レジスタンス(女)


「う、あ、う……くっ」
 若々しい容貌を苦痛に歪め、一人の女が小さく呻く。全裸の彼女の身体には何重にも細いワイヤーが巻きつき、ぎりぎりと締め上げていた。後ろ手に縛られ、手首を細いポールに回されて固定されている。
「さ、て。素直にこっちの質問に答えてくれれば、その苦痛から解放してやってもいいが?」
 あまり熱意の感じられない口調で、若い男がそう問いかける。きっと彼のことを睨みつけ、苦痛の表情を浮かべながら女は喘ぐように言葉を搾り出した。
「あ、甘く、見ないで。こ、殺されたって、何も喋るもんですか……っ!」
「やれやれ……どうして、こういう連中はみんなして同じような台詞を吐くのかねぇ。さて、彼女はああ言ってるが、あんたはどうする? あんたが素直に喋ってくれれば、彼女も、そしてあんた自身も痛い目にあわずに済むんだが?」
 女の言葉に軽く肩をすくめながら、男は視線を横に動かした。どちらかといえば軟弱そうな風貌をしているが、三級とはいえ一応は彼もコーポのインスペクターの一人である。こういった尋問--いや、拷問には慣れているし、レジスタンスという人種がどういう反応を示すかなどというのも既に充分承知している。彼にとっては、今やってる質問(こと)は形式的なものに過ぎない。
「殺すなら、さっさと殺せ! 俺も、若菜も、何も喋りはしない!」
「ほう、なるほど。彼女の名前は若菜って言うのか。名前を聞き出すのも仕事のうちなんだが、あっさりと済んだな。中には、名前を言わせるだけでずいぶん手間をかけさせてくれる奴もいるんでね、ありがたいよ。
 ああ、そうそう。自己紹介が遅れたな。俺は三級インスペクターの水木だ。短い付き合いになるとは思うが、ま、一応覚えておいてくれや。あんたらとしても、自分が誰に殺されるのかぐらいは知っておきたいだろうしな」
 椅子に厳重に縛り付けられた男の叫びに、水木はからかうような笑みを浮かべつつそう言う。殺意のこもった男の視線を気にする風もなく受け止め、くくっと喉を鳴らすと水木は部屋の中央、全身をワイヤーでぐるぐる巻きにされた女の方に視線を戻した。
「さ、て。それじゃ、お望みどおり少し痛い目にあってもらおうか」
「くぅ、あっ、あああああああぁぁっ!」
 水木が手の中のリモコンを操作すると、音もなく壁に設置された巻き上げ機が作動する。全身を締め上げるワイヤーが更に巻き取られ、肉に食い込んでくる激痛に、女は悲痛な叫びを上げて顔をのけぞらせた。全身に切り裂かれるような鋭い痛みが走り、しかもそれは消えることがない。
「まだまだ序の口だが、さて、どうするね? 素直に喋るか、それともまだ続けるか」
「わ、私はっ、あっ、くっ、くああぁっ、な、何もっ、喋らっ、ないっ。あっ、ああああああぁぁっ!」
 水木の淡々とした問いかけに、女が苦痛に頭を振りながら切れ切れに拒絶の言葉を返す。その間にもゆっくりと、だが確実に締め上げはきつくなり、彼女の白い肌にぎりぎりとワイヤーが食い込んでいく。ワイヤーは必ずしも平行に彼女の身体に巻かれているわけではなく、互いに斜めに交差しあっている部分も多い。腕、胸、太股……彼女の全身に無数とも思えるほどのくびれが生まれ、その一つ一つから激痛が弾けて彼女を責め苛む。
「そっちはどうする? 可愛い恋人が苦しむのを、ただ黙って見てるだけかい?」
「くっ……!」
 視線を動かした水木の問いかけに、椅子に拘束された男が悔しげに唇を噛む。その間にも女の身体はワイヤーで締め上げられていき、押さえようとしても押さえきれない悲鳴が徐々に大きさを増しながら広くもない部屋の中に響く。
「くっ、くそっ! 殺すなら、俺から殺せ!」
