気ままな旅を続ける私たちがロッテンハイム公爵の館を訪れることにしたのは、春まっさかりのある暖かい日のことであった。以前から懇意にしている方で、やや心もとなくなった路銀の補充が主な目的である。公爵は温和な方で、私の語る様々な物語には興味を示してくださるのだが、御自分で残酷な拷問や処刑を行うことは滅多にない。だから、たまたま訪れたその日に、珍しい処刑を見ることが出来たのは大きな僥倖だったといえるだろう。

「おや、お久しぶりですな、先生。たいしたおもてなしも出来ませんが、どうぞおくつろぎください」
「御無沙汰しております、公爵閣下。ここしばらくは北の方に足を伸ばしておりましてね。その時、いささか面白い話も仕入れてあります。後で御披露いたしましょう」
 ロッテンハイム公爵は今年で確か五十歳になる、温和そうな人物である。私の言葉に嬉しそうな笑みを浮かべて小さく頷くと、彼はふと思いついたような表情を浮かべた。
「ところで、北の方に行っておられたとのことですが、既にあの話は聞き及んでおられますかな? なんでも、ブラッデンブルク侯が亡くなられたとか……私は直接の面識がありませんが、惜しい方をなくしたものです」
「ええ、その噂でしたら、少し前に耳にしました。いろいろとお世話になった方ですし、その話を聞いた時は引き返そうとも思ったのですが……」
 公爵の言葉に、私はやや言葉を濁した。確かにブラッデンブルク候にはいろいろと世話になっている。私の書いた手記を本の形でまとめ、出版することが出来たのも彼の助力による所が大きい。しかし、人間としてはあまり積極的に付き合いたいタイプではなく、正直な所を言えば敬して遠ざけておきたいのが本音だ。
「先生にもいろいろと御都合がおありでしょうからな。それに、しばらくはあの家の継承の問題で揉めそうな雰囲気ですし。わざわざごたごたしているところに首を突っ込む必要もありますまい」
「継承問題、ですか……? しかし、ブラッデンブルク候には跡継ぎとなる子供はいなかった筈。正妻が唯一の継承権保持者だと思っていましたが?」
 そう応じつつ、以前一度だけ顔を合わせただけの少女の顔を脳裏に思い浮かべてしまい、私は一瞬背筋にうそ寒いものを感じた。
「ええ、そのとおりです。ですが……ご存じありませんでしたかな? 彼が妻とした女は、元々平民の出なんですよ。平民の娘を正妻に迎えるという事に関しては、当時も周囲からずいぶんといろいろ言われたようですが……。
 まぁ、その時は黙っていたものの、いざ実際に平民出の女が爵位を継承するとなると、不服を申し立てだす連中が結構いるという話です」
 苦笑を浮かべて数度首を左右に振ると、ロッテンハイム公は軽く肩をすくめた。
「もっとも、そういった連中の本音は爵位の継承を認めて欲しければそれ相応の誠意を見せろ、というあたりなんでしょうがね。伯爵だ侯爵だといったところで、ここ数代で成り上がったような連中もいれば、由緒ある家柄でも最近では財政が困窮しているところも多い。ブラッデンブルク侯爵家は、財政面では非常に裕福な家ですからな。爵位の継承に関して恩を売っておいて損はない、というところでしょう。あさましいことですがな」
「ほうぅ、なるほど。高貴な方々にも、いろいろと事情というものはあるんですな。私などは、気楽な身分ですが」
 私の言葉に、ロッテンハイム公がいかにも面白い冗談を聞いたというように、楽しそうな笑い声を上げる。
「はっはっは、先生とて、貴族の出身でしょうに」
「いやいや、家を継がずに弟に押し付け、気ままな放浪暮らしをしている親不孝者ですよ。人からはサーなどと称号をつけて呼ばれてはおりますが、分不相応な呼び名です」
「御謙遜を。そのように奥ゆかしい態度を取られるのが、やはり高貴な血を継ぐ証というもの。成り上がりの貴族たちや、平民とは自ずから違う。
 そうそう、平民のあさましさといえば、最近、面白いことがありましてね。実は先日、私の不肖の息子とロイエンタール候爵家の御令嬢との婚約が決まったんですが」
「おや、それはおめでとうございます。知らぬこととはいえ、お祝いの品も持参せずに申し訳ない」
「いやいや、お気使いは無用です。この縁談、向こうから持ち込まれたものでしてね。ロイエンタール家も由緒ある家柄ですが、最近ではずいぶんと財政が厳しいらしい。この婚姻を機に、我が家からの援助を当てにしておるという所でしょう。
