保安官


「うっ、くっ……」
 赤茶けた荒野へと、雲一つない青空からぎらぎらとした真夏の太陽が容赦なく照りつける。荒野のただなかにぽつんと立てられた、木材を適当に組みあわせただけの十字架。そこに縛りつけられた全裸の男が苦しげな呻きを上げた。
「いい様だなぁ、ええ? 保安官シェリフさんよ」
 むさくるしい髭面の男がにやにやと笑いながら男へと呼びかける。贅肉の一かけらもない引き締まった肉体にびっしょりと汗を浮かべ、苦しげに顔を歪める保安官。くっくっくと低く含み笑いを上げると、髭面は腰から抜いたナイフでぴたぴたと保安官の頬を叩いた。
「おとなしく俺らにしたがってればいいものを、青臭い正義感とやらを振りかざすからそうなるんだ。今からでも遅くはねぇ、素直に俺らに従うって言うんなら、命だけは助けてやる。這いつくばって、どうかお許しくださいって言ってみろや、ああ?」
「ふざ、けるな……! この糞野郎が……!」
 灼熱の太陽に照りつけられ、苦しげに顔を歪めながら保安官が吐き捨てる。くっと唇の端を歪めると、髭面がびゅっとナイフを横薙ぎに振るった。鍛え上げられた保安官の肉体、その盛り上がった胸板へと一直線に真っ赤な線が走る。
「ぐっ……!」
「自分の立場ってもんが、まだ良く分かっちゃいねえようだなぁ、ええ? 全身切り刻まれたいのか? ああん?」
「て、てめえらみたいなウジ虫に、屈服などするものか……!」
 開拓時代の荒野。よくも悪くも活気に満ちた時代と場所だ。法などあってなきが如しの荒野において、無法者たちと保安官との対立など日常茶飯事。大抵は国家権力と言う後ろ盾のある保安官側が有利だが、その分、負けた時に待ちうける運命も悲惨なものだ。だから、保安官の中には無法者たちと慣れ合い、私腹を肥やそうとする者も多い。
 しかし、彼はそういうタイプではなく、己の信じる正義のために無法者たちとの対立を深めていた。その結果、結託した無法者たちに罠にはめられ、捕らえられる結果となったのだ。
「俺らがウジ虫なら、てめえは犬だろうが、ああ? 偉いさんに尻尾振りやがってよぉ」
「あっ、ぐっ、ぐううううぅっ」
 怒りと侮蔑を込めた言葉と共に、髭面がナイフを保安官の胸に当て、ゆっくりと下に引く。厚い胸板に赤いギザギザの線が刻まれ、保安官の表情が歪み、口から押し殺した呻きが漏れる。
「てめえみたいな奴は、荒野ここじゃ長生きできねえんだよ」
「ぐあっ、あっ、グアアアアァッ!」
 太股に穿たれた銃創へとナイフの先端を突きいれ、髭面がぐりぐりとえぐる。感覚の敏感になっている傷口を容赦なくえぐられ、保安官は顔をのけぞらせて苦悶の絶叫を上げた。跳ね上がった赤銅色の前髪から、くっついていた汗の玉がぱっと飛び散る。
「ど、どうせ、俺を生かしておく気はねえんだろ? さ、さっさと殺しやがれっ!」
 傷からナイフが離れ、ぽたぽたと鮮血を滴らせる。いったんがくっと首を折って数度荒い息を吐くと、保安官は顔を上げて髭面をにらみつけた。彼の言葉に、くっと低い笑い声を髭面が上げる。
「バーカ。死にたがってる人間を、あっさり楽にしてやるほど俺らがお人好しかよ。てめえは、そこでゆっくりと死んでいくんだ。たっぷりと苦しみながらな」
「てめえ……!」
「そら、糞みてえな犬野郎にお似合いの首輪を用意してやったぜ。嬉しいだろう? お偉いさんに尻尾振ってるてめえに、ぴったりのプレゼントだ」
 にやにやと笑いながら髭面が革製のベルトを取り出し、保安官の背後に回ってぐるりと首に巻きつける。喉との間にわずかな隙間を残してベルトを巻くと、髭面は再び保安官の前に戻って嘲笑を浮かべた。
「てめえも荒野の男なら、こいつがどうなるか、よーく知ってるよなぁ? ま、せいぜい苦しんでくれや」
「この、屑野郎!」
 保安官が罵声を浴びせるが、髭面はにやにや笑いながら彼に背を向けた。ひらり、と、手を軽く振って街の方へと歩み去っていく。
「あばよ、犬野郎」
「てめえ! 待て! 待ちやがれっ!」
 保安官が叫ぶが、髭面はその歩みを止ようとはしない。彼の姿が視界から消えるまで叫びつづけ、喉が痛くなった保安官は叫ぶのをやめた。
「くそっ、このままじゃ……」
 小さく呻き、何とか拘束から逃れられないかと保安官が身をよじる。しかし、即席のものとはいえ彼を張りつけた十字架は軋んだ音を立てはするものの壊れそうもなく、手足を縛るロープも緩む気配すらない。かえって手首や足首に擦り傷ができ、血を滴らせるだけだ。