「あいにく、そっちの希望に添う義務はないんでね。ま、彼女を助けたいんなら、素直に喋っちまうことだな。そうすりゃ、二人して苦痛を味あわずにあの世にいける。
 別に、彼女が悶え死ぬのを見てからあんたがその後を追ってくれても俺はかまわんがね。何が何でもあんたらから情報を引き出さなきゃいけないってもんでもない。所詮は、あんたらの組織なんぞゴミみたいなもんだしな」
「ゴミ、だと……!?」
「でなきゃ、俺みたいな下っ端じゃなしにもっと上の人が尋問するさ。情報を引き出せればラッキー、引き出せなくても別にどうって事はない。ま、あんたらが自分らのことをどう評価してるかは知らんが、コーポから見れば所詮はその程度の存在でしかないんだよ、あんたらは」
 からかうような嬲るような、そんな口調で水木がそう言う。怒りと屈辱とにわなわなと唇を震わせる男に向けて肩を軽くすくめると、水木は手の中でリモコンを弄びながら視線を悶え苦しむ女の方に移した。
「あんたも、よく考えることだな。沈黙を守って苦しみぬいて死ぬのも、全てを喋ってあっさり死ぬのも、あんたの自由だ。あんたらから情報を引き出せれば俺のポイントにはなるが、ま、出来なくても別にペナルティがあるわけでもないんでね。女が悲鳴を上げてもがき苦しむのを眺めるのは結構楽しいし、喋りたくないんなら無理にとは言わんさ」
「あっ、あぐっ、ぐっ、ぐえっ、えぐっ、あっ、うあああああっ!」
 水木の言葉が耳に入っているのかいないのか、女は悲鳴を上げて頭を振り立てる。全身に食い込むワイヤーは既に大半が肉に埋もれ、その姿を隠し始めていた。既に何箇所かでは白い肌を食い破り、肉に食い込んで鮮血を滴らせている個所もある。
「ひぎっ、ぎっ、ぎいいいぃっ! ぎあっ、あっ! きゃああああああああああぁぁっ!」
 大きく目を見開き、女が甲高い悲鳴を上げる。ぶしゅぶしゅぶしゅっと彼女の全身から血がしぶいた。ワイヤーの締め上げに皮膚が耐え切れなくなり、裂けたのだ。皮膚を切り裂いたワイヤーは更に巻き上げ機によって巻き上げられていく。今度は、ゆっくりと肉を切り裂きながら。
「ギャアアァッ! アギャッッ! ギッ! ウギャハアアアァッ! ヒギャアアアアアアアァッ!」
 目を剥き、濁った絶叫を上げながら女が激しく頭を振りたてる。細いワイヤーが肉に食い込み切り裂いていく激痛……刃物で切り裂かれるのと同質の痛み、しかもそれは一瞬のものではなく、じわじわと長く続くものだ。痛みに身をよじれば肉に食い込んだワイヤーが傷口を抉り、更なる痛みを生む。例え痛みを我慢してじっと身動きせずにいたとしても、じわじわと身体を締め上げるワイヤ-はゆっくりと、だが確実に彼女の身体をずたずたにしていくのだ。
「んぁっ! あぐぐぐっ、ギッ! ギアッ! んっ、んぐあぁっ! グガハァッ!」
「若菜っ! 若菜ぁっ!」
「ングガアァッ! グアァッ! ギッ! ギギギッ、うぐんっ、ンッ、ウギッんっンッん----っ!」
 身をよじり、髪を振り乱して絶叫を上げる女。椅子に拘束された身体を懸命に乗り出させ、悲痛な叫びを上げる男。水木が薄く笑みを浮かべながら見守る中、徐々に女の身体にワイヤーが食い込み、切り裂いていく。
「ヒギィッ、イッ、ンンーーっ! ングアッ、ンアッ、ンぐガあアあぁっ!」
「痛いだろうねぇ。さて、その痛みから解放してほしければ、素直に喋ることだな。そうすりゃ、すぐにでもその地獄の苦痛から解放してやるが?」
「ヒッ、ギゥ、ギウンッ、アッ、アギギッ、ギイッ、ギアアアァッ! ギアアアアアア----ッ!」
 零れおちんばかりに目を剥き、口の端に白い泡を浮かべて女が身悶える。そんな彼女へと水木が嬲るような口調で呼びかけるが、既に痛みのあまり何も聞こえていないのか、それとも聞こえてはいても言葉を返す余裕がないのか、女は濁った絶叫を上げながら身悶えるばかりだ。