 で、向こうから侍女を連れてその令嬢が訪れてきたのですが……これがどうも、侯爵家の令嬢というには品がない。しかもどう見ても侍女として連れてきた娘の方が品がある上に、彼女は侍女としての技能をほとんど持っていない。これは妙だな、と思って調べさせたところ、何と本物の令嬢と侍女が入れ変わっていることが判明しましてね」
「何と……!」
「気の弱い令嬢を脅して、入れ代わりを画策したらしいんですよ。書面のやりとりで話を進めているのだから向こうはこちらの顔を知らない、だったら入れかわってもばれはしないと思ったんでしょうが……生まれついての気品の差というものはごまかせる筈もない。あさはかな平民の考えそうな、愚策ですな」
 苦笑を浮かべながら公爵が軽く肩をすくめる。同じように私も苦笑を浮かべた。
「それで、その馬鹿な女はどうなさいました?」
「捕らえてありますよ。身のほど知らずな画策をした酬いは、受けてもらわねばなりませんからな。
 で、御相談なんですが、先生であればどのような罰をお与えになりますかな?」
 軽く椅子に座り直しながら、ロッテンハイム公が私へとそう問いかける。ふむ、と、小さく呟いて私は顎に手を当てた。
「そうですな……。軽く済ませるなら九尾の猫で皮を剥ぎ取るか、刺付きの伸長台という辺りでしょうかな。重くいくのであれば車輪刑か鉄の処女か……」
「なるほどなるほど。確かにその辺りでしょうな。私も、その辺りを考えておりました。まぁ、このようなだいそれた事をしでかしたのですから、軽く済ませるつもりはありませんでしたが」
「と、なると、車輪刑か鉄の処女ですか?」
「ええ。しかし、せっかく先生がいらっしゃっているのに、ありふれた刑を執行するのも何ですな。何かこう、珍しい処刑というのをやってみたいものですが……」
 ロッテンハイム公が軽く首を傾げる。こう言われると、私としては意地でも何か妙案をひねり出さねば成るまい。
「ふぅむ。では、こういうのはどうでしょうかな? 樽の内側へと太い釘を何本も突き出させたものの中にその女を入れ、ごろごろと転がしてやるというのは。鉄の処女の変化形ですが、樽の蓋から女の首を突き出させておくと面白いかもしれません」
「おお、それは面白そうですな。では、早速用意をさせましょう」
 パンっと掌を打ちあわせ、ロッテンハイム公が笑う。面目を施せた私も、笑顔を浮かべて頷いた。

「いやっ、許してっ、お願いだからっ。ほんの出来心だったの、お願いっ、殺さないでぇっ」
 気の強そうな美貌を涙で濡らし、後ろ手に縛られた女が哀願の叫びを上げる。中庭に出たロッテンハイム公が、傍らに置かれた樽の中を覗き込んで軽く首を傾げた。
「先生、とりあえず用意させましたが、この程度でいいですかな?」
「ふむ……まぁ、これだけあれば充分でしょう。あまり釘が多すぎても、あっさり死なれてしまいますから」
「そうですな。では、始めましょう」
「いっ、いやっ、何をするの!? ねぇ、ちょっと、何をするつもりなの!?」
「すぐに分かる」
 不安そうな叫びを上げる女に向かい、小さく笑ってロッテンハイム公がそう告げる。女の方を押さえていた下男が、彼女の身体を抱えあげると樽の中に入れた。肩を押さえつけられ、強引に座らされる女が樽から突き出した無数の釘にヒイイッと悲鳴をあげる。
「嫌ぁっ、怖いっ、やだっ、やめてっ! 殺さないでっ」
「自らの招いた酬いだ。こんなところで朽ち果てる、己の不幸を呪うがいい」
 悲鳴を上げて首を振り立てる女へと小さく笑いながらそう告げ、ロッテンハイム公が下男に合図を送る。中央が丸くくり貫かれた二枚の板が左右から樽の上に重ねられ、女の首をにょきっとそこから突き出させた状態で樽の蓋になる。がんがんと釘を打ちつけ、蓋をしっかりと固定すると下男がごろんと樽を転がした。
「きゃああああああぁっ!? 痛いっ、痛いぃっ! 死ぬ、死んじゃうぅっ!」
 横倒しになった樽の側面の釘が女の肌を食い破ったのか、女が目を剥いて悲鳴を上げた。ぱちんとロッテンハイム公が指を鳴らすと、下男が横倒しになった樽をごろごろと転がし始める。
「ギイイイィッ! ギャアアアアアアァッ! ジヌゥッ、ジンジャブゥッ! ヤベデェッ!」
