえるとでも思ったのか? ミレニアは私の見込んだ女だ。まだ地下に呼んだのは三回目だが、拷問を恐れるようなやわな神経の持ち主ではない。そうであろう? ミレニア」
「……はい、領主様」
「くっくっく、だが、今のは面白かったな。相手が助けてもらえると思い、ほっとした所を見計らって打つことでより大きな苦痛と絶望を与える。お前には、天性の拷問の才が有るようだな。ますます、気にいったよ」
「……ありがとう、ございます」
 一瞬かすかに唇をかみ、ミレニアが頭を下げる。壷に鞭を浸し、苦痛に喘いでいる女の方へと向き直り、ミレニアはゆっくりと鞭を振り上げた。恐怖に顔を引きつらせ、弱々しく女が首を左右に振る。
「や、やめて……お願い、だから……ギャアアアアアアアアァッ!」
 びちゃっという湿った音が響き、女が絶叫を上げる。女の血を吸って赤く染まった鞭を壷に浸し、ゆっくりと振り上げて女の傷だらけの身体へと叩きつける。叩きつけられた鞭はその無数の結び目で女の肌の上をこすり、傷をえぐり、捲り上げ、皮を剥がしていく。
「ギャアアアアアアアアアァッ! ……あ、あう、あ……もう、やめて、酷い、酷すぎるよ、こんな……グギャアアアアアアァッ!!」
 絶叫を上げて身悶える女の姿に、領主が楽しそうに笑う。微かに唇をかみ、それでも無言のままミレニアは鞭を振るいつづけた。女の身体の前面の皮膚がすべて剥ぎ取られ、気絶するまで延々と。
 身体を鮮血で真っ赤に染め、意識を失った女が鎖にぶら下がってゆらゆらと揺れる。無残な姿になった女のことを、ミレニアは無表情に見つめていた……。