「おやおや、もう喋る余裕もないか。さて、じゃ、あんたに聞くとしよう。どうする? 喋って彼女を助けるか、あのまま彼女が悶え苦しみながら死んでいくのを見殺しにするか。好きにしな」
「すまない……済まない、若菜。俺も、すぐに後を追う。だから、だから……済まん、そのまま死んでくれッ!」
 水木の問いに、男がうなだれながら搾り出すようにそう言う。くっと唇の端を歪め、水木は手の中で弄んでいたリモコンを操作した。
「ヒギャアアアアアァッ!? アギャッ、んあっ、ングハアアァッ!! ウッギャアアアアアアアア----ッ!!」
 女の口からあふれる、凄絶な絶叫。単に巻き取られていくだけだったワイヤーが、水木の操作によって細かく上下に振動している。肉に食い込んだワイヤーが細かく動き、肉を切り刻む。
「ンアアア---っ! ンガッ、ガッ、ガウウウウウゥッ! グアッ、ギャッ、ビャギャアアアアアアアァッ!!」
 全身から鮮血と細かい肉片とを撒き散らし、女が濁った絶叫を上げて身悶える。さほど豊かでもない乳房がワイヤーによって切り刻まれ、無残に弾けて震える。腕に、足に、原に、ワイヤーが食い込んで肉を抉り、切り裂き、鮮血を撒き散らす。
「やれやれ、無残なことだねぇ。気が狂うのが先か、それとも死ぬのが先か……ま、どっちにせよ、まだしばらくはこの地獄の苦痛を味わいつづけなきゃならん。自業自得とは言え、哀れなもんだ」
「ふざっ、けるなっ! 貴様がっ、貴様がぁっ!」
「おっと、勘違いするなよ? 彼女があんなに苦しむ羽目になったのは、自分の愚かさの招いた当然の報いって奴だ。コーポに対して反逆しようと考えなけりゃ、あんな目にあうことはなかった。しかも、自分のことを平気で見捨てるような男を恋人にしなけりゃ、例え捕らえられてもあっさり死ねた。俺を恨むのは、そりゃ、筋違いってもんだ」
 笑いを消し、真面目な表情で水木がそう言う。一瞬言葉に詰まった男の耳に、女の上げる凄絶な絶叫が響いた。
「ウギャギャギャギャッ、ギャウッ、ンギャッ、ンギャアアアアアアァッ!! ギャウッ、ビャッ、ウグああアアああアア---っ!」
「……ま、彼女を助けたけりゃ、素直に喋ることだ。そうすりゃ、俺だって鬼じゃあない。あんたら二人、仲良くあっさりとあの世に送ってやるよ」
「……」
「ンギャッ、ギャウッ、ギャギャッ、ウギャアアアァッ、ギャッ、ンッギャアアアアアア----ッ!!」
 凄絶な女の絶叫。唇を噛み締め、うなだれる男。細かく震え、女の肉を抉りながらワイヤーはぎりぎりと身体に食い込んでいく。柔らかい肉を裂き、硬い骨にワイヤーが触れると女の絶叫がますます悲痛なものになった。ワイヤーの振動が骨に伝わり、更なる激痛となって女の脳裏で弾ける。
「ンギャッ! ギャッ! ビャッ! ンッ! グアッ! アグッ! ギャギギャッ! ギャウンッ!」
 後から後から弾ける激痛に、女の身体がびくびくと痙攣する。悲鳴に悲鳴が重なり、途切れ途切れの叫びを上げてびくびくと身体を震わせる女の姿……その悲痛な姿を眺めながら水木が僅かに表情を歪める。
「……どうする?」
「殺せ……!」
 搾り出すような、男の答え。それを耳にして、水木が僅かに頭を振る。そして、そのまま、彼は悲痛な女の叫びを黙って聞きつづけていた。骨を断ち切られ、内臓を切り裂かれた女が大量の鮮血とともに断末魔の声をあげるその時まで。
「……次は、おまえの番だ」
 苦悶の表情を濃く刻み付けた女の死に顔を痛ましそうに見やり、水木は男にそう告げた。
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