 樽の蓋から突き出した首を激しく振り立て、女が絶叫を上げる。樽が転がるたびに釘が女の身体に突き刺さり、肌を食い破って肉を裂いている筈だ。その痛みはかなりのものだろう。もっとも、私が予想していたのよりは随分と激しい反応だ。痛みによほど弱いたちなのか、それとも大げさに騒ぐ事で我々の同情を引き、許してもらおうと考えているのか、そこまでは分からないが。
「ウギャアアアアアアァッ! 痛いぃっ、許してっ、グギャッ、ギャアアアアアアァッ!!」
 ごろん、ごろんと樽が転がされる。濁った絶叫を上げ、女が激しく首を振り立てる。その様子からすると、どうやら演技ではなく本当に痛みに弱いたちらしい。この分では、おそらく樽の中では彼女の身体が激しくのたうっていることだろう。もちろん、そうやってのたうてばいっそう傷が深くなり、痛みは更に増す筈だ。
「ふむ……流石は先生ですな。これはなかなかの見物ですぞ」
「お気にいっていただければ光栄です。ふぅむ、やはりこのやり方ではなかなか死ねないらしいですなぁ。まだまだ元気にのたうっておりますようで」
「グギャッ、ギャッ、ギギャアアアアァッ! 死ぬっ、死んじゃうっ、ギャッ、痛いっ、ギャアアアアァッ!!」
 ある程度の距離まで樽を転がすと、下男は今度は樽の向こう側に回り込んでこちらの方へと樽を転がしてくる。ごろん、ごろんと樽が転がされるたびに濁った絶叫を上げ、ぶすぶすと身体じゅうに釘を突き刺されている女が激しく髪を振り乱して首を振る。
「ギャアアアアアァッ! ギヒイイイイィッ! 許してっ、もうっ、許してっ、グギャアアアアァッ! 痛いっ、ギャウッ、ギャッ、ギャアアアアァッ! 死んじゃ、ウギャアアアァッ!!」
 こぼれ落ちんばかりに目を見開き、女が絶叫を上げながら私たちの前を転がされていく。更にある程度の距離を転がすと、下男が再び樽を回り込み、またこちらへと樽を転がしてくる。
「ウギャッ、ギャウッ、ギギャアァッ!! ギャアアアアアァッ! ジヌゥゥッ! ギャアアアアァッ!!」
 ぶすぶすぶすっと釘が女の身体に突き刺さり、肉を引き裂く。樽の中の女の身体は、おそらくもうズタズタになっていることだろう。しかし、傷の位置や大きさの関係か、まだまだ元気に女は絶叫を上げつづけている。この様子では、出血によって死ぬまで延々と苦しむことになるかもしれない。
「ギャアアアアァッ! お許しをぉっ! ギャアアアァッ! ギャビャアアアァッ!!」
 我々の前を、女の首が突き出された樽がごろごろと転がっていく。哀願の声を上げかける女だが、激痛のあまりそんな余裕がないのかほとんど絶叫以外の台詞はしゃべれていない。ごろんごろんと、内部の女の身体を引き裂きつつ樽が転がっていき、またある程度行きすぎた所で下男が樽を回り込む。
「ギャアアアアアアアァッ!! グウギャアアアアアァッ!!」
 髪を振り立てて絶叫を上げる女。彼女が死ぬまで、何度も何度も樽は私たちの前を往復する手はずになっている。女の上げる絶叫は凄絶な物だが、ズタズタに引き裂かれていく彼女の身体を直接目にすることがないぶん気は楽だ。おそらく、樽の中では全身を血まみれにし、所々の肉を削ぎ落とされた無残な姿になっているのだろうが……。
「グギャッ! ギャビャアアァッ! ウギャアアアアァッ!! ダズゲデェッ!!」
 涙で顔をべちゃべちゃにし、女が絶叫する。髪を振り立て、大きく目を見開いて身悶える。ごろん、ごろんと転がる樽から首を突き出させて泣きわめく女の姿は、無数の釘で突き刺され、ずたずたに引き裂かれていく身体が見えないせいかどこか滑稽なものがあった。
 二十往復目が終わり、二十一往復目に取りかかろうかという時点で、結局女は絶命した。そのしばらく前から上げる悲鳴が小さくなり、振り立てる頭の動きも鈍くなっていたから、死因は痛みによるショック死ではなく、大量に出血したことによる失血死だろう。
 ロッテンハイム公の合図で下男が樽を起こし、釘抜きで樽の蓋の釘を抜く。私たちが蓋を取られた樽の中を覗き込むと、その底には大量の真っ赤な鮮血が溜まり、全身の肌や肉をズタズタに引き裂かれた女の無残な死体からこぼれた肉片がいくつもぷかぷかと浮いていた……。
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