実験報告書:第参伍零弐号
使用マルタ女マルタ408
使用実験室第弐実験室
実験者大神志狼
実験内容石抱き実験
実験結果第三段階及び第五段階で一時中断。第六段階で乙種破損。保留。
「ヴァイ、実験を行いますが、同席しますか?」
 食堂で朝食をとっていたヴァイが、声をかけてきた大神のことをじろりと睨む。
「実験より先に、することがあるだろう?」
「はあ。ですが、その件に関しては、自分は担当ではありませんし。担当官から何かしらの報告があれば話は別ですが、それまでは通常任務を続行するしかないので」
「ちっ」
 小さく舌打ちをするとヴァイが更に険悪な視線を大神に向ける。困ったように頭をかきながら、大神は肩をすくめて見せた。
「ヴァイの気持ちは分かりますが、担当官は上の決めることで、自分の一存でどうこうできるものではありません。そのところは、分かってください」
「分かってる。……ああ、同席はしない。そんな気分じゃない」
「そうですか。分かりました。お食事中、失礼しました」
 ヴァイの投げやりな言葉に、あっさりと大神が頷いて引き下がる。ヴァイはここに『尋問手段を学ぶ』ために来ているのだから、彼の今の発言は任務放棄といわれかねない代物だ。だが、婚約者を殺され、その件に関する調査に関われない今の状況を考えれば、それも仕方のないことかもしれない。
 あっさりと去って言った大神の背中を見送り、ぎりっとヴァイは奥歯を噛み締めた。

「あ、少尉。中尉の様子はどうでしたか?」
「気分が乗らないそうだ。まぁ、仕方がないな。このまま始めよう」
 先に実験室で準備を進めていた華蓮の問いかけに、そう応じると大神は軽く肩をすくめて見せた。小さく頷き、華蓮が視線を手元の時計に落とす。
「では、実験を開始します」
 華蓮がそう告げ、大神が軽く手を上げた。合図を受けた兵士たちが一斉に動き出す。怯えた表情を浮かべていたマルタの少女が二人の兵士に肩と腕とを掴まれ、無理やり柱の前に置かれた十露盤の上に正座させられる。脛に食い込む十露盤のぎざぎざの痛みに悲鳴を上げ、逃れようともがく少女の頬を兵士の一人が遠慮の欠片もなしに拳で殴る。唇を切ったのか、口の端から血を流して動きを止めた少女の身体を柱に縛り付け、いくらもがいても逃げられないように拘束する。その間に、壁際に積まれていた重石を別の兵士たちが二人掛りで持ち上げ、よたよたとよろけながら運んでくる。
「第一段階」
 大神の宣言と共に、どさりと石が少女の太腿の上に載せられた。一層強く脛に十露盤のぎざぎざが食い込み、その痛みに少女が絶叫を上げる。
「キャアアアアアアアアアアアアアアァァッ!」
 悲鳴を上げてもがく少女にはかまわず、兵士たちが二枚目の重石を運ぶ。それを目にした少女が更に大きく悲鳴をあげた。だが、少女の予想に反して、重石は少女のすぐ横に置かれただけだ。それ以外の人間は、何もせずただ黙って少女の様子を窺っている。
「うう、うあ、うあああ……足が、痛い……助け、て……足が……」
 何もされない、といっても、少女が苦痛から解放されるわけではない。足の上に置かれた石の重みは、容赦なく少女の足に激痛を与えている。その痛みに額に汗を浮かべ、哀願の声を上げても反応はない。ただ、黙って見つめられているだけだ。苦痛から逃れようと身をよじってみたが、それはかえって足に加わる痛みを強くするだけだった。
「時間です」
「第二段階」
 五分ほどたった時、ポツリと華蓮がそう言い、無表情に大神がそう宣言する。少女の脇に置かれていた石を兵士たちが持ち上げ、無造作に少女の足の上の石に積み重ねた。
「ヒッ、ギャアアアアアアアアアアアアアァァッ!!」
 少女が絶叫を上げる。その様子を尻目に、華蓮はさらさらと手元の記録用紙に何かを書き込み、兵士たちが次の石を運ぶ。一方、少女は膨れ上がった激痛に、声を張り上げる。
「下ろしてっ、石をっ、下ろしてえぇっ! 足がっ、足があァッ! 痛い、痛い、痛いいいぃっ!」
「感度、中」
「はい」
 少女の泣き叫ぶ様子を冷静に見やりながら大神がぼそりと呟き、小さく頷いて華蓮が記録用紙に書き込む。動けば痛みが増すと頭では分かっているのだろうが、それでも我慢できないのか必死に身をよじり、少女が叫ぶ。
「ああっ、あああっ、お願いっ、助けてっ、助けてよぉっ! 足がっ、足があああぁっ!」
 少女が涙を流しながら絶叫するが、誰もそれに反応しない。ただ、黙って少女の泣き叫ぶ姿を観察しているだけだ。時折華蓮が記録用紙に何かを書き込む音と、石を積まれて泣き叫ぶ少女の声だけが部屋に響く。
「時間です」
「第三段階」
 再び五分ほどの時間が過ぎ、華蓮が冷静な口調でそういい、同じく冷静な口調で大神が宣言する。少女の足の上に、三枚目の重石が積み重ねられた。
「ギャッ! ウギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァッ!!」
 大きく目を見開いて少女が絶叫する。びくびくっと全身が痙攣し、床の上に黄色がかった液体が広がった。
「失禁、確認」
「はい」
 絶叫を上げて身悶える少女の様子を見つめながら大神が呟き、華蓮が記録する。兵士たちが四枚目の石を運ぶが、その石を少女の脇に置いた辺りで少女の悲鳴が唐突に途切れ、がっくりと首が前に落ちた。
「水」
 即座に大神が命じ、石を運んでいたのとは別の兵士がバケツで少女に冷水を浴びせかける。小さく呻いて少女が顔を上げた。ゆっくりと少女の下に歩み寄った大神が、どすんと積み上げられた石を踏みつける。
「アギャッ!? グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアァァッ!!」
 朦朧としていた意識が激痛によって一瞬で覚醒し、少女が獣のような絶叫を上げた。それを確認し、大神が元の位置に戻る。冷水を浴びせられて無理やり意識を回復させられた少女は、再び足に走る激痛に泣き喚き、何とか逃れようともがいている。
「ギャアアアアアアアアアァァッ! 足がっ、折れるっ、足があああぁぁっ! ヒギャアアアアアアアアアァァッ!!」
「発言、確認」
「はい」
「助け、てえぇっ! 石をっ、下ろし、てえぇっ! アアアアアアアアアアアアアァァッ!!」
 かっと目を見開き、必死に哀願する少女。その様子を見守る時間が再び過ぎ、ちらりと視線を時計に向けた華蓮が時間を告げる。
「第四段階」
 小さく頷いて大神が宣言し、四枚目の石が積み上げられた。喉が張り裂けんばかりの絶叫が、少女の口からあふれる。
「アギャアアアアアアアアアアアアアアアアァァッ!! グギャッ、ガッ、グガアアアアアアアアアアアァァッ!! ギエエエエエエエェッ! アギャギャギャギャッ、グギャハアアアアアアァァッ!!」
 既にまともな言葉をつむぐだけの余裕がないのか、ひたすらに絶叫を上げ続ける少女。全身をびくびくと痙攣させながら、際限なく悲鳴を上げ続ける少女の姿を、ただ観察する時間が過ぎる。痛みが強すぎて失神することも出来ないのか、五分間の間少女はひたすら泣き叫んでいた。
「時間です」
「第五段階」
 全身に脂汗を浮かべ、零れ落ちんばかりに目を見開いて泣き叫ぶ少女の姿を見やりながら、冷静な口調で華蓮が時間を告げ、大神が宣言する。口の端に白い泡を浮かべて身悶える少女の足の上に、五枚目の石が積み重ねられた。
「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」
 裏返った凄絶な絶叫を上げ、少女がぶくぶくと泡を吹く。そのまま白目を剥いて悶絶した少女の姿を冷静に見やる大神。
「水」
 大神の言葉に、兵士がバケツの冷水を少女へと浴びせかける。だが、完全に意識を失った少女はそれでも目を覚まさない。ふむ、と、小さく唸ると大神は軽く片手を上げた。
「電気」
 大神の言葉に、兵士たちが部屋の隅に置かれた発電機から端子を取り出し、少女の身体に押し当てる。スイッチが入れられると、ばちっという音と共に火花が散り、少女の身体がびくんっと震えた。
「ガッ!? グ、ア……あ、ああっ!? ヒギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァッ!!!」
 全身を走る衝撃に意識を無理やり覚醒させられた少女が、一瞬、状況が分からないのか視線を彷徨わせる。だが、すぐに足の激痛が彼女から思考する自由を奪った。頭が真っ白になる激痛に、ただひたすらに絶叫を上げ始める。
「ギエエエエエエエェッ! アギャギャギャギャッ! GAガGAギ……GUぎゃあAああAAAあああAA!!」
 あまりの痛みに音程の滅茶苦茶になった絶叫を上げながら、少女が激しく身体をのたうたせる。その動きが更に足の痛みを激しくし、その痛みにまた身体がのたうつという悪循環。無残としか言いようのないその姿を、大神たちはただ観察している。
「あ、が、あ……あ、ぁ……ぁ」
「電気」
 再び少女の声から力がなくなり、がっくりと頭が落ちる。間髪を入れず大神が指示を出し、兵士たちが発電機の端末を少女の身体に押し付け、スイッチを入れた。
「ギャビャアアアアアァァッ!?!?」
 絶叫を上げ、再び無理やり覚醒させられる少女。びくんびくんと身体を痙攣させながら、激痛に泣き叫ぶ。しばらくして、華蓮が冷静な口調で時間を告げた。
「時間です」
「第六段階」
 大神の宣言に、六枚目の石が積み上げられる。高く積み上げられた石の陰に少女の顔が隠れるほどの高さだ。聞くに耐えない濁った絶叫が上がり、激しく少女が身体をのたうたせる。だが、しばらくすると少女の絶叫が、虚ろな笑い声に変わった。
「あ、あは、あはは、あはははは……」
「錯乱したか。実験を終了」
 軽く眉を寄せて大神がそう宣言し、頷いた華蓮が時計で時間を確認、記録用紙に書き込む。こきこきっと首を鳴らすと、大神は後始末をしておくように兵士たちに命じ、部屋を後にした。

「ふう。何度やっても、限界系の実験は慣れないな」
 廊下を歩きながら軽く肩をすくめる大神に、冷静な口調で華蓮が応じる。
「慣れてください。それとも、マルタ相手に同情ですか?」
「まぁ、まったくしていないといえば、嘘になるかな。華蓮は、しないのかい? 全然?」
「相手を同じ人間と思うから、いけないんです。マルタや被疑者相手に、同情するつもりはないし、したこともありません」
 取り付く島もない口調でそう言うと、華蓮は僅かに横目で大神のことを睨んだ。
「それと、少尉。くれぐれも、軽率な発言を私以外の人間にはしないでくださいね」
「あ、ああ、それはもちろん。しかし、正直なところを言えばマルタを相手にするより、被疑者相手のほうがやりやすいな、俺は。無実の相手と思うと、どうも、ね」
「流石に、後数日すれば、何かしら変化があるでしょう。相馬少尉が自白を得れば、それに基づく摘発が行われるはずですし、もし得られなければ、別の人間に担当官を代わる、という自体も有り得ますから」
「その場合、関係者であるこっちに回ってくる可能性が高い、か。そうだな」
 僅かに苦笑を浮かべ、大神は頷いた……。