「う、あ、ぐ……くそ、暑い、日干しになっちまいそうだ……ううぅっ」
 容赦なく照りつける真夏の太陽。鍛え上げられた彼の肉体に無数の汗が浮かび、滴る。体内から汗という形で水分が失われていくにつれ、喉が焼けるような乾きが彼のことを責め苛み始めた。直射日光の熱によって体温も上がり、頭がくらくらする。
「ぐっ、うっ……くそっ。うっ、あ、暑い……水を、誰か、水をくれ……」
 拘束から逃れようとあがきながら、保安官が弱々しく呻く。唇がからからに乾き、目の前の景色が歪む。はあはあと荒い息を吐きながら、身をよじり、頭を振ってもがく保安官。
「う、あ、あ……うぐっ!?」
 もがきつづけるうち、喉に圧迫感を感じて保安官が小さく呻き、顔色を変える。全身に水を浴びたようにびっしょりと汗をかいている彼だが、背筋にそれとは違う冷たい汗が伝うのを感じた。
「く、くそ、まずい、もう時間が……くうぅっ」
 革製のベルトは、太陽の日差しを受けると乾燥し、縮む性質を持つ。首に巻きつけられたベルトが縮んでいけば、当然待っているのは喉を締められての窒息死だ。しかも、縛り首のように短時間で息が詰まるのではなく、じわじわと時間をかけて窒息していくことになる。
「うっ、くうっ、くそ、くっ、くうっ、ううっ……くそうっ」
 じわじわと、僅かずつ増していく喉の圧迫感に表情を引きつらせつつ、保安官が懸命にもがく。しかし相変わらず拘束は緩む気配すら見せない。手首や足首の肌が、更には肉がロープにこすれて裂け、ぽたぽたと鮮血を滴らせる。真夏の日差しにあぶられ、朦朧と遠退きかける意識を繋ぎとめつつ、息を弾ませて保安官がもがく。
「うっ、ぐっ、ぐぐぐ……!」
 鍛え上げられ、引き締まった身体をのたうたせてもがきつづける保安官。その喉を、ついに無視出来ない強さで革製のベルトが締め上げる。息を詰まらせ、苦悶の呻きを上げて更に激しくもがく保安官。
「ぐえっ、ぐっ、ぐぐう……!」
 じわっ、じわっとゆっくりと革ベルトが縮み、保安官の喉を締め上げていく。革ベルトが締まるにつれて喉を通る空気の量が減っていくが、締まる速度はゆっくりだからすぐに息が出来なるわけでもない。
「くそぉっ、こんなところで、死んでたまるか。うぐぐ……ぐっ、ぐええっ」
 じりじりと直射日光に照りつけられ、喉をゆっくりと締め上げられながら何とか逃れようともがき続ける保安官。手足からは血が滴り、荒野に赤いしみを作る。ぽたぽたと全身から汗が流れ落ち、地面に落ちてわずかな時間、黒いしみを生む。もっとも、汗が落ちた後はすぐに太陽の熱によって乾き、消えてしまうのだが。
 耐えがたいまでの喉の乾き、そして、ゆっくりと、しかし確実に自分の喉が締まっていく恐怖。その二つと戦い、保安官がもがきつづける。しかし、ついに最後の時が訪れようとしていた。彼の戦いがどれくらい続いたのか、はっきりとは分からない。だが、決して短い時間でなかったことだけは確かだ。中天に浮かんでいた太陽が、今でははっきり見て取れるほどその位置を変えているのだから。
「かはっ、あ、ぐぐぐ……ぐえぇぇっ」
 目を大きく見開き、くぐもった呻き声をあげながら保安官が激しく身体をくねらせる。ギシギシと即席の磔台が軋み、拘束された手足から鮮血が滴る。全身に浮かんだ汗が玉となって飛び散り、引き締まった身体に細かく痙攣が走る。
「ぐえっ、え、ぐえぇっ、うぐっ、うぐぐぐぐ……ぐえええぇっ」
 真夏の直射日光の下、苦しみもがく保安官。こぼれ落ちんばかりに大きく目は見開かれ、毛細血管が破裂したのか真っ赤に充血している。大きく開けられた口からにょきっと舌を飛び出させ、保安官が苦悶の声を上げて顔をのけぞらせる。最初は真っ赤に染まっていた顔も、今では青黒く変色を始めていた。
「かはっ、が、ぐ、ぐえっ、かはぁっ……ぐっ、ぐえええ、えぇ……」
 じわじわと、革ベルトが締まる。口から舌を付き出させ、苦悶の声を上げて保安官が身体を硬直させた。びくっ、びくっと数度大きく身体を跳ねさせると、細波のように細かい痙攣が彼の身体を襲う。しゃあっと彼の股間から小便が漏れ、僅かに遅れて大便が彼の肛門から顔を覗かせる。かっと見開かれたままの彼の瞳から光が失われ、全身から力が抜ける。
 荒野のただなか、こうして一人の保安官の一生は終わりを告げた……